トンプソン・現代ピアノ教本(1)
個々の学習曲の自然で流麗な音楽性は、多数の初級ピアノ教本の中でも、群を抜いて優れていると思う。
さらに、「現代ピアノ教本(1)」に限っていうと、すべての曲が基本的に5ポジションで書かれているので、楽譜が小さくて見づらいことを別にすれば、どれもひきやすい曲だといえる。
しかし、無原則に5ポジション位置を設定していること。また、すべての音に指番号が振られているので、いったんポジションに指を置きさえすれば、個々の音を譜読みすることなくひけてしまうようになっている。この点は、読譜力の養成の面からは大いに問題があるように思われる。
また、各調の音階の導入は、扱う調もあれば扱わない調もあったりで、全く教則本としての体系性に欠ける。このことは、生徒が各調の音の構成を全体的に把握し、調による違いを理解することを、大変難しくするように思う。
5ポジションや音階以外の学習事項に関しても、以下に見るように、指導していないことをテストに出題するなど、教則本に求められる「学習内容の体系的な編集」の観点から見ると、かなり問題がある。従って、このテキストを使って生徒を指導する先生は、これらの問題点をあらかじめよく知っていて、何らかの方法で補って使うことが求められると思う。
(この研究は、学習指導の中に音階がどのように活かされているか、ということを主な研究の視点の一つとしているので、このテキストのシリーズに音階が導入されたところからの研究になっていることを、お断りしておく。)
学習事項導入 |
調名 |
学習曲名 |
頁 |
学習内容 |
音階 |
備考(問題点、留意点) |
長調の音階 |
長調の音階 |
28 |
長調の音階 |
なし | ●ここですでに音階の説明がなされているが、この後の学習曲の中では、ハ長調の音階が直後の短い2曲で扱われているのみである。これ以後は
P73の「鍵盤のあそび」で扱われているのみ。
●ト長調の音階も、譜例とともに解説されているが、楽曲の中での学習は、 P73の「鍵盤のあそび」のみ。 ●上記以外の調の音階に関しては、ヘ長調のみが P73の「鍵盤のあそび」で扱われているだけで、他の調の音階に関しては、譜例・解説ともになし。 ●実際の楽曲で学習体験できないことを学ばせることは、学習内容の体系化に対する配慮が欠けている。 |
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ハ長調 |
城壁をのぼる |
29 |
音階 |
なし | ●左右4つの音に分けられた音階の学習。 ●5ポジションのコンセプトにこだわったから、5432の指使いをとったのだと思うが、ピアニスティックな見地からは4321の指使いの組み合わせの方が望ましい。 |
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ハ長調 |
鐘の音 |
30 |
音階 |
なし | ●左右4つの音に分けられた音階の学習。 ●ピアニスティックな見地からは、4321の指使いの組み合わせの方が望ましい。 |
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ハ長調 |
とび石 |
31 |
なし | |||
和音の構造 |
和音の構造 |
32 |
音程、三和音 |
なし | ●音程の説明がなされているが、以後の学習の中で音程について触れてる個所はない。三和音の第1音、第3音、第5音の説明のために必要だったと考えたのだろうが、この段階では「一つ飛びの三つの音で和音ができる」程度で十分ではないか。 | |
和音の転回 |
和音の転回 |
33 |
和音の転回 |
なし | ●ここで転回和音の説明が行われた後、1巻の最後まで約50頁にわたり、和音の転回を含む曲は皆無。学習体験が用意されていない学習事項の説明には、どんな意味があるのだろう。 | |
ハ長調 |
山のぼり |
34 |
分散和音 |
なし | ●分散和音としては、すでにP20の「月のこびと」の左伴奏に出てくるが、そこでは和音の分散としての説明はなかった。 ●一方「山のぼり」での分散和音は、子どもたちには分散和音としてより、一つおきのメロディーとしか理解されないのではないか。 |
