日本認知科学会機関誌

『認知科学』

第3巻第1号:1996年2月発行●


●特集--目撃証言と記憶研究●

異なる事態を目撃した2人の目撃者の

話し合いによる記憶の変容

Memory distortion in eyewitness pairs
who observed nonconforming events and discussed them.
兼松仁*・守一雄・守秀子**
Hitoshi KANEMATSU, Kazuo MORI,& Hideko MORI        
信州大学教育学部
Faculty of Education, Shinshu University
*:非会員、現所属は長野市役所。
**:非会員、現所属は松本短期大学。

目次

Abstract
1.はじめに
1.1 話し合いによる情報の補い合い
1.2 話し合いよる情報の歪み
1.3 相違する情報の話し合いによる修正
1.4 本研究の目的
2.実験方法
2.1 映像の提示方法
2.2 提示映像
2.3 被験者
2.4 具体的手続
3.結果
3.1 映像の違いに気づいたか
3.2 自由再生率の分析
3.3 手がかり再生率の分析
3.4 同調率の分析
3.5 同調のメタ認知の分析
3.6 自信度と同調の関連性:どちらが同調したのか
3.7 同調後の自信度の分析
4.考察
4.1 なぜ記憶が変容したか
4.2 2つの理由
4.3 実社会との関わり
4.4 話し合いだけでは記憶は変わらない
文献
著者紹介

Memory distortion in eyewitness pairs
who observed nonconforming events and discussed them.

Hitoshi KANEMATSU, Kazuo MORI,& Hideko MORI
Faculty of Education, Shinshu University

  A new experimental technique has been invented in which two different events can be presented independently to a pair of subjects sitting side-by-side in front of the same screen so as to make them believe that they are watching the same event simultaneously. Two video projectors with polarizing filters diagonal to each other projected different moving pictures on the same screen. These were observed by a pair of subjects wearing polarizing sunglasses suitable for one or the other video projector. Using this experimental technique, thirty pairs of undergraduates observed basically the same event but three nonconforming points were included. Each pair of subjects were asked to report individually on what they had seen-- Pre-Discussion Report. Then they were allowed to discuss the event they had just observed, and were asked to report again-- Post-Discussion Report. Subjects were invited to come to the laboratory a week later to report what they had seen the week before-- Week-Later Report. Fifteen pairs of the subjects were instructed to come to agreement during the discussion whereas the other fifteen pairs were simply instructed to discuss what they had seen. In the Week-Later Report, subjects in the former group tended to change their memory of the event, either consciously or subconsciously, whereas this tendency was much less in the latter group. In general, the Post-Discussion Reports were more complete than the Pre-Discussion Reports, that is, the discussion inproved the subjects' memory of the events.
Keywords
memory distortion(記憶の歪み),
eyewitness testimony(目撃者の証言),
discussion(話し合い),
nonconforming events(異なる事態),
polarization filters(偏光フィルタ)

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    1.はじめに

     ある一つの出来事が生じ、そしてその出来事を複数の人間が目撃していたとする。このとき目撃していた人たちが事件についてお互いに話し合いをもつであろうことは想像するに難くない。その話し合いは知人同志ではもちろん直接の会話という形で行われるであろうし、その他にその知人同志の話を第三者が偶然耳にはさんでしまうという間接的な話し合いも有り得るであろう。このような話し合いはその目撃者たちの記憶と、一体どのような係わりをもっているのだろうか。


    1.1  話し合いによる情報の補い合い
     高取(1980)は被験者に詩を暗記させそれを再生させる場合に、一人で再生させるよりも2人で話し合いながら再生した方が成績が良いことを見い出している。高取はその理由を、話し合いにより再生の内容の問題点が明確となり、その問題点を解決するよう努力することで再生の正確さを高めようとする焦点ストラテジーという方略が有効に働くためであると説明している。
     また兼松(1992)は架空の犯罪場面を撮影したスライドを2人一組の被験者に提示し、あらかじめそのスライドの風景と人物をそれぞれ意図的に分担して見る分担再生群と意図的な分担なしでスライドを見て後で話し合いをもつ共同再生群とを比較した。そして話し合いをする前では分担再生群に劣っていた共同再生群の再生が、話し合い後では分担再生群の再生と差がなくなった事を示した。つまり風景・人物と目的意識を持って分担して見ることにより、全体を漠然と見ていては注意を注ぎにくいと思われる細部についての再生が良いという分担再生群の長所を、共同再生群は話し合いで補ってしまったのである。

