第4巻第7号             1999/2/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第46巻第4号掲載論文批評】

(その1)

○佐藤純:
学習方略の有効性の認知・コストの認知・好みが学習方略の使用に及ぼす影響
小中学生426名を被験者にして、5種類の学習方略について、その「使用」「有効性の認知」「コストの認知」「好み」について質問紙調査を行った研究。「学習方略を知っているのに使用しないのはなぜか」という研究当初の疑問に対して、「コストの認知が重要な働きをしているらしい」という興味深い示唆がえられた。ある特定の学習方略をよく使用する者もあまり使用しない者もその有効性に対する認知はあまり違わない。違うのは、コストの認知なのだ。学習方略をあまり使わない者は「有効だと思っても面倒くさいから使わない」ということらしい。と、こんなに面白い研究結果が得られているのに、原著者はこのことを強く全面に押し出した書き方をしていないのは残念である。さらには、学習方略の「使用」も質問紙(認知レベル)ではなく、行動レベルで調べたらさらによい研究となったと思う。今後の研究に期待する。
○前田健一:
子供の孤独感と行動特徴の変化に関する縦断的研究
(次号掲載)
○小方(川嶋)凉子:
課題達成場面における目標指向性とパフォーマンスとの関係
Dweck(1986)に始まる学習動機と成績との関連性研究を大学の運動部にあてはめて検証を試みたユニークな研究であるが、用語の使い方のまずさから大変わかりにくい論文になっている。たとえば、「a目標志向性」「b習熟志向性」「cラーニング目標」のうち、似ているaとbは上位下位関係にあり、全然似ていないbとcが実質的に同じであるなど読んでいて混乱する。安易なカタカナ用語の使用をやめ、用語を整理してわかりやすく書き直してもらいたいと思う。(「セルフ・エフィカシー」も「自己効力感」にしましょう。)また、1年後の追跡研究である「研究2」は期待はずれであった。被験者が半減しているのは、遂行成績が悪かった部員がやめちゃったためだろうし、だとすれば残った部員を機械的に成績上位下位に分けて分析してみても意味がないと思う。
○村石幸正・豊田秀樹:
古典的テスト理論と遺伝因子分析モデルによる標準学力検査の分析
(次号掲載)
●北村英哉:
自己の長所,短所は他者認知によく用いられるか?
変わった標題の研究で期待して読んだが、ダマされた。この標題からは「はい、他者認知に用いられる記述の半分以上が自分自身の長所・短所に関わるものです」というような研究結果を予想するが、事実は全体の16.7%にすぎない。しかも、この点に関しては論文中にわずか数行の記述があるだけである。論文の大半が「自己適合度」と「重要度」についてアドホックな群分けをしての冗長な記述の繰り返しに費やされている。統計的な分析方法もおかしい。自尊心の程度で3群に分けて長所短所の使用頻度を調べた結果(研究1:Figure1)は2要因の分散分析で交互作用が有意にならなかったのに、強引に水準ごとの分散分析を行い「有意差があった」と結論している。
○長南浩人・井上智義:
聴覚障害者のリハーサル方略
(次号掲載)
○山口利勝:
聴覚障害学生の心理社会的発達に関する研究       
−健聴者の世界との葛藤とデフ・アイデンティティの影響−
同じ著者により開発された「聴覚障害学生の葛藤尺度」と「デフ・アイデンティティ尺度」(山口,1997)に加えて、中西・佐方(1993)による「エリクソン心理社会的段階目録検査」を141名の聴覚障害学生に実施し、各尺度間の関連性を分析した研究。山口(1997)で尺度の開発に用いられた141名の被験者と今回の研究の被験者はどうやら同一のものらしいのだが、どこにもそう明記されていないのが気になる。データは貴重だから、研究目的の違いに応じて何度も使うことは問題ないと思うのだが、それならばそうと明記すべきではないだろうか。
○崔京姫・新井邦二郎:
ネガティブな感情表出の制御と友人関係の満足感および精神的健康との関係
(次号掲載)
●神藤貴昭:
中学生の学業ストレッサーと対処方略がストレス反応および自己成長感・学習意欲に与える影響
「学業ストレッサー」→「対処方略」→「ストレス反応」という因果関係の連鎖を想定した「研究1」と「学業ストレッサー」→「対処方略」→「自己成長感」→「学習意欲」という連鎖を想定した「研究2」からなる質問紙とパス解析を組み合わせた研究。「研究1」の結果(Figure1)を見るとストレッサーから対処方略へのパスは数も少なくβ係数も小さい。その一方で、ストレッサーからストレス反応へはすべてのパスが有意になっている。これは「学業ストレッサー」→「対処方略」→「ストレス反応」という連鎖を想定することが間違っていることを示していると思う。「研究2」は「ストレッサーが学習意欲を高めるようなポジティブな働きを持つ可能性がある」という面白い仮説に基づくものだが、結果(Figure2)はどう見ても「ストレッサーが学習意欲を下げる」ようにしか見えない。著者の解釈はあまりにコジツケがすぎるように思う。
○仮屋園昭彦・廣瀬等・唐川千秋:
教材とテストにおける図提示・文提示の組み合わせと学習者の思索家型・芸術家型認知様式との関係
(次号掲載)
○寺尾敦・楠見孝:
数学的問題解決における転移を促進する知識の獲得について
大学受験の数学の問題を解決するような場合に、どんな知識が必要かについての研究を「例題アプローチ」「解法構造アプローチ」「構造生成アプローチ」の3つに分けてレビューした論文。受験参考書までを文献に含めた柔軟さは評価できるが、ハッキリ言ってレビュー論文としてはもの足りない。「本当にこれしか研究例がないのだろうか」という感じである。もし本当にこれしかないのならば、まだレビュー論文にまとめるのは早いのではないだろうか。Terao et al(1997)が何度も登場してくるのもそうした印象を持たせた原因かもしれない。この論文は発表抄録にしかなってないようだから、著者たちにはこれを中心にした本格的な実験論文を書いてもらいたい。
○田中幸代:
大学教員に求められる教育力向上のために
−教育心理学が検討できる問題の展望−
(次号掲載)

【英文要約の再検討ようやく始まる】

 「広報」欄(p.487)によれば英文要約の校閲について検討し、全編集委員にアンケート調査をおこなっているそうである。『KR』第2巻7号(1997)でも指摘した通り、『教育心理学研究』の英文要約はあまりにお粗末である。早急に良い改善策が打ち出されることを期待したい。