第5巻第4号             1999/9/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第47巻第2号掲載論文批評】

(その2)

◎倉盛美穂子:
児童の話し合い過程の分析
--児童の主張性・認知的共感性が話し合いの内容・結果に与える影響--
(前号掲載)
◎佐藤 徳:
自己表象の複雑性が抑鬱及びライフイベントに対する情緒反応に及ぼす緩衝効果について
自己表象の複雑性が抑鬱及びライフイベントに対する情緒反応に及ぼす緩衝効果について被験者に自己の様々な側面を自由に列挙させ、それぞれの側面について形容詞を選択させるという課題を用いて、自己表象の複雑性を測定し、こうした複雑性のうち特に肯定的な自己複雑性が抑鬱や日常生活場面での嫌な出来事に対する緩衝要因となることを明らかにした研究である。研究手法も面白く、結果も臨床的に有用な好研究である。
●長尾 博:
青年期の自我発達上の危機状態に影響を及ぼす要因
(前号掲載)
◎杉澤武俊:
教育心理学研究における統計的検定の検定力
【KRベスト論文賞】  1992年から1996年までに『教心研』に掲載された全250論文について「検定力」を分析した研究である。「検定力」というのは「帰無仮説が正しくないときにそれを棄却できる確率」として示される。検定力が十分でないと、重要な発見となるべき知見(研究仮説)が見過ごされてしまう。逆に検定力が強すぎると、実用的にはほとんど意味のない微少な差が過大評価されてしまうことになる。さらに、帰無仮説の採択を目的とした研究(AとBとに差がないことを示そうとする研究)では特に強い検定力が必要となる。著者曰く「現在行われている教育心理学の研究では、検定力は全くといっていいほど考慮されていない。そして、明確な根拠なしに被験者数が決められ、それによって検定力、検定の結果、そして研究の結論が左右されているのが現状である。」この研究は卒業研究であるという。うーん、学部生に日本の教育心理学者全員がお叱りを受けたというところであろうか。(私の「さんぽ論文」が採択になっていれば、「検定力を考慮したほぼ唯一の論文」ということになったであろうに・・・)
◎伊藤順子・丸山(山本)愛子・山崎晃:
幼児の自己制御認知タイプと向社会的行動との関連
(前号掲載)
◎柏木恵子・永久ひさ子:
女性における子どもの価値
--今、なぜ子を産むか--
子育て経験者の40歳の女性235人と60歳の女性248人について質問紙調査を行った結果、子どもを産む理由は「情緒的価値」「自分のための価値」「社会的価値」という3つの積極的理由と「条件が整ったから(条件依存)」「支援が得られるから(子育て支援)」という消極的理由の計5つの因子にまとめられることがわかった。また、より若い世代、有職者、子どもの数が少ない層では、前3者の価値は低くなり、後2者が相対的に高くなることもわかった。ベテラン研究者による模範的論文である。
○榎本淳子:
青年期における友人との活動と友人に対する感情の発達的変化
(前号掲載)
◎杉浦義典:
心配の問題解決志向性と制御困難性の関連
「心配」には良い面と悪い面がある。良い面は問題を能動的に解決しようとする「問題解決志向性」であり、悪い面は心配することをやめようにもやめられないという「制御困難性」である。本研究では、なぜ同じ「心配」がこうした2つの側面を持つのかを、心配のプロセスをとらえる質問紙を大学生359名に実施し、そのデータを因果モデルにあてはめることによって解明した。共分散構造分析の結果、心配の問題解決指向性そのものは制御困難性を抑制する効果を持つが、「未解決感」を介して制御困難性を増す効果も持つといった2つの相反する働きがあることが確認された。研究手法、記述とも優れた好論文である。
◎岡本直子:
親密な他者の存在と成功恐怖の関係について
(前号掲載)
◎小林春美:
共同注意手がかりと場所知識手がかりが語の意味の推測における相互排他性利用において果たす役割
未知物が複数個ある場合に「相互排他性」の原理を活用するためには、なんらかの範囲限定情報を用いて未知物を特定する必要がある。この研究では 、既知物1つと未知物3つのセットを用意して、新奇語の指示対象となる未知物の範囲限定がどのようになされるかを実験的に調べたものである。「これ(未知物)とこれ(既知物)のどっちがパプ(未知語)かな?」と尋ねることで範囲を限定する「共同注意手がかり」と「注意の向きやすい小テーブルの上に2つの対象物を並べる」ことによる「場所知識手がかり」を組み合わせた実験の結果、「共同注意手がかり」だけが有効であることが確認された[実験1]。実験2では、小テーブルなしの状況で「共同注意手がかり」の有効性が再確認されている。好論文であるが、表題は「場所知識手がかり」の有効性も示唆しているため、実験2では箱のようなより明確な場所手がかりを使った実験がなされるのかと思ったら、肩すかしを喰わされたのが残念。
●長峰伸治:
青年の対人葛藤場面における交渉過程に関する研究
--対人交渉方略モデルを用いた父子・母子・友人関係での検討--
(前号掲載)
◎天貝由美子:
一般高校生と非行少年の信頼性に影響を及ぼす経験要因
自分自身や他人に対する信頼感の形成に影響する「経験」を中高生について調べ「受容経験」「承認経験」「親との親密な関わり経験」「対人的傷つき経験」の4因子構造を持つ「信頼感影響経験測定項目(64項目)」を作った。そして、先行研究(天貝,1995)で作成された「信頼感尺度」との関連性を調べたところ、「自分自身への信頼感」には他人からの「承認経験」が、「他人への信頼感」には他人からの「受容経験」と「対人的傷つき経験(逆転項目)」が強く関わることが明らかにされた。[研究3]では、一般高校生の信頼感と少年院にいる同年代の少年の信頼感との比較を行ったところ、一般高校生では2種類以上の異なる経験が信頼感と深く関わっていたのに対し、非行少年では1種類の経験のみと関わることが明らかとなった。また、信頼感に関わる種々の経験の対象となる人物として、一般高校生に比べ非行少年では友人との経験が乏しいこともわかった。研究手法・内容とも優れた論文である。
●田邊敏明・堂野佐俊:
大学生におけるネガティブストレスタイプと対処行動の関連
--性格類型およびストレス認知・反応を通した分析--
(前号掲載)
○岡本清孝・上地安昭:
第二の個体化の過程からみた親子関係および友人関係
中学生高校生計821名について、親および友人についてのイメージを横断的に調べた研究。P.249に「青年期の親子関係と友人関係を統合的に扱う調査研究はそれほど示されていない」とあるが、本当だろうか?青年心理学の研究のほとんどが親子関係と友人関係に関わるもののように思うのだが・・・現に同じ号の長峰論文も天貝論文も青年期の親子関係と友人関係を扱ったものだし・・・。もっともこの引用箇所は「統合的に」の部分が重要であるらしい。しかし、それではこの岡本・上地論文が「統合的」かというと、特に従来の研究と変わったもののようにも見えないのだ。