酒井さん@東京大学の反論(1998/3/4)

酒井さん@東京大学の反論(1998/3/4)

From: Keiko Sakai
Date: Wed, 04 Mar 1998 18:05:01 +0900
To: kazmori@gipwc.shinshu-u.ac.jp
Subject: KRコメントへの返信
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守 一雄先生

   酒井恵子@東京大学大学院教育学研究科です。

 過日はKRをご恵送下さいまして、誠に有難うございました(諸事に取り 紛れ、御礼申し上げるのが遅くなりまして、大変失礼をいたしました)。 また、拙稿へのコメントにつきましても、お忙しい中、早速にフィードバック を頂戴しまして、大変感謝しております。同封のKR第1巻第0号も併せて 拝読し、論文に関する討論の口火を切り、討論の機会を提供する、とのご趣旨 を受けまして、遅ればせながら、以下、頂いたコメントにお返事申し上げると 共に、論文について少々宣伝もさせて頂き、折角与えて頂いた機会を活用させ て頂くことで、ささやかながら感謝の意を表したいと存じます。

 今回発表しました論文は、「一昔か二昔前の教科書には、そういえば載って いたっけな」、というシュプランガーの価値の理論に依拠し、手続き的にも 因子分析による尺度構成+相関分析という、よく見るスタイルのもので、「古 くさい研究」との印象を持つ方がいらっしゃるのは当然と思います。無論筆者 としては、シュプランガーのような古典の持つ価値を高く評価していますが、 それと同時に、古典の価値とは、古典から何を読み取り、どう活かすかと いう、受け手の側の力量次第で大きく変わり得るものだとも考えております。 従って、「古い」ということそれ自体は、特に良いことでも悪いことでもない と考えますし、また、「古くさい」、あるいは「目新しい」といった印象・ 感覚については、論文の評価というよりはむしろ趣味の問題かとも思われます ので、ここではこれ以上論じることはいたしません。

 ここでは主に、「経済的」精神作用と「郵便配達員」という職業が高い相関 を示したり、「権力的」精神作用と「セールスマン」が高い相関を示したり したことが、「明らかにおかしな結果」である、とのご指摘について、著者と しての見解を申し述べたいと存じます。
 例えば、「経済的精神作用」と「銀行員」、「権力的精神作用」と 「政治家」との間に相関がある等々、“いかにも”、という結果が得られたと したら、確かに納得はしやすく、妥当な結果との印象を与えるのかも知れませ んが、そのようなステレオタイプ的な結果しか得られないなら、職業興味検査 の結果を見れば、「価値志向的精神作用尺度」による測定結果も容易に推測 可能なわけで、わざわざ新たに尺度を作成しなくとも、職業興味検査だけで 充分、とも言えるでしょう。
 「問題と目的」でも述べておりますように、本研究では、そのような“見た まんま”のステレオタイプから脱却するため、例えば、傍目に「経済的」に 見えるような人自身は、常日頃、心の中でどのようなことを考えたり感じたり しているのかという、主観的体験世界の様相を明らかにし、それに基づいて 「経済的精神作用」の尺度項目を作成することを目指しています。そのような 尺度を作成し、それと、様々な行動的指標との間の相関関係を検討すること で、いかにも「経済的」に見える行動だけでなく、時には一見「経済」とは 無関係に見えるような行動でも、実は「経済的」な理由・動機に基づいている ような場合を見つけだすことができるのではないか、と考えています。
 ですから筆者としては、「相関があると聞いて、一見意外に思えるが、考え てみればなるほどと納得する」ぐらいの相関関係が見出せたら面白いと考えて いるわけです。「経済」と「郵便配達員」、また「権力」と「セールスマン」 との相関は、ちょうどそのような例だと筆者は考えているのですが、「明らか におかしな結果」との守先生のご意見は、「(一見)意外」という方は良いと して、「考えてみればなるほど」とは思えない、ということかと拝察します。 本文中では記述が不充分であった面もあろうかと思いますので、この点に関し て、以下若干の補足をさせて頂きたいと思います。

<「経済的精神作用」と「郵便配達員」との相関について>
 例えば、身近な学生さん等で、僕は「郵便配達員」になりたいです、という 人がいたら、「へーえ、どういうところに魅力を感じるの?」と、尋ねてみた くはならないでしょうか。職業興味検査の中の、「郵便配達員」という項目を 見て、「そんなの興味ない」、と思う人と、「うん、悪くないんじゃない」、 と思う人の違いは、一体何なのでしょうか。それについて本研究では、「郵便 配達員」という職業に魅力を感じるか否かは、「経済的精神作用」の高低と正 の相関がある、との調査結果を得たわけです。
 本研究における下位尺度「経済」は、Table1に示した尺度項目から明らかな ように、自分に備わった諸資源(主として「時間」と「労力」)を無駄なく 有効に活用しようとする傾向を測っています。我々は普通、仕事がスムースに はかどると心地よく感じ、時間を無駄にさせられることを嫌い、努力が徒労に 終わることを苦痛に感じますが、それは、「経済的」である(「効率がよい」 「有効である」「無駄がない」等)ということが、人間にとって普遍的な価値 であるからだ、というのが本研究の立場です。
 例えば郵便物を決められたやり方に従って右から左へとさばいていくような 仕事では(我々研究者のように「○○とは何か?」といった終わりなき問いを 何十年もじいっとあたため続ける仕事、あるいは、その時々の相手の出方に 大きく左右される対人職などと比較して頂ければお分かりのように)、手足を 動かせば動かした分仕事が片づいていき、また、仕事の手順を工夫し合理化 することで、より手際良く確実に処理できるようにもなるわけで、自らが有効 に機能しているという心地よさ(「経済的」な心地よさ)を味わうチャンスが 多いように思われないでしょうか。
 この種のささやかな喜び、すなわち(労働の成果と言うよりは)勤労それ 自体がもたらす心地よさに対する感受性が全く欠落していたら、どんな職業 生活も耐え難いことでしょうが、下位尺度「経済」の得点の高い人は、この種 の心地よさに対して相対的に強い感受性と動機づけを持っており、そのような 「経済的」見地からすれば、「郵便配達員」という職業は、なかなか捨て難い 魅力を持っているのだと思われます。
 「経済的精神作用」というラベルだけを見ますと、「郵便配達員」と相関が ある、との結果は、確かに納得しづらいものであるかも知れませんが、本論文 でいう「経済的精神作用」とはどのようなものか、すなわちTable1の尺度項目 をご覧頂ければ、このように充分に了解可能な結果であると考えますが、 いかがでしょうか。
 但し、これらの尺度項目に表現されたような事柄を、「経済的精神作用」と 呼ぶのがふさわしいかどうか、という点については、本論文の審査者からも 批判が寄せられた点です。「経済」という言葉から多くの人が真っ先に連想 するような、「お金」や「もの」に関する項目が全く含まれていないのは、 尺度としてやはり問題であろうと思われます。筆者としても、下位尺度 「経済」については改善すべき点が多いと考えており、それについても 「全体的考察」の中で言及している、ということを付け加えさせて頂きます。

