第9巻第2号              1995/11/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(PDC00137, kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)



 先月号で【1994年10月から1995年9月までの読書リスト】を紹介し、その中の BEST1として守 一雄『認知心理学』(岩波書店\2,500)を選びましたが、実はこの 選考には「不正」がありました。ここに深くお詫び申し上げます。しかし、決し て私の『認知心理学』が小寺やす子『いじめ撃退マニュアル』や新津きよみ『正 当防衛』、瀬名秀明『パラサイト・イヴ』などに負けていたのを無理矢理エコひ いきでBEST1にしたわけではありません。「不正」はもっと見えにくい形で行われ たのです。実は、9月中に読んだ本なのに「読書リスト」に加えずにBEST1の選考 対象から外していた本があったのです。それがこの本です。「不正」がなければ BEST1はこの本になっていたはずです。      (守 一雄)

【これは絶対面白い】

ピンカー『言語を生みだす本能(上下)』

NHKブックス¥1300x2


 知る人ぞ知る「アメリカ心理学界の若きホープ」ピンカー(Steven Pinker,1954-) の本邦初翻訳書は、期待通りのというより、期待以上の「超」刺激的な本になった。 今年の9月28・29・30日は茨城大学で日本教育心理学会があり、私は2つの会場で私 なりに「かなり刺激的」と思われる発表をしたが、他人の発表はほとんど聞かず、 会場でもっぱらこの本を読んでいた。行き帰りの特急の中で読むつもりで持ってい った本だったが、わざわざ茨城大学まで出かけてきたことを考慮に入れても、発表 を聞くよりこの本を読む方が何倍も価値があると思ったからだ。(帰りの特急用に は『リング』が用意してあったし。)
 さて、本の紹介だが、邦題の『言語を生みだす本能』というのはちょっといただけ ない。ここは原題(The Laguage Instinct)どおりに、バシッと『言語本能論』とし て欲しかった。原題の副題「心はいかに言語を作り出すか(How the Mind Creates Language)」を加味してこうしたのだろうが、中途半端でかえってわかりにくくなっ た。しかし、このことを除けば、訳者の椋田直子さんの訳は素晴らしく、「快適」に 読める。
 『言語本能論』という原題が示すように、ピンカーは「人間が言語を使えるのは、 クモが巣を作ったり、コウモリが超音波で外界を知覚したりするのと同様に、人間と いう種に特有の本能なのである」ということをいろいろな角度から明快に論証する。 この本は、私の最もお気に入りの本、ドーキンスの『利己的な遺伝子』によく似てい る。基本的な主張はただ一つ「言語は本能である」ということである。そして、驚く ほど豊富な知識と明快な論理によって、その主張が正しいことがわかりやすく説明さ れる。しかも、「専門家」から「一般向けの科学解説記事を読むのが好きな人々」ま でのすべての読者を対象に書き、「約束する。本書を読み終わったときには、[言語 本能論の正しさが]確信してもらえるはずだ(p.19)」と明言する自信。そして、その 自信どおりのできばえである。
 「言語が本能である」というのはあのチョムスキーもそれに近いことを言ってきた はずである。しかし、チョムスキーの話はわかりにくくて、納得できなかった。ピン カーは、その難しいチョムスキーの理論も大変わかりやすく説明してくれる。(それ だけでもスゴイ。その上、ピンカーは「チョムスキー先生はいいことを言っているん だが、説明が抽象的で難しすぎていけません」と読者に代わって苦言も呈してくれる のだからウレシイ。)さらには、チョムスキーの主張を越えて、もう一歩踏み込んで 「言語が本能である」と明言するのである。実は、言語本能論を最初に主張したのは あのダーウィンなのだそうだ。ここでもまた、ドーキンスにつながる。
 万人向けにわかりやすく書かれた本で、原書はPenguin Booksにも入っている。本 来大学生ならば、専攻分野が何であろうとこの本から「知的興奮」を受けるはずであ る。ピンカー教授の教えているMITの学生ならば、まちがいなくそうであろう。し かし、日本の大学生の平均的レベルではこの本を「面白がれない」のではないかとも 思う。逆に言えば、この本が「面白く」読めれば、君は立派な大学生であると私が保 証する。(守 一雄)


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