友好短信2022.1~10

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 第40回中国語スピーチコンテスト長野県大会、20人が出場(10/29)

 1029日、長野県日中友好協会ラジオ孔子学堂の主催による第40回中国語スピーチコンテスト長野県大会が信濃教育会館講堂で開催され、高校生や大学生・一般社会人20人が出場しました。

朗読部門には高校生の部3人、大学生の部5人と一般の部5人が出場、それぞれ全国統一課題文を発表し発音や表現力、熟練度を競いました。

 スピーチ部門には高校生・大学生の部に3人、一般の部に4人が出場し、自作文で内容や表現力を競いました。多様なテーマを取り上げ、レベルの高い弁論発表となりました。

--「キングダム」に魅せられ、中国語を学び始めたが中国の歴史文化に興味を持った。中国語を学んできたが就職内定企業が中国と取引のある会社で中国語が活かせることになり新たな目標ができた。高校の教師時代漢詩を中国語で朗詠したいと思ったが未達成、いま中国語のレベルアップを日常生活の中で工夫し学んでいる。中国人画家が描く日本の祭りの水墨画に感動した。大学でグローバル化の部門を担当しているが中国語を通じて出会いがあり交流が始まった、等々。

スピーチ部門の学生の部で優勝したのは、小林美月さん。英語は高校まで学んできたが通り一遍なものだった。大学に入って中国語を学び始めてからたくさんの出会いがあった。今後の人生に活かしていきたい、と流暢な中国語で発表しました。一般の部で優勝したのは清水岳美さん。技能実習生の外国人に日本語を教える中で有意義な体験をしたことを力強い中国語で発表しました。

 審査委員長の夏丹さんは講評の中で、熱のこもった発表で日ごろの努力の成果が見られ素晴らしかったと述べるとともに、「自分も日本語を特訓中だが、正確な発音や流暢さ、イントネーションを意識することが大切と思う。スピーチ部門では中国人との交流や、中国語を学ぶ中での発見、今後の希望や夢・新たな決意も表明され、多くの方に共感と元気を与えた」と、評価しました。

 安芸洋一長野ラジオ孔子学堂長は冒頭の主催者あいさつで「今回は40回目であり、また国交正常化50周年にあたる。コロナ禍により、学習機会がリモートになるなど、困難な中、勇気をもってチャレンジした出場者に敬意を表いたい。日ごろの学習の成果を発揮してほしい。中国語の学習を通じて相互理解を深め、日中友好の輪が広がることを期待しています」と述べました。

 西堀正司県日中友好協会副会長は来賓あいさつの中で「日中国交正常化50周年、スピーチコンテストも40回を迎えたがこの間中国語の普及向上に貢献してきた。中国語を通じて現在の中国を理解し日中友好に貢献してほしい」とあいさつしました。

 入賞者は次のとおりです。
◇スピーチ部門 高校生・大学生の部 ①小林美月 ②根橋佑奈 ③宮澤 開

◇スピーチ部門 一般の部 ①清水岳美 ②依田光枝 ③原田健司 (奨励賞)千村美恵子
◇朗読部門 高校生の部 ①飯島健介 ②田中来愛 ③水澤優羽
◇朗読部門 大学生の部 ①長澤日向花 ②藤巻美新 ③中坪香菜 (奨励賞)松尾優風 (敢闘賞)太田侑月 
◇朗読部門 一般の部 ①宮坂光子 ②老月秀光 ③木下佐和子  (奨励賞)宮沢一三 (敢闘賞)深井克純

 入賞者にはトロフィーや楯が贈られました。成績優秀者は来年1月の全国大会に推薦されます。

日中国交正常化50周年記念し講演会、西園寺一晃氏を講師に開催(10/18)

 長野県日中友好協会・県日中経済交流促進協議会・県日中学術交流委員会は10月18日、日中国交正常化50周年記念講演会を長野市内のホテル犀北館で開きました。講演会には、各界来賓や県内各地から120名が出席。西園寺一晃先生(元朝日新聞総合研究センター主任研究員)を講師に迎え「米中対立激化の中での日中関係・その現状と展望」と題して記念講演が行われました。終了後、先生を囲んでパネルディスカッションがおこなわれました。中国研究、日中関係の第一線で活躍されている先生ならではのお話で、グローバルな視点から日中関係のおかれている現状と課題を考える有意義な機会となりました。

 布施正幸・県日中友好協会副会長が主催者を代表して、「日中国交正常化50周年を迎えたが、日中関係は経済交流が史上最高を記録している一方、コロナ禍や、尖閣問題、米対立の激化など多くの困難にぶつかっている。とりわけ米中対立の激化の波に巻き込まれて両国関係が破たんするようなことの無いよう英知を集めて進んで行くことが大切と思う。先生を講師に迎え、グローバルな視点から日中関係のおかれている現状と課題を考えていきたい」とあいさつしました。

 阿部守一県知事の祝賀メッセージが小林一洋県国際交流課長から披露されました。知事は「日本と中国は一衣帯水の隣国同士であり、文化的、歴史的ばかりでなく、経済的にもお互いなくてはならない深い関係にある。来年は長野県と河北省との友好程海40周年の節目を迎える。これまで積み重ねてきた両県省の交流の更なる深化を図っていきたい。講演会が日中関係の理解を深める場となることを期待申し上げます」と述べています。

西園寺先生は、米中対立の現状を分かりやすく解説し、今後もこの対立は長く続くが米中戦争は起こらないと述べました。また1972年の日中国交正常化に至った経過を振り返り、他の国とは違って民間交流の積み重ねがありLT貿易など経済界の期待が大きかったと指摘しました。米中対立が激化する中、「日本は米中のはざまでどのようなスタンスをとるか。双方とバランスの取れた、いい関係を構築しないといけない」と述べました。

講演後、西園寺先生を囲んで西堀正司・県日中副会長がコーディネーター役をつとめ、土屋龍一郎氏(元日本青年会議所会頭)と大月良則氏(県日中理事長・元県国際担当部長)をパネラーに、パネルディスカッションが行われました。(概略下記参照)

≪西園寺先生の講演「米中対立激化の中での日中関係・その現状と展望」 ≫

この数年世界はコロナ禍と米中対立に翻弄されてきた。コロナ禍は終息しつつあるが、米中対立は長く続くだろう。しかし核の時代にあって大国同士の大きな戦争は核戦争となり、人類の滅亡につながる。ウクライナを見ても米ロ戦争にはならない。ポストコロナは米中対立で回っていく。対立は続いても、米中戦争は起こらないだろう。人類史上ローマ帝国など大国強国が表れたが永遠に続くことはない。近代に入って世界の覇権を握っていた大英帝国も2度の大戦を経てアメリカにとってかわられた。米国の覇権もいつまでも続くわけではない。

世界はポスト冷戦の大変革期にある。米ソ冷戦がおわり世界はかえって無秩序になって紛争が多発している。米中対立を軸に動いている。対立は主として経済、貿易、ハイテク分野で激化している。トランプ時代は一国主義で貿易赤字問題が中心だった。バイデン時代になると、親米国家をまとめて中国に対抗しようとしている。仲間を作って中国を封じ込める戦略。「自由と民主主義」の価値観を同じくする国、「自由で開かれたインド太平洋」を標榜しアメリカを中心とした旧秩序を守る。一方どの国も経済グローバル化が進む中で、GDPの1位と2位の国が争ってもなんの益もなく、「三方一両損」の状態。日中貿易ばかりでなく、米中貿易、EUの対中貿易はどんなに制限しようとしても昨年史上最高を記録している。グローバル化した世界経済では部品も国境を越えている。産業のコメと言われる半導体6割は中国が買っていた。中国産は1割。組み立て分業。米のデカップリング政策でハーウェイやテンセントなどが攻撃されたが、半導体の原料のリン酸は中国が世界の70%を算出している。またレアアースも中国が90%を産出しており、これがなければハイテク産業も成り立たないし、兵器も作れない。半導体が外部からの輸入がストップしたら中国は自国で開発する。短期的に見れば中国は困るが、長期的に見れば自国で作り米国からの輸入が減ることになる。かつての、日米経済摩擦を振り返ってみると、紡績から車そしてコンピューター、半導体へと分野は変化していったが、アメリカを追い越すことは許さない。三菱が国産の次期戦闘機を開発することも許さなかった。

 米中対立は貿易摩擦からハイテク分野の競争に移行してきている。米が中国を意識し始めたのは、中国製造25戦略を打ち出したとき。産業のハイテク化(ハイテク化は軍事とも連動している)建国100周年の2049年には世界の先頭に立つとの目標をかかげた。「一帯一路」巨大経済圏構想、中国の宇宙開発計画(月面着陸)、中国版GPS(米のGPS覇権がくずれる)等々。イギリスの研究所の見込みでは2030年~33年に中国はアメリカを追い抜くと予測している。

 日本の報道を見ると中国は孤立していると思われがちだが、アフリカ、中南米、アジア諸国など幅広い関係を持っている。これからは、日本はアメリカ一辺倒でなく頭を柔らかくして付き合っていく必要がある。国力は貿易だけで推し量れないが、世界の主要国は中国との貿易がトップを占めている国が多い。オーストラリアを見ても輸出の35%が中国向けで、対米輸出は6.3%というのが現実だ。

 では中国は世界覇権を握ることができるのか?できないと思う。特定の強国が世界を牛耳ることはできない。核戦争に勝者はいない。露6.2千発、米5.5千発、中3.5百発--の核を持っているがこれを使ったら世界は破滅する。人類滅亡の可能性は、①核戦争、②強力なウイルス、③極端な気候変動、④環境と生態系の破壊の4つしかないだろう。

 日中関係発展の上でODAによる対中借款は3兆円を超え、これは日本のODAの69%を占めるが、中国の発展に貢献した。主として円借款で中国はこれで日本の製品を購入した。中国の発展に伴い日中貿易も増えた。50年間で350倍になった。米中が仲良くしてもらうのが日本にとって最も好ましい。日本は国益を考えれば米中対立は望まない。

日本の戦後の対中政策を見ると岸内閣は経済交流を露骨に妨害した。池田内閣は経済民生重視政策で有名だが、対中政策も政経分離政策をとり、LT貿易など民間取り決めが結ばれ、民間の経済交流は盛んになった。佐藤内閣はこの流れを抑えるために日中貿易に輸出入銀行の融資を使わせない措置をとった。(吉田書簡)安倍内閣の政策は新政経分離政策と言われ、外交安保は日米同盟強化を基礎に価値観を同じくする国と連合し、中国封じ込めをおこない、経済的には対中協力を促進するというものだ。

「台湾有事」問題。安倍氏は「台湾有事は日本有事」と言った。台湾を巡る歴史を振り返ってみると、第2次大戦終了→米ソ冷戦スタート→国共内戦が始まるがこの時の国民党は430万の軍隊と米国の支援する豊富で優秀な武器を有し、一方の共産党は130万の粟を食べぼろをまとった軍隊で、ゲリラ戦を展開。米国は蒋介石を支援したが敗れた。朝鮮戦争をきっかけに対ソ防波堤としての役割を日本に求め、日本の民主化政策を反転させ、再軍備化に進んで行った。

台湾で戦争は起きるのか?台湾が独立宣言をすれば戦争になる。あるいは偶発的な衝突が引き金になる可能性はあるが、中国はアメリカと戦争をしたくない。米中台いずれも戦争を望まない。ウクライナになぜ米は直接介入しないのか。核戦争になることを恐れている。日本は米中のはざまでどのようなスタンスをとるべきか。中国包囲網の先頭に立つのではなく、外交的努力を傾けるべきと思う。双方とバランスの取れた、いい関係を構築しないといけない。
(文責編集部)

≪西園寺先生を囲むパネルディスカッション≫

◎西堀正司コーディネーター:それぞれの立場から中国との関わり、友好の思いなどを語っていただきたい。

◎土屋龍一郎氏は日本青年会議所会頭を務めていた時の経験を振り返り、「教科書問題の最中に訪中したが、街頭で中国の人々と心通う交流ができた。政治的なギクシャクがあっても国民同士交流を深めていくことが大切と思う」と語りました。

◎大月良則氏は「“飲水思源”の言葉を大切に、友好の先達の思いを継いで県日中友好協会理事長の役割を果たしていきたい。2010年の阿部知事の訪中に秘書課長として同行したが、当時尖閣問題直後で難しい時期であったが、全国の知事に先駆けて訪中したことは、良かったと思っている」と語りました。

