「音階の曲集」サポートページ
(Part1)

Q どんなレベルの生徒を対象にしていますか?
A「音階の曲集」が対象にしている主な生徒は、普通の能力の子どもたち、あるいは力のやや劣る子どもたちです。しかし、以下の説明にもありますように、能力の違いを越えて様々な使い方ができますので、その意味ではあらゆるレベルの生徒を対象にしているということもできると思います。

1.普通の能力の子どもや力のない子どもたち
 先生方が指導で一番お困りになるのは、力のない生徒たちが、バイエルを例にあげると、下巻に入って色々な調や音階を習う頃になると、頭の中が混乱し始めて学習の能率が急速に落ちていくような場合ではないかと思います。このテキストは、そのような子どもたちが、調と音階をしっかり踏まえて、どの調もたくさんの曲を学習することで、それぞれの調を十分に理解できるように書かれています。それにより、中級へ進むための確かな基礎力を身につけることができるように、特別な配慮がなされています。

  もちろん、力の劣る生徒たちだけでなく、普通の能力の子どもたちにも、このテキストは大変役に立つと思います。というのは、初級の終わり頃になって大きな壁にぶつかるのは、普通の能力の子どもにしても同じことだからです。「夏目先生のテキスト研究」でも指摘していますが、この段階で使うテキストの多くは、調を確実に理解するという観点から見ると、けっこう問題があるからです。そのような問題を抱えたテキストで習うのですから、たとえ普通の能力の子どもであっても、多くの調を学習していくうちに、調同士が混乱してきてしまうのは目に見えています。このような子どもたちにも、「音階の曲集」は大いに助けになると思います。

2.才能のある生徒たち
 才能のある生徒の場合も、「音階の曲集」はそれなりに役に立つと思います。調の学習があまり整理されていないテキストを使えば、才能のある生徒も調の理解に手間取ることは、そうでない生徒と同じことです。調の学習がよりよく体系化されたテキストを使えば、同じことをよりスムーズにより確実に学習することができるでしょう。

 また、その段階を終えてしまっている生徒であれば、調の復習もかねて「初見」の練習に使うこともできます。「音階の曲集」は、「初見」を導入するには大変適した曲集だと思います。

 その他にも、「和声」の勉強に使ってみるのもいいでしょう。「音階の曲集」はできるだけ基本的な和音に限定して書いていますので、和声の基礎を習うには大変学習しやすい教材にもなっています。

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Q 「音階の曲集」はどんな目的に使えますか?
A「音階の曲集」の使い方はいくつか考えられますが、以下の例を参考に有効に活用していただきたいと思います。

1.調の理解を確実にするためのサブテキストとして
 多くの先生に伺いますと、大抵の教室ではほとんどの生徒が、初級の後半(バイエル下巻に相当するレベル)の時期に、色々な調や音階のことをよく分からないまま、その段階でもたもたしてしまっている。あるいは、そのまま中級へ進んで、ますます苦労を重ねているとのことです。そこで、何故そのような結果になってしまうのだろうかと、色々なテキストを分析してみましたが、その結果、その原因の多くはテキストそのものにあることが分かりました。(「夏目先生のテキスト研究」参照)

 その研究によれば、多くのテキストは、調を体系的に整理して実践的に学べるように書かれていないのです。バイエルのような古いテキストについては、このような体系的な不備がよく指摘されますが、実は現代の新しいテキストの多くも、意外と似たような問題点を多く抱えているのが実状です。これでは、町の多くの教室に通っている普通の能力の子どもたちが、次々に学習させられる調をよく理解できないのは、無理もないことだと思います。

 しかし、この段階があいまいなままに進んでしまえば、中級に進んでからの苦労は目に見えています。「音階の曲集」は、この初級の後半に入った生徒たちが、調を学習するための体系的に整備されたシステムと、各調に用意された分かりやすく馴染みやすいたくさんの曲を次々と学習することで、楽しく確実に調を修得できるように編まれたテキストです。ですから、「音階の曲集」はどんなテキストをメインテキストに使っている生徒たちも、調の理解を確実にするための強力なサブテキストとして使うことができます。具体的な使用法としては、次の二つの場合が考えられると思います。また、使い始めるレベルとしては、バイエル下巻のハ長調音階の導入されるところ、グローバーやバスティンのテキストでは4巻当たりから併用できると思います。

