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長野県日中学術交流委員会 長野市中御所岡田町166-1 TEL026-224-6517 |
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第28期日中関係を考える連続市民講座④「日中経済交流の現状と課題」(2/22) 2月22日、第28期連続市民講座が日中友好センター教室において開催されました。今回は「日中経済交流の現状と課題―県内企業の動向-」と題して松本大学大学院の兼村智也教授が講演しました。 兼村教授からは、昨年11月30日から短期の中国渡航ビザが免除された機会を利用し、本年1月4日から一週間ほど上海・無錫等の長野県から進出している企業を視察訪問した生々しい情報を提供頂き、参加者20名弱も熱心に聴講しました。 経営の現地化(経営のトップを中国人に)などでの成功は限られていて、進出企業の多くが、中国経済の景気減速(不動産バブルの崩壊)、人件費の高騰、EV車の普及拡大による受注減少、中国から他国への生産移管などの影響を受け、困難が続いている。更に
負債の清算、進出時に受けた優遇措置の返済、従業員への退職金補償などの理由により撤退も困難な厳しい状況、との内容でした。 |
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第28期日中連続市民講座③「心にひびく漢詩を読むー紫式部に導かれて」(1/25)![]() 谷口先生は、平安時代の紫式部が大きな影響を受けたとされる中国唐代の詩人白居易の「長恨歌」を中心として白居易の心にひびく作品を取り上げて解説いただきました。(下記参照) 先生は最後に、「平安時代の紫式部や清少納言は和漢両方の深い学識があった。その学識の重要な部分に中国の文学や歴史書、哲学書などがあったことを意識しながら、彼女たちの文学を読むことでさらに理解は深まり、感動を新たにすることができるのではないか」と締めくくられました。 【講演の概略】 1⃣ 紫式部について『源氏物語』の作者として名高い紫式部はどのような人物だったのか。生年978年(973年、970年説あり)、父藤原為時は『新古今集』などに詩がとられており、文章生(史記、漢書、後漢書、文選などを学び、詩賦の試験に合格した者)出身の漢学者で詩文に優れていた。(為時は地方官の受領どまりであったが、曾祖父兼輔は堤中納言と称され『古今集』などにもその詩が収められている。)母は早く亡くなったらしく、姉と弟がいた。紫式部はとても聡明で、漢学者の父が弟に漢籍を教えるのを傍らで聞いて、弟より先に覚えたといわれる。宮使えに出たとき中宮彰子に『白氏文集』の楽府を進講するほど漢籍に対する素養が深かった。彼女は漢籍によって得たものを『源氏物語』に十分生かし物語の文学性を高め得た。藤原宣孝と結婚し一女賢子が生まれるが、疫病によって宣孝は他界、その後この世を浮世と思うようになり、本来好きだった物語の創作に励み『源氏物語』が生まれたと考えられている。 ② 白居易「長恨歌」 「長恨歌」の作者白居易(772~846)字は楽天、太原の人。盛唐時代の李白や杜甫の後、中唐時代の代表的詩人。地方官の家に生まれ、優秀な成績で進士に及第し翰林学士、皇帝を諫める左拾遺になるも、左遷と中央復帰を繰り返した。最後は刑部尚書に至る。平易な用語で分かりやすい詩を意識的に制作した。平易であるだけでなく巧みな表現と素晴らしい韻律を工夫した詩は、ひろく愛唱された。現存する詩はほぼ3000首に上り、自身でそれを諷喩詩(政治の風刺)、閑適詩(自然を楽しむ)、感傷詩(男女の愛を描く)、雑律詩(その他)に分け詩文集『白氏文集』(75巻)を編集し、我が国の平安文学に大きな影響を与えた。『和漢朗詠集』には白居易の詩が多数収められている。「長恨歌」は感傷詩に属する。 ◇「長恨歌」は4つの段落に分かれる。 <第1段落> 「漢皇 色を重んじて傾国を思ふ」「春寒くして 浴を賜ふ華清の池」「三千の寵愛一身にあり」---ここでは漢皇(実は玄宗)と楊貴妃の出会いと二人の愛の日々が詠じられている。そして驪山宮で歓楽を尽くす中、突如、安禄山の反乱軍が大地を揺るがす戦太鼓を響かせて押し寄せ、栄華の夢は一瞬にして破られた。「漁陽の鼙鼓 地を動かして来り」の句は急転直下の場面転換を鮮烈に表している。 <第2段落> 都長安に賊軍が迫ったために、玄宗が蜀へと落ち延びるところから始まる。そして、馬嵬坡でこの反乱は楊一族が元凶と近衛兵に迫られ、楊貴妃は死を賜る。「六軍発せず 奈何ともする無く」「宛転たる蛾媚 馬前に死す」「君王 面を掩ひて救ひ得ず、 回看すれば血涙相和して流る」と描かれ、さらに続けて、蜀に到着後、玄宗の傷心の日々が描かれる。 <第3段落> 玄宗が上皇として都長安へ還御する途中、楊貴妃が落命した馬嵬坡に差し掛かり、悲しみに暮れる場面が描かれ、帰還後、最愛の楊貴妃を失った喪失感にさいなまれる様子が詠じられる。「馬嵬の坡下 泥土の中、玉顔を見ず むなしく死せし処」 「翡翠の衾 寒くして誰と与共にせん」 <第4段落> 傷心に沈む玄宗を見かねて、死者の魂を招くという道士が楊貴妃を尋ねる場面が描かれる。道士(方士)はあちこち探した後、仙山に楊貴妃を訪ねあてる。姿を現した仙女の太真(楊貴妃)は、現世の栄華を洗い流した清澄な存在として描かれ、玄宗と隔てられた悲しみに涙を流し、証拠の品を道士に預け、別れ際にかつて七夕の夜に玄宗と交わした二人の愛の誓いを伝える。「天に在りては 願わくは比翼の鳥となり、地にありては 願わくは連理の枝と為らん」 平安中期の宮廷社会の人々に愛された白居易の詩を見てみたい.。 ① 『源氏物語』須磨の巻で光源氏が流謫の身を悲しむ際に口ずさむのは、白居易の「八月十五夜、禁中に独り直し、月に対して元久を想う」詩である。この詩は白居易が翰林学士の職にあった時、親友元慎の身を思いやって作ったものである。元慎はこの年3月に江陵(湖北省)に左遷されていた。② 中宮定子に仕えた清少納言の『枕草子』の“香炉峰の雪は簾を上げてみる”のエピソードが良く知られている。これは白居易の「香炉峰下、新たに山居を卜し、草堂初めて成り、偶たま東壁に題す」(『白氏文集』七律)を彼女が知っていたからできたパフォーマンスである。この詩は『和漢朗詠集】にも収められている。「遺愛寺の鐘は枕を欹けて聴き、香炉峰の雪は簾を撥ねて看る」「故郷は何ぞ独り長安にのみ在らんや」 平安時代の紫式部や清少納言は和漢両方の深い学識があった。それだけでなく、身の回りの事柄や、宮中の出来事、人々の様子などを子細に観察して物語や随筆に綴っているのは驚嘆するばかりである。その学識の重要な部分に中国の文学や歴史書、哲学書などがあったことを明確に意識しながら、彼女たちの文学を読むことでさらに理解は深まり、感動を新たにすることができるのではないか。 |
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第28期第2回日中連続市民講座 「建国75周年の中国の今日―中国市民の生活と関心事」(12/21) 2024
当日配布された資料は(1)中国経済の発展、(2)生活の変化、(3)教育と就職、(4)高齢者の生活、(5).科学技術、(6)経済発展がもたらした問題についてなどとなっており、現代中国を理解するうえで参考になると思われるので以下紹介したいと思います。 |
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第28期日中関係を考える連続市民講座スタート(11/30) 2024![]() 日露戦争の原因、経過について解説した後、この戦争に長野県民がどのようにかかわったのかを紹介しました。 1.日露戦争前の満州をめぐる状況1890年以降、ロシアが太平洋を目指して極東への東進政策を推し進める。1891年シベリア鉄道敷設開始、96年清朝から満州内を通る東清鉄道敷設権を得る。98年遼東半島の旅順・大連の租借権を獲得。一方日本は朝鮮を勢力圏にしようとしていた。 1900年の義和団事件が起こる。欧米列強による中国への勢力拡大への反発→東清鉄道の破壊、ロシア人などへの襲撃→ロシア軍の侵攻→鎮圧後も満州に居座る→朝鮮を勢力圏としたい日本と対立激化。以上が日露戦争前の満州をめぐる状況だった。 2.日露戦争の経緯 1904年2月10日、日露開戦に至るが。その後の経緯は以下の通りであった。 ① 3月 日軍第1軍が朝鮮に上陸し、5.1清国領に入り、5.3 旅順のロシア艦隊を閉じ込める閉塞作戦を実施しロシア艦隊の出入りを封じる。 ② 5.5 日軍第2軍、ロシア艦隊の脅威がなくなったので、遼東半島に上陸し、8.30 遼陽への攻撃開始。9.4 遼陽占領(日軍=13万人:露軍=22万人)。 ③ 05年1.1 旅順の露軍降伏(日軍死傷者6万人)→3.1 奉天会戦始まる。3.10 日軍奉天占領(日軍25万動員、死傷者7万、露軍31万動員、死傷者6万)。 ④ 5.27 日本海海戦でバルチック艦隊壊滅、日海軍圧勝。 ⑤ 9.5 アメリカのポーツマスで日露講和条約 *ロシアでは05年1.9 圧政に反対する血の日曜日事件が起こって社会不安が広がっていて戦争どころではなかった。日本も戦争継続の余力がなく不可能だった。アメリカの仲介によって講和。国民は人的な被害と大増税に耐えて日露戦争を支えたが、賠償金が取れない講和条約に不満を爆発させ、日比谷公園で講和反対大会が開かれたが、暴動に発展した。 3.日露戦争下の状況 4.日露戦争と長野県 |
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中華人民共和国建国75周年講演と祝賀のつどい、宮本元大使が記念講演(11/14) 2024![]() 第1部の司会を大月良則・県日中友好協会理事長が務め、井出康弘・県中小企業団体中央会専務理事の開会あいさつに続いて、西堀正司・県日中友好協会会長が主催者を代表して、「本年、中華人民共和国建国75周年を迎えた。中国は急速な変化と発展を遂げ、国際社会において重きをなしている。日中国交正常化から52年を経過し、日中関係は様々な困難や課題に直面している。激動する世界にあって、日本も、米国も政権が変わり不確かな状況にある。宮本雄二先生を講師に迎え、平和で安定した日中関係を築くためにはどうしたらよいかをともに考えたい」とあいさつしました。布施正幸・県日中副会長が講師の宮本先生を紹介し、講演に入りました。 宮本先生は冒頭、長野県が歴史を踏まえ中国との関係を大切にし地方民間交流に力をいれ全国の模範的な交流活動を進めてきたことに敬意を表したいと述べ、激動する国際情勢の中で、これからどのように新しい日中関係を築いていくべきかについて、深い洞察に富むお話をしていただきました。(概略下記参照) 私が当たり前と思っている中国の現状をお話しするとびっくりされることがある。日本の皆さんに中国の現状をお伝えすることが重要だと思うようになった。相手のことを理解しないとどのように付き合うのかがわからない。相手のことをとことん知ることは重要だ。経済も外交も同じだ。 <変わり続ける中国> 中国は中華人民共和国成立75周年を迎えた。この間紆余曲折はあったが大きなな成果を上げた。日本も支援したが、中国人自身が良くやった。過去の連続の中に今の中国がある。中国革命が成功し中華人民共和国が成立した。毛沢東の急進路線(文化大革命などの極左路線)は挫折し中国は混乱に陥ったが、鄧小平は改革開放路線で市場経済を導入し経済を大きく発展させた。しかし腐敗汚職などの問題も深刻化した。習近平は胡錦涛の解決できなかったこれらの問題にメスを入れ、党の指導体制の強化をはかり、「中国の夢」を実現しようとしている。世界大国となり国際社会の発言権も増大し3期目以降の長期政権体制を確立したように見えた。しかし現在、習近平路線が挑戦を受けている。ゼロコロナ政策は、コロナを抑え込んで経済への打撃を最小限に抑え成果を上げたとされたが、国民の信任を揺るがす事態を引き起こし、ゼロコロナ政策は突然終結した。さらに米国との対立も付け加わり経済の復活がうまくいかない。習近平の経済思想は「中国の特色ある社会主義市場経済」であり、中国的ガバナンス=すべて党が指導するということになるが、市場との対話は上手ではない。(胡錦涛時代までは、政治は経済に手を出さず市場原理に任せた。)習近平路線は曲がり角に立っており中国は現在少しずつ軌道修正しつつある。 この問題にメスを入れ、党の指導体制のタガをはめさらなる経済発展に導いた。GDP世界第2位となり国際社会の発言権も増大し3期目以降の長期政権体制を確立した。しかし現在、習近平路線が挑戦を受けている。ゼロコロナ政策は、コロナを抑え込んで経済への打撃を最小限に抑え成果を上げたとされたが、国民の信任を揺るがす事態を引き起こし、ゼロコロナ政策は突然終結した。さらに米国との対立があり経済の復活がうまくいかない。習近平の経済思想は「中国の特色ある社会主義市場経済」で中国的ガバナンス=すべて党が指導するということになるが、市場との対話ができていない。(胡錦涛は、経済に手を出さず市場原理に任せた。)習近平路線は曲がり角に立ち中国は現在軌道修正しつつある。 <世界を変えた中国の成功・発展と新たな問題> 米国は中国を自分を超えることのできる初めての挑戦者ととらえられている。この点、民主党も共和党も変わらない。戦後の世界秩序をリードしてきた米国の相対的な力の低下が進み、習近平は鄧小平の韜光養晦(とうこうようかい)路線(才能を隠し時期を待つ)を放棄して、米国との対等の大国関係を目指している。トランプの米国は自国第一主義、世界への関与からの撤退を志向するが、米中関係の緊張は続く。米欧民主主義国の社会の劣化、グローバルサウス諸国の自信と自己認識の変化が進んでいる。中国は中国式歴史認識からくる過剰な自意識、すべてにおいて過剰に反応する。