◎西堀氏は「官民挙げての日中交流が大切と思う。コロナ禍や様々な障害があるが、平和友好の継続は、政府の意志の問題でもあり、民間の意志の問題でもある」と述べました。

◎西園寺先生は、「日中関係は世界的に見ても特異なものがある。民間交流が先行し、その後、国交正常化が実現した。ニクソン大統領の訪中前後の動き、中国の国連復帰など外的要因も大きかったが、国交正常化には、内的要因があった。石橋湛山、松村健三、高碕達之助氏ら多くの先達が民間交流の積み上げ方式で努力してきた。また財界の期待も大変大きかった。当時と現在の困難をと比べると当時の方がもっと厳しかった」と述べました。

◎土屋:両国関係発展のためには、地方民間交流の柱になるものが必要と思う。

◎大月:交流の柱の一つとして、長野県は中国と40年にわたるスキー交流をおこなってきた。本年2月の北京冬季五輪のスキー競技は河北省の張家口市で開催された。新華社が40年間の交流を詳しく紹介した。今後も交流を続けていきたいし、インバウンド事業にもつながっていくと思う。

◎西堀:明治維新から敗戦まで77年、敗戦から本年まで77年になる。未来に向けての77年は2099年で21世紀末となる。日本と中国の付き合いの過去・現在・未来を顧みて、今を生きる我々は日中両国の平和友好のために努力していきたい。(文責編集部)

 囲碁で日中交流 伊那北高生オンラインで河北省中高生と対局(10/6)

 日中国交正常化50周年を記念し、あわせて来年の長野県と河北省友好県省40周年に向けて交流ムードを高めようと10月6日長野県と河北省は伊那北高校囲碁部員と河北省石家庄市の中高生が対局する「長野県河北省囲碁交流大会」をオンラインで開きました。伊那北と河北省の生徒各6人が個人戦を繰り広げ、囲碁を通じて国際交流を楽しみました。

県と河北省は1983年11月11日に友好都市を締結。これまでに研修生や訪問団の派遣、受け入れを行ってきました。河北省側から、長野県に対し、中高生による囲碁交流大会の開催の提案があり、県が昨年の県大会男子団体で優勝した伊那北高校囲碁部に参加を働きかけ、交流戦が実現しました。

この日は、伊那北高囲碁部の1、2年生と、石家庄市内の中高5校の代表者が参加。囲碁対局専用ソフトを使い、制限時間45分間で6組の個人戦2局を行いました。県大会優勝メンバーの1人で小学4年生から囲碁を続ける伊那北高2年の生徒(17)=アマチュア2段=は「対局相手は打ち筋が非常にきれいだった。基本に忠実な打ち方で、しかも段違いの強さだった」と感想を語りました。

 県国際交流課の師岡博子課長補佐は「高校生に囲碁を通じた国際交流の楽しさを実感してもらえればうれしい。今回を契機に囲碁による交流も促進したい」と述べました。

(追伸:師岡さんより) 当日はお互い画面に向かって生徒さんが手を振ったりお辞儀をしてから試合を始めました。設営としては教室に垂れ幕を投影し、Zoomでお互いの様子を投影、試合はOGSという囲碁システムで中国側から日本側に対戦のリクエストをしてもらい日本側が応戦する形で、6名VS 6名 一斉に個人戦をはじめました。

試合後にも封国際交流員が通訳をしてお互いの感想を聞いたり交流を深めることができました。河北省側が写真のような大会の垂れ幕を作成してくださいましたので、日本側も伊那北高等学校の教室のスクリーン に投影し、垂れ幕を囲んで記念撮影をしました。

 試合自体は中国全勝でしたが、強い相手と切磋琢磨できました。実はこの対局の前に3回試行錯誤をしながら伊那北高等学校、河北省囲碁協会、河北省体育局のちょう主任、外事弁公室の王さんらにもご協力いただきテストをしており当日も何度もテストを行ってこのような対局(試合)ができたことが嬉しい、と河北省の選手からもコメントをもらいました。

(この日中囲碁交流は10月7日の信濃毎日新聞<写真参照>や長野日報<文章参照>、中日新聞、伊那ケーブルテレビなどで紹介されました。)

 県日中学術交流委員会22年度総会を開催(9/29)

 長野県日中学術交流委員会は9月29日長野市内のホテル犀北館において定期総会を開催し、2021年度の活動報告と決算報告、各大学・短大等の学術交流報告を承認し、2022年度の活動方針と予算などを決定しました。総会には、信州大学、長野大学、県立大学、上田女子短大、県日中友好協会、ラジオ孔子学堂など関係者が出席しました。

 中村宗一郎会長(信州大学学長)は「本日は日中国交正常化50周年の記念日にあたる。この50年の間に中国は目覚ましい発展を遂げた。アカデミー分野でも学術論文数はアメリカに次いで2位となり日本は12位で追い抜かれてしまった。中国に学ぶべき点は多い。国際情勢は激動しているが、共存共栄で、世界平和を守っていきたいと多くの人は望んでいる。そのためには交流、特に学術分野の交流は大変重要と思う。コロナ禍のため困難が多いがオンラインなど工夫して交流を継続し進めていきたい」とあいさつしました。

 席上、丹羽博彦県国際交流課主事と小池明上田女子短大学長、夏丹長野孔子学堂中国側責任者よりあいさつをいただきました。丹羽氏は、日ごろ日中学術交流や、留学生受入れに尽力していることに敬意を表した後、「コロナ禍で日中間の人的交流が制限されているが若い世代の交流・学生の交流は重要なので工夫して取り組んできた。昨年の東京五輪に際しては中国を相手国とするホストタウン事業としてオンラインで応援イベントを実施した。その際学生サポート登録を呼びかけ5大学の学生37名が研修講座や応援イベントに参加した。明年は長野県と河北省との友好提携40周年に当たるので、アフターコロナを見据えてトップの相互訪問や留学生交流等検討していきたい」と述べました。

 小池学長は「コロナ禍やウクライナ等世界は激動している。米中の2極対立とともに世界は多極化しており、様々なプレーヤーがいる。偶発的な衝突を避けるために、草の根レベルの交流が必要で学術交流や民間交流が果たす潤滑油的なソフトパワーは貴重。特に学術交流の果たす役割は大きいので皆で努力していきたい」とあいさつしました。

 夏丹女士は長野県日中友好協会ラジオ孔子学堂中国側責任者として来県したことを紹介するとともに、中国メディア大学と長野県立大学が縁あって今春交流協定を結び客員研究員としても活躍していきたいと述べました。また中国メディア大学の状況を紹介しました。

 決定された活動方針では、コロナ禍で制約はあるが、各大学、短大の学術交流促進や連続市民講座、記念講演会、留学生支援などに取り組んでいくとしています。

 総会議事終了後の意見交換では、出席者がそれぞれの立場から発言しました。布施正幸県日中友好協会副会長は、「コロナ禍や米中対立の激化によって、日中関係は困難な状況におかれているが、14億人の住む中国と安定した友好協力関係を維持発展させていくことは日本にとって重要な課題。それぞれの国にはそれぞれバイオリズムがあると言われる。日中国交正常化50周年を迎えたが、日中関係を破たんさせないために日中共同声明の原則を守り、交流を通じて理解と友好を深め、平和に貢献していきたい」と述べました。谷口眞由実県立大学教授は、古典文学を専門としている立場から、「中国から歴史的に文化的影響を受け深いかかわりがある。相互理解を深めていきたい」と述べました。米倉真一信州大学副学長は「近隣諸国との交流は大切。科学技術発展のために手を携えていきたい」と述べました。大月良則県日中理事長は「国同士はぎくしゃくしていても民間同士は仲良くしていきたい。明年は長野県と河北省との友好提携40周年を迎える。知事訪中などが計画されているので協力していきたい」と述べました。
 第35回日中友好太極拳フェスティバル開催(9/25)

 県武術太極拳連盟は、9月25日、第35回県日中友好太極拳フェスティバルを長野市若里のビックハットで開催しました。県下各地から18団体、600余人が参加し、日頃の練習の成果を発表しました。

桜井啓司理事長がコロナ禍のため3年ぶりの開催になったことを報告し、日中国交正常化50周年に当たり、長野県武術太極拳連盟の歩みを振り返り、今後とも研鑽をつんで普及と向上に努めていきたい。日頃の練習の成果を発揮して有意義なフェスティバルにしましょう」とあいさつしました。

 来賓として県日中友好協会の布施正幸副会長、大月良則理事長、長野ラジオ孔子学堂中国側責任者の夏丹女士が出席しました。

 布施副会長はフェスティバルの開催を祝った後「太極拳がウイズコロナの時代にあって免疫力アップに役立つ健康長寿のスポーツであり、また日中国交正常化50周年に当たり、中国を源流とする武術太極拳を通じて隣国中国との相互理解と平和友好に貢献している皆さんとともに友好を進めていきたい。フェスティバルの成功を祈ります」と述べました。

グループごとにそろいの衣装を着た参加者が、音楽に合わせて技を披露しました。剣や扇子を使っての演武、中にはサザエさん一家に扮しての表演、ジュニアの活躍等、様々な工夫がここらされていて、会場から大きな拍手が送られていました。

また、特別表演として、第39回全日本選手権大会代表選手の演武も披露されました。

 45名がHSK中国語検定に挑戦(9/17)

 HSK中国語検定が9月17日、長野ラジオ孔子学堂でおこなわれました。当日は大学生、一般社会人らとともに小中学生のすがたも見え、1級3人、2級2人、3級15人、4級14人、5級6人、6級5人の計45人がチャレンジしました。

 午前は2・4・6級の試験、午後は1・3・5級の試験が行われ、参加者はリスニング(聞き取り)、読み取り、作文などに真剣な面持ちで取り組んでいました。 「リスニングが難しかった」との感想が聞かれました。

 HSKの級は1・2級が初級で、3.4級が中級、5・6級が上級という構成になっており、試験時間も級が上に行くほど長くなっています。

 中国留学の条件として4級レベルの語学力が求められることや、密接な経済交流の中で、中国語資格が求められていることもあり、大学生が多数受験したことも注目されました。

 長野県日中友好協会ラジオ孔子学堂では10月29日中国語スピーチコンテストを計画しており、担当者より受験生の皆さんに出場を呼びかけていました。
 日中国交正常化50周年記念 日中友好交流会議開催、長野県日中も参加(9/15・16)


 日中国交正常化50周年を記念し、(公社)日中友好協会と中国人民対外友好協会、中日友好協会の共催で、「日中国交正常化50周年記念 日中友好交流会議」が9月15日・16日、ハイブリッド形式で開催されました。「友好の初心を温め 美しい未来を共に切り開く」をテーマに、両国の約330人が4つの分科会を通して意見交換を行い、日中国交正常化50周年を記念する友好アピールを行いました。


 日本側は丹羽宇一郎会長ら協会役員と会員、協会関係者らが各地から参加し、中国側は林松添・中国人民対外友好協会会長をはじめ全国の省・市政府や対外友好協会の幹部らが参加しました。長野県日中友好協会からも西堀正司副会長(全国専務理事)、布施正幸副会長、大月良則理事長、宮沢信代女性委員長、吉岡弘海・山崎始理事らが参加しました。
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15日午後の分科会は4つに分かれて熱心な意見交換が行われました。第1分科会において大月理事長が長野県日中友好協会の中国との交流を紹介し、地方民間交流の重要性を訴えました。→発表内容はこちら 

 16日午前の全体会議では、冒頭に唐家璇・中日友好協会会長のメッセージが読み上げられました。唐会長は「中日関係は半世紀の風雨を経て発展し、各分野の交流・協力は豊かな成果をあげ、その成果は世界にも利益をもたらしました。衆知を集め、有益な意見を吸収して民間友好交流に提言し、中日関係の長期的な安定に新しい民間からの活力が注入されることを望みます」と期待を示しました。

 その後、中国側を代表して林会長があいさつ。「現在、両国関係は厳しいチャレンジに直面しています。唯一の選択肢は、東アジアの文化を守り、中日発展の局面を守り、新時代の要求に合致する関係を推進することです」と強調しました。

 続いて、来賓で元自民党幹事長の二階俊博衆議院議員が「いかなる時にも両国関係を支えてきたのは、政治情勢に左右されない民間交流でした。節目の年にさらなる友好相互理解の促進を期待します」とあいさつしました。

 丹羽会長は日本側を代表してあいさつし、「日中国交正常化以来50年、紆余曲折はありましたが、日中関係は経済発展とともに目覚ましい発展を遂げました。先人に思いを馳せ、平和と友好のため、一層の前進をしなければなりません」と呼びかけました。

