友好短信2024.1~2
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 北京市アルペンジュニア選手が野沢温泉でスキー訓練(1/28~2/2)

  北京市アルペンジュニア選手団一行15名が1月28日から2月2日まで、県日中スキー交流委員会の招きで来県しました。選手は小学6年から高校1年にあたる12名及び役員・コーチなどで、野沢温泉スキー場でトレーニングを重ねたほか、地元のスキークラブや中学生と交流しました。

 1月31日、一行は、県スキー連盟や、県日中友好協会役員とともに県庁を訪れ阿部知事を表敬。知事は一行を温かく歓迎し、「青少年がお互いに顔の見える交流をして、友情をはぐくみ技術を向上させていくことが両国の友好につながる」とあいさつし、健闘を祈りました。馬越団長(北京市雪上運動協会代表)(50)は豊かな自然やスキー場の先進的な施設、コーチの専門性とスタッフのフレンドリーさが印象に残ったとし、「交流を続け、新たな歴史を作っていきたい」と述べました。

 阿部知事は昨年8月北京市を訪問し、冬季スポーツや青少年交流などで協力する覚書を締結しています。

 一行は、市内のレストランで県日中スキー交流委員会主催の歓迎会に出席し、関係者から熱烈歓迎を受けました。

 

2024年日中友好新春講演会・新年会を開催(1/23)

 長野県日中友好協会・県日中経済交流促進協議会・県日中学術交流委員会は1月23日、2024年日中友好新春講演会・新年会を長野市内のホテル犀北館で開きました。友好協会会員や各団体関係者ら100余名が出席。新年会はコロナ禍の平穏化に伴い、4年ぶりの開催となり、和気あいあいの雰囲気の中、日中の友好交流の推進を誓い合いました。
 西堀正司・県日中友好協会会長代行は、「日中友好の立場で体制の違いを乗り越え、協力してアジアや世界の平和への貢献と緊張緩和を目指していきたい。地方民間交流の推進の年としたい」とあいさつ。来賓の阿部守一知事は、県と河北省の友好提携40周年に合わせて昨年夏に同省を訪れたことに触れ「顔の見えるしっかりとした信頼関係の構築が大切なことを実感した。今後とも皆さんとともに地方交流を継続推進していきたい」と述べました。また、若林健太・篠原孝・井出庸生(代)・中川宏昌(代)の各代議士、平井利博長野大学理事長、山本格日銀松本支店長、経済界、労働界、県国際交流課長、県産業政策課長、山ノ内町・松川村・白馬村の代表、王晶勝県華僑総会会長、夏丹長野孔子学堂中国側責任者ら各界来賓が出席し日中平和友好の重要性を語り、新年の友好交流発展に期待しました。

新年会に先立って、(公財)日中友好会館中国代表理事の黄星原氏が「日中関係の歴史・現状と課題」と題して記念講演しました。国交正常化以来の日中関係の推移を振り返りながら、“日中対立と対話の併存時代”にあって、コロナ禍で途絶えた日中交流の早期再開などを訴えました。黄先生は、日本大使館勤務や中南米などの大使を歴任され、中国人民外交学会副会長兼秘書長を務められるなど、国際的視野にったって日中関係を論ずるなど活躍しています。中国の現状に理解を深め、日中両国が今後、相互信頼を深め協力提携しアジアと世界の平和と繁栄に貢献していくにはどうしたらよいかをともに考える良い機会となりました。

講演の要旨は次の通り。


<日中関係の歴史・現状と課題> 

 

一、 一、日中関係は3つの段階に分けて推移して来た。 

⑴  (1)第一段階は1972年から1992年「日中友好の時代」:三千人の青年大交流、「国際的なバランス感覚」を持った政治家の存在。 
 ⑵  第二段階は1992年から2019年「日中摩擦とすり合い時代」:5年連続して小泉純一郎首相の靖国神社参拝、2010年の釣魚島(尖閣諸島)海域での中国漁船衝突事件、2012年同島国有化問題、領有権問題を巡る日中摩擦、マスコミにおける中国関連の報道の偏より、「一辺倒」政策に執念
 ⑶  第三段階2019から現在「日中対立対話併存時代」 

◎日中共同声明や平和友好条約などの四つの政治文書は日中関係発展の異なる段階において長期的かつ安定した中日関係発展の必要性、重要性、基本原則を全面的かつ深く述べ二国間関係を発展させるための具体的かつ重要な戦略を提示していた。 

二、 厳しい日中関係の現状

 (1) 従来の三大障害:台湾問題、領土問題と歴史認識問題。
 ⑵   新たな三大障害1.対立関係との位置づけ。2.経済切り離し。3.核処理水の問題。 
 ⑶   その背景に、①世界観の問題。②中国観の問題。③日中関係観の問題。 
 ⑷  中国の外交政策の中で、日本の重要性は変わっていない。 
 ⑸  日本の外交政策の中に、中国をどう位置づけるか。 

 三、 現在の日中関係は五つの課題に直面している。

 ⑴   激動する世界はさまざまな紛争が絡み合っている。
 ⑵   朝鮮半島が韓国政府の「一辺倒」政策により再び緊張状態になる。   
 ⑶  経済貿易の発展が日中両国の「政冷経寒」を防ぐ。 
 ⑷  コロナ禍で途絶えた日中間の交流を早期に再開する。 
 ⑸  環境づくりはどうすればいいか。   

四、 日中関係の未来に向けて改善への提言 

 ⑴   方向が未来を決めることを理解すること。
 ⑵  ウィンウィンを堅持して経済協力を推進すること。 
 ⑶  人的交流を深化させること。  
 ⑷  きちんと危機を管理すること。 
 


 年頭祝辞-日中共同声明等を守り、日中の平和友好、交流を推進しよう! 

