第2巻第5号             1997/1/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第44巻第3号掲載論文批評】

(その1)

田村論文
幼稚園年長児75名に、犬の絵を見せ「ケク」(または「ワモ」)と命名したあと、大きさと色の違う4種類の犬・猫・はさみの絵計12種類を見せ、「ケク」はどれかを聞いた研究。1事例だけを見せた場合より、異色犬や異サイズ犬を見せた2事例条件の方が、「ケク」の外延が犬全般に広がったことから、この年齢段階の子ども達に「異なる特徴を等価性認識の基準として効率的に無視させる認知システム」が備わっていることが示唆された、と結論している。しかし、「ちょっとそれはあまりに強引でしょ」と言いたい。子ども達は、「ケク」=「犬」と考えていただけじゃありませんか? 確かに、1事例だけを提示した条件と違うタイプの犬を提示した2事例条件とに有意差が出ているけれど、それでもって「語置き換え」という解釈を否定するのは強引すぎる。むしろ、こうした実験結果は「実験者効果」の典型例(「そう反応させたい」と強く願う実験者の気持ちが子ども達に敏感に察知された)と考える方が理にかなっていると思う。
○藤本論文:
(次号掲載)
○杉浦論文:
(次号「学業成績・帰属・効力感」論文特集号掲載)
藤野論文
少年鑑別所の男子少年2,599名を対象に、ストレス反応を「最近1年間」「非行直前」「非行直後」について(思い出させて)質問紙(岡安・嶋田・坂野,1992)で調べた研究。「非行直前に比べて非行直後にストレス反応が軽減すると回答する傾向が認められ」るなど、非行少年の興味深い心理の一部が明らかにされている。
鈴木論文
Saaty(1977)が提案している「階層化意思決定法(AHP:Analytic Hierarchy Process)」を大学・学部選択プロセスにあてはめて、(1)モデルの有用性を吟味し、(2)進路決定プロセスの特徴を分析する、ことを目的とした研究。(1)の「モデルの有用性を吟味する」という目的がわかりにくい。このモデルによって「意思決定が整合的になされているかどうかが判定できる」ということのようだが、それだったら、標題にもあるAHPよりも、「整合性」を前面に押し出した書き方をした方がわかりやすい。ちなみに、この「整合性」はkeywordにもなっていない。それと根本的な疑問として、大学選択のような重要な意思決定について、もう既に大学に入ってしまった被験者を使って「授業中に質問紙調査をする」というお手軽な方法でデータを集めるというのでいいのだろうか?(その他、Table3とTable5など見比べたい表が裏表に配置されていてとても見にくい。)鈴木さん反論(1997/1/8)
水間論文
「自己嫌悪感を測定する尺度を独自に作成した」という研究であるが、既にある佐藤(1994)による自己嫌悪感測定尺度ではダメであえて新たに作りなおすことの意義がどこにあるのかまったくわからない。両方を比べてみて新しい尺度がどういう点でどのように優れているのかを示すべきである。みんなが勝手に「尺度を作りましたよ」という研究をしているだけでは教育心理学はいつまで経っても一向に発展しないと思う。
保坂論文
保坂(1995)で調べられたある市の公立小中学校の長期欠席者全員の89〜91年度の3年間の縦断的分析研究。長期欠席者の多くが学校に復帰できていること、不登校は小学校高学年・中学校と年齢が高くなるほど解決が難しくなること、不登校以外の理由による長期欠席も学業の遅れなどの理由から不登校につながりやすいこと、など重要な事実が確認されている。【KRベスト論文賞】
○前田論文:
(次号「学業成績・帰属・効力感」論文特集号掲載)
栗山論文
教育実習を終えた学生が自分自身の教育実習のできを自己評価できるようにした評価尺度を作成した研究。とかく曖昧で精神論的になりがちな教育実習の評価が具体的で簡便に行えるもので意義のある研究だと思う。
○谷島・新井論文:
(次号「学業成績・帰属・効力感」論文特集号掲載)
○伊藤論文:
(次号「学業成績・帰属・効力感」論文特集号掲載)
○下山展望論文:
(次号掲載)

【1996年発行分『KR』への原著者からの乏しい反応】

 昨年レビューした『教心研』掲載論文の著者には、郵便で手紙を添えて『KR』をお送りしたのですが、原著者からの反応はほとんど返ってきませんでした。72論文のうち返事をいただけたのは15論文のみで、しかもそのほとんどは褒めた論文の著者からの礼状でした。批判した論文の著者からこそ反論をもらいたいのですが、反論が届いたのはたったの6論文です。これはまったくの期待はずれでした。同じ学部の物理学の同僚にこの『KR』の話をしたら、「反論がじゃんじゃん来て大変でしょう」という感想が即座に返ってきたのですが、「それがほとんど反論が返ってこないんです」と答えると不思議そうな顔をされました。それにしても、学会発表の際に、発表後に私が手を挙げて質問なりコメントなりをしたときに、それをまったく無視することはありえないはずです。学会誌論文の場合も同じだと思います。いくら批判をされたからといって「勝手にコメントを送りつけるヤツが悪い」と無視を決め込む人ばかりというのが日本の教育心理学界の現状なのだとしたらあまりになさけないことです。(質問状を出しても返事を書かないのが『教心研』編集委員会のやり方だから無理もないか。)それに、こちらから手紙を添えて丁重にコメントを差し上げているのに、まったく返事も書かないというのは基本的な礼儀にも反すると思います。(他人の論文を批判した手紙をいきなり送りつける私の方が「大人」の礼儀に反するのですね、きっと。)

【重大な誤植発覚】

 『教心研』第43巻第1号掲載の倉八論文の結果の記述(p.98)の中に、結果の解釈がまったく反対になってしまうような誤植があることに気づきました。「CAが知能の高い学習者に有利である」と「GAでは、授業の適性が低くても、授業後の意欲が高まる」との記述中のCAとGAはそれぞれGAとCAの間違いです。(こんな誤植を見逃して「KRベスト論文賞」を授与してしまった。)
倉八氏の弁明全文(1996.12.8)