第6巻第3号             2000/8/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第48巻第2号掲載論文批評】

(その1)

◎松田文子(matsudaf@hiroshima-u.ac.jp)・永瀬美帆・小嶋佳子・三宅幹子・谷村亮・森田愛子:
関係概念としての「混みぐあい」概念の発達
【KRベスト論文賞】
 密度(混みぐあい)という概念は小学校5年算数の「単位量あたり」の単元に出てくるが、(1)単位面積あたりの人口である人口密度などの「混みぐあい」と(2)単位時間あたりに進む距離としての速さがこの順に学習されるという。つまり、子どもにとって「混みぐあい」のほうが「速さ」よりも理解しやすいと仮定されているわけである。この研究では、5歳から10歳までの136名の子どもについて、長さの異なるプランターに一定間隔でチューリップを植えたときのチューリップの数と混みぐあい(「プランターの長さ」「チューリップの数」「混みぐあい」)の関係の理解度を調べたものである。その結果、(混みが一定ならば)「長さ」と「数」は比例するなどの2者関係については8歳ごろまでにかなり理解が進むが、「混みぐあい=数/長さ」という統合された3者関係の理解は10歳でも25%程度の子どもしかできていないことがわかった。速度概念についての先行研究(Matsuda,1994)を考慮すると「混みぐあい」の学習より前に「速さ」を学習するほうがよいという提言は説得力がある。ベテランの松田大先生に賞をあげてもかえって失礼かもしれないが、あえて【KRベスト論文賞】をさしあげることにした。それは、前回のKR第4巻1号での批判が受け入れられて、今回は略語の命名もわかりやすいものになり、図表も日本語表記になっていたことが大変嬉しかったからである。
○前原武子(takeko@edu.u-ryukyu.ac.jp)・金城育子・稲谷ふみ枝:
続柄の違う祖父母と孫の関係
 高校生の孫(男女)が父方母方の祖父母とどのような関係にあるかを被験者間計画で調べたものである(1人の孫からは4人の祖父母のうち1人についてだけ回答させ、その結果を比較分析する。)孫が意味づける祖父母の機能には「伝統文化伝承機能」「安全基地機能」「人生観・死生観促進機能」があり、わずかな差ではあるが、孫娘は母方の祖母に、孫息子は父方の祖父に高い機能得点を与える傾向があることがわかった。著者たちも「討論」で述べているとおり、1人の孫について1人の祖父母しか調べなかったという研究計画、同居か別居かを独立した要因としなかったことがこの研究の問題点だと思う。
○若林明雄(akiow@esop.L.chiba-u.ac.jp):
対処スタイルと日常生活および職務上のストレス対処方略の関係
--現職教員に寄る日常ストレスと学校ストレスへの対処からの検討--
 大学院生として派遣されている現職教員を対象に、顕現性不安検査(MAS)とMarlowe-Crowneの社会的望ましさの尺度(MCSD)とを組み合わせて4つのストレス対処スタイル該当者を選別し、日常ストレスと学校ストレスとへの対処方略の違いを調べた研究である。現職教員を対象としたことと日常場面と学校場面という具体的場面を設定したことがこの研究の特徴であるという。Weinbergerら(1979)が見出したRepressor(低MAS高MCSD群)と、Sensitizer(高MAS低MCSD群)とは対照的なストレス対処方略を選択する傾向があり、それは日常ストレスと学校ストレスとで一貫していることが明らかとなった。
○佐田吉隆(ysada@cc.okayama-u.ac.jp):
朗読による精神面での積極的休息が知覚-運動学習に及ぼす効果
 運動による疲労を回復するためには、身体を動かさないでいるよりも、使わなかった他の部位を動かした方がよいことが知られていて、「積極的休息」と命名されている。この研究では、右手での回転板追跡学習を1分間ずつ10回行わせ、各試行間に2種類の積極的休息と消極的休息をさせることの効果を比較したものである。その結果、精神面での積極的休息となる朗読条件が最も効果的な疲労回復技法であることが確認された。
◎尾崎康子(k-center@saturn.netspace.or.jp):
筆記具操作における上肢運動機能の発達的変化
 幼児の筆記具操作における上肢(肩・上腕・肘・前腕・手首・指)運動機能の発達的変化を、2歳半から5歳9ヶ月までの幼児214名について、ビデオカメラで撮影記録し、ほぼ6ヶ月毎の変化を横断的に分析したものである。結果はFigure 4(p.151)にまとめられたとおりで、肩から指先へ、粗大運動から微細運動へ、消費エネルギーの大きい運動から小さい運動へといった発達の方向が明らかにされた。特に、指先だけを動かして筆記具を操作する段階では手首が机に接触し、その前の段階の手首を使った描画段階では前腕が机に接触している、というように机に接触することの重要性の指摘が面白いと思った。1人の被験者に4台ずつビデオカメラを使った労作だと思うが、運動学に詳しい弘前大学の麓さんあたりから、「運動学の分野ではこんなことはもうずっと前から研究されています」と言われないかがちょっと心配。
●小林敬一(ekkobay@ipc.shizuoka.ac.jp):
共同作成の場におけるノートテイキング・ノート見直し
 「ノートをとる」というと普通は学生がすることで、その目的は教授内容を書きとめ、後での復習に利用することが考えられる。しかし、ノートをとることの役割はそれだけではない。この研究では、大学院のゼミにおける教授者側のノートの取り方とその利用のしかたに注目し、ノートをとることの機能についてエスノグラフィックな手法によって調べたものである。しかし、研究結果は陳腐なものでしかなかった。「ゼミの教官は、発表学生の発表を聞きながら気づいたことなどをメモしておき、後でそのメモを見ながら発言する」というよく知られた現象が新しい用語(「NT→NR→U」という行為連鎖)で記述されたにすぎない。思うに、エスノグラフィーという手法は暴走族とか援助交際高校生とかその実態がよくわからなかったり誤解されていたりするものを研究対象にしないと面白くないのではないだろうか。
○水野治久(MIZUNO.Haruhisa@srv.cc.hit-u.ac.jp)・石隈利紀:
アジア系留学生の専門的ヘルパーに対する被援助志向性と社会・心理学的変数の関連
 韓国・中国・台湾のアジア系留学生を対象に、彼(女)らが援助を求める傾向(被援助志向性)と他の種々の変数との関連を質問紙調査で調べた研究である。「留学生の適応を高めるためには、被援助志向性を高める方が良く、そのためにはどうしたら留学生がより援助を求めるようになるかを調べる必要がある」というのが著者らの基本的考えのようだが、被援助志向性と適応との関連はまだ完全に認められているわけではない。被援助志向性を高めることが良いことであるかのような前提で研究を進めることにやや違和感を感じた。
第48巻第2号の残りの論文は次号をご覧下さい。