           長野県日中友好協会 会長代行 西堀正司

あけましておめでとうございます。過ぐる1年は世界的な不安を強める事案が多くありました。ウクライナ戦争、ガザ戦争、地球温暖化、米中対立等々です。

一方で、3年間にわたった、「新型コロナ」の流行が終り、新しい時代の新しい行動を考えた1年間でもありました。4月に友好協会全国本部は、民間団体として最初の訪中団を派遣し、中日友好協会など中国側と交流再開につき諸課題を話し合いました。

3年間は日中民間交流にとって、困難な期間でした。対面交流が中断を余儀なくされ、人事交流、文化スポーツ交流は大きな打撃を受けました。このような中でしたが、日本と中国の関係者は経済貿易などで最大の努力を行い、オンラインでの交流などで困難を克服してきました。会員の皆様もたくさんの努力を行っていただきました。

昨年は日中平和友好条約45周年、長野県と河北省友好県省40周年の節目の年でした。7、8月には県知事、県会議長はじめ各界の代表者による訪中団と県協会代表団が合同で60名の大型代表団を編成し、北京市、河北省などを訪問しました。今後の友好交流を方向付ける大成功の訪中でした。また8月には、河北省など5友好都市から中学生卓球選手団を招いて卓球交流大会を開催し友好を深めました。秋には2度にわたり、大学生、高校生訪中団50名を派遣し、青少年交流の成果を上げました。

現在、日本と中国には課題も多くあります。国民感情も決して良好とは言えません。領土・領海問題や、台湾をめぐる一部政治家の不穏当な言動、福島原発処理水問題などです。日中平和友好条約では体制の違いを認め合ったうえで、紛争の平和的解決、覇権を求めないことなどを約束しています。県協会は、平和友好条約や、日中共同声明など両国で結ばれた4つの重要文書の原則と精神を守ることを柱として活動してきました。今後も、県や多くの皆さんとともに地方民間交流を推進していきます。

本年は、中国建国75周年の年です。14億の住む隣国中国の動向に関心を寄せ、友好交流を進めていきたいと思います。本年もどうぞよろしくお願いいいたします。


 
初春を迎えて
(1/1) 2024

長野県知事  阿部守一



  明けましておめでとうございます。

皆様には、健やかに新春をお迎えのこととお慶び申し上げます。

昨年は、コロナ禍の停滞感を吹き飛ばすかのように、世界各国との交流が再開されましたが、とりわけ日中両国の間では充実した交流を行うことができました。5月には呉江浩駐日中国大使を本県にお迎えし、8月には私にとって4年振り9度目となる中国訪問を貴会会員の皆様や県内関係者による約60名の訪問団で行いました。

友好提携40周年を記念して訪問した河北省では、王正譜省長はじめ省幹部の皆様、対外友好協会、産業界、本県留学経験者など多くの方々と交流することができました。また、北京市では殷勇市長とお会いして、両県市の友好協力に関する覚書を締結するとともに、冬季スポーツや経済面での交流、次代を担う青少年交流の重要性について未来志向の意見交換を行いました。

このほか、河北大学生と県内大学生の相互訪問交流や中国大学生のインターンシップ受入、貴会のご尽力により行われた日中友好都市中学生卓球大会や河北省・雲南省への青少年交流訪中団派遣など数多くの交流が行われました。関わられた皆様におかれましては、対面での交流がいかに重要かあらためて実感されたことと存じます。

こうして、中国の多くの友人と再会を喜び、親交を深めることができたのも、故高波謙二会長をはじめ先人の方々による交流の積み重ねがあってのことです。

本年におきましても、故高波会長の意志を引き継ぎ、貴会の皆様と共に中国との友好の絆をさらに深めていけるよう、精一杯取り組んでまいりますので、皆様のご支援・ご協力をお願い申し上げ、新年のご挨拶とさせていただきます。

 
新年あいさつ (1/1)
2024

                       中華人民共和国駐日本国

                       特命全権大使  呉江浩

  新年にあたり、中国駐日本大使館を代表しまして、長野県日中友好協会及び会員の方々にお祝い申し上げ、そして長期にわたって中日友好の信念を堅持し、対中交流と協力に取り組んできた各界のご友人の皆様に心より敬意と感謝を表します。

 過ぎ去った2023年を振り返り、中日両国は平和友好条約締結45周年という重要な一里塚を迎えました。双方は条約締結45周年記念をきっかけに、共に締約の初心を温め、平和友好の信念を堅持し、対話・意思疎通と交流を積極的に展開し、実務協力を推し進め、中日関係の全体的な安定と改善を推進してきました。習近平国家主席と岸田文雄総理は11月にサンフランシスコで再び会談を行い、両国指導者は戦略的互恵関係の包括的な推進を再確認し、当面の中日関係に極めて重要な政治的牽引を与えてくれました。中国側は日本側と共に、両国指導者の重要な共通認識を指針として、政治的基礎を守り、人的文化交流を深め、互恵協力を強め、妨害や障害を排除し、新時代の要請に相応しい建設的かつ安定的な中日関係の構築に共に取り組んでいきたい所存であります。

 現在、中日関係は改善と発展の重要な段階にあり、両国政府、民間、地方及び各界の方々が共に努力することは必要不可欠であります。私は昨年着任後初めてとなる地方訪問で長野県を訪問し、県内各界の皆様の友情に深い感銘を受けました。長野県と河北省友好県省締結40周年の節目に、阿部守一知事は河北省を成功裏に訪問され、一連の積極的な成果を収め、双方の交流と協力を新たな段階へと推し進めました。私たちは貴協会女性委員会と大使館女性職員との交流会を主催し、貴協会と大学生訪中団を実施することによって、新時代の中国に対する理解を深めたことを大変うれしく思います。長野県が友好の伝統を発揚し、より多くの豊富多彩な友好活動を行い、両国国民により幅広い参加を呼びかけ、新時代の中日民間友好の新たな一章を綴ることを心から願うところであります。

 末筆ながら、友人の皆様のご健勝ご多幸を心からお祈り申し上げ、新たな一年において中日関係のさらなる改善と発展を祈念申し上げます。

 
 第27期第2回日中連続市民講座  「中国メディア事情と中国メディアスクール」(12/17) 2023

第27期第2日中関係を考える連続市民講座が12月17日、日中友好センター教室において開かれ、中国伝媒大学教授で長野ラジオ孔子学堂中国側代表の夏丹先生が「中国メディア事情と中国メディアスクール」と題して講演しました。講座には20人が出席し熱心に聴講しました。