中国は自身ではそんな自覚はないが、東シナ海や南シナ海の島はもともと中国のものなのに、他国に占拠されていると思って行動しており、相手から見ると覇権主義だと映る。 <日中はどういう国際環境におかれているのか> 日本と中国の発展を支えてきた戦後の国際秩序が動揺している。トランプの米国は、多国間主義からの離脱、保護主義(反自由貿易主義)など戦後の国際秩序(第3次世界大戦を防ぐための国際連合憲章、平等・平和、自由貿易等)を否定しようとしている。ヨーロッパも極右民族主義の台頭など一昔前のヨーロッパでなくなってきている。国連の一層の弱体化、ロシア、イスラエルの戦後国際秩序への正面からの挑戦、保護主義の台頭と世界のブロック経済化が進んでいる。歴史を振り返ると第1次世界大戦後の世界経済恐慌の後、経済のブロック化が進み、ナチスや日本の軍部などが台頭し、第2次大戦へ突き進んだ。1930年代の再来となるのか?弱肉強食の「ジャングルの掟」の時代に戻るのか!今分岐点に立っている。 世界の軍事衝突、特に米中の軍事衝突は世界の破滅につながる。 米中の軍事衝突の可能性はあるのか?中国は「1つの中国」の原則で台湾の独立は許さない。李登輝政権の時ミサイル演習を行い激しく反発した。クリントンは空母を派遣する一方「1つの中国」を守ると述べた。その後中国は米国と対抗するため軍備を増強し空母も所有しこれに対抗できるようになった。米国は州兵レベルでは台湾の軍隊の訓練を行っている。トランプは台湾支援を強化するだろう。米国が介入すれば日米安保条約によって日本も巻き込まれる。そうならないようにすることが日本の最重要課題だ。日中は関係が悪いときほど緊密な意思疎通を図る必要がある。最近、秋葉(国家安全保障局長)・王毅(外交部長)会談が行われた。最低限、信頼関係を保ち、意思疎通を図っていくことが重要。来年はハイレベルの日中対話が復活する。李強首相の来日、日本首相の訪中などが実現するだろう。石破政権は長続きしてほしいと思う。 トランプは米国第1主義で予測不能のところがあるが、米国憲法の規定によりトランプの3選はない。、4年間国際社会はこれに耐え教訓を活かすことが必要。米国の力は落ちており世界は米国の思い通りにならず相談せざるを得ない。ヨーロッパは極右、自国第1主義の台頭がみられる。日本は、相対的に見て安定した道を歩んでいる。 <新しい時代の新しい日中関係とは> 中国はどうか。中国は国連重視、国際法と自由貿易など現行の国際秩序を守ろうという立場だ。そうすると、日本と共通点がある。日中が手を結ばなければならないことになる。すなわち「戦後国際秩序の護持と発展」これは日中の「戦略的互恵関係」の意味するところでもある。日中両国は、同じ志を持った「同志国」を糾合し「戦後国際秩序の護持と発展」のために、努めなければならない。そのためにも安定した日中の平和、友好、協力関係を構築すべきである。日中は軍事安全保障、政治外交、経済、文化民間交流の各分野において必要かつ適切な対応をすべきである。日本の民間組織は、日本社会の対中認識の改善に最大限の努力をすべきだ。
濱田氏:中国と大学間交流をしているが、中国の大学は大きく変化している。信大留学したメンバーが留学生同窓会などを通じて交流しているケースもある。 足立氏:飯山市長の時、深圳市福田区と2000年以降、教育、卓球交流などを行ってきた。交流を通じて中国社会の状況変化を感じた。 西堀会長:河北省を訪問した際、長野県に留学し帰国後、河北省の行政、医学、農業などの分野で活躍している皆さんと懇談した。活躍ぶりに感心した。先ごろ広東省から農業と観光資源調査の団が来県した。交流に積極的だった。在日中国人は108万人に上る。大学卒業後の就職困難などの問題もあり、留学生も増加傾向にある。グローカル(グローバル+ローカル)の時代になり、国際交流においても地方が活躍する時代を迎えている。 宮本先生:若い世代の失業率は高く、留学希望者も多い。日本としては中国人材の活躍を期待できる。(EV車の過剰生産問題と環境問題について)EV車は新規産業として一挙に多数が参加し、今でも100社位は残っている。激しい価格競争の事態となった。淘汰が進み、資本力の大きい企業が残っていくた。環境問題は大変難しいが、化石燃料依存から太陽光発電、風力発電、原子力発電などにシフトさせている。北京など青空が戻ってきた。(中国経済の現況、不動産バブル崩壊や失業問題について)統計だけでなく、現場感覚を大事にしている。政府の政策だけで判断するのでなく、経済人や街の人の声を聞いて判断している。不動産バブル崩壊への対処では世界の先例を研究している。政府は財政的に余力はあるがなかなか手を出さないできた。ここにきてテコ入れをしたようだ。企業家精神を尊重する方向に戻した。問題は、社会の雰囲気を変える結果を出せるかどうかだ。GDPは世界第2位、生産力製造業は第1位、人口は第2位、中国の活力は衰えていない。中国の人と物と金が日本に来る時代になった。(日中関係)90%弱が中国に好感が持てないという一方、6,7割が対中関係は重要だと考えている。このことを踏まえて、対中認識の改善に努めていくべきと思う。
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県日中学術交流委員会24年度総会を開催(8/22) 2024![]() 中村宗一郎会長(信州大学学長)は「パリ五輪では米中が金メダル40個を獲得した。中国に学ぶべき点は多い。国際情勢は激動しているが、共存共栄で、世界平和を守っていきたいと多くの人は望んでいる。そのためには学術分野の交流は大変重要と思う。信州大学でも、世界につながる大学を目指して”覚悟のグローバル化”を打ち出した。留学生を1割に増やす、授業の半分は英語で行う、長野県の新たな産業を興すのに貢献するなどだ。これらを実現するためにも日中の連携は重要だと思っている」とあいさつしました。 席上、稲玉稔県国際交流課長と西堀正司県日中友好協会会長が来賓あいさつ。稲玉氏は、日ごろ日中学術交流や、留学生受入れ派遣に尽力協力いただいていることに敬意を表した後、「昨年8月知事訪中の際は信州大学や県立大学からもご参加いただき、有意義な交流が出来た。中国人学生は大変勉強熱心だ。今後とも県としても相互訪問や留学生交流等を進めていきたい。日本は人口減少の時代に入り、外国人人材の活用が課題に上っている。優秀な中国留学生人材の受け皿づくりの役割も果たしていただきたい」と述べました。 西堀会長は長年にわたり、学術交流委員会が成果を上げてきていることに敬意を表したのち、「コロナ明けで交流が再開された。日本には108万人の中国籍の皆さんが活躍している。帰化している人も20万人はいるだろう。人材としての活躍が期待される。世界が激動している中で、学術交流が平和に果たす役割は大きい。世界とアジアの平和、日中不再戦平和友好に貢献いただきたい」とあいさつしました。 夏丹女士は、中国メディア大学から派遣され、長野ラジオ孔子学堂や長野県立大学での中国語講座などで活躍していることを紹介しました。 活動報告では、各大学、県国際交流課、県日中友好協会などから中国との学術交流状況の報告、雲南省への学生訪中団派遣報告が行われ、出席者がそれぞれの立場から発言し、熱心に意見交換が行われました。また決定された活動方針では、各大学、短大の学術交流促進や第28期日中関係を考える連続市民講座、中国建国75周年記念講演会開催、留学生支援などに取り組んでいくとしています。 |
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第27期日中連続市民講座⑥「新たなステージを迎える日中ビジネス」 (4/20)2024![]() 兼村先生は、次のように述べました。 ①長野県の中国進出企業数の推移は、2022年6月で180社(香港除く)でピーク時2012年に比べ32.1%減となっている。その理由は、人件費の高騰や環境規制強化などにより「輸出基地」としての優位性が低下、国家安全に関わる戦略物資の輸出規制、データ管理の強化、ゼロコロナ政策の後遺症、生産拠点の移設・分散、取引先の動きと連動しての撤退などがある。 ②今後1~2年の事業展開の方向性は、拡大が45.5%のなか、中国は27.7%で初めて3割を下回る。ASEANが中国を上回っている。八十二銀行は香港支店を廃止してシンガポールを支店に昇格。(香港情勢の変化を踏まえた動き) ③中国自動車産業のEV化の進展に伴い、日経メーカーの販売台数が伸び悩み→県内自動車部品関連メーカは中国依存を減らしている。残存者利益を求めるメーカーや、日本からの外注先として位置付けるメーカーも(信頼できる中国人幹部に経営を移管)。 ④まとめ:政治的+経済的影響で長野県進出企業の業績は低下。中国でビジネスを継続する企業は経営を信頼できる中国人に任せ、かつ切り離し可能な分業体制を構築して対応している。 第27期講座はこれで終了し、来期は11月からスタートする予定です。ご協力ありがとうございました。 |
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第27期日中連続市民講座⑤「墨子の非攻論」(3/23)2024![]() 早坂先生は、世界各地で戦乱が拡大し、危惧される現代において、2400年前の春秋戦国時代に、<非攻><兼愛>を説き活躍した思想家墨子の思想に新たな光が当てられているとして、半藤一利氏の『墨子よみがえる ”非戦”への奮闘努力のために』(平凡社)、森三樹三郎訳の『墨子』(ちくま学芸文庫)、魯迅の『非攻』(光文社古典新訳文庫)、酒見賢一の『墨攻』(新潮文庫)、湯浅邦弘の『諸子百家 儒家・墨家・道家・法家・兵家』(中公新書)等を紹介しながら講義しました。 ◇はじめに:半藤氏は『墨子よみがえる』の中で「平和な世界にせねばならないと悪戦苦闘した人が墨子」であり、墨子は「兼愛」という「普遍的人類愛」を説いた。愛の普遍を求めるならば当然平和を求める(国際的徹底平和主義)。兼愛の根拠として主宰者としての天を認めた等と述べている。---これらについて、原典に立ち返って検討してみたい。 ◇墨子の<非攻>論:「もし1人を殺せば不義といい100人を殺せば100の死罪を犯したと非難する。しかし今、他国を責めるという大きな不義を働く者がいても、これを非難せず、かえってこれを誉めて正義という。まことに不義の何たるかを知らぬといわねばならない。」(森三樹三郎訳の『墨子』) ◇墨子の<兼愛>論:天下の害の生じる根本は互いに愛し合わぬところから生ずる。諸侯が相愛すれば野に戦うこともなく、人と人が相愛すれば害しあうこともなくなる。天下の禍難や争奪怨恨を生じさせないようにできるのは、相愛するという道があるのみである。(『墨子』) ◇墨子の<天志>論:天は義を欲し、不義を憎む。天下の万民をひきいて義に努力することが、とりもなおさず自分が天の欲することをすることである。天が義を欲し不義を憎むことを知る理由は、天下のものすべて、義あるときには生き、義なきときは死し、義あるときは富、義なきときは貧しく、義あるときは治まり義なきときは乱れるからである。天の意思に従うとは、兼ねて相愛し、交ごも相利すことであり、その結果として必ず天の賞を得るのである。大国でありながら、小国を攻めることなく、大家でありながら小家を奪うことなく、強者でありながら弱者をおびやかさず貴き身分にありながら賤人におごらず、智謀を持ちながら愚者を欺くことがなければ、必ず上は天を利し、中は鬼神を利し、下は人を利する。(『墨子』) ◇以上の墨子の原典を踏まえて半藤氏の墨子評価を検討してみたい。 ◇「平和な世界にせねばならないと悪戦苦闘した人が墨子」という理解は正しいが、悪戦苦闘は平和それ自体の希求というよりは「天の志」に合致した生き方を追求した結果である。「兼愛」という「普遍的人類愛」については、「自分を愛するように他人も愛する」ことが「天下の利」をもたらすと考えただけである。「国際的徹底平和主義」については墨子の主張はあくまで、<非攻>であり、大国が小国を侵略することを「不義」だと強く非難したが、防衛能力の保持・行使は否定していない。また「天」や「神」が「兼愛の根拠」であることに間違いはないが、現代的な意味でとらえるべきではない。(魯迅の『非攻』、酒見賢一の『墨攻』) ◇「すべての人が兼愛を実践していけば結果として博愛・平等愛の世界が実現するが、それは結果であり、最初から万人を平等に愛せよとは言っていない。墨子は「倶に天をいただく」者同士の相互尊重を説いた。それは単純な理想論から発せられたものではなく、「そうすることが結果として天下全体に幸福と利益をもたらすのだ」(兼相愛、交相利)という現実的でしたたかな読みが根底にあった。(湯浅邦弘の『諸子百家 儒家・墨家・道家・法家・兵家』) ◎なぜ墨家は滅び、儒家は継続発展したのか、なぜ危機の時代に墨家はよみがえるのか、現代中国では墨家はどう受け止められているか、墨家の思想は反覇権主義といってよいか、など参加者から多くの質問や意見が出されました。 |
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第27期日中連続市民講座④「杜甫の自伝的長編詩を読む」(2/18)2024![]() 谷口先生は、中国文学に見る自伝詩の歴史を紹介したのち、杜甫の自伝的作品を取り上げ解説しました。 ◇唐代の詩人杜甫は多くの自伝詩を残しており、自伝詩人といわれている。その詩は3種に分類される。①すべての作品が自身の生活、経歴を反映している。②人生の節目ごとに作られた、時事を含めて回顧した長編詩=「詠懐古五百字」、「北征」、「秋日菱府詠懐一百韻」など。③晩年に一生を総括した、純粋に自伝的な作品=「壮遊」、「昔遊」など。 ◇杜甫の晩年の自伝的な一連の詩は、いずれも安史の乱に始まる激動の時代を回顧する作品であり、自伝的な詩といえる。その中でも「壮遊」の詩は、世の中の転変に重心を置くのではなく、自分の変化を描いている点、自伝詩と呼ぶにふさわしい。(今回は省く) |
