第5巻第5号             1999/11/1
KRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKR

KR

Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

KRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKRKR
不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第47巻第3号掲載論文批評】

(その1)

◎栗田佳代子:
実際のデータを用いたt検定および検定力分析の「観測値の独立性」からの逸脱に対する頑健性の検討
--人工データによる研究結果との対比および項目の尺度化の影響を中心に--
同じ著者の先行研究(栗田,1996)を発展させたもの。先行研究では、クラス単位で被験者を選ぶような小集団単位での標本抽出をすると、危険率や検定力に大きな影響が出ることを人工データを使ってシミュレーションによって明らかにした。今回、[研究1]では、実際のデータを用いて、同様のシミュレーションを行い、人工データによる先行研究が再現できることを確認した。さらに[研究2]では、同じようにデータの独立性が問題となる例として、質問項目を因子分析などによっていくつかの尺度にまとめる場合についても同様の結論をえている。「t検定は母集団分布の正規性からの逸脱には頑健であるが、観測値の独立性には脆弱である」という重要な結論が確認されたわけだが、でも、じゃどうすりゃいいんだろう。
○塙 朋子:
関係性に応じた情動表出
--児童期における発達的変化--
(次号掲載)
○ト部敬康・佐々木薫:
授業中の私語に関する集団規範の調査研究
--リターン・ポテンシャル・モデルの適用--
(次号掲載)
◎下仲順子・中里克治:
老年期における人格の縦断研究
--人格の安定性と変化及び生存との関係について--
【KRベスト論文賞】東京都小金井市在住の70歳の老人422名について、85歳までの15年間の人格の変化を縦断的に調べた研究。人格の測定には、老人向けに開発された文章完成法テストが用いられた。1976年に調査が開始され、10年後の1986年と15年後の1991年の3回ともデータが取れた90名について分析がなされている。結果の詳細は論文を読んでもらうとして、(1)70歳を過ぎても人格に変化する部分があること、(2)自我の強さの維持と生存率との間に関連があること、がこの研究の主要な発見である。著者らは東京都老人総合研究所に勤務しており、仕事の一環としてなされた研究ではあるが、15年間の縦断的研究という視野の長い研究にはやはり感服する。記述は丁寧で読みやすく、結果も図示されていてわかりやすい。関連する研究の紹介も豊富で勉強にもなる。
●夏堀 睦:
児童の物語創作における創造性に関する一考察
--物語−解決構造の枠組みによる分析--
『へびくんのおさんぽ』という絵本の始まりの部分だけを示し、続きを創作させるという課題を小学生2,4,6年生計209名にやらせた結果を分析したもの。結果を6タイプに分け、それぞれのタイプの出現率を比較しているのだが、被験者209名は学年と性とで分割すると各群31-38名にすぎない。これを6タイプに分けてしまうといかにもデータが少ない。どんなにデータが少なくても逆正弦変換はできるから、変換して分散分析にかけて有意差を出すことはできちゃうがそれはまやかしに過ぎない。また、研究テーマ自体もこれだけの実験から「創造性一般」を論じるのは無理だと思う。文献リストの並びから判断するに穐山先生をカメヤマ先生だと思っているらしい。
○高井範子:
対人関係性の視点による生き方態度の発達的変化
(次号掲載)
○皆川 順:
概念地図作成法におけるリンクラベル作成の効果について
高校2年生64名を被験者にして、関連する概念間を線(リンク)で結び、その関連性を明示(リンクラベル)させると、学力が比較的低い被験者の成績も向上することを示した点で有意義な研究。ただ、4つの実験群が機械的に命名されているため読みにくい。せめて、LH群・LL群・NH群・NL群としてほしかった。なによりも気になる点として、実験に参加したことにより、被験者の定期テストでの成績が低下してしまっていることがある。これでは倫理的にも問題である。なんらかの補償的措置は取られたのであろうか?
○坂田成輝・音山若穂・古屋健:
教育実習生のストレスに関する一研究
--教育実習ストレッサー尺度の開発--
(次号掲載)
○伊藤寛子・和田裕一:
外国人の漢字記憶検索における手がかり
--自由放出法を用いた検討--
漢字の修得度に違いのある外国人42名と、比較対照のための日本人12名に15分間思いついた漢字を自由に書かせ(自由放出法)、その想起パターンを分析した研究。先行研究と同様に、初級者では形態手がかりが多く使われるが、習熟度が高くなるに連れて、意味手がかりの使用のほうが多くなることが確認された。p.349の図1を見ると、形態手がかりの利用は初心者から上級者そして日本人と常にほぼ一定であり、これに対し、意味手がかりの利用は習熟に連れてどんどん増えてくることがよくわかる。
○郷式 徹:
幼児における自分の心と他者の心の理解
--「心の理論」課題を用いて--
(次号掲載)
●黒沢 学:
訳語間の派生関係について推論を求める教示が外国語語彙の獲得に及ぼす影響
英単語の訳語として、よく知られているものの他にあまり知られていないものがある。この非優勢な訳語を(a)語源推論、(b)イメージ比較、(c)頻度比較の3種類の学習方法で学ばせたところ、(a)語源推論条件が一番成績が良かった。著者はこの実験結果から「語源(派生関係)について推論させることが外国語の語彙学習に有効である」という仮説の検証ができたと結論づけているが、3つの課題の「処理水準」の違いが「精緻化」の違いを生じさせ、再生成績に差が生じただけという可能性が否定できない。派生関係の推論が容易な語と困難な語に分けた分析結果の解釈にも疑問がある。著者は「派生関係の推論が容易な語で3学習条件間の再生率のがより大きい」と述べているが、「再生率のはむしろ推論が困難な条件のほうが大きい」ことを見逃している。検証したい仮説があるために結果の解釈を歪めてしまった好例である。
○外山美樹・桜井茂男:
大学生における日常的出来事と健康状態の関係
--ポジティブな日常的出来事の影響を中心に--
(次号掲載)
○山内香奈:
論文評定データの解析における多相Raschモデルと分散分析モデルの比較
論文試験の評定において、評定者や観点に特異なものがある場合にそれを検出する方法としての、多相Rasch法と分散分析法とを比較したものである。具体的には、卒業論文抄録25編を評定者10人が5つの観点について5段階評定した結果をデータに、両方法を適用し、特異値の検出されやすさを比較した。その結果、あまりなじみのない多相Rasch法よりも分散分析法の方がむしろ優れていることが確認された。「特異なものがある場合にそれを検出する」って、要は「平均値と大きく違う評定値はヘンだとみなす」ことだから、普通にやっていることでOKってことだ。ちょっと安心したと同時に、なんか肩すかしを食らわされた感じがした。