夏先生は、中国伝媒大学を卒業し、その後も大学で勤務してきた40年近い経験をもとに話しました。

 ◇大まかな中国のメディア事情----

①最新の統計によると、中国には1,810の新聞と定期刊行物があり、2,500以上のラジオ局とテレビ局があります。ラジオ・テレビは、通常、政府機関と密接に関連しています。多くの中国メディアの中で、最も影響力があるのは、新華社通信、人民日報、中国メディアグループで、ニュースやニュースレター、新聞、ラジオやテレビを代表する、中国で最大かつ最も重要な3つのメディアです。

②中国国内では、中国政府に関する公式情報の多くは新華社通信から得られます。 新華社通信は中国の国営通信社であるため、公式ニュースは新華社通信を通じて発表され、世界中のメディアにおける中国の政治と外交の公式ニュースも新華社通信が発行する通信を使用します。人民日報は中国共産党中央委員会の機関紙です。人民日報は1948年に創刊され、中国最大の新聞で昨年の人民日報の発行部数は250万部です。 2018年3月、中国中央テレビ局、中国国家ラジオ局、中国国際放送局は共同で中国中央広播電視台集団(CMG)を設立しました。記者と編集者が6,629人もおり、スタッフの総数は約40,000人と推定されています。

◇以下、印象に残ったことを3点紹介しますーーー。

①.テレビはかつては広告収入で潤っていましたが、近年、ネットメディアやモバイルメディアの影響により、テレビ局の広告が減少し、苦境を打開するために様々な対策を講じています。 新しいメディアへの移行は、その主な方法の1つです。WeChat、TikTok、Xiaohongshu(小紅書)などの中国で最も有名なソーシャルメディアサイトは現在活況を呈しており、ニューヨークに上場しているサイトもあります。オンラインメディアとモバイルソーシャルメディアは、徐々に従来のメディアの役割と機能に取って代わりつつあり、従来のメディアはますます影響を受けています。

②.1980年代以降、改革開放によって、中国の経済は急速に発展し、テレビを購入する人が増え、テレビ番組の制作はますますエキサイティングになりました。 同時に、多くのアメリカと日本の番組が中国のテレビ画面を占有し始めました。 当時、人々が見たいのは日本のアニメ「鉄腕アトム」、ポケモンでした。ポケモンで、ほとんどの人がピカチュウを知っており、「血の疑惑」や「マンハント」などの日本の映画やテレビシリーズを見る機会があり、その後、アニメ「名探偵コナン」、宮崎駿の「千と千尋の神隠し」をテレビで放送し、中国の視聴者は高倉健、三浦智一、山口百恵などのスターを知りました。

日本は中国の緊密な隣国でもあるため、中国のメディアは日本に注意を払っています。 国会議員選挙、岸田首相と各国首脳との会談、日本での頻発地震、さらには日本の天候の変化まで、報道があります。 特に、最近の日米合同軍事演習や、この1年間の円相場の継続的な下落や電力・ガス価格の高騰は、中国国民の注目を集めており、中国メディアでも大きく報道されています。 11月17日、岸田総理と習近平国家主席がサンフランシスコで会談し、当時の中国メディアの重要な報道にもなりました。桜の季節に日本人が桜を見に行くこと、日本の有名な相撲などについても報道しています。 これらの報道により、中国人の日本に対する理解が深まりました。多くの中国人は、東京では駐車場が難しく、駐車料金が高いことを知っていますが、東京には便利な公共交通機関、地下鉄、路面電車が四方八方にあり、日本の新幹線が特に便利で時間厳守であることも知っています。 また、日本人はとても礼儀正しく、公共の場で話したり電話で話したりしません。日本はどこもきれいで、路上にゴミがない、誰もが意識的にゴミを分別している、などです。 中国のメディアは、両国民の友情と理解を深める上で非常に重要な役割を果たしてきました。

中日両国のメディアの交流や協力は、特にテレビの分野で非常に緊密で、両国のメディアは長い間、互いに協力してきました。 CCTVは過去にNHKと緊密な連携を取り、影響力のあるテレビ番組を制作してきました。 何年も前に、彼らはテレビドキュメンタリー「シルクロード」を共同制作しました。 2005年、中国のCCTVと日本のNHKが共同で「新シルクロード」を制作しました。

現在、テレビドキュメンタリーシリーズ「世界遺産ウォーク」を共同制作し、さらなる協力関係を築いています。パンダの翔翔(シャンシャン)を紹介する番組「シャンシャン家に帰る」も共同制作しています。 この番組では、ジャイアントパンダの家族による日本での生活や、中国に帰国した翔翔の新たな生活について紹介しています。 2024年1月にCCTVとNHKで同時放送される予定です。日中記者交流も盛んに行われています。 中国メディアの記者の中には、日本のメディアで一定期間働き、研修を受ける人もいます。

③・メディア人材の育成に関しては、北京放送学院(現在は中国伝媒大学)が最も長い歴史と最強の強みを持っています。 1954年、北京に北京放送学院が設立され、当時中国で唯一のメディア専門学校となりました。

ラジオやテレビのタレントの需要が高まるにつれて、ラジオやテレビのタレントの育成に従事する学校の数も増加しています。 かつては北京放送学院がほぼ1つしかありませんでしたが、今は全く違います。 北京放送学院は伝媒大学に発展し、浙江省メディア大学、河北メディア大学、南京メディア大学など、メディア人材を育成する学校が十数校誕生しました。 中国で最も有名な北京大学と清華大学も、それぞれ2001年と2002年にジャーナリズムとコミュニケーションの学校を設立し、放送とホスティングの専攻を開設しました。

現在、中国伝媒大学には博士課程・修士課程5,000人以上を含む18,000人がおり、校舎規模は3倍に増えました。 84の学部専攻と多くの修士号と博士号があり、7つのポスドク研究ステーションがあります。 学校はジャーナリズムとコミュニケーション、情報通信工学を主な分野としており、音楽とダンス、美術、中国と中国の文学、外国の中国文学、電子科学技術、コンピューター科学技術、インターネット情報などの専攻もあります。 また、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、日本語など20の外国語教育も充実しています。

