第3巻第6号             1997/12/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第45巻第3号掲載論文批評】

(その2)

○高村和代論文:
(前号掲載)
谷 冬彦論文
「個」としての自己の確立と他人との「関係」の中での自己の確立との間の葛藤が自我同一性の確立を難しくし、一方で対人恐怖的心性を引き起こすという仮説に基づく研究。既存の「自我同一性尺度」「対人恐怖的心性尺度」に加えて、「個−関係葛藤尺度」を新たに作成し、3尺度の関連を調べた結果、こうした仮説を支持する結果が得られた。一つ気になったことは、「日本人青年では」という限定詞が随所に見られ、「比較文化的」な記述になっているのだが、得られたデータは日本人大学生だけについてであり、直接に対照される外国の研究も引用されていないことである。せめて、「今後の課題」の中にでも「今後は欧米の青年についても同様の調査を実施し比較検討したい」と述べてもらいたい。
○中島伸子論文:
(前号掲載)
進藤・立木論文
茨城県の短大生を今まで来たことのない都内の地下鉄の出入口に立たせ、地図上で自分の位置が正しく判断できるかどうか、その際にどんな手がかりが有効なのかを調べた研究。被験者の所属する大学での校外実習の機会を利用したものであるため、被験者数が総数26名とやや少ないことが難点であるが、現実的な問題を現実そのままの状況下で調べた興味深い実験研究である。研究の結果得られた主な知見は、3点である(著者らは6点挙げているが・・・)。(1)自己の位置同定には地図と現地とを同じ向きに揃えることが重要であること(2)自分の背後に位置する手がかりは利用されにくいこと(3)建造物のない「空き地」のような空間は手がかりとして利用されにくいこと。第(3)の知見はまだ信頼性が不十分であるが、事実ならばきわめて興味深い発見だと思う。
【進藤@山梨大さんからお便りが届きました。】(1997.12.24)
○山口利勝論文:
(前号掲載)
伊藤美奈子論文
学校内の種々の問題に対しては学校カウンセラーによる対応が考えられているが、一方、一般の教師による「校務分掌としての教育相談係」の存在も忘れてはならない。本研究は、そうした教育相談係教諭約350名について、「所属校の教育相談体制の現状(学校要因)」と「本人の相談係としての活動状況(個人要因)」とを郵送法によって調べたものである。さらに、カウンセリング等について学外研修を受けることの影響についても調べられた。興味深い結果としては、学外研修の成果は「個人要因」には良い影響を与えるが、「学校要因」にはほとんど影響がないということである。カウンセリング技法などだけでなく、学校という組織の中で教育相談の「体制作り」をいかに行うかについても研修がなされるべきであるという提言は重要であると思う。【著者からお便りが届きました。】(1997.12.13)
○松尾・新井論文:
(前号掲載)
笹屋里絵論文
4歳児から大学生までの140名の被験者を用いて「表情」と「状況」とから他者の感情を推測する能力がどのように発達するかを調べた研究。140名に各20分ずつ個人実験を行うのはかなり努力を要する。感情推測課題にはVTRを用い、被験者と同性のモデルを用意するなど実験の手続きも丁寧である。「表情」と「状況」が矛盾する課題では、4・5歳児では「表情」からの感情の読みとりが優先されるが、小学生では「状況」優位になり、中学生以降は両者の統合がなされるという結果が示され、その理由として感情理解能力の発達曲線が「表情」と「状況」とで違うことが示されている。論文の文章、図表の使用も適切で分かりやすく読みやすい好論文である。本号掲載論文は粒ぞろいであったが、【KRベスト論文賞】はこの論文に授与したい。
○西垣順子論文:
(前号掲載)
西垣さんから反論が届いています。(1997.11.20)
冨安浩樹論文
進路決定に関わる「自己効力感」と時間的展望との関連を調べた研究。時間的展望の測定には「過去・現在・未来を円で表現させる」というCircles Testを用いた。その結果、「自己効力感」が高い者ほど未来を重視し明るく捉えていることがわかった。この論文でもself-efficacyが「自己効力」と訳されている。これは「英語と日本語とを単純に対応させる誤り」である。self-efficacyは「自分自身の効力に対する感覚」つまり「自己効力感」と訳すべきだと思う。以前に同様の主張をした際、著者の浦上氏から「『自己効力』に『感』の意味が含まれているのだ」という返事をもらった。しかし、日常的な用語としての「効力」には「効力感」という意味はない。一般の語の意味はそうでないとしても「心理学の専門用語としては感を含んだ意味を持たせるのだ」ということかもしれないが、そうした専門家の傲慢は学問を孤立させるだけだと思う。専門用語も一般の人にわかりやすいものにするよう心がけるべきである。(浦上氏との議論の実際は、ここから入ってお読み下さい。)
◎吉村 斉論文:
(前号掲載)
吉村さんから返答続伸が届いています。(1997.11.17)
明和政子論文
乳児の空間認知の発達について調べることを目的に、3人の乳児について生後2ヶ月から5ヶ月までほぼ2週間ごとに観察を行った縦断的研究。主として目の前の玩具などへの「注視」「手のばし(リーチング)」「発声」について調べた。研究の結果、いわゆる「首が据わる」という時期(生後16-17週)を境に、注視や手のばしが「自分の届く距離に置かれた物」に対してより多くなされるようになることがわかった。発声は注視や手のばしに伴う場合が多いことも示された。乳児を縦断的に研究することは手間がかかるとは思うが、被験者が3人で、しかも結果が3人で一致しない場合が多いため、結果の信頼性にやや疑義が持たれる。せめてもう少し被験者を増やしてもう少し安定した結果を提示してもらいたいと思った。
沢宮・田上論文
1997年の日本心理学会でも講演した「楽観主義を実践する心理学者」Seligmanの「楽観的帰属様式尺度」(1991)の日本版を作ろうとした試みである。Selgman(1991)を翻訳しただけの尺度の信頼性が低いことがわかったため、日本の文化的背景を考慮して項目を加減した尺度を作り、社会人・学生計466人を被験者に信頼性を調べた。最終的に23項目からなる「日本版」尺度ができ、MMPIやYGとの相関を通して妥当性も実用に耐えるレベルであることが確認された。この論文の著者らもかなり楽観的であると思った。