「音階の曲集」サポートページ
(Part2)

Q 左手にもメロディの入った曲があるとよかったと思うのですが
A確かに、左手にメロディーが入った曲も用意されていて、生徒の力を多面的に伸ばすことができるようになっていれば、それはそれなりの意味があると思います。しかし、もともと「音階の曲集」は、市販の総合的なピアノテキストに替わるものとして企画されたものではありません。「音階の曲集」は、むしろそのような総合的で網羅的なテキストが、一般に抱えている一番大きな問題点の一つに焦点を合わせ、その問題を少しでも解消できるようにとの願いから編まれたものです。従ってむしろ学習の内容を限定することで、どの子どもも困難を感じることもなく譜読みができて、色々な調の曲を確実にひける力を身につけることができるように配慮して作ったものです。

 多くの町のピアノの先生にお聞きすると、皆さんに共通な大きな悩みは、「どの子どもも出来の悪い生徒ばかりで、初歩の簡単なレベルなのに、新しい曲の譜読みがたいへん苦手。一度に持ってこれる曲も2曲くらいが精一杯だ。」といったような話です。正直なところ、どうやらこれが普通の教室の偽らざる現実のようです。

 そこで、多くの先生方が使っている市販の初級テキストを見てみますと、どのテキストもたいへん多岐にわたる教育内容が詰め込まれています。しかし、限られたページ数の中に、あまりにたくさんの内容を盛ろうとするあまり、それぞれの事項については薄く浅く触れるしかありません。また、それらの学習事項が体系的な合理性を持って編集されていない上、次から次へと新しい学習内容を勉強しなくてはならないように書かれています。(「夏目先生のテキスト研究」参照) これでは、町の教室へ通ってくる普通の能力の子どもたちが、前述のような問題を抱えてしまうのも、無理はないと思います。

 そんな実情を考えると、なおのこと楽曲のスタイルを多様にすることは、避けた方がいいと考えました。むしろ作曲スタイルを最も一般的なものに限定した上で、それぞれの調に多数の学習曲を用意しましたので、生徒はすぐにそのスタイルの譜読みに慣れることができます。それにより、譜読みに要する時間も短くなり、新しい曲をひくことに自信を持つことができるようになります。町の教室に通っている普通の子どもたちにとって、このように譜読みが早くできて、ピアノをひくことに自信が持てるようになることは、何より大切なことだと思います。

 もちろん、楽曲スタイルを限定したことで、曲集そのものがつまらないものになってしまったのでは、何の意味もありません。その点、「音階の曲集」は、全ての曲がいわゆる練習曲といった曲調ではなく、各曲がそれぞれ独自のキャラクターを持った、生き生きした表情にあふれる音楽的な曲ばかりです。生徒たちは次から次へひいていっても、決して飽きることなく楽しく学習していくことができます。

 また、「音階の曲集」は一部の曲を除き、右手にメロディ、左手に伴奏という形に限定されてはいます。しかし、考えてみれば、このレベルでは大多数の曲は、このスタイルで書かれています。となれば、徹底的にこのスタイルに習熟してしまえば、それらたくさんの曲をひいて楽しむことのできる基礎力を身につけたことになります。これはこれでとても素晴らしいことではないでしょうか。

 さらにまた、このようにして確実な基礎力を身につけることができれば、それは別の学習にも応用がきくだけの力を持ったことにもなることでしょう。従って左手にメロディが出てくる曲を習う段になっても、「音階の曲集」で徹底して身につけた力は、それなりに役に立つはずです。

 それに、もともと「音階の曲集」は、他にメインに使っているテキストのサブテキストとして使うことを想定して書かれたものです。他の作曲技法の曲はそちらのテキストで並行しながら学習することができますので、左手のメロディーの曲に関しては、ご質問ほど心配する必要はないと言ってよいでしょう。

「音階の曲集」の質問リストへ戻る

Q #系長調はホ長調まで、♭系長調は変ホ長調までにした理由は?
A ピアノのテキストの中には、全調を指導する「全調メソッド」まであることを考えると、調の理解をうたった「音階の曲集」に含まれる調が、シャープ系はホ長調まで、フラット系は変ホ長調までに限られていることに、疑問をお持ちになる先生がおられるかも知れません。しかし、実際問題としてこの段階で子どもたちが色々な曲集を使って学習する曲の調の種類は、「初級後半用曲集の調分布」をご覧になればお分かりのように、そのほとんどがこのレベル止まりなのです。

 才能に恵まれ将来音楽の道へ進むことを考えているような子どもならともかく、町の音楽教室に通ってくる多くの子どもたちが、ふだんひくことのほとんどない調まで学習することは、たいへんな負担になると考えていいでしょう。また、そのような負担を承知で無理して学習させたところで、たくさんの調を習うことでかえって調同士が混乱してしまい、基本的な調の理解まであやしくなってしまうことは、大いに考えられることだと思います。