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第27期日中関係を考える連続市民講座③「日中関係の現状と課題」(1/27)2024![]() 西堀氏は長野県と河北省の友好県省40周年を記念し、昨夏阿部守一知事らと訪中した際のエピソードを報告。洪水の現場対応から戻った北京市長と阿部知事の会談で「防災・減災対策の話し合いを協力してやろうとの話になった。河北省との間では40年の成果を生かして交流を継続発展させていくことで合意した」と明かしました。「1979年から続く中国とのスキー交流も1998年の長野オリンピック招致の際の中国の協力の支援につながり、2022年の北京冬季オリンピック実現に大きく貢献したと中国側から感謝された」と述べました。 参加者からの「日中の不協和音を埋めるのに何が有効か」との質問に、西堀氏は「世論が中国に対して冷めている。友好を喚起するには地方民間運動やマスコミや学校教育の役割が大きい」と強調。「県内にも9千人の中国人が暮らしている。直接あって交流するのが一番の近道」と訴えました。 |
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2024年日中友好新春講演会・新年会を開催(1/23)2024 新年会に先立って、(公財)日中友好会館中国代表理事の黄星原氏が「日中関係の歴史・現状と課題」と題して記念講演しました。国交正常化以来の日中関係の推移を振り返りながら、“日中対立と対話の併存時代”にあって、コロナ禍で途絶えた日中交流の早期再開などを訴えました。黄先生は、日本大使館勤務や中南米などの大使を歴任され、中国人民外交学会副会長兼秘書長を務められるなど、国際的視野にったって日中関係を論ずるなど活躍しています。中国の現状に理解を深め、日中両国が今後、相互信頼を深め協力提携しアジアと世界の平和と繁栄に貢献していくにはどうしたらよいかをともに考える良い機会となりました。 講演の要旨は次の通り。
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第27期第2回日中連続市民講座 「中国メディア事情と中国メディアスクール」(12/17) 2023
夏先生は、中国伝媒大学を卒業し、その後も大学で勤務してきた40年近い経験をもとに話しました。 ①最新の統計によると、中国には1,810の新聞と定期刊行物があり、2,500以上のラジオ局とテレビ局があります。ラジオ・テレビは、通常、政府機関と密接に関連しています。多くの中国メディアの中で、最も影響力があるのは、新華社通信、人民日報、中国メディアグループで、ニュースやニュースレター、新聞、ラジオやテレビを代表する、中国で最大かつ最も重要な3つのメディアです。 ②中国国内では、中国政府に関する公式情報の多くは新華社通信から得られます。 新華社通信は中国の国営通信社であるため、公式ニュースは新華社通信を通じて発表され、世界中のメディアにおける中国の政治と外交の公式ニュースも新華社通信が発行する通信を使用します。人民日報は中国共産党中央委員会の機関紙です。人民日報は1948年に創刊され、中国最大の新聞で昨年の人民日報の発行部数は250万部です。 2018年3月、中国中央テレビ局、中国国家ラジオ局、中国国際放送局は共同で中国中央広播電視台集団(CMG)を設立しました。記者と編集者が6,629人もおり、スタッフの総数は約40,000人と推定されています。 ◇以下、印象に残ったことを3点紹介しますーーー。 ①.テレビはかつては広告収入で潤っていましたが、近年、ネットメディアやモバイルメディアの影響により、テレビ局の広告が減少し、苦境を打開するために様々な対策を講じています。 新しいメディアへの移行は、その主な方法の1つです。WeChat、TikTok、Xiaohongshu(小紅書)などの中国で最も有名なソーシャルメディアサイトは現在活況を呈しており、ニューヨークに上場しているサイトもあります。オンラインメディアとモバイルソーシャルメディアは、徐々に従来のメディアの役割と機能に取って代わりつつあり、従来のメディアはますます影響を受けています。 ②.1980年代以降、改革開放によって、中国の経済は急速に発展し、テレビを購入する人が増え、テレビ番組の制作はますますエキサイティングになりました。 同時に、多くのアメリカと日本の番組が中国のテレビ画面を占有し始めました。 当時、人々が見たいのは日本のアニメ「鉄腕アトム」、ポケモンでした。ポケモンで、ほとんどの人がピカチュウを知っており、「血の疑惑」や「マンハント」などの日本の映画やテレビシリーズを見る機会があり、その後、アニメ「名探偵コナン」、宮崎駿の「千と千尋の神隠し」をテレビで放送し、中国の視聴者は高倉健、三浦智一、山口百恵などのスターを知りました。 日本は中国の緊密な隣国でもあるため、中国のメディアは日本に注意を払っています。 国会議員選挙、岸田首相と各国首脳との会談、日本での頻発地震、さらには日本の天候の変化まで、報道があります。 特に、最近の日米合同軍事演習や、この1年間の円相場の継続的な下落や電力・ガス価格の高騰は、中国国民の注目を集めており、中国メディアでも大きく報道されています。 11月17日、岸田総理と習近平国家主席がサンフランシスコで会談し、当時の中国メディアの重要な報道にもなりました。桜の季節に日本人が桜を見に行くこと、日本の有名な相撲などについても報道しています。 これらの報道により、中国人の日本に対する理解が深まりました。多くの中国人は、東京では駐車場が難しく、駐車料金が高いことを知っていますが、東京には便利な公共交通機関、地下鉄、路面電車が四方八方にあり、日本の新幹線が特に便利で時間厳守であることも知っています。 また、日本人はとても礼儀正しく、公共の場で話したり電話で話したりしません。日本はどこもきれいで、路上にゴミがない、誰もが意識的にゴミを分別している、などです。 中国のメディアは、両国民の友情と理解を深める上で非常に重要な役割を果たしてきました。 中日両国のメディアの交流や協力は、特にテレビの分野で非常に緊密で、両国のメディアは長い間、互いに協力してきました。 CCTVは過去にNHKと緊密な連携を取り、影響力のあるテレビ番組を制作してきました。 何年も前に、彼らはテレビドキュメンタリー「シルクロード」を共同制作しました。 2005年、中国のCCTVと日本のNHKが共同で「新シルクロード」を制作しました。 現在、テレビドキュメンタリーシリーズ「世界遺産ウォーク」を共同制作し、さらなる協力関係を築いています。パンダの翔翔(シャンシャン)を紹介する番組「シャンシャン家に帰る」も共同制作しています。 この番組では、ジャイアントパンダの家族による日本での生活や、中国に帰国した翔翔の新たな生活について紹介しています。 2024年1月にCCTVとNHKで同時放送される予定です。日中記者交流も盛んに行われています。 中国メディアの記者の中には、日本のメディアで一定期間働き、研修を受ける人もいます。 ③・メディア人材の育成に関しては、北京放送学院(現在は中国伝媒大学)が最も長い歴史と最強の強みを持っています。 1954年、北京に北京放送学院が設立され、当時中国で唯一のメディア専門学校となりました。 ラジオやテレビのタレントの需要が高まるにつれて、ラジオやテレビのタレントの育成に従事する学校の数も増加しています。 かつては北京放送学院がほぼ1つしかありませんでしたが、今は全く違います。 北京放送学院は伝媒大学に発展し、浙江省メディア大学、河北メディア大学、南京メディア大学など、メディア人材を育成する学校が十数校誕生しました。 中国で最も有名な北京大学と清華大学も、それぞれ2001年と2002年にジャーナリズムとコミュニケーションの学校を設立し、放送とホスティングの専攻を開設しました。 現在、中国伝媒大学には博士課程・修士課程5,000人以上を含む18,000人がおり、校舎規模は3倍に増えました。 84の学部専攻と多くの修士号と博士号があり、7つのポスドク研究ステーションがあります。 学校はジャーナリズムとコミュニケーション、情報通信工学を主な分野としており、音楽とダンス、美術、中国と中国の文学、外国の中国文学、電子科学技術、コンピューター科学技術、インターネット情報などの専攻もあります。 また、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、日本語など20の外国語教育も充実しています。 学生が海外で学ぶ機会も増えています。 現在、日本では中国伝媒大学の数十人の学生が学んでいます。 日本やヨーロッパやアメリカに行く人も結構います。伝媒大学のコースの多くは4年制の大学のコースであり、伝媒大学で2年間勉強し、2年間留学するか、中国で3年、海外で1年勉強する必要があります。 このようにして、国際的な人材を育成し、新しい技術を学び、外国語のスキルを向上させることができます。また、教員は、海外の教員と交流する機会が多く、客員研究員として日本、アメリカ、ヨーロッパに行くことも多く、海外の教員との交流を通じて、常に最新の国際水準に即した専門知識を持つことができます。 アメリカ、ヨーロッパ、日本の大学で修士号や博士号を取得した先生もいます。ジャーナリズム、映画、テレビ芸術、放送、広告などに興味のある学生が、中国伝媒大学を訪問し、伝媒大学に留学することを歓迎します。 |
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第27期日中関係を考える連続市民講座スタート(11/25)2023
第1回は長野大学の塚瀬進教授が、「3つの大日向村―佐久穂・吉林舒蘭・軽井沢」と題して講演しました。満蒙開拓団を当時の国策に沿って日本一多く送出した長野県の先鞭をきって大日向村が分村開拓団を送り出した時代背景や村を取り巻く状況などを詳しく解説しました。---財政破たんした大日向村は分村開拓団を吉林に送り出したが、そこは現地の農民が耕作していた水田地帯だった。安く買い上げ入植地とし、順調な滑り出しだったが、日本の敗戦によって多くの犠牲を出しながら帰国した人たちに残された道は、寒冷地軽井沢の山間地での開墾だったーーー。受講者は熱心に聞き入っていました。 |
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第26期日中連続市民講座⑥「コロナ禍によって変わる日中ビジネス」 (4/22)2023 兼村先生は、次のように述べました。 ①長野県の中国進出企業数の推移は、2022年6月で180社(香港除く)でピーク時2012年に比べ32.1%減となっている。その理由は、人件費の高騰、競合する中国企業の台頭があり、中国政府も競争力のない企業の撤退は歓迎している。 ②コロナ禍による中国ビジネスの懸念材料(ゼロコロナ政策による影響)として、現地駐在員の帰国困難(日本から支援者が出向けない)、操業停止命令、日本に部品・材料が届かない→中国依存リスク軽減の必要性などがある。 ③人の現地化をはかるメリットとして、意思疎通が図りやすくなる、現地従業員の労働インセンティブが高まり定着も進み業績向上につながる、駐在員コストを削減できる。現地化が進まない理由として、本社との意思疎通が図りにくい、優秀な人材が給与・処遇面で優位にある非日系企業に流れてしまいその結果人材育成が進まないなどがある。 ④現地化について以下4つのパターンを紹介。 ⑤中国ビジネスの新たな懸念材料。 第26期講座はこれで終了し、来期は11月からスタートする予定です。ご協力ありがとうございました。 |
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第26期日中連続市民講座⑤「中国古典詩に見る自然へのまなざしー陶淵明、王維、李白、杜甫を中心に」(3/25)2023![]() 谷口先生は、中国六朝時代から唐に至る古典詩の代表詩人の作品を取り上げ、「自然に対するまなざしには、詩人の生きた時代により、また境遇の違いにより差違があるが、自然への憧れ、畏怖など読み取ることができる」と述べ、各時代の代表的詩人の作品を紹介解説しました。 ◇詩における「自然」とは、中国最古の詩集『詩経』や戦国時代の『楚辞』にも自然は描かれているが、その自然は人間にとって有用な存在として取り上げられていて、自然そのものをテーマとして詠じることはあまりなかった。晋末、北西の異民族の侵攻により、漢民族が南下し東晋王朝(都は健康=南京)をたてた。人々は江南の美しい「風景」に出会い自然を詠じるようになった。 ◇六朝時代の陶淵明と謝霊運・謝朓の「自然」詠 ◎陶淵明「帰園田居(園田の居に帰る)」、「飲酒二十首」 ◎謝霊運「過始寧墅」(始寧の墅=別荘を過る) ◎謝朓「游東田」(東田に游ぶ) ◇唐詩における自然へのまなざし ◎王維「辛夷塢」(こぶしの植わっている土手) ◎李白「山中答俗人」(山中で俗人に答う) |
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第26期日中市民講座第4回、「清朝の海賊問題
アヘン戦争前夜の18-19世紀の清朝、浙江・福建・広東の各沿海域や南シナ海では海賊行為が急増し、大きな被害をもたらした。 2.ベトナムから来る海賊 18-19世紀の南シナ海で海賊が横行する中で、清朝とベトナム関係における「海賊」の扱いは興味深い。 |
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第26期日中市民講座第3回、「米中のはざまにおける日本の立場と選択肢」(1/29) 2023
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第26期日中市民講座第2回、中国残留孤児3世がかかえる課題を考える(12/18) 2022
