友好短信2018.1~11

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 県女性委員会バスツアー、中国大使館を表敬交流(11/8)

 県日中女性委員会は11月8日、第9回秋の日中友好研修バスツアーを行いました。女性委員会メンバーら44名が参加して、中国大使館を訪問し、汪婉参事官(大使夫人)や、邵宏偉一等書記官はじめ友好交流部の皆さんからあたたかい歓迎を受けました。席上汪参事官から「平和友好条約40周年をむかえた日中関係の現状と課題」について流暢な日本語でお話しいただきました。熱心な意見交換も行われ、美味しい中華料理で歓迎昼食会が行われ友好を深めました。

 この日、未明に飯山を出発したバスは小布施・長野・松本・諏訪と高速道沿いに参加者を加えながら、東京を目指しました。車中では西堀正司県日中理事長から最近の日中関係についてのレクチャーに耳を傾け、予定通り11時前には大使館に到着しました。

 汪参事官は、長野県日中友好協会が両国関係が厳しい時もぶれることなく友好に努力し、県ととも新しい交流の形態を生み出してきたこと等に触れ、高く評価しました。続いて「平和友好条約40周年にあたり、李克強首相の来日と安倍首相の訪中が実現し、両国のハイレベルの交流が勢いを持ち政治的共通認識を持つことができた。互いに脅威とならず、チャンスととらえ新時代を開いていくこと。実務協力を進めていくための多くの協定を調印し、人的往来の活発化、自由貿易の擁護などを確認した。今後とも深い交流の歴史を持つ隣国同士良い隣人としていくつかの問題を乗り越えていかねばならない。特に国民感情の改善は当面の大きな課題だと思う。民間交流・地方交流を積極的に進めてきた長野県日中友好協会の活躍に期待し、大使館として今後とも民間交流を積極的にサポートしていきたい」などと述べ、参加者に感銘を与えました。 

 宮沢信代女性委員長と西堀理事長が訪問御礼のあいさつをし記念品交換が行われました。宮沢委員長ができたばかりの「中国を相手国とする東京五輪ホストタウンの記念バッチ」を披露し汪参事官の胸につけると大きな拍手がおこりました。意見交換の席では両国の国民感情の改善がテーマになり「両国関係改善が進むこのチャンスを活かし国民感情の好転のためにお互いの国の現状をありのままに理解し(紹介し)、青少年の交流の機会を増やし関心を高めていくことが大切」、「女性は友好の母」などの意見が交わされました。続いて歓迎昼食会がもたれ美味しい中華料理をいただきながら友好交流部のスタッフの皆さんと交流懇親を深めることができました。最後に感謝の意味を込めて、バスの中で練習してきた「大海啊、故郷(海はふるさと)」を一緒に歌いました。玄関前にて全員で記念撮影し名残を惜しみながら長野での再会を約して大使館を後にしました。

 一行はその後、国会議事堂を訪れ、地元の太田正孝代議士の紹介で議事堂内を詳細に案内いただきました。帰路のバスの中では自慢の歌が次々に飛び出し、盛り上がりました。初めて参加した方も「大変楽しく勉強になった1日でした」と感想を述べていました。
 中国帰国者のつどい 諏訪ガラスの里と霧ヶ峰バスツアー(10/28)  長野市と市日中友好協会、市帰国者の会で構成される長野市中国帰国者三者連絡会の主催による平成30年度長野市帰国者のつどい(バスツアー)が10月28日おこなわれました。今年は諏訪を訪れ、SUWAガラスの里や霧ヶ峰の自然を楽しみました。当日は90名の参加者がバス2台に分乗しての賑やかな交流会となりました。

朝7時頃長野市を出発し、途中松代PAで2台のバスが合流して開会式が行われました。まず長野市生活支援課の上田哲夫課長が「長野市は市日中友好協会や帰国者の会と連携して帰国者の生活支援に取り組んでおり、その一環として帰国者のつどいを毎年実施している。楽しい交流会となるようご協力をお願いしたい」とあいさつしました。続いて三者連絡会の金子繁三会長(市日中理事長)が「晴れ渡った秋空のもと、大勢の帰国者の皆さんに参加いただいた。安倍首相訪中も実現し日中関係も明るさを増している。充実した1日となるようにしてほしい」とあいさつしました。 また、来賓として参加した布施正幸県日中帰国者交流センター次長が「センターで学んでいる帰国者の皆さんはじめ大勢の皆さんが元気に参加され喜ばしい。三者連絡会の皆さんのご尽力に感謝したい。帰国者の皆さんが安心して幸せな生活が送れるよう、今後とも関係機関と連携して頑張っていきたい。日中関係が良くなっている中で両国の架け橋として帰国者の皆さんの活躍に期待したい」と述べました。

バスの中では、中国語の会話が飛び交い交流を深めていました。途中諏訪湖SAに立ち寄った後、第1目的地の諏訪湖畔のSUWAガラスの里に到着しました。1億円のクリスタルの大きな球が展示されていたり、様々なガラスの製品が展示販売されていて帰国者の皆さんもでショッピングを楽しんでいました。館内のレストランでバイキング形式のパン昼食を済ませ、周囲を散策。ちょうど湖畔をめぐるハーフマラソンをカメラに収め湖畔の秋を楽しみました。茅野市を経由してビーナスラインを進み、霧ヶ峰を目指しました。快晴のこの日霧ヶ峰から見渡す四方の山々は絶景でした。南方には八ヶ岳がくっきりと見え、そして富士山が目に飛び込んできます。何枚も写真に収めました。「幸せの鐘」を突き、グライダーの離陸と滑空風景をまじかに見ることができました。霧ヶ峰自然保護センターで霧ヶ峰の自然条件など詳しく解説いただきみんなで記念撮影しました。霧ヶ峰の霧が多い由来は、諏訪湖の上を渡る偏西風が湿気を含んだ状態で山にぶつかり霧を発生させるメカニズムだそうです。最後に柳沢春生市帰国者の会会長から「来年もまた元気で会いましょう」とのあいさつがありました。

参加したみなさんは秋の雄大な景色を存分に楽しまれた様子で、楽しく有意義な交流会となりました。

 木曽で強制連行中国殉難烈士の慰霊祭、平和を誓う(10/15)


 太平洋戦争末期に中国から木曽谷に強制連行され、過酷な発電所建設工事で亡くなった中国人182人の慰霊祭が10月15日、木曽町三岳の大島橋脇にある「中国人慰霊碑」の前で行われました。

 中国大使館の張亜強参事官はじめ県木曽地域振興局長、関西電力㈱木曽水力センター所長、木曽郡内の町村長や木曽町三岳の皆さん、県内の日中友好協会会員や勤労動員された旧制中学の関係者など80人が出席しました。

 慰霊祭は日中平和友好条約40周年と長野県と河北省との友好県省締結35周年を記念して開催されました。主催者を代表して、県日中友好協会の高波謙二会長と慰霊碑維持管理委員長の原久仁男木曽町長があいさつし殉難者を追悼し、平和を誓いました。追悼のあいさつに立った張参事官は「節目の年に戦争の教訓をくみとり、先輩たちが切り開いた友好関係が続くよう努力したい」と述べました。続いて木曽仏教会会長の小島宗徳大泉寺住職らによる慰霊法要が行われ、参列者が一人一人菊の花を祭壇に手向け冥福を祈りました。長野市滞在中の石家庄市語学研修生の王丹琳さんと邢雅林さんも往時をしのびながら手を合わせていました。

 第2部の慰霊斉事は三岳交流促進センターに場所を移して行われました。席上、西堀正司県日中友好協会理事長が特別報告を行い、戦後、強制連行殉難烈士の遺骨収集、慰霊事業が半田孝海善光寺大勧進大僧正らによって進められ、友好協会の設立につながったことや慰霊碑の題字を中国仏教会会長の趙樸初先生に揮ごういただいた経緯などを紹介し、また瀬戸普木曽郡町村会会長(王滝村長)は来賓の立場を離れて、導水管工事跡を見るにつけきわめて厳しいものであったことを実感したことなどを紹介しました。さらに池上一巳さんも勤労動員された旧制中学時代の体験を語りました。また高波会長から慰霊碑周辺の清掃管理を長年にわたり行い守ってきた三岳の老人クラブ支部長の上條靖男さんに感謝状が贈られました。

 慰霊祭に出席した、中国国際国際放送局長野ラジオ孔子学堂責任者の謝宏宇さんは、「慰霊碑が地域の皆さんに温かく守られ平和の願いを発信していることに感動しました」と語っていました。

(資料)戦争末期、国内の労働力不足を補うために、中国の河北省などから、多数の若者が強制連行され水力発電所工事や炭鉱などで劣悪な条件下酷使された。県内の木曽川水系や天竜川の発電所建設工事現場にも2,130名あまりが連行され内240名あまりが悲惨な死を遂げた。県日中友好協会の初代会長半田孝海・善光寺大勧進大僧正はじめ先達の皆さんは戦後いち早く殉難者の遺骨収集慰霊事業に取り組んだ。1964年には天竜村平岡ダムの脇に、1983年には木曽町(三岳村)御岳発電所近くにそれぞれ中国殉難烈士慰霊碑が建立された。犠牲者名簿の中で出身地がはっきりしている死者のうち約7割が河北省出身であることから、木曽の慰霊碑は河北省との友好提携に先立って同年10月県民の浄財を集めて建立された。五周年ごとに慰霊祭が、協会はじめ地元市町村、仏教会、勤労動員された旧制中学生など多くの関係者が寄って営まれてきた。9/22には天龍村平岡の慰霊碑前でも慰霊祭が行われました。
 大型人形劇「三国志」長野公演、熱気あふれる(10/12)

 日中平和友好条約締結40周年を記念して大型人形劇「三国志」総集編の長野公演が10月12日、長野市のホクト文化ホール(県民文化会館)で行われました。県日中友好協会と長野市日中友好協会、SBC信越放送が主催。1メートルを超える大型人形をたくみに操り、迫力ある演技で家族連れ800人を魅了しました。

 公演は2幕構成で、第1幕では、劉備玄徳が諸葛孔明を軍師として招いた「三顧の礼」から「赤壁の戦い」までを上演。第2幕は関羽が討ち取られる「甘露寺の変」から「出師の表」孔明の死までが脚本家ジェームス三木氏の見事なタッチの台本にそって展開されていました。

 人形美術家の川本喜八郎氏が製作した大型人形の躍動感ある動きを観客は真剣な表情で見入り、弁士の軽妙でユニークな語りに笑い声も起き物語にどんどんと引き込まれていきました。

 公演終了後、人形が観客席を回ると、身近に人形を見てその精巧な作りに感嘆の声が上がりました。希望者はバックステージツアーに参加、人形に触れたり、人形の繊細な動きの仕組みを説明され、感心しきりでした。ロビーでは孔明の人形と記念撮影、三国志ファンに取り囲まれ、熱気にあふれていました。
 中国語スピーチコンテスト長野県大会、日頃の学習成果を披露(9/30)

9月30日、長野県日中友好協会ラジオ孔子学堂の主催による第36回中国語スピーチコンテスト長野県大会が開催され、高校生から70代の中国語学習者までの22人が出場しました。

朗読部門には高校生部門2人、大学生部門8人と一般部門9人が参加、それぞれの全国統一課題文を発表し発音や表現力を競いました。

 弁論部門には3人が出場、自作文で中国語による内容や表現力を競いました。シルクロードの旅の思い出や中国語を活かして東京五輪の来日観光客を支援したいなどのテーマを取り上げ、本格的な弁論発表となりました。

弁論の部で長野高専の教員、大矢健一さん(55)が出場3回目で初優勝しました。大矢さんは、2014年に台湾に約3カ月滞在した際、中国語のラジオ番組を聞くようになり、帰国後もスマートフォンのアプリで中国のラジオ番組を聞きつづけたことで、中国の歌をいくつも知り、さらには中国語で弾き語りをするように。「歌うのが苦手だった私の人生を中国語の歌が変えてくれた」と述べました。

岩下隆審査委員長は朗読部門の出場者は、正確な発音を心がけていてよかった。弁論部門では、スピーチコンテストの回数を重ねるごとに、年々レベルが向上していると、評価しました。

 竹内勲長野ラジオ孔子学堂長は主催者あいさつの中で、勇気をもってチャレンジした出場者に敬意を表した後、日ごろの学習の成果を発揮するよう激励。中国文化の原点というべき中国語の学習の輪が一層広がるよう期待していますと述べました。会場には出場者の友人や中国語学習仲間なども応援に駆けつけ拍手を送っていました。

 入賞者は次のとおりです。
 弁論の部 一般部門 ①大矢健一 ②清水岳美  (敢闘賞) 清水浩
 朗読の部 高校生部門 ①北田満梨奈 ②赤塩涼
 朗読の部 大学生部門 ①櫻井爽人 ②竹前実南 ③古平弥愛  (奨励賞) 岸田早百合
 朗読の部 一般部門 ①西澤智子 ②朴梨香 ③千村美恵子  (努力賞) 小泉のり子

 弁論の部で優勝した大矢さんは来年1月の全国大会に県代表として推薦されました。入賞者にはトロフィーや楯が、また出場者全員に記念品として中国語学習教材が贈られました。

 第31回日中友好太極拳フェスティバル開催(9/23)


 県武術太極拳連盟は、9月23日、第31回県日中友好太極拳フェスティバルを長野市若里のビックハットで開催しました。県下各地から26団体、1,100人が参加し、日頃の練習の成果を発表しました。

桜井啓司理事長が長野県武術太極拳連盟が6月NPO法人として認可されたことを報告した後、「日頃の練習の成果を発揮して有意義なフェスティバルにしてほしい」とあいさつしました。来賓として県日中友好協会の布施正幸事務局長が日ごろの友好活動への協力に感謝した後、「太極拳を通じて日中友好の架け橋になっている皆さんに敬意を表したい。日中関係も改善の動きが加速しており、武術太極拳を通じて悠久な中国の心を会得している皆さんの一層の活躍を期待しています。フェスティバルの成功を祈ります」と述べました。

参加者1000人が「簡化24式太極拳」を演舞してフェスティバルが開幕。参加者が広い会場を埋め尽くしての演武は、壮観そのものでした。そのあとグループごとにそろいの衣装を着た参加者が、音楽に合わせて技を披露しました。剣や扇子を使っての演武、演劇を取り入れての表演、ジュニアの活躍等、様々な工夫がここらされていて、会場から大きな拍手が送られていました。

また、特別表演として、本年度全日本武術太極拳選手権大会に出場した長野県代表選手による演武や太極拳段位取得者による簡化24式太極拳の集団演武も披露されました。

 天竜平岡で強制連行中国殉難烈士の慰霊祭(9/22)

 戦争末期、下伊那郡天龍村の平岡ダム建設で、中国から強制連行され強制労働をさせられて亡くなった中国人の慰霊祭が9月22日、ダム近くの慰霊碑前で営まれました。飯田日中友好協会や飯田下伊那地方の市町村などでつくる実行委員会が主催。今年は日中平和友好条約40周年にあたり、約100人が日中不再戦と平和への思いを新たにしました。

 参列した中国大使館友好交流部の潘林二等書記官は「慰霊祭が長く続いていることに感謝したい」とあいさつ。5月の日中首脳会談に触れ「民間レベルでの交流を進める好機を迎えている。慰霊祭が歴史の悲劇を繰り返さず平和を守り、よりよい未来を切り開く新たなスタートになることを願っています」と述べました。

 法要は慰霊碑前の祭壇で営まれ、参列者全員で黙とうをささげた後、読経に合わせて一人ずつ焼香しました。今回は初めて地元の天竜中学校の生徒4人が参列。祭壇に白い花を供えました。2年の中島茉緒さんは「今日をきっかけに、平岡ダムや戦中の歴史を学んでいきたいと思った」と語りました。