学生が海外で学ぶ機会も増えています。 現在、日本では中国伝媒大学の数十人の学生が学んでいます。 日本やヨーロッパやアメリカに行く人も結構います。伝媒大学のコースの多くは4年制の大学のコースであり、伝媒大学で2年間勉強し、2年間留学するか、中国で3年、海外で1年勉強する必要があります。 このようにして、国際的な人材を育成し、新しい技術を学び、外国語のスキルを向上させることができます。また、教員は、海外の教員と交流する機会が多く、客員研究員として日本、アメリカ、ヨーロッパに行くことも多く、海外の教員との交流を通じて、常に最新の国際水準に即した専門知識を持つことができます。 アメリカ、ヨーロッパ、日本の大学で修士号や博士号を取得した先生もいます。ジャーナリズム、映画、テレビ芸術、放送、広告などに興味のある学生が、中国伝媒大学を訪問し、伝媒大学に留学することを歓迎します。

 長野孔子学堂、年末交流会「迎新晩会」を開催(12/16 2023

 長野ラジオ孔子学堂は1216日、ホテル信濃路において、40名が参加して、4年ぶりとなる年末交流会「迎新晩会」を開きました。「迎新晩会」とは、新年を迎える晩餐会といったところでしょうか。第1部体験発表、第2部交流懇親会が行われ、楽しく有意義な交流会となりました。

 はじめに、長野ラジオ孔子学堂を代表して、西堀正司理事長があいさつし、「コロナが明け、日中間の交流が再開された。激動の世界の中で、中国は存在感を増している。戦争にかかわっていない大国は、中国だけであることに留意したい。11月、日中会談が実現したが、関係改善を期待したい。明年は辰(龍)年、新しい時代の転換が予感される。孔子学堂で中国語を学んでいる皆さんの活躍を期待したい」と述べました。中国側責任者の夏丹老師は「2023年の皆さんの活躍に感謝し、新年のご多幸を祈ります。23年は、中国伝媒大学学生とのオンライン交流会開催、長野県日中友好協会訪中団の伝媒大学訪問、伝媒大学代表団の来県交流など意義ある交流ができた。明年は一層の発展を目指しましょう」とあいさつしました。

 続いて、『漢語橋』高校生日本大会中国語コンテストで入賞した片桐菜々美さんと長野県&河北省青少年交流訪中団に参加した松村まいかさん(短大生)がパワーポイントを使って体験発表しました。新鮮な感動が伝わってきました。続いて夏丹老師(伝媒大学教授)が「旅行は視野を広げる」と題してお話ししました。旅行と読書が大好きという夏老師は大学卒業後、エジプト留学を皮切りに、アメリカやヨーロッパ、南アフリカ、中東など世界各地22カ国を訪れた体験を紹介し、参加者は興味深くお聞きしました。

 第2部交流懇親会では孔子学堂文化講座の二胡教室で学ぶ皆さんによる二胡演奏発表が行われ、拍手が送られていました。ビンゴゲーム、中国語歌曲カラオケ有りとにぎやかで楽しい交流会となりました。

 長野県&雲南省大学生交訪中団、昆明・大理・麗江友好の8日間(12/5~12)2023

  この度、長野県&雲南省大学生交流訪中団に同行させていただき、2023年12月5日~12日の8日間、中国雲南省の昆明市・大理市・麗江市に行ってきました。

雲南省の雲南民族大学や大理大学、麗江高等師範学校での有意義な大学生交流を行ったほか、創視界光電科学技術有限公司や雲南エネルギー投資グループなど世界先端技術を持つ企業も訪問しました。また、澄江化石自然博物館や世界自然遺産の石林、玉龍雪山、麗江古城などの名所旧跡に行き、過橋米線や小米菜、レンコンジュースなど美味しい雲南料理を味わいました。

その中、雲南省外事弁公室主催の歓迎昼食会を開いていただきました。外事弁公室楊沐主任、国際交流処の金晶処長をはじめ、関係者の皆様から大いに歓迎されたことに団員一同深く御礼申し上げます。

《学校交流について》

 12月6日、雲南民族大学で大学生交流の時、日中の学生は初対面と思えないくらいすぐ仲良くなり、英語や日本語、中国語を交えながら楽しく交流が出来ました。歓迎会の時に、中国側の学生は扇踊りや民族舞踊などを披露してくれて、日本側の学生は「ふるさと」や中国語の「踊るポンポコリン」を熱唱しました。みんなが食堂で一緒にご飯をたべ、花模様の切り紙や花箱を作り、和気あいあいで有意義な交流時間を楽しく過ごしました。

12月8日、大理大学の交流では、先生から雲南の彫刻、銀製品、芸術、歴史についてご紹介いただきました。団員のみんなはその悠久な歴史から生まれた先人の知恵に感嘆していました。彫刻の体験や先生による葫芦丝(フ―ルース―)など楽器の演奏もしてくれ、美しい音色に聞き惚れました。洱海の見える広大で美しい校内での移動時や食堂で食事の時も、英語や中国語などで楽しく日中文化についての交流などをしました。帰る時間になっていても、なかなかバスに乗ろうとしない日中の学生や先生方も、暗くなっていたキャンパスで、みんなWeChatなどの連絡方法を交換し、名残惜しい別れの場面は非常に印象的でした。

12月10日、麗江師範高等専門学校に行ったとき、学校の党委員会の毕天雲書記や国際交流関係者、先生と生徒さんによる熱烈な歓迎を受けました。校内で東巴(トンパ)文字の学習や太極拳体験も、中国の歴史文化に触れることができ、心身ともに熱くなってきました。その後、学校の運動場での納西族の踊りは、みんな手をつなぎ、明快な音楽に合わせて笑顔で一体となった交流風景は今でも目に浮かびます。

《会社見学について》

12月6日、訪問した企業は創視界光電科学技術有限公司の担当者による熱心な説明と社内見学は、世界に誇る先端技術やAIを活用した工場内作業に関心を持ち、家庭の冷蔵庫にディスプレイの栄養管理や名画装飾品ディスプレイなどのビジネス展開などについてたいへん勉強になり、知見を深めました。

