第6巻第6号             2000/12/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第48巻第3号掲載論文批評】

(その2)

第48巻第3号のこれ以前の論文は前号をご覧下さい。
○茅本百合子(yuriko@hiroshima-u.ac.jp):
日本語を学習する中国語母語話者の漢字の認知
--上級者・超上級者の心的辞書における音韻情報処理--
 日本語を学んでいる中国人被験者に漢字を音読み訓読みさせ、反応時間とエラー数から習熟度との関連を調べた研究。反応時間もエラー数も、日本語母語話者、超上級者、上級者の順の成績となった。上級者では、音読みより訓読みに時間がかかり、中国語母語の音韻情報に影響を受けていることがわかった。また、超上級者は、音読みより訓読みの方が反応時間が長いが、日・中の発音の類似にはもはや影響を受けていないことがわかった。「超」上級者などという表現がついに学術論文にも登場してきたことが「超」面白いと思った。(でも「学習歴10年以上で超上級者」なら、日本の大学院生のほとんどは英語の超上級者ということになってしまうぞ。)
◎数井みゆき(miyuki@mito.ipc.ibaraki.ac.jp)・遠藤利彦・田中亜希子・坂上裕子・菅沼真樹:
日本人母子における愛着の世代間伝達
【KRベスト論文賞】
 ボウルビー(Bowlby,J.)の愛着理論研究から、乳幼児の愛着行動のパターン分けができる「ストレンジ・シチュエーション実験(SSP:Strange Situation Procedure)」が生まれてきた。さらに、愛着を行動レベルだけでなく、心的表象レベルで捉えることの重要性が指摘されるようになり、そうした心的表象レベルでの愛着を測定する方法として、「成人愛着面接(AAI:Adult Attachment Interview)」が開発された。この「心的表象レベルでの愛着」を「内的作業モデル(IWM:Internal Working Model)」と呼ぶのだそうだ。欧米では、このSSPでパターン分けした乳幼児の愛着行動パターンとAAIで分類した母親の表象レベルでの愛着の関連性を指摘する研究が数多くなされているという。(ここまでは、著者の一人、遠藤の1992と1993のレビュー論文で勉強した。この遠藤のレビュー論文を読んでおくとこの論文がぐっとわかりやすくなる。)
 さて、この研究は、欧米以外でこうした母親と乳幼児との愛着の世代間伝達を検証した初めてのものであるという。ただし、母親に対してはAAIを用いたが、子どもの愛着行動は「愛着Qセット法(AQS:Attachment Q-Set)」によって測定している。著者の数井と田中は「AAIの正式コーダー」の資格をもち、数井はまたAQSの利用経験も多年にわたるそうだ。調査対象となったのは、2歳から4歳までの50組の母子で、AAIもAQSも手間のかかる個人査定であり、なんとも気合いの入った研究である。そこで、この「気合い」で座布団一枚、じゃなくて【KRベスト論文賞】とする。以下は、遠藤レビューでにわか勉強した素人評者の素朴な感想である。(1)「母子の世代間伝達」と聞くと、まず第一に遺伝を考えるのだが、この研究でも遠藤レビューでも遺伝の要因はまったく考慮されていないのはなぜだろう。(2)SSPによる乳幼児の分類ではA型B型C型D型、AAIによる大人の分類ではDs型E型F型U型があるそうなのだが、アルファベットとその型の特性とが対応していないのはなぜなんだろう。理論的にはA-Ds、B-F、C-E、D-Uという対応があるそうなのだが、アルファベットの付け方がどう見てもバラバラなのも不思議だ。(3)第48巻2号の久保論文へのコメントにも書いたが、「内的作業モデル」ってキーワードにするほど特別な概念なのだろうか?誰でも考えることのように思うのだが。
●岩槻恵子(g9770202@edu.cc.ocha.ac.jp):
説明文理解におけるグラフの役割
--グラフは状況モデルの構築に貢献するか--
 研究の目的は標題のとおり「説明文理解におけるグラフの役割」だが、グラフを使うと説明文が理解しやすくなることを実験(実験1)で示しても当たり前すぎて意味がない。グラフの内容を文章で明示した「明示群」などを付加した実験2も研究目的から遠ざかるようなものに思える。「総括的討論」の中で論じているような、「計算的効率」の問題や、「空間的表象と状況モデルとの関連性」こそを研究してもらいたい。
◎小坂圭子(kkosaka@hiroshima-u.ac.jp)・山崎 晃(r562208@hiroshima-u.ac.jp):
就学前児のテキスト理解に及ぼす作動記憶容量の影響
 文章理解における3レベルの表象モデル(Kintschら)に基づいて、「逐語的処理」から「局所的統合」「大局的統合」「主旨把握」と理解が進むモデルを想定し(Figure 1)、より高次の統合ほど大きな作動記憶容量が必要とされると仮定した。このモデルが正しいとすれば、作動記憶容量の小さい幼児では「主旨把握」が難しいはずである。そこで、幼稚園年長児41名をリスニングスパンテストを使って、作動記憶大群と小群に分け、理解レベルの査定ができるような課題を与えることで、モデルの検証を試みた。その結果、作動記憶の容量が大局的統合や主旨把握に関係していることが確認された。ただ、ここまでの研究は比較的やさしい。問題はこの先である。今後の研究の進展に期待したい。
●杉浦 健(ken356@mbox.kyoto-inet.or.jp):
2つの親和動機と対人的疎外感との関係
--その発達的変化--
 親和動機尺度を構成する2つの下位尺度である「拒否不安」と「親和傾向」と別の尺度である「対人疎外感」尺度との関連を中学生/高校生/大学生の男女別に調べた研究である。「対人疎外感」は「拒否不安」とは正の相関、「親和傾向」とは負の相関を示すはずだ、という当初の予想に反して、男子中学生では「対人疎外感」と「拒否不安」とが負の相関を示し、男子高校生の無相関を経て、男子大学生でやっと正の相関となることがわかった。この予想外の結果が事実を反映しているのか、それとも何かの間違いなのかを確かめることこそが重要だと思うのだが、著者はどうとでもとれる解釈をしてしまい、つまらない研究になってしまった。「自我同一性混乱」尺度や「ふだん一緒に行動するグループ」の有無の調査など、不必要なことまで論文に書き過ぎるのもまずいと思う。
○市川伸一(ichikawa@educhan.p.u-tokyo.ac.jp):
概念、図式、手続きの言語的記述を促す学習指導
--認知カウンセリングの事例を通しての提案と考察--
 「実験研究」や「調査研究」だけでなく、「実践研究」に関わる論文も掲載していこうという『教育心理学研究』独自の試みの第1号論文である。著者が10年以上にわたって実践してきている「認知カウンセリング」の事例をとおして、学習の際に「概念や手続きについて言語的に説明できるようにすること」の重要性を主張している。