 実行委員長の永嶺誠一天竜村村長は「ダムの恩恵に浴す村民にとって、永遠に忘れられない痛み。不幸な歴史を再び繰り返すことのないよう、より一層日中両国の平和友好に努力したい」と述べました。飯田日中友好協会の清水可晴会長は「若い人が平和への思いをつなぐ取り組みを支えたい」と話しました。西堀正司県日中友好協会理事長は「下伊那地方にはこの慰霊碑と、阿智村の満蒙開拓平和記念館があり、平和を語り継いでいく拠点となっている。平和友好のメッセージを発信し続けてほしい」と述べました。

 平岡ダムには中国人880人余が中国河北省などから強制連行され、過酷な条件下で酷使され、作業中の事故や栄養失調などで62人の死者行方不明者を出しました。

 なお10月15日には木曽町三岳において、慰霊法要と慰霊斉事が行われます。参列希望者は県日中友好協会まで(TEL026-224-6517)
 故井出正一先生を2500人が悼む(9/17)

 9月2日79歳で死去された井出正一先生(県日中友好協会第5代会長、元厚生大臣)の葬儀・告別式が佐久市武道館で開かれ県内外の政財界、日中友好協会はじめとした関係団体などから2500人超が参列し穏やかな遺影を前に別れを惜しみました。

 大島理森衆議院議長、阿部守一知事、藤原忠彦県町村会長、小泉俊博小諸市長らが弔詞、弔辞を読みました。斉事(灰寄せ)の席では田中秀征元経済企画庁長官、柳田清二佐久市長、松下雄一県酒販社長、高波謙二県日中友好協会会長、井出庸生衆議院議員らがお別れのことばを述べ故人の冥福を祈りました。喪主の長男太さんは「皆様にお世話になった父の人生は大変濃いものだったと思う」と感謝しました。葬儀には枝野幸男立憲民主党代表、玉木雄一郎国民民主党代表、小沢一郎自由党共同代表、鳩山由紀夫元首相、菅直人元首相、県選出の現元国会議員らも参列しました。

 大島議長は「井出一太郎先生以来の文人、哲人政治家で、信念をしっかり持たれていた方だった」と語り、阿部知事は「公の立場で考え行動する方で、県政や日中友好の面でもご支援ご活躍をいただいた」と感謝しました。秘書だった小泉小諸市長は「さきがけ的なものの考え方は、確実に国政、地方政治で芽を出し、成長をし続けている」と追悼し、ともにさきがけを結党した田中氏は「格別の重量感、安定感、責任感、信頼感を持ち、動いたら全力投球する人だった」と偲びました。秘書だった葬儀委員長の柳田佐久市長は中国残留孤児支援に力を注いだことを紹介し「国家、政府、政治家はたった一人の日本人も見過ごしてはならないことを教わった」と語りました。高波会長は「日中友好をライフワークとして取り組み日中関係が困難な時にあっても隣国中国との不再戦、平和友好を大切にして行動した方だった」と述べ友好の志を引き継いでいく決意を語りました。

 程永華駐日中国大使、中日友好協会、中国国際放送局、河北省人民対外友好協会、河北省農林科学院、邢台市等からも弔電が届きました。宇都宮徳一郎副会長が丹羽宇一郎会長の代理として参列しました。
 
(高波謙二会長のお別れのことば)

 故井出正一先生のお別れに際し、謹んでお別れのことばを申し上げます。

 井出先生の政治家としての業績は、厚生大臣や新党さきがけ党首を歴任されたことがすべてを物語っています。私は、井出先生とは古くからの知り合いで、青年会議所活動や1980年「信州青年の船」の下見を兼ねた訪中団でご一緒したこともありました。県友好協会会長を7期13年務められた間、私は副会長の1人としてお仕えし、誠実でリベラルを信条とし人々を魅了した先生の生前の姿が思い起こされます。

 先生のライフワークとなった日中友好につきましては、学生時代に中国語を学び、以来、新中国に関心を持ち続け、帰国者支援や、緑化協力等に実績を残され、中国との友好促進に情熱をもって尽力されました。日中関係が困難な時期にあっても、日本と中国の友好関係こそが、アジアそして世界の平和と繁栄につながるとの信念はゆるぎないものでした。

 先生は2002年、元全国農協中央会会長の堀内巳次先生の後を継いで、第5代長野県日中友好協会会長に就任されました。21世紀に入って、世界も日本も中国も大きく変化していく中で、不透明な時代を迎え、日中関係は様々な波に洗われ、試練の時を迎えておりました。

  先生は日中友好協会全国本部の副会長としても活躍し、当時の平山郁夫会長、加藤紘一会長を支え、日中関係の重要な節目にあたり力強いメッセージを発したことが思い出されます。2010年北京人民大会堂で開催された日中友好協会全国本部創立60周年記念祝賀大会で井出先生は、全国協会を代表してあいさつし、「還暦を迎えた協会は初心にかえり、両国の相互理解と国民感情の改善を図る諸交流を、会員一丸となって続けて参ります」と宣言されました。(写真) 宋健中日友好協会会長の祝辞とともに深く心に残るあいさつでした。

 また、中国残留邦人、帰国者支援の取り組みに力を注がれました。厚生大臣時代に帰国者援護法制化に道を開き、以来帰国者への理解を深めるつどいや、帰国者日本語教室に対し深い関心を寄せ励ましていただきました。

 また、日中緑化協力に力を尽くされました。国の日中緑化協力基金の助成を受け、長野県と友好提携している河北省太行山の緑化協力プロジェクトに取り組み、植林された累計本数は180万本あまりに達しています。

 先生は、また中国国際放送局との間で、長野ラジオ孔子学堂の協定を結び、中国語の普及向上や中国文化の普及に努められました。  

 本年は日中平和友好条約40周年にあたります。日中関係は困難な時期を脱し、明るさを取り戻し、両国首脳の相互訪問が実現する見通しが報じられています。一衣帯水の隣国中国とは深い絆で結ばれており、両国国民は仲良く付き合っていくほかありません。私どもは、先生の日中友好の志を受け継ぎ、日中不再戦、平和友好協力のために力を尽くしていきたいと決意しております。

 先生のご冥福を心よりお祈り申し上げお別れのことばとさせていただきます。(合掌)
 中国体育総局の高志丹副局長来県、知事と会見、白馬で中国ジャンプ訓練隊激励(9/10~11)
 
 中国国家体育総局の高志丹副局長一行4名が9月10日長野県を訪れ、阿部守一知事と会見するとともに県スキー連盟、県日中友好協会ら関係者の歓迎を受けました。翌11日は白馬村を訪れ訓練中の中国ジャンプ訓練隊と中国スキークロス訓練隊を激励しました。

 長野県と、体育総局は2016年に冬季スポーツ分野の交流を強化するとの覚書を結んでおり、知事と高副局長は会見の中で、交流を更に深めていく考えを強調しました。

 阿部知事は日中韓体育大臣会合に際して来日来県された高副局長を熱烈歓迎し、自身が就任以来毎年訪中し体育総局にも2回訪問しあたたかい歓迎を受けたことを紹介、「長野県と県日中友好協会、県スキー連盟、関係市町村によって構成された県日中スキー交流委員会により日中スキー交流が続けられてきた。長野冬季オリンピックは1998年開催されたが、22年北京冬季オリンピックが北京や河北省で開催されることとなり、我が事の様にうれしい。5月には許勤河北省長も来県され協力要請があった。日中スキー交流委員会や全日本スキー連盟、アジアスキー連盟の協力を得ながら中国とのスキー交流をすすめていきたい」とあいさつしました。

 高副局長は、あたたかい歓迎に感謝し、92年来県以来2度目の訪問であることを紹介し、「長野冬季オリンピックはサマランチ会長から素晴らしい大会と絶賛された。その素晴らしい経験は20年たっても輝いている。アジア・ウインタースポーツの発展に貢献された。1980年以来長野県や県日中友好協会、県スキー連盟の友人の皆さんは多くのスキー機材を送り、訓練隊を受け入れ中国のスキー発展に大きな貢献をされた。この場を借りてお礼申し上げたい。中国の冬のスポーツの発展は長野の支援と切り離せない。今後も更に広く深く交流していく潜在力があると思う。冬季五輪の開催地である長野県からの支援に期待し、スポーツを通じて文化やスポーツ産業でも交流を深めていけることを願っている」と応じました。

 また懇談の中で阿部知事は、中国が冬季スポーツ人口の増加に向け取り組んでいることに触れ、「スキーでの教育旅行で県内に来てもらえるようにしたい。県内にはウインタースポーツの関連企業が多く、中国での事業展開で支援をお願いしたい」と述べました。

 続いて長野県知事と県日中スキー交流委員会の共催で開かれた、歓迎会にはスキー連盟や友好協会、行政関係者、ウインタースポーツ関係者ら40名あまりが出席し、一行を歓迎するとともに交流を深めました。河野博明県スキー連盟副会長(交流委員会会長代理)は1980年中国が初めて参加したレークプラッシドの冬季五輪以来続けられてきた中国スキー協会と長野県とのスキー交流に触れ、今後とも県や県日中、関係市町村の連携のもと北京冬季オリンピックに向けての支援交流に取り組んでいきたいと述べ、高波謙二県日中会長も長野県が東京五輪に向けて中国を相手国としたホストタウン事業に取り組んでいることを紹介するとともに、引き続き22年の北京冬季五輪支援交流に取り組んでいきたいとあいさつしました。

 一行は11日、白馬村を訪れ、オリンピックジャンプ台を視察するとともに練習中の中国ジャンプ訓練隊メンバーを激励しました。また同じく佐野坂ウォータージャンプ台で練習中のスキークロス訓練隊一行を激励しました。

 長野でそり競技施設「スパイラル」を参観した後、トライアスロンチームの事前合宿の候補地の視察を兼ねて信濃町野尻湖などを訪れました。
 第45回中国語夏期スクーリング、熱心に学習交流(8/25~26)

 8月25、26日、第45回中国語夏期スクーリングが48名参加し長野市の長野ラジオ孔子学堂教室で行われました。36名の受講生は初級、中級、上級の3クラスに分かれ、ベテラン講師の元、連日の暑さに負けず熱く中国語学習に励みました。

 開講式で竹内勲長野ラジオ孔子学堂長が「第45回を迎えた夏期スクーリングが県内外から大勢参加して開くことができ感謝したい。2日間よく学びよく交流して成果を上げてください」と述べ、長野県中国語を学ぶ会連絡会の岩下隆会長が、「怖れるのは中国語の学習速度が遅い事でなく、立ち止まってしまう事である」という意味の中国語を紹介し、2日間のスクーリングがスタートしました。

 初級クラスは主に会話と発音を重視した学習内容、中級は会話を基に文法を再確認することとし、上級クラスは中国の主要な観光地や名山を題材に採った資料を学び、初参加の学習者や学習年次のばらつきのある参加者も概ね満足できる講座となりました。

 恒例となっている河北省石家庄市からの語学研修生が加わった交流授業は積極的に中国語で質問、発言する姿勢が見られました。続いての交流懇談会は北京冬季オリンピックの開催地である張家口市出身の県の国際交流員の李妮さんが「中国の伝統節句」について講話され、参加者の長谷川さん二胡の演奏や参加者の中国語との出会い体験紹介や中国語の歌唱など乾いたのどを潤すビールと共に大いに盛り上がりました。

 2日目はラジオ体操と参加者荒井綏さんの指導で太極拳の一種「八段錦」で身体を動かし、授業に入りました。
 閉講式で布施正幸県日中事務局長は「日中関係は昨年来徐々に好転し、本年5月の李克強総理の来日で、両国の往来が再び盛んになりつつあり、中国語に対する関心も回復してきた。言葉は重要なコミュニケーションツールであり、皆さんも大いに中国語を話して交流に役立てて下さい」と述べました。講師の講評の後、
各クラスの代表の感想発表が行われ、参加者に修了証が送られました。

45回を重ねる歴史ある中国語夏期スクーリングは普段、会わない中国語学習者同士の情報交換や融和の場となりました。先生方の熱心な指導、熱気ある交流会、工夫を凝らした運営など参加者の皆さんに好評でした。

ホストタウンNAGANO 中国文化紹介講座で水墨画家傅益瑶さん講演(8/25)

 2020年東京・2022年北京のオリンピック・パラリンピックを応援するホストタウン事業の一環としてホストタウン長野県実行委員会主催による「中国文化紹介講座」が8月25日長野市内JA長野県ビル会議室において開催され、水墨画家傅益瑶(ふえきよう)画伯の講演を110人が聴講しました。

 実行委員会会長の高波謙二県日中会長は主催者のあいさつで「長野県では官民挙げて中国との友好交流事業に取り組む中で、長年にわたり日本と中国を拠点に創作活動をされている画伯との貴重な機会を頂戴でき、今後の交流に一層の弾みがつくことを期待したい」と述べました。

 画伯は、中国近代画壇の巨匠、傅抱(ふほうせき)の第5子として南京に生まれ、改革開放政策の時代、父の理解もあって日本で学ぶ機会に恵まれ、1980年国費留学生として来日、創価大学で日本語を学び、武蔵野美術大学・東京芸術大学では平山郁夫画伯に師事し、日本画・仏教美術を学び、比叡山延暦寺、大本山永平寺、京都三千院等の障壁画・襖絵等を描き注目され、更に日本の伝統的な祭りの「祭り絵シリーズ」も大きな話題となっていることにも触れながら、日本の祭りにはそれぞれ独自の文化が秘められ、祭り絵を描くためにその地域に何度も足を運び、地域の人たちと語り、一人ひとりの表情に思いを込めて描いていますと展示作品の解説をしていました。

 人との出会いは宝物で、「3人寄れば1人の師がいる」と言われるように、それぞれの人から学ぶことがたくさんあります。本日の皆さんとの出会いも宝物で多くさんの謝礼を頂戴できると感謝されました。

 画伯の講演は、日本の隅々まで知り尽くされ、多くの人たちとの出会いで学んだとして、話題も豊富で迫力があり、細やかで、輝きがあり、多くの聴講者の皆さんも魅了されたことでしょう。  (吉岡 記)

 長野で2018日中友好都市中学生卓球大会、河北省などから選手団招き卓球交流 (8/19)

 2018長野県日中友好都市中学生卓球交流大会が8月19日(日)に、長野市戸隠の長野吉田高校戸隠分校体育館でおこなわれました。 日中の友好都市が合同チームを結成し、他の日中友好都市チームと卓球の団体戦を行うという方式で、昨年北京市で開催された 「日中友好都市中学生卓球交流大会」の長野県版です。

チームは、日中双方の都市の中学生の選手と役員によって構成。選手は中国選手男女各1名、日本選手男女各1名の4名で、他の友好都市チームと対戦する団体戦です。長野県・河北省チーム、長野市・石家荘市チーム、松本市・廊坊市チーム、須坂市・四平市チーム、上田市・寧波市チーム、飯山市・深圳市福田区チームの6友好都市から8チームが参加しました

 団体戦の個々の試合は、中国選手と日本選手が対戦する4シングルスと、日中の男女で構成される混合ダブルスの5試合が行われました。ダブルスの試合をするにあたり、ローテーションを決めたり、サービスのサインを決めたり、打つコースを決めたりなど、数多くのコミュニケーションが必要となってきます。

言葉は通じなくても、卓球のルールは両国とも共通です。身振り手振りで、コミュニケ―ションを取って熱心な試合が展開されました。午前中は8チームがA、Bの2リーグに分かれ予選リーグを行い、午後は、決勝トーナメントが行われました。予定の時間を大幅に超過しての熱戦が繰り広げられました。石家庄市・長野市チームが寧波市・上田市チームに競り勝ち優勝を手にしました。優秀な選手団を派遣してくれた寧波市、石家庄市はじめ中国側に感謝したいと思います。

 また、この試合に先立ち、中国の選手は、長野県内の各友好都市を訪問し、地元の中学生と交流試合など行い、友好都市間の友好を深めました。この大会を通して、さらに日中友好の輪が広がっていくことを大いに期待しています。(県卓球連盟理事長小原秀元)

  中国留学生迎え信州で第28次ホームステイ(7/24~26)

