トンプソン・現代ピアノ教本


大島正泰氏がトンプソンの音楽教育観について「〈生きた音楽〉を最初から子供に経験させたことであり、ピアノを習うことが指を動かして楽譜どおりに音が出せるというそれまでの常識を覆して、子供に初めから音楽の本質を見せていこうとする姿勢であった。」(注1)と述べています。確かに、私がここで研究の対象にした「現代ピアノ教本」も、個々の学習曲の自然で流麗な音楽は、多数の初級ピアノ教本の中でも、群を抜いて優れていると思います。今ではかなり古くなったこのテキストが、未だによく使われている理由は、ここにあるのかもしれません。

しかし、大島氏がその後につづけて「トンプソンの出版したピアノの本には、音楽を総合的な視野からとらえさせるための多角的な工夫が凝らされていたからである。」(注2)と関連づけておられる点に関しては、やや疑問を感じます。総合的であればあるほど、それらの学習内容が体系的によく整理されて編集されていることが、大切になります。そうでなければ、多岐にわたる学習内容を、初心者の小さな子どもたちが、分かりやすく理解することはできないからです。

残念ながら、この点に関しては、少なくとも私が研究対象にした「現代ピアノ教本」に関する限り、かなり問題の多い編集になっています。ピアノの小さな学習者たちが、このような編集のテキストで、ページの順を追って指導されるだけだとしたら、せっかくの総合的な学習内容も、あまりよく理解できないままに進んでしまうことは、目に見えているように思います。

とはいうものの、教則本としての体系的編集に問題が多いこのテキストも、市内の主要楽器店のお話では、今でもよく売れているとのことです。もしこのテキストをお使いになる先生が、この辺の問題点をよく理解しないまま子どもに与えているとしたら、訳の分からないままピアノを習う子どもたちが、それだけ多く育ってしまうことにもなりかねません。私のつたない研究を参考に、少しでも問題点をはっきりさせて、それに対処する方法を工夫された上で、このテキストは使っていただきたいものだと思います。

なお、今回は、「現代ピアノ教本(1)」の分析のみを掲載しますが、引き続き「現代ピアノ教本(2)」の分析も発表する予定にしています。


●トンプソン:現代ピアノ教本(1)

注1:ピアノ講座2「世界のピアノ教育とピアノ教本」P186(音楽の友社刊)
注2:同上

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