    1.2  話し合いよる情報の歪み
     話し合いが各自の記憶情報を補い合うことは望ましいことであるが、各自の記憶している情報が食い違っている場合にはどうなるであろうか?こうした記憶の歪みを扱った研究の始まりとなったのが Loftus(1979)である。この研究では、歩行者を巻き添えにした交通事故のスライドが被験者に提示され、被験者は後でスライドの内容について質問される。スライドの内容は「歩道に沿って走っていた赤い車が右折しようとして、横断歩道を渡っている人にぶつかり倒してしまう。そこへ緑色の車が通りかかるが止まらずに行ってしまう」というようなものであった。スライドの提示後、半数の被験者には「事故現場を通り過ぎた車が青であった」という故意に間違った内容の表現が含まれた質問がなされ、残りの半数には色の記述のない同じ質問がなされた。
     その後、色の再認テストが行われたが、質問に色の情報がなかった被験者はほぼ正しく緑を選ぶ傾向にあったのに対し、質問で「青」の情報を与えられた被験者は青あるいは青緑を選ぶ傾向があった。つまり、間違った情報、自分の見たものと矛盾する情報が質問で与えられただけで被験者は自分自身の記憶していた情報を変化させていたのである。目撃者の記憶がその後の質問によって歪められることはその後多くの研究者によって確認されている。また、同様の記憶の変容は子どもでも観察されている(菊野,1993参照)。

    1.3  相違する情報の話し合いによる修正
     同じ場面に遭遇した場合でも、見間違いや思い違いによって、他人とは異なる情報を記憶することが起こりうる。日常生活ではそうした食い違いが大きな問題となることはないが、事件の目撃者の証言に食い違いがある場合には重大である。そうした意味で、目撃者の記憶の食い違いがどのように「修正」されていくのかは大変興味深い研究対象である。 しかし、見間違いや思い違いを実験的に研究することは難しい。見間違いは日常よく起こることとはいえ、実験室でそうした間違いを簡単に再現できるほどには起こらないからである。これは、人間の種々の間違いについて研究するエラー研究全般に内在する研究方法上の難点である(Reason,1990参照)。
     兼松(1992)は、2台のスライドプロジェクタにそれぞれ互いに直交する偏光フィルタを取り付け、別々のスライドを同じスクリーンに同時に提示し、偏光サングラスを使って一方のスライドだけを被験者に見せるという視覚刺激提示方法を考案した。この方法を用いれば、被験者が見間違うのを待っていなくとも、実験者側が2人の被験者に別々の画像を提示して、「見間違った」と同じ現象を引き起こすことができる。
     本研究では、この兼松(1992)の方法を動画像で実現させ、2人の被験者に異なる映像を提示する。ここで重要なことは、これら2人の被験者は並んで同じスクリーンを見ているため、違う映像を見ていながら、「互いに同じ映像を見ていると思ってしまう」ことである。
    1.4  本研究の目的
     本研究では以下の2点について実験的に検討することを目的とした。まず、前述のような映像提示方法を用いることにより、「同じ場面を見たはず」と思っている2人の被験者が話し合いを通じて情報の食い違いをどう処理し、またそれがそれぞれの記憶にどう影響するかを調べる。あわせて、話し合いによって被験者の記憶再生成績の向上が見られるかどうかも検討する。



    図-1 映像提示装置の概略(上から見たところ)
      ビデオデッキAから送られた画像はビデオプロジェクタAにより半透視スクリーンに投影され、同じ振動方向の光だけを通す偏光サングラスAをかけた被験者aに提示される。ビデオデッキBからはあらかじめ90度傾けて撮影された画像がビデオプロジェクタBに送られる。プロジェクタBは逆方向に90度傾けて置かれているため、正立映像が半透視スクリーンに投影される。ただし、この映像は光の振動方向が90度傾いているため、偏光サングラスAをかけた被験者aには見えない。同じ原理により、90度傾けた偏光フィルタをつけた偏光サングラスBをかけた被験者bには、映像Bだけが見えて、映像Aは見えない。ちなみに、被験者abをそれぞれ右眼・左眼に置き換えたのが、偏光フィルタを使った立体映画の原理である。
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    2.実験方法