●メインテキストとの体系的組み合わせを考えて使う
 私が提案している「バイエルとの併用カリキュラム(案)」のように、メインテキストと有機的に組み合わさることで、いっそう合理的な体系的ができるよう編成して使うことが考えられます。このように編成すると、体系的に不備が目立つバイエルも、再び使えるテキストとして再生させることができるでしょう。

●適宜選んで補助的に使う
 しかし、そこまできちんとした併用カリキュラムを考えないまでも、メインテキストで新しい調を習う時とか、まだ調の理解がよくできていないときに、「音階の曲集」より適宜曲を選んで、調の学習を補完するように使ったり、メインテキストの曲の難しい曲へ入る前の準備として活用することも考えられると思います。

 私が試験的に教えた他教室の小さな子どもたちの例を、お話ししましょう。そのうちの一人のお子さんに、「音階の曲集」からイ長調の最初の3曲を学習したところで、バイエルの79番をあげることにしました。そうしたら、その場におられたお母さんが、「難しそうに見えるけれど大丈夫でしょうか?」とおっしゃられるので、「私のテキストでイ長調の曲をたくさんひいてきたので、大丈夫。それほど苦労なくひけると思いますよ。」とお話ししました。案の定、翌週のレッスンでは、始めから終わりまで1回で間違いなくひけていました。お母さんによれば、それまでのレッスンではそのくらい難しい曲になると、1回どころか、何回かのレッスンを経てやっとひけるようになっていたとのことでした。1回で見事にひいたのをみて、たいへんの驚いておられました。(「生徒のお母さんの感想文」参照)

 もちろん、私のテキストを使わなくても、お母さんがおっしゃるように何回もレッスンを受けていればひけるようにはなるかもしれません。しかし、そのような出来上がり方では、本人がピアノの勉強に自信を持つことは期待できません。新しい曲をもらうたびに、そんな苦労を重ねるようでは、ピアノそのものがつらいものになってしまうことも考えられます。この例のように、素直に入っていける「音階の曲集」で、基礎的な力をつけて自信を持たせておいて、その応用編としてメインテキストの難しい曲に挑戦させれば、意外と簡単に見てくることができます。そのことによって先生にも誉められ、お母さんにも喜ばれれば、本人はピアノに自信を持つだけでなく、いっそう親しみを感じることができるようになるでしょう。

2.調がよく分からないまま先に進んでしまった生徒の効率的な復習に
 前項の提案の中でも触れていますように、調の指導システムに不備があるテキストを使って、調のことがあまり分からないまま中級レベルにまで進んでしまった生徒には、急いで効率よく調の復習と整理するには、とても使いやすい内容と編成になっていると思います。特によく理解できていない調をピックアップして、集中的に学習させるような使い方もできるでしょう。どちらの場合も、現在学習している曲に平行して使っても、負担なく併用して学習できる内容になっていますので、無理なく調の復習と整理ができると思います。

3.和音中心のテキストの偏りを直すために使う
 グローバーのようなテキストを使っていると、その編集方針のゆえに和音奏法に重心がおかれた曲ばかりを学習することになります。そのために和音の奏法には慣れるかも知れませんが、音階の学習がおろそかになってしまうという欠点があると思います。それだけでなく、和音に偏ったテキストの弊害として、器楽的なメロディの曲ばかりを学習する傾向があります。また、そのような曲は往々にして画一的で潤いのない曲想にもなりがちです。(「夏目先生のテキスト研究」参照)

 このようなテキストを使っている生徒は、それとは対照的な学習内容のサブテキストを使って、学習内容のバランスを取ることを心がけることが、望ましいと思います。例えば、歌うような自然なメロディラインの流れと、フレーズの柔軟な呼応に富んだ「音階の曲集」を学習することで、そのような偏りをなくすことができるでしょう。

【注】この質問に対する回答は、さらに加筆する予定です。

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Q 新しい調はどのように導入したらいいですか?
A 例えば次のような方法で新しい調を教えてみたらどうでしょうか。

1.新しい調の主音を言って、その音から始まる音階をひかせる
 ト長調を新しく習うとしましょう。そこで先生が「今日は新しい調を勉強します。それはソの音から始まる音階の調です。○○ちゃん、ソの音からの音階を正しく作れるかな。」と言って、生徒に音階を作らせます。(2の指だけでひかせるのもいいでしょう) もしファに#をつけないままひくと、おかしな音程になってしまいますから、ほとんどの生徒は「この音は変だ。」と思って、正しい音を探ります。そこでファには#をつけないと、ちゃんとした長音階にならないことを生徒自身が発見し、ト長調にはファの#が必要なことを、はっきりと自覚することができます。