 同日雲南エネルギー投資グループのグリーンエネルギー取り込みの紹介に対して、団員の学生たちがとても関心を寄せていて、会社の仕組みや投資の規模について熱心に質問しました。

12月9日、壮大な大理蒼走山を眺める洱海留香実験農場では、担当者から生態保護に対する配慮の説明があり、洱海の漁は10月~12月だけと定められていること、米と野菜の二毛作の栽培方法などの環境保護についてお聞きしました。また、中国も米の消費量が減っている現在、米のギフトなどの販売方法が紹介され、香米と雲南名産の「(ニュ)(セン)」のコラボで作ったロールライスを試食しました。

雲南省は山があり、爽やかな空気、清らかな水の風景はどことなく長野県の上高地と似ていると思われ、懐かしさを覚えました。

《まとめ》

長野県&雲南省大学生の交流事業は順調に終わりました。雲南省訪問の有意義な8日間は、私にとって生涯に忘れられないほど貴重な経験となりました。

今回の長野県&雲南省大学生交流訪中団でお世話になった中国大使館、雲南省外事弁公室、大理市外事弁公室、 麗江市外事弁公室、各大学や訪問先の関係者の皆様には本当にお世話になりました。温かく迎え入れてくださったすべての皆様に心から感謝申し上げます。皆様に出会ったこのご縁を大切に、今後の日中友好交流事業に微力ながら一生懸命進んでいきたいと思っております。 (長野県国際交流課 松本 暁鳳) 

中国伝媒大学学長一行来県、交流を深める(12/1~3) 2023

中国伝媒大学の張樹庭学長一行6名が長野ラジオ孔子学堂と長野県立大学の招きで12月1日から3日長野県を訪問しました。

一行は、滞在中、長野県立大学(金田一真澄学長)との学術協定調印式、長野ラジオ孔子学堂との交流理事会・歓迎会などに出席しました。長野県日中友好協会と伝媒大学は21年孔子学堂の共同運営をスタートさせて以来、コロナ禍の中でも関係を深めてきました。昨年、夏丹さん(教授)が長野に赴任し、県立大学の客員研究員兼孔子学堂の中国語講師などとして活躍しています。双方の語学を学ぶ学生同士のオンライン交流会なども行いました。本年夏には長野県日中友好協会代表団が伝媒大学を友好訪問し、熱烈歓迎を受けました。伝媒大学の代表団が長野県を訪問するのは今回が初めてでしたが、打ち解けた交流を通じて、相互の理解が一層深まったと好評でした。一行は滞在中、小布施町の北斎館、山ノ内町地獄谷のスノーモンキー、長野市の善光寺なども参観し、温泉も体験し、観光立県長野県への理解を深めていただきました。

12月1日の歓迎会には18名が出席し、夏の大学訪問時の思い出を語り合い親睦を深めました。席上、布施正幸副会長は、一行を歓迎した後、「日中平和友好条約締結45周年の記念すべき時に、張学長先生を団長とする伝媒大学の先生方をお迎えできたことは私たち一同の喜びとするところです。7月に長野県日中友好協会代表団が伝媒大学を訪問した際には、張学長先生に親しく熱烈歓迎をいただきました。伝媒大学がメディアと映画演劇方面の人材を養成する大変重要な役割を発揮されていることが理解できました。私たちはこのような素晴らしい伝媒大学と孔子学堂の協定を結ぶことができ大変光栄に思っております。締結以来、双方は交流を通じて相互信頼を深め双方の努力によって成果を上げてきました。特に、優秀な夏丹さんを派遣していただき感謝しております。また、双方の交流を進める過程で伝媒大学と長野県立大学が学術協定を締結されたことは私たちにとっても喜ばしいことです。長野県は、工業・農業・観光の各方面で日本でも高い評価を得ている県です。また日本で1,2位を誇る健康長寿の県であり、教育県としても知られています。双方の長所を生かして、今後とも力を合わせて日中友好のために、中国語の普及と向上、中国文化を知り知らせる活動に取り組んでいきたいと存じます」と述べました。

 
  第27期日中関係を考える連続市民講座スタート(11/25) 2023 

第27期日中関係を考える連続市民講座が11月25日スタートしました。県内の大学や県日中友好協会などで作る県日中学術交流委員会主催で、毎月1回のペースで文化、歴史、経済関係などをテーマに明年4月まで計6回の講座が開かれます。

第1回は長野大学の塚瀬進教授が、「3つの大日向村―佐久穂・吉林舒蘭・軽井沢」と題して講演しました。満蒙開拓団を当時の国策に沿って日本一多く送出した長野県の先鞭をきって大日向村が分村開拓団を送り出した時代背景や村を取り巻く状況などを詳しく解説しました。---財政破たんした大日向村は分村開拓団を吉林に送り出したが、そこは現地の農民が耕作していた水田地帯だった。安く買い上げ入植地とし、順調な滑り出しだったが、日本の敗戦によって多くの犠牲を出しながら帰国した人たちに残された道は、寒冷地軽井沢の山間地での開墾だったーーー。受講者は熱心に聞き入っていました。

 県女性委員会バスツアー、中国大使館を表敬交流(11/17)2023

 県日中女性委員会は11月17日、秋の日中友好研修バスツアーを行いました。女性委員会メンバーら44名が参加して、中国大使館を訪問し、丁玥大使夫人や、聶佳参事官はじめ大使館の大勢の女性役職員の皆さんからあたたかい歓迎を受けました。

 この日、未明に長野県を出発したバスは小布施・長野・松本と高速道沿いに参加者を加えながら、東京を目指しました。車中では布施正幸県日中副会長から最近の日中関係についてのレクチャーに耳を傾け、大使館での交流に備えて「昴」(星)を日本語中国語で練習し、予定よりかなり遅れて大使館に到着しました。

 席上、丁大使夫人は、「今日11月17日はサンフランシスコで日中首脳会談が行われる記念すべき時に皆さんを迎えることができ熱烈に歓迎します。皆さんは長らく中日民間友好促進に携わってこられた。中日両国は悠久な東方文化を有し数千年来の交流の歴史を持っている。新時代の要求に見合った中日関係を築いていくためにともに努力しましょう」とあいさつされました。