 程永華・中日友好協会常務副会長は「民間友好は従来の中日関係の強みであり、関係発展のプロセスにおいて重要な役割を果たしてきました。皆様と共に、さらに成熟した関係構築のために努力したいと思います」と述べました。

 また、来賓の孔鉉佑駐日大使は「中日関係は、新たなチャンスとチャレンジに直面しています。本日の会議を契機とし、力を合わせ、新時代の要求に合致する中日関係構築を推進したいと思います」とあいさつしました。垂秀夫在中国大使は「この50年、両国間で数えきれないほど人間ドラマが生まれました。外部環境に影響されない、安定的な関係構築が重要です。新たな人間ドラマの創出を期待します」と述べました。

 その後、中国人民対外友好協会の袁敏道副会長(中日友好協会秘書長)と西堀正司専務理事が基調報告を行い、前回の会議(2018年11月)以降の活動を紹介しました。そのなかで、2014年ソチ・2018年平昌両冬季五輪を連覇したプロフィギュアスケーターの羽生結弦選手を特別ゲストに招き、9月29日に「日中国交正常化50周年記念慶典」が開催されることも紹介されました。

 さらに、前日に行われた分科会の報告があり、会議のテーマである「友好の初心を温め 美しい未来を共に切り開く」(重温友好初心 共创美好未来)にふさわしい今後の民間交流のあり方を確認し、国交正常化50周年を記念する友好アピールを行いました。([「日本と中国」10/1号参照)

 須坂市、四平市とオンラインで高校生・学生交流 (9/3)

9月3日、須坂市は友好都市の吉林省四平市とオンラインで、3年ぶりに交流をしました。

新型コロナの感染拡大で両市の相互訪問が途絶えており、2019年以来の3年ぶりの交流となりました。日中国交正常化50周年を記念し、四平市から提案され実現したものです。

須坂市役所に集まった須坂市内3校の高校生7名と、四平市の吉林師範大学博達学院で日本語を学ぶ学生10名が参加。四平市側は授業がオンラインとのことで、学生は各家庭から参加しました。

冒頭、四平市外事サービスセンターの劉夢覚主任は、「交流により友好関係がさらに深まることを信じている」と挨拶。須坂市教育委員会の清水秀一教育次長は、「2019年の訪問では熱烈歓迎を受けた。素晴らしい町づくりはじめ産業・観光などすべての面で発展を感じた。交流の機会を設けていただき感謝申し上げる」と挨拶しました。

それぞれの自己紹介に続き、須坂市の高校生から須坂市の歴史や、特色ある飲食店を紹介しました。

須坂市側から「須坂は、明治から昭和にかけて須坂は製糸業で繁栄し、蔵の町として有名。市のシンボルとして臥竜公園があり、全国有数のリンゴ、ブドウなど果物の産地」と紹介しました。

四平市の大学生は、地図で四平市の位置を示し、古城、記念塔、伝統劇、食文化などを紹介しました。

コロナ禍での学校生活紹介では、須坂市の高校生からは、コロナ禍でも盛り上がった文化祭、菓子作りに挑戦したこと等が紹介されました。四平市の学生からは、感染拡大後はオンライン授業になったこと、自宅では新しい趣味を始めたこと等が紹介されました。

学校生活の紹介では、四平市の学生から「日本語は大学に入ってから勉強を始めた。聞く、読む、書く、話す、訳すことを学んでいる。また、様々な日本文化の体験プログラムがあり、マナーや着物の着付け、食文化も教わっている。たこ焼きも失敗を重ねて美味しく食べられた。」という紹介がありました。

自由交流では、「中国文化で好きなものは?」「好きなアニメは?」等の質問にそれぞれが答えていました。須坂の高校生で、太極拳を趣味にしている生徒の「太極拳をやっている人はいるか」との質問には、四平市の学生から「太極拳は、高齢者がやるもので、若者はあまりやらない」と回答し、笑いが広がり、場が大いに和みました。

この後両市から歌の交換がありました。須坂側は、参加者全員で「故郷」を歌い、四平市側からは「未来へ」を歌い交流が終了しました。

最後に須坂市の高校生が両市を代表して「文化も町の風景も違い、すべて興味深かった。」と感想を話し、感謝の言葉がありました。

須坂市日中友好協会からは、西堀副会長、小栁理事長、通訳として青年委員会張長春副委員長、山崎事務局長が参加しました。

 佐久市、広東省江門市とWeb交流会議(7/29)

 広東省江門(ジャンメン)市からの要望にもとづき、7月29日佐久市とのWeb交流会議が開かれました。

 当日は、佐久市側から、柳田清二市長、平山秘書課長、荻原移住交流課長、江門市側から、趙暁斌外事局長、黎志剛副局長、葛欣東京事務所代表らが出席し、県日中友好協会から布施正幸副会長が同席しました。中澤道保佐久市日中友好協会会長から祝賀メッセージをいただきました。

 趙江門市外事局長は「日中国交正常化50周年にあたり、佐久市との交流を深めたい」とあいさつし、江門市が480万の人口を抱え、香港、マカオに近接する発展地で、華僑の故郷と言われ、対外交流を積極的に進めていることを紹介し、工業、観光、医療、大学等の方面の交流を深めていきたいと述べました。

 これに応え、柳田市長は、50周年を祝うとともに、「Webであってもこうして交流できることをうれしく思う。県議の時に3度中国を訪問したがスケールの大きさを実感した。佐久市は東京から新幹線で70分のところに位置しており、工業、農業、観光、医療等魅力あふれる都市」 と紹介しました。

 続いて、ビデオ映像で両市の紹介が行われました。珠江デルタ地帯に隣接する江門市が近年目覚ましい発展を遂げている様子や、望楼などの世界遺産を有することが映像から知ることができました。また佐久市が風光明媚な自然環境に囲まれ、産業の発展と健康長寿都市を目指している様子などが紹介されました。

 意見交換では双方の関心のある工業、医療、観光などの方面で交流を希望しているとの江門市の提案に対し賛同の意思表示がされるなど有意義な時間をもつことができました。

 同席した、布施副会長は、コロナ禍にあっても両市がこのように交流し、相互理解を深め友好関係を深めていくことをうれしく思い今後に期待したいと述べました。
 山ノ内町、”一帯一路”文化観光プロモーション展(北京市9月)に参加(7/22)

 山ノ内町は友好関係を結んでいる北京市密雲区の呼びかけに応えて、9月に開催される”一帯一路”文化観光プロモーション展に参加することとなりました。主催は北京市人民対外友好協会。山ノ内町の紹介プロモーションビデオや写真を準備しこのほど北京市密雲区に送付しました。

 ”一帯一路”文化観光プロモーション展は北京市と友好関係のある都市を、中国国際サービス貿易交易会のサイトで紹介するものです。”一帯一路”とは、2013年に習近平国家主席によって提唱された、中国が推進する巨大経済圏構想です。アジアとヨーロッパを陸路と海上航路でつなぎ、物流ルートを作って貿易を活性化し、経済成長を促す現代版シルクロードと呼ばれています。

 2021年の”一帯一路”文化観光プロモーション展は15か国が参加しました。(ブルネイ、ブラジル、ドミニカ、アイルランド、イタリア、レバノン、モルディブ、マレーシア、パナマ、ロシア、ルーマニア、スロベニア、スリランカ、ウルグアイ、日本)  それぞれの国の自然風景、ユニークな文化的歴史、そして色鮮やかな伝統行事を写真と動画で体験することができます。

人と人の絆は、”一帯一路”を建設していくためには、欠かすことができません。しかし、新型コロナウイルス感染症の大流行により人々の交流は制限され、人と人の絆が希薄となってしまいました。この制限された状態をインターネットで乗り越え、絆を取り戻す、それが”一帯一路”文化観光プロモーション展です。

山ノ内町は2007年に北京市密雲区と友好協定を結びました。それ以降、相互訪問と図書交換により交流を深めてきました。今回の出展をきっかけに北京市民のみならず、世界中の方に山ノ内町の魅力を知っていただきたいです。   (山ノ内町移住交流推進室 松本)

 諏訪市日中友好協会第37回定期総会を開催(7/13)

 諏訪市日中友好協会は第37回定期総会を7月13日市役所大会議室にて開催しました。

 金子ゆかり会長(市長)はあいさつの中で、「ウクライナなど国際的には国家間の問題が発生しているが、民間は仲良くすること、相互理解を深めることを継続していくことが大事。新型コロナの影響があり、規模縮小や中止となる事業があるが、中国人就業者や留学生との民間レベルの交流を出来る形で継続していくことが重要」と述べ協会活動への参加協力を呼びかけました。

 岩波寿亮・市商工会議所会頭、大月良則・県日中友好協会大月良則理事長が来賓として出席、「日中関係はいろいろな困難に直面しているが、民間の平和を紡ぐ役割は貴重であり、諏訪日中友好協会の活躍に期待する」などと述べました。

 総会議事では、前年度活動報告・役員の改選・本年度事業計画・予算案等を審議、承認しました。コロナ禍での活動が制限され各事業を中止せざるを得ない状況の中、基本方針として、諏訪地区で唯一活動している、当協会の維持継続を最優先し、今年の事業計画として、①中国人就業者や留学生との交流(新年会兼学生との懇親会)、②日中関係、歴史等の知識を深める活動(満蒙開拓平和記念館見学)、③会員の親睦を深める活動(中国茶道経験・護摩法要の体験)に取り組むことなどを決定しました。

  日中スキー交流委員会総会開催―北京冬季五輪の成果踏まえ交流発展へ(6/28)        

長野県日中スキー交流委員会(北野貴裕会長)は、6月28日、犀北館ホテルにおいて22年度総会を開き、21年度の活動報告・決算報告を承認し22年度の活動方針などを決定しました。総会には県(スポーツ課・国際交流課)をはじめ県スキー連盟、県日中友好協会、飯山・白馬・野沢温泉・長野の行政・スキークラブ関係者が出席し熱心に意見交換をしました。

太谷陽一県スキー連盟副会長は、「2月には、北京冬季オリンピック・パラリンピックがコロナ禍ではあったが成功裡に開催された。応援参加はできなかったが、長野県選手も活躍し立派な成績を収めた。長野五輪と北京冬季五輪の成果を踏まえて今後のスキー交流を進めていきたい」と挨拶しました。田島康彦県スポーツ課振興係長、師岡国際交流課長補佐、西堀正司県日中友好協会副会長が「これまでの日中スキー交流の様々な取り組みが実を結び、北京冬季オリンピックが素晴らしい大会となった。今後の交流発展とインバウンドの拡大などにも期待したい」などと述べました。

本年度の計画として、北京冬季オリンピック施設を利用した県ジュニアスキー訓練隊派遣などをあげています。

 須坂市日中22年度定期総会を対面で開催(5/29)
 
 須坂市日中友好協会2022年度定期総会が5月29日、須坂市旭ケ丘ふれあいプラザホールで会員ら20名が出席して開催されました。

 三木正夫会長(須坂市長)は、「3年ぶりの対面開催ができ感謝している。新型コロナ禍や米中対立の激化など日中関係を取り巻く環境は厳しいが、日本にとって大切な隣人中国との友好を進めていきたい。困難な時こそ民間交流が大事だと思う。ロシアのウクライナ侵攻など予想しえなかった事態が起きているが、今改めて平和とは何か考えたい。四平市とのオンライン交流等企画していきたい。真の日中平和友好を目指して力をあわせていきましょう」とあいさつしました。

 来賓を代表して布施正幸県日中副会長が、日ごろの協力に感謝し、県協会定期大会の報告をした後、「日中国交正常化50周年にあたり日中共同声明の精神に立ち返って、日中関係を破たんさせない知恵を出し合い、日中不再戦、体制の違いを認め合った平和友好関係を守り発展させていくことが今必要とされている。日中の歴史的、経済的深いかかわりに思いを致し、アメリカ一辺倒の思潮に流されることなく戦略的互恵関係を築いていくべき時、地方民間友好の努力を続けていきましょう。県内友好運動の中核を担ってきた須坂市日中の活躍に期待します」あいさつしました。

 総会議事では21年度の活動報告と決算報告が承認され、22年度の活動方針、予算が採択されました。活動方針では友好都市の四平市と青少年バーチャル交流、中国についての学習会講演会、料理教室やフラワーアレンジメント等の開催、中国語教室開講、満蒙開拓平和記念館パートナー制度への協力等に取り組み、新会員加入促進に力をいれていくとうたっています。

 第二部の記念講演では、西堀正司・公社日中友好協会専務理事が「ウクライナ情勢と中国」について複雑な状況などを分かりやすく解説し好評でした。
 南京大生が作品の翻訳や感想文応募
第10回「中国藤村文学賞」オンライン授賞式、小諸で開催(5/26)


