寄稿の部屋


《ピアノの効用》(3)

夏目隆一
(長野市・外科医)

 前にも書いたようにEさんは現在76歳だが、ピアノを始めてからというもの、物忘れもなくなり、同年代のおばあさんたちと比べて頭脳が冴え渡っている。私と対話をしていても、才気煥発、打てば響くほど反射神経も実に鋭敏な反応であった。また、ピアノにとりつかれたEさんは、毎日毎日この上ない幸せを実感しているせいか、外見も実に若々しく見えた。

 そして、Eさんは「私は娘時代からの生涯の宿願も果たし終えたことだから、いつお迎えの声がかかっても、この世に思い残すことなく喜んで亡夫の待つ天国へ行くことができます。」と意気揚々と胸を張って述べていた。

 古今東西「ピアニストにボケ老人は皆無で、しかも長寿者が多い」という医学的通説があるが、ちなみに今世紀世界的に活躍したピアニストの長寿者5名を列記すると、

1.ウィルヘルム・ケンプ(独、1895〜1991、96歳)
2.アルツール・ルビンシュタイン(ポーランド、1887〜1982、95歳)
3.ルドルフ・ゼルキン(オーストリア、1904〜1992、88歳)
4.アルフレッド・コルトー(スイス、1877〜1962、85歳)
5.ウラジミール・ホロヴィッツ(ウクライナ、1904〜1989、85歳)

 彼らはみんな80歳を過ぎても現役であり、まさに”ボケ知らず”で気宇壮大、威風堂々とピアノの難曲を鮮やかに力強く弾きまくり、一生涯の大事業を成し遂げ、燃焼し尽くして天寿を全うした人々ばかりである。

 洋の東西を問わず、古来トップの指導者や政治家、学者、文化人などの中には、思想信条などを超越して、趣味でピアノを弾かれる御仁は実に多い。私の属する医学界では、内蔵外科学の泰斗、外科医のテオドール・ビルロート(独、1829〜1894)はピアニストとしても玄人はだしの名人芸だったという逸話が残っている。

 現存する人々で私の記憶にある御仁を列挙すると、旧西独首相でノーベル平和賞を受賞したドイツ社会民主党(SDP)元党首、ウイリー・ブラント氏、現中国国家主席、江沢民氏などであり、わが国ではお殿様総理の細川護煕元首相、共産党書記局長、志位和夫氏、フィールズ賞受賞の数学者、小平邦彦氏、評論家の竹村健一氏、大前研一氏、映画監督の篠田正治氏など、正に多士済々で列挙のいとまがない。また変わったところでは、お笑いタレントの北野たけし氏は50歳を過ぎてから、ピアノのレッスンを始めたというし、読売巨人軍のエース桑田真澄投手は、米国で右前腕手術後に、右手指のリハビリ目的でピアノを弾いていると報じられている。 医学的に考えると、人間の大脳は右脳、左脳に分かれており、左脳は理性・論理の脳、右脳は感性・直感の脳といわれている。現代の一般人は左脳のみが異常に肥大し発達してしまい、昨今話題のストレス障害、情緒不安定、心の崩壊などの要因になっている。

(つづく)
(文責:夏目芳徳)

ピアノの効用(4)


 夏目隆一先生のお書きになった原文は、漢語の四文字熟語が多数使われていて、現代の若い世代の人たちには、少なからず読みにくい文章になっています。そこで、著者の了解を得て、世代を越えて多くの皆さんに気軽に読んでいただくことができるように、私が原文に若干の修正を加えさせていただきました。
夏目芳徳

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