 県日中友好協会は(公財)日中友好会館・後楽寮が派遣する中国留学生19人を7月24日から26日まで飯山・中野・長野・千曲・小諸・佐久・安曇野・北アルプスなど8地区協会で受け入れました。2泊3日のホームステイで本年で28年目になります。

 24日長野駅に降り立った10名の留学生は、関係地区の皆さんの出迎えをうけました。長野オリンピック・エンブレムの前で、対面歓迎式を行い受入れホスト家庭の皆さんとお互いに紹介しあい全員で記念撮影した後、各地に出発して行きました。

 留学生の皆さんは、地区協会主催の歓迎交流会や市表敬懇談・施設参観、地域の名所などの参観、ホスト家庭での語らいなど有意義な3日間を過ごし、楽しい思い出をいっぱいにして再び長野駅に集合しました。

 長野も暑い日が続いていますが、野尻湖や志賀高原、地獄谷の猿、斑尾高原、中山新平記念館、善光寺など訪れた感想を語る皆さんの顔は晴れ晴れとしていました。受入れホスト家庭の皆さんと涙を流しながら名残を惜しんでお別れし、2時27分発の新幹線あさまに乗り込みました。 
 

第53回日中友好キャンプ、友好王国in駒ケ根キャンプセンター(7/14・15)

長野県日中友好協会青年委員会(清澤浩明委員長)と女性委員会(宮沢信代委員長)は7月14・15日駒ケ根キャンプセンターにて第53回日中友好キャンプを開催しました。国際交流員、語学研修生、友好協会会員メンバーなど70名が参加し、楽しい2日間を過ごしました。

 駒ケ根キャンプセンターは中央アルプスの主峰・駒ヶ岳のふもとにあり、太田切川がキャンプ場の脇を勢いよく流れ、自然に恵まれた施設の整ったキャンプ場です。

 開会式で宮沢信代委員長(女王)が、「53回目を迎えた友好キャンプを参加者が協力して友好交流の2日間とし楽しく盛り上げましょう」とあいさつしました。駒ケ根市の杉本幸治市長、県日中友好協会の西堀正司理事長、県華僑総会の王昌勝会長、伊南日中友好協会の北沢吉三事務局長、伊那日中友好協会の小原茂幸会長からあいさつをいただきました。

 赤、青、黄、桃、白色のバンダナを目印に5つの班に分かれて活動が始まりました。太田切川沿いを班ごとに交流しながら散策し、途中駒ケ根ファームスで地ビールやソフトクリームを味わいました。大田切川の流路整備事業など、急流の暴れ川を制御するための努力の跡が見られました。続いて、魚のつかみ取り、声援が送られる中悪戦苦闘して30匹あまりのイワナをすべてゲットそしていよいよ、夕食準備にかかります。炭火おこしに苦労しながらも、焼肉バーベキューの準備が整ったところで乾杯!大自然の中で大勢で交流しながらの焼肉、焼き魚、焼きそばの味は格別でした。夜のとばりが下りるころキャンプファイヤーが始まります。子供たちがたいまつで点火式、燃えろよ燃えろよ炎よ燃えろ~暗闇に真っ赤なファイヤーが立ち上り、ジェンカ、、マイムマイム、松本ボンボンと次々に踊りが続きました。最後は花火で締めくくり。コテージやテントではでは遅くまで語らいが続きました。

 翌朝は6時起床。ラジオ体操に汗を流したあと、カレー作りに励みました。各班それぞれの味自慢のカレーをおいしく食べ、後片付けの後、西瓜割り子供たちの検討に拍手が沸きました。充分堪能した後、甘いスイカがふるまわれました。続いて流しソーメンの仕掛けづくり。太い孟宗竹を半分に割りつなぎ合わせて7mの樋をつくりました。さていよいよ流しソーメンタイムです。女性委員会の皆さんが手際良くソーメンを流すと、子供も大人も歓声をあげて大喜び箸が出ます。

 閉会式で、、「皆さんの協力で楽しい2日間となりました。今回のキャンプで育まれた、友情を大切に今後の活動に活かして行きましょう」とあいさつしました。研修生の皆さんも「初めてのキャンプでしたが、本当に楽しいかったです」と感想を述べていました。

  石家庄市中学生が長野へ、歓迎会やホームステイを体験(7/9~11)

 石家庄市の中学生16名が7月9日から11日来長し、北部中学での交流、直富商事視察、茶臼山動物園参観、浴衣着付けと琴の体験、加藤市長表敬など様々な体験をしました。長野市日中友好協会では歓迎会やホームステイでの受け入れも行い中学生の皆さんとの友好を深めることができました。

 7月9日、長野駅前のメトロポリタンホテルで石家庄市中学生友好訪日団(団長/車国利・市教育局調研員)の歓迎会がおこなわれました。長野に滞在中の石家庄市からの語学研修生3名を含め総計48名が参加してにぎやかに開かれました。

 金子繁三市日中理事長の開会あいさつに続いて、山根敏郎会長が「熱烈歓迎!20年後の中国を担うのは皆さんです。頑張ってください」と激励しました。車団長は、熱烈歓迎に感謝した後、日本と長野のいろいろなことを体験し、友好をはぐくんでいきたいと述べました。記念品交換が行われ、団側からは、生徒さんたち手作りの切り絵の絵葉書や、中国画が出席者全員に贈られました。

 交流会に入ると生徒たちからは孔子の教えの発表、舞踊、フルス(瓢箪笛)の演奏等が披露されました。何れも素晴らしいものでした。日本側は黄色い法被を着て炭坑節を披露。最後には皆で大きな輪になって踊り楽しく交流しました。その後生徒たちは6班に別れホームステイ体験に向かいました。

 10日は市主催のお別れ夕食会が開かれました。生徒たちからは2日間の感想等の発表がおこなわれました。長野に良い印象を持ったようです。

 その後各家庭に戻り2日目の夜を過ごした後、11日朝、朝食後集合場所に合流しました。会員宅での2泊の体験は、思い出に残るものだたようです。お互いに別れを惜しんでいました。

 スキー交流訪中団、北京・張家口・ハルピンを訪問(6/14~20)

 長野県日中スキー交流委員会(会長/北野貴裕県スキー連盟会長)は、中国スキー協会の招きで、6月14日から20日まで、河野博明県スキー連盟副会長を団長とする第36次長野県日中スキー交流訪中団を派遣しました。県スキー連盟(野沢温泉)と白馬スキークラブ、スワロースキー、樫山工業及び日中友好協会役員など6名編成で、北京、張家口、ハルピンを訪問しました。北京では、中国スキー協会の倪会忠主席を表敬し歓迎宴のおもてなしをうけました。古くからの友人の安林彬副秘書長の案内で、北京冬季オリンピック会場となる北京市延慶区と張家口市崇礼区を視察し、さらに冬季スポーツの盛んな黒龍江省ハルピンを訪問しました。各地で施設や冬季スポーツ関係者と交流し、歓迎を受け有意義な旅となりました。

 6月14日羽田空港に集結した一行6名は、CA182便に乗って北京へ。16:55到着すると、中国スキー協会の朱書墨さんと王倞倞通訳の出迎えを受けホテルに向かいました。2人は明るい笑顔で全日程随行案内してくれました。

 6月15日はゆっくりと市内参観。午前頤和園、午後は北京動物園を訪れました。西太后が軍事予算を流用した頤和園はその規模の壮大さ華麗さは際立っていました。昆明湖を船でゆっくり遊覧し回廊や石船を脳裏に刻みました。昼食は美味しい魚料理を人気店で味わった後、北京動物園でパンダにあってきました。パンダはここでも人気者で、にぎわっていました。

<中国スキー協会表敬・歓迎宴>
 スーツに着替えて中国スキー協会に向かいます。懐かしい安林彬氏が出迎えてくれ、歓迎宴の会場に案内してくれました。倪会忠主席(中国冬季スポーツ管理中心主任)と楊東副主任(国際スキー連盟役員)の歓迎を受けました。3人とも内蒙古で開かれていた会議を終え、この席に駆けつけていただいたそうです。心配りに感謝しました。

 倪主席は熱烈歓迎の意を表した後、「3月に長野県を訪問した際に皆さんから熱烈歓迎を受けました。心から感謝します。阿部知事と親しく懇談し、苟仲文総局長あての親書を預かりました。今後ともジャンプやスノーボードの訓練隊を派遣したいと思います。知事から提案のあった夏のスポーツ選手の派遣も進めたいと思います。9月には苟総局長が長野を訪れる予定です。知事によろしくお伝えください」とあいさつ。河野団長は熱烈歓迎に感謝した後、長野県と中国とのスキー交流を振り返り、その成果の上に立って、今後とも2022年の北京オリンピックに向けて交流を深めていきたいと述べました。楊副主任も長野訪問の経験があり、交流を深めました。安氏との再会を懐かしみながら、交流が繰り広げられました。

 6月16日は時間を早めてホテルを出発し万里の長城八達嶺経由で張家口に向かいました。八達嶺への高速は渋滞で予定時間を早めて出発して正解でした。車窓には建設中の北京―張家口高速鉄道が姿を見せていました。各所で同時着工で進められているようで、2019年末完成を目指しており、一時間弱で行けるようになるとの話でした。八達嶺長城は北京市延慶区に所属していますが、ボブスレーやリュージュ競技のスパイラルコースはここに建設される予定で、安氏もかかわりの深い場所だそうです。長城は周辺整備が進みすっかり様変わりしていて登攀口にたどり着くまで結構な時間を要します。安全検査の近くに、始皇帝陵を守る兵馬俑の兵士数人がスキーを滑る銀色のオブジェが据えられており、さすが中国と感心し記念写真を一枚カチャリ。始皇帝が万里の長城を築いたのに由来してつくられたのだろうとの解説が聞こえてきました。長城の最初の台の上で記念撮影、バックは絶景の長城が入ります。頂上目指して全員が足取り軽く登っていきました。だんだんきつくなる坂道階段も無事踏破して頂上にたどり着きました。いい汗をかいて大満足でした。下山後地区の冬季スポーツ管理責任者の柳千訓氏が昼食会でもてなしてくれました。お土産に長城をバックにした写真ファイルを全員にいただきました。いよいよ張家口に向かいます。4時間の高速道バスの旅です。

<張家口崇礼区のスキー場を視察>
 崇礼区体育局の田永軍氏の案内でこの日は万龍スキー場を視察しました。いち早く開設されたスキー場でスキーコースの一部改造工事が行われていました。総経理の楊緒文氏が案内してくれました。11月1日にオープンし32コースを抱え、高低差は500m、各種のスキー大会が開催され大きな大会が10数回その他小規模のものは多数開催されるとのことでした。従業員1200人、スノ―マシン400台、レンタルスキー1600セット(内スノーボード300セット)、リフト券は1日券が610元(約1万円!!)、1年券が1万元とのことでした。

 6月17日はまず管理センターを訪れ、張家口崇礼区におけるオリンピック競技施設の総体的な配置などを説明していただきました。完成図や立体模型などの展示を見ながら、壮大なスケールに驚きました。(人民網に載った説明をここに紹介しておきます)

古楊樹競技施設群には、ノルディックスキー・ジャンプ競技場、ノルディッククロスカントリー競技場、バイアスロン競技場の3施設が建設される。設計プランは、国際公募案を採用して清華大学が総合的に取りまとめ、施設の機能的条件と協議ルートの全技術指標はいずれも、競技種目別の各国際スポーツ組織の設計条件を厳格にクリアしている。雲頂スキー公園A競技場および同B競技場は、雲頂スキー場の現有の施設を改造する予定で、歴代の冬季五輪施設設計で豊かな経験を持つカナダ企業が競技ルートの設計を担当した。現時点で、これら5ヶ所全ての競技施設の建設工事はスタートしている。五輪選手村が設けられる太子城氷雪村は、崇礼スキー場という観光名所と将来の重要なオリンピック遺産として、小規模かつライトタッチな建築方式で自然景観を保持し、中国北方山地の建築スタイルを体現し、国際基準にのっとったバリアフリー・システムを全面的に建設する。

 高速鉄道の太子城駅の予定地付近は地下トンネルなどの工事も進んでいました。続いて雲頂スキー場と太舞スキー場を視察しました。雲頂ではスノーボードのフリースタイル競技が行われるそうです。太舞スキー場は、ホテルや関連観光施設が完成しており、家族連れの大勢の観光客でにぎわっていました。北米風の街並みは人々を引き付けているようです。陳剛総経理の話では通年のレジャー施設として人気を集めているそうです。陳氏は1月野沢温泉スキー場を訪れていて懐かしい再会でした。

 視察を終えて、ホテル経由で北京に向かいました。道路の両側の山並みはすさまじい勢いの緑化努力によって、年ごとに緑を深めているように感じました。北京到着は3時近くになりましたが、安氏おすすめのしゃぶしゃぶ料理をおいしくいただきました。

<ハルピンの巨大人工スキー場と亜布力スキー場視察>
 6月18日北京空港からCA1623でハルピンに向かいました。安氏もハルピン出身でここには後輩や知り合いが大勢いるそうです。李文学省冬季運動管理中心主任らが出迎えてくれました。この日は万達宝馬娯雪楽園(WANDA BMW SNOW PARK=万達グループがBMWの出資も受け開設)を視察しました。屋内スキー場としては最大規模の500mと300mのコースや、カーリングコース、ショッピングモール等を併せ持つ巨大施設でした。人工的な冬をつくるには多額の維持費がかかるでしょう。採算はどうなのか心配になりました。日本の大学生の訓練隊が練習していました。夜は、李主任の歓迎宴に出席し楽しい時を過ごしました。

 6月19日は王鵬程省スキー協会秘書長の案内で亜布力スキー場を視察しました。渋滞のハルピン市街を抜けて高速道路を走り4時間で到着しました。崔晨氏や孫占江氏らの出迎えを受け案内してもらいました。1980年オープンし、1996年中国初のアジア冬季大会のスキー競技会場となったところです。FISのA級スキー場認定を受けており、国のスキー訓練基地に指定されていて、アルペン、クロスカントリー、フリースタイル、ハーフパイプ、エアリアル、ジャンプなどがそろったスキー場でナショナルチームの訓練が行われるそうです。高低差は900m。施設が整っていて大規模な試合もできるスキー場との説明を受けました。シーズン中の来場者は10万8千人とのこと。選手用の訓練基地を持っていることは大変うらやましいとの河野団長の感想でした。一番心配なのは寒さが厳しいことで-28~-35度にもなるそうです。

 夜の省スキー協会主催の歓迎宴には庄士超省体育局副局長が出席して一行を歓迎してくれました。日中スキー交流について大いに語り合いました。同行案内いただいた安氏とも何度も杯を交わし、楽しい最後の晩餐となりました。
 
 6月20日は早朝ホテルを出発しハルピン空港から、北京に向かい、トランジットで羽田に向かいました。

 

平和友好条約40周年記念し、緑化協力県友好訪中団、北京、河北、上海を訪問(5/22~26)

長野県日中友好協会は日中平和友好条約40周年、河北省との友好35周年を記念して5月22日から26日、山根敏郎副会長を団長とする緑化協力・長野県日中友好協会訪中団を派遣しました。訪中団には13名が参加し、北京、河北省、上海などを問しました。北京では中日友好協会の朱丹副秘書長を表敬、昼食会でおもてなしをいただきながら、日中友好交流について有意義な意見交換を行いました。また河北省では、劉暁軍省外事弁公室主任(省友好協会会長)はじめ友人の皆さんから熱い歓迎を受けました。許勤省長が直前に長野を訪問された思い出を語りながら、一層の友好協力を進めていくことを確認しました。邢台市内丘県での緑化協力は6期目にあたり150本のコノテガシワの苗木を、地元の皆さんとともに記念植樹しました。最後の訪問地は上海でした。浦東地区にそびえる「上海之頂」ビル(632m)はじめ、発展を続ける上海の今を体験してきました。

