皆川さん@筑波大学へのお返事(1998/2/16)

皆川さん@筑波大学へのお返事(1998/2/16)

平成10年2月16日

筑波大学心理学研究科
皆川 順様

                    信州大学教育学部
                           守 一雄

前略

 『KR』第3巻第7号のコメントに対するご意見を受け取りました。「習作」という表現をはじめ、全体に否定的なコメントでしたので、無礼に感じられたこと、まずはじめにお詫び申し上げます。

 こうした否定的なコメントにもかかわらず、ご丁寧にお返事を下さいましたこと、大変うれしく、また頼もしく思います。意地悪な先輩を乗り越えて、ぜひ素晴らしい研究を行って下さい。(コメントの中にも書きましたが、私も筑波大学大学院で福沢周亮先生に指導いただいた者で、同じ研究室の先輩です。)

 いただいたお手紙では、貴論文へのコメントを匿名の誰かが書いているかのように理解されているようですが、コメントは私が書いております。「自分で名前を名乗らずに批判」という部分は誤解です。私の名前を出し、私の責任でコメントをしていますが、その点の明示が足りなかったのかも知れません。

 また、お手紙の最後の方で、こうした「中傷」は自前のゼミでやれとのご意見もありましたが、「批判的コメント」のつもりが「中傷」と受け取られて残念に思います。『KR』は私の個人的なミニコミ誌です。学生向けのゼミを公開しているようなものとお考え下さい。もちろんゼミでも同じようなコメントを学生に聞かせていますが、本人に聞こえないところで間違った批判をするよりも、同じ批判を本人にもお聞かせして、私の理解が及ばなかったところは修正してもらおうと考えているわけです。蔭で悪口を言うよりもこの方がフェアだと思っています。

 さて、コメントを書いたものとして、いただいた反論にお答えします。

 まず、貴論文を「習作」とした根拠が示されていない、根拠を示せとのことですが、根拠をきちんと示さずに「習作」と表現したことは不適切でした。この点に関してもお詫びします。著者ご自身からはもちろん、できるだけ多くの方々から反論・ご意見をいただいて、議論の場にしたいと考えているため、表現がやや過激に走る傾向があります。『KR』という試み全体の意図をお酌み取りの上、ご容赦下さいますようお願いします。

 さて、私が貴論文を「習作」と判断した根拠は、一言で言って「とても本気でやっているとは思えない」からです。学校教育、特に教科教育法を本気で改善しようとしているのか、人間が知識を獲得していくということがどんなメカニズムによってなされているのか、を研究するというよりも、「限られた時間の中で大学院で習った実験的研究手法をやってみて、結果を論文にまとめよう」という研究目的が見え見えなんです。そうでなければ、概念地図法提唱者のNovakら自身が、6−8週間使わないと効果がないと述べているものを、あえて50分間という短い時間の中で行ったり、わずか5分の条件を作ったりするわけがありません。かろうじて、部分完成課題にして作業量を減らし、25分間以上時間を与えると効果が出るようになることが示されますが、その結果にもいかにも自信なさげの限定がつけられてしまいます。(お手紙によると、そうした部分の多くは査読者の意向に従ったためだそうです。査読者も「本気」の実験とは思えなかったのでしょう。自信があることは査読者にも堂々と反論すべきです。また、一度、論文が公刊されてしまえば、その内容の全責任は著者にあります。査読者に責任転嫁をすべきではありません。)

 建設的な意見も差し上げましょう。世界中でたくさんの研究がなされている現代では、一番大事なことを効率よく読者に知らせるようにしなければ、論文を読んでもらえません。貴論文では、予備実験・実験T・実験Uの順序で行った実験を、そのままの順番で論文でも報告していますが、そうした継時的な報告のやり方も「習作」っぽい印象を与えました。私が指導教官だったら、予備実験は論文から省き、まずはじめに「短い作業時間でも部分完成課題なら効果がある」ということを強調するよう指導します。そういった指導を受けていないのではないかと思い、まだ「習作」だなと思った次第です。

 「お手軽な実験」というのは、千葉大学の麻柄先生が『教育心理学年報』第33集(1994)で「ちょこっと研究」とも言っているもので、教授・学習部門の研究ではむしろ大勢を占めるものです。私も自分ではよくそうした「お手軽な実験」をやっています。一方、「本質がしっかりとわかる実験」とは、現実の制約を言い訳に使わずに、本当に調べたいことにこだわって、じっくり時間と手間をかけた研究のことです。麻柄先生は倉八ら(1992)などを例に挙げています。「短い時間でできるお手軽な実験をたくさんやるのではなく、時間や手間はかかっても本質がしっかりとわかる実験を」という部分はこの麻柄先生の意見を意識して書きました。もちろん「言うは易く行うは難し」のことなのですが、若い後輩に期待しているからこそ、あえて提言した次第です。あなたがこの概念地図法の教育効果を確信しているなら、ぜひ「本質がしっかりとわかる実験」をやってみて下さい。

 最後に、小中高校での教育実験を甘くみているのではないかとのご指摘ですが、私は「教育効果があるかどうか試してみる」という程度の教育実験はすべきでないと考えています。そこで、予備実験で効果がでなかったことや実験U-1で負の効果が出たことが大変気になるのです。小中高校生の教育実験では「どんな結果が出るかわからないけどやってみよう」というのでは困りますし、ましてや効果がないことが予想されているのにやってみるというのは倫理的にもまずいと思います。

 冒頭に書いたことを繰り返しますが、きついコメントにもかかわらず、しっかりとしたお返事を下さいましたこと、大変うれしく、また頼もしく思います。『教育心理学研究』には初登場とのことですね、まずはおめでとうございます。ただし、論文が掲載された以上は、研究者の仲間入りということですから、「新人だから」というような甘えは許されません。そんなわけで容赦ないコメントをぶつけてみました。憎たらしい先輩を乗り越えて、ぜひ素晴らしい研究を行って下さい。なお、いただいたコメントとこのお返事はウェブ版『KR』の該当ページに公開します。お手紙はこちらでキー入力しますので、内容に間違いがないかどうかご確認下さい。

                                        早々


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