 小諸市ゆかりの文豪、島崎藤村の文学を学ぶ中国・南京大学の学生を対象とした「中国藤村文学賞」の授賞式が5月26日、オンラインで南京大学とつないで小諸市で行われました。

 中国での藤村文学の研究振興と日中友好を目的に、小諸市と小諸市日中友好協会が主催し、藤村の研究者が在籍していた縁で中国の南京大学の学生を対象に3年ごとに表彰し、今回で10回目。藤村の作品を中国語訳した「翻訳賞」と作品の感想文の「愛読賞」あわせて35点の応募があり、審査の結果、11人が入賞。

 今回の授賞式は新型コロナの影響でオンラインで行われ、はじめに小泉俊博市長が「文学賞を通じての交流は中国と日本との絆を深めて友好親善に貢献しています。いつか、藤村が過ごした小諸に来てもらえることを期待しています」とあいさつ。そして、入賞者の名前を読み上げ、表彰状をオンラインで紹介しました。

 南京大学によると、入賞作品はいずれも『破戒』を読んで身分差別についての感想を書くなど、藤村作品をしっかりと読み込んでいるものが多かったということです。

小諸市日中友好協会の笹本常夫会長は「中国の若者が藤村に親しんでくれてうれしい。今後も文学賞を続けていきたい」と話していました。

  ◇  ◇  ◇  ◇

≪笹本常夫会長からのメッセージ≫

 去る5月26日に小諸市日中友好協会は第10回中国藤村文学賞授賞式を中国南京大学と初めてオンラインにより開催しました。この事業は35年前の1987年5月に南京大学日本語学科の助教授陳徳文先生と江蘇省人民出版協会が中心となり、江蘇省人民政府、南京市政府の支援のもとに中国国内の島崎藤村文学研究者が中国全域から島崎藤村文学研究論文を募集して審査を行い、優秀論文発表者を表彰したことから出発しています。この第1回表彰式には、当時の小諸市長塩川忠巳氏を団長に、小諸市議会議長、小諸市教育長、小諸市藤村記念館館長など16名が、初めて訪問団として参加しました。その後1998年に南京大学で第2回授賞式を開催した折、3年に一度、中国藤村文学授賞式を開催することを決定しました。以来南京大学で6回、小諸市で2回開催してきましたが、第10回目となる今年は、コロナ禍ののため訪問団派遣が不可能となり、オンライン形式による開催となりました。

 陳徳文先生はほとんどの島崎藤村の主要作品を中国語に翻訳して出版されています。陳徳文先生に島崎藤村文学を紹介された方が、早稲田大学名誉教授の依田嘉家先生(旧浅科村出身)であります。依田先生のご指導と陳徳文先生の物凄い情熱がなければ、小諸市と中国との藤村文学賞交流事業はできなかったと思っています。

 今までの中国藤村文学賞受賞論文を観察した時に、多くの南京大学生が関心を示している事柄は、藤村文学の中で代表的作品『破戒』の主人公「丑松」・・・我が国での大きな問題である被差別部落出身者「丑松」の苦悩を取り上げている・・・の生き方に非常に関心があることが見て取れます。(全体の約25%の学生)

 人生で自分で選ぶことができない絶対的なものがあるとすれば、それは「生れ」であるといえます。それを主題としている『破戒』の主人公「丑松」に、何を感じているかと言えば、多分学生たちの多くは、「丑松」の中の「生れ」に対する疑問と同じものを感じ取って自分自身の苦悩と「丑松」の苦悩を重ね合わせて自問自答している点ではないでしょうか?

 明治の島崎藤村の文章は、私たち日本人にとっても、変体仮名遣いや旧漢字が多く読むのに非常に難しいのですが、3年に一度の藤村文学の研究発表ではありますが、歴代の南京大学日本語学科の学生たちは素晴らしく、そのうえさらに優秀な先生方の指導の下に非常に熱心に取り組んでおられて、日本語教育が確実に進歩してきていることを感じています。

 島崎藤村は『藤村詩抄』の中で「誰か旧き生涯に安んぜむとするものぞ。おのが自身新しきを開かんと思へるぞ。若き人々のつとめなる。生命は力なり。力は声なり。声は言葉なり。新しき言葉は、すなはち新しき生涯なり・・・」と述べられています。仏典にも「声仏事を為す」とありますように、変革の時代だからこそ大きな声が必要でありましょう。

 今年は、日中国交正常化50周年です。日中両国の繁栄と希望はアジアと世界の平和の力となり、次の百年に向けて新しい心で日本と中国の若い人々に声をかけていきましょう。

(写真:上/小諸会場、中/南京大学・翻訳賞受賞者後列6人、下/南京大学・愛読賞後列5人)
 第60回長野県日中友好協会定期大会ー国交正常化50周年、日中相互信頼回復に努める(5/20)
       <書面表決、新年度方針・役員改選など承認>


 第60回県協会定期大会は、新型コロナ禍のため昨年に引き続き書面審議方式で行われました。

 4月19日の第3回理事会において大会議案を審議するとともに役員選考委員を選出しました。また定期大会を書面審議方式で行い大会代議員と県役員に大会議案の承認を得ることとしました。

 第3回理事会の決定に基づいて、大会構成員に書面審議をお願いしたところ大会議案(21年度活動報告・決算報告・監査報告、22年度活動方針案・予算案、役員改選案)を承認(5月20日)いただきました。

◇21年度活動報告は、次のように1年の取り組みを振り返っています。
 「昨年は辛亥革命110周年、中国共産党創立100周年、満州事変90周年の節目の年に当たり、歴史を回顧し、「前事不忘、後事之師」(前の事を、後の教訓とする)を銘記した次第です。日中関係は新型コロナ禍によって、2年にわたり、人的交流がストップし、経済・文化・スポーツ交流等にも深刻な影響を受けました。東京オリンピックも困難な中での開催となりました。さらに米中対立が一層激しさを増し、日中・日米関係にも強い影響を与えています。
 県協会はこの1年、前年度に引き続き、コロナ禍の影響を受け、予定していた、諸活動の多くを、中止せざるを得なくなり、関係の皆様に多大なご迷惑をおかけすることになりました。5月の定期大会はやむを得ず書面決議で行いました。オンラインを利用したり、コロナ対策をした上で、夏の東京五輪パラリンピックホストタウンNAGANO中国応援イベント、冬の北京冬季五輪応援メッセージと呼びかけ、中国帰国者日本語教室、中国語講座・中国語スピーチコンテスト、日中連続市民講座等を実施しました。各地区協会も、困難な中、対策を講じながら身近な交流事業を実施しました。」

◇活動方針では、総論として「新型コロナの感染拡大にによって、日中間の人事、文化スポーツなどの交流がストップし、さらに米中対立の激化によって困難が続いてきました。国際情勢もロシアのウクライナ侵攻によって大きく激動しています。世界の平和を願う声を大きくしていかなければなりません。アジアの平和繁栄の持続のために日中関係を破たんさせない知恵が必要とされています。2月に発表された内閣府の世論調査(昨年秋実施)によると今後関係発展が重要と思う人は78.7%となっており、対中国民感情の悪化が言われる中にあっても、中国との平和友好協力は日本の今後にとって避けて通れない重要課題と国民の多くが考えていることを示しています。昨年の我が国の対中貿易は38.3兆円と過去最高となり、対米貿易の1.6倍となっております。本年は日中国交正常化50周年を迎えます。日中共同声明の原点に立ち返って、日中不再戦、平和友好を守り、コロナ禍にあっても可能なできることを研究し実行していきます。アフターコロナに向けて交流の再開に備えていきます。協会は、日中両国のおかれている現状に関心を寄せ、両国の有意の人々とともに民間の立場から相互信頼回復に努めていきます。また組織の若返りを図り、日本の前途にとって大切な使命を負っている友好協会の活性化をはかっていきます。日中関係を復興させアジアと世界の平和繁栄に貢献していきましょう」とし、具体的には下記項目を上げています。

1.日中国交正常化50周年にあたり日中共同声明・日中平和友好条約を基礎に50年の成果を守り国民感情の改善、友好関係の発展を目指す取組み
 コロナ禍の困難が続いているが、可能なできることを研究し実行していく。歴史を教訓に平和友好協力、相互信頼回復に努める。日中関係を破たんさせない共同の努力を広く県民に呼びかける。
○日中国交正常化50周年記念・講演と祝賀のつどい(10月)県日中学術交流委員会、県日中経済交流協議会と共催で開催する。
○第30次中国留学生ホームステイ受入れ(7月)、第55回日中友好キャンプ(7月)日中友好スキー交流会(2月)の取り組みを検討する。
2.多彩な相互交流の検討
 アフターコロナに備えて、河北省との交流はじめ日中スキー交流の推進、県友好訪中団や各種友好訪中団の派遣など多面的に取り組めるよう検討していく。また、青少年交流、大学生・高校生交流の促進に努める。本県と歴史的に関わりの深い中国東北地区との交流、中国大使館との交流を準備検討する。長野県への観光客招致活動などアフターコロナに向けて検討する。
3.友好都市提携の機運を盛り上げ、締結の実現を目指す。県日中友好都市交流会議を開催する。
4.相互理解増進のための活動
○会報「日本と中国」の普及と県内版の発行、ホームページの活用による広報活動の強化。
○長野県日中友好協会ラジオ孔子学堂中国語講座を核に中国語の普及向上
○総合月刊誌「人民中国」の普及と活用、「県人民中国読者会」の定例会に協力する。
○第26期日中関係を考える連続市民講座講演会・映画会・絵画展・書道展などの開催。
5.関係友好団体との連絡協調をはかり、裾野の拡大と身近な活動の展開を図る。
6.中国帰国者支援交流事業
県や関係市町村、関係団体と協力して帰国者援護施策を充実させるべく努める。帰国者支援の輪を広げる。
「県日中友好協会・帰国者交流センター」として、県・帰国者支援連絡会、帰国者日本語教室の運営、介護支援、2世世帯に対する日本語教育と就労支援強化、3世・4世に対する教育現場での問題解決支援。
7.満蒙開拓平和記念館運営に協力する。「自治体パートナー制度」の働きかけに協力する。
8.中国留学生・技能実習生・就労者等の支援と交流
 9.組織と財政の強化を図る
協会は幅広く各界各層の人材を結集し、ボランティアの日中友好交流団体として県民に信頼される友好活動を展開するとともに、魅力ある協会作りに心がけて行きたい。広く入会・参加を呼びかけ、高・壮・青のバランスの取れた活力ある組織を作るため努力する。組織の若返りを図り、日本の前途にとって大切な使命を負っている友好協会の活性化をはかる。

◇役員改選では、高波謙二会長らを再選するとともに、布施正幸氏を理事長から副会長に、新理事長に大月良則氏を選任しました。

◇採択された「大会宣言」は次のとおり。

 
    ≪大  会 宣 言≫ 

 県民の皆さん

  長野県日中友好協会は本日、第60回2022年度定期大会を開催いたしました。

 日中関係は新型コロナ禍によって、2年余りにわたり、人的交流がストップし経済・文化・スポーツ交流等も深刻な影響を受けました。さらに米中対立が一層激しさを増し、日中・日米関係にも強い影響を与えています。国際情勢もウクライナ戦争によって大きく激動しています。世界の平和を願う声を大きくしていかなければなりません。アジアの平和繁栄の持続のために日中関係を破たんさせない知恵が必要とされています。

 本年は日中国交正常化50周年を迎えます。日中共同声明の原則と精神に立ち返って、14億の人々が住む、歴史的にも経済的にも深いかかわりを持つ隣国中国と不再戦・平和友好・覇権反対を大切にして、戦略的互恵関係を強め、安定的な友好協力関係を築いて行きたいものです。協会は、コロナ禍にあっても可能なできることを研究し実行していきます。また組織の若返りを図り、日本の前途にとって大切な使命を負っている友好協会の活性化をはかっていきます。

 ともに友好を望む両国の有為の人々と連携しアフターコロナに向けて交流の再開に備え、相互信頼回復に努めましょう。日中関係を復興させアジアと世界の平和繁栄に貢献していきましょう。

 2022年5月20日

 31名がHSK中国語検定に挑戦(5/14)

 HSK中国語検定が5月14日、長野ラジオ孔子学堂教室において開催されました。当日は中学生、高校生、大学生、一般社会人ら2級7人、3級6人、4級13人、5級5人の計31人がチャレンジしました。