 5月22日早朝長野を発ったメンバーは羽田空港に集結しCA182で北京に向かいました。おなじみの孟祥龍さんの出迎えを受け、北京市の中心部にある長富宮飯店に向かいました。空港高速も環状線も5車線道路にかかわらずぎっしり車で埋まっていて恒常的な渋滞が続いているそうです。車は排ガス規制などが進んで以前見かけた古い車はすっかり姿を消していました。巨大都市北京はますます磨きをかけて発展を続ける中国の首都にふさわしい姿に変貌をとげています。

 5月23日は、故宮博物院を参観しました。山根団長も車いすの助けを借りながら久しぶりの故宮参観となりました。旅游シーズンということもありグループで観光している中国人観光客が非常に多く大変な賑わいでした。欧米人や東南アジア、アフリカからの観光客も多く見受けられました。日本人はあまり見かけませんでしたが、だんだんと回復していくことを祈ります。一部の団員は盧溝橋にある抗日戦争記念館を参観しました。いろいろ考えさせられることの多かった訪問だったと聞きました。

<中日友好協会の朱丹副秘書長と会見・歓迎昼食会>
 続いて中日友好協会を表敬訪問し、朱丹副秘書長に昼食会のおもてなしをいただきました。会場はマカオセンター内の雰囲気のあるレストランでした。朱副秘書長は「李克強総理の来日が実現し、日中関係が再び正常な発展軌道に戻った。長野県日中の皆様は風波が発とうと確固として両国友好のために努力を継続されてきたことに感謝したい」と述べ一行を歓迎しました。ともに明るい展望が開けてきたことを喜ぶとともに、平和友好条約40周年にあたり交流を活発にし、相互信頼回復に努めていきたいこと等、日中友好のこれからについて語り合うことができました。緑化協力と冬季オリンピック支援交流についても意見交換することができました。今後とも協力連携して地方民間交流を進めていきたいと固い握手をしてお別れしました。

<河北省で心温まる歓迎>
 河北省からわざわざ迎えに来てくれていた河北省外事弁公室の紀竑さんと董彤さんの笑顔の出迎えを受け、北京西駅から15:23発の高速鉄道G521に乗って、河北省の省都石家庄市に向かいました。河北省ではこの日、省人民対外友好協会の呂暁梅秘書長が歓迎宴を開いてくれました。2週間前に長野県を訪問したばかりで、思い出話に花が咲きました。なじみの河北省農林科学院の孫風国氏や衛生庁の張学良氏らも出席されていて、「北国の春」を一緒に歌いました。河北省外事弁公室は超多忙で劉暁軍主任は北京出張、梁国輝処長は韓国代表団の接待ということで、今回はお会いできないのかなと思っていたら、翌日省外事弁公室主催の歓迎宴を予定しており皆さんとお会いしますと伝えられました。あたたかい心づかいに感謝しました。河北省外事弁公室は2022年の北京冬季オリンピック準備と「雄安新区」建設という2つの国家プロジェクトを抱えその対外窓口として大活躍しているのです。
 
<内丘県で緑化協力>
 5月24日、紀竑さんの案内で専用バスに乗り、高速道路で邢台市内丘県に向かいました。内丘県緑化協力地での記念植樹では、邢台市の馮智勇市外弁主任や裴雅鋒市外弁副主任や劉国強県長らが参加されて一緒に150本の側柏を植えました。活着と成長を祈ってたっぷりと水をくれました。劉国強県長主催の歓迎宴を催していただきました。内丘県での緑化協力は日中緑化交流基金の助成を得て実施されてきたもので、本年で6年目を迎えています。馮智勇主任は6年にわたる緑化協力に感謝するとともに、この間の活動を記録した写真集を全員に贈りました。山根団長は、緑化協力の熱い思いを語り、内丘県の発展を期待してあいさつしました。


<河北省外事弁公室主任の劉暁軍先生と会見・歓迎宴>
 劉暁軍省外事弁公室主任(省人民対外友好協会会長)は、この日北京での重要会議を終え、あわただしく高速鉄道に乗って、歓迎宴に駆けつけてくれました。公務超多忙の中にあって、深い友情に一同感激しました。会見の中で、劉先生は5月に許勤省長一行が長野を訪問した折、会長はじめ友好協会の皆さんが夜遅く駅頭にて歓迎してくれたことなどを思い出深く語り一行を歓迎しました。協会の長年の努力に感謝するとともに、35年の成果の上にともに手を携えて新たな課題に挑戦して行きましょうと述べました。県協会からは、友好県省35周年記念の「登竜門(鯉の滝登り)」の幟旗を贈呈し、河北省側からはきれいな壁飾りをいただきました。
 葉長青省外事弁公室副主任(省人民対外友好協会常務副会長)から、省人民対外友好協会の活動を行う上で長野県日中の活動に学んで成果を上げたこと、長年にわたる緑化協力事業、長野県日中との交流を評価されて中国人民対外友好協会から表彰されたことなどに感謝の意が表されました。雄安新区や冬季オリンピックなども話題に上りなごやかな懇談が続きました。梁国輝処長には2次会までお世話になりゆっくり交流できました。

 5月25日早朝、石家庄市正定国際空港から皆さんのお見送りを受けて名残を惜しみながら上海浦東空港に向かいました。

平和友好条約40周年・河北省との友好35記念事業を柱に交流活性化を決定、県日中友好協会定期大会(5/17)

 長野県日中友好協会は5月17日、第56回2018年度定期大会を長野市内のホテル国際21で開きました。県内各地から135人が出席して、日中平和友好条約40周年、河北省との友好県省35周年に当たり、記念事業を柱に、官民提携して日中交流の活性化を図るなどの新年度の活動方針を決定しました。また、役員改選にあたり、高波謙二会長をはじめとした主たる役員を再選しました。阿部守一知事や中国大使館から蔡紅公使参事官も出席され激励をいただきました。

 清澤浩明・県青年委員長の司会で大会第1部がスタート。「永久の友情を」を県日中女性委員会のリードで全員で斉唱した後、山根敏郎・副会長の開会あいさつに続いて、第4代会長で最高顧問の堀内巳次先をはじめとした物故された先輩の皆様に黙祷を捧げました。
 
 高波会長は、日ごろの会員の使命感をもった友好活動に敬意を表した後、「日中関係は李克強総理の来日により、困難な時期に終止符が打たれ、安定的な協力関係に進むことが期待されている。本年は日中平和友好条約40周年、長野県と河北省との友好県省35周年にあたり、これを好機として、交流の活性化を図り、相互信頼を着実に回復していきたい。県協会としても、県や関係自治体・友好諸団体と連携して河北省など中国友好都市から中学生卓球選手を招いての交流大会、戦時中県内に強制連行された中国殉難者の慰霊祭、中国大使をお招きしての講演と祝賀のつどいの開催、東京オリンピックパラリンピックホストタウン事業や北京冬季オリンピック支援交流事業などに取り組んでいきたい。また日中友好が世代を継いで引き継がれていくように友好の後継者づくりにも心していきたいと 」と述べました。

 続いて、阿部知事は、信州協働大賞特別賞の友好協会への授与を紹介して官民協力して友好を進めてきた協会の協力に感謝の意を表した後、「昨年10月には県日中友好の翼訪中団で高波会長はじめ友好協会や各界の皆様と河北省と北京を訪問した。許勤河北省長や中日友好協会の唐家璇会長、人民対外友好協会や北京市の責任者と有意義な会見ができた。顔の見える交流を通じて相互信頼関係を深め、各分野で交流をすすめてきた。この5月12日には日中知事省長フォーラムで来日された許省長を長野にお迎えしすることができ、北京冬季五輪支援協力について話し合った。河北省とのウインウインの交流を進めていきたい。2020年の東京五輪ホストタウン事業を推進するとともに、2020年の北京冬季五輪の全面支援のため豊富な人材を有する長野県として協力していきたい。県協会の一層の活躍を期待しています」とあたたかい激励をいただきました。

 議長に佐藤敬治(軽井沢)・牛山好子(松本)の両氏、大会運営委員長に金子繁三・副理事長、役員選考委員長に小林勝人・副理事長、大会書記に山崎始・峰村洋の両氏、議事録署名人に清水岳美・茂木博の両氏を選出して議事に入りました。

2017年度の活動報告(布施正幸事務局長)、決算報告(吉岡弘海会計理事)、会計監査報告(田原彰人監事)を承認した後、2018年度の活動方針(西堀正司理事長)、予算(竹内勲財政委員長)を採択しました。役員改選では、高波謙二会長(再任)はじめとした新役員を選出しました。

本年度の活動方針では、日中平和友好条約40周年・河北省との友好県省35周年の記念事業(河北省など友好都市から中学生卓球選手を招いての卓球交流大会、戦時中県内に強制連行された中国殉難者の慰霊祭、中国大使をお招きしての講演と祝賀のつどい、大型人形劇「三国志」長野公演の開催)を柱として、県協会訪中団の派遣、緑化協力プロジェクトの推進、中国留学生ホームステイ受入れなどにとりくみ、これらの活動を通じて、友好交流の活性化、日中の相互信頼回復に力を入れて行くことを決定しました。


 意見発表では宮沢信代・県女性委員長が中国インターンシッ大学生との交流、地域と連携した東京五輪ホストタウン交流事業、日中女性フォーラム参加などの報告を行い、引き続き身近でできる取り組みを全県に広げていきましょうとよびかけました。また寺沢秀文・満蒙開拓平和記念館副館長が開館以来5年を経過し13万人が訪れ、今後若い世代が修学旅行などで記念館を訪れていただくためにセミナー棟を増築を計画していることを紹介し、協力を呼びかけました。

 続いて、「平和友好条約40周年を迎え、条約の原点に返り、歴史を顧み未来を展望し、日中不再戦・覇権反対・平和友好のために、ともに連携して努力しましょう」との大会宣言(市瀬紀子・県女性委員会副委員長)と大会スローガン(木下秀樹・県青年委員会事務局長)が採択されました。

 清水可晴・副会長の閉会あいさつで第1部は終了しました。

 第2部の祝賀パーティーでは、来賓として出席された阿部知事に続いて、蔡紅公使参事官が、日ごろの県協会の友好活動を称えた後、「本年は3つの節目の年を迎えている。条約40周年の節目の年に李克強首相が7年ぶりに来日し、いろいろな分野にわたる10項目以上のコンセンサスを確認した。長いトンネルを抜けようやく春がやってきたように喜ばしい。中国の改革開放40周年の節目の年でもある。巨大な変化を遂げたが習近平主席の指導のもと国際連携を深め更なる発展を目指している。長野県と河北省の友好県省も35周年を迎えた。更なる交流成果を期待したい」と述べました。

 また、濱田州博信州大学学長(県日中学術交流委員会会長)、小林東一郎県議会副議長(乾杯)、後藤茂之(代)・井出庸生(代)・太田昌孝(代)衆議院議員、小松裕前衆議院議員、若林健太前参議院議員、小島康晴・諏訪光昭・高島陽子県議、王昌勝県華僑総会会長、犛山典生県経営者協会事務局長、花岡徹県国際担当部長らから激励のご祝辞をいただきました。

 会場ではなごやかな交流が行われました。

 来賓として前記各氏のほか曹師二等書記官、村石正郎県議会日中議員連盟会長、埋橋茂人県議、西澤奈保奈緒樹県国際課長、青木英明県国際課長補佐、小山峰男元参議院議員、倉田竜彦元県日中議連会長、塚田佐元長野市長、高橋要長野市商工観光部長、宮川直長野大学常任理事、矢ケ崎裕松本歯科大学病院統括者、酒井康成松本歯科大学事室長、岡村重信県経協人材戦略拠点事務局長、渡辺義作県中小企業団体中央会連携支援部長、木藤暢夫県商工会議所連合会常務理事、岩崎弘県信用保証協会会長、高松春洋JA長野中央会総務企画部長、中村賢二信濃毎日新聞社総務局長、野々村博美長野市議、小林佑一郎・木田健二郎県日中参与らが出席しました。

 河北省長一行友好35周年で来県、北京冬季五輪協力約す(5/12)

 河北省の許勤省長ら11名の訪問団が5月11・12日、長野県河北省友好県省締結35周年を記念して来県し、阿部知事との会見や冬季オリンピック関係者との懇談、記念レセプションなどに出席しました。12日の阿部守一知事との会見で2022年北京冬季五輪のスキー競技開催地張家口市を持つ河北省側は、1989年長野五輪を経験した長野県に協力を求め、知事と省長は交流の強化を確認しました。

 阿部知事は会談で、昨年10月の河北省訪問時の思い出を語り許省長一行を熱烈歓迎したうえで、北京冬季五輪に「協力、支援したい」とし、「青少年のスポーツ交流や冬季スポーツの指導者の育成などを最大限に行いたい。特に河北省からの子供たちの教育旅行の受け入れにも積極的に努めたい」と述べました。

 許省長は、心温まる歓迎に感謝した後長野冬季五輪の開催のノウハウを学びたいーとし、「専門家顧問グループを作って助言してほしい」と要望。「冬季に大学生を県に派遣して研修を受け、五輪ボランティアを育てたい」とも話しました。
 
 また、阿部知事は「観光振興に努め、人の交流を進めるため、松本空港に河北省石家庄市からのチャーター便を就航させたい」と強調。許省長はこれに賛同しました。

 会談後、一行を歓迎して記念レセプションが開かれました。高波謙二県日中友好協会会長は「この度のご来訪は、李克強総理の来日と関連した日中知事省長フォーラムにご出席の機会をとらえての長野県ご訪問であり日中関係が喜ばしい前進を見せる中、長野県河北省友好県省締結35周年にあたり許省長先生をお迎えできましたことは大変喜ばしい。 昨年10月知事とご一緒に河北省を訪問した折には、省長先生に親しくご歓迎をいただいた。北京冬季オリンピックのスキー競技が張家口で開催されること、国家プロジェクトである「雄安新区」が河北省に建設されることなどを紹介いただき、河北省の前途は洋々たるものがあると実感した。 青年交流をはじめ経済、文化スポーツ、農業、医療など各分野の交流が新たな発展を遂げることを願っています」とあいさつしました。河北省訪問団には朱浩文省政府秘書長や劉暁軍外事弁公室主任(省対外友好協会会長)ら懐かしい皆さんが同行されており、懇親交流の場はなごやかの中に大いに盛り上がりました。

 また知事会見に先立って行われた冬季五輪交流座談会には長野県側から角田道夫県県民文化部長はじめ、県スキー連盟、白馬村、県日中友好協会関係者が出席し長野五輪の経験を紹介しました。河北省側からは許省長はじめ省冬季五輪工作指導グループ責任者などが出席し、北京冬季五輪(スキー競技)の準備状況などが紹介されました。許省長自ら「専門家指導グループを作って指導していただき、競技運営陣を強化したい。両県省共同でスキー学校をつくり河北省のジュニア選手育成に協力していただきたい」などの具体的要望も提起され、有意義な懇談会となりました。

 なお、許省長一行が11日長野到着は夜10時を回っておりましたが、高波会長はじめ県や日中友好協会役員ら20数名が熱烈歓迎の横断幕をもって長野駅頭に出迎えました。宮沢県日中女性委員長から歓迎の花束が渡されました。心温まる歓迎に省長はことのほか喜ばれ、長野オリンピックエンブレムをバックに皆で記念写真に納まりました。
 日中友好の節目、積極的な交流をー長野市日中友好協会総会(4/22)

 長野市日中友好協会(山根敏郎会長)は4月22日、ホテル信濃路において48名が出席し、2018年度の定期総会を開きました。今年は日中平和友好条約締結40周年や県と河北省のの友好提携35周年の節目の年にあたり記念事業や交流活動を進めていくことを決定しました。また市協会は設立40周年を迎えるため、来年3月に記念式典を開き記念誌を編纂することとしました。

 活動方針では、県日中友好協会が催す交流事業などに積極的に協力、参加する事業計画を承認。7月の中国留学生ホームステイ、8月の日中友好都市中学生卓球交流大会、9月の平和友好条約40周年講演と祝賀のつどいなどに協力参加するほか、長野市が受け入れる石家庄市語学研修生との交流、石家庄市中学生訪日団歓迎に取り組むこととしました。役員改選では山根敏郎会長等を再選し、新事務局長に米山達雄氏を選出しました。

