寄稿の部屋


《ピアノの効用》(4)

夏目隆一
(長野市・外科医)

 従って高齢になっても左右の手指を平等によく使っているピアニストを始めとした音楽家、画家、彫刻家、陶芸家や各種職人などは、他の職業の人たちに比べて、痴呆になる人はきわめて少ない。私の臨床例でも、年老いても日頃編み物や裁縫をよくやっている老女は、80代、90代になっても、頭脳は冴えわたっていることを、この目出で何人も見てきた。

 また、ピアノ演奏は、左右の手指の運動が全く異なるため、左脳および右脳に与える刺激も実に微妙で多様化しており、それが大脳全体のバランスよい活性化につながっているといわれている。 昨年、前代未聞の将棋七タイトルを全て独占した現四冠王の天才棋士・羽生善治名人や、毎シーズン4割打者、200本安打、無三振記録など、打撃部門の新記録の期待がかけられているプロ野球、オリックスのイチロー外野手などの大活躍を見るにつけ、彼らは人並み以上に左脳および右脳の活動が、バランスよく円滑に動いていることを物語る好例と見られている。

 去る7月26日(土)市内Kホテルで、中央大学文化講演会があって聴講させていただいた。私の高校の同期生で中央大学教授、元クエート大使の黒川君の講演の後、同大理工学部教授(数学専攻)松山善男先生の「数学と音楽の間にて」と題する興味深いお話があった。松山先生は子供時代から大の音楽好きで、幼少の頃よりピアノやフルートをやり、大学時代から約17年間東京都交響楽団に所属し、フルートを吹いたりバイオリンをやっていたという多芸多才な人物である。現在も趣味でバイオリンを弾いているが、同氏は講演の中で、「私にとって楽譜を解読しバイオリンを演奏する行為は、難解な高等数学を解いていく課程と全く同様に、大脳の同一部分(右脳?)が関与しているように思えてならない。従って、私の趣味のバイオリンは、本業の数学にとってもよき刺激で、正に趣味と実益をかねており、メリットが極めて大であることが、この頃解ってきた。」と、いかにも意志の強さを感じる口調で述べられ、自らバイオリンの生演奏まで披露してくれた。

 話をもっと現実的で一般的なものに戻そう。わが国も今や高齢化社会に突入し、「物忘れ」や、進行する「老化現象」にうろたえたり、意気消沈したりする老年期の人々が、年々急増している。彼らの多くは何の不足もなく生活してはいるものの、何をするというでもなく、ただ漫然と座して死を待つような、マイナス志向の人生を送っている人々が、実に多い。

 しかし、古来、日本人は、花鳥風月、春花秋月に感動し、詩歌、音楽、芸能などを愛好する独特の民族的特性があるといわれている。私は医師として、老年期の人々に忠告したい。このようなワンパターンの刹那的な人生観を改めて、生涯学習としてピアノなどの楽器演奏に積極的に挑戦すべきだと。それによってストレス解消、疲労回復、脳活性化、加えてボケ防止、老化防止、長寿達成など、数え切れないほどのメリットを享受したらいかがですかと。

(完)
(文責:夏目芳徳)


 夏目隆一先生のお書きになった原文は、漢語の四文字熟語が多数使われていて、現代の若い世代の人たちには、少なからず読みにくい文章になっています。そこで、著者の了解を得て、世代を越えて多くの皆さんに気軽に読んでいただくことができるように、私が原文に若干の修正を加えさせていただきました。
夏目芳徳

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