 午前は2・4級の試験、午後は3・5級の試験が行われ、参加者はリスニング(聞き取り)、続いて読み取り、作文と真剣な面持ちで取り組んでいました。

 HSKの級は1・2級が初級で、3.4級が中級、5・6級が上級という構成になっており、試験時間も級が上に行くほど長くなっています。

 「リスニングが難しかった」「読み取りは、自信あります」「作文はもう一歩」などの感想が聞かれました。 

 数ある中国語検定の中でも、HSKは中国政府教育部(日本の文部科学省に相当)直属の機関が主催し、中国政府が認定する資格です。そのため、HSKの語学資格は、中国国内だけでなく、日本国内、そして世界中で公的証明として活用することができ、世界共通基準の資格として、ビジネスや学業等様々な分野でご活用されています。

 ちなみに、1級はあいさつと自己紹介、2級は簡単な会話、3級は旅行での会話、4級は中国人と比較的流暢にコミュニケーションできる、5級は中国語の映画・テレビの内容が理解できる、6級は中国語で自分の考えを流暢に表現できるなどの目安があります。語彙数も150、300、600、1200、2500、5000とどんどん増えていきます。

 長野孔子学堂では春秋年2回地元での試験を実施しています。
 第27回県日中友好都市交流会議、オンラインで開催
「日中国交正常化50周年、アフターコロナに向け地方交流再開に備える」(3/18)


 第27回県日中友好都市交流会議が3月18日、オンラインで開かれました。県企画振興部部長と県日中友好協会会長の連名で呼びかけたもので、県、県協会及び関係自治体の国際交流担当者と日中友好協会役員18名が参加してそれぞれの友好都市交流の現状を報告し、意見交換を行いました。

 冒頭のあいさつで、師岡裕子・県国際交流課課長補佐は「コロナ禍にあってもZoomなどを用いて情報交換し、リモートが国際交流のツールとして定着してきた。昨年夏の東京五輪・パラリンピックホストタウンは大使館の協力と大学生のサポーター参加を得てリモートで有意義な応援交流ができた。冬の北京冬季五輪・パラリンピックも事前フォーラム等に協力交流し成功裡に開催されたことは喜ばしい。コロナ禍で環境は厳しいが友好都市交流を進めていきたい」と述べました。

 また西堀正司・県日中友好協会副会長は、日頃の日中友好のご尽力に敬意を表し、県内では県及び6市3町1村が中国と友好都市或いは友好交流都市関係を締結していることに触れたのち、「コロナ禍や米中対立激化など困難はあるが、日中の平和と友好の重要性に思いをいたし、地方民間交流を進めていきたい」とあいさつしました。

 参加者の自己紹介の後、担当者から報告が行われました。

◇県では、2021年度事業としてホストタウンNAGANO大学生サポーター養成講座、ホストタウンNAGANO中国オンライン応援イベントの開催、河北省22冬季オリンピック開催交流協力フォーラム(オンライン)参加、北京冬季オリンピック友好都市協力発展フォーラム(オンライン)参加、河北省長への大会成功祈念の知事親書送付等を行った。22年度の交流計画としては、国際交流員の新規任用と学校や地域の国際交流イベントなどへの協力、ホストタウンNAGANO大学生国際交流リーダー養成事業、河北省友好提携強化事業、(養成講座開催と現地訪問、河北大学へ研修員派遣、県内大学生と河北省大学生との交流)、北京冬季オリンピック・パラリンピックを契機とした青少年等スキー交流の実施(県日中スキー交流委員会事業として実施)を予定している。

◇県日中友好協会では、21年度東京五輪ホストタウンNAGANO中国オンライン応援イベント、中国語講座とスピーチコンテスト、第25期日中関係を考える連続市民講座、中国帰国者日本語教室と帰国者援護に係る市町村担当者研修会、北京冬季五輪応援イベント参加事業などに取り組んだ。22年度日中国交正常化50周年に当たり、記念講演と祝賀のつどい、連続市民講座、中国語講座、帰国者支援交流などに取り組むとともにアフターコロナを見据えて、訪中団派遣と訪日団受入れなどを検討していく。北京冬季五輪の成果を踏まえ日中スキー交流の継続実施(県日中スキー交流委員会事業として実施)。5年ごとの周年事業として取り組んできた日中友好都市卓球交歓大会はコロナ禍のため中止。

◇長野市では21年度石家庄市との友好都市締結40周年オンライン記念交流会議開催、河北省国際友好都市オンライン交流展への写真提供、ホストタウンNAGANOオンライン応援イベント参加、北京冬季五輪青少年国際絵画展への出展、河北省冬季五輪交流協力フォーラムや北京冬季五輪友好都市協力発展フォーラムへの参加などを実施。22年度は両市市長によるオンライン会議、中学生同士によるオンライン交流等を予定。

◇須坂市では、21年度、四平市との市長メッセージ交換、「日本と中国」須坂市版に「四平市の今・発展する四平市」や新年メッセージを四平市から寄稿。22年度はコロナ禍の平穏化の状況を見て四平市市長の訪日を検討。

◇松本市では、21年度廊坊市との友好都市締結25周年記念公式訪問団受入れを計画したがコロナ禍のため延期・中止となった。22年度は未定。

◇上田市では、21年度、上田染谷丘高校国際教養科と寧波市李恵利中学校とのオンライン交流事業実施。22年度は未定。

◇飯山市では、21年度中国共産党創立100周年及び深圳福田区創区31年目を記念しお祝いメッセージ動画を作成し贈った。22年度は未定。

◇山ノ内町では21年度、密雲区代表団を招へいする予定であったが、コロナ禍のため中止、図書の交換は行った。22年度は代表団受入れは未定、図書の交換実施。

 コロナ禍の影響で、相互往来の見通しが立たず新年度交流計画が未定のところが多かったが、オンライン交流や県内在住の中国人との交流等考えていきたい等の意見が出されました。

 最後に西堀副会長(日中友好協会全国本部専務理事)から日中関係の現状と課題についてお話しいただきました。

 --ロシアのウクライナ侵攻によって、第3次世界大戦や核戦争の危機も言われる状況となっている。世界平和を追求していく上でも日中友好の必要性を強く感じている。東京、北京と続けて夏と冬のオリンピックパラリンピックが開催されたがスポーツ交流が平和と友好に果たす役割は大きい。長野県では特に卓球やスキー交流が盛んにおこなわれてきた。コロナ禍で交流がストップし残念な状況が続いているが、コロナ禍にあってもオンライン交流会などできる活動を進めていきたい。友好協会では50年間の友好の歩み写真展や作文発表、未来に向けての標語募集等計画していきたい。地方民間交流が平和に大きく貢献することを自覚してお互いに頑張っていきましょう。--
 
新華社東京支局が北京冬季五輪と長野県の深い縁について取材(3/9)


 新華社東京支局の一行が、3月9日、長野県を訪れ、長野県スキー連盟関係者や長野県日中友好協会などを取材した。40余年にわたる長野県と中国との日中スキー交流、その中で、中心的な役割を果たされた片桐匡(ただし)元長野県スキー連盟会長の事績について熱心に関係者に取材した。この度の北京冬季オリンピックの成功の背景に片桐匡さんをはじめとした関係者の「アジアのスキー振興」にかけた熱い思いがあったことが文面から伝わってくる。ここに、その一文を紹介したい。  (翻訳責任:編集者)   


 <参考資料>
 北京オリンピック通信:北京オリンピックの長野印記

   ≪新華体育≫(2022・3・17 新華社東京3.17発、王子江・楊汀・楊光)

 2003年、片桐匡さんが亡くなったとき、遺品にはぶ厚い資料が残されていたが、息子の片桐幹雄さんはその保存価値が理解できなかった。20年後、彼はこれらの資料の意義を知って、父の偉大さも知った。

 これらの資料は一群の完全な中日スキー交流史であり、改革開放以来の中国スキースポーツの発展史でもあり、中国が一つのスキー場もないところから北京冬季オリンピックの開催に成功するまでの歴史的証人でもあった。

 ◇長野と縁を結ぶ

 記者の取材に応ずるために、片桐幹雄さんは事前に資料を事務室に持ち込み、各種の原稿、切り抜き、写真、文章、ポスター、試合ハンドブック、書籍が2つのテーブルに積み上げられていた。

人, 屋内, 座る, テーブル が含まれている画像

自動的に生成された説明長野県野沢温泉スキー場の片桐幹雄社長が取材に応じた。

 長野県の野沢温泉スキー場社長を務めている片桐幹雄さんは、次のように語った。

 「20年前にこれらの資料を整理した時には、価値あるものか否か知らなかったが、今では一種の達成感とリターン感があり、非常に有意義なことができたと思う。」

 長年にわたって封印されてきた資料には、1990年代末に日本の『スキー』誌に発表された片桐匡さんの文章があり、長野県と中国のスキー交流の経緯が詳しく記述されている。

 彼はこう書いた。「1979年12月10日のこと。私は当時、全日本スキー連盟の理事兼長野県スキー連盟会長を務めていた。その日私は全日本スキー連盟から電話を受け“中国が初の冬季オリンピックに参加するため、アメリカに向かう前に日本で集合訓練を希望しているが面倒を見ていただけないか”と言われた。これは中国オリンピック委員会から日本オリンピック委員会を通じ全日本スキー連盟を経て私を探し当てたものだった。突然のことでいささか戸惑ったが、私が特に困ったのは、もうすぐ年末になるので、彼らのために住まいをどう確保するかということだった。それでも、私は中国側の要求を満たすことを決意し、この任務を引き受けたいと表明し、宿舎は私の家(当時は民宿福田屋と呼ばれていた)を手配すると話した。」

 彼は書き続けた。「中国が初めて冬季オリンピックに参加するのは、日本のスキー界にとっては平地に波風を立てることにほかならないが、意外にも、すぐにスキー企業がスキー板、スキー靴、スキーウェアなどを提供したい、コーチや集合訓練経費も協力したいと申し出てくれた。スキー板やウェアに少しでも合わないところがあればすぐに調節し交換してくれた。これらの全体的な支持と協力はメディアの注目を集め、さまざまな角度から報道され、一時は中国スキーの報道ブームが表れた。」

 彼が残した資料には、1994年に中国で出版された『中国スキー運動史』という本があり、その本の重大出来事を記した年表に「1979年12月、中国が第13回冬季オリンピックに参加するスキーチームの一行12人が日本の長野県で訓練した。団長兼通訳は于再清」と記されている。現在、国際オリンピック委員会の副主席を務めている于再清氏も同書の編集委員の一人だ。

建物の前に立つ人々

自動的に生成された説明1979年12月、レイクプレシド冬季オリンピックに出場するため中国スキー選手が長野で訓練した。後ろは片桐匡家の福田屋(前列右側は片桐匡さん)

 この12人のうち6人は野沢温泉スキー場で訓練し、その中には4人の選手が含まれ、他の人は白馬村などのスキー場に配属された。彼らの中には実はスピードスケートの選手が何人かいて、軽井沢のスケート場で訓練した。野沢が中国選手の訓練を指導したコーチの中には、片桐匡さんの後任で野沢温泉スキー場社長に就任した河野博明さんがいる。

 片桐匡さんは「ちょうど息子の片桐幹雄もアルペンスキー選手としてそのオリンピックに参加するので、オリンピック村でもできるだけ中国の選手を世話してほしいと言った」と書いている。

 40年余り後、片桐幹雄さんは父親の頼みを覚えていて新華社通信の記者に語った。「私は父が、中国選手に何か助けが必要なことがあったら、よろしく頼むと言ったことをはっきり覚えている。中国が冬季オリンピックに選手を派遣することができ、彼らが良い成績をとればさらに有意義だ。歴史的な時を目撃できる意義は極めて貴重だと言った。」

 その冬季オリンピック前の長野行きは、中国のスキー発展を高速軌道に乗せ、長野は中国のスキースポーツに欠かせないキーワードになった。米国のレイクプレシッド冬季オリンピック後、中国側は翌年のスキーシーズンに長野での合宿訓練の希望を提出し、片桐匡さんは再びそれに応え、全力で協力した。その後40年間、交流の形式が絶えず変化したにもかかわらず、中国のスキー選手は長野での訓練を止めなかった。

 ◇中国のスキーの遅れを目の当たりにする

 40年以上前の中国のスキーのレベルは日本と格段の差があった。長野で初めて中国選手を育成したコーチとして、河野博明さんは、中国のアルペンスキー選手は当時、日本の高校生と同じレベルだったと話した。長野の地元紙「信濃毎日新聞」は当時、「冬季オリンピックに出場する中国選手は技術的に(日本選手と)かけ離れているが、体力があり、足の力が強く、誰もが練習で疲れない」と報じた。同紙は、中国のスケート選手が長野で中学生の試合に出場することも報じている。→全文はこちら

 北京冬季オリンピック・オンライン交流会のご案内

北京市人民対外友好協会と東京都日中友好協会が共催(後援:公社日本中国友好協会・長野県日中友好協会他)で、北京冬季オリンピック・オンライン交流会が3月21日開催されます。趣旨は下記の通りです。ご多用の折ですが、ご参加いただきたくご案内申し上げます。

 現地で日本人が見たー北京オリンピックのリアルー

 日中国交正常化50周年を記念して、北京ー東京オンラインイベントを開催します!

