第6巻第2号             2000/6/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第48巻第1号掲載論文批評】

(その2)

第48巻第1号のこれ以前の論文は前号をご覧下さい。
●丸島令子(maru@mail.Kobe-c.ac.jp):
中年期の「生殖性(Generativity)」の発達と自己概念との関 連性について
 Eriksonのいう生殖性(子孫を生み出すこと、生産性、創造性を包含する概念)について、Domino&Affonso(1990)による「心理社会的バランス目録(IPB)」を用いて、日本人成人390人を対象にその発達的変化を調べた研究である。中年期を45-59歳と考え、その前を「成人期」、その後を「高齢期」として3期を比較すると、「中年期に最も顕著」というEriksonの仮定とは反して、高齢になるほど生殖性が高いという結果が得られた。Eriksonの仮定は半世紀も前のものとはいえもっともなもの(というか当然のこと)なので、IPBで生殖性を測定することが不適切だったのだと思うのだが、著者の解釈は違うようである。自己概念の因子構造の探索と精神科外来中年患者41人との比較も行っているが、キー概念となる生殖性がIPBで適切に測定できているのかをしっかり押さえてもらいたいと思った。
●坂田陽子(fwns7400@mb.infoweb.ne.jp):
幼児の選択的注意課題遂行における知識の役割
 Miller & Weiss(1981)が開発した「子ども用選択的注意課題」の遂行には課題に使われる刺激についての知識を有していることが不可欠であることを一連の実験で明らかにした好研究であると判断し、先行発行した英語版(vol.6-s1)では「KRベスト論文賞」としてしまった。しかし、これは早とちりだった。その後、Miller & Weiss(1981)を読みなおしてみると、坂田論文では「選択的注意課題」を改変し過ぎてしまい、もはや「選択的注意課題」とは言えないものになってしまっている。「問題・目的」で坂田が論じているMiller & Weiss(1981)研究の3つの問題点も、どれも坂田がMiller & Weiss(1981)を誤解しているように思う。実験結果にも疑義がある。Figure1には4歳児のデータが19人分しか示されていない。平均値34.975と知識課題の両方ができた者の人数から推測すると、知識課題のどちらか一方で×にもかかわらず知覚的関係課題得点が43点と高い4歳児のデータが足りないことになる。単なるミスかもしれないが、著者にとって都合の悪いデータなので、意図的なデータ隠しの疑いをもたれる可能性がある。Figure2もデータの総計と平均値とがずれている。著者からの連絡を待ちたい。
◎井上まり子 (ads9701@u-sacred-heart.ac.jp)・高橋恵子(keiko-ta@fb3.so-net.ne.jp):
小学生の対人関係の類型と適応
--絵画愛情関係テスト(PART)によ る検討--
 高橋(1978/89)が開発した絵画愛情関係テスト(PART)の小学生版を、小学校3年生と6年生計689名に実施し、心理的適応度(孤独感/自尊心/自己効力感)との関連性を調べた研究。子どもたちの対人関係の類型は「家族中心型」「友達中心型」「対人関係希薄型(Lone-wolf型)」に分けられることがわかり、Lone-wolf型の子どもは心理的適応度が低いことが明らかとなった。研究内容も記述も模範的な論文。
◎吉村匠平:【KRベスト論文賞】
「かくこと」によって何がもたらされるのか?
--幾何の問題解決場面を通した分析--
 大学生に幾何の問題を解かせ、その過程をビデオに撮って、「かくこと(書くことと描くこと)」の問題解決における機能を調べた研究。問題の解決段階ごとに被験者にベルをならさせたり、被験者が「問題」と「図」と「自分の答案」とのどれに注目しているかを確認しやすくするため、どれか一つしか見えないような装置を工夫したり、とオリジナリティ溢れるアイデアが随所に見られる。研究結果も面白い。「かくこと」には、頭の中のアイデアを外在化するという本来の機能のほかに、かくという身体運動からのフィードバック機能や、かいた結果(痕跡)からの視覚的なフィードバック機能も考えられる。そこで、これら2つのフィードバックを巧妙に分離して制限する条件を作り、それぞれの機能の問題解決への効果を調べた。その結果、(1)答案作成の制限は問題解決に影響しないこと、(2)探索的な図へのかき込みの制限では、身体運動と痕跡利用の両方を制限されたときのみ問題解決の停滞が見らること、(3)いずれか一方の制限がなされたときには、問題解決過程を変化させることで問題解決がなされること、が明らかとなった。書くと描くを区別しないためにあえてかながきで「かく」と表記しているが、背中を掻くことまで含まれてしまう。「書く/描く」と併記することにしたらどうだろう。
○橋本 剛 (i45253a@nucc.cc.nagoya-u.ac.jp):
大学生における対人ストレスイベントと社会的スキル・対人方略の関連
 「現代青年は対人スキルが低下していて」、そうした「スキルの欠如が対人関係の問題を引き起こしている」という2つの仮説を、大学生200名を被験者に「社会的スキル」「対人ストレス・精神的健康」「対人方略」をそれぞれ質問紙で測定し、それらの相関関係を調べることで検証しようとした研究である。しかし、著者のこうしたねらいは部分的にしか検証されなかった。対人方略尺度を基に被験者をクラスター分析すると、積極的に対人関係を深めようとする「積極群」と、広く浅い対人関係を志向する「表層群」、対人関係を避け自分の世界を深めようとする「内向群」、そして、自己の深化を考えず何も望んでいないかのような「無関心群」に分かれた。そして、この現代青年に特徴的な「無関心群」が対人ストレスや精神的健康に関して最も適応的であることがわかった。「何も考えずに生きるの一番精神的に楽なのである。」これは副産物的な発見であるが、非常に面白い発見だと思う。著者にはぜひこのことに焦点を絞った研究を期待したい。