第6巻第1号             2000/5/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第48巻第1号掲載論文批評】

(その1)

○鈴木ゆかり(yukaedu@mbox.nc.kyushu-u.ac.jp):
小学生は文を理解・記憶する場合にオ ンラインで推論を働かせているか?
 私たちは文章を読む際に、直接に表記されていない意味情報を推論しながら読んでいる。そうした推論がなされていることは、読後の質問によって簡単に確認できそうに思えるが、「読後の質問」ではそうした推論が質問時になされる可能性が残るという問題点がある。読んでいるまさにその時に(=オンラインで)推論がなされたのかどうかは事後質問では確認できないのである。そこで、意識的な想起の代わりに、潜在記憶研究で用いられてきた「単語完成課題」を用いる。たとえば、「おにいさんが木を切った。」という文を読んだ後で、「の」で始まる単語を想起させると、「のこぎり」という回答が得られやすいことをもって、「オンライン推論がなされていた」ことの傍証とするわけである。この研究は、この方法を使って小学生の場合でもオンライン推論がなされていることを確認した。この研究の面白さは、まさにこの巧妙な研究手法にあるわけだが、その研究手法がWhitney & Williams-Whitney(1990)によるものであることが明示されていないのは大きな難点であると思う。
●伊藤美奈子(minako@cc.ocha.ac.jp):
教師のバーンアウト傾向を規定する諸要因に関する探索 的研究
--経験年数・教育観タイプに注目して--
 小中学校教師のバーンアウト傾向を規定する要因を探索した研究(って表題のまんまか)で、@田尾・久保(1996)のバーンアウト尺度、A関(1982)によるサポートの有無に関する質問、B周りとの違和感を尋ねるSD尺度、C伊藤(1995)による理想の教師像質問、D中島(1994)による教師の悩みに関する質問、E東大式エゴグラムを、郵送法で小中学校教師に実施し、得られた回答208人分について分析したものである。以下は著者自身によるまとめ:「今回の調査からは、これらの要因間の因果関係について十分に論じることができなかった。今後の課題としては、これらの結果を統合・発展させ、教師のバーンアウトに関する生起メカニズムをモデルとして構築することを挙げておきたい。」(なんか「挙げておくだけ」という感じがにじみ出ている。)
●藤江康彦(CYL10130@nifty.ne.jp):
一斉授業の話し合い場面における子どもの両義的 な発話の機能
--小学5年の社会科授業における教室談話の分析--
 小学校5年生の社会科の授業中の教師と児童の発話を7時間分記録し分析した研究である。研究のキーワードは「両義的な発話」で、その数量的な発生割合、それに対する教師の対応、その機能、を解釈的に分析したものである。で、その「両義的な発話」とは何かというと、「フォーマルともインフォーマルともとれる」発話なのだという。英文では「mixed formal and personal verbalizations」となっている。しかし、研究内容から読みとるかぎり、これは「インフォーマルな発話」とする方がよほどわかりやすくスッキリする。著者はわざわざ「フォーマル」「インフォーマル」「両義的」に3分類して分析をしているのだが、Tables1,2を見ればわかるように、インフォーマルな発話はきわめて少なく、分析対象となっていないのだ。だったら、「両義的」などというわかりにくいカテゴリーをあえて作らずに、両者をまとめて「インフォーマルな発話」にした方がよい。そうすれば研究の結論もずっとわかりやすくなる。「授業の中で、子どもはかなりインフォーマルな発話をしており、教師もそれによく反応している。そして、そうしたインフォーマルな発話が授業進行を円滑にするのに役立ってもいるのだ。」
○本間友巳:
中学生の登校を巡る意識の変化と欠席や欠席願望を抑 制する要因の分析
 著者は、学校不適応や不登校の増加の背景に、学校から離脱する斥力の増大と学校に繋ぎ止める引力の低下とがあると考えている。そこで、この研究では、1992年11月と1998年12月の2回に渡って公立中学校生徒847名に「欠席を促進する理由(20項目)」「実際に学校に行っている理由(19項目)」などについて質問紙調査を行い、前者から「怠惰心」「学業嫌い」「対人トラブル」「学校外誘因」の4因子、後者から「向学心」「親圧力」「習慣」「友人魅力」の4因子を抽出した。これらの因子を説明変数とし、欠席願望を基準変数とする重回帰分析を行った結果、欠席願望を促進する要因は、「怠惰心」が一番重要であり、「学業嫌い」がそれに続くこと、「親圧力」もむしろ「欠席願望を促進させる要因」であることがわかった。また、欠席願望を抑制しているのは、「友人魅力」が一番重要で、98年度には「向学心」も有意な欠席願望抑制要因となっていることがわかった。ただし、別の分析からは、これらの欠席願望抑制要因は欠席そのものの抑制要因とはならないことが見出されたことも興味深い。実は、上記では一部を除いて因子名を付けなおしてある。因子の命名が不適切であるために、問題の焦点がずれてしまっているように思われるのが残念である。
●三宅幹子:
特性的自己効力感が課題固有の自己効力感の変容に与える影響
--課題成績のフィードバック操作を 用いて--
 Self-efficacyをちゃんと「自己効力感」と「感」を付けて訳しているのには好感を持ったのだが、論文は略語が頻出しとても読みにくい。しかも、略語とその表す語との対応がわかりにくいのだ。たとえば、表題にもある「特性的自己効力感」はGSEと略記されている。「特性的」なのになぜ「G」なのかというと、「特定の課題や状況に依存しない、より一般化した効力感」はその一般性のためにあたかも「ある種の人格特性」とみなすことができるからなのだという。つまり、一般化(generalized)のGなのである。もう一方のSSEは「課題固有の自己効力感」で、対比されるキー概念が英語ではGeneralとSpecificのように自然な対になっているのに、日本語では「特性的」と「課題固有の」というようにまったく対を感じさせない命名になっているのもまずい。SpecificとGeneralなものがあるとすれば、Specificな方がだんだんと一般化されてGeneralなものが生じてくることが予想されるのが普通だから、SSEが変容することによってGSEがどう影響を受けるかの研究だろうと思って読むと、実はその逆を取り扱っていることも読者を混乱させる。SSEの変容がGSEに与える影響についての先行研究を簡単に紹介してから、一度GSEができあがってしまうとその安定性のゆえに逆にGSEが要因となってSSEの変容に影響を与えることになることを導入部で書いてくれるともっとわかりやすかったと思う。「キーワード」の選び方もおざなりな感じがする。「フィードバック」なんて一般的すぎてキーワードには不適切。
第48巻第1号の残りの論文は次号をご覧下さい。

【『教心研』に著者の電子メールアドレスが掲載されるようになりました。】

 著者の電子メールアドレスを掲載してくれるよう1997年5月に編集委員会に要望書を出していたのですが、その要望が実現し、2000年3月発行の第48巻から著者の電子メールアドレスが掲載されるようになりました。そこで『KR』でも、著者の電子メールアドレスをそのまま転載することにしました。ぜひ著者との連絡にお使い下さい。また、著者に「紙版」を郵送していたのも電子メールによる配信にします。

【誌面の体裁を少し変更しました。】

『KR』では『教心研』1号分を2回に分けて批評してきましたが、その際、「紙版」での見やすさのために、原則としてひとつ置きに掲載論文を選んでいました。しかし、そうするとどうしても誌面に無駄が生じますので、今号から単純に前半後半に分けて掲載することにしました。