    2.1  映像の提示方法
     液晶表示装置は、電圧をかけることによって液晶の偏光方向が変化することを利用して、液晶と偏光レンズを組み合わせて作られている。ビデオプロジェクタは、液晶表示装置上に作った像を強い光源を使って投射する仕組みであるため、偏光フィルタをかけたのと同じことになる。
     そこで、2体のビデオプロジェクタを用い、その1体を90度傾けることにより、互いに直行する偏光映像を同じスクリーンに投射することができる。ただし、90度傾けて映写する映像はあらかじめカメラを90度傾けて撮影しておく必要がある。また、通常の画像は横長であるため、90度傾けて投射すると縦長の画像になってしまう。そこで、スクリーンの手前に正方形の枠を置いて画像を正方形に修正し、2つの画像が完全に重なるようにする。被験者にこの枠が見えないように、スクリーンは半透明の透写型のものを用いる。(図-1参照)
     それぞれ一方の映像だけが見えるような2つの偏光サングラスを用意し、2人の被験者にかけさせる。偏光サングラスは外見上はまったく区別が付かない。

    2.2  提示映像
     架空の犯罪場面を撮影したVTR映像(車に乗った2人組の男女が歩道に立っている女性に道を尋ねるふりをして女性の持ち物を持ち去る。)を自作し、実験に用いた。映像の提示時間は1分程度であった。
     映像は2タイプ用意された。それぞれはまったく同じ犯罪場面が写されているが、以下の3項目のみが異なっていた。
    (1)2人組の男女の乗っていた車の色(紺vs白)
    (2)男の服装(縞のパーカーvs白シャツ)
    (3)歩道の女性が最後に歩いて行く方向(画面手前vs画面奥)
    《提示映像内容の再生基準の作成》
     上記2種類の映像をあらかじめ大学生20名に見せ、映像内容を自由記述させた。映像は必要に応じて繰り返し見せた。その結果、どちらの映像でも46項目が記述されたため、この46項目を再生の基準とした。またより多くの者から記述された項目を中心に「手がかり再生」に使う25項目を選出した。

    2.3  被験者
     信州大学教育学部生男9名・女51名、合計60名である。被験者2人一組で実験を行ったが、2人の関係・性別については特に指定しなかった。
     以下の共同条件・統制条件それぞれに15組ずつの被験者をランダムに割り当てた。
    【共同条件】話し合い直後の再生テストにおいて、2人の意見を一つにまとめて「共通見解」を形成する。
    【統制条件】話し合いは行うが「共通見解」は形成しない。

    2.4  具体的手続
    2.4.1 全体教示
     まず「夜に見た出来事についての研究をしています。そこでこれからスクリーン映る映像をこのサングラスをして見て頂きます。」と言い、被験者にそれぞれサングラスを掛けてもらった。(この教示は、液晶プロジェクタの光量が少なく画面が少し暗いこと、及びサングラスを被験者に掛けてもらうための理由づけとして与えられた。)
     そして「映像は1分程度の短いものです。視線を固定して見て頂きたいので、頭を左右に動かさないようにお願いします。」と言い、被験者にほお杖をして頭を動かさないよう教示した。(これは頭を傾けると見えないはずのもう一方の映像がある程度見えてしまうからである。)

    2.4.2 映像提示
     部屋の照明を消し、「これから映します」と言い、映像を提示した。
    2.4.3 議前再生テスト
     部屋の明かりを点け、被験者それぞれに「議前自由再生」の用紙を渡し次の教示を与えた。
    「今見た映像について、どのような場所でどのような事が起きたかをできるだけ詳細に記入して下さい。人物の服装や特徴、周囲の様子など気づいた事はどんな細かいことでもすべて記入して下さい。互いに相談しないで記入し、2人とも記入し終わったら呼んで下さい。」
     次に「議前自由再生」用紙を回収してから、「議前手がかり再生」を被験者それぞれに渡し次の教示を与えた。「今度は先ほどの映像についての質問に答えて頂きます。これも相談しないで記入し、2人とも記入し終わったら呼んで下さい。」
    2.4.4 話し合い
     「議前手がかり再生」用紙を回収しないで次の教示を与えた。
    「今記入してもらったものをお互い見せ合いながら、より正確なものとなるように2人で話し合って下さい。ただし、回答は書き直さずにそのままにしておいて下さい。話し合う時間は5分間です。」
    2.4.5 議後再生テスト
     「議前手がかり再生」を回収し、「議後自由再生」用紙を被験者に渡し次の教示を与えた。
    ●共同条件の場合(回答用紙は2人で1枚):「今の話し合いに基づいて2人の意見を一つにまとめ、2人でもう一度記入してください。」
    ●統制条件の場合(回答用紙は各自に1枚ずつ):「今の2人の話し合いを踏まえたうえでもう一度記入して下さい。そして話し合いに基づいて相手の意見を取り入れて記入する場合にはその部分について赤で下線を引いておいて下さい。お互い相談しないで記入し、2人とも記入し終わったら呼んで下さい。」
     「議後手がかり再生」は「議後自由再生」回収後に同様の教示により行った。(ここでも「共同条件」では回答用紙は2人で1枚、「統制条件」では各自に1枚である。)