2.主音の名前から調名を言わせる
 正しくソからの音階をひくことができたら、今度は主音の音名をたよりに調名を答えさせます。これまでの学習で、調の名前は「音階の最初の音の名前を取ってつける。」ということを習っていれば、生徒はこの音階は音名でいえばトの音から始まっているから、「ト長調」だとすぐに答えることができます。

3.巻末の音階パターンの調名欄に調名を記入させ、音階パターンを練習する
 正確に音階の調の名前が答えられたら、巻末にある「音階練習パターン」のト長調のページを開き、「調名欄」に生徒自身の手で調名を記入させる。そして、そこに書かれている音階パターンを数回練習してみます。

4.最初の曲に調名を書き入れ、音階の個所を指摘させる
 ここで「音階の曲集」からト長調の最初の曲(「元気に歩こう」)を開いて、改めて巻末の音階パターンをひかせてから、調名欄に調名を記入させる。そして、今習った音階を使っている個所を指摘させて、その部分をピアノで弾かせてみる。「よくできたね。もう○○ちゃんはト長調のことはすっかりよく分かったから、この次のレッスンまでにはこの曲をちゃんと弾けてくるね。」と言って、後は家での宿題にする。

5.曲をひく前に音階パターンをひく
 レッスンで「音階の曲集」の曲をひく時は、毎回巻末にある1オクターブの音階パターンをひかせてから、曲の演奏に入るようにしましょう。その際「この曲は何調かな?」とまず質問して、生徒に答えさせるようにします。調名欄にすでに書き込んでいる場合は、先生の手で隠してから答えさせるといいでしょう。正しい答えをしたら、「当たり! それでは、○調の音階パターンをまずひいてみようね。」といって音階をひかせ、その後で曲の演奏に入るようにします。このようにして習慣づけると、調と音階の関係を一層よく覚えるようになります。

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Q 習った調を定着させるにはどうしたらいいですか?
A「音階の曲集」は調の学習に焦点を合わせて作られていますから、このテキストを使うことによって、調の理解はそれなりに深まると思います。しかし、調の理解を定着させるためのより効果のある指導をするためには、例えば以下にあげたようなレッスンの展開をしてみたらどうでしょうか。

1.適当な間隔をおいて何回も学習できるカリキュラムを編成する
 例えば新しい漢字や英単語を習うことを考えてみましょう。その漢字や英単語を覚えるために、始めて習うときに一気に数多く習ったとしても、その後はほとんど覚える学習をしなければ、その記憶はすぐに薄らいでしまいます。それより、1回の書く練習の回数は少なくしても、一定の間隔を置いて何回も練習した方が、記憶は確かなものになりますね。

 音楽の調を覚えるのも、それと同じことが言えると思います。新しい調の曲を1曲や2曲習っただけで、後は長い間その調の曲は触れずじまいだと、記憶はすぐにも消えてしまうでしょう(このような編成のテキストがなんと多いことか!! 「夏目先生のテキスト研究」参照)。

 前述の漢字や英単語の学習の例のように、新しい調を習う時は、その調を頭に印象づけるために、その調の曲を一度に少なくとも2曲くらいは学習しましょう。そして、その後はそれまでに習った別の調の復習を間に挟みながら、適当な間をあけて何回も復習できるようなカリキュラムを組むようにしたらいいと思います。バイエルと「音階の曲集」を併用する場合を取り上げて、そのような編成に配慮したカリキュラムの例を作ってみましたので、参考にしていただきたいと思います。

2.巻末の「音階練習パターン」を使う
 さらにまた、「音階の曲集」の巻末には、各調の1オクターブの音階練習パターンが用意されています。ある程度の数の調を覚えたら、この音階パターンを使ってレッスンのたびにそれまでに習った調をチェックするようにしたらどうでしょうか。このパターンは大変簡単で短くできていますので、レッスンのほんの僅かの時間を使うだけですみます。先生がアトランダムに指示するいくつかの調の音階パターンを、間違いなくすらすらひけるようになったら、最初の合格シールを貼って上げてください。