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第26期日中関係を考える連続市民講座スタート(11/26)2022
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日中国交正常化50周年記念し講演会、西園寺一晃氏を講師に開催(10/18)2022
布施正幸・県日中友好協会副会長が主催者を代表して、「日中国交正常化50周年を迎えたが、日中関係は経済交流が史上最高を記録している一方、コロナ禍や、尖閣問題、米中対立の激化など多くの困難にぶつかっている。とりわけ米中対立の激化の波に巻き込まれて両国関係が破たんするようなことの無いよう英知を集めて進んで行くことが大切と思う。先生を講師に迎え、グローバルな視点から日中関係のおかれている現状と課題を考えていきたい」とあいさつしました。 阿部守一県知事の祝賀メッセージが小林一洋県国際交流課長から披露されました。知事は「日本と中国は一衣帯水の隣国同士であり、文化的、歴史的ばかりでなく、経済的にもお互いなくてはならない深い関係にある。来年は長野県と河北省との友好提携40周年の節目を迎える。これまで積み重ねてきた両県省の交流の更なる深化を図っていきたい。講演会が日中関係の理解を深める場となることを期待申し上げます」と述べています。 西園寺先生は、米中対立の現状を分かりやすく解説し、今後もこの対立は長く続くが米中戦争は起こらないと述べました。また1972年の日中国交正常化に至った経過を振り返り、他の国とは違って民間交流の積み重ねがありLT貿易など経済界の期待が大きかったと指摘しました。米中対立が激化する中、「日本は米中のはざまでどのようなスタンスをとるか。双方とバランスの取れた、いい関係を構築しないといけない」と述べました。 講演後、西園寺先生を囲んで西堀正司・県日中副会長がコーディネーター役をつとめ、土屋龍一郎氏(元日本青年会議所会頭)と大月良則氏(県日中理事長・元県国際担当部長)をパネラーに、パネルディスカッションが行われました。(概略下記参照) ≪西園寺先生の講演「米中対立激化の中での日中関係・その現状と展望」 ≫ この数年世界はコロナ禍と米中対立に翻弄されてきた。コロナ禍は終息しつつあるが、米中対立は長く続くだろう。しかし核の時代にあって大国同士の大きな戦争は核戦争となり、人類の滅亡につながる。ウクライナを見ても米ロ戦争にはならない。ポストコロナは米中対立で回っていく。対立は続いても、米中戦争は起こらないだろう。人類史上ローマ帝国など大国強国が表れたが永遠に続くことはない。近代に入って世界の覇権を握っていた大英帝国も2度の大戦を経てアメリカにとってかわられた。米国の覇権もいつまでも続くわけではない。 世界はポスト冷戦の大変革期にある。米ソ冷戦がおわり世界はかえって無秩序になって紛争が多発している。米中対立を軸に動いている。対立は主として経済、貿易、ハイテク分野で激化している。トランプ時代は一国主義で貿易赤字問題が中心だった。バイデン時代になると、親米国家をまとめて中国に対抗しようとしている。仲間を作って中国を封じ込める戦略。「自由と民主主義」の価値観を同じくする国、「自由で開かれたインド太平洋」を標榜しアメリカを中心とした旧秩序を守る。一方どの国も経済グローバル化が進む中で、GDPの1位と2位の国が争ってもなんの益もなく、「三方一両損」の状態。日中貿易ばかりでなく、米中貿易、EUの対中貿易はどんなに制限しようとしても昨年史上最高を記録している。グローバル化した世界経済では部品も国境を越えている。産業のコメと言われる半導体6割は中国が買っていた。中国産は1割。組み立て分業。米のデカップリング政策でハーウェイやテンセントなどが攻撃されたが、半導体の原料のリン酸は中国が世界の70%を産出している。またレアアースも中国が90%を産出しており、これがなければハイテク産業も成り立たないし、兵器も作れない。半導体が外部からの輸入がストップしたら中国は自国で開発する。短期的に見れば中国は困るが、長期的に見れば自国で作り米国からの輸入が減ることになる。かつての、日米経済摩擦を振り返ってみると、紡績から車そしてコンピューター、半導体へと分野は変化していったが、アメリカを追い越すことは許さない。三菱が国産の次期戦闘機を開発することも許さなかった。 米中対立は貿易摩擦からハイテク分野の競争に移行してきている。米が中国を意識し始めたのは、中国製造2025戦略を打ち出したとき。産業のハイテク化(ハイテク化は軍事とも連動している)建国100周年の2049年には世界の先頭に立つとの目標をかかげた。「一帯一路」巨大経済圏構想、中国の宇宙開発計画(月面着陸)、中国版GPS(米のGPS覇権がくずれる)等々。イギリスの研究所の見込みでは2030年~33年に中国はアメリカを追い抜くと予測している。 日本の報道を見ると中国は孤立していると思われがちだが、アフリカ、中南米、アジア諸国など幅広い関係を持っている。これからは、日本はアメリカ一辺倒でなく頭を柔らかくして付き合っていく必要がある。国力は貿易だけで推し量れないが、世界の主要国は中国との貿易がトップを占めている国が多い。オーストラリアを見ても輸出の35%が中国向けで、対米輸出は6.3%というのが現実だ。 では中国は世界覇権を握ることができるのか?できないと思う。特定の強国が世界を牛耳ることはできない。核戦争に勝者はいない。露6.2千発、米5.5千発、中3.5百発--の核を持っているがこれを使ったら世界は破滅する。人類滅亡の可能性は、①核戦争、②強力なウイルス、③極端な気候変動、④環境と生態系の破壊の4つしかないだろう。 日中関係発展の上でODAによる対中借款は3兆円を超え、これは日本のODAの69%を占めるが、中国の発展に貢献した。主として円借款で中国はこれで日本の製品を購入した。中国の発展に伴い日中貿易も増えた。50年間で350倍になった。米中が仲良くしてもらうのが日本にとって最も好ましい。日本は国益を考えれば米中対立は望まない。 日本の戦後の対中政策を見ると岸内閣は経済交流を露骨に妨害した。池田内閣は経済民生重視政策で有名だが、対中政策も政経分離政策をとり、LT貿易など民間取り決めが結ばれ、民間の経済交流は盛んになった。佐藤内閣はこの流れを抑えるために日中貿易に輸出入銀行の融資を使わせない措置をとった。(吉田書簡)安倍内閣の政策は新政経分離政策と言われ、外交安保は日米同盟強化を基礎に価値観を同じくする国と連合し、中国封じ込めをおこない、経済的には対中協力を促進するというものだ。 「台湾有事」問題。安倍氏は「台湾有事は日本有事」と言った。台湾を巡る歴史を振り返ってみると、第2次大戦終了→米ソ冷戦スタート→国共内戦が始まるがこの時の国民党は430万の軍隊と米国の支援する豊富で優秀な武器を有し、一方の共産党は130万の粟を食べぼろをまとった軍隊で、ゲリラ戦を展開。米国は蒋介石を支援したが敗れた。朝鮮戦争をきっかけに対ソ防波堤としての役割を日本に求め、日本の民主化政策を反転させ、再軍備化に進んで行った。 台湾で戦争は起きるのか?台湾が独立宣言をすれば戦争になる。あるいは偶発的な衝突が引き金になる可能性はあるが、中国はアメリカと戦争をしたくない。米中台いずれも戦争を望まない。ウクライナになぜ米は直接介入しないのか。核戦争になることを恐れている。日本は米中のはざまでどのようなスタンスをとるべきか。中国包囲網の先頭に立つのではなく、外交的努力を傾けるべきと思う。双方とバランスの取れた、いい関係を構築しないといけない。 ≪西園寺先生を囲むパネルディスカッション≫
◎土屋龍一郎氏は日本青年会議所会頭を務めていた時の経験を振り返り、「教科書問題の最中に訪中したが、街頭で中国の人々と心通う交流ができた。政治的なギクシャクがあっても国民同士交流を深めていくことが大切と思う」と語りました。 ◎大月良則氏は「“飲水思源”の言葉を大切に、友好の先達の思いを継いで県日中友好協会理事長の役割を果たしていきたい。2010年の阿部知事の訪中に秘書課長として同行したが、当時尖閣問題直後で難しい時期であったが、全国の知事に先駆けて訪中したことは、良かったと思っている」と語りました。 ◎西堀氏は「官民挙げての日中交流が大切と思う。コロナ禍や様々な障害があるが、平和友好の継続は、政府の意志の問題でもあり、民間の意志の問題でもある」と述べました。 ◎西園寺先生は、「日中関係は世界的に見ても特異なものがある。民間交流が先行し、その後、国交正常化が実現した。ニクソン大統領の訪中前後の動き、中国の国連復帰など外的要因も大きかったが、国交正常化には、内的要因があった。石橋湛山、松村謙三、高碕達之助氏ら多くの先達が民間交流の積み上げ方式で努力してきた。また財界の期待も大変大きかった。当時と現在の困難をと比べると当時の方がもっと厳しかった」と述べました。 ◎土屋:両国関係発展のためには、地方民間交流の柱になるものが必要と思う。 ◎大月:交流の柱の一つとして、長野県は中国と40年にわたるスキー交流をおこなってきた。本年2月の北京冬季五輪のスキー競技は河北省の張家口市で開催された。新華社が40年間の交流を詳しく紹介した。今後も交流を続けていきたいし、インバウンド事業にもつながっていくと思う。 ◎西堀:明治維新から敗戦まで77年、敗戦から本年まで77年になる。未来に向けての77年は2099年で21世紀末となる。日本と中国の付き合いの過去・現在・未来を顧みて、今を生きる我々は日中両国の平和友好のために努力していきたい。(文責編集部) |
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県日中学術交流委員会22年度総会を開催(9/29)2022![]() 中村宗一郎会長(信州大学学長)は「本日は日中国交正常化50周年の記念日にあたる。この50年の間に中国は目覚ましい発展を遂げた。アカデミー分野でも学術論文数はアメリカに次いで2位となり日本は12位で追い抜かれてしまった。中国に学ぶべき点は多い。国際情勢は激動しているが、共存共栄で、世界平和を守っていきたいと多くの人は望んでいる。そのためには交流、特に学術分野の交流は大変重要と思う。コロナ禍のため困難が多いがオンラインなど工夫して交流を継続し進めていきたい」とあいさつしました。 席上、丹羽博彦県国際交流課主事と小池明上田女子短大学長、夏丹長野孔子学堂中国側責任者よりあいさつをいただきました。丹羽氏は、日ごろ日中学術交流や、留学生受入れに尽力していることに敬意を表した後、「コロナ禍で日中間の人的交流が制限されているが若い世代の交流・学生の交流は重要なので工夫して取り組んできた。昨年の東京五輪に際しては中国を相手国とするホストタウン事業としてオンラインで応援イベントを実施した。その際学生サポート登録を呼びかけ5大学の学生37名が研修講座や応援イベントに参加した。明年は長野県と河北省との友好提携40周年に当たるので、アフターコロナを見据えてトップの相互訪問や留学生交流等検討していきたい」と述べました。 小池学長は「コロナ禍やウクライナ等世界は激動している。米中の2極対立とともに世界は多極化しており、様々なプレーヤーがいる。偶発的な衝突を避けるために、草の根レベルの交流が必要で学術交流や民間交流が果たす潤滑油的なソフトパワーは貴重。特に学術交流の果たす役割は大きいので皆で努力していきたい」とあいさつしました。 夏丹女士は長野県日中友好協会ラジオ孔子学堂中国側責任者として来県したことを紹介するとともに、中国メディア大学と長野県立大学が縁あって今春交流協定を結び客員研究員としても活躍していきたいと述べました。また中国メディア大学の状況を紹介しました。 決定された活動方針では、コロナ禍で制約はあるが、各大学、短大の学術交流促進や連続市民講座、記念講演会、留学生支援などに取り組んでいくとしています。 総会議事終了後の意見交換では、出席者がそれぞれの立場から発言しました。布施正幸県日中友好協会副会長は、「コロナ禍や米中対立の激化によって、日中関係は困難な状況におかれているが、14億人の住む中国と安定した友好協力関係を維持発展させていくことは日本にとって重要な課題。それぞれの国にはそれぞれバイオリズムがあると言われる。日中国交正常化50周年を迎えたが、日中関係を破たんさせないために日中共同声明の原則を守り、交流を通じて理解と友好を深め、平和に貢献していきたい」と述べました。谷口眞由実県立大学教授は、古典文学を専門としている立場から、「中国から歴史的に文化的影響を受け深いかかわりがある。相互理解を深めていきたい」と述べました。米倉真一信州大学副学長は「近隣諸国との交流は大切。科学技術発展のために手を携えていきたい」と述べました。大月良則県日中理事長は「国同士はぎくしゃくしていても民間同士は仲良くしていきたい。明年は長野県と河北省との友好提携40周年を迎える。知事訪中などが計画されているので協力していきたい」と述べました。 |
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第25期日中関係を考える連続市民講座スタート(11/27)2021