 宮沢信代委員長は、「5月に丁大使夫人が来県された際、大使館訪問を約束し、再会でき、このように盛大な歓迎をいただき心から感謝します。“交流なくして友好なし。友好なくして平和なし”をモットーに、友好を進めてきた。今回の交流を契機に、さらに女性の特徴を生かして友好を促進していきたい」と述べました。

  記念品の交換の後、美味しい中華料理をいただきました。続いて、中国の一般民衆の生活を記録した映画を鑑賞し、熱心な意見交換を行い、最後に感謝の意味を込めて、バスの中で練習してきた「昴」と「ふるさと」を交互に手をつないで合唱し友好を深めました。玄関前にて全員で記念撮影し名残を惜しみながら長野での再会を約して大使館を後にしました。

 一行はその後、東京富士美術館を訪れ、「世界遺産大シルクロード展」を参観しました。帰路のバスの中では、自己紹介と感想発表が行われ初めて参加した方も「大変楽しく勉強になった1日でした」と感想を述べていました。

 第41回中国語スピーチコンテスト長野県大会(10/21)2023

 10月21日、長野県日中友好協会ラジオ孔子学堂の主催による第41回中国語スピーチコンテスト長野県大会が信濃教育会館講堂で開催され、高校生や大学生・一般社会人18人が出場しました。

朗読部門には高校生の部4人、大学生の部5人と一般の部6人が出場、それぞれ全国統一課題文を発表し発音や表現力、熟練度を競いました。

 スピーチ部門には大学生・一般の部に3人が出場し、自作文で内容や表現力を競いました。自身の体験を通した中国との交流等などのテーマを取り上げ、レベルの高い弁論発表となりました。

スピーチ部門で優勝したのは、根橋佑奈さん。「私から見た中国の価値観」をテーマに取り上げました。交流を通じて中国人の3つの価値観を知ることができたとし、①取り組み課題に優先順位をつける、②面子を大切にする、③家族や友達を大切にするなどをあげ、中国語学習を通じてさらに中国の文化を理解していきたいとスピーチし好評価を得ました。2位の小林美月さんは、日本国内の嫌中意識の蔓延などに疑問を持っていたが、河北大学の日本語を学んでいる学生と交流する中で、「中国人は悪い人」ではなく、仲良くなれた。帰国後、中国での体験を友達に話した。友好に努めていきたいなどと発表しました。


 審査委員長の夏丹さんは講評の中で、「中国語の発音は基本的に正確だった。さらに有気音と無気音のちがいに留意することが大切と思う。スピーチ部門は、自分の体験に基づく素晴らしい内容で感動した。身につけた中国語をどんどん使って中国の友人を作ってください」と、述べ激励しました。

 安芸洋一長野ラジオ孔子学堂長は冒頭の主催者あいさつで「コロナ禍により、学習時間の制約などがある中で、勇気をもってチャレンジされた出場者に感謝したい。中国語の学習を通じて相互理解を深め、日中友好の輪が広がることを期待しています」と述べました。

 西堀正司県日中友好協会副会長は小講演の中で「スピーチコンテストは41回を迎えた。この間中国語の普及向上に貢献してきた。今年は平和友好条約45周年にあたる。中国語は友好の架け橋。国レベルのギクシャクはあるが、中国語を学び、中国の魅力を発見し、中国理解を深め日中友好に貢献してほしい」とあいさつしました。

 入賞者は次のとおりです。
◇スピーチ部門 ①根橋佑奈 ②小林美月 ③太田俊岳

◇朗読部門 高校生の部 ①福田悠夏 ②内山実花 ③土屋陽向  (奨励賞)小林木ノ葉
◇朗読部門 大学生の部 ①檀ノ原美月 ②新海咲歩 ③北井裕子 (奨励賞)松村まいか (敢闘賞)佐藤悠太 
◇朗読部門 一般の部 ①宮沢一三 ②宮坂光子 ③森川敬子 (奨励賞)高橋祐子 (敢闘賞)深井克純・大嶋くに子

 入賞者には賞状と副賞が贈られました。成績優秀者は来年1月の全国大会に推薦されます。

 

河北省との友好40周年記念し長野県&河北省青少年交流訪中団派遣(10/14192023

◇河北省人民対外友好協会の招きで27名が河北省・北京を訪問交流

 日中平和友好条約45周年と長野県河北省友好県省締結40周年を記念して長野県&河北省青少年交流訪中団一行は1014日から1019日まで、河北省保定市と石家庄市、北京などを訪れました。この団は、日中友好交流を促進するため、日中両政府が日本と中国の青少年を5年間でそれぞれ3万人を相手国から招聘する計画の一環で、日中の同世代の若者が直接交流し、お互いの文化や歴史、考え方を知り、お互いを理解し、絆を育むことを目的としたものです。大学生9名、高校生14名など27名で編成され、保定、石家庄では、大学や高校(中国では高級中学)を訪問交流し、また名所旧跡なども参観して、友好と親善を深めることができました。長野県日中友好協会から布施正幸副会長、中澤保範事務局長、長野県国際交流課からは松本暁鳳通訳らが同行しました。

◇保定・石家庄・北京 友好の6日間

 1014早朝、羽田空港で勢ぞろいした一行は、CZ648便に搭乗して、北京大興国際空港へ。大興空港は2019年に開港された新設の空港で規模設備ともNO1と言われ、北京の西南に位置し、保定、天津などとの連絡の上でも地の利を得ています。河北省友好協会の杜海滄秘書処長、董彤さん、石家庄市友好協会の薛洋さん、旅行社の張鉄民さんらに出迎えていただき、さっそく大型バスで保定市に向かいました。高速道路を走り2時間余りで保定華中ホリデイインホテルに到着しました。李行行保定市外事弁公室副主任、張瑜保定市共青団幹部、夏文傑保定市第1中学党書記、張明輝河北大学国際合作処総合科長、呉丹通訳らが出迎えてくれました。歓迎宴を催してくれ、李副主任は一行を心より歓迎しますと述べ、保定市が北京の南の大門で歴史の街であるとともに、河北大学や保定第1中学など優秀な人材を育成していること等を紹介していただきました。布施団長は、保定市易県での6年間の緑化協力事業や河北大学と県立大学との協力協定締結などに触れ、この度の青少年交流を通じて相互理解が深まることを願っていますと述べ、あたたかい歓迎に感謝しました。打ち解けた雰囲気の中で、青少年の教育や活躍について意見交換をしました。

