第5巻第1号             1999/5/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第47巻第1号掲載論文批評】

(その1)

◎江尻桂子:
ろう児と健聴児の比較からみた前言語期の乳児の音声と身体運動の同期現象
【KRベスト論文賞】子音と母音が組み合わされてリズミカルに連続発声される「基準喃語」の発現のほぼ1ヶ月前に同じようにリズミカルな身体運動が出現し、発声と同期することが先行研究で明らかにされている(江尻,1998)。そうした身体運動と発声との同期現象の生起に聴覚的なフィードバックがどのように関わっているかを調べるために、先天性のろう児1名について、健聴児と同じ観察手続きによって、生後6ヶ月から11ヶ月までの6ヶ月間を縦断的に調べた研究である。その結果、ろう児においても音声と身体運動の同様の同期現象が見られることがわかったが、その同期率はかなり低く、基準喃語の発現に結びついていかないこともわかった。こうした観察結果から、聴覚フィードバックが発声と身体運動との同期現象を強化する役割をもち、そうした強化がなされないろう児では、同期現象が基準喃語の発現へと結びつかないのではないかという仮説が提案された。詳細な観察記録と分析、そして研究の積み重ねが真実を明らかにしていくという研究のお手本。
○山 祐嗣:
Wason選択課題における選択の主観的理由
(次号掲載)
◎榊原彩子:
絶対音感習得プロセスに関する縦断的研究
【KRベスト論文賞】絶対音感の習得プロセスを探るために、1名の3歳児に対し19ヶ月間の絶対音感取得訓練を行った研究。習得訓練には江口(1991)による「和音による型板形成」法が用いられた。絶対音感の習得には、音の高さそのものに注目する「ハイト方略」と音名のもつ「その音らしさ」に注目する「クロマ方略」が使われるが、主にエラー分析を通して、絶対音感習得プロセスは「ハイト方略」を使う段階から「クロマ方略」段階への移行、そして「クロマ方略」の完全習得という段階を経ることがわかった。図の使用も適切で内容・表記ともに優れた好論文である。江口(1991)による絶対音感習得法そのものも興味深い。
○住吉チカ:
カテゴリに基づく帰納推論
--5−6歳児の確証度の理解及び帰納論証に対する前提カテゴリの非類似度の適用--
(次号掲載)
○尾見康博:
子どもたちのソーシャル・サポート・ネットワークに関する横断的研究
小学校5年生から高校3年生までの子どもたちについて、父母・兄弟・友達・先生などからどれだけソーシャル・サポートを受けているかを質問紙によって調査した研究。従来の研究では「ソーシャル・サポート」と「社会的友好」とが分離されていなかったそうであり、そうした問題点を踏まえての研究だそうだが、調査結果も結論にも特に真新しいことはないようである。
○小松孝至:
児童の社会的特性に関する自己認知と母親による認知の差異
--母子関係の特徴との関連の検討--
(次号掲載)
○岩男卓実:
カテゴリに基づく帰納推論における専門性の影響
「カテゴリに基づく帰納推論」のやり方が、専門家と一般人とで違うのかどうかを調べた研究であるが、どうも研究の手順が「行き当たりばったり」の感が強く、何かを解明したいという強い動機に基づく研究というよりは、「修士論文」を書くための研究という感じがする。手近の大学院生(専門家)に課題をやらせてデータを集めただけで、Oshersonらの先行研究から一歩も踏み出るところのない、面白くもなんともない研究になってしまった。
○田村隆宏:
語彙学習過程における事物認識の重要性
--幼児と大人の相互排他性に及ぼす行為目的情報と事物の行為目的適正度の効果--
(次号掲載)
○深谷優子:
局所的な連接性を修正した歴史テキストが学習に及ぼす影響
中学校の歴史の教科書の中から1節を取り出してきて、「類似語の繰り返し」や「命題間の関係の明示化」などを行って、よりわかりやすく書き直したら、理解度がわずかながら上昇したという研究である。しかし、この研究では「わかりやすく書き直したらわかりやすくなったよ」という当たり前のこと以外はほとんど何も解明されていない。わかりやすくなったのは本当に「局所的な連接性の修正」のせいなのか、そうした修正が有効なのは「歴史テキスト」の場合だけなのか、などもう一歩踏み込んだ研究でないと、学位を取るためだけ、学会誌にのせるためだけの研究になってしまう。
○藤井美保子:
コミュニケーションにおける身振りの役割--発話と身振りの発達的検討--
(次号掲載)
○冨田久枝・田上不二夫:
幼稚園教員の援助スキル変容に及ぼすビデオ自己評価法の効果
幼稚園教員の子どもたちへの働きかけは、従来の「指導」から、子どもたちの自主性を尊重した「援助」を重視するようになった。本論文での「援助スキル」というのもそうした文脈からのものである。幼児との自由遊び場面をビデオに撮影し、それを教諭自身が見て、自己の援助スキルを観察・評価するという「ビデオ自己評価法」によって、幼稚園教諭の援助スキルが向上することを確認した研究である。論文の最後にもあるように「自分の行動を自分自身で反省的に見直す」という「ビデオ自己評価法」は教員やカウンセラーのスキル向上訓練にも効果があると思われる。しかし、考えてみると、ビデオに撮っておいて自分で見るということは、スポーツ選手をはじめ誰もが当たり前のように活用している方法でもあるわけで、「なにをいまさら」という気がしないでもない。
○伊藤亜矢子:
Role Construct Repertory Testの教育への利用
(次号掲載)

【新しい英文editorsに替わり、Abstractsが見違えるように良くなりました。】

 『KR』第2巻第7号で「英文アブストラクトはあまりにお粗末」という指摘をしました。その後、編集委員会にも改善の要望を出し、返答がないので、さらに照会状を出しました。こうしたカイあってか、ついにお粗末な英文を垂れ流してきた英文editorが交替することになり、本号のAbstractsが新しいeditorsの初仕事でした。今度の英文editorsは日本人とネイティブとのペアで、英文も素晴らしいものになりました。念のため、2年前と同じように同僚の米人教師に評価をしてもらったところ、すべてnearly perfectという評価でした。(nearlyなのは、江尻論文の英文タイトルのCompairedがComparedのまちがいなど、いくつかスペルミスが見つかったからです。)