    2.4.6 1週後再生テスト
     1週間後に再び実験室に来てもらい、「1週後自由再生」と「1週後手がかり再生」をこの順序で行った。ここでは、共同条件・統制条件とも被験者それぞれ個別に回答をもとめ、以下の教示を与えた。
    「1週間前に見た映像について記入して下さい。そして話し合いに基づいて相手の意見を取り入れて記入する場合にはその部分について赤で下線を引いておいて下さい。お互い相談しないで記入して下さい。」
     各再生テストとも、記入時間は特に制限しなかったが、記入にはそれぞれおよそ10分程度必要であった。共同条件の議後再生テストだけは、「2人の意見を一つにまとめる」ためにそれぞれ5分程度余分に時間がかかった。

    2.4.7 内省報告

     実験すべてが終了後に、2人が見ていた映像が違うものであったことに気づいたかどうかを口頭で尋ねた。


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    3.結果

    3.1  映像の違いに気づいたか
     実験すべての終了後に、2人が見ていた映像が実は違うものであったことに気づいたかどうかを口頭で尋ねた結果、被験者は誰も映像が違っていたことには気づいていなかった。これは本研究の前に行った予備実験でも同様であり、本研究に用いられた映像提示方法は「被験者に同じ映像を見ていると思わせつつ違う映像を見せる」という機能を完璧に実現していたと言える。
    3.2  自由再生率の分析
     あらかじめ調べた映像内容46項目のうち「自由再生テスト」において正しく再生された項目数を百分率にしたものを自由再生率として表-1に示した。表-1から、議前・議後・1週後と後になるほど自由再生がより多くなされる傾向が見られた。また、共同条件の自由再生率の方が全体に高い傾向も見られた。分散分析の結果、これらの主効果はどちらも有意であり(再生時期 F(2,112)=34.32, p<.01;実験条件 F(1,56)=11.93, p<.01)、また両者の交互作用も有意であった(F(2,112)=3.87, p<.05)。LSD法による多重比較の結果、共同条件・統制条件ともに話し合いの前後で自由再生率の平均に有意差が生じることがわかった(MSe=47.83,5%水準)。交互作用が有意となったのは、話し合い後の自由再生率の伸びが共同条件の方が特に大きかったためで、「2人の意見を一つにまとめる」ことの効果が確認された。

    表-1
    自由再生率の変化
    テスト議前議後1週後
    条件(映像)平均(SD)平均(SD)平均(SD)
    共同(A)48.13( 9.63)58.20( 9.65)59.47( 6.91)
    共同(B)45.13( 9.03)58.20( 9.65)58.80( 9.49)
    46.6358.2059.13
    統制(A)48.93( 8.52)51.60( 7.31)53.00( 8.87)
    統制(B)39.60(10.54)47.40( 6.22)48.93( 9.11)
    44.2749.5050.97

    3.3  手がかり再生率の分析
     「手がかり再生テスト」における正答数を質問項目数に対する百分率にしたものを手がかり再生率として表-2に示した。ここでも、話し合い後に手がかり再生率の成績が高くなる傾向が見られた。また、共同条件の手がかり再生率の方が全体に高い傾向も見られた。分散分析の結果、これらの主効果はどちらも有意であった(再生時期 F(2,112)=19.38, p<.01;実験条件 F(1,56)=5.43, p<.05)。交互作用はどれも有意にはならなかった。LSD法による多重比較の結果、議前再生テストの成績だけが話し合い後の2つの再生テストより有意に低いことがわかった(MSe=31.24,5%水準)。
     手がかり再生率を用いての分析においても自由再生率での分析と同様に、話し合いの効果が確認されたが、交互作用が有意とならなかったため「2人の意見を一つにまとめる」ことの効果は確認されなかった。それでも、話し合い後のテストでの成績の伸びは共同条件の方が大きく、全体的傾向は自由再生率での分析と同様であったと言うことができる。