 第1回目が合格になったら、しばらくの間この練習からは離れます。しかし、普通の能力の子どもでも、あまり離れたままでいると忘れてしまうことがあります。そこで、ある程度の期間が立ったら、第2回目のチェックをしましょう。第2回目のチェックがスムースに出来てしまうような生徒は、第3回目のチェックは省略して、次は巻末に用意されている「2オクターブの音階練習」に挑戦させた方がいいでしょう。いずれにしても、先生の目で個々の子どもの習熟度を判断されて、学習の量を加減をするようにしてください。

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Q 調ごとにまとまっているのは何故ですか?
A 「音階の曲集」のように、調ごとにまとめて編集されているテキストは、極めてまれではないかと思います。(おそらくこの1冊しかないかも) そんな珍しい編集方針のもとにこのテキストを作ったのには、もちろんそれなりの理由があります。以下にその理由のいくつかを示します。

1.調ごとにどのように構成されているか、一目で把握できるように
 バイエルやグローバーを始めとして市販のどのテキストも、私の「音階の曲集」のようには調ごとに編集されていません。そのため、目次を見ただけでは調ごとに必要な数だけの学習曲が用意されているのか全く分かりませんね。そんなことですから、私の「ピアノテキスト研究」をご覧になれば分かるように、実際にそれらのテキストを分析してみると、調ごとの学習曲の用意に関しては、どのテキストもかなりいい加減な編成になっているのに愕然とします。その点「音階の曲集」の編集の仕方では、目次を見ただけで調ごとの学習曲が理想的に配分されているのが見て取れますので、この曲集の編集方針が端的に理解していただけ、少なくともその点に関しての信頼がいただけるのではないかと思います。

2.色々な先生方の違ったカリキュラムにも柔軟に対応できるように
 市販の教則本は、あらかじめ作者が計画した指導カリキュラムのもとに作られています。従って一般的に生徒は、そのテキストの書かれている順序に忠実に従って学習していくことが、想定されています。しかし、自分から考え行動していく先生なら、それぞれの生徒の問題に合わせて色々な編成で指導できたらいいのにとお考えになると思います。残念ながらこのような自主的で前向きな先生には、これらのテキストは、たいへん使いにくい編集になっているといえます。

 例えば、新しい調の練習曲を2曲ほど学習した生徒が、まだ理解のほどがいまいちだと思えるとき、同じ調の曲をもう数曲学習してから次の調へ移った方がいいと考えたとしましょう。このような場合、一般に使われているテキストで、自由に学習曲を追加することはたいへん難しいことです。というのも、大抵の場合同じ調の学習曲の数は限られていますし、場合によっては1曲しか用意されていないこともまれではありません(バイエルのホ長調や変ロ長調の曲。グローバーのイ長調や変ホ長調の曲など。) あるいは、しばらく進んで適当な時期に既習調の曲を学習させようと思っても、このように限られた数しか用意してない一般のテキストでは、これも思うようにはできません。

 しかし、こんな場合でも、調ごとに編集されていて、同じ調の学習曲が全ての調に多数用意されている「音階の曲集」なら、学習させたい調の曲を追加したり、復習のための学習曲を探したりすることが、たいへん容易にできます。「音階の曲集」は、正にこのように使っていただきたいテキストです。

3.調がよく分からないまま進んでしまっている生徒の復習に使いやすいように
 前の項と同じような意味合いになりますが、例えば、すでにバイエルレベルのテキストを終えてツェルニー100番や30番のレベルにまで進んでいるが、どうも調のことがよく分かっていない生徒ってよくいますね。このような問題を抱えた生徒が、現在学習しているテキストや楽曲に並行して、集中的に調の復習をするのには、「音階の曲集」のように編集されているテキストは、たいへん使いやすいのではないかと思います。調ごとにまとまっている上、調の基本である音階を必ず学習する形で勉強できるので、色々な調をすっきりと理解できるようになると思います。

 とにかくピアノを習う生徒たちは、生徒によって調の理解度が様々です。そんな生徒たちにとって、固定的なカリキュラムに編集されてしまっている一般のテキストは、かえって効率的に学習できないところがあります。そんな時、調ごとに分類されていて、生徒の問題に合わせて先生が自主的に選択し指導することのできる「音階の曲集」は、それらのテキストの欠点を補い、一人一人の生徒に合わせた指導を可能にしてくれるのではないかと考えます。そんな観点から、「音階の曲集」を存分に活用して欲しいと思います。