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ヘ長調 |
和音のあそび |
35 |
和音奏 |
なし | ●和音としての学習は、この曲の方が分かりやすい。 ●しかし、このような形ではこの一曲だけがあるのみ。 ●このページ以後新しい調のたびに示される「新しい手の位置」の左端に、小さい文字で書かれている「ヘ長調の鍵 記号シ♭」の下線部分は「調号」の誤訳と思われる。 |
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ト長調 |
妖精のハープ |
36 |
アルペジョ |
なし | ●高音部譜表に突然上第1線、上第2間の加線音が出てくるが、この加線の音の指導は、これまでになされていない。これらの音は、その後P53まで出てこない。 | |
8分音符 |
ハ長調 |
おほしさま |
38 |
8分音符 |
なし | |
ニ長調の導入 |
ニ長調 |
ぼくのふね |
39 |
ニ長調の5ポジション |
なし | ●Dからの5ポジションの曲のため、ニ長調の特徴音Cisがない。 ●ニ長調の学習はこの1曲のみで、次にはイ長調が新規の学習として導入されている。 ●次のイ長調ではFis、Cis、Gisを持っていることが、ゴシックで強調されて説明されているが、このニ長調ではその説明はない。 |
イ長調の導入 |
イ長調 |
春の口笛 |
40 |
イ長調の5ポジション |
なし | ●ニ長調の学習が徹底しないまま、イ長調の導入になる。 ●ニ長調と違い、調号の説明がされている。 ●イ長調の最初の学習曲は、これ1曲のみ。 |
ニ長調 |
舞い落ちる木の葉 |
42 |
なし | ●ニ長調としては2曲目のこの曲の後、3曲目の学習曲はこの後15曲待たなければならない。 ●ニ長調の特徴音cisはない。 |
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ト長調 |
オランダのダンス |
43 |
なし | ●P40のイ長調の「新しい手の位置」説明にあるような、左手Fisに広げる説明が用意されていない。 | ||
ヘ長調 |
妖精の宮殿 |
44 |
なし | |||
テスト |
テスト2 |
45 |
●5番、6番に未習の変ロ長調の課題!?が載っている。 | |||
ト長調 |
きつつき |
46 |
なし | |||
イ長調 |
ナイトとレディ |
48 |
なし | ●イ長調の2曲目(この前のイ長調第1曲はP40に。 ●「左手をひろげた時の手の位置」はすでにP40で説明済み。(ト長調では説明がないのに、イ長調では二重に説明) |
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付点4分音符 |
イ長調 |
モーツァルトの曲から |
49 |
付点4分音符 |
なし |
●すでに8分音符は学習済みなのだから、7小節目第3拍の4分音符は、原曲に則って二つの8分音符にした方がいいだろう。 |
ト長調 |
小さなワルツ |
50 |
付点4分音符復習 |
なし | ●このト長調に関しては、左手の1の指を広げてとることを説明する楽譜がある。(「オランダのダンス}P43の備考参照) | |
変ロ長調 |
変ロ長調 |
夜のうた |
51 |
変ロ長調 |
なし | ●この曲の後1巻の最後まで30頁にわたって変ロ長調の曲はない。 |
8分の6拍子 |
ハ長調 |
青がんばれ |
52 |
8分の6拍子 |
なし | |
ヘ長調 |
かっこう時計 |
53 |
8分の6拍子復習 |
なし | ●中間に休符の入った8分の6のリズムは、休符のないリズムをもっとたくさん練習した後に学習させたい。
●P35ですでに説明したFからの5ポジションを、ここで再度説明することの意味は? ●P36で突然出てきた上第1線の音が、ここで再び使われる。 |
|
ト長調 |
歌うねずみ |
54 |
8分の6拍子復習 |
なし | ●前項の理由で、こちらの曲を前曲の前に学習する方がよいだろう。