    表-2
    手がかり再生率の変化
    テスト議前議後1週後
    条件(映像)平均(SD)平均(SD)平均(SD)
    共同(A)53.07( 7.79)57.60( 9.33)57.60( 8.98)
    共同(B)49.07(10.78)57.60( 9.33)57.87( 7.98)
    51.0757.6057.73
    統制(A)48.00( 9.46)52.27( 6.28)49.60( 9.67)
    統制(B)47.47(12.55)53.87( 6.67)52.27( 7.22)
    47.7353.0750.93

    3.4  同調率の分析
     1週間後の2つの再生テストでの3つのチェック項目についての回答の一致数を被験者ペアごとに集計し、最大値6に対する百分率にしたものを同調率として表-3に示した。(2つの再生テストの回答は、自由再生テストで該当個所についての回答漏れが数件見られた他は、基本的にまったく一致していたため、2つのテストをまとめて分析した。)共同条件では、8割近い同調率が見られたことがわかる。一方、統制条件の同調率は共同条件の約半分であった。t検定を行った結果、両条件の平均の差は1%水準で有意であった(両側検定:t(28)=2.92,p<.01)。したがって、共同条件の方が統制条件と比較してより相手の意見を取り入れているということができる。つまり、話し合いの後に2人で意見を一つにまとめ、2人の「共通見解」とでも言うべきものを形成するような条件下では、自分が見ていない項目について相手の意見を自分の記憶に取り入れやすいということである。
    表-3
    1週後の再生テストにおける同調率の平均
    実験条件平均(SD)
    共同条件76.7(22.7)
    統制条件42.2(38.0)

    3.5  同調のメタ認知の分析
     本研究では、同調についてのメタ認知が調べられるように、話し合い後の各1週間後の2つの再生テストにおいて、「話し合いに基づいて相手の意見を取り入れて記入する場合にはその部分について赤で下線を引いておいて下さい。」という教示を与えてあった。そこで、共同条件で見られた高い同調率が「他人の意見であることを認識した上での同調(メタ認知あり)」なのか「知らず知らずのうちに同調してしまったもの(メタ認知なし)」なのかを調べることができる。その度数分布を各条件の各再生テストごとに示したのが表-4である。各テストとも3チェック項目×15組=45が最大値となる。なお自分の意見を回答しているにもかかわらず、赤で下線を引いてしまったメタ認知の誤り(=メタ誤認知)の度数についても参考までに示した。
     表-4から、共同条件では相手の意見を回答すること(=同調)そのものが多いだけでなく、「知らず知らずのうちに同調してしまったもの(メタ認知なし)」が多いこともわかる。統制条件における「メタ認知なしの同調」は3〜5と少なく、またこの数値は「相手の意見に同調したつもりで自分の意見を回答する」という逆方向のメタ誤認知の生起度数とほぼ同じである。この逆方向のメタ誤認知の頻度は共同条件においても統制条件と変わらないことから、「共通見解」を作成することはメタ誤認知の生起頻度を全体に高めるのではなく、「共通見解」を採用する方向へのメタ誤認知だけを起こしやすくしていることも確認できる。
    表-4
    「同調」のメタ認知(度数分布)
    相手の意見を回答自分の意見を回答
    メタ認知
    あり なし 計
    メタ誤認知
    共同条件
     1週後自由再生
    24   11   355
    共同条件
    1週後手がかり再生
    22   14   363
    統制条件
     1週後自由再生
    15   3   183
    統制条件
    1週後手がかり再生
    15   5   203

    3.6  自信度と同調の関連性:どちらが同調したのか
     本研究で用いられた再生テストのうち、「手がかり再生」では、各質問項目ごとに、回答とともにその回答に対する「自信度」を7段階(7:「絶対の自信がある」〜1:「全く自信がない」)で評定する欄を設けておいた。そこで「食い違った情報を見た2人の被験者のうち、自説を修正した被験者(同調した被験者)の方が自信度が低かったのか否か」という点について分析してみる。
     表-5に示すとおり、同調は自信度の低い方の被験者に起こることは明らかである。全部で延べ45のチェック項目のうち、これに反するケースは、2件のみ(6組目の第3チェック項目と12組目の第2チェック項目)であった。自信度の高い方が「同調」したように見えるケースがこのほかに2件あるが、それらは「自信度の高い被験者」の方が、もともと間違っていたためで「同調」ではない。