<「権力的」精神作用と「セールスマン」との相関について>
 「セールスマン」という仕事は、時には商品を買う気が全くない人の家にも おしかけて行って、何とか買う気を起こさせなければならない場合もあるでし ょうし、特に性に合わない人にとっては、相当に辛い仕事だろうと想像でき ます。その一方で、天性のセールスマンのような人も当然いるわけですが、 両者の違いは一体どこにあるのでしょうか。それに関して、今回の調査では、 「セールスマン」という職業に魅力を感じるか否かは、「権力的精神作用」 の高低と相関がある、との結果を得たわけです。
 本研究で言う「権力的価値」とは、「自分の信奉する価値を、他の人にも 浸透させることの価値」とも言い換えることができます。例えばTable1の尺度 項目に見られるような、自己主張の強さ、リーダーシップ、正義感、他者への 断固たる姿勢、等の特徴はすべて、そのような「権力的価値」を追求する心の 働き(=「権力的精神作用」)として理解することができます。(シュプラン ガーの言う「権力」とは、「当為とされたものへの自由(=自分がこうする “べき”だと信ずるところに、忠実に従えること)」をも含意し、単なる わがまま・気まぐれから他者を振り回すこととは、明確に区別されています。 自己支配に基づかない「権力」とは単なる「横暴」にすぎず、普遍的文化価値 と呼ぶに値しません。)
 セールスマンという仕事は、まず自分自身が商品に惚れ込まなければ説得力 が出ない、と聞いたことがありますが、ただ惚れ込んでいるだけではやはり 駄目で、どうすればお客が買う気になってくれるのかという戦略にも、当然 長けている必要があるでしょう。これは本当に買う価値のある物なんだと、 お客が納得してくれた時にセールスマンが味わう達成感・充実感というもの は、まさに「価値を浸透させることの価値」=「権力的価値」と呼ぶに相応 しいものではないでしょうか。下位尺度「権力」の得点が高い人とは、人を 説得し口説き落とすような仕事にやり甲斐を感じる人であり、それ故に 「セールスマン」という職業にも魅力を感じる、と解釈できるのではないで しょうか。

 以上、ご指摘のありました二つの相関関係について、筆者の見解を述べさせ て頂きましたが、これについて、解釈・連想の広げ過ぎではないかとのご批判 も当然あろうかと思います。もちろん、これらの相関関係のみを根拠に断定的 なことを言うべきでないということは、筆者としても充分認識しております。 しかしながら、例えば仮に、「郵便配達員やセールスマンになりたいなどと 思う人の気が知れない」、と思っている人がいたとして、その人が上のような 調査結果を見て、「そういう魅力を感じる人がいても不思議ではないなあ」と いう新たな視点(仮説)が得られたとしたら、それだけでも「人間理解」に 役立ったと言って良いのではないでしょうか。
 本研究では、人が日頃ふと何気なく思うような事柄の中から、シュプラン ガーの言う6種の精神作用に相当するものを抽出し、できる限り的確で平易な 言葉で表現し尺度項目化することに、最も力を注いでいます。
 これらの尺度項目によって測られる、6種の精神作用とは、当然ながら 個人差のあるものです。例えば、あまり「経済的」ではないタイプの人に とっては、「経済的」なものの考え方・感じ方とはどういうものか、なかなか ぴんとこない面があります。逆に非常に「経済的」な人にとっては、 「経済的」であることが当たり前であるために、「経済的」な発想をあまり しない人もいる、ということに思い至らない場合があります。
 できればお茶の一杯もお飲みになりながら、Table1の尺度項目をじっくりと 眺めて、「こんな風な考え方・感じ方をする(しない)人もいるのか」 「こういう感じの人が、郵便配達員(セールスマン)になりたいと思うのか」 等と味わい、イメージを広げて頂けたならば、著者としてこれに勝る喜びは ありません。

 長くなりましたが、最後に、このように発言する機会を提供して下さい ましたことに対し、重ねて厚く御礼申し上げます。今後ともどうぞよろしく お願い申し上げます。

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酒井 恵子 (SAKAI Keiko)
E-mail:sakai@educhan.p.u-tokyo.ac.jp
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