 市協会設立40周年を踏まえ「引き続き日中両国の架け橋として経済、文化、人的交流などの各分野で積極的に交流を推し進める」との総会宣言を採択しました。

 第2部の総会記念講演では、西堀正司県日中友好協会理事長が、「中国の最新事情と今後の日中関係」と題して中国の新しい動きを紹介するとともに、日中友好関係発展の好機を活かして友好交流を進めていこうと呼びかけました。

 第3部の祝賀パーティーには加藤久雄長野市長も出席し、石家庄市との交流を柱に協会とともに歩んでいきたいと激励あいさつをいただきました。
 第11期中国語講座がスタートしました(4/4~13)

 長野ラジオ孔子学堂第11期中国語講座が4月4日スタートしました。各クラスごとに開講式が行われ、担当の中国語講師(老師)から、「楽しく粘りづよく学習を進めていきましょう。要望やご意見大歓迎です」と激励のあいさつがありました。布施県日中事務局長からは「日中関係が改善してきている中で、中国語に対する関心も高まってきており、身近なところで中国語を使う機会も増えている。学びながらどんどん中国語を使い交流を盛んにしていきましょう」とエールが送られました。

 今期は、入門(夜)、初級(昼・夜)、中級(昼・夜)、上級(昼・夜)の7クラス、65名の受講生です。なじみの方、新しく参加された方、皆さん新しいテキストを手に、老師の話に真剣に耳を傾けていました。発音練習、相手による年齢の聞き方の違い、中国語での自己紹介などレベルに応じた授業内容です。9月までが上半期、10月からが下半期です。「継続こそ力」を合言葉に皆さんの頑張りに期待したいと思います。講師の先生方は、入門夜:孫麗波、初級昼:孫麗波、初級夜:王秀閣、中級昼:王秋菊、中級夜:顧淑鳳、上級昼:鄭頴、上級夜:王秋菊の皆さんです。

 「HSK(中国語検定)や中国語夏期スクーリング(8月)、中国語スピーチコンテスト(10月)等も計画されていますから、積極的に参加していただければレベルアップを確かめられます」「5月中でしたら、間に合いますからご参加ください。授業参観歓迎です。お気軽にお申し込みください」と事務局の戸澤さんから案内がありました。

 中国滑雪協会代表団来県、白馬視察し、知事と会見(3/20)

 中国国家体育総局冬季運動管理センターの倪会忠主任一行6名は3月19日から21日、県日中スキー交流委員会の招きで長野県を訪れました。20日には長野冬季オリンピック会場となった白馬村を視察、午後には阿部守一知事と会見しスキー交流について熱心に懇談しました。その後、県日中スキー交流委員会主催の歓迎会に出席し、県や県スキー連盟、県日中友好協会関係者らからあたたかい歓迎を受けました。

 白馬村では下川正剛村長と会見、ナショナルチームの訓練隊派遣など長野オリンピックの経験を22年の北京冬季オリンピック成功に役立てていきたいと述べました。松澤忠明生涯学習スポーツ課長の熱心な案内でオリンピックのジャンプ台と滑降コースを視察しました。ジャンプ台は明年には張家口市崇礼区に建設されるとのことで、FIS規格に則った滑降面の構造の特徴など聞き入っていました。選手や運営役員の養成なども意見交換し、必要な支援要請があれば県や県スキー連盟と協力して対応していきたいと応じていました。

 阿部知事との会見では、県が2016年に体育総局長と交わした協定書が冒頭話題となり倪団長がその時の事務責任者であったことから、大変打ち解けた会談となりました。知事は「中国国家体育総局との関係を深め大切にしていきたい。平昌冬季・東京夏季・北京冬季のオリンピックが連続してアジアで開かれるが、長野は冬季オリンピックの経験とスキー資源も豊富であり、東京五輪での中国を相手国とするホストタウンにもなっている。冬季だけでなく夏季選手の事前合宿も大歓迎したいので、局長さんによろしくお伝え願いたい」と述べ、体育総局長への親書を託しました。

 倪団長は熱烈歓迎に感謝し、局長へ必ずお伝えしますと述べた後「長野オリンピックの成功に敬意を表します。白馬訪問で選手育成など多くを得るところがありました。中国のスキーは発展途上で基礎が弱いのでスキー発展のために協力をお願いしたい。スキー選手の合宿受入れやスキー指導者の派遣などもお願いしたい。習主席は3億人の冬季スポーツ人口拡大構想を打ち出しているが、選手だけでなくスキー愛好者や家族にも広げていきたい。またスキー分野の協力を基礎に他の種目の交流も進めていきたい」などと述べました。「長野は素晴らしいところが沢山あるので、プロモーション映画などで大いに宣伝しましょう」などの話も出て予定の会見時間を大幅に超えて会話が弾みました。

 夜の歓迎会には、高波謙二県日中会長、河野博明県スキー連盟副会長、西沢奈緒樹県国際課長、田中哲也県スポーツ課企画幹、児玉幹夫県スキー連盟名誉会長、西堀正司県日中理事長、松本久志小谷村長、松沢白馬村課長らが出席し、一行を熱烈歓迎しました。河野副会長(県日中スキー交流委員会会長代行)は、1979年以来長野県スキー連盟が県日中友好協会や県とともに中国スキー協会派遣の訓練隊の受け入れを継続し、アジアのスキー振興のためにともに努力してきたことを振り返り、今後22年の北京冬季五輪の成功を祈るとともに、長野県として可能な限り支援協力していくことを表明しました。倪団長は、あたたかい歓迎に感謝するとともに県スキー連盟や県日中友好協会の長年にわたる支援に感謝し北京冬季五輪の成功とアジアのスキー振興にともに努力していきたいと述べました。高波会長の乾杯の音頭で懇親に入り、親しくにぎやかに懇談交流しました。席上、昨年年2月のフリースタイルスキーのナショナルチームとスポンサー契約を結んだ㈱スワロースキーが紹介されました。歓迎スピーチに続いて、歌も飛び出して大いに盛り上がりました。最後に県スキー連盟の応援歌が披露され「フレーフレー中国」とエールが送られました。参加者全員で記念撮影し、余韻さめやらぬ中、握手をしてお別れしました。
 第23回県日中友好都市交流会議、「平和友好条約40周年、関係好転を活かして地方交流を前へ」(3/13)

 3月13日、県日中友好センターにおいて第23回日中友好都市交流会議が開かれました。県国際担当部長と県日中友好協会会長の連名で呼びかけたもので、県、県協会及び6市1町1村から国際交流担当者と日中友好協会役員22名が出席してそれぞれの友好都市交流の現状を報告し、意見交換を行いました。

 冒頭のあいさつで、大月良則・県国際担当部長は県協会が「信州協働大賞特別賞を受賞したことを紹介し、「長野県は県日中友好協会と官民提携して協働で中国との交流をすすめてきた。昨年は、知事を団長に友好協会の皆さんともども60人の日中友好の翼訪中団が河北省や北京で歓迎を受け成果を上げることができた。許勤河北省長や唐家璇中日友好協会会長と会見し、北京市とは青少年の冬季スポーツ交流の覚書を結んだ。河北省との35周年には省代表団を迎えて記念行事を予定している。中国を相手国とする東京五輪ホストタウン事業に取り組むとともに、22年の北京冬季五輪を展望して、青少年スポーツ交流事業を進めていきたい」と述べました。

 また高波謙二・県日中友好協会会長は、日頃の日中友好促進に敬意を表し、県内では県及び6市3町1村が中国と友好都市或いは友好交流都市関係を締結し、様々な交流が進められていることに触れたのち、「両国関係は好転してきており平和友好条約40周年、河北省との友好35周年を好機に官民提携して友好交流を進めていきたい。記念事業として8月に河北省はじめ各友好都市から中学生卓球選手を招き県内各地で交流し長野で交流大会を開催の予定。日中の平和と友好の重要性に思いをいたし、地方交流を進めていきたい」と語りました。

 続いて報告が行われました。

◇県では、2017年度知事の訪中、青少年相互派遣、研修員の受入れと派遣、冬季スポーツを中心とした青少年交流事業などが行われた。新年度は2名の研修員の受入れ、3名の研修員の派遣、国際交流員の招致、河北省との35周年記念式典、ホストタウン交流事業、冬季スポーツ交流等を計画している。

◇県協会では、昨年国交正常化45周年にあたり中学生卓球交歓大会、友好の翼訪中団などの派遣、緑化協力、中国からのジャンプ訓練隊受け入れ、東京五輪ホストタウン事業などに取り組んだ。本年、平和友好条約40周年、河北省との友好35周年にあたり、県や関係市町村、関係団体と協力して、友好都市中学生卓球交流大会の開催、強制連行中国人殉難者慰霊祭の開催、緑化協力友好訪中団の派遣、東京五輪ホストタウン交流事業の取り組み、北京冬季五輪(スキー競技)への協力などを計画している。

◇長野市では昨年石家庄市中学生友好代表団16名の受け入れ歓迎、語学研修生2名の受け入れ、中学生友好訪中団14名の派遣、友好都市中学生卓球交歓大会への参加などに取り組んだ。本年度も語学研修生や中学生友好訪問団受入れ、及び中学生卓球交流大会参加を予定。中国を相手国とするホストタウン交流事業などにも取り組む。
 
◇須坂市では、昨年、中学生卓球交歓大会参加と市長を団長に四平市訪問団を派遣、四平市からも8年ぶりに代表団7名を市に迎え歓迎した。ホストタウン交流事業にも取り組んだ。本年四平市中学生卓球団を迎え卓球交流を予定している。

◇松本市では、廊坊市と合同チームを組んで中学生卓球交歓大会参加や松本日中と大使館との交流などが行われ、本年は廊坊市から卓球選手団を迎えて中学生卓球交流、9月に訪中団を派遣する。

◇伊那市では自動車整備研修生の受け入れや東京駐在のマスコミ関係者らが多数伊那で運転免許証を取得した交流経緯があり、今後通州区との交流を再開していきたい。市日中では留学生との交流や残留孤児養父母展など実施した。

◇上田市では、昨年、寧波市と合同チームを組んで中学生卓球交歓大会参加や上田古戦場ハーフマラソンに寧波市参加者6名受け入れた。寧波市立図書館90周年記念シンポジウムに教育次長、上田図書館長らを派遣。本年は、上田市中学生20名はジュニア大使として寧波に派遣、寧波からは中学生卓球選手団を迎えて卓球交流を予定。ホストタウン事業にも取り組む。

◇飯山市では、深圳福田区と合同チームを組んで中学生卓球交歓大会へ参加、深圳市福田区の切り紙芸術家袁曼君さんの展示会を実施。本年は中学生卓球交流、福田区ゲートボールチームが飯山市菜の花ゲートボール大会参加、福田区僑華外国語学校児童・保護者飯山市自然体験教室参加など予定している。

◇山ノ内町では昨年、北京市密雲区代表団6名が来町、友好提携10周年記念植樹・町内視察などを行い、年賀メセージの交換や図書の交換が行なわれた。本年は密雲区へ町の代表団を派遣を予定している。

◇泰阜村では方正県との友好提携20周年記念祝賀のつどいを開催、本年は元大八浪開拓団跡地などに訪中団派遣予定。

 報告の後の意見交換では、中学生などの交流を大切に育てていく重要性やホームステイなどを通じて理解が深まった体験などが紹介され、また8月の日中友好都市中学生卓球交流大会の成功に向け準備していくことや東京五輪ホストタウンの取り組みでは、地域の公民館で中国の食や文化を紹介する交流会の事例などが紹介され、地域から盛り上げ相互理解促進の必要性を確認しあいました。中国友人をホームステイで受け入れ、東京オリンピックを一緒に見に行こうなどのアイデアも出されました。
 県協会、第5回「信州協働大賞」特別賞を受賞(3/12)

 長野県日中友好協会は、3月12日県庁において第5回信州協働大賞特別賞を阿部守一県知事から受賞しました。これは長野県が定めた「信州協働推進ビジョン」に基づいて、優れた協働事業を実施している団体として表彰されたもので、県友好協会が長年にわたり、長野県と官民連携して中国との交流事業を推進してきたことが高く評価されたものです。

 表彰式では4団体が表彰され、協会は特別賞をいただきました。受賞団体の活動紹介の後、知事から高波謙二会長に賞状が授与されました。阿部知事はあいさつの中で、「長野県友好協会は60余年の長きにわたり民間交流を進め中国との信頼関係を築き、その基礎の上に官民提携しての幅広い友好交流が展開されてきた。中日友好協会の唐家璇先生からも日中友好のイノベーションと高く評価された。2018年のピョンチャン冬季五輪、20年の東京、22年の北京冬季五輪と続いていくが今後とも手を携えて友好交流を進めていきたい」と述べました。高波会長も会員が平和友好という使命感をもって熱心に取り組んでいることを紹介し、今回の受賞を励みに一層努力していきたいと述べました。懇談の後、記念撮影が行われました。

 なお大賞には自然体験学習などを手掛ける泰阜村のNPOグリーンウッド自然体験教育センター、優秀賞には県ひとり親家庭等福祉連合会(伊那市)、NPOフードバンク信州(長野市)が選ばれました。
  
 第41回日中友好スキー交流会、140人参加して楽しく交流(2/24~25)

 長野県日中友好協会青年委員会(清澤浩明委員長)と同女性委員会(宮沢信代委員長)の主催により、2月24、25日の両日、木島平村のパノラマランド木島平スキー場において、第41回日中スキー交流会が開かれました。好天に恵まれた中、中国留学生・中国大使館・帰国者の皆さんをはじめ140人が参加して熱気あふれるスキー交流会となりました。

 開会式では清澤青年委員長、上村力飯山日中会長、西堀正司県日中理事長が、あいさつ。「大勢の参加をいただきました。参加者が心を通わせ、ケガの無いよう日中友好の楽しいスキー教室、スキー交流会にしましょう」と呼びかけました。

 13班に分かれてスキーやスノーボードの教室がおこなわれました。初心者もマンツーマンの指導でだんだんと直滑降さらにボーゲンのコツを覚え滑れるようになっていきました。

 夜の交流会では、清澤青年委員長がスワロースキー㈱や地元木島平村、飯山日中友好協会の協力のもと盛大にスキー交流会を開催できたことに感謝し、「中国留学生や大使館、帰国者の皆さんと懇親交流を通じて親睦を深め、民間同士の友好交流を楽しく進めていきましょう」と述べました。


 日臺正博木島平村長と、中国大使館友好交流部の邵宏偉一等書記官から祝辞をいただき、清水可晴県日中副会長の音頭で乾杯し、懇親会に入りました。
 女性委員会メンバーによるフラダンスや、青年委員会のウララの踊り、中国帰国者の皆さんの民族楽器フルスの演奏、中国の歌や日本の歌歌などが次々と披露され、賑やかな懇親交流会となりました。自慢の料理とお酒は好評でした。東京や神奈川の友人参加や飯山・中野・長野・上田・松本・飯田など県下全域から参加があり有意義な交流ができました。

 2日目も好転に恵まれました。だんだんと自信をもって滑り降りる姿が目立つようになりました。スキー教室を終えて、昼は女性委員会の皆さんが心を込めて準備してくれたきのこ汁をおいしくいただきました。

 閉会式では、宮沢女性委員長が「スワロースキーさんはじめ大勢の皆さんの支えがあってスキー交流会が盛大にできました。スキー交流会の思い出を大切に日中両国が平和で友好的な関係を続けていけるよう頑張りましょう」とあいさつ。青年委員会と女性委員会のメンバーはピンクと黄緑のジャンバーを羽織って2日間大活躍しました。参加者全員から感謝の拍手が送られました。また参加者からは「スキーを滑れるようになり、嬉しかった」 「懇親交流会も盛り上がって楽しかった。来年もまた参加したい」とのうれしい感想が聞かれました。

北京市アイスホッケー選手団軽井沢カップに出場、交流深める(2/22~26)