●前曲同様、ここでもすでに学習済みのGからの5ポジションの説明図を載せている。 ●上第1線と上第2間の音が使われているが、これらの音はここまでにP36とP53の曲で使われているのみ。 |
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ヘ長調 |
バースデー・ケーキ |
55 |
なし | |||
ト長調 |
ポップコーン屋さん |
56 |
2つの5ポジション |
なし | ||
ト長調 |
メリーゴーランド |
57 |
2つの5ポジション |
なし | ||
シンコペーション |
ヘ長調 |
スペインのフィエスタ |
58 |
シンコペーション |
なし | ●シンコペーションの表記は、二つの8分音符が4分音符と等しいことを解説しておくとか、途中から8分音符+4分音符+8分音符に変えたりした方が、見やすく識別しやすいのではないか。 |
ト長調 |
キツネ狩り |
60 |
なし | |||
ニ長調 |
シリアに寄せて |
62 |
2つの5ポジション |
なし | ●2曲目のニ長調曲(P42)学習後16曲目に用意された3曲目のニ長調学習曲。 | |
テスト |
テスト3 |
63 |
●未習の変ホ長調、変イ長調、ホ長調の音階奏と転回和音奏の設問がある!? | |||
交差した手の位置 |
ト長調 |
カエルのコーラス |
64 |
交差した手の位置 |
なし | ●このような形での交差した手の曲はこれ1曲のみ。学習事項として導入するなら、もう少し同種の曲を用意した方がいいと思う。 ●なお、交差ということだけでいえば、P36の「妖精のハープ」、P40の「春のうち笛」、P42の「舞い落ちる木の葉」に出てきている。 |
ハ長調 |
そり |
65 |
なし | |||
変ホ長調 |
変ホ長調 |
小さなボウピープ |
66 |
変ホ長調 |
なし | ●変ホ長調の学習曲はこれ1曲のみ。 |
ヘ長調 |
夕べの鐘 |
68 |
なし | |||
ホ長調 |
ホ長調 |
お百姓さんのダンス |
70 |
ホ長調 |
なし | ●ホ長調の学習曲はこれ1曲のみ。 |
ニ長調 |
むかしむかし |
71 |
8分音符のアルベルティバス |
なし | ●4曲目のニ長調学習曲
●アルベルティバスの曲がこれ一曲だけというのは、いかにも少ない感じがする。また、突然8分音符のアルベルティバスを学習させるのは、ちょっと飛躍してはいないか。 |
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ハ長調 |
きよしこの夜 |
72 |
3つの5ポジション |
なし | ●3つの5ポジションで用意されていない左手のCGEの動きが、11小節目にある。あらかじめポジションを学習させる意味は? | |
ハ長調 |
鍵盤のあそび |
73 |
両手に分けた音階奏 |
なし | ●ピアニスティックな見地からは4321の指使いの組み合わせの方が望ましいのではないか。 ●片手でひく音階の曲は、教本2のP37「かくれんぼ」まで待たなければならないが、この片手の音階を含む最初の曲の音階は、どういう訳かト短調の和声短音階である。 |
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ハ長調 |
特急列車 |
74 |
なし | |||
変イ長調 |
変イ長調 |
摩天楼に寄せて |
76 |
変イ長調 |
なし | ●5ポジションに限定して書かれているので、変イ長調の学習としては極めて限定的なもの。 ●変イ長調の学習曲はこれ1曲のみ。変イ長調の2曲目は、2巻の24頁まで待たなければならない。 |
ト長調 |
ダブリンの町 |
78 |
なし | |||
16分音符 |
ハ長調 |
ジョン・ピール |
80 |
16分音符 |
なし | ●16分音符を習う最初の曲が、第1巻の最後にこの1曲だけが用意されている編集方針には、問題があると思う。 ●しかも最初に16分音符を習う曲としては、複雑でややこしいリズムの曲。もっと分かりやすくやさしい曲を用意すべきではないか。 |
テスト |
テスト4 |
81 |
●未習のロ長調、嬰ヘ長調、変ニ長調、変ト長調の音階奏と転回和音奏の設問がある!? |