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県日中学術交流委員会21年度総会を開催(8/3)2021![]() 濱田州博会長(信州大学学長)は「コロナ禍にあって、訪中も中断し日中間の交流がストップしていることは大変残念だ。相互に訪問して対面交流することは当面むずかしと思うが、オンラインでの交流等工夫していきたい。信州大では河北医科大学とオンライン会議を実施した。模索しながら交流再開に備えていきたい」とあいさつしました。 席上、小林一洋県国際交流課長と小池明上田女子短大学長よりあいさつをいただきました。小林課長は、日ごろ日中学術交流や、留学生受入れに尽力していることに敬意を表した後、「県としても河北省への留学生派遣事業や中国を相手国とする東京五輪ホストタウン事業に取り組んできた。大学生サポーターを募集したところ37人が登録し5回の講座を行い、8月2日にはオンラインで中国卓球選手の応援イベントを行った。多文化共生に取り組み、アフターコロナを見据えて留学生交流等再開していきたい」と述べました。 小池学長は「コロナ禍によって今までの価値観(の限界)があらわになってきている。中国のプレゼンスが大きくなっており米中対立が激化している中で中国の台頭に対する反発があるが、世論が一色になってしまうのはまずい。自己主張が無いといわれる日本人だが潤滑油的なソフトパワーは貴重。特に学術交流の果たす役割は大きいので皆で努力していきたい」とあいさつしました。 総会議事終了後の意見交換では、出席者がそれぞれの立場から発言しました。布施正幸県日中友好協会理事長は、「コロナ禍や米中対立の激化によって、日中関係は困難な状況におかれているが、14億人の住む中国と安定した友好協力関係を維持発展させていくことは日本にとって重要な課題。それぞれの国にはそれぞれバイオリズムがあると言われる。中国は巨大な変化を遂げているが、交流を通じて理解と友好を深め、平和に貢献していきたい」と述べました。 |
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第24期日中連続市民講座⑥「コロナ禍によって変わる日中ビジネス」 (4/24)![]() ![]() 兼村先生は、「コロナ禍の中で、マスクや防護服など医療関連物資の調達が滞るなどサプライチェーン(供給網)の寸断でモノの移動が止まる等中国依存度の高さが明かとなり、国同士の付き合い方を再検証する必要が指摘されている。また米中対立が激化している中で、アメリカのデカップリング政策に沿う形での開発や生産の”脱中国化”の動きが生まれており、二重に問題が提起されている。 中でも半導体メーカーを中国から引きはがす政策に力を入れているアメリカは台湾さらに日本を巻き込んでこの政策を進めようとしている。一方中国は14億の巨大市場をバックに、内需拡大で対抗しようとしている。このような中で、日系企業の対中ビジネス行動はどう変化しているか? 中国進出日系企業は”現状維持”の姿勢で、競争力のある日系企業にとって中国市場は依然として大きな魅力と考えられている。求められているのは中国拠点の自立化で、日本の本社と切り離した中国子会社内での資材・資金の運用の現地化が最大の経営課題となっている。 現地化がむずかしい理由としては人の入れ替わりが激しく定着しない、人材育成が難しいこと、日本企業はマニュアルでなく人を通じてノウハウや仕組みを移転していく体質があり現地に任せる覚悟が不足していること等があげられる。一方コロナ禍で日系企業の評価は雇用を守る等評価が高まっていて、良質な人材が集まる可能性も生まれている。人の現地化に成功した企業に見られる特徴としては、日本での就学・就業経験があり、日本の本社のことを知っていて本社社長との信頼関係があり、旺盛な企業家精神を持っていることなどがあげられる。 自立した拠点としての可能性を持っているのは、アジアの中でも中国・ベトナムのみ。日系企業が経営の現地化をはかるうえで適当な地域。日本国内企業は、一方で中国と一線を画したアメリカやアセアンとなどとのサプライチェーンを形成しつつ、もう一方で中国でのサプライチェーンにも足場を築くこと、両にらみの体制構築が有益ではないかと考える。」と指摘しました。 アセアンと中国との経済的結びつきやアセアン諸国の人件費の比較、ベトナムは人件費も上がり飽和状態に近づいていてサプライチェーンの上でも楽ではないこと、アジア最後のフロンティアミャンマーの事情などにも話が及び有意義な講座となりました。 第24期講座はこれで終了し、来期は11月からスタートする予定です。ご協力ありがとうございました。 |
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第24期日中連続市民講座⑤清朝中期の対外政策:「独裁」の実態・歴史の亡霊(3/13)![]() 豊岡先生は、「ここ数年、中国(あるいはロシア・トルコなどの旧近世帝国の後継国家)に関して、元首による「独裁」、いわば歴史の逆行を問題視する言説が見受けられる。その当否はさておき、実際に前近代帝国において「独裁」はいかに行われていたのだろうか?清朝中期(18世紀~19世紀前半)の政策決定のあり方について、制度・具体的ケースを取り上げて話したい。」と述べ、清朝漢地の政策決定機構について解説し、更に1808年のイギリス軍のマカオ上陸事件がどのように処理されたかを紹介しました。 「結論的に言えば、清朝における「独裁」とは、重要な書類は皇帝が決裁しているけれども、政策策定は皇帝を補佐する少数の上級官僚が行っていた。その政策内容は、マジョリティである漢地・漢人(大多数を占める漢民族)に配慮したパフォーマンスに満ちたものになっていた。その意味では、皇帝が好き勝手に権力を振るう、というイメージとはかけ離れていたと言える。さらに、その政策内容は、ときに外国からは超時代的で自己中心的な「中華思想」そのものとされてきたが(「中華思想」は実際には1936年和田清らが日本の中国侵略の理由づけのために作り上げた虚像であった)、実際には柔軟な(あるいは”弱腰”な)判断を下すこともあり、むしろ諸外国の認識は表面的なパフォーマンスにとらわれてしまっているともいえる。」と指摘しました。 現代中国との比較の角度からも興味深いお話でした。 次回の第6回講座は、4月24日(土)、兼村智也・松本大学教授が「コロナ禍によって変わる日中ビジネス」をテーマに講演します。 |
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第24期日中連続市民講座④「漢詩のユーモア 杜甫・李白・白居易・蘇軾を中心に」(2/20)![]() 谷口先生は、「風刺は対象を見下す視点に立つが、ユーモア(諧謔)は自身を含めて対等に見る親しみ深い視線を特徴とする」とし、後漢末期から唐・宋に至る著名な詩人(ほとんど官吏・政治家でもあった)を取り上げ、その生きた時代背景も紹介しながら、現実の不条理や人間共通の弱点をおおらかに面白がり現代の人々をも共鳴させる作品が生まれたことをわかりやすく話しました。― ◎「竹林の七賢」は激動の血に彩られた時代に、限りある自己の生をより十全に生き抜こうとし、世間的価値観の呪縛を脱して私の流儀で固有な運命を選びとろうとした。厳しいい言論統制の中を生き抜いていく知恵とユーモアが見て取れる。彼らは誰よりもよく笑い、また目が眩むほど憤り得た。陶淵明は下級官吏を辞し、酒をこよなく愛し、自然を楽しみ、詩を作り悠々自適な生活を送った。 ◎盛唐の詩人、杜甫は安史の乱や朝廷内部の政争など政情不安の時代を生き、社会詩人と評される。政治・社会の矛盾を鋭いまなざしでとらえ直截に表現した社会批判詩を多数作っている。一方で、「飲中八仙歌」などでは戯れに自身や友の姿を滑稽に描いた詩もみられる。曲江の酒家に立ち寄り、憂さを晴らす詩も作っている。人の世は乱で荒れ果てても自然は悠然としているとうたう。また杜甫には珍しくデカダンの詩もある。成都の草堂にあっては秋の暴風で吹き飛ばされた粗末な家にあって千万間の広い部屋に貧しい人々がつどい笑いあうことを夢想する詩もみられる・・・ ◎李白は盛唐の代表的な詩人で杜甫より11歳上。その詩は天衣無縫、自由闊達で「詩仙」と称された。「月下独酌」では名月を迎え影に対して3人となる、行楽すべからく春に及ぶべし・・言葉遊びや擬人法が見られる。杜甫は李白を一斗詩百編と評した。李白の多くの詩文は酒にちなむものが多く、ユーモアや比喩にあふれたものが多い。 ◎白居易は中唐の代表的詩人、地方官吏の家に生まれたが優秀な成績で進士に合格、中央政界で活躍するも、左遷などを体験した。平易な用語でわかりやすい詩を意識的に制作した。風諭詩(婉曲な政治批判の詩)、閑適詩(静かに自然を楽しむ詩)、感傷詩(男女の愛情を描く詩)に分類し、『白氏文集』を編集し、平安文学に大きな影響を与えた。「白鷺」は罪を得て流されていく道中の詩であるが笑いで包んでいる。「重題」では廬山こそはうるさい名誉心からの逃避場所であり、司馬というつまらぬ官職も隠居役としてはなかなかいい、とうたう。 ◎蘇軾は北宋の詩人、進士に合格したが新法・旧法の争いに巻き込まれ、海南島に流されたこともある。「海内に知己あれば天涯も比隣の如し」は有名な句。比喩表現や比較(なぞらえる)、典故(古典からの出典)、詩語(畳韻語)の面白さがある。― まとめとして、「ユーモアは遊びの精神に基づくが、単なる笑いではなく、政治の世界でのつまずきに遭遇した作者の苦しみの中から生み出された。自己の内省を経て、自身の弱さやダメぶりを認め、それを、滑稽・諧謔的な言葉で表現している。作者は、ユーモアを表現することによって、逆境の苦しみを打破する起爆剤としている。それゆえ、読者に困難な現実に向き合う力を与えてくれるのではないか」先生の結びの言葉に、共感の拍手が送られました。 次回の第5回講座は、3月13日(土)、豊岡康史・信州大学人文学部准教授が「清朝の対外政策の決定方法と現代中国」をテーマに講演します。 |
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第24期日中連続市民講座③「米大統領選と米中対立に想う」(1/23)![]() 小池先生は、過去10年間の米国と中国の主な出来事を振り返った後、米国事情、米中関係、日本の取るべき道などについて話しました。(概略下記参照) ―米ソ冷戦時代には米国には中国を引き寄せるべきだとの思いがあり、WTOなどへの加盟によって世界標準に近づいて民主化も進むだろうとの思いがあった。もちろん14億の人口・市場に対する関心もあった。中国はこの10年間成長を続け現在世界のビッグプレーヤーとして存在感を増している。米国は中国を次第に警戒し対抗する政策をとるようになった。 トランプ前大統領の任期中に米国社会の分断が広がった。南北戦争でも同じだが今後、分断解消に相応の時間がかかるだろう。バイデン新大統領は対話を重要視した政治を進めていくとみられる。 一方、対中政策についてはバイデンはトランプとは違って中国寄りとの見方もあるが、米国の世論が強硬論を支持しており、トランプとの対抗上強硬なことを言った。急激に融和策へとかじを切り直すことはないだろう。競争対立関係は変わらないが、妥協できることは建設的にやっていこうとするだろう。 日本は、米国寄りの立ち位置だが、中国との歴史的、経済的関係の大きさを考えれば安定的な関係を築く努力が求められている。正当なことを主張しつつ見返りも用意し交渉の材料を持つことが必要だ。― 興味深い内容でメモを取りながら真剣に聞き入りました。オンラインによる講演は初めての試みでしたが、今後より改善して、交流機会を作っていきたいと思います。次回は2月20日(土)谷口眞由実・県立大学教授が「漢詩のユーモア--李白・杜甫・白居易・蘇軾を中心に」をテーマに講演します。 |
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第24期日中連続市民講座②、中国語と日本語-日中文化比較(12/19)2020 主語と動詞をはっきりさせる中国語と主語と動詞があいまいな日本語の特徴に触れた後、日常のあいさつと配偶者の呼称、漢字から見た古代女性の社会的地位、老子・孔子・荘子・孟子など古代思想家が中国語と中国文化に与えた影響、詩詞が中国語と中国文化を豊かにしたこと、中国の4大名作と4大奇書(「三国志演義」「西遊記」「水滸伝」「金瓶梅」が4大奇書と言われていたが、「金瓶梅」の代わりに「紅楼夢」を加えたものが4大名作と呼ばれるようになった)へと話が進みました。 更に、『漢委奴国王』(紀元1世紀、後漢の光武帝が日本の奴国王に与えたと「後漢書」に記されている「漢の倭奴国王」)金印と漢字の日本伝来、明代にイタリア人宣教師マテオ・リッチが漢字をローマ字表記することをはじめ、これが、現代中国で広く使われている「漢語ピンイン法案」へとつながっていったこと等興味深い話が続きました。また、明治期には革命、科学、共和、哲学、自由など多くの社会科学用語などが日本から中国に逆輸入されたこと、峠や辻、切符、切手などは和製漢字単語であることも紹介されました。玉や紅が好きな中国人、気の毒な犬、四君子と尊ばれる「梅・蘭・竹・菊」など話は中国文化に幅広く及び講義時間もあっという間に過ぎました。 |
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第24期日中関係を考える連続市民講座スタート(11/21)2020
-戦後75年、日中国交正常化から48年を経過し、日中関係の改善加速が期待された中でしたが、新型コロナの世界的感染拡大によって、人的交流がストップし、経済、文化学術、スポーツなどの分野の交流においても困難が続いています。早期の平穏化を願いつつ、コロナ禍後を見据えて、両国国民の相互信頼関係を醸成していくことが望まれます。 歴史的に深いかかわりを持ち、日本の最大の貿易相手国である中国はGDP第2位の経済大国となり巨大な変化を遂げています。14億人が住む隣国中国に対する理解を深めることは日本にとって一層重要となっています。中国を多面的に理解するため県内で活躍している大学・短大などの先生を講師に迎え第24期講座を計画しました。お誘いあってご参加ください。 詳細はこちら――>第24期日中関係を考える連続市民講座「中国の歴史・文化と日本」 第2回は12月19日(土)王秋菊・清泉女学院短大中国語講師が中国語と日本語・文化比較について話します。 第3回は1月23日(土)小池明・上田女子短大学長が米大統領選と米中対立について話します。 第4回は2月20日(土)谷口眞由実・県立大学教授が漢詩のユーモアについて話します。 第5回は3月13日(土)豊岡康史・信州大学准教授が清朝の対外政策決定方と現代中国について話します。 第6回は4月24日(土)兼村智也・松本大学教授がコロナ禍で変わる日中ビジネスについて話します。 |