    表-5
    自信度と同調の関連性(共同条件15組の結果)
    被験者組チェック項目
    車の色
    紺 白
    男の服
    縞 白
    女の歩く方向
    前 奥
    (2)*_6(3) 77 (6)
    (5) 7(2) 6(7) 7
    (5) 7(1) 2(6) 7
    (4) 42 1 (7) 7
    (6) 7( ) 37 (7)
    (5) 6(1) 56 (7)
    7 (5)7 (2)7 ( )
    (3) 6( ) 57 (7)
    7 (2)(5)*_37 (2)
    107 (4)2 4 (7) 7
    11(7)*_76 (4)7 (6)
    12(3) 71 (3)(5) 6
    137 (4)    − (-)
    14(4) 6( ) 2(6) 7
    15(5)*_2(1) 17  6
    (数字は「議前手がかり再生テスト」における自信度。()は「同調」を示す。()のみで数字がないのは、再生ができなかったため自信度評定もないことを示す。−は自信度のみ記述なし・空欄は回答なしを示す。*があるのは、「議前手がかり再生テスト」において、すでに間違って再生されていることを示す。)

     ちなみに、3つのチェック項目とも一方の被験者が「一貫して同調」している例は、15組の被験者のうち4組(2,3,7,14)であった。これらの被験者は、いわゆる「弱気な」性格のために「同調」した可能性がある。また逆に言えば、大半の組(11/15組)では、項目ごとに「同調」が分散したということになる。このことも人間関係のためにお互いに「同調しあった」ためかもしれない。とすれば、「同調」の起こる要因の一つに、自信度以外に性格特性や人間関係などをも考慮する必要があることになる。しかし、実は、この生起率は偶然による期待値とほぼ一致していて、被験者の性格や人間関係によって「同調」が起こっていると考える必要はない。
    3.7  同調後の自信度の分析
     一度相手の意見を受け入れ「同調」した被験者は、それをあたかも自分の意見であるかのように考える場合があることがわかった。しかし、そうした場合、「同調」した被験者は新しい見解に対してどの程度自信をもっているのであろうか。
     図-2は、共同条件における1週間後の手がかり再生テストの3つのチェック項目で相手の意見に「同調」した36例について、その際の自信度とメタ認知の有無をヒストグラムにしたものである(右側)。比較のために、自分の意見に「同調」させた方の被験者の自信度を左側に示した。
     この図から、いくつかの興味深い点が読みとれる。(1)まず第一に、「同調」した方の被験者の自信度はやはり相棒よりも低くなる。(2)しかし、その自信度はけっして低くない。自分が見ていないはずの相手の意見を採用しておきながら、36例中22例で自信度5(「少し自信がある」)以上を回答している。(3)しかも、相手の意見を採用しながらそのことに気づいていない場合でさえ(メタ認知なし)、大半が自信度5(「少し自信がある」)以上を回答している。
     自分で見てもいないことに関して、なぜここまで自信がもてるのであろうか?その答えは、どうやら「相棒の自信が引き継がれる」ということのようである。つまり、「一緒に見ていた仲間が自信を持って○○と答えているのだから、私も自信を持って○○と答える」というわけである。1週間後の再生テストにおいて自分の回答に高い自信(5以上)を示した22例のうち、相棒もまた高い自信(5以上)を示したのは18例に及ぶ。(それでも、分布が全体として「自信がある」方に偏っているため、相関係数はr=0.18とあまり高くない。)
     それでは、相棒の自信度が高いことを「同調」した被験者はどうして知ったのであろうか?それは、2人で「共同見解」を作成した際にも自信度評定をしていたからである。その「共同見解」を作った際に、相手の意見を取り入れながら、高い自信度を回答した被験者はすでにこの時点で相手の意見を「自信を持って」取り入れてしまっていたのである。そして、その自信度が1週間後まで持続していたというわけである。

    図-2 共同条件の1週間後手がかり再生テストで自信度ヒストグラム
    (「同調」が起こった36例のみのデータ)