メインスピーカーとして北京大学外国語学部日本語学科外籍専家馬場公彦氏をお招きし、北京2022オリピックの見どころを、専門家ならではの視点で語っていただきます! さらに、朝日新聞北京オリンピック特派員である畑宗太郎氏や、北京大学のオリンピックボランティアの方々にもご登壇いただき、肌で感じたオリンピックの印象についてお話しいただきます。

また、イベントにご参加いただいた方々の中から抽選でビンドゥンドゥンのグッズをプレゼントいたします!ぜひ奮てご参加ください!!参加費は無料です。下記URL又はメールアドレスよりお申し込みください。

日時:321日(月) 15001630
申込みは、こちらのURLからとなります。  https://peatix.com/event/3189523/view  難しい場合は to-nicchu@jcfa-tyo.net  宛にお名前(プレゼント抽選用)とメールアドレス(zoom URL送付用)をお送りください。

 
◎北京冬季オリンピックと長野県

2022北京冬季オリンピック・パラリンピックが成功裡に終了したことを心よりお祝い申し上げます。

健闘され、多くの感動を与えてくれたアスリートの皆さん、準備裏方を務められ成功のためご尽力された中国の関係者の皆さんに心から敬意を表します。北京市の皆さん、長野県とかかわりの深い中国スキー協会や河北省(張家口市)の皆さんに心からおめでとうと申し上げます。

今回のオリンピック・パラリンピックは新型コロナ禍など複雑な国際環境下での開催でしたが、スポーツの国境を越えての共感の力を見せてくれました。

長野県は40年余りにわたり、中国スキー訓練隊受入れ、スキー用具贈呈、スキー代表団の派遣を3本柱にして交流を深めてきました。

1989年の長野冬季オリンピック招致の際は中国の強い支持をいただき、大会には中国から200人の応援団をお招きしました。

北京冬季オリンピック開催が決まると、大会準備に国を挙げて取り組み、見事に成し遂げました。この間、中国から長野オリンピック関連施設の視察、大会運営視察研修団が多数、来県し熱心に学習されたことは関係者に深い印象を残しました。

コロナ禍で現地での参観応援はかないませんでしたが、アジアのスキー振興のために、日中が良きライバルとして切磋琢磨し協力していこうというスキー関係者の思いを抱きながら、北京オリンピックをテレビで応援しました。

改めて大会の円満な成功に尽力された関係の皆様に敬意を表します。(F)

 北京冬季パラリンピックが3/4~13北京・張家口で開催されます。選手の健闘を祈って声援を送ろう!!(3/1)
 
 冬季オリンピックの余韻さめやらぬ中、引き続いて世界各国からパラリンピック選手およそ600人を迎え、北京冬季パラリンピックが開幕されます。6競技、78種目が行われます。選手の皆さんの健闘を祈って応援しましょう。  下記の情報をクリックすると最新のパラリンピック情報を得られます。

日本・北京冬季オリンピック・パラリンピック情報

中国・北京冬季オリンピック・パラリンピック情報
 北京冬季オリンピックが成功裡に終了(2/23)

 2022北京冬季オリンピックが成功裡に開催され、無事終了しました。

 健闘され、多くの感動を与えてくれたアスリートの皆さん、準備裏方を務められ成功のためご尽力された中国の関係者の皆さんに心から敬意を表します。長野県とかかわりの深い中国スキー協会や河北省(張家口市)の皆さんに心からおめでとうを申し上げます。張芸謀(チャン・イーモウ)監督の指揮された開会式、閉会式もシンプルでありかつ今の時代に合致した感動を呼ぶものでした。

 今回のオリンピックは日本では開催直前まで反中喧噪が繰り広げられましたが、アスリートの皆さんは心折れることなく良く頑張ってくれました。日本の獲得した金③銀③銅⑥は史上最多でした。また、政治的な思わくを越えて、スポーツの国境を越えての共感の力を見せてくれました。オリンピックの神髄がそこにみられました。全力を尽くし競い合う選手の皆さんの友情、その情景を見て、多くの人々が感動し世界の平和と友好を願う気持ちが育まれたと思います。大切にしていきたいと思います。(F)
 北京冬季オリンピックがスタート(~2/20)選手の健闘祈って応援しよう!!(2/4)

北京冬季オリンピックが始まりました。選手たちの健闘を祈って、みんなで応援しましょう。下記の情報をクリックすると最新のオリンピック情報を得られます。

北京冬季オリンピック情報

日本・北京冬季オリンピック情報


中国・北京冬季オリンピック情報

  北京冬季オリンピック開幕迫る、長野県勢22名が出場(1/20)

2022年北京冬季オリンピックが近づいてきました。2月4日から20日までの17日間、北京市と河北省張家口市で開催されます。 15競技、109種目が行われ、うち北京では「鳥の巣」で開閉会式が行われるほか、スピードスケート、アイスホッケー、フィギュアスケート、ショートトラック、カーリング、アルペンスキー、スノーボード、ボブスレー、スケルトン、リュージュなどが行われ、張家口市ではスキージャンプ、クロスカントリー、バイアスロン、スノーボード(スロープ、ハーフパイプ、フリースタイル、クロス、パラレル)が行われます。世界91カ国・地域から約2900名の選手が、日本からは124名の選手が参加の見通しです。

 県日中友好協会は、片桐匡先生はじめ歴代県スキー連盟関係者とともに県をはじめ関係自治体の協力を得て早くから県日中スキー交流委員会を構成して中国とのスキー交流に取り組んできました。その歩みは40年あまりとなります。北京冬季オリンピックが決まると長野冬季オリンピックの経験を活かし、選手や大会運営人材の育成などに協力してきました。スキー競技は長野県と友好県省関係を結んでいる河北省の張家口市崇礼区で行われことも関係者の喜びとするところです。

 このほど長野県からも22名(スキー・スノボ12名、スケート9名、ルージュ1名)の代表選手が出場することが発表されました。中国のジャンプやノルディック複合の代表選手は白馬のオリンピックジャンプ台などで合宿訓練したことがある皆さんです。日中両国の代表選手の皆さんの活躍を期待し大会の成功を祈りたいと思います。

 長野県出身の代表選手は次の通り。(渡部暁斗は日本選手団の旗手を務めることになりました。)

<ノルディック複合>渡部暁斗・渡部善斗・山本涼太、<クロスカントリー>馬場直人・小林千佳、<フリースタイル>杉本幸裕・原大智・松田颯・近藤心音、<スノーボード>今井胡桃・鬼塚雅、

<リュージュ>小林誠也、

<スピードスケート>小島良太・一戸誠太郎・小平奈緒・高木菜那、<ショートトラック>菊池耕太・小池克典・菊池悠希・菊池純礼・神長汐音

 「人民中国雑誌社」から 北京冬季五輪のZoom取材(1/19)

  1月19日、20日「人民中国雑誌社」から北京冬季オリンピックへの支援交流を進めてきた県日中友好協会と県スキー連盟関係者にZoomによる取材が行われました。

 西堀正司副会長は王朝陽雑誌社東京支局記者の質問に答えて、長野県と中国との40数年にわたるスキー交流の経過の概略を説明し、北京冬季五輪が政治的な思惑に左右されず選手ファーストの立場に立って平和と友好の祭典として大成功に終わるよう願っていると述べました。

 布施正幸理事長は、中国が1989年の長野冬季五輪招致に協力してくれたことを紹介し、3千名の協力者を組織し3年間1日10円貯金を実行して3000万円の資金をつくって200人の中国友人を大会応援に招き交流成果を上げたこと、更に2008年の北京オリンピックの聖火リレーが長野で行われた際、女性委員会メンバーを中心に紅白のおまんじゅう1000袋を応援に駆け付けた中国留学生の皆さんに差し入れて、ともに喜びを分かち合ったこと等を紹介し、アジアで3回連続となる今度の北京冬季五輪の成功を祈りました。

 長野県国際交流員で張家口市出身の李妮さんもジャンプ等のスキー競技がふるさとで開催されることを大変喜んでいました。同席した友好協会のメンバーからも、「大会の成功を祈る」、「加油(ジャーユー)」、「ともに未来へ」などのエールが送られました。

 県スキー連盟顧問の河野博明氏は、1979年12月にレイクプラシッド冬季五輪に初参加することになった中国スキー選手を野沢温泉スキー場で受入れ事前訓練して送り出した時のエピソードを感慨深く語り、以来40数年にわたって交流を続けてきたことを紹介しました。「中国はシステムの優位性を活かし、スキー場建設や選手・運営人材の育成を熱心に進め、2015年には北京冬季五輪の招致に成功した。大会運営準備も立派にやり遂げた。大会では選手が良い成績を収め、五輪を契機にスキーがより大衆的なスポーツとして普及していくものと確信している」と述べました。 →インタビュー詳細はこちら

 王記者は「動画やWeChatの記事を通じて、皆様の熱い応援の気持ちを中国の皆さんに伝えたいと思います」と感謝していました。
<冬季オリンピックの応援動画>https://www.youtube.com/watch?v=NyJbtMRYT1c 

 満蒙開拓平和記念館が自治体パートナー制度への協力を呼びかける(1/13)

「満蒙開拓平和記念館」では記念館の安定した運営継続と満蒙開拓団の悲劇の継承を図るため、各自治体に協力いただく「自治体パートナー制度」を創設しました。12月24日には、阿部守一県知事と会見し、この件に対する協力要請を行いご賛同をいただきました。記念館は日中の平和友好のシンボルでもあり、友好協会においてもこれを支援していきたいと思います。

寺沢秀文記念館館長は、2022年1月13日に記者会見を行い 、2022年度から、官民協働して満蒙開拓の史実継承に取り組んでいただける「自治体パートナー制度」創設の趣旨述べ、「パートナーとなっていただいた皆様には、財政面での分担と共に、史実継承のための活動や情報交換等を進め、一緒にこの歴史を伝えていきたい」と述べました。

 (詳細下記の通り)

 2013年4月に開館した満蒙開拓平和記念館。それまであまり語られてこなかった歴史を伝え残そうと体験者の方々が苦しい胸の内を語り、多くの人々がその話に耳を傾け、平和の尊さや社会のあり方、人としての生き方などを考え学び合う拠点として歩んでまいりました。「満州」「満蒙開拓」に特化した記念館、資料館は他にないため全国から貴重な資料や情報の集積しつつあり、担う役割と社会からの期待は更に大きくなっています。しかし、対応に要する人員あるいは財政面においても当初の想定をはるかに超えており、コロナ禍での収入面の打撃を経る中でやはり運営基盤の強化が喫緊の課題となっています。

 これまで全国の皆様方からのご支援をはじめ、役職員やボランティアの皆様などの熱意で取り組んでまいりましたが、安定的な維持運営を図ることを目指し、この度、現行の一般サポーター会員制度の拡大版として、自治体版の協力会員制度を創設させていただくこととしました。「パートナー」という名称に込めた思いは、財政面の支援だけでなく、行政も主体的に歴史継承の一翼を共に担っていただきたい、そのきっかけにしていただきたいという思い。さらに、官民協働型の新しい運営スタイルを確立していきたいという挑戦のひとつでもあります。

 以前から、この歴史は官民一体となって継承すべきものであり、それに向けた仕組みづくりができないかといった話もいただいておりました。今回そのようなご提言に背中を押され、制度構築に至りました。すでに地元の阿智村、隣接の飯田市など協力的な自治体が名乗りを上げ、推薦文もいただいており、たいへん心強く、励まされています。

 「満蒙開拓」の継承は、関心のある人だけが担えばよいというものではないと思います。 これからも粘り強く社会にこの活動を広げていく挑戦を続けていかなければならないものと思います。 皆さまのご協力をお願いします。

 第39回全日本中国語スピーチコンテスト全国大会で長野県代表溝邊幹太さん3位入賞(1/9)

公益社団法人日本中国友好協会が主催する第39回全日本中国語スピーチコンテスト全国大会が1月9日に開催され、長野県代表の溝邊幹太さんがスピーチ部門 大学生の部で2位入賞しました。

スピーチの演題は「中国語は月の如く、行先を明るく照らす」で、姨捨の月を見て、中国語が月のごとく自分の行く手を明るく照らしてくれているとの思いを流暢な中国語で見事に発表しました。

輝かしい成果をあげた溝邊さん、おめでとうございます。

  満蒙開拓平和記念館、お陰さまで来館者20万人(1/1)  

 「今ごろそんなものつくって誰が来るんだ。」記念館建設に向けて奔走していた時に、元開拓団の方から言われた言葉が今でも思い出されます。終戦からすでに60年以上過ぎていました。あまり語られてこなかった満蒙開拓の歴史は風化しつつありました。だからこそ伝え残さなければならないとの熱い思いが結集して、ようやくできた記念館。皆様のご支援のお陰で開館から8年7カ月、昨年11月末に来館者20万人を達成いたしました。本当にありがとうございました。

 コロナの収束はまだ見通せず、入館料とご寄付で運営している当館にとっては苦境が続きそうですが、これからもこの歴史を伝える意義を行政はじめ各方面の方々と共有しつつ、未来へ繋げていきたいと思います。今後、講座やイベントも開催していくつもりです。まだ新館セミナールームをご覧いただいていない皆様、ぜひお出かけください。 
(事務局長 三沢亜紀)

 中日友好協会友好交流部からの年賀状(1/1)


 新年明けましておめでとうございます!

