第4巻第8号             1999/3/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第46巻第4号掲載論文批評】

(その2)

○佐藤純:
学習方略の有効性の認知・コストの認知・好みが学習方略の使用に及ぼ す影響
(前号掲載)
●前田健一:
子供の孤独感と行動特徴の変化に関する縦断的研究
小学校2、3年生から4、5年生までの3年間でソシオメトリック地位がどう変化するかを縦断的に調べた労作であるが、見るべき結果は得られなかった。表題にもなっている「孤独感」と「行動特徴の変化」との関係も「相関がまったく見られなかった」という皮肉な結果であった。せっかくの縦断的研究なのに、その利点が活かされてない分析方法にも問題があると思う。ソシオメトリック得点に基づく5つの群への群分けを1年目と3年目とに行って、所属する地位群の組み合わせ(TABLE 2)を作って、その維持または変化を見ているわけであるが、同義反復的な分析ばかりで肝心の「変化の原因」がまったくわからない。ソシオメトリック地位の「無視される子」群が低学年から中高学年にかけて倍増する(1割強から25%に)という興味深い結果についての考察がまったくないのも残念である。以前から指摘していることだが、略語を使い過ぎで論文が読みにくいのもいただけない。
○小方凉子:
課題達成場面における目標指向性とパフォーマンスとの関係
(前号掲載)
●村石幸正・豊田秀樹:
古典的テスト理論と遺伝因子分析モデルによる標準学力検 査の分析
前号に掲載された同じ著者たちによる「双生児と一般児による遺伝因子分析−Y-G性格検査への適用−」の「標準学力テストへの適用」版である。学力への遺伝と環境の影響が遺伝因子分析によってどれだけ解明されるのか興味津々で読んだが、期待を裏切られた。研究結果はTABLE 3の通りであるが、「この結果からは確かなことは何も言えないのではないか」と思った。第1に、学力テストの成績に対する影響のほとんどが「誤差(e)」である。(都知事選挙の投票予想の「浮動票」の割合よりも多い。)にもかかわらず、著者らはこの誤差の大きさを無視して、遺伝と環境の影響力だけを論じている。(この誤差の記述そのものが省略されている前論文の結論にも疑問が生じてきた。)「結果があやしい」と感じられる第2の点は、国語では遺伝の影響力がゼロなのに、社会科では3割から4割に達しているというように、経験的な知見や論理的な予測とあまりに矛盾していることである。数学と理科でも同じような矛盾がある。これに対しても著者らからは納得のいく解釈が提示されていない。信頼性・妥当性ともに疑問符が付くこうした分析結果から「理科の学力は約半分が遺伝によって説明され」などという結論を安易に提示してはいけないと思う。
●北村英哉:
自己の長所,短所は他者認知によく用いられるか?
(前号掲載)
◎長南浩人・井上智義:
聴覚障害者のリハーサル方略−文章を記憶する際の最適な 活用モードを考える−
【KRベスト論文賞】ろう学校高等部の生徒を被験者にして、文章記憶のリハーサル方略としてどんなものが使われているかを調べ(予備調査)、成績上位者に用いられることが多かった「手話口形方略」を成績下位者に使わせて、このリハーサル方略の有効性を実験によって確認した研究である。研究の組み立ても論理展開も申し分なく、研究結果も聴覚障害者教育の改善に役立つ素晴らしいものである。適切な図表の活用など論文の記述もわかりやすい。(p.417に2箇所「実験1」を「予備調査」に修正し忘れたところあり。)
○山口利勝:
聴覚障害学生の心理社会的発達に関する研究−健聴者の世界との葛 藤とデフ・アイデンティティの影響−
(前号掲載)
○崔京姫・新井邦二郎:
ネガティブな感情表出の制御と友人関係の満足感および精 神的健康との関係
男女大学生154名に「どんな場合に自分のネガティブな感情を制御するか」を挙げさせ、また先行研究を参考にもして、最終的に58項目からなる「感情表出の制御に関する質問紙」を作成した。この質問紙を男女大学生311名に回答させ、「友人関係の満足感(内田,1990)」「自尊感情(山本ら,1982)」「抑うつ傾向(林,1988)」との関連を調べた。その結果、感情表出の制御をより多くするものほど満足感が低く、自尊感情が低く、抑うつ的であることがわかった。著者らも最後に述べているようにこうした関連性を逆向きに解釈することも可能であり、確証を得られるような今後の研究が望まれる。
●神藤貴昭:
中学生の学業ストレッサーと対処方略がストレス反応および自己成長 感・学習意欲に与える影響
(前号掲載)
●仮屋園昭彦・廣瀬等・唐川千秋:
教材とテストにおける図提示・文提示の組み合わせと学習者の思索家型・芸術家型認知様式との関係
著者らによれば「本研究の意義は、教授学習場面に、これまで取り上げられてこなかった思索家型・芸術家型認知様式という個人特性を取り入れた点にある」という。「思索家型・芸術家型認知様式」とは著者らによれば「坂野(1982)が作成し、伊田・坂野(1988)が信頼性・妥当性の検討を行い、すでに実用化の段階に入っている」尺度だそうである。しかし、伊田・坂野(1988)を読んでみると、この尺度の信頼性は「決して十分であるとは言えない」と結論されている。また、妥当性も2つの先行研究(坂野,1982;柳井,1973)と比較されているだけで、妥当性の検討も十分とは言えない。そもそも、坂野(1982)ではこの認知様式を大脳半球の機能差との関連で論じているのだが、その妥当性の検証はどこでなされたのだろう。こんなものが「実用化の段階に入っている」とはなんとも不思議である。誰が実用にしているのだろうか?そして著者らは何を根拠に「実用化の段階に入っている」と明言しているのだろうか? ここでの実験結果もこの尺度の妥当性が低いことを示していると思う。
○寺尾敦・楠見孝:
数学的問題解決における転移を促進する知識の獲得について
(前号掲載)
○田中幸代:
大学教員に求められる教育力向上のために−教育心理学が検討でき る問題の展望−
大学教育に関する評論である。他の掲載論文とちょっと毛色が変わっていて楽しく読んだ。ただ、紹介されている文献は学術論文が少なく、文献選択の基準も明示されていないため、この分野の学術論文が現実にこれだけしかないのか、著者が探さなかっただけなのかがわからない。高等教育の大衆化が日本より早く進行したアメリカでは学術的な研究も多いと予想されるのだが、データベースを検索した形跡もなく、紹介されている論文もほとんどない。研究論文としてはやはりもの足りない。