第2巻第7号             1997/3/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第44巻第4号掲載論文批評】

(その1)

三浦・坂野論文
中学1〜3年生計432名について、4月から7月まで1ヶ月ごとに心理的ストレスに関わる種々の要因を質問紙で調べ、パス解析を行った研究。「心理的ストレス過程が『ストレッサー→認知的評価→コーピング→ストレス反応』であることがパス解析によって示された」とされているが、本当にそうだろうか?Lazarusら(1984)の想定に従ってその順序で図を描いてはいるが、パスそのものはむしろストレッサーから直接ストレス反応に引かれているものの方が多いではないか。多くの変数について多量のデータを解析し、現実的な問題に挑んだ労作であるが、研究者自身がデータの海に溺れてしまい、思いこみの解釈を並べただけになってしまっている。(坂野先生ぜひ反論をお寄せ下さい。)
○麻柄論文:
(次号掲載)
中谷論文
「信頼できる、責任ある行動をとる」といった社会的な責任目標を強くもっている子どもの方が学業成績もよいというWentzel(1989)の研究から、「社会的責任目標→社会的責任行動→教師からの受容→教科学習への意欲→学業成績」というプロセスを予測し、それぞれの尺度を作成した上で、パス解析によって予測が正しいことを確認した研究。記述もわかりやすく内容も面白い好研究。【KRベスト論文賞】[中谷氏からのお返事(1997.3.13)]
○浦上論文:
(次号掲載)
西村論文
学習課題に対する好き嫌いの感情とその課題の成功失敗に伴う感情とが加算的かどうかを小学校高学年の児童で調べた研究。加算モデルは部分的にしか正しくなく、児童は「好きな課題に失敗したとき」に一番ネガティブな感情を持つことがわかった。一方、教師の予想は加算モデル的であることが示された。このことから「たとえ失敗しても好きな課題ならそんなに嫌がらないだろう」と教師が思っても、実は児童は一番嫌な感情を味わうことになることを警告している。難しい分析法を使わなくても有意義な結果が見いだせるという良い見本である。
○杉山・神田論文:
(次号掲載)
土屋論文
教育心理学で何かを測る尺度を作る場合に、よく用いられる方法は因子分析である。因子分析では多数の質問項目の背後に少数の因子の存在を仮定して項目数を減らし新しい尺度を作る。こうした場合、被験者×項目という2種類(これを相と呼ぶ)だけが関わる。項目の回答者自身が尺度によって測られる対象となっているからである。一方、測定対象と評定者とが別であるような場合には、評定者×項目×測定対象という3相のデータ構造になる。この場合には、作られた尺度が測定対象だけでなく評定者の観点の違いにも関わるため、尺度作りが難しい。この研究では、因子分析の代わりにまず「項目分類のための数量化法」を用い、いくつかの制約条件によって、データを適切に縮約して尺度を作るための3種類の方法を具体例を使って提案し比較している。『教心研』のほとんどの読者のためには、もっと具体的な応用例をたくさん示してほしい。
○本郷論文:
(次号掲載)
舛田・工藤論文
漫画化された付与教材を用いて、初学者に嫌われがちな古文教材の読解指導を行い、その有効性を調べた研究。「これぞ教育心理学」と言えるような見事な研究である【KRベスト論文賞】。難しい分析法や統計的な検定法はいっさい使わずに、きちんとした論理の積み重ねだけで仮説の検証がなされている。著作権などの問題があるのかも知れないが使われた漫画の1コマを例示してもらいたかった。【工藤さんよりコメントが届いています。(1997.3.5)】
○大野木・宮川論文:
(次号掲載)
尾崎論文
2歳から5歳までの227名の幼児について、描画時の筆記具の持ち方を4方向からビデオ記録し、発達的変化を調べた研究。7種類の持ち方に分類し、さらに机との手腕の接触の有無を4パターンに分類して発達的変化を見ている。結果は「机に手腕を触れずに手全体で持って描く」から「手を机につけて3本(または4本)指で持って描く」という方向への発達的変化が観測された。
○丹藤論文:
(次号掲載)

【英文アブストラクトはあまりにお粗末】

  いくつかのabstractがあまりにひどいのに気づいたので、本号掲載分のabstract全部を同僚の米人教師に4段階評価(A:英語科大学院生レベル以上、B:英語科学部生レベル、C:教育学部学生平均レベル、D:平均レベル以下)してもらった。「執筆要領」に「英文は熟達した人の校閲を経ていること」とあるし、これ専門のEditorもいることであるから、当然全部Aレベルのはずである。しかし、思った通り、評定の結果はAは3つだけ、Bが7つ、Cが2つであった(さすがにDはなかった)。裏表紙にあるRaymond Martel氏というEditorはいったい何をしているのだろう。彼は学会が雇っているのだろうか。ボランティアでやってくれているのだとしても、あまりに無責任すぎる。実は、『教心研』のabstractは、英語圏の読者のためではなく、研究成果公開促進費年間180万円を貰うためであるらしい。そのことをMartel氏も知っていて、ろくに見てもいないのでないか。それで誰も文句を言わないからすっかり馬鹿にしているのだろう。もっと重要な問題として、この程度のabstractでもこれが障壁となって、英語があまり得意でない会員が論文発表をあきらめている可能性もある。もしそうだとすると、わずかな額を文部省から貰うために一方で恥をかき、一方で自分の首を絞めていることになる。もっとまともなEditorに替えて、学会側でabstractを用意することにしたらどうだろう。(前述の米人教師は「私がやってもよい」と言っている。)

編集委員会に要望を出しました。(1997.5.16)


【KR月間アクセス件数記録更新】

 先月(1997.2月)は「人間行動遺伝学と教育」に関する議論があったせいでしょうか、28日しかなかったにもかかわらず、1996年10月の月間アクセス数記録348件を抜いて385件に達しました。議論参加者の皆さんに感謝します。