 今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます!
 貴協会の皆様にもよろしくお伝えください。
  中日友好協会友好交流部一同

 

初春を迎えて       
                     長野県知事 阿部守一

  皆様には、健やかに新春をお迎えのことと存じます。

  貴協会には、県と中国との友好交流活動に対して格別の御理解と御支援を賜り、厚く御礼申し上げます。

  昨年は、新型コロナウイルス感染症の世界的拡大により、世界中から大会開催の行方に注目が集まる中、東京2020オリンピック・パラリンピックが無事開催され、コロナ禍での明るい話題となりました。

  大会は原則として無観客開催となり、中国のホストタウンとして会場での応援は叶いませんでしたが、来日された中国代表団の皆様に向けて応援メッセージを送らせていただきました。また、本誌全国版でも掲載していただいたとおり、8月2日に駐日中国大使館、貴協会の多大な御協力を得て、中国選手に声援を送るオンラインイベントを開催し、友好の絆を更に深めることができました。

  本年はいよいよ北京2022冬季オリンピック・パラリンピックが開催されます。貴協会日中スキー交流委員会による40年以上にわたる青少年のスキー交流が実を結び、本県と友好提携を結んでいる河北省の張家口市においてジャンプ競技等が開催されることを大変嬉しく思います。

  また、本年は日中国交正常化50周年を迎える記念すべき年でもあります。北京2022冬季オリンピック・パラリンピックが盛大に開催されることを願うとともに、コロナ収束、人的交流の再開により、日中の友好交流が末永く進み、よりよい未来へとつながっていくことを切に望みます。

   県としましても、更なる交流、発展に向けて取り組んでまいりますので、本年も皆様の変わらぬ御支援と御協力を賜るともに、貴協会の益々の御発展を御祈念申し上げます。

 

   新年祝辞
              駐日本国中華人民共和国特命全権大使  孔鉉佑

 2022年の新年に当たり、皆様に心からのご挨拶を申し上げます。

  長野県日中友好協会は、設立以来66年、国交正常化の推進から中国との雪と氷のスポーツ交流、東京オリンピックの中国代表団の「ホスト都市」への申請から、冬季オリンピックの経験を中国側と積極的に共有することまで、中国との友好交流を積極的に推進してきました。

   今年は日中国交正常化50周年であり、双方が共に記念すべき重要な年です。 両国首脳は、国交正常化50周年を契機に、新時代の要求に合致した日中関係の構築を促進し、二国間関係の発展の方向性を示す重要な合意に達しました。 中国と日本は、両国の首脳間の重要な合意を実践に反映し、政治的相互信頼を高め、ウインウインの協力を深め、人的交流を拡大し、相違点を適切に管理し、日中関係の安定と改善を図り、より強固で成熟した健全な日中関係を次の50年間に導き、地域及び世界の発展により多くのプラスのエネルギーを注入すべきです。

  今年は、中国人民が第2の百年の目標に向かって前進する重要な年です。 新型コロナウイルス感染症の世紀の流行の繰り返しと変異の加速という百年の変化に直面する中で、中国は、新しい開発コンセプトを実践し、新しい開発パターンを構築し、ハイレベルな開放と深い改革を促進し、質の高い発展を促進します。 同時に、中国は、人類の運命共同体の構築を自らの責任とし、真の多国間主義を堅持し、世界平和の構築者、世界開発の貢献者、国際秩序の擁護者として、日本を含む国際社会と積極的に協力し、世界の繁栄と発展に新たな、より大きな貢献を致します。

  北京冬季オリンピックがまもなく開幕します。東京オリンピックに続き、人類の連帯と友情の象徴であり、世界の選手が公平に競技できる舞台であり、人々の友好交流の祭典です。 我々は、長野県が「グリーン、享受、開放、誠実」というオリンピック運営の理念を先導し、高い基準と質で様々な準備作業において、長野県の貴重な支援に感謝します。 私たちは、世界のためにシンプルで安全で素晴らしいオリンピックイベントを提供し、未来に向かって世界の国々と手をつないで行く自信を持っています。 日本のスポーツ選手が、雪と氷のスポーツを披露するために中国に来ることを歓迎し、中国と日本の選手が冬のスポーツで良い成績を収めることを期待しています。

    長野県日中友好協会は、常に両国の友好交流の最前線に立っています。 日中青年3000人交流、長野冬季オリンピック中国応援団受入れ、冬季種目の研修拠点、長野孔子学堂などは、長野県日中友好協会の努力なしには実現できませんでした。 長野県日中友好協会が更なる高みをめざして一歩一歩前進し、民間友好の伝統を継承し、日中の友好と二国間関係の改善に貢献することを期待します。

   貴会の発展とすべての友人のご多幸をお祈りします。


<中国語の原文>
孔铉佑大使在长野县日中友协刊物上发表的新年贺词

 2022年新年伊始,谨向各位朋友致以诚挚问候。

长野县日中友协成立66年来,始终积极开展对华友好交流,从推动恢复邦交正常化到同中国开展冰雪运动交流,从申请担任东京奥运会中国代表团“东道主城市”到积极向中方分享冬奥办会经验,长野县日中友协秉持友好信念,与县政府、议会一道,推动双方各领域友好交流合作取得丰硕成果,我们对此深表赞赏。

    今年是中日邦交正常化50周年,是值得双方共同纪念的重要年份。两国领导人就以邦交正常化50周年为契机,推动构建契合新时代要求的中日关系达成重要共识,为两国关系发展指明方向。中日双方应携手合作,将两国领导人重要共识体现在实际行动中,增进政治互信,深化互利合作,扩大人文交流,建设性管控矛盾分歧,推动中日关系稳定改善发展,将一个更加牢固坚韧、成熟稳健的中日关系带向下一个50年,为地区和世界发展注入更多正能量。

今年是中国人民向着第二个百年奋斗目标进军的关键之年。面对延宕反复的世纪疫情和加速演进的百年变局,中国将坚定不移做好自己的事情,贯彻新发展理念,构建新发展格局,以高水平开放促进深层次改革、推动高质量发展。同时,中国始终以推动构建人类命运共同体为己任,坚持真正的多边主义,坚定做世界和平的建设者、全球发展的贡献者、国际秩序的维护者,愿同包括日本在内的国际社会积极开展合作,为世界繁荣发展做出新的更大贡献。

北京冬奥会即将隆重开幕。这是继东京奥运会后又一场全球体育盛事,是人类团结和友谊的象征、全球运动员公平竞技的舞台、各国人民友好交流的盛会。我们感谢长野县在中方筹备赛会过程中给予的宝贵支持,中方将以“绿色、共享、开放、廉洁”的办奥理念为引领,高标准、高质量开展各项筹备工作。我们有信心为世界奉献一届简约、安全、精彩的奥运盛会,与各国携手,一起向未来。欢迎日本运动健儿届时来华展现冰雪运动风采,期待中日两国运动员在冬季项目上取得佳绩。

    长野县日中友协始终走在两国民间友好交流的前列。中日青年3000人交流、长野冬奥会中国后援团、冬季项目培训基地、长野孔子学院,这一系列两国友好合作项目的实现都离不开长野县日中友协的努力。希望长野县日中友协百尺竿头更进一步,继续发扬民间友好传统,为中日民间友好和两国关系改善发展贡献力量。

    祝贵会蓬勃发展,各位朋友幸福安康。


 日中国交正常化50周年、共同声明の原点に立って友好を進めよう

    <年頭のごあいさつ>         長野県日中友好協会会長 高波 謙二

明けましておめでとうございます。コロナ禍の中にあって、大変な1年でしたが、皆様の日中友好の粘り強い意志とご尽力に敬意を表し、県協会の諸活動へのご支援ご協力に心より感謝申し上げます。

昨年は辛亥革命110周年、中国共産党創立100周年、満州事変90周年の節目の年に当たりました。改めて歴史を回顧し、「前事不忘、後事之師」(前の事を、後の教訓とする)の名言を銘記した次第です。

 日中関係は新型コロナ禍によって、2年にわたり、人的交流がストップし経済・文化・スポーツ交流等にも深刻な影響を受けました。東京オリンピックも困難な中での開催となりました。さらに米中対立が一層激しさを増し、日中・日米関係にも強い影響を与えています。識者からは、日中関係を破たんさせないための知恵を出さなければならないとの指摘がされています。

日中関係は今後も紆余曲折が予想されますが、我が国としても対米一辺倒の思潮に押し流されることなく14億の人々が住む、歴史的にも経済的にも深いかかわりを持つ隣国中国と、不再戦・平和友好・覇権反対を大切にして安定的な友好協力関係を築いて行きたいものです。

県協会は昨年に引き続き、コロナ禍の影響を受け、予定しておりました、諸活動の多くを、中止せざるを得なくなり、関係の皆様に多大なご迷惑をおかけすることになりました。こうした中で昨年来の課題であった、財政の再建のための特別支援金呼びかけに多くの役員会員の皆様のご理解ご協力を得て当面の危機を脱することができました。ご協力に感謝いたします。5月の定期大会はやむを得ず書面決議で行いました。オンラインを利用したり、コロナ対策をした上で、東京五輪ホストタウン中国応援イベント、中国帰国者日本語教室、中国語講座・中国語スピーチコンテスト、日中連続市民講座等を実施しました。各地区協会も、困難な中、対策を講じながら身近な交流事業を実施しました。

本年は日中国交正常化50周年を迎えます。2月には北京冬季オリンピックが開催されます。厳しい状況の中ですが、日中共同声明の原点に立ち返って、日中不再戦、平和友好を守り、アフターコロナに向けて交流の再開をはかっていきたいと存じます。協会は、日中両国のおかれている現状に関心を寄せ、両国の有意の人々とともに民間の立場から相互信頼の回復に努めていきたいと思います。また組織の若返りを図り、日本の前途にとって大切な使命を負っている友好協会の活性化をはかっていきたいと思います。ご支援ご協力をお願い申し上げます。

 第25期日中連続市民講座②、日中国交正常化50周年ー日中関係の現状と課題(12/18)

 第25期第2回日中関係を考える連続市民講座が12月18日、日中友好センター教室において開催され、(公社)日中友好協会専務理事の西堀正司氏が「日中国交正常化50周年-日中関係の現状と課題」をテーマに講義しました。コロナ禍と師走の忙しい中でしたが、講座には20人が出席し熱心に聴講しました。

 豊富な日中交流の体験を踏まえて、日中関係の歴史を振り返った後、日中関係の現状、現代中国事情、米中対立の現状等解説されました。

 ―日中関係は困難な状況の中にあるが、歴史に学びかつてのような過ちを犯さないことが大切だ。明年は日中国交正常化50周年の節目の年であり、戦後77年にあたる。1868年の明治維新から数えると1945年の敗戦までの77年と戦後の77年ということになり、戦前戦後の歴史を振り返る良い機会だ。