 前述したようなその場その場で「音階の曲集」を適宜組み合わせるやり方ではなく、既成のテキストの欠点を強力に補うために、始めから計画的に堅固なタイアップ形式の併用カリキュラムを編成するという考え方もあるかと思います。それについては、「〈音階の曲集〉を他のテキストと併用して使う方法は?」をご参照ください。

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Q 一般に変ロ長調以降の♭系の練習曲が少ないのは何故?
A 初級用ピアノテキストをみると、それがバイエルのような古いタイプのものであろうと、新しい現代のピアノテキストであろうと、シャープ系の扱われ方に比べてみると、変ロ長調以降のフラット系の調の練習曲は極端に少ないことに気がつかれると思います。どうして、初級テキストでは、このようにシャープ系とフラット系の調の扱い方に差があるのでしょうか。

 それはフラット系の調、特に変ロ長調以降の調は、その特殊な指の配置から、シャープ系の曲よりひきにくい曲になる傾向があるからです。特にまだ小さな手の子どもたちには、そのことがいっそう顕著に現れるために、ある程度進んだ段階でないと、フラット系の曲はたいへん無理が生じます。「音階の曲集」の変ロ長調と変ホ長調の各練習曲をご覧になっても、シャープ系の曲よりテクニック的にやや進んだレベルの曲になっているのは、この辺の事情を物語っています。
(そのようなテクニック上の難しさはあるものの、「音階の曲集」ではフラット系の曲の作り方について、テクニック的な難しさができるだけ少なくなるよう配慮して作曲しましたので、初級段階でもたくさんのフラット系の曲が用意されています。)

 それでは、一体どのような点でフラット系の曲は、ひくのが難しくなりやすいのでしょうか。以下に考察してみようと思います。

  1. 5本の指の配置が大変難しい
     5本の指を主音から属音の5つの音の位置へおいた場合、1の指と5の指が黒鍵に来るひきにくい指配置になる。(変ロ長調の場合のみ、左の5の指が黒鍵になり、1の指が白鍵になる。右手はこの逆) このことは、例えばシャープ系ではどの調でも簡単にひける「チョウチョウ」のような曲を、変ロ長調や変ホ長調に移調してひいてみると大変ひきにくくなるので、簡単に理解できると思います。

     この配置が難しいのは、後ほど引用する「ショパンの考える指に自然な配置」に照らし合わせてみると、いかにも指の長さに合致しない配置だからということができるでしょう。

     さらにまた、鍵盤はシーソーのような原理で動きますから、奥へ行けば行くほどキーが重くなります。5指の不自然な配置で無理が生じているところに、重い場所をひかされるのは、非力な子どもたちには大変な負担になります。その上、同じくシーソーの原理で、奥へ行けば行くほど、キーの上下に動く範囲が狭まりますから、指の先にキーの動きを感じにくいといったこともあるかも知れません。このような理由から、フラット系の指の配置は、特に初歩の場合においては大変にひきにくいものになります。

  2. 音階の指使いは親指をくぐらす巾が大きく、大変ひきにくい
     フラット系の場合、最も簡単なヘ長調でも、音階の指使いは大変ひきにくくできています。それは4の指でひくシの♭の音からドの音へ、間のシの音を飛び越して親指を大きく曲げて取らなければならないからです。

     また、1オクターブの音階をひく場合、ヘ長調ではおきませんがその他の調では、1オクターブをひく間に親指を2回くぐらせなければならないことも、シャープ系の音階と異なる点で、やや音階の弾き方を難しくしているとは言えるでしょう。

     これらのことは、特に指の短い小さな子どもたちには、大変難しいことです。ややもすると、3や4の指の下をくぐらせる親指の根本で隣の音に引っかけて、濁った音を出してしまったりします。また、指が届かないので、無理に手首を曲げてひくようなとても不自然なひき方にもなりやすいと言えます。
《ショパンの考えた自然な指の配置と音階奏》
 これら1.および2.で指摘したことが、いかに不自然であるかということは、ショパンが彼の生徒に教える時にとった次の指導法を見ると、よく分かると思います。

「彼にとって手の正常な位置はホ、嬰へ、嬰ト、嬰イ、ロの上であった。」
「デュボア夫人によると、ショパンは彼の門下生たちに、非常にゆっくりと、硬さなしに、ロ長調音階から始めさせた。」
注: F.ニークス著「フレデリック・ショパン −−人および音楽家としての−−」234頁(全音楽譜出版社刊)