 北京選抜アイスホッケーチームがU15軽井沢ウインターカップに参加するため2月22日から26日軽井沢を訪れました。丁平チームマネージャー一行26人で、選手は13~15歳(U15=アンダー15)の中学生。県アイスホッケー連盟が長野県の北京冬季オリンピック支援会議(県や関係自治体、関係競技団体、県日中友好協会などで構成)事業の一環として招いたもの。

 一行は2月23日には、おそろいの赤のコートに身を包み軽井沢中学を訪問しました。田中寿一校長先生をはじめ全校生徒423名の熱烈歓迎を受けました。体育館での歓迎式では舞台上にのっぼった一行を生徒代表が歓迎のあいさつ。続いて選手団を代表して許景旭君が元気にあいさつした後、生徒たちが次々と軽井沢の紹介を英語で行いました。終了後、各クラスに分かれて、給食を一緒に食べ、交流理解を深めました。この中学にはアイスホッケークラブがあり、今回のウインターカップにも出場することになっているとのことで身近に感じられたようでした。整然とした生徒たちの行動に、同世代の選手の皆さんは大変刺激を受けた様子でした。中学校のを離れる際には、3階建ての各教室の窓から生徒の皆さんが一生懸命手を振って見送ってくれたのが印象的でした。

 アイスアリーナ―で練習し氷の感触などを確認し休憩、夕食を済ませた後、開幕試合に臨みました。会場には地元の軽井沢日中友好協会の佐藤敬治会長はじめ役員会員の皆さんがお菓子や飲み物の差し入れをもって応援にかけつけてくれました。「加油!北京U15隊」の横断幕を見て、選手の皆さんも大変喜んでくれました。


 初戦の相手は、長野県代表チーム。試合は激しい攻防があり、まさに氷上の格闘技、ジュニア同士の戦いであっても迫力十分でした。この試合は北京市チームの勝利となりました。今回の大会には日光東中学IHC、江戸川アーマーズジュニアIHC、愛知県セレクトチーム、京都滋賀選抜チーム等が参加しており、北京市チームの対戦成績は2勝2敗で3位でした。

 この大会に合わせて軽井沢を訪れた北京アイスホッケー協会の劉戈会長は、宮下富夫県アイスホッケー連盟会長や中村慎理事長、清野勝県アイスホッケー連盟ジュニア委員会代表らと今後のアイスホッケー交流について懇談しました。
 「日中友好新春女性のつどい」開催(2/8)

県日中友好協会女性委員会は、2月8日長野市のホテル信濃路で「2018年日中友好新春女性のつどい」を開催しました。県下各地から会員ら38人が参加し、研修会や新春の交流会などが行われました。

最初に全員で「永遠の友情を」を斉唱したあと、宮沢信代県女性委員会委員長から「今年は日中平和友好条約締結40周年の節目。力を合わせて両国の友好増進に努めましょう」とあいさつ。続いて来賓の高波謙二県日中友好協会会長等から激励のあいさつがありました。

第一部の研修会では、まず西堀正司県日中友好協会理事長が「これからの日中関係について」と題して講演。20年までに貧困層をなくし、「小康社会」の実現を目指す習近平国家主席の考えを説明。「世界平和のために、日中関係の重要さが増す」と話されました。また、増加する中国人観光客を迎えるため、県内でも宿泊施設の充実が必要だと述べました。

 続いて、各地の活動報告として、吉岡尋子長野市日中女性委員長が東京オリンピック・パラリンピックホストタウン事業として長野市の長沼公民館で行われた「中国伝統文化を楽しむ会」の様子を報告。また牛山好子松本日中女性委員長から「中国大学生インターンシップ生との交流」についての報告がありました。

第二部の新春交流懇親会では、多くの方からスピーチをいただいたり、真田桜やフルスの演奏などのアトラクションで楽しみながら交流を深めました。最後に「ふるさと」を全員で斉唱し、閉会となりました。

 なお、開会前には女性委員会の皆さんが持ち寄った品々で恒例のバザーも行われ、2万7千円余りの売り上げがありました。

 帰国者への理解を深めるつどい・体験発表と春節交流会(2/4)

 長野県と県日中友好協会中国帰国者交流センターは2月4日、「第10回中国帰国者への理解を深める県民の集い」を長野市内のホテル犀北館で開きました。帰国者1世の体験報告と、帰国者2世の医療通訳の体験発表、さらに満蒙開拓平和記念館の報告が行われ、280人余りが熱心に聞き入りました。第2部では中国太陽芸術団による中国の伝統芸術を堪能し、第3部の春節交流会では餅つきやくじ引き抽選会、日ごろ日本語教室などで練習してきた歌や踊りの披露、ヤンコー踊りなどを楽しみました。

 主催者を代表して滝沢弘・県地域福祉課課長と高波謙二・県日中友好協会会長があいさつしました。高波会長は「長野県は全国一満州開拓団を送り出し多くの犠牲を出した。長野県には4000人余りの中国帰国者の皆さんが暮らしている。開拓団の悲劇と帰国者支援問題は長野県と県民にとって忘れてはならない歴史。本日は残留孤児一世の皆さんの歩んだ歴史と現状への理解を深め、支援交流にともに励んでいきたい 。本年は、日中平和友好条約40周年の記念の年。日本と中国は再び戦争せず、末永く仲良く付き合っていくことを約束した。日中関係も好転してきており、喜ばしい。県日中友好協会は長野県政府とともに、中国を相手国とする東京オリンピックホストタウン事業に取り組み、また2022年の北京冬季オリンピック支援交流に取り組む。日中友好の懸け橋として帰国者の皆さんもご協力いただきたい。新年のご活躍を祈ります」と述べました。

 体験発表で高山秀子さん(72)=塩尻市=は、「敗戦後に現地で生まれたが、逃避行の中、父や兄弟がなくなり、母とともに養父に助けられた。困難な家庭環境や文革等厳しい時を過ごしたが養父にかばってもらい親切にしてもらった。47歳の時中国人の夫と帰国、日本語ができず職場で苦労したが、2008年に1世の待遇が改善し生活も良くなった。現在は地元のボランティアの皆さんと交流し有意義に過ごしている」と振り返りました。

 1985年に母と帰国した帰国者2世の秦文映さん(52)=飯田市=は、病院での通訳など帰国者支援にあたっている活動を紹介。言葉や習慣の壁に苦しむ高齢の帰国者が少なくないとし、「耳が遠くなり話が通じないと訴える人が多い」などと具体的な事例を交え話しました。

 特別報告として、「満蒙開拓平和記念館の現状報告」をスタッフの島崎友美さんがおこない、満蒙開拓団の悲惨な歴史を語り継ぎ平和を紡いでいく大切さを話しました。

 第2部は中国太陽芸術団による中国の歌・日本の歌、京劇・変面、二胡演奏を堪能しました。

 第3部の春節交流会では長野市日中女性委員会の皆さんが友好の黄色のハッピ姿で、交流会を進行し・盛り上げに大活躍。アトラクションとして臼と杵を使って、帰国者の皆さんが餅つきを体験しました。抽選会も行われくじを引き当てた人たちが工芸品や中国の銘酒、お米などの景品を受け取って喜んでいました。飯田、松本、伊南、長野、上田の日本語教室に通う帰国者の皆さんが次々と準備してきた出し物を披露しました。上田教室の皆さんはハッピ姿に菅笠を手に山笠音頭を披露。飯田グループはおそろいの中国衣装を着て見事な踊りを披露、長野の皆さんは二胡やフルースの演奏なども披露。最後に中国の東北地方に伝わるヤンコー踊りを会場いっぱいににぎやかに踊りました。参加した帰国者の皆さんは「中国の春節を祝いながらみんなと集まれるこの会を毎年楽しみにしている」と語っていました。

 飯田下伊那、伊南、伊那、松本、佐久、上田、長野、飯山などからおおぜいの帰国者や支援者、市民のみなさんが参加しました。中沢洋子県地域福祉課課長補佐、本山聖一県地域福祉課主査、小林佑一郎元中国帰国者定着促進センター所長、塩入靖長野市生活支援課課長補佐、清水えい子・村山ひとみ・島津美智子県日中副会長、西堀正司県日中帰国者交流センター所長、西沢毅県日中帰国者留学生委員長、、小林勝人飯田日中理事長、北沢吉三伊南日中事務局長、宮沢信代県日中女性委委員長、布施正幸帰国者交流センター次長らも出席し帰国者を激励し交流しました。

北京と河北省のジュニアスキー選手、野沢温泉で訓練(1/29~2/7)

 中国の北京市と河北省のアルペンスキーのジュニア選手団計26人が、1月29日から2月7日野沢温泉スキー場でアルペンスキーの訓練を行いました。

 長野県は昨年、2022年の北京オリンピック支援連絡会議(県、県スキー連盟等冬季競技団体、関係市町村、県日中友好協会等で構成)を設立し、北京市、河北省と冬季五輪分野での青少年交流を進めており、その一環で選手団を受け入れたもので、ジュニア選手団は北京市、河北省ともそれぞれ選手10人(10~16歳)とコーチ2名及び北京市体育局の役員2名の計26名。野沢温泉村で熱心にスキーの訓練を行い、また地元の中学生選手とも合同練習など交流しました。

 1月30日には県や県スキー連盟、野沢温泉村、県日中友好協会関係者らが出席して歓迎会が開かれました。席上、大月良則・県国際担当部長、河野博明・県スキー連盟副会長、富井俊雄・野沢温泉村長、西堀正司・県日中友好協会理事長が歓迎あいさつしました。河野副会長は「長野冬季五輪の開催から20年を経過するが、長野県は2022年の北京冬季五輪の成功を願い、1980年から継続されてきた日中スキー交流の成果の上に支援協力していきたい。北京市と河北省からのアルペンスキー訓練隊の受け入れは初めてとなるが、訓練隊の成果を期待したい」と述べました。

 李暁鳴・北京市体育局冬季運動管理センター副主任と張宇欣・河北省体育局冬季運動管理センターコーチがそれぞれの訓練隊を代表してあいさつしました。あたたかい歓迎に感謝するとともに、北京冬季オリンピックに向けて熱心に訓練したいと述べました。選手は、「中国のスキー場は人工雪が多く雪質が硬いが、日本はパウダースノーで軟らかい。環境が違う中で技術を向上させたい」などと話しました。

 2月1日には、県庁を訪れ中島恵理副知事を表敬しました。李・副主任は「青少年の相互理解や友情を深めたい。1998年に冬季五輪を成功させた長野県で、五輪開催の豊富な知識を学びたい」とあいさつしました。中島副知事は「長野と河北省、北京市との友好の懸け橋になってほしい」と述べました。一行はその後、白馬村に向かい、長野オリンピックの舞台となったジャンプ台や八方尾根スキー場を参観しました。

 河北省からスキー競技大会視察団来県(1/19~23)

 李軍河北省外事弁公室副主任一行7名が1月19日から23日、長野県北京冬季オリンピック支援会議(長野県・県スキー連盟等冬季競技団体・県日中友好協会・関係市町村等で組織)の招請で来県し、野沢温泉スキー場で開催されているスキー大会週間の関係競技を視察しました。滞在中、県スキー連盟の河野博明副会長や県国際課、野沢温泉村、同スキークラブの皆さんの案内で中学生・高校生・一般のアルペン、クロスカントリー、ジャンプ競技の大会運営を視察研修したほかスキー関係者と交流しました。河北省は2022年北京冬季オリンピックの際、スキー競技の会場となる張家口市崇礼区を抱え、成功に向けて準備しています。

 1月19日の歓迎会では、河野副会長(県日中スキー交流委員会会長代行)や大月良則県国際担当部長、高波謙二県日中友好協会会長らから温かい歓迎を受けました。「1980年から中国と長野県はスキー交流を継続してきており、長野県は河北省と友好提携35周年を迎えます。長野オリンピックの経験を2022年の北京冬季オリンピック成功に役立てていただければ幸いです」との歓迎あいさつに対し、李団長は感謝と視察目的を語った後、昨秋の阿部知事と許勤省長の会見の様子に触れ、長野県・河北省・江原道(韓国)の3者が連携してオリンピックムーブメントを発信していくことに賛同したことを紹介しました。

 1月20日、21日は高校生・中学生の大回転、高校生・全日本予選クロスカントリー(リレー)、高校生ジャンプ等の競技を視察、また野沢温泉スキー場の雄大なコースも体験しました。1月21日には県スキー連盟オフィシャルパートナーとの交流歓迎会に招かれ関係者と交流しました。李軍団長が感謝のあいさつをしたほか、オリンピック会場となる張家口市崇礼太舞スキーリゾートスキー場マネージャーの陳剛氏が施設の状況を紹介し、張宏利・張家口青少年冬季オリンピック学校校長が地元に優秀な人材を集め育成している様子を紹介しました。2015年政府の肝いりで設立され、150人ほどの生徒がオリンピック目指して学び訓練しているそうです。

 一行は1月22日、県庁で中島恵理副知事を表敬訪問し、親しく懇談しました。中島副知事は「長野オリンピックを踏まえ北京冬季オリンピックに協力していきたい。友好提携35周年にあたり許省長の来県をお待ちしています」と述べました。李団長は温かい歓迎に感謝した後、「両省県の友情を基礎に、冬季オリンピックに向けての技術研修、競技運営の学習をしたい。また実務的な交流課題を見出し、両省県関係を更に前進させていきたい」と述べました。
 日中友好新春座談会・新年会開催、平和友好条約40周年、河北省との友好35周年を友好発展のチャンスに(1/16)

 長野県日中友好協会は1月16日、140人が出席して恒例の日中友好新春座談会と新年会を長野市内のホテル信濃路で開きました。昨年来、日中関係が好転しつつある中で、日中国交正常化45周年記念事業の成果を踏まえつつ、本年日中平和友好条約締結40周年と長野県・河北省友好提携35周年のチャンスを活かして友好交流の再活性化と相互信頼回復に努めていくことを確認しました。中国大使館の郭燕公使、中島恵理副知事をはじめ国会議員や県議、経済界や労働界、大学など各界来賓も出席し盛会裏に開催されました。

 第1部の日中友好新春座談会では、高波謙二会長があいさつし、「昨年は国交正常化45周年にあたり、日中関係は首脳の相互訪問が話題に上るなど、はっきりした改善が感じられるようになった。県協会は45周年記念事業を柱に様々な活動に取り組み、8月の日中友好都市中学生卓球交歓大会、10月の阿部知事を団長とする県日中友好の翼訪中団の派遣、東京オリンピックホストタウン事業や北京冬季オリンピック支援交流活動も関係者の努力で成果を上げることができた。本年は日中平和友好条約締結40周年、長野県と河北省友好県省35周年にあたり、これを更なる好機として日中関係の一層の改善を図っていきたい。 許勤河北省長を迎えての35周年記念式典の開催、河北省はじめ関係友好都市から中学生卓球選手を長野県に招いての卓球交流大会開催、強制連行中国人殉難者慰霊祭の開催をはじめ様々な交流事業が計画されているが、こうした取り組みを通じ、日中関係好転の中で新しい仲間を増やし、後継者を育てていきたい」と述べました。

 布施正幸事務局長が第2回理事会(11/29)で決定された今年の主な事業計画を報告し、「日中平和友好条約40周年、河北省との友好35周年のチャンスを活かし、友好交流の再活性化と信頼関係の回復に努める。 *河北省との友好提携35周年記念式典開催協力、*長野県日中友好協会代表団の派遣 *8月河北省など各友好都市から中学生卓球選手を招いての日中友好都市中学生卓球交流大会開催、 *強制連行中国人殉難者慰霊祭の開催、*中国を相手国とする東京五輪ホストタウン交流の取り組み *太行山河北省内丘県での第6期緑化協力プロジェクトの実施 *長野ラジオ孔子学堂の中国語教室とHSK中国語検定試験実施協力 *北京冬季五輪への協力 *留学生ホームステイ受入れ などにとりくんでいきたい」と述べました。