 日本は明治維新以降、富国強兵、脱亜入欧の政策のもと、時代とともに軍国主義に舵を切っていった。日清戦争から第1次世界大戦(対独参戦)で大陸の権益を追及し、さらに満州事変から日中全面戦争、太平洋戦争へと突き進んでいった。戦後は、戦争への反省を胸に、平和を国是として歩んできた。日本は米ソ冷戦の中、アメリカの強い影響下に置かれ、天皇の人間宣言、新憲法発布、朝鮮戦争、東京五輪などを経て、日中国交正常化が実現したのが1972年だった。日中関係は新しい時代に入った。改革開放以後の中国は飛躍的な発展を遂げた。日本は失われた30年と言われる長期停滞から抜け出せないでいる。現在、新型コロナウイルスの世界的蔓延、米中対立の激化など世界は大激変の時を迎えている。3度目の77年をどう歩んでいくか。歴史に学ぶこと、変化に対応することが必要とされる。相互尊重・相互理解・相互協力・相互利益が大切。―

 現代中国事情にも触れ、共同富裕(格差是正)、人口減対策、双循環(外需とともに内需拡大をはかる、量だけでなく質の向上をはかる)、人類運命共同体、SDGs・カーボンゼロなど幅広い分野に話が及び講義時間もあっという間に過ぎました。
 第25期日中関係を考える連続市民講座スタート(11/27)

第25期日中関係を考える連続市民講座が11月27日からスタートしました。県内の大学と県日中友好協会などで作る県日中学術交流委員会主催で、毎月1回のペースで文化、歴史、経済関係などをテーマに計6回の講座が開かれます。

 第1回は長野大学の塚瀬進教授が「辛亥革命110周年を迎えて―通説が見直される近年の研究動向―」と題して講演しました。当日は29名が熱心に受講しました

―清朝の改革や孫文の革命運動の実際の状況、西洋の影響(社会進化論の影響が強かった)、科挙廃止による影響、共和制の樹立と失敗・袁世凱の独裁などを紹介しながら、近代国家が持つ「領土・主権・国民」の3要素を創出する過程であったとし、かつては「革命」と「反革命」の2分法的な発想で辛亥革命を考察していたが、社会現象は2分法で割り切れない部分が大きく、皇帝専制政治体制が近代国民国家体制に変化するという、根本的かつ巨大な政治変動、社会変動の中で辛亥革命の意義を考察する研究が進められている―と語りました。講演終了後、出席者から活発な質問や意見が出されました。

 連続市民講座の開催趣旨は次の通りです。
 日中国交正常化から明年は50周年を迎えます。日中関係は新型コロナによる人的交流のストップ、米中対立の激化によって、経済、文化学術、スポーツなどの分野の交流においても困難が続いています。コロナ禍後を見据えて、日中共同声明の原点に返って両国国民の相互信頼関係を醸成していくことが望まれます。歴史的に深いかかわりを持ち、日本の最大 の貿易相手国である中国はGDP第2位の経済大国となり巨大な変化を遂げています。14億人が住む隣国中国に対する理解を深めることは日本にとって一層重要となっています。長野県日中学術交流委員会では、中国を多面的に理解するために県内で活躍している大学・短大等の先生を講師に迎え、第25期連続市民講座を計画しました。多数ご参加ください。

詳細はこちら――>第25期日中関係を考える連続市民講座「中国の歴史・文化と日本」

 中国帰国者援護市町村担当者研修会開く(11/24)

 長野県健康福祉部地域福祉課と長野県日中友好協会中国帰国者交流センターは11月24日、オンライン形式で中国帰国者援護に係る市町村担当者研修会を開きました。県・市町村・友好協会の帰国者支援に携わる34人の担当者が参加しました

 はじめに、県地域福祉課の伊東笑子課長補佐兼自立支援・援護係長と県日中友好協会の布施正幸理事長が県内の各市町村で帰国者援護の第一線で活躍されている担当者の日ごろの活動に感謝しあいさつをした後、長野市篠ノ井西中学などで長年、中国帰国者の子弟の教育実践に携わってこられた飯島春光先生が「ひいおばあちゃんは中国にお墓をつくったー中国残留日本人の孫たちと学んできた「満州」・戦争ー」と題して講演しました。先生には、同名の著書があります。自らの体験に基づく有意義な内容は感動を与えました。講演の概略は下記の通りです。

 ―1990年代後半、篠ノ井西中学に赴任した時、荒れた学校と言われる状態で、中でも帰国者子女に対するいじめが横行していた。「中国では日本人と言われ、日本では中国人のくせにと言われた」。当時の中学歴史には開拓団の記述がほとんどない中で、開拓団の歴史をどう理解させるか、この子たちの思いをクラスのみんなに共有してもらうための悪戦苦闘が続いた。当人たちに思いを語たってもらうとともに歴史学習の一環として地域の実情調査(家族と戦争との関わり)などに取り組んだ。この地域にも埴科郷開拓団送り出しの過去があり、生徒たちにっとっても他人事でなく、自分の家族(祖父母、曽祖父母)の関係者でなくなっている者がいることを知るようになった。新聞を作って発表したり、英語のスピーチ大会で発表する者もあった。「なぜ俺は中国なんだ」と語った中学生、当人たちは中国とつながっているという現実に直面する。中学時代にこういう授業を受けたかったと語った女子大生もいた。

 教科書で「満州移民」はどう記述されているか。地域で、学校で語られなかった、教わらなかった、教えなかった歴史ー私と「満州」。全国最多の「満州移民」を送出した県、として長野県の平和学習・人権学習は「満州移民」を抜きにして語れない。すべての市町村から「満蒙開拓団」を送り出し、すべての小学校(国民学校)高等科で「満蒙開拓青少年義勇軍」志願を勧めた。この事実を20代の82%、30代の66%、40代の38%が知らなかった。(2005年信毎) だが地域には、中国残留日本人1世とその一族(2世、3世、4世、5世)が生活している。1人の1世に対してそのファミリーは30~40人を数える。子供たちは、彼らに特有な悩みを抱えている。葛藤の中で生まれる疎外感、悩みを持っている。地域の大人たち、教師にも責任がある。当人たちとその保護者にも家族の歴史を知らせる意味がある。自分のルーツへの誇りをもって生きてもらいたい。

 今私たちは「満州移民」・戦争をどう学び、どんな未来を作っていくのか。満蒙開拓平和記念館を訪問されたことのある平成天皇は「満州事変に始まる戦争の歴史を忘れてはならない」と語られたことがあった。「前事不忘、後事之師」とのことわざもある。満蒙開拓記念館にはこの4~10月の間に県内49校の生徒たちが訪れた。歴史を知り、平和な未来を築いていきたい。―

 布施理事長は冒頭のあいさつの中で、県日中友好協会が県の委託を受けて、市町村援護担当者研修会、帰国者日本語教室、帰国者への理解を深める県民のつどい、地域における支援交流会などに取り組んできたことに触れた後、「本年は1931年の満州事変90周年にあたり、開拓団はその5年後からはじまり、長野県は全国一の3.3万人を送出した。敗戦前後の混乱の中でその半数が命を落とした。「前事不忘、後事之師」、痛恨の歴史を忘れてはならない。中国残留日本人と家族の過酷な運命に思いを致し、みなさんの幸せと日中不再戦、平和友好を願ってやまない。2008年のいわゆる新中国帰国者支援法以来、1世世帯のみなさんの年金の満額支給と生活支援、地域での生活支援が法的裏付けをもって届くようになった。引き続き1世の高齢化に伴う介護等の充実、2世に対する支援、3世・4世・5世に対する教育・就労支援などの課題がある。飯島光春先生の教育実践を通した貴重な体験をお話しいただき今後の取り組みの糧にしたい」と述べました。

 講演終了後、地域福祉課の木次しのぶ主事より「中国残留邦人等に対する支援策」(厚労省中国残留邦人等支援室主催の11/5会議資料)について説明報告が行われました。
 HSK中国語検定に32名が挑戦(11/20)

 HSK中国語検定が11月20日、長野ラジオ孔子学堂教室において開催されました。当日は小中学生から、高校生、大学生、一般社会人ら32名が1級から5級までの検定にチャレンジしました。

 午前は2・4級の試験、午後は1・3・5級の試験が行われました。HSKの級は1・2級が初級で、3.4級が中級、5・6級が上級という構成になっており、試験時間も級が上に行くほど長くなっています。

 4級、5級にはそれぞれ10人ずつが挑み、リスニング(聞き取り)、続いて読み取り、作文と真剣な面持ちで取り組んでいました。

  「これからは、英語プラス中国語の時代だから継続して上を目指します」そんな感想が返ってきました。また、1級を受けた小学5年生の女の子は、お母さんが中国語で「葡萄」の発音がきれいと中国の方に褒められたのをきっかけに中国語を学び始めたと紹介してくれました。

 数ある中国語検定の中でも、HSKは中国政府教育部(日本の文部科学省に相当)直属の機関が主催し、中国政府が認定する資格です。そのため、HSKの語学資格は、中国国内だけでなく、日本国内、そして世界中で公的証明として活用することができ、世界共通基準の資格として、ビジネスや学業等様々な分野でご活用されています。

 ちなみに、1級はあいさつと自己紹介、2級は簡単な会話、3級は旅行での会話、4級は中国人と比較的流暢にコミュニケーションできる、5級は中国語の映画・テレビの内容が理解できる、6級は中国語で自分の考えを流暢に表現できるなどの目安があります。語彙数も150、300、600、1200、2500、5000とどんどん増えていきます。

 長野孔子学堂では春秋年2回地元で野試験を実施しています。
 第39回中国語スピーチコンテスト長野県大会、31人が出場(10/23)

10月23日、長野県日中友好協会ラジオ孔子学堂の主催による第39回中国語スピーチコンテスト長野県大会が信濃教育会館講堂で開催され、高校生、大学生から70代の中国語学習者までの31人が出場しました。高校生や大学生の活躍が注目されました。

朗読部門には高校生の部3人、大学生の部13人と一般の部10人が出場、それぞれの全国統一課題文を発表し発音や表現力、熟練度を競いました。

 スピーチ部門には5人が出場し、自作文で内容や表現力を競いました。
留学生との出会いから始まった中国語、中国人とのチャットを通じて両国の文化・感性の共通点を実感、亡き妻と旅した中国の思い出、郵便ポストの色の違いに想う、月のように前途を照らす中国語など多様なテーマを取り上げ、レベルの高い弁論発表となりました。

スピーチ部門で優勝したのは、安曇野市出身の学生、溝邉幹太さん(22)。溝邉さんは昨年に続いての優勝で、姨捨の月を見て、中国語が月のごとく自分の行く手を明るく照らしてくれているとの思いを流暢な中国語で発表しました。

 岩下隆審査委員長は講評の中で、熱のこもった発表で日ごろの努力の成果が見られ接戦だったと述べるとともに、「正確な発音や流暢さ、イントネーションや区切りを意識すること、語りかけるように発表することが、美しい中国語に必要。スピーチ部門では日ごろの中国人との交流や、中国語を学ぶ中での発見などに分析が加えられ、表現されたスキルの高さに敬服した。また今後の希望や夢・新たな決意も表明され、多くの方に共感と元気を与えることが出来たと思う。最後に中国のことわざ「不怕慢、只怕站」(ゆっくりなことを恐れず、立ち止まことを恐れる)を贈ります」と、激励しました。

 安芸洋一長野ラジオ孔子学堂長は冒頭の主催者あいさつで「コロナ禍により、学習機会がリモートになるなど、困難な中、勇気をもってチャレンジした出場者に敬意を表します。日ごろの学習の成果を発揮してください。中国語の学習を通じて相互理解を深め、日中友好の輪が広がることを期待しています」と述べました。

 西堀正司県日中友好協会副会長は来賓あいさつの中で「来年は日中国交正常化50周年を迎える。スピーチコンテストも39回目をむかえたがこの間中国語の普及向上に貢献してきた。中国語を通じて現在の中国を理解し日中友好に貢献してほしい」とあいさつしました。

 当日は、コロナ対策がとられて実施されました。

 入賞者は次のとおりです。
 スピーチ部門 大学生・一般の部 ①溝邉幹太 ②田嶋恭史郎  ③佐藤豊子  (奨励賞)清水浩 (敢闘賞)大崎早恵
 朗読部門 高校生の部 ①壇ノ原美月 ②宮川知南  ③加藤美幸
 朗読部門 大学生の部 ①五味英恵 ②藤山愛深 ③伊藤美咲  (奨励賞)原山紗知 (敢闘賞)小林未来 
 朗読部門 一般の部 ①依田光枝 ②福士奈々美 ③宮坂光子  (奨励賞)中村美月 (敢闘賞)山内志歩 

 入賞者にはトロフィーや楯が贈られました。成績優秀者は来年1月の全国大会に推薦されます。

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