1015日は午前中、直隷総督署と古蓮花池を参観しました。河北省(冀州)は、清朝では、直隷省と呼ばれその省都であった保定は北京を守る極めて重要な役割を果たしていました。直隷総督は行政と軍事の権限を持ち、李鴻章や曽国藩などの実力者が任に着いたと説明を受けました。300年ほどの歴史を持つ総督署の建物は3万平方メートルと規模が大きく立派に保存されていて、人物模型も配置され、往時の役所と奥の生活ぶりがうかがえるようになっていました。古蓮花池は中国10大名園の一つに数えられていて、その面積は35000平方メートル、800年ほどの歴史を有しています。蓮池を囲むように、亭、台、楼、閣など北方と南方の様式を取り入れた優美な建物群が立ち並び、蓮池と槐の古木、柳、数多くの石碑があり、「蓮池書院法帖」は有名です。一行はここで孔子の教えを実践している老師の指導で古代の服をまとって帽子をかぶり、孔子さまの弟子のいでたちで、礼楽の講義を受けることとなりました。壎(ケン:土笛)そして鼓、編鐘拍板、簫(ショウ)、磬(ケイ)、筝(ソウ)、笙(ショウ)。壎(ケン)は土笛に形も音もよく似ていて懐かしい音色でした。

次に河北大学五四路キャンパスに向かいました。大学の責任者に案内され河北大学の歩みの展示館を参観。1921年に天津工商大学として設立され以後幾多の変遷を経て、河北大学となったとのこと。中国教育部と河北省政府が共同で関与していて、28000人の学部生と11000人の大学院生が在籍し、学んでいる重点大学だそうです。哲学、経済学、法学、教育学、文学、歴史学、理学、工学、農学、医学、管理学、芸術学の12の主要な分野をカバーしていて85の学部、17の博士学科、47の修士学科、33の専門修士学科などがあるといいます。参観、昼食後、大学生グループと高校生グループに分かれて行動しました。大学生は、河北大学七一路キャンパスへ、高校生は、保定第1中学へ向かいました。

河北大学七一路キャンパスには、河北大学外国語学院があって、そこで、日本語を学んでいる学生と交流しました。ロの字型に並べた机に座って、中国学生男女の司会者の手際よいリードで日本語での自己紹介の後、しりとりゲーム、カードゲームなどをおこない、最後打ち解けたところで、お互いに聞きたいことを質問し合いました。気が付いてみると2時間近い時間が過ぎていました。校舎の前で一緒にカメラに納まり別れを告げました。

保定第1中学を訪問した皆さんは大勢の生徒さんたちの出迎えを受けびっくり、サッカー交流試合なども行って大いにもりあがったとの感想が聞かれました。中国では中学というと初級中学=中学と高級中学=高校が含まれています。第1中学は北京大学や清華大学などへの合格者も多い名門校で「状元の郷」の名声を獲得しているとともに、生徒の適性に応じて教育し、興味を育み、能力を向上させることにも力を入れ、能動的な探求を目指すことを校風としているとのことです。

2つのグループは保定市民衆芸術館で合流して、市民のサークル活動発表、演劇や踊り、楽器演奏を鑑賞しました。チャルメラ演奏、保定鉄球バランス芸、保定老調(保定の地方劇)、伝統武術、古琴演奏、1人2役「悟空が猪八戒をからかう」、壎(ケン土笛)の演奏、舞踏「長信宮灯」など多様な演目で、レベルの高い芸が披露されました。終演後、団員全員舞台に上がって、市民俳優の皆さんと記念撮影しました。

1016日はバスで正定県に向かいました。城壁に囲まれた正定県は、石家庄が石太線(石家庄から山西省の太原へ通ずる鉄道)の開通に伴い急速な発展を遂げるまでは、この地域の中心でした。また、正定県はかつて若かりし頃の習近平主席が党書記として赴任していたところで、現在発展著しく、全国の注目を集めているところです。まず、太平河都市エリア計画展示センターを見学しました。意欲的な発展計画を巨大な映像で紹介しており、印象的でした。続いてモデル農村の塔元莊村を訪問しました。初めに体験交流館で中国の伝統的万頭づくりを地元の高校生と4人一組で体験しました。パンダや薔薇思い思いのデザインで作った3色の万頭は、蒸かして後ほど届けられおいしくいただきました。村内は農村から都市への移行過程にあるように見受けられました。年間60万人の視察団が訪れるとのこと。昼食を河北賓館別館でおいしくいただき、名所旧跡を参観しました。南城門に上ると4つの塔が見えました。城壁が修復され、歴史ある正定県のイメージが浮かび上がってきました。続いて臨済寺と隆興寺を参観しました。臨済寺は禅宗の臨済宗の本山で、日本からの代表団も訪れるとのことです。隆興寺は1400年余りの歴史を持つ河北省が誇る寺院です。お坊さんはおらず文物管理局が管理しています。極楽浄土を描いた壁画や、北向き観音像、21メートルの巨大な銅製の千手観音像など国宝級文物があまた保管されています。宋の初代皇帝の趙匡胤が寄進した千手観音像の迫力は圧倒的です。文豪魯迅が最も美しいといった北向き観音像のほほえみは印象的でした。余韻を残しながら、石家庄ハイテク経済開発区の以嶺薬業康城を参観しました。「以嶺」はこの巨大製薬企業グループを設立し率いたリーダーの名前で、康城は健康都市といったところでしょうか。漢方の絡病理論をベースにしながら現代漢方薬、科学医薬品、健康産業を3本柱として、15000人の従業員を有する著名な企業で、新型コロナ感染予防、抑制にも貢献しているとのことでした。