 また、大月良則県国際担当部長より東京五輪ホストタウンや北京冬季五輪への協力の取り組みについて説明が行われ、協力要請が行われました。

 続いて西堀正司理事長の司会でディスカッションに入り、日中関係の現状と課題、地区活動や各分野の交流などについて活発に意見交換が行われました。

 第2部の新年会には、日頃友好運動に協力いただいている各界来賓が多数出席いただきました。高波会長は日ごろの協力に感謝し、両国国民の感情に好転的な変化の兆しが表れ始めていることを紹介した後、「交流から友好が生まれ、平和になる。これからも官民提携して地道な活動を進めていきたい」とあいさつしました。

 中島副知事、郭燕公使、村石正郎県日中友好促進議員連盟会長から祝辞をいただき、濱田州博信州大学学長の音頭で乾杯しました。中島副知事は、日ごろの友好協会の活動協力に謝意を表したのち、特に昨年の知事訪中団が成果を収め、東京オリンピックホストタウン、北京冬季オリンピック支援交流事業に力を入れていく決意を語りました。

 郭燕公使は長野県協会の活躍を讃え、「地方レベルで両国民の相互理解と友好感情を着実に促進し、関係改善に多大な努力と貢献をされ、地方民間交流の模範となっている。日中関係が好転している中で一層の活躍に期待したい」と、激励いただきました。

 懇親会の中のスピーチで、井出庸生(代)代議士、小松裕県卓球連盟会長(前代議士)、若林健太前参議院議員、高橋宏・小林東一郎・高島陽子・埋橋茂人の各県議、河野博明県スキー連盟副会長、寺沢秀文満蒙開拓平和記念館副館長などから激励・報告をいただきました。女性委員会メンバーが郭公使とともに壇上にのぼり「ふるさと」を披露し大きな拍手が送られました。親しく懇談交流が行なわれ会場は和やかな雰囲気に包まれました。西澤奈緒樹県国際課長の音頭で万歳が行なわれ、西堀正司理事長の閉会あいさつで散会となりました。

 来賓として前記のほか張天曄アタッシュエ、王昌勝県華僑総会会長、王秀閣中国国際放送局長野孔子学堂担当者、戸谷昌秀長野市国際室長、松澤忠明白馬村生涯学習スポーツ課長、近藤満里・松井英雄市会議員、宮川直長野大学常任理事、宇田川信之松本歯科大学生部長、犛山典生県経営者協会事務局長、鈴木幸一県中小企業団体中央会参事、木藤暢夫県商工会議所常務理事、中村英雄県商工会連合会専務理事、篠原邦秀県信用保証協会専務理事、下條広道県平和人権環境労組会議共同代表、小山慎彦部落解放同盟県連書記長、中村賢二信濃毎日新聞社総務局長、大窪隆人県鍼灸師会副会長、小林佑一郎・小松朝韻・木田健二郎県日中参与らのご臨席をいただきました。
 

初春を迎えて

                       長野県知事 阿部 守一

  皆様には、清々しい新年をお迎えのことと、心からお慶び申し上げます。

 昨年は、多くの方々と日中友好交流の熱い想いを共有し、一層の顔の見える関係を構築できた大変意義深い年となりました。

 特に秋の「日中国交正常化45周年記念訪中事業」では、「日中友好県民の翼」にご参加いただいた皆様をはじめ、県議会、市町村、大学関係者と総勢60名に及ぶ訪中団を結成し、官民を挙げた友好交流事業を実施いたしました。高波会長をはじめ、訪中団にご参加いただいた皆様のご支援とご協力に心から感謝を申し上げます。

 河北省では、許勤省長と初めて懇談し、青少年による冬季スポーツを通じた交流やスキー教育旅行の誘致、長野県、河北省、韓国江原道によるオリンピックムーブメントの発信などに協力して取り組むことをご賛同いただきました。また、許勤省長には、長野県と河北省の友好提携35周年を迎える本年中の県訪問を要請いたしました。皆様とともに心からのおもてなしで訪問団をお迎えしたいと思います。

 北京では、貴協会の役員の皆様とともに、中国日本友好協会の唐家璇会長を訪問させていただき、「長野県と河北省の交流は日本でもトップレベル」という賞賛の言葉を頂戴しました。

 また、初めて訪問した北京市人民政府の陳吉寧代理市長からは、2020年東京オリンピック・パラリンピックにおいて中国を相手国とするホストタウン登録や、2022年北京冬季大会に向けた協力体制等が高く評価され、青少年の冬季スポーツ交流に関する覚書を締結いたしました。

 このように、本県の日中友好交流活動は、国内外で極めて高く評価されています。これも、60年以上にわたって、貴協会が築かれてこられた中国、河北省との固い絆の賜物であり、ここに改めて敬意と感謝を申し上げる次第です。

 日中平和友好条約締結40周年、河北省との友好提携35周年を迎える本年、中国との友好交流を更に強化してまいる所存です。皆様の一層のご支援とご協力をお願い申し上げ、新年のご挨拶とさせていただきます。

 

平和友好条約40周年、河北省との友好35周年を交流前進の年に(1/1)

                   会長 高波 謙二

新年あけましておめでとうございます。日ごろの日中友好事業へのご理解ご協力に厚く感謝申し上げます。

昨年は国交正常化45周年にあたりました。日中関係は昨春5月の一帯一路サミットフォーラム以降改善の兆しが見え、両国首脳会談も相次いで行われ、首脳の相互訪問が話題に上るなど、はっきりした改善が感じられるようになりました。

長野県日中友好協会は県はじめ関係団体のご協力のもと、この1年様々な活動に取り組みました。特に8月の日中友好都市中学生卓球交歓大会、10月の知事を団長とする県日中友好の翼訪中団の派遣など成功裏に実施できました。また東京オリンピックパラリンピックホストタウン事業や北京冬季オリンピック支援交流活動も関係者の努力で成果を上げることができました。県や市町村と官民提携して友好交流事業を進めていく良い模範となりました。

本年は日中平和友好条約締結40周年、長野県と河北省友好県省35周年にあたります。これを更なる好機として日中関係の一層の改善が期待されています。今後とも紆余曲折が予想されますが、日中平和友好の大切さを胸に刻み、友好を望む両国の有為の人々と連携し交流の再活性化をはかり、日中両国国民の相互信頼関係回復に努めていきたいと存じます。河北省長を迎えての35周年記念式典、関係友好都市から中学生卓球選手を招いての卓球交流大会開催、強制連行中国人殉難者慰霊祭の開催をはじめ様々な交流事業が計画されていますが、関係好転の中で新しい仲間を増やし、後継者を育てていきたいと存じます。県協会、地区協会共通の課題と位置づけ真剣に取り組んでいきたいと思います。

引き続きご支援ご協力をお願い申し上げます。

 

両国関係改善の好機を活かし相互信頼を回復しよう(1/1)

             理事長 西堀 正司

 数年間、日本と中国の関係は困難な厳しい状況が続きました。対立は島の領有権と歴史認識などが主なものです。両国の国民世論も大きな影響を受け、お互いに相手国に「よい」印象を持たなくなっていきました。「嫌中」、「嫌日」を乗り越え、相互信頼を回復するための活動は、民間の我々協会の運動の重要な柱でした。「民をもって官を促す」「経済をもって政治を促す」「地方をもって中央を促す」などの運動に取り組みました。本年はその努力が実るときが来たように思えます。日中両国の首脳交流が本格的に再開されようとしています。

 激動する国際情勢の中にあって、日中両国の友好的関係の強化は、アジアの平和と世界の平和に大きな影響と貢献が期待されています。北朝鮮をめぐる情勢も厳しさが続いていますが、これらの基本的な解決には日中両国の友好的連携が必要です。

 本年は日中平和友好条約締結40周年の節目の年です。県、市町村は、2020年緒東京オリンピック・パラリンピックホストタウンに認定されました。また、2022年には北京冬季五輪が開催されます。私たちは、それらの開催を支援する活動を積極的に展開する計画です。長野県は、民間運動を中心に、県及び市町村の首長をはじめ各議会が熱心に、日中友好に取り組んでいます。

 昨年北京で開催された友好都市中学生卓球交歓大会は、大成功でした。本年は長野県で中国の関係友好都市中学生選手を招いて卓球交流大会が開催されます。県・市を包み込み機運を盛り上げていきます。協会は民間団体として未来を目指して進んでいきましょう。

 

泰阜村・方正県友好提携20周年記念式典と祝賀のつどい開かれる(11/16) 2017

 泰阜村と方正県との友好交流20周年を祝う式典ならびに祝賀のつどいは、2017年11月16日、泰阜村の「あさぎり館」で松島貞治村長をはじめ、多数のご来賓、関係者の出席を得て盛大に開催された。

 式典は、「泰阜太鼓」の打ち鳴らす友好提携20周年の式典に相応しい響きのなかで開幕し、続いて「20年の歩みスライド」が上映され、帰国者をはじめ、参加者全員がこの20年を振り返った。

 これに続き、主催者の松島貞治村長から、「 帰国した開拓団員から”方正で助けられた”という話をたびたび聞いて参りました。これが友好提携の原点です」と20年前を振り返り、隣国と戦うような愚かなことをしない決意を改めて確認。「今後の友好交流の進め方について、地域同士が仲良く出来る方策を考えてきたが、なかなか上手くいかない。じゃあ何が出来るのか。皆さんから具体的に”泰阜と方正との友好交流”の提案を頂き、新たな気持ちで人と人との草の根の交流を地道に進めて行きたい」と提案を含めた挨拶があった。

 これに続いて出席のご来賓の挨拶があり、その中で、宮下一郎代議士からはメッセージを尾関秘書から伝えられ、高橋岑俊地元県議から、無欲の心の交流を。また、大月良則長野県国際担当部長から、長野県は中国と10か所に亘る都市や地域と活発な友好交流活動をしている、と現状報告。「過去の満蒙開拓の歴史に向き合う平和記念館の語り継ぎ活動を通して、今後の友好交流をしっかり進めてください」と挨拶。方正友好交流の会の大類善啓事務局長から、方正の「日本人公墓」に触れ、侵略加害の側である日本人の墓を建ててくれたことに驚いた、と前置きして、「周恩来の国際主義的精神に敬意を表したい」と述べ、羽田澄子監督制作の映画「嗚呼満蒙開拓団」にも触れ、「昨年の天皇、皇后両陛下の満蒙開拓平和記念館訪問実現など、今日の方正県との友好交流に繋がっている」と激励の挨拶をいただいた。

 また、長野県日中友好協会の布施正幸事務局長から、「泰阜村と方正県との友好提携は、一番深い因縁で結びついたもの。国レベルの友好交流は難しい面もあるが、人と人の交流では中国から年間640万人が、観光などで来日している。この人たちは日本の良いところに触れ感激して帰っている。このことからも、自信を持って”人と人の交流”を進めてください」と挨拶があった。

 又、方正県長からのメッセージを披露。続いて「方正県への想い」を中国から帰国された「池田純」さん、残留婦人の2世で長く中国で生活して帰国された「川島波子」さん、また第1回(1999 年7 月)の方正県第三中学校との交流事業に参加した「吉岡利貴」さんから、「一般人同士の草の根交流を若い感覚で促進したいと」話されるなど、三人のそれぞれの立場、体験からの話に感銘を受けたとの声を多く聞かれた。このあと、賑やかな出し物もあって、有意義な中に会は終了した。

  (小林勝人・飯田日中友好協会理事長) 
 


「泰阜村」と「方正県」友好提携から20周年
~長野県「泰阜村」と黒竜江省ハルビン市「方正県」友好提携20年の歩み~

<友好提携の経過>

 方正県といえば「方正日本人公墓」のある日本人として忘れる事の出来ない、いや忘れてはならない加害と、被害の重い歴史を認識する大事な場所である。一方、泰阜村といえば、NHKの「忘れられた女たち」の放送を思い出す人が多いと思われるが、長野県の山村で、かつて多くの満蒙開拓団を送り出した村として思い出される山村である。

 この二つの地区を結びつけたのが、戦前中国東北部に分村移民として多くの開拓団員を送り出した「満洲泰阜分村開拓団」であった。この満洲泰阜分村開拓団の入植地は、現在の黒竜江省佳木斯市華南県大八浪郷である。ここに昭和14年2月11日入植式を行い、15年から家族招致を行った。最終的には1,144名(泰阜村以外の村を含む)が入植し、敗戦時を含め死亡者627人、不明44人を出した。(『長野県満州開拓史』より)

 特に、昭和20年8月9日のソ連侵攻により、閻家駅に終結するも列車に乗れず、徒歩による「いわゆる」死の逃避行を行い、20日余りかかって方正県に辿り着いた。しかしこの逃避行において多くの命を失いやっと辿り着いた収容所で、寒さと飢えで、又多くの命を失った。その結果、多くの残留孤児、残留婦人が発生し、方正県の方々に引き取られ、養父母に育てられたという。分村開拓団を送り出した「満洲泰阜分村開拓団」は敗戦時、過酷な逃避行を強いられたなか、逃げ延びた先の方正県で飢えや寒さから助けられた歴史的背景があった。

 特に国交回復の遅れた事情のなかで、祖国から見放された残留婦人、残留孤児を実の子と同じように、いやそれ以上に育ててくれた養父母の温かい「慈愛」に、感謝の気持ちが強く残っている。このため、助けてくれた方正地区の人々を友だちとして、更に自分達の第二の祖国、故郷としてお互いが尊重し、大切にしていくことが、あの時受けた恩を活かしてゆけるのではないかと考えたのである。

 こうした中、多くの村民の賛同を得て20年前の、1997年9月27日に方正県と友好交流の覚書が締結された。この時の訪中団一行は、松島貞治村長を団長として、林昌樹議長を副団長に議会から4名、大八浪会3名、泰阜南小学校清水重美校長、同校生徒牧野なおみさん、県日中桜井敬司交流部長、秘書長に村づくり主任の12名が、9月26日~30日の日程で訪中し、9月27日方正県の方正賓館において調印式が行われた。

 

日中国交正常化45周年を記念し知事を団長に友好の翼(10/29~11/2)
河北省と北京市を訪問、友好協力を深める

 日中国交正常化45周年を記念して阿部守一知事を団長に高波謙二県日中友好協会会長を副団長とする長野県日中友好の翼訪中団一行53名は10月29日から11月2日まで河北省石家庄市と北京を訪れて友好と親善を深めました。河北省では河北省許勤省長と会談し北京冬季オリンピックに向けての支援交流や来年両県省友好提携35周年に省長の来県招請やそれに合わせてチャーター便実現を目指すこと等、これからさらに一段と“実のある交流を進めることを確認しました。また北京では、中日友好協会の唐家璇会長と再会しあたたかい歓迎をうけたほか、中国人民対外友好協会の宋敬武副会長と会見、歓迎宴会に出席しました。また知事は北京市政府と2022年の北京冬季オリンピックにむけ冬季スポーツ分野での青少年交流に関する覚書を結びました。

 今回の訪中団には、阿部知事と知事部局(大月良則県国際担当部長他)はじめ、諏訪光昭県会副議長、濱田州博信州大学学長、相澤孝夫日本病院会会長(県日中副会長)、唐木一直南箕輪村長、平林明人松川村長、富井俊雄野沢温泉村長、山岸喜昭・高島陽子・小川修一各県議、武重正史JA長野中央会参事、県日中友好協会からは高波会長ほか山根敏郎副会長、西堀正司理事長ら役員会員、経済界関係者らが参加しました。