 ですから、楽しみのためにピアノを習っている大多数の子どもたちは、今後よく使う調に限って学習する方が、よほど効率的であり実際的な学習の方法だと思います。また、それにより習った調については、より確実に理解できるようになると思います。このようにして「音階の曲集」に用意された基本的な調の理解が確実になれば、そこから先の調の学習は、かえって容易なものになるといえるでしょう。

 「音階の曲集」は、このような事情を考慮して、シャープ系はホ長調まで、フラット系は変ホ長調までの調を学習することにしました。同様の理由から、短調に関してもこのレベルで最も多く使われている、イ短調、ホ短調、ニ短調に限定して学習できるようにしました。「音階の曲集」では、これらすべての調に、ひいて楽しい多数の曲を用意しましたので、どの子も無理なくのびのびと、色々な調の違いを理解して、身につけることができると思います。

「音階の曲集」の質問リストへ戻る

Q イラストがあった方がいいと思うのですが?
A確かに、私のテキストにイラストはありませんが、子どもたちは喜んでひいてきてくれます。イラストがないからといって困ったことは、一度もありません。多くの曲が素直に譜読みができるように書かれていることと、それぞれの曲が皆違ったキャラクターを持っていて、音楽的に満足感を持って弾ける曲ばかりなので、飽きることなく次から次へとひくことができるからだと思います。

 もちろん、私もイラストを使う教育効果を、認めないわけではありません。ことにまだ未分化の幼児期には、音楽だけを取り上げて教育するより、幼児の生活や行事に結びつけて遊戯やうたを学習させることは、大変意味のある活動でしょう。飽きやすい幼児には、きれいなイラストの入ったテキストを使うことで、子どもの興味をより長く引きながら、指導することができるでしょう。

 しかし、楽譜の基本的な読み方に習熟した初級の後半にもなれば、テキストさえうまくできていれば、そんな手段を用いなくても子どもは十分についてきます。また、曲がとても音楽的で楽しいものであれば、それだけで充分満足を得ることができます。また、そうでなければ、何が楽しくてピアノを習っているのか、ということになってしまいます。イラストの力を借りなければ、子どもがのってこない、あるいは子どもを満足させることができないとしたら、それはその曲がそれだけの魅力しか持ち合わせていない、ということになるでしょう。

 色々な芸術の中でも、音楽は人の心を最も直接的に動かすことのできる表現形式なのですから、私たちはもっと音楽そのものの力を信じていいのではないでしょうか。また、そこまでの力を信じることができなければ、私たちのやっている音楽は、大したことはないといったことになってしまいます。

 イラストに関しては、次に述べるような問題もあります。子どもたちに勉強している曲の絵を描かせる指導をしている先生がいますが、その子たちの多くは、挿し絵とは全く違った絵を描くのではないでしょうか。このことは、子どもはその曲のイメージとして、挿し絵とは異なったイメージを持つことが、大いにあり得ることを示しています。そうなると、その子にとって違和感のある挿し絵は、邪魔でこそあれ、何の役もしていないことになります。

 市販テキストのイラストのことでもう少し述べさせていただくと、つまらない挿し絵の描かれたテキストが、結構多いと思いませんか。「あればいいだろう」くらいのいい加減な編集方針でつけ加えられたイラストなら、ない方がましですね。

 また、米国生まれの最近のテキストの中には、日本人の美的感性からすると、大変に強烈な色使いで、おどろおどろしいイラストの描かれたものがあります。地味な楽譜と比べて、イラストの方があまりにけばけばしく目立つので、かえって楽譜に集中するためのさまたげになっているのではないかと思います。

 このようなグロテスクで挑発的なイラストは、物質文明と消費社会が極度に発達したアメリカ文化を象徴するものと思われます。しかし、私はこのようなタイプの絵を、これから日本人としての感性を培っていく日本の小さな子どもたちには、正直言って見せたくありません。

 余談になりますが、私の教室の最近の研究会で、上記テキストの旧版と新版の比較研究をしていたときのことです。新版のイラストのあまりの強烈さに辟易してきたところで、イラストのない「音階の曲集」との比較に入りました。その瞬間、研究会に参加していた先生方は皆、楽譜だけがすっきりとレイアウトされた私のテキストを見て、ほっとして心が軽くなったことを報告させていただきます。このように、イラストも使い方を誤ると、かえって問題が生じることもあるということを、知っていなければいけないでしょう。

「音階の曲集」の質問リストへ戻る

ご意見ご質問等はこちらへ:natsume@avis.ne.jp


ホームページ][コース案内][テキスト研究][音階の曲集][エッセイ集