 これをご覧になれば、ピアノとピアノの演奏に最も精通したショパンが、人間の手にとって自然な鍵盤上の指の配置や指使いはどんなものと考えていたか、よく理解することができます。すなわち、ロ長調の下属音からの5ポジションにおいた指の形、具体的には短い親指と小指は両側の白鍵をとり、長い2、3、4の指は奥まったところにある黒鍵の上に自然に置けるこの指の配置こそが、人間の手の持つ条件に最も理想的にかなった配置であると、彼は考えました。その観点からすると、フラット系の5指の配置や音階の指使いは、大変に不自然な形ということになると思います。

 同様に、ショパンは最も自然にひくことができる音階は、ロ長調であるとしました。これも先ほどの5指の配置と同様に、短い指と長い指の関係が理想的にできているだけでなく、親指に移行する巾がフラット系と違って大変狭くてすむということがあります。しかも親指をくぐらせる前のレの#が黒鍵という高い位置になるために、1の指を曲げてミを取るのがとても楽になるということも、見逃せられない点でしょう。従ってシャープ系の場合、音階を例にとってみると、#が5つの調でさえ、♭が2つの調よりはるかに指に無理なく自然にひくことができるわけです。

 説明が大変長くなりましたが、以上のようなフラット系にまつわる指配置の難しさから、フラット系はピアノの学習がかなり進んだところ、具体的には16分音符も習った段階まで進んだところで導入する方が、あまり無理することなく導入することができると考えられます。

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Q このテキストだけで中級への準備は充分ですか?
A 「音階の曲集」は、主に一般に使われている初級用ピアノテキストの、調の指導についての不備な点を補うために書かれたものです。ですから、このテキストだけで初級の後半に必要な学習内容の全てを満たしているわけではありません。他にメインに使っているテキストの、調を理解を確かなものにするための強力な助っ人、あるいは「音階の曲集」で調の理解の基礎的な部分を固めておいて、それ以外の学習内容については他のテキストで補う、といった考え方で使っていただきたいと思います。

 どちらにしても、現在(おそらく将来にわたって)一冊のテキストで全ての学習内容を完璧に理解させることは、とても難しいことだと思います。多くのレスナーの皆さんによって広く採用されている定番テキストのほとんどが、調の体系的な指導システムに関してよく整備されていないのは、それらのテキストが全ての学習事項を網羅的に扱っているからかもしれません。そのような編集方針のもとでは、どうしても個々の事項について広く浅く触れるということになりがちです。その結果として、調の学習システムのチェックが甘くなり、かなり名の知れたテキストでさえ、変ロ長調の指導もないのに突然変ホ長調の曲を入れるといった、信じられないような編集をしてしまうのではないかと思います。(「夏目先生のテキスト研究」参照)

 そのようなテキストで勉強をして、調のことがよく理解できないまま中級(ツェルニー100番以降レベル)へ進んでしまうと、それでなくても譜読みがうまくできないところに、弾く難しさも増してきますから、生徒はピアノを弾くことがますますおっくうになるでしょう。そんな状態にならないためにも、初級の後半で色々な調が出てくるときに、「音階の曲集」を使って確実に調の基本を身につけておくことを、お勧めします。なお、「音階の曲集」の併用の仕方については、「バイエル下巻と併用して使うカリキュラム案」を、一つの参考としてご覧ください。

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Q 学習曲が多くなって、初級を終了するのに時間がかかりませんか?
A 「音階の曲集」は、難しくなっていく技術的レベルが、緩やかなカーブを描くように配慮されて書かれています。ですから、それまで他のテキストを使っていて、1曲に1ヶ月半や2ヶ月もかかっていた生徒も、ずっと短い期間で新しい曲を仕上げることができると思います

 それにより、一度により多くの曲を持ってくることができるようにもなります。ですから、初級の段階を同じような期間で終えることができるだけでなく、何よりもいいことは《一層確実な基礎力をつけることができる》ということではないかと思います。(「お使いになった生徒の感想文」参照)。

 もちろん、特別に優れた能力を持った生徒の場合、いくつかの曲を省いて先に進ませることは可能です。「音階の曲集」は、音階を使ったシステムとして、調をよりスムーズに、またより確実に理解させることを目的に書かれていますので、この場合たとえ数曲を省略したとしても、生徒は調のことをよりよく理解できていると思います。

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