第4巻第4号             1998/9/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第46巻第2号掲載論文批評】

(その2)

○伊藤美奈子・中村健論文:
(前号掲載)
水間玲子論文
大学生503名(男子201名・女子302名)を被験者に、「理想自己と現実自己のズレ」と「自己評価」「自己形成意識」との相関を調べた研究。理想自己の評定方法に以下の改良を加えたところがこの研究のミソであるとされる。被験者自身に理想自己を10項目について評定させるが、評定項目は被験者自身に自由に記述させ、記述項目数を10項目に揃えるために、研究者側が設定した項目も選択肢として用意する。こうした方法によれば、被験者にとって重要性の高い項目についての理想自己が調べられるからであるという。しかし、研究結果からは特に従来の方法による結果との違いは見いだせなかったようである。「問題と目的」の部分で、研究者側が用意した項目に評定させるだけというのが従来の研究における「特筆すべき大きな問題点である」と論じたわりには、「結果」や「考察」でこの問題点が解決されたのかどうかが明確に記述されてないのには不満が残る。
●岩槻恵子論文:
(前号掲載)
酒井・山口・久野論文
項目反応理論を使って、著者らが開発中の価値志向性尺度の一部に、一次元的階層性があることを確認したというだけの研究。たとえて言うと「ハイブリッド・カーのプリウスに乗って、近くのコンビニに行ってみたら、駐車場があって便利でした」という感じである。研究の目的が何なのかよくわからない。「一次元的階層性」というのも、「i番の質問項目にYesと答えた人は必ずj番にもYesと答えるがその逆は成り立たない」というような項目間の順序性が保たれているというだけのことで、特に新しい概念でもない。著者らが新しく作成した尺度のすべての項目間にそうした関係が見られたのだとすれば尺度の信頼性は特筆ものとなるであろうが、「そうした項目対が少なくとも一つは存在する」くらいのことは珍しいこととも思えない。そうした一次元的階層性の確認に項目反応理論を使ったことが研究のポイントであるとも言えない。項目反応理論を使わなくても、古典的なガットマン尺度構成法でできるからである。(私も学部生の頃、30年近くも前に基礎実験の授業で習った覚えがある。)項目反応理論ならではの利点を活かした研究を著者らには期待したい。
●山岸明子論文:
(前号掲載)
水野りか論文
【KRベスト論文賞】この号(第46巻第2号)のまともな論文はこの論文だけだった。しかし、相対評価で「ベスト論文賞」としたわけではない。この論文は、著者が精力的にかつ多面的に研究をしている一連の「分散効果」についての研究の一つであり、分散効果を具体的な教育場面に役立てる可能性を示してみせたものである。今までのこの著者の研究は、分散効果のメカニズムが「作業記憶や長期記憶の再活性化」によるものであるという「再活性化説」を提示し、シミュレーションやプライミング実験など基礎心理学的な手法で「再活性化説」の正しさを検証するというものであった。そうした基礎研究から「提示回数が増すごとに徐々に提示間隔を広げていくような分散学習スケジュールが最も効果的」という示唆がえられた。そこで、本論文では、3つの巧妙な学習実験によって、その予想が正しいことを実証してみせたというわけである。実験を繰り返して論理的に仮説を検証していく研究スタイル、論旨明快な記述、わかりやすい図による結果の表示、資料としての過不足ない実験データの掲載など、すべてにおいて、賞賛できる模範的論文である。
●渡部玲二郎・佐久間達也論文:
(前号掲載)
下村英雄論文
大学2・3年生92名(男女ほぼ同数)を「主観的期待効用方略」学習群・「属性による排除方略」学習群・統制群の3群に分け、方略学習が「職業選択に対する自己効力感」に与える効果を調べたものである。各群は、職業レディネス尺度の得点によって、高群・低群に再分割されたが、方略学習の効果は一部レディネス低群間で見られただけで、肝心のレディネス高群間ではまったく差が見られなかった。同じ著者による前回の論文(下村,1996)へのコメントでも述べたことなのだが、著者は職業選択の難しさの本質を見誤っているように思える。「大学生の就職活動は、膨大な企業情報を検討して一定期間内に就職先を決定しなければならない意志決定であるために難しいのだ(p.194)」という就職活動へ問題の立て方そのものが間違っているのではないだろうか。
○三木和子・桜井茂男論文:
(前号掲載)
崎原秀樹論文
3歳から6歳までの幼児のカタカナとひらがなの視写技能の発達について調べた研究。都内の保育園児90名(各年齢段階ほぼ同数ずつ・男女もほぼ同数ずつ)に「オ」「ヤ」「く」「い」「ま」「ぬ」の6文字を一人ずつ視写させ、年齢や知能(グッドイナフ人物画知能検査)との関連を調べた。その結果、「年齢や知能の上昇とともにだんだん上手に書けるようになっていく」という分かり切った結果がわかった。
●堀田美保論文:
(前号掲載)
三スギ奈穂論文
30代から50代の有職女性129名・専業主婦114名・農業従事者75名の計318名に郵送法による質問紙調査を行い、自我同一性がライフスタイルの違いでどう変わるのかを調べた研究。調査研究の基本中の基本がしっかり押さえられていないために、資料価値のまったくない意味のない研究報告になってしまっている。まず、調査対象の選び方が恣意的すぎる。「被験者を手近の大学生で済ませてしまう」ことは心理学ではよくやられていることだが、「手近の大学生が一般の大人を代表できる」という前提が多くの場合成り立つからである。しかし、この調査はひどい。「知人を介して」探し出した有職女性や専業主婦が、一般的な有職女性や専業主婦の代表と言える保証が何もない。しかも、こうした有職女性は「看護婦・教師・会社員より構成」という説明がなされる以外にその人数内訳も特徴記述も何もない。農業従事者についても同様である。どんな農業にどの程度従事しているのかなどの情報はまったく提供されない。こうした被調査対象に対する記述の不十分さは結果の記述にも現れている。30代・40代・50代の年齢集団別の比較がなされているのだが、それぞれの年齢集団の人数はどこにも記されていない。女性のライフスタイルの重大な要因であるはずの子どもの有無や子どもの年齢もまったく考慮されていない。そもそもこの論文著者には、有職女性や専業主婦、農業従事者に対する偏見か差別意識があるのではないだろうか。そうでなければ、これほどまで女性をステレオタイプ的に捉えた調査研究を思いつかないはずである。