第5巻第2号             1999/6/1
KRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKR

KR

Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

KRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKR
不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第47巻第1号掲載論文批評】

(その2)

◎江尻桂子:
ろう児と健聴児の比較からみた前言語期の乳児の音声と身体運動の同期現象
【KRベスト論文賞】(前号掲載)
◎山 祐嗣:
Wason選択課題における選択の主観的理由
Wason選択課題(「4枚カード問題」)を36名の女子大学生にやらせて、各カードごとにその選択理由をたずね、また、矛盾点を質問して回答させるという手続き(「追観プロトコル」分析法)を用いて、Wason課題における誤反応を引き起こす種々のバイアスについて調べた研究である。従来の研究では誤反応を生じさせるバイアスが「4種類のカード選択のすべてに一貫して影響する」と仮定されてきたが、本研究では「各カードごとに種々のバイアスが影響する可能性がある」ことを予想し、実験方法の工夫と被験者のプロトコルを丁寧に調べることで、その予想が正しかったことを証明した。特に難しい研究手法を使わなくても、よく考えて適切な方法をとれば良い研究はできるということを示した好論文である。
◎榊原彩子:
絶対音感習得プロセスに関する縦断的研究
【KRベスト論文賞】(前号掲載)
○住吉チカ:
カテゴリに基づく帰納推論
--5−6歳児の確証度の理解及び帰納論証に対する前提カテゴリの非類似度の適用--
研究目的は興味深く、研究方法も工夫された個人実験を用いた労作であるが、研究デザインに問題がある。「類似度の測定」「実験1」「実験2」を同じ被験者で実施しながら、個人の特性が不用意に平均されてしまっている。この研究の最も重要な仮説は、「5、6歳の子どもたちも前提カテゴリの類似度が低い場合ほど、論証の確証度が高いと判断する」というものである。だから、それぞれの子どもがリスとサイをどのくらい似ているかと判断しているかが動物全体についての論証の確証度にどう影響するかを調べなければ意味がない。子どもたちの平均では「リスとサイが似ていない」ことになっても、ある特定の子どもは「リスとサイが似ている」と考え、その結果、確証度が低いと判断しているかもしれない。実験1と2も同じ被験者を使っているのにどうして被験者内の比較をしないのだろうか?非類似度の計算方法も疑問が残る。また、結果の解釈にも誤解があるように思う。「3回の対比較において一貫性のある判断をするパターンは6/12」ではなく、6/8のはずである。少なくとも実験2では「子どもたちの反応に一貫性のあるものが多い」とは言えないと思う。(岩男さんの名前は「卓実」です。)
○尾見康博:
子どもたちのソーシャル・サポート・ネットワークに関する横断的研究
(前号掲載)
○小松孝至:
児童の社会的特性に関する自己認知と母親による認知の差異
--母子関係の特徴との関連の検討--
小学校3年生と6年生の男女、およびその母親を被験者に、「子どもの社会的特性」についての子ども自身の認知(A「自己認知」)とB「母親認知」と母親認知についての子どもの認知(C「認知された母親認知」)との差を調べ、子どもと親とで話し合いがよくなされていれば、AC間の差異もBC間の差異も小さくなり、子どもが母親からのサポートを受けていると感じる程度が高いほど、AC間の差異が小さくなる、という仮説の検証を試みたものであるが、「得られた相関の値が非常に小さく、有意な値が得られたのは一部のみであった」という研究であった。
○岩男卓実:
カテゴリに基づく帰納推論における専門性の影響
(前号掲載)
◎田村隆宏:
語彙学習過程における事物認識の重要性
--幼児と大人の相互排他性に及ぼす行為目的情報と事物の行為目的適正度の効果--
語彙獲得期の幼児は、既知物Aと未知物Bがある状況で「X(新奇語)を取って」というような言及がなされると、そのXは未知物Bを指し示していると捉えることが針生(1991)などによって明らかにされている。ところが、同じ新奇語が「○○をしたいから、Xを取って」のように、行為の目的を示す文脈と同時に提示されると、○○をするのに適した既知物Aと新奇語が結びつけられるようになることも針生(1991)などによって明らかにされている。この研究では、針生(1991)においては、既知物と未知物がそれぞれ1つずつだった提示状況を「既知物3・未知物1」に変え、文脈の適切さに2水準を設け、被験者に大人も加えたものである。実験の結果、針生(1991)の結果が再現されたほか、文脈の適正度が低い場合でも大人は既知物と新奇語を結びつける傾向が強いが、5歳児では既知物への結びつけと未知物への結びつけとがほぼ拮抗することが明らかにされた。よくできたいい論文だと思ったが、針生(1991)を改めて読み直してみたら、田村論文の良さのほとんどは針生(1991)の素晴らしさのおかげであることがわかった。(「針生(1991)に【KRベスト論文賞】」と言いたいところだが、もう城戸奨励賞をもらってた。)
○深谷優子:
局所的な連接性を修正した歴史テキストが学習に及ぼす影響
(前号掲載)
◎藤井美保子:
コミュニケーションにおける身振りの役割--発話と身振りの発達的検討--
会話に伴う身振りに関しては「言語能力の不充分さを補うものである」という説と、「言語能力の高い人ほど身振りを活用したコミュニケーション能力にも優れる」という説2つの説がある。前者にしたがえば、身振りは発達とともに減少していくことになり、後者にしたがえば、発達とともにむしろ身振りは豊富になっていくと予想される。この研究では、幼稚園児から大学生までの5年齢水準について、説明を行う際の発話と身振りをビデオ記録し、詳細な分析を通して、機能的に異なる2種類の身振りがあることを見いだした。図の使用も適切で、記述も丁寧でわかりやすい好論文である。
○冨田久枝・田上不二夫:
幼稚園教員の援助スキル変容に及ぼすビデオ自己評価法の効果
(前号掲載)
●伊藤亜矢子:
Role Construct Repertory Testの教育への利用
Role Construct Repertory Test(RCRT)がいろいろなところで活用されていることはわかったが、「で、RCRTっていったい何なの」って自問してみてもなんだかわからないままの展望論文。RCRTの鍵概念であるらしい「コンストラクト」がいったい何であるかの説明がわかりにくいことが一番の問題なのだと思う。引用されていた若林論文(『心理学評論』1992)の方がずっとわかりやすくて内容も充実している。それにしても、伊藤論文を読むと近藤充夫氏がこの分野の日本の第一人者のようであるが、若林(1992)にはまったく引用されていないのは不思議だ。