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    4.考察

    4.1  なぜ記憶が変容したか
     話し合いによりその後の再生成績が向上するということが確認された。これは、目撃者が実際には見ていないものや曖昧であったものについて互いの記憶を補い合い、最終的に出来事の全体像により近い記憶を持つことが可能になるためであると考えられる。
     1週間後の再生テストにおいて共同条件の方が同調率が有意に高いことも明らかにされた。つまり、一度取り入れた相手の意見は1週間後でもその出来事の記憶として定着していたのである。このことから自分の意見と矛盾する意見を取り入れるためには、単なる話し合いではなく2人で意見を一つにまとめる方向で話し合いをし、2人の共通見解を形成することが重要であると思われる。
     では、なぜ話し合いをし、「共通見解」を形成すると相手の意見を自分の記憶として定着させやすくなるのであろうか。被験者には、チェック項目について、取り入れた相手の意見でなく自分の意見を記入する機会が与えられていた。それでもなお相手の意見を記入したのは一体なぜなのであろうか。

    4.2  2つの理由
     考えられる理由は2つある。1つは、取り入れた相手の意見を自分の意見と思い込んでしまったというものである。これは「相手の意見を採用していながらそうしたメタ認知をもたない」度数が共同条件で有意に多かったことから確認された(表-4参照)。
     しかし、同調の大半は実は「相手の意見であるという認識を持ちながら同調しているもの」であることもわかった。したがって、相手の意見を自分の意見と思い込んだためであるという説明だけでは不十分である。そこで理由の2つ目は、「それが2人の共通見解であるからである」というものである。まるで禅問答のようであるが、2人で形成した共通見解であるからこそ相手の意見であることを認識しつつも、自分の回答として記入したのである。
     Hastie et al(1978)は目撃した出来事についての質問に対し分からないことは当て推量で回答するよう被験者に命じたところ、質問が繰り返されるにつれこの当て推量の回答に対する確信度が高まってくることを明らかにした。そしてその理由として、自分の意見には確信を持つべきであるという社会的なプレッシャーがあることを挙げている。本実験においてもこれと類似のことが起こったと考えられる。つまり、被験者は実験者からの教示により話し合いで明らかになった矛盾点も含めて、互いに納得するしないにかかわらずとにかく2人の意見をまとめなければならなかった。それは実験者に対する「映像に映っていたのはこういう出来事でした」という2人の共通見解の表明にほかならなかったのである。したがって、一週間がたったからといって勝手に自分だけ意見を変えてしまうような行為は許されない、それは相手あるいは実験者に対する裏切りであるというようなプレッシャーが働き、それゆえ相手の意見と認識しつつ記入したのだと考えられるのである。
    4.3  実社会との関わり
     Rumelhart & Ortony (1976)は「出来事の実際の知覚に基づく解釈はごくわずかなものにすぎない。その他の解釈は以前の記憶あるいは既存の知識に基づいたものか推論である。環境からの入力そのものが記憶に保存されるのではなく、その入力時に加えた解釈が保存されるのである。実際にはそうした解釈の断片しか記憶されないだろう」と主張している。
     Fischhoff(1975,1977)も、「後知恵として得た情報を自身の持つ知識の中に統合するだけでなく、その情報にあわせて従来持っていた情報を解釈し直すこともある。そしてこの活動はごく当たり前に行われているために事後情報が影響を及ぼしていることに気づかない」と述べている。
     本実験において話し合いは再生の成績を向上させ、事象の全体像を捉えることが可能になるという事が明らかにされた。その反面、実際には自分が見ていない対象について、あるいは映像自体が異なるために決して見ることのできない対象についてさえ、被験者は記憶を持つことができた。これは現実の事故を目撃した人たちにとっては重要な意味を持つ。つまり、この目撃者たちの証言が100%信頼できるものであるとは言えなくなってくるということである。警察官が現場に到着して目撃者に事情聴取するまでに、目撃者たちが話し合いをして事故についての共通認識を作り上げてしまっていたらどうであろうか。例えば、あまり明確に事故を目撃していなかった人が、近くにいた人たちの「車の方が悪い」という会話を聞いた場合、この人は「車の方が悪い」と証言しないだろうか。想像ではあるが、おそらくかなり高い確信をもって証言するであろう。さらにこの人が何度も繰り返し証言を求められた場合には、Hastie et al(1978)の言うように「自分の意見には確信を持つべきである」という社会的プレッシャーからますます確信を高め、他人の意見を自分の記憶に取り入れたなどということは忘れてまるで自分自身が目撃したかのようになってしまうと考えられる。それが良いとか悪いとかいう問題ではなく、話し合いで取り入れた内容が既に自分の記憶となってしまっているのである。そして、このような記憶の変質は一度事象の記憶を形成した後でも生じ得るのである。
     この点に関して、3.7での自信度の分析結果は特に重大である。本研究の結果は、「目撃者の自信度はほとんどあてにならない」ということを示しているからである。目撃者は自分では見ていない(あるいは当初自分が見たと思ったことと違う)ことに対してさえ、「自信を持って」証言する可能性がある。しかも、「当初自分が見たと思ったことと違う」ということに気づいている(メタ認知あり)場合でさえ、意に反することを自信を持って証言してしまう。さらには、自分が意見を変えたことに気づかないまま「自信を持って」答えることさえできるのである。
     Hastie et al(1978)も、目撃者が何度も繰り返し証言を求められた場合には、「自分の意見には確信を持つべきである」という社会的プレッシャーからますます確信を高め、他人の意見を自分の記憶に取り入れたなどということは忘れてまるで自分自身が目撃したかのようになってしまう可能性について述べている。本研究は、まさにそのことを実験によってハッキリと示したものである。