 長野県日中友好協会グループは高波会長以下33名で編成され、友好に努めるとともに、第19回党大会直後の中国を直に体験してきました。10月29日早朝羽田空港での結団式に参加し北京空港に向かいました。空港で中日友好協会の程海波副秘書長や張孝萍友好交流部長、董丹丹さん、呉虞さんらに迎えられ、さっそくこの日は高速鉄道で石家庄に向かいました。石家庄では日曜であったにもかかわらず許省長はじめ王暁東副省長、朱浩文省秘書長、劉暁軍省外事弁公室主任(省人民対外友好協会会長)、劉教民教育庁長、李石商務庁長、何江海体育局長、魏存計省国際貿易促進委員会会長、張鉄龍省農林科学院院長、蘇岩省冬季オリンピック弁公室副主任、李軍外事弁公室副主任など長野県とのかかわりの深い分野の責任者が顔をそろえ歓迎していただきました。新旧友人の皆さんとお会いすることができ、親しく交流できた感激の第1夜でした。省長・知事の友好協力を積極的に推し進めていきたいとの熱意溢れるあいさつに大きな拍手を送りました。また河北省が2022年の冬季オリンピックと先ごろ打ち出された「雄安新区」という2つの巨大国家プロジェクトの地元として、これを発展の一大チャンスととらえての意気込みが感じられました。

 翌10月30日は石家庄市第42中学を訪問しました。4千人の中学生と2千人の高校生が学ぶ学校で、国際交流にも力を入れ、留学生を受け入れたり海外に派遣したりしているそうです。タイやイタリアの留学生と中国の高校生による創作ダンスや孔子の伝統教育風景の劇などを演じて歓迎してくれました。その後、校庭をクラスごとに30分ほど連続行進する様子を見、授業を参観しました。中国の新しい風に触れたように思いました。昼は石家庄市の欒建英外事弁公室主任がしゃぶしゃぶの昼食会を催してくれました。山根敏郎長野市日中会長が一同を代表して感謝の言葉を述べました。
河北省への思いは尽きませんが、梁国輝処長や紀竑さん、董彤さんらの見送りを受けながら、1泊2日の短い滞在を終え、北京行きの高速鉄道に乗り、石家庄を後にしました。

 この日の夕、知事、高波会長らは唐家璇中日友好協会会長と釣魚台迎賓館で会見し、親しく懇談しました。唐会長は河北省との各分野の交流が成果を上げていることを評価するとともに、教育分野での協力拡大に期待感を示しました。

 10月31日、この日は万里の長城の居庸関を訪れ、多くの皆さん頑張って急な坂をものともせず登攀しました。中国の悠久な歴史を満喫しつつ記念写真に納まりました。居庸関の更に先には八達嶺の関所があり、歴代王朝が守りを固めてきました。緑化に力を入れてきた成果で周囲の山の緑がだいぶ増えてきたという印象も受けました。河北省との緑化協力プロジェクトに取り組んでいる協会としてもうれしい変化でした。

 午後は盧溝橋抗日戦争記念館を訪れました。本年はあの日中全面戦争勃発の発端となった盧溝橋事件(1937.7.7)から80周年にあたります。マルコポーロが当時の元の都、大都を訪れたとき、この盧溝橋を訪れ世界で一番美しい橋と『東方見聞録』に記したことは有名です。近代史の舞台として登場して以来、歴史を顧みる場所となりました。盧溝橋をカメラに収めて、歴史の風情を再現した街を通って記念館に入ります。入り口のロビーには中国人民の抗日戦争勝利の意思を表した軍民の像がずらりと並んでいます。「偉大な勝利、歴史的貢献」と題し、「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利記念展」が行われていました。

 1936年に国共合作による抗日民族統一戦線が結成され、中国の抗日機運が高まる中、日本軍が無謀にも全面戦争に突き進んでいった時期の中国側の事情が展示されていました。毛沢東の『持久戦論』で論じられているように、当初圧倒的優勢を誇っていた日本軍はやがて広大な中国の各地で抵抗にあい戦線は膠着し泥沼状態に陥り、燃料確保のため南方進出を試み列強と衝突、局面の打開を図るため更に無謀な太平洋戦争にっ突入していくこととなりました。展示は8の部分に分かれ、1~3部は抗日統一戦線のもとでの全民族抗戦への発展、4部は日本軍の暴行、5~7部は反転抗戦、国際社会からの支援と偉大な勝利、8部は歴史を銘記し世界各国と手を携え恒久平和をなどとなっていました。目をそむけたくなる残虐シーンの展示もありましたが、最後の展示では、田中角栄首相と周恩来首相が共同声明を発表して日中国交正常化が実現し以後、歴代首脳が会見し友好を深めていく様子が展示されていました。平成天皇の「満州事変以来の歴史に思いを致し再び戦争の惨禍を繰り返してはならない」との言葉がよみがえってきました。団員一同、平和の大切さを思い起こし、記念館を後にしました。

 この日知事一行は午前中北京市政府を訪れ、陳吉寧代理市長と「冬季スポーツ分野での青少年交流に関する覚書」を結びました。その後駐中国日本大使館を訪れ、横井裕大使と会見懇談しました。また、自治体国際化協会の北京事務所開設20周年記念式典に出席し長野県と中国の交流の状況を紹介しました。

 11月1日は天安門広場と故宮博物院を参観しました。中国共産党の第19回大会が開かれた人民大会堂や天安門を写真に収めながら故宮見学に向かいました。故宮は人波みに埋まっていて、迷子にならないよう、声かけあって中軸の直線コースを進みました。太和門をくぐり抜け太和殿を目にした感動は皇帝権力はすごいの一言です。

 知事・会長一行は中国人民対外友好協会表敬に向かいました。宋敬武副会長との懇談では中国人大学生のインターンシップなどを巡って意見交換し将来に向けて、農業分野や理科分野の受入れ協力についても話し合っていきたいと述べました。
 
 会場を好苑建国酒店に移して、中国人民対外友好協会・中日友好協会主催の歓迎昼食会が全団員出席して開催されました。宋副会長が一行を熱烈に歓迎し、長野県と県日中友好協会が官民提携して、地方民間交流に成果を上げてきたことを称賛し、今後の一層の活躍を期待しますと述べました。阿部知事は心のこもった歓迎に感謝するとともに、2022年の北京冬季オリンピックに長野県として官民提携し様々な協力をしていきたいと述べました。高波会長の音頭で、長野県と中国との一層の協力発展を願って乾杯しました。中日友好協会の友人となごやかな懇談が交わされ思い出に残る昼食会となりました。

 午後は、頤和園を参観しました。西太后が海軍予算を流用して磨き上げたこの人工の湖と築山、一連の建築群は、世界遺産に登録されており人々でにぎわっていました。西太后の居室を見てから絵画に彩られた回廊を進み中心まで進んで一休み、面前に広がる昆明湖は人造の湖で深いところは11メートルあると聞きました。振り返ると萬寿山、これも築山で見事な楼閣が山頂に立っていました。後世の私たちがこうして歴史文物としてこれらの史跡を見ることができるのは絶大な皇帝権力のなせる業なのかもしれないと思い、ふと西太后の顔を思い浮かべました。

 11月2日早朝、3日間お世話になった長富宮飯店を離れ、北京空港に向かいました。張孝萍部長、董丹丹さん、呉虞さんの熱心な心遣いと案内に感謝しお別れしました。

 中国帰国者のつどい 伊那路をバスツアー(10/22)

長野市と市日中友好協会、市帰国者の会で構成される長野市中国帰国者三者連絡会の主催による平成29年度長野市帰国者のつどいが10月22日実施されました。

今年は久々の南信地域として駒ケ根市の養命酒駒ケ根工場と伊那市のかんてんぱぱガーデンを訪れました。

当日はあいにくの雨となりましたが、82名の参加者がバス2台に分乗しての賑やかな交流会となりました。

朝8時頃長野市を出発し、途中松代PAで2台のバスが合流してここで開会式を行う予定でしたが、激しい雨のため開会式は駒ケ根に着いてからとされました。

10時過ぎには養命酒の駒ケ根工場に到着し、早速開会式が行われました。まず長野市生活支援課の上田哲夫課長が「長野市は市日中友好協会や帰国者の会と連携して帰国者の生活支援に取り組んでおり、その一環として帰国者のつどいを毎年実施している。楽しい交流会となるようよろしくお願いしたい」とあいさつしました。

続いて三者連絡会の金子繁三理事長が「大勢の帰国者の皆さんに参加いただいてありがとうございます。今年は久々の南信地域ということで昨年の安曇野に引き続いて伊那路を訪れた。充実した1日となるようにしてほしい」とあいさつしました。

また、来賓として出席した布施正幸県日中帰国者交流センター次長が「センターで学んだ帰国者1世の方が2世3世の皆さんとともに元気に参加されとことは大変嬉しい。帰国者の皆さんが安心して幸せな生活が送れるよう、今後とも関係機関と連携して頑張っていきたい」と述べました。

開会式の後、工場の担当者からビデオによる全体の紹介をしていただき、また養命酒の試飲をした後、製造ラインの案内をしていただきましたが、とても興味深いものでした。

見学終了後はショッピングを楽しんでから、駒ケ根インター近くの「ビアンデさくら亭」に移動し、昼食をとりました。

午後は、伊那市のかんてんぱぱガーデンを訪れましたが、大勢の観光客の皆さんに交じって、ショッピングなどを楽しんだ後、バスに分乗して帰路につきました。

かんてんぱぱガーデンで行う予定だった閉会式は、雨が降り続いていたため行わず、途中バスの中で柳沢春生会長から「来年もまた元気で会いましょう」とのあいさつがありました。

あいにくの天候でしたが、参加者の皆さんは皆元気にこのつどいを大いに楽しまれた様子で、大変有意義な交流会となりました。

 河北省農林科学院さくらサイエンス研修団来県、県試験場、信大農学部、JAで研修交流深める(10/15~21)

中国河北省農林科学院の孫風国・対外合作処処長を団長とする中国河北省農林科学院研修訪日団一行16名がさくらサイエンス交流事業(国立研究開発法人科学技術振興機構のさくら科学技術交流計画)の一環として10月15日~21日来日・来県しました。

一行は滞在中、県農政部や県農業試験場、信州大学農学部、JA長野中央会やJAグリーンながの、果樹農家などを訪れ視察・研修しました。日本の農業技術研究の現状と展望について研修することが主たる目的です。

 10月16日、県農政部を訪れた一行は、北原富裕農政部長から温かい歓迎を受けました。続いて担当者から長野県農業の紹介が行われました。午後には、須坂市の県農業試験場で上杉壽和場長らの歓迎を受け米の栽培育種などの講義を受けました。夜の歓迎会では、高波謙二会長や県農政部長、JA、日中友好協会等関係者から歓迎され楽しい交流のひと時をすごしました。孫団長は11年前、研修生を率いて来県したことがあり、長野県とは大変なじみの深い方です。

  翌17日は伊那の信州大学農学部を訪れ、終日、熱心に研修しました。田中清信州大学副学長や藤田智之農学部長はじめ関係の先生方から歓迎を受けるとともに、農学部の圃場を視察参観した後、4名の先生から、最先端研究の紹介をいただきました。

 18日は塩尻の県野菜花き試験場で視察研修しました。吉沢栄治場長らの歓迎を受けた後水耕栽培や紫外線照射など農薬をセイブして病害虫への耐性を高める研究がトマトやイチゴ、トルコキキョウ等の花き栽培に活かされている圃場を見ながら、次々に質問が出され、担当者から熱心に説明していただきました。
 
 JA長野中央会では、春日十三男専務や武重正史参事など関係者から歓迎を受け、JAの理念仕組みと事業の紹介をしていただきました。翌日はJAグリーン長野を訪問し、自動化された選果場や果樹農家の圃場なども視察しました。

 河北省の農業技術の向上と普及の中心的役割を果たしている農林科学院の若手研究者が長野県に大勢お出でいただいたことは長野県にとっても光栄なことで、行く先々で、関係者から熱い歓迎を受けました。孫団長の話では、河北省農林科学院には傘下に12の研究所があり、それぞれの研究所から選抜された若手研究者のポープとの事でした。熱心にメモを取り、質問する姿が印象に残りました。

 日中国交正常化45周年を記念し講演と祝賀のつどいを開催(10/3)

 長野県日中友好協会・県日中経済交流促進協議会・県日中学術交流委員会は10月3日、日中国交正常化45周年を記念して講演と祝賀のつどいを長野市内のホテル犀北館で開きました。講演会には、150名が出席。NHK解説委員で元中国総局長の加藤青延(はるのぶ)先生を講師に迎え「2期目を迎える習近平体制と日中関係の今後」と題して記念講演が行われました。終了後、先生を囲んでパネルディスカッションがおこなわれました。長年中国の状況を取材し続けてきた加藤先生ならではのお話で、中国の現状に対する認識を深め、今後の日中関係の在り方を考える良い機会となりました。

 高波謙二・県日中友好協会会長が主催者を代表して「今から45年前、両国の法的戦争状態に終止符が打たれ国交正常化が実現し両国は平和的友好的に付き合っていくことを誓った。以来両国は様々な曲折はあったが、人事経済文化各分野の交流を大きく飛躍させ中国は日本にとって最大の貿易相手国となり、人事往来も850万人を超えた。この5年来、尖閣問題や歴史認識問題によって政治的には厳しい状況にあったが、一帯一路への参加の機運もあり改善の流れが出てきた。安倍総理は、先ごろの程永華大使主催の祝賀会の席上両国の関係改善に力を入れることを表明し、首脳交流に意欲を見せた。是非、国交正常化45周年と来年の平和友好条約40周年を日中関係前進の契機としていただきたいと願う。中国は19回党大会を控え、習近平体制が2期目を迎える。加藤青延(はるのぶ)先生を講師に迎え、現代中国への理解を深めながら、どのように新時代に適応した日中関係を築いていくか、をともに考えたい」とあいさつしました。

 来賓として阿部守一知事があいさつし、創立60年を経過した長野県日中友好協会の歩みを称えた後、「私も就任以来、友好協会の皆様の築いてきた友好関係の基礎の上に6回にわたり中国訪問を訪問し、顔の見える関係を築いてきた。唐家璇先生からも官民連携しての日中友好のイノベーションと評価いただいた。友好協会と協力して今後も友好交流を進めていきたい。2020年の東京オリンピックに向けて中国を相手国とするホストタウン交流事業、2022年の北京冬季オリンピック(スキー競技は河北省張家口しで実施)を長野五輪の経験を活かして支援協力し友好交流を深める事業、10月の河北省・北京友好訪問事業の3つを柱として友好を深めていきたいと考えているので、皆様のご協力ご支援をお願いしたい」と述べました。席上、阿部知事から友好協会あての感謝状が高波会長に手渡されました。出席者から温かい拍手が送られる中、高波会長が感謝の意を述べました。

 加藤先生は講演の中で、「反腐敗」、「一帯一路」や「中国の夢」の実現を掲げ、権力基盤を強固にしつつある習近平体制がどのように確立されていったかを3段階に区分して分かりやすく解説されました。第19回党大会をまじかに控え、党規約や、指導部人事などに関心が高まる中、大変興味深いお話でした。日中関係の展望については、本年の国交正常化45周年と来年の平和友好条約40周年のタイミングを活かしながら関係改善の方向に進展していくだろうと予測しました。

 講演後、加藤先生を囲んで立石昌広・県日中学術交流委員会事務局長(県短期大学教授)、寺沢秀文・満蒙開拓平和記念館専務理事をパネラーに、西堀正司・県日中理事長がコーディネーター役をつとめ、パネルディスカッションが行われました。参加者は熱心に耳を傾けました。

 第2部の祝賀パーティーでは、県日中学術交流委員会会長の濱田州博・信大学長が主催者あいさつを行いました。小松裕代議士(県卓球連盟会長)、村石正郎県議会日中友好促進議員連盟会長の祝辞の後、中島恵理副知事の音頭で乾杯しなごやかに懇談交流しました。

 折から白馬村のオリンピックジャンプ台で訓練中の中国ナショナルチームジャンプ訓練隊(団長:張冬生・中国冬季運動管理中心幹部一行16名)も参加し、盛んな拍手が送られました。一行は県日中スキー交流委員会の受け入れで10月1日から18日まで訓練中で、この皆さんの中からオリンピック出場選手が選ばれるそうです。長野県と中国とのスキー交流は1979年から県や県スキー連盟、県日中友好協会、関係7市町村のご協力のもと続いてきました。2022年の北京冬季オリンピックのスキー競技は長野県と友好県省を結んでいる河北省の張家口市で開かれます。

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