視察を終えて、河北中国大酒店へ到着しました。このホテルは河北会堂や迎賓楼を併設している省政府と関係の深い施設と聞きました。河北省人民対外友好協会の呂暁梅執行副会長主催の歓迎晩餐会が行われました。落ち着いた雰囲気でフォーマルな晩餐会、料理も最高でした。呂副会長は歓迎あいさつの中で、青年の船の交流の一環で長野県を訪問しホームステイをした思い出を語り、友好の思いにあふれていました。布施団長も、河北省友好協会のご招待に感謝し、大学生、高校生同士の交流を通じて新たな50年若い世代が友好の担い手となり、末永い友好協力が続いていくことを心より願っていますと感謝の意を表しました。また、7月の河北省の大水害の第2次の義援金50万円が長野県日中友好協会より河北省友好協会に贈られました。これは夏の知事訪中団参加者や日中友好協会の皆様からの義援金です。なお第1次分義援金の感謝状が河北省友好協会より長野県日中友好協会に贈られました。引き続いての記念品の交換に続いて、なごやかな交流が進みました。佳境に入って、訪中団から感謝の思いを込めて「栄光の架け橋」と県歌「信濃の国」を歌いました。中国側と大人グループは「北国の春」を日本語と中国語で披露しました。楽しい友好のひと時の締めを中澤保範事務局長が行い、握手をしながらお暇しました。


 10
17日は、石家庄市での学校訪問と高校生はホームステイ体験の日です。2台のバスに分乗して、河北博物院に向かいました。博物院では、中山国と満城漢墓の出土文物の展示が行われていました。中山国は戦国時代、石家庄近くに存在した異民族の国で、その墓から出土した文物は造形美にあふれた優れて貴重な国家級宝物です。「鹿を食う虎」の像などはすごいの一言です。中山国の象徴山形飾りは長野市にもレプリカが贈られています。満城漢墓は保定郊外の満城県の漢代の墓で、そこから出土した金縷玉衣(きんるぎょくい)は王の遺体を覆っていたもので超一級文物に他ならないでしょう。銀縷玉衣(ぎんるぎょくい)も見事でした。

一行は2つのグループに分かれて、高校生は、石家庄外国語学校を訪問し、大学生は河北師範大学を訪問しました。

石家庄外国語学校では、裴校長らの歓迎を受けました。小、中、高のクラスのほか幼稚園クラスがあり、1万人以上が在籍する有名校です。園児から英語を学び、中学生になると第二外国語として日、ロ、独、仏、スペイン語等を学ぶ仕組みになっています。また22か国、203校と友好関係を結んでいるそうです。日本語を学んでいる高校生の皆さんが通訳しながら校内を案内してくれました。この皆さんはホームステイ受け入れ先の生徒で、だんだん交流を深められるようになっていました。100m競争、書道、日本語授業、昼食そして英語のテストなど珍しい体験もしました。夕方各家庭の親御さんが車で迎えに来てくれました。(翌朝の皆さんの顔は輝いていました。楽しい思い出を紡いだことでしょう。)

 河北師範大学を訪問した大学生グループもあたたかい歓迎を受け交流しました。大学は120年以上の歴史があり、現在、教職員2600人余り、学部生25000人余、大学院生6000人余、成人教育の学生11000人余という巨大な総合大学です。傘下に外国語学院を有し、対外交流も盛んです。書道体験教室では「福」の字を書いて記念にいただいてきました。一行はその後、趙州橋と柏林禅寺を参観しました。趙州橋は隋代に建てられた世界最古のアーチ形の石橋で、芸術的価値も高いといわれています。柏林禅寺は1800年ほど前に建てられた歴史の長い寺で、160人余の僧侶がおり、内部に河北省仏教学院と河北禅楽研究所が設けられています。

  1018日は、早朝、ホームステイした高校生と合流して、北京に向かいました。たくさんの交流の思い出を残してくれた河北省ともお別れです。霧のため高速道路が一時閉鎖された影響で、万里の長城八達嶺に着いたのは午後2時を回っていました。八達嶺ヒルトンホテルで昼食を済ませた後、さっそく万里の長城へ。憧れの万里の長城の雄大な姿に、若者は途中何度も写真を撮りながら、勇んで急ぎ足で登っていきました。万里の長城は大勢の観光客でにぎわっていました。また緑化に徹底的に力を入れた結果、上り口周辺は緑が増え印象が変わってきました。表土が少ない岩山の緑化はさぞ困難があっただろうと思いながら、しかし変わらぬ延々と連なる長城をながめ、その悠久な歴史を回想しました。春秋戦国時代、始皇帝の天下統一、漢武帝の匈奴との対峙、長城は明の3代永楽帝の時に煉瓦や石つくりの頑丈なものに作り替えられたといいます。東の山海関から西の嘉峪関まで延々6千キロ(中国の里で1万2千里)想像を絶する人力を投入して巨大建造物が出来上がり、現在に至っているのです。中国の底力を感じました。

 北京市内に移動し、有名な「東来順」で羊のしゃぶしゃぶ料理をいただきました。中国最後の晩餐には全日程同行案内いただいた、董彤さんや張鉄民さん薛洋さんも同席して大いに交流しました。

  1019日は、早くも、帰国日です。午前中、天安門広場と故宮博物院を参観しました。明代清代の皇帝の居城は金色の瑠璃瓦と朱塗りの門のコントラストよろしく目に飛び込んできました。天安門広場には先日の国慶節の記念の花かごの飾り物が添えられていて、絶好の記念撮影スポットになっていました。観光客の溢れる中、迷子にならないよう心して張さんの説明を聞きながら進んで行きました。故宮博物院の太和殿をバックに全員で記念撮影しました。映画「ラストエンペラー」はここで撮影されたのだと思い起こしながら、人波の中を進みました。

 最後の昼食はおいしい北京ダック料理でした。団員のOさんの誕生日祝いのケーキが出され、皆で「ハッピーバースディ」を歌ってお祝いしました。董さんのご配慮に感謝しながらおすそ分けをいただきました。

 時間が押してきている中、一行は、北京大興国際空港に向かいました。6日間の友好の旅はまもなく終わろうとしています。バスの中でお別れのあいさつを交わし、長野での再会を約束しました。15:15CZ647便は予定通り北京を飛び立ち羽田に向かいました。

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