    4.4   話し合いだけでは記憶は変わらない
     最後に、自分の見た情報が相手と違っていることに気づいた後でも、被験者は思ったよりも相手の意見を取り入れなかったことも事実である。統制条件の同調率は42%に留まり、6割近くについては被験者は自分の意見を曲げなかったわけである。これは、本実験で用いたチェック項目の食い違いの程度が大きかった為かもしれないが、話し合いだけでは目撃者は思ったよりも自分の意見を放棄しないものであることもわかった。それだけによりいっそう「共同見解」を形成することの影響の大きさが重要である。

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    文献
    Fischhoff,B.(1975)
    Hindsight≠foresight: the effect of outcome knowledge on judgement under uncertainty. Journal of Experimental Psychology : Human Perception and Performance, 1, 288-299.
    Fischhoff,B.(1977)
    Perceived informativeness of facts. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and    Performance, 3, 349-358.
    Hastie,R., Landsman,R. & Loftus,E.F.(1978)
    Eyewitness testimony: the dangers of guessing. Jurimetrics Journal,19, 1-8.
    兼松仁(1992)
    目撃者の記憶−記憶の話し合いが目撃者の証言に及ぼす  影響についての研究− 信州大学教育学部教育心理学科卒業論文
    菊野春雄(1993) 
    子どもの視覚記憶に及ぼす言語的質問の効果 『教育 心理学研究』,41,99-105.
    Loftus,E.F.(1979)
    Eyewitness testimony. Cambridge,MA: Wiley.  (西本武彦訳『目撃者の証言』誠信書房,1987)
    Reason,J. (1990)
    Human error. Cambridge,MA: Cambridge University Press.(林喜男監訳『ヒューマンエラー』海文堂,1994)
    Rumelhart,D.E. & Ortony,A.(1976)
    The represantation of knowledge in memory. In Anderson,R.C., Spiro,R.J. & Montague,W.E.(Eds.) Schooling and the acquisition of knowledge, Hillsdale, N.J.: Erlbaum.
    高取憲一郎(1980)
    記憶過程におけるコミュニケーションの役割 −個人再生と共同再生の比較研究−『教育心理学研究』,28,108-113.
    【終わり】
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    著者紹介
    兼松 仁(かねまつ ひとし)(非会員)
     1994年信州大学教育学研究科修士課程修了.同年より長野市役所に勤め,現在長野市土地開発公社職員を兼務中.学部生の頃から「目撃者の記憶」に興味を持ち卒業論文,修士論文で話し合いによる記憶の変容を研究.現在は心理学とは縁遠い職にあるが,常に心理学者としての「心」を持ち続けたいと思っている.
    守 一雄(もり かずお)(正会員)
     1982年筑波大学大学院博士課程心理学研究科修了.教育学博士.現在,信州大学教育学部助教授.1995年4月に書いた『認知心理学』(岩波書店)では,「実験よりもモデル作りを」という主張をしたが,実は今回の論文のような「巧妙な」実験を考えるのが大好き.もうすぐ10年目になる『DOHC(年間百冊読書する会)月報』と今年から始めた『KR(教心研レビュー)』という2つのミニコミ誌の発行元.
    e-mail:kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
    http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/hp-j.html
    守 秀子(もり ひでこ)(非会員)
     1993年信州大学教育学研究科修士課程修了.現在,松本短期大学他3カ所で非常勤講師.非常勤教育心理学研究者.(主な論文に,「法則学習における発見的方法と説明的方法の比較」『教育心理学研究』第41巻など.)非常勤翻訳家.(訳書『人間この信じやすきもの』新曜社.)非常勤主婦.(夫1人に子ども2人.)
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