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県日中学術交流委員会総会を開催(8/3)2020 濱田州博会長(信州大学学長)は「コロナ禍にあって5月の日中学長会議が延期となるなど、日中間の交流がストップしていることは大変残念だ。信州大では留学生が大勢いるが実験実習などができず困っている。一方協定を結んでいる大学からマスクの寄贈があった。相互に訪問して対面交流することは当面むずかしと思うが、オンラインでの交流等工夫していきたい。再開に備えて準備していきましょう」とあいさつしました。 席上、宮原茂県国際担当部長と西堀正司県日中友好協会副会長よりあいさつをいただきました。宮原部長は「長野県として上海駐在員に加えて新たに北京駐在員を増やす方向で準備している。昨年は中国要人の来県や知事訪中も実現した。国同士の関係は難しい面もあるが、地方民間交流をしっかり進めていきたい。中国を相手国とする東京五輪ホストタウン事業には大学生の皆さんにも参加いただきたい」と述べました。西堀副会長は「コロナ禍で諸交流がストップして、友好協会70周年記念活動も延期となっている。習近平主席の4月訪日も延期となったが、友好協会は引き続き国賓としての来日を歓迎することを決めた。中米対立の激化は人々の憂うるところだが、日本はバランスをとって役割を発揮してもらいたい」とあいさつしました。 |
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第23期 日中関係を考える連続講座スタート、第1回は「令和・万葉歌人と漢文学」(11/23) 2019
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中華人民共和国建国70周年講演と祝賀のつどい、宮本元大使大いに語る(10/10)2019 高波謙二・県日中友好協会会長が主催者を代表して、「本年、中華人民共和国建国70周年を迎えた。中国は急速な変化と発展を遂げ、国際社会における比重を高めており、日中の貿易額も対米貿易を大きく引き離して、往復33兆円を記録した。日中関係は21世紀に入って歴史認識問題、尖閣問題によって困難な状況が続いてきたが、昨年の両国首脳の相互訪問、首脳会談によって好転し、正常な軌道に戻った。このチャンスを活かし、長期的視点で安定した日中関係を築いていきたい。宮本雄二先生を講師に迎え、平和で安定した日中関係を築くためにはどうしたらよいかをともに考えたい」とあいさつしました。 宮本先生は冒頭、長野県が(開拓団送出日本一の)歴史を踏まえ中国との関係を大切にし草の根から友好関係が出来上がってきたことにかねがね敬意を抱いてきたと述べ、大使在任中に方正の日本人公募を参拝したこと等も紹介したうえで、これから中国とどう付き合うかについてわかりやすく、深い洞察に富むお話をしていただきました。(概略下記参照) ――将来の日中関係を考える上で、なぜ日本が中国侵略に始まる対米戦争という過ちを犯したのか総括する必要がある。かつて日本は中国のナショナリズムを過少評価し、対中侵略を進め更に全く展望のない対米戦争まで突き進んでしまった。第1次世界大戦後の平和構築に向けた世界の大きな流れを見ることに失敗した。これから中国とどう付き合うかを考える上で、このことをしっかり押さえておく必要がある。 中国の発展は目覚ましくGDPで今や日本の約3倍規模になっておりやがて米国を追い抜くだろうが、中国がダントツの1位になることはないだろう。世界は多極化の時代に入っており、中国は経済では自由貿易を、国際政治では常任理事国として国連憲章に基づく国際的なルールを支持している。その点で、大きな方向で中国と日本は一致している。そこを突破口に政治、経済の国際的枠組みを日中がともに支え、強化することを全面的に打ち出すべきだ。中国は変わり続けており、中国共産党の統治力や変わる力に注目すべきだ。今までこうだったという固定観念は捨てたほうが良い。日中は共通の言葉を持つに到った。 日中関係を考える上で、中国人の対日観が急速に変わってきている。訪日観光客の増加やスマホなどを通じて日本に対する好感度がアップしてきている。両国の歴史認識問題については以前は大きな障害だったが世代交代が進み脇における時代になった。閣僚らによる靖国参拝など日本がきっかけを作らなければ問題は起こらないと思う。過去の歴史より、改革開放の実績と今後の中国の発展を自信をもって進んでいける状況が生まれ、対日観も客観性を持つようになった。 米中関係が激化している。アメリカは自分に追いつき追い越そうとする国が出現するのは面白くない。かつてソ連、次に日本がバッシングの対象になった。経済、軍事・安全保障面で、アメリカは中国の台頭を押さえつけようとしている。軍事・安全保障面では軍人は最悪を想定して相手を過大評価し軍拡→戦争と進んでいってしまう傾向がある。中国人は考えている最中だが、冷静に考えれば中国を攻める国はない。軍事力に頼ることなく、自由貿易、国連強化などソフトパワーをもって、安全と尊厳を守ることが賢明であることは言うまでもない。日本は米中を衝突させない役割があり、貢献できるのではないか。 日中関係は国民の信頼関係が低下していると言われるが、一番関係が悪化したときでも10%すなわち1200万人の日本人が中国が好きとの世論調査結果だった。国民同士の交流を通じて等身大の中国を理解することによって両国関係は安定する。号令一下右向け右という中国人はいない。中国人は「義」の価値観が一番強いように思う。中国人は道理が無ければ従わない。留学生に温かく接し、日中関係を大切にしたい。今後の日中関係を考えるとき、一番心配なのは日本の若い世代が中国との関係にあまり関心を持っていないこと。日本にとって中国の重要性は年々増している。中国とどう付き合うか、自分たちの問題として考えてほしい。―― 講演後、宮本先生を囲んで濱田州博信州大学学長をパネラーに、西堀正司・県日中理事長がコーディネーター役をつとめ、パネルディスカッションが行われました。参加者は熱心に耳を傾けました。 第2部の祝賀パーティーでは、高波県日中会長、濱田県日中学術交流委員会会長のあいさつに続き、花岡徹県国際担当部長、太田昌孝(代)・井出庸生(代)衆議院議員、小松裕(県卓球連盟会長)・若林健太前国会議員の祝辞の後、犛山典生県経営者協会事務局長の音頭で乾杯しなごやかに懇談交流しました。また高橋要長野市商工観光部長、大月良則県健康福祉部長、樋代章平八十二銀行常務執行役員、根橋幸夫県国際課長、岡村重信県プロフェッショナル人材戦略拠点事務局長、埋橋茂人県議(代)、李妮県国際交流員、娜日蘇長野市国際交流員、石家庄市研修員の魏薇・王瑶さんらからも祝辞をいただきました。また長野ラジオ孔子学堂のフルス教室のメンバーが日ごろの練習成果を発表し、研修生や女性会員らが「北国の春」や「ふるさと」などを披露し拍手を浴びました。王昌勝県華僑総会会長が締めのあいさつを行い、盛り上がりの中懇親会が終了しました。 |
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日中学術交流委員会2016年度総会を開催(8/8)![]() 濱田州博会長は、「日中関係は難しい問題を抱えているが、長野県は、民間レベルで中国と深い結びつきがあり交流も盛んだ。(出身の)信州大学繊維学部でも留学生受け入れなど交流が行われている。引き続き、民間学術交流に力を入れ中国との積極的な学術交流を継続していきたい。」と述べました。 来賓として高波謙二県日中友好協会会長が日ごろの協力に対し感謝た後、日中関係の重要性と長野県と河北省の交流状況などに触れ、本年が県協会創立60周年にあたり引き続き平和友好に努めていきたいとのべ、「文化学術交流は両国の平和友好関係を持続発展させていく大切な役割を果たしてきた。一層のご活躍を祈ります」とあいさつしました。 山本晋司県国際課長は、長野県が河北省はじめとした中国との交流に力を入れている様子を紹介し、学術交流は地味ではあるが日中関係を支える大切な役割を果たしていると述べ今後の活躍を期待しました。上條宏之県短期大学学長は「中国国際放送局や河北大学と友好関係があり、学生が訪問して交流する機会も増えている。いろいろな交流を重ねていきたい」とあいさつしました。 総会では2015年度の事業報告・決算報告を承認した後、2016年度の事業方針・予算を採択しました。 終了後、立石昌広県短期大学教授が、「中国の”新常態”」と題して講演しました。 |
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第19期日中関係を考える連続市民講座が11月28日から始まりました。県内の大学と県日中友好協会などで作る県日中学術交流 --日中両国は2000年の友好往来に裏打ちされた文化の共通性があります。一方、近代不幸な戦争を体験しています。国交正常化以来40数年を経過し、最大の貿易相手国となっています。ここ数年、政治的ギクシャクが続いてきましたが、日中関係は徐々に明るさを取り戻しつつあります。英知をかたむけ、平和と友好協力の道を歩む方途を探すことは両国国民にとって大切な課題です。中国を多面的に理解するため県内で活躍している大学・短大などの先生を講師に迎え第19期講座を計画しました。お誘いあってご参加ください。 詳細はこちら――>第19期日中関係を考える連続市民講座「中国の歴史・文化と日本」 11/28(土)「溥儀(ラストエンペラー)の生涯とその時代」、塚瀬進・長野大学教授 12/19(土)「1930年代の中国と日本」、立石昌弘・県短期大学教授(中国経済) 1/23(土)「中国茶あれこれ」、王秀閣・中国国際放送局日本語部アナウンサー・長野孔子学堂責任者 2/27(土)「中国近世小説の世界『杜騙新書』の話」、氏岡真士・信州大学人文学部准教授 3/19(土)「中国進出県内企業の現状」、兼村智也・松本大学教授 4/23(土)「宋代中国の都城と文化」、久保田和夫・長野高専教授 |
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丹羽宇一郎・前中国大使招き、日中友好協会創立65周年記念の講演会を開催(10/9)2015 丹羽先生は冒頭、習近平主席とも大使在任中9回あったことがあり習氏が「日中は引越しのできない間柄で、仲良く付き合っていく以外に道はない」と言っていたことを紹介しました。「日中双方の世論調査では、嫌中や日本人が怖いなどの数字が8割を超えるなど、政府間だけでなく民間でも厳しい。交流の機会を増やし誤解を解いていく必要がある。同じ人間としてお互いに信頼しあったら日中間でも過去の歴史を乗り越えて偏見をなくしていくことができる」と強調し、日中間の全ての紛争を平和的手段で解決し、武力や武力による威嚇に訴えないと定めた1972年の日中共同声明に触れ、「声明の精神を両国が遵守するよう努力するべきだ」と訴えました。 |
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日中学術交流委員会2015年度総会を開催(8/10)2015 山沢清人会長は、「日中関係は政治的ギクシャクが続いたがだんだんと明るさが見えてきた。長野県は、民間レベルで中国と深い結びつきがある。引き続き、民間学術交流に力を入れることが大切と思う。中国との積極的な学術交流を継続していきたい」と述べました。 来賓として高波謙二県日中友好協会会長が「文化学術交流は政治的ギクシャクがあっても両国の平和友好関係を持続発展させていく大切な役割を果たしてきた。一層のご活躍を祈ります」とあいさつしました。 上條宏之県短期大学学長は「中国国際放送局や河北大学と友好関係があり、学生が訪問して交流する機会も増えている。いろいろな交流を重ねていきたい」とあいさつ。小池明上田女子短大学長は「日中間には政治レベルのギクシャクがあるが、いろいろな民間レベルの交流もある。草の根レベルの交流が大切。大切な隣国中国とはいろいろなネットワークを生かして付き合って行きたい」と述べました。 総会では2014年度の事業報告・決算報告を承認した後、2015年度の事業方針・予算を採択しました。 終了後、西堀正司県日中友好協会理事長(日中友好協会全国専務理事)が、「戦後70年・日中友好協会創立65周年、日中関係の現状と課題」と題して講演しました。 |
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朱丹陽さんが”言葉でつながる日本と中国・ひつじ年と現代中国事情”を講演(2/21)2015![]() 演題は「言葉でつながる日本と中国・ひつじ年と現代中国事情」。春節を迎えて、旧年を追い払う爆竹の由来や赤が魔よけの意味を持つこと、春節の慣わしなど中国の伝統文化を理解するのに役立ちました。また日本でもおなじみのひつじにちなんだ四文字熟語など興味深いお話をしていただきました。昨年の中国十大ニュースの画像を交えての紹介もわかりやすく好評でした。 さすが文字の国、歴史伝統の国と思われる話を、いくつか取り上げてみましょう。 ①未年ににぴったりの新年のあいさつは「三陽開泰」(未年には「三羊開泰」とも言う)。 ・「三陽」は三つの陽気。「易経」によると、旧暦11月の冬至から昼がだんだん長くなることから、「冬至」は初の「陽気」、続きの12月は二番目の「陽気」、お正月は三番目の「陽気」なことから、「三陽」。「泰」は「平穏、安定」の意味。「陽」が三つ目まで来たら、厳しい冬も乗り越え、待ち遠しい春が訪れます。 ②春節の慣わしもしっかり決まっているのです。 |
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第18期日中関係を考える連続市民講座がスタート(11/22)2014
