第6巻第3号             2000/9/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第48巻第2号掲載論文批評】

(その2)

第48巻第2号のこれ以前の論文は前号をご覧下さい。
●相良順子:
児童期の性役割態度の発達
--柔軟性の観点から--
 一読したときは、著者の主張がきれいに実証された研究だと思ったが、よく読んでみると、疑問を感じるようになった。たとえば、小学校2・4・6年と学年が上がるにしたがって「性役割についての柔軟性」が高まるという研究結果は「かなりあやしい」と思われる。(1)有意な差とはいえ、その差はわずかであること、(2)質問項目数が少なく、被験者数は多いこと、の2点から、特定の質問項目における変化が「尺度全体の変化」として誤解釈された可能性がある。同じことは、関連要因との回帰分析結果にも言える。「父親の家事」は「性役割観(家庭内役割)」尺度を構成する項目5つのうちの2項目(掃除・料理)であると同時に、説明変数にもなっている。そのため「よく家事をする父親の子どもは、家事を男がやっても女がやってもよいと答えるようになる」というだけのことである。後半だけを一般的な尺度名に変えて「よく家事をする父親の子どもは、家庭内性役割について柔軟になる」と解釈してはいけない。回答に用いた4件法にも問題がある。「好きでない」から「大好き」までの4件法を使ったとあるが、間の2段階が明示されていない。「どちらでもない」「好き」だったとすると、Figure 2の一番高得点の6年生女子でも6項目4件法の合計が12点ということは、やっと「どちらでもない(2点)」に届いたにすぎない。Levyら(1995)の「性にふさわしくない行動をすることは年齢に関係なく否定的に捉えられる」という結果は、ここでも再現されたと考えるべきである。
●久保 恵(megkubo@mail.shitennoji.ac.jp):
対人恐怖心性と認知的・投影的親子関係像
--内的ワーキングモデルの観点からの検討--
 副題に「内的ワーキングモデル(IWM)の観点からの検討」とあるので、どんなにすごいモデルが出てくるのかと思ったら、何にもモデルらしいものは登場しない。そこで、このモデルの提唱者だというBowlby(1973;黒田他訳1977)を読んでみたのだが、それらしいものは見当たらない。たった一つの英語文献Hazen & Shaver(1987)を読んでやっと謎が解けた。著者はBowlby(1973)もHazen et al(1987)も読んでいないのだ。おそらくどこかで聞きかじったIWMがちょっとカッコイイので、使ってみたのであろう。行動理論全盛の時代から認知理論の時代への過渡期に発達の理論を提唱したBowlbyは、認知心理学のメンタルモデル(というかその前の「認知地図」)の概念を拝借して、「人は人間関係を頭の中にworking models(訳書では「作業モデル」)として作るのだ」と考えたのである。(Hazen et al(1987)ではちゃんとmental modelsとなっている。)認知理論全盛の今、今更「内的ワーキングモデル」を副題やキーワードにしたらBowlby博士の方が恥ずかしがりそうだ。
○外山紀子(ncb01577@nifty.ne.jp):
幼稚園の食事場面における子どもたちのやりとり
--社会的意味の検討--
 都内公立幼稚園のお弁当の時間における園児たちのやりとりの様子を、1年半に渡って縦断的に、といっても8回(研究1)ないし13回(研究2)ビデオ録画し、それを転記して分析した労作。子どもたちは多様なやりとりを行うが、「(ミートボール)あるひと、手ーあげてー」「はーい」というルーティン化された発話連鎖が頻出することが観察された。(多重分析のScheffeのアクサンテギュの位置が間違っている。)
◎安田朝子(asak04@df.mbn.or.jp)・佐藤 徳:
非現実的な楽観傾向は本当に適応的といえるか
--「抑圧型」における楽観傾向の問題点について--【KRベスト論文賞】
 特性不安尺度などでは低得点であるために、不安を感じにくいタイプに分類される人の中に「抑圧型」と呼ばれる特別なグループが存在し、真の低得点群(=適応群)と区別される。「抑圧型」は不安尺度値が低い一方で、Marlowe-Crowne社会的望ましさ尺度が高い者と操作的に定義されている。「抑圧型」の人は、不安を感じてもいいはずの状況下で非現実的に楽観的でいられる人であると考えられる。こうした「非現実的な楽観傾向は本当に適応的といえるか」という標題そのままの問題意識がこの研究の目的である。まず、研究1で種々の尺度により「抑圧型」の特徴を調査した上で、研究2では、「抑圧型の人は、現状に対するフィードバック情報が歪められて認知されているのではないか」という仮説を検証するための実験研究がなされた。実験は、専門学校と短大における定期試験の成績の「@予測」と「A実際の成績」、そして「B試験成績判明後のさらなる予測」を調べることでなされた。その結果、「抑圧型」群だけが、「@予測」よりも「A実際の成績」が悪く(Figure 1)、それにもかかわらず「Bさらなる予測」はまた高くなる(Figure 2)、というように、結果のフィードバックが歪められて認知されていることが確認された。とても面白い発見だと思うし、調査研究と実験研究の理想的な組み合わせで研究方法も優れている。論文の記述も論理的で明快な好研究である。結果も適切に図示されていてわかりやすい。
○瀬戸健一:
高校の学校組織特性が教師とスクールカウンセラーの連携に及ぼす影響
 スクールカウンセラーの配置されている高校の教師231名に質問紙調査を行なった研究。丁寧に行われた研究であるが、「スクールカウンセラーへの期待感」や「生徒指導への組織的取り組みがなされていること」がそれらの合成変数である「スクールカウンセラーの有効度」と相関しているという当たり前の結果が得られただけだった。
○加藤 司(mtsukasa@kwansei.ac.jp):
大学生用対人ストレスコーピング尺度の作成
 新しい尺度を作ったら、従来のものよりも信頼性は高いものができたが、妥当性にはいくつか課題が残ったという研究。同種の尺度は数百もあるという。もう尺度作りはいいから、尺度を使った中身のある研究を期待したい。
○廣瀬英子(eikohirose@mbk.sphere.ne.jp):
心理測定尺度のコンピュータ・テスト化に向けての最近の動向
 同じような心理測定尺度を作り出すよりも、既存の尺度をより使いやすいものに改良していく方が生産的だと思う。尺度のコンピュータ化はその最も有効な方法だろう。この展望では、心理測定尺度のコンピュータ化の現状がバランスよくまとめられている。既存の紙筆式のテストを単にコンピュータに乗せるのではなく、コンピュータならではの特性を活かしたまったく新しいテストの開発がなされはじめていることは期待がもてると思った。

【日本教育心理学会新理事長に40代の市川伸一氏が就任。】

 長年の老人支配を脱して、学会に若い風が吹くか、期待。ただ、市川氏が近頃、若年寄りっぽいのがやや心配。