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中華人民共和国65周年記念の講演会とパーティーを開催(10/2)2014 朱先生は、冒頭自身の体験に触れ、個人が政治の波に飲み込まれることはあるが、研究者として動じないで専門分野を極めていきたいと述べた後、マクロ的に中国の歩みを振り返り表層より深層を見ていく必要性を強調しました。また日中関係については「近年の日中関係の冷え込みに、変化が見えてきた」と分析。理由として「中国では汚職撲滅など国内対策の取り組みに一定のめどが立ち、外交課題に取り組む余裕が出てきた。日本も、集団的自衛権の行使容認を閣議決定するまでは中国脅威論が必要だった」ことをあげました。更に「11月北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)での日中首脳会談が実現すれば、中国国内での対日交流がかなり変わる」と展望しました。 |
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日中学術交流委員会2014年度総会開催(8/8)2014 山沢会長は、「日中の協力、アジアとの協力が必要で、民間学術交流に力を入れることが大切と思う。各大学での教授間交流など、壁を少なくして交流を進めていきたい。信州大学としても、北京や上海に留学生による学友会が誕生した。中国との積極的な学術交流を継続していきたい」と述べました。 来賓として土屋孝夫県国際課係長は「友好提携先の河北省から2名の研修員を受入れ、県からは3名の研修員を河北大学に派遣している。民間学術交流の特色を生かして日中間の交流を積極的にを進めていただきたい」とあいさつしました。 西堀正司県日中友好協会理事長は、「日中関係は尖閣問題や靖国参拝問題で大変厳しい状況が続いているが、11月の北京APECにむけて首脳会談の可能性が取りざたされるようになった。関係改善を期待したい。青少年交流や学術をはじめとした文化の交流を通じて、相互信頼関係を大切にしていくことは長い目で見て重要な意味を持つ。大学間交流など一層の発展を期待したい」と述べました。 上條宏之県短期大学学長は「両国政府が困難を打開していくことを望む。国際放送局の朱丹陽先生に中国語の指導をお願いしているが、当学での中国語学習者は結構多く、河北大学への留学実績も増えている。若者をサポートして、交流を進めていきたい」とあいさつ。小池明上田女子短大学長は「政治家はバックグランドを背負っているので振り上げたこぶしをおろせないところがあるだろうが、市井の我々は違う。この人と関係を持たなければやっていけないとなれば、チャンネルを切らさないことが大事だ。大切な隣国中国とはいろいろなネットワークを生かして付き合って行きたい」と述べました。 総会では2013年度の事業報告・決算報告を承認した後、2014年度の事業方針・予算を採択しました。 終了後、朱丹陽さん(中国国際放送局長野孔子学堂中国側責任者)が「中国の大学事情」を講演しました。全国統一試験に900万人以上の受験生が受験したことなど新中国誕生から文革を経て現在に至る大学入試の変遷などをわかりやすく紹介いただきました。 |
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日中市民講座/上田女子短大・小池学長、中国との体験的付き合い方を語る(2/22)2014![]() (以下中国・日中関係部分を中心に概略を紹介します。) 日中関係が難しいとき専門家ではない素人の立場でどう見るか、アマチュアの考え方が意外と事態を動かしているのではないかと思い日ごろ考えていることをお話したい。マルチの国の付き合いの中で二国間関係を読み解くことが必要ではないかと思う。 中国は共産党が統治しているが経済発展に伴い格差が拡大し、貧しくとも平等だった時代と大きく変わった。コントロールを強めるのか、民主化を進めるかの選択が迫られるだろうが、党の力量の強さから言えばそんなに急速な変化はないだろうと思う。 団塊世代として日本の戦後復興・高度経済成長・安定成長の時代を生きてきたが、日本の歩んだ道を若い世代にどう伝えていくか大きな課題と思う。1970年代中ごろの中国の存在感は政治的な面が主で経済的に語られることはほとんどなかった。現在は、中国はGDP世界第2位の経済大国となった。中国のプレゼンスは世界の工場から世界の市場へと比重を高めている。日本人はリスクを避ける傾向が強いが、中国人はリスクに挑み世界的な投資を進めている。穀物やエネルギーを買いあさっており世界に与える影響は大きい。1兆3千億ドルの外貨を保有しており、これは脅しにも使えるが自分にも返ってくる。WTOの一員として秩序ある成熟したプレーヤーであることが期待されている。 我々が中国との関係を良くしていくヒントは、お互いに相手の実情を知ること。中国の人々に日本社会を知ってもらうこと。そのためには政治・経済・文化・観光・若者など多様な付き合いが必要だ。 日本は明治維新以降、脱亜論的考え方にたって中国やアジアに侵略進出していった。一方で中国に対し4000年の歴史・文明的先輩への敬意という両面があった。今、日中の逆転現象が起き、また戦勝国としての意識もある。マスメディアがそれぞれ民族主義を煽ることは危険でそうならないよう気をつける必要がある。自制を働かして冷静に付き合っていく、大人の知恵を持って対していくべきだ。冷戦時代にもLT貿易などいろいろな努力が払われていた。日本も「一党独裁」的な傾向が出てきていて心配の面があるが、日本の多様性が中国からも見えるようにしていく必要がある。尖閣問題や靖国問題を見ると、「匹夫の勇」ではなくて「やらざる勇気」が重要だと思う。 日米同盟は中国と仲良くしていく上でも必要と思うが、日本に対するアメリカでの評判は歴史認識など厳しいものがある。中国はアメリカに多くの留学生を送り、高官の子弟も大勢行っている。日本も留学生やインターンシップ受入れなどもっと努力すべきだ。また日中関係を改善するには、環境面での協力はじめ共同の事業に取り組み双方が技術や知恵を出し合っていくことが大切と思う。 |
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朱丹陽さんが中国語をキーワードに中国事情を紹介(12/14)2013![]() 本来、地方で勢力のある富豪をさす「土豪」は、身の回りのものに金をかけ、見せびらかす人を皮肉る言葉として流行している-と説明。金色に塗装された車や携帯電話の画像もスライドで示し、「物価高や就職難などに悩んでいる人もいれば、金銭的に有り余る人もいるという格差への不満が表されている」と話しました。 「延遅退休」(退職年齢を延ばす)が話題になっているのは日本と同じような高齢化が急ピッチで進んでいる事情があるとのこと。 「戸籍制度改革」については、都市部と農村部に区別され他戸籍制度の下で、都市部に働きに出ても基本的な行政サービスが受けられない問題なども説明、改革の新しい動きが出るたびに高い関心が寄せられていると述べました。 聴講者からは、庶民感覚が現れるキーワードを取り上げて解説してもらったので具体的な中国事情が理解できてよかったと大変好評でした。 |
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第17期日中関係を考える連続市民講座がスタート(11/23)2013
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村山元総理長野で講演、両国関係の危機打開を訴える(11/12)2013 村山元総理は、アジアへの植民地支配と侵略を認め反省と謝罪を発表した「村山談話」(1995年)について、「戦後50周年の年に自分しかできない歴史的な役割だった」と当時の心情を明かし、アジアの一員として日本がアジアから信頼される国になる、そのためには戦争の反省、歴史を教訓として未来に向かって手を携えて進んで行く必要性を強調しました。その後の歴代内閣が村山談話を踏襲し、2008年の福田・胡錦濤会談では戦後の日本の平和的発展を中国側が初めて評価し「戦略的互恵関係」を築いて行く約束をしたことを振り返りました。
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日中学術交流委員会2013年度総会開催(8/19)2013 山沢会長は、「政府間のギクシャクがあっても民間同士の交流が大事で、長い目で見て付き合って行くことが必要だ。留学生を取り巻く環境などにも関心をはらい、中国との積極的な学術交流を継続していきたい」と述べました。井出正一県日中友好協会会長は昨年国交正常化40周年に際し、北京で中学生卓球交歓大会が盛大にに開催されたことを紹介し、「日中関係は尖閣問題で大変厳しい状況が続いているが、青少年交流や学術をはじめとした文化の交流を通じて、相互信頼関係を大切にしていくことは長い目で見て極めて重要な意味を持つ。大学間交流など一層の発展を期待したい」と述べました。 総会終了後、立石昌広・県短期大学教授が「中国社会の変容」と題して記念講演し大きく変化している中国の現状に対する理解を深めました。ました。 |
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第15期日中関係を考える連続市民講座「中国の歴史・文化と日本」受講生募集中!2011
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辛亥革命100周年講演と記念のつどい開催、宮本前大使が講演(10/24)2011![]() 上条宏之・県日中学術交流委員会副会長の開会のあいさつに続き、井出正一・県日中友好協会会長が主催者を代表して「日中両国は、アジアと世界の平和と繁栄に責任を負っている。互いに多くの解決しなければならない課題を抱えており、互いに争ってはいられない。相互補完の関係にあることを自覚し、共存共栄、、共進が必要であり、そうできる。戦略的互恵関係をうたった共同声明は日中両国の進むべき道を示している。尖閣問題等を見ると両国関係はまだもろい面もある。民間交流の大切さを実感した。みんなで力を合わせて友好発展のために尽力したい。宮本前大使の貴重な体験をお話いただきこれから中国とどう付き合うかを考えていきたい」とあいさつしました。 先生は「これから中国とどう付き合うか」に話を進め、①世界の基本的趨勢と日中関係、②中国の現状をどう見るか、③日中戦略的互恵関係の世界、を具体的事例を交え分かりやすく明快に語りました。 ①世界の基本的趨勢と日中関係 中国共産党の文献を読むと、必ず大きなところから入って細部にいたるという思考方法を貫いている。この思考方法を取り入れてまず世界の基本的趨勢を押さえておきたい。現在世界は曲がり角に来ている。アメリカ式資本主義がリーマンショックにより行き詰まり、市場の巨大化で活路を見出そうとしたEUも危機を迎えている。新興国もチャレンジを受けているが、世界経済の中の比重が高まった。中国・インド・ブラジルも経済のグローバル化・開かれた経済から利益を得た。従ってこれら新興国はこの仕組みを壊すことはしないだろう。修正は必要だが現在の仕組みから利益を得ているのでこれを尊重して行くだろう。技術革新・グローバル化・相互依存は益々進むだろう。一方、軍事安全保障面から見ると、相手に対する猜疑心、最悪の事態に備えるという基本的位置づけは変わらない。日中間に横たわるこの2つの矛盾を政治的にどう調整するか。隣国同士は仲が悪い。独仏は500年間戦争を続けようやく仲直りした。日中間は近いから仔細が分かってしまう。両国が仲悪くなったり対立したりする事例は事欠かない。不安定要因はあるが、大きな視点で日中関係を前進させていく必要がある。 ②中国の現状をどう見るか 中国は、中国共産党の(国民党の弾圧下で育まれた)秘密主義と社会の急速な変化、多様化によって分かりにくいところがある。改革開放政策は大きな成功を収めた。成功は新たな問題を生み出している。1つの踊り場に来ている。中国社会は大きく変質し、経済活動の飛躍的拡大、生活空間の拡大が進んだ。2008年には23%が大学に進み、インターネット人口は5億人に達し、市民が自分で判断できる状況となった。価値観が多様化し、幸福感が1人1人違ってきた。全員を満足させることはむずかしい。格差と腐敗の問題も深刻だ。科挙制度の伝統があった中国では地方知事を務めれば3代の富ができるといわれていた。鄧小平が江沢民に3つの提起をしたといわれている。1つは軍の掌握、2つは党の分裂を避ける、3つは腐敗・汚職は民の心が去る。これから分かるように腐敗の問題はかなり重視されている。 中国はたくさんの問題を抱えているが中国は倒れない。次々と問題は起こるが問題の60~70%は解決してきた。中国共産党の統治能力が高いことを示している。たとえば不動産バブルに対しては今年だけで低所得者向けに1000万戸の公団住宅を作っている。更に3000万戸を計画している。中国に経済発展をもたらし、良くここまでやった、中国共産党を評価すべきと思う。しかし、問題は深刻化している。今社会の安定が強調されている。100人以上のデモが年間8万件おきているとの中国の公式発表がある。日本だったらたとえ10分の1であっても大変なことだ。判断基準が日本とは違う。 ③日中戦略的互恵関係の世界 日中がともに世界の中で大国となり影響力の強い国となった。歴史的に見ると、かつて中国は長く世界の大国であった。明治以降日本が勃興し、中国が没落した。現在、地球規模で見て、日中は世界のなかでGDP第2位と第3位の国となり、世界に対する責任は大変大きくなった。戦略的互恵関係にありけんかばかりしていることは許されない立場にある。毛沢東時代は世界に対して敵対的だった。改革開放の時代は世界の中に組み込んで行くことこそ必要だ。かつて天安門事件が起こったとき欧米は中国を非難したが、日本は改革開放勢力を支援した。日中両国は相互補完の関係にあり、よい経済協力関係をつくるのは日本の国益でもある。 中国の発展に伴い中国は大国になったのだから、もっと自分の主張をしてもよいのではないかと思う人が増えている。アメリカはイラクに戦争を仕掛けた、アメリカに包囲されているという猜疑心がある。また歴史的な屈辱を忘れないという愛国主義教育は現在の指導部に跳ね返ってきて、柔軟な外交のかせになることもある。改革開放の道筋を指し示した鄧小平理論も腐敗に対処する具体的処方は残していない。時代の要請にあった中国独自の価値観を打ち立て世界に表明しなければならない。 日中関係は経済分野における戦略的互恵関係と一方における軍事安全保障問題これをどのようにバランスをとりうまく処理して行くかが課題となっている。日本は平和国家として生まれ変わった。より多くの国民同士が接触して相互信頼を育むことが最も大切だと思う。交流を強化して、相互不信の状況を突破していかねばならない。軍事安全保障の専門家の観点から見ると米中はいずれ衝突するといい、経済の専門家は協力以外に道はないという。この両者のバランスが大切だ。安定した状況を作ること。軍事交流が大切で、軍事的透明性を高めることが必要だ。軍事安全保障の観点すなわち最悪の状況に備えるという、この世界に引き込まれている。軍人同士が相互訪問し率直に言い合うことが必要だ。 ![]() 県日中学術交流委員会会長の山沢清人・信州大学学長は「信州大学に留学した人たちが中国へ帰国してから同窓会を作って北京で40人、上海でも30人が集まったといった話も聞く。日本の学生も中国に派遣していきたい。中国留学生の意識や意欲は高い。中国から学んでくることはたくさんある」と述べました。 宮本先生も、「地方交流が日中関係を底ざさえしている。信大医学部の留学生が河北医科大学をリードしているという話を聞いた。これからの交流は科学技術重視だ。中国では大学の統合を数年前に行って巨大化している。地域連合を組んで地方交流をすすめていただきたい。留学生の相互交流は大変大切。留学生は国を代表することになる。留学生を大事にして返すこと。彼らは日中の架け橋になる。日本政府ももっと留学生交換事業を支援すべきだ。 桜井佐七・県日中経済交流促進協議会理事は「中国が好きで、文革中から中国を訪問している。万博中国館の清明上河之図のコンピューターグラフィックも見に行った。大変素晴らしかった。新幹線に乗って西湖も訪問してかえったところで温州の高速鉄道事故処理問題が起こった。中国の軍事大国化や人権軽視の事故処理についてどう考えたらよいか」と語りました。 宮本先生は「中国で基本となる価値観が揺らいでいる。根本的なところを打ち立てられていないところに欧米の物質主義的な新しいものがどんどん入ってきている。中国の人権・民主主義を考える場合、易姓革命の伝統がある国なので天命すなわち民の声に従ってやることだと思う。社会の格差については熾烈な論争があり左右から批判が起こっている。民衆の意識も高まっている。人民の人民による人民のための政治ということに尽きると思う。 軍事大国化についていうと航空母艦を大国は大国として持つべきという庶民の声もある。何のための軍事大国化か、まだ我々に明らかにしていない。この辺が問題と思う」と語りました。 会場からも原発、アジア経済の一体化、アニメなどの日本文化などに対する中国での受けとめ方などの質問が出されました。「中国ではエネルギー効率がまだまだ悪い。経済成長が共産党の統治の正当性を保障している中で、原発は電力確保の上で必要としている。アジアの経済一体化については50%はアジア域内の貿易が占めている現実があり、今後もその傾向を強めて行くことになるだろう。外来文化への対応としては党が全てを手のひらの上でやらせようとするがこれはだんだん難しくなっている。知的財産権の保護の問題もある」などと答えました。 第2部の祝賀パーティーでは、井出会長のあいさつに続き、村石正郎・県会議長、王昌勝・県華僑総会会から祝辞をいただいた後、若林健太・参議院議員の音頭で乾杯しました。また、今井正子・県議、劉非・北京放送局日本語部副部長らからスピーチをいただきました。会場では和やかな交流が行なわれました。最後に佐々木治夫・県医師会副会長の音頭で日中友好万歳で締めくくりました。小坂憲次・吉田博美・参議院議員(代)、塚田剛義・県信用保証協会常勤理事、和田明・県中小企業団体中央会総務部長、竹之内健次・部落解放同盟県連委員長、三浦義正・信州大学理事、鈴木隆・同、酒井康成・松本歯科大学法人室主任など各界来賓が出席されました。講演会には、浅井秋彦・県国際課長、小松正俊・JA長野中央会専務、埋橋茂人・JA全農県本部長、木藤暢夫・県商工会議所常務理事、高橋博久・県平和人権環境労組会議議長、小沢明・県国際交流推進協会事務局長らも出席されました。 *宮本先生の発言についての文責は編集部にあります。 |
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日中学術交流委員会2011年度総会開催(8/10)![]() 山沢会長は、「3.11以降日本は国難を迎えている。労働力の減少などの現実にも向き合っていかなければならない。中国との連携協力は重要で、国家経営の視点など学ぶべき点も多い。留学生を引き受けるだけでなくこちらからも派遣し学ぶ必要性を感じている」と述べ、若い世代の人材の養成を日中学術交流の中で積極的にすすめていきたいとの意向を示しました。上条裕之県短大学長も「日本は歴史的な転換期を迎えている。中国は日本の前途にとって避けて通れない重要な隣人、中国との学生交流・研究者の交流などすすめていきたい」と述べました。 総会終了後、長野滞在中の中国国際放送局日本語部副部長の劉非さんが「辛亥革命100周年-孫文と日本」と題して記念講演しました。孫文の活躍を支えた宮崎 滔天(みとうてん)や梅屋庄吉の事跡を詳しく紹介し出席者に感銘を与えました。 |
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日中友好協会60周年講演と祝賀のつどい、加藤千洋(ちひろ)氏が講演(12/3)2010![]() 激動する世界の中の日本と中国―3つの逆転と中国の行方そして日中関係--加藤千洋・同志社大学大学院教授 内藤武男・県日中経済交流促進協議会会長の開会のあいさつに続き、井出正一・県日中友好協会会長が主催者を代表して「日中友好協会創立60周年にあたり、10月には北京の人民大会堂で日本から1200人、中国から宋健中日友好協会会長ら100人の友人も参加して祝賀会が行われた。席上加藤紘一日中全国会長に代わり代表してあいさつした。尖閣沖の漁船衝突事件以来一挙に日中関係が厳しくなり崩れそうになり、そんな中での祝賀会だったので一抹の不安もあったが、こんなときだからこそ民間友好団体のわれわれが頑張らねばとの思いをもった。新中国誕生の翌年友好協会はスタートし、多くの先達が数々の困難を乗り越えて国交回復や友好発展のために尽力してきた。戦略的互恵関係が言われているが、まだもろい面もあり、より確かなものに構築することが重要と思う。国情の違いを理解し、国民感情の改善に努めること、そのためには民間の努力が重要だ。日中両国の良好な関係はアジアと世界の平和と繁栄にとって必要不可欠。中国・アジア・世界の事情に詳しい加藤千洋先生を迎えて講演をお聞きし友好協会として何をなすべきか考えていきたい」とあいさつしました。 加藤先生はまず、世界の何がどう激動しているかに触れ、激動の世界について3つの逆転現象を上げました。①米中の逆転(昨年の自動車販売台数の米中の逆転)②日中の逆転(GDP第2位の座の逆転)③東西の逆転(歴史的に見て1820年ごろまでGDPの33%を占めていた中国が産業革命やアヘン戦争を機に没落し世界経済の中心が西に移ったが、今再び東に移ってきた)3つの逆転の主役はいずれも中国であると述べました。 この中国と付き合って行く上で①中国の台頭、経済発展はいつまで続くか②経済が豊かになった中国の民主化はあるのか③不透明ではあるがますます重要となっている中国とどうやって向き合えばよいかと話を進めました。 ①特派員として中国に7年間滞在した経験から言うと少なくとも後10年は高度成長を続けるだろう。さらにアメリカに追いつき追い越すだろうとの予測もある。沿海部の経済発展地域、内陸の後発地域など中国は島国の均一な日本と違って3~4の経済モデルが同居しており奥行きが深い。中国共産党は統治能力をもっており、また財政にゆとりがある。(バブル崩壊の対応も可能。)目標として20年までに4倍増を打ち出し、全面的小康社会の実現を掲げているが、控えめに考えても7%成長を10年続けるとGDPは倍になる。さらに10年続けると4倍になる。現在5兆ドルだから2020年には10兆ドル、30年には20兆ドル、アメリカは現在15兆ドルほどなのでこちらも一定の成長を見込んで20兆ドルとすれば計算上並ぶことになる。歴史を見ると中国の台頭は100年スパンで続いて行くものといえる。 マクロで見ると飛ぶ鳥を落とす勢いの中国だが、問題は山積みしている。先送りしてきた問題、急ぎすぎた結果発生している問題としてエネルギー効率の悪さ、環境破壊の問題、少子高齢化問題、少数民族問題、役人の汚職の問題、中でも格差問題がある。対策として西部大開発などのような内陸部への開発投資、三農問題の解決、徴税システムの強化などに取り組んでいこうとしている。 ②一人当たりのGDPが3700ドルから4000ドルとなると中産階級も政治的主張を始める。中国も民主化する時期ではないかと世界から見られている。56の多民族国家である中国は複雑な国情で、同列には論じられないが中国式の政治的変革が進むだろう。 ③超高齢化社会の日本と高齢化社会になりつつある中国とどのように向かい合っていったらよいか。 1人あたりのGDPが1万ドルを超えるところが上海、広州、北京、青島と広がり、それが日本と同じ規模となっており、自動車だけでなく高級消費財が爆発的に売れる状況にある。一方、尖閣問題での反日デモ、小泉時代の反日デモ、SARSなどがありチャイナプラスワン(中国が主だが安全弁として別に1つ持つ)がいわれている。リスクがあるからといって避けるわけにはいかない。魅力ある中国を有効に使って、向き合って行くべきだろう。 中国の友人と話しているとGDPは2位になったといっても人口は10倍、日本には10年いや20年、25年は追いつきませんと言う。それは日本のソフトパワー、完備された水道・鉄道の正確さ・トイレの清潔さ・治安の良さ・きれいな街・社会の中にある何気ない人間関係と次々と日本の良さをあげる。中国やインドに対して量的拡大競争を挑んでも太刀打ちできない。日本のソフトパワー、省エネ、環境保全などを活かし質の高い国を目指し、それを活かして中国と友好的な協力関係をつくって行くべきだろうと結びました。 尖閣問題、北朝鮮問題、日米中正三角形論、中国の民主化と情報統制などについての質問に対して加藤先生から、率直な見解が示され、聴衆はうなずきながら耳を傾けました。 尖閣問題への対応では両者とも失敗したなと思う。日本の失敗は船長をあとのことを考えず逮捕したこと、釈放タイミングの悪さ、ビデオ流失への対応など、脈絡のなさが目立った。一方中国の失敗も大きかった。問題を民間交流や経済の領域にまで広げてしまったこと、南西諸島への自衛隊配備強化などの状況を作り出してしまったこと、このような情景は中国側も見たくなかっただろう。中国のネット上にはこのような姿勢に批判的意見も見られることは救いだ。北朝鮮問題への中国の対応を考える場合、中国は複雑な国で、見る角度によって違う要素を持っていることをおさえておく必要がある。外交部は厳しく当たれと考えているが、国内の安定と経済の発展が至上命題の中国にとって隣国の不安定化を望まないと言うのが本音だ。中国の民主化については現政権の置き土産となるかはちょっと疑問で次期政権でも具体像は見えてこない。情報統制システムも一方でネット空間の広がりがあり、また知識人の言論自由の幅も広がってきている。三歩前進二歩後退、すり足のような変化ではあるが、「長江の流れは、よどみ・逆流はあるが、一貫して西から東へ流れている」(江沢民)ことも事実だろう。 西堀理事長は、中国では毛沢東・周恩来・鄧小平時代と比べて指導者のカリスマ性がなくなっている中で日中関係・対外関係の処理も大胆で柔軟な決断を下すことが難しいかもしれない。正三角形理論は理想だが、国民感情もありアメリカ一辺倒的な日本政府の対中政策となっている。しかし政治は細っているが経済関係は太い。尖閣問題も小異を残して大同の精神で処理してほしい。民間交流を拡大して尖閣問題が小異になるくらいの関係を目指すべきと述べました。 最後に加藤先生が青少年交流の大切さに触れ留学生など一人ひとり大切にして付き合って行くことが相互信頼・友好協力の基礎になると述べ締めくくっていただきました。 第2部の祝賀パーティーでは、島田力夫・長野大学学長、王昌勝・県華僑総会会、阿部守一県知事から祝辞をいただいた後、塚田佐・前長野市長の音頭で乾杯しました。また篠原孝・衆院議員(代)、北沢俊美・参院議員(代)、小坂憲次・参院議員(代)、佐々木治夫・県医師会副会長、劉非・北京放送局日本語部副部長、岡田荘士・長野市日中議連会長、田中正治・松本歯科大学理事、穂苅甲子男・信州葫蘆島の会会長、小林佑一郎・前帰国者定着促進センター所長らからスピーチをいただきました。県会開会中のため寺島義幸・県会議長からは祝電をいただきました。女性委員会メンバーが加藤先生を囲んでふるさとを合唱。会場では和やかな交流が行なわれました。最後に窪田徳右衛門・白馬村副村長の音頭で万歳で締めくくりました。塚田剛義・県信用保証協会常勤理事、星沢重幸・部落解放同盟県連副委員長、三浦義正・信州大学副学長、高橋進・長野大学学部長など各界来賓が出席されました。 |