指使いの提言

ツェルニー100番

バイエルレベルの課程を終えると、ツェルニー30番への準備のために、一般に「ピアノの練習ABC」(全音版。音友の「ピアノのアルファベット」とほとんど同じもの)や「ツェルニー100番」が使われているようです。「ピアノの練習ABC」はフランス系の練習曲らしく、どの曲も柔らかいニュアンスにあふれた曲ばかりです。ですから、柔らかく微妙なタッチを学ばせるには、格好の練習曲ということができるでしょう。私もずいぶん以前になりますが、そのような考えのもとにこの練習曲をよく使ってきました。

しかし、この頃では、音楽的な表現のための微妙なタッチを勉強させたいのなら、実際の楽曲を使ってやるほうが、具体的で実際的な学習ができること。また、この練習曲は、ツェルニー30番の前の準備としては、あまりにテクニックを鍛えるといった面が貧弱だ、といった理由から、最近ではこの練習曲はほとんど使わなくなりました。

ツェルニー100番には、レベルの落差のある曲が適切な配慮もなく置かれていること。音楽的に全く興味を起こさないどころか、生徒に嫌気を起こすような曲が結構たくさん載っている等、たくさんの問題を抱えています。従ってこの教則本を使うためには、どの曲は省いた方がいいか、どんな順序で教えたらいいかを、よく研究しておく必要があります。しかし、その点さえクリアすれば、このテキストは指の訓練のためには、「ピアノの練習ABC」よりはるかに役に立つテキストですので、ツェルニー30番へ進むための準備練習としては、今でも使えるテキストということができると思います。

ツェルニー100番には避けて通れない、このような再編成等の問題に関しては、改めてご提案する考えでいますが、このコーナーではツェルニー100番の問題のある指使いに関して私のヒントを提示して、皆さんのよりよいご指導の参考にしていただければと考えます。

(なお、小さい子どもの興味をひかないつまらない発想の練習曲や、妙に難しい作風で書かれた曲は検討の対象とはいたしておりません。また、問題になるすべての曲についてWebページを作成することは、大変な作業ですので、少しずつ掲載することになりますが、ご了承いただきたいと思います。)

15番 ハ長調

第3小節2拍目の521の指から、3拍目の4の指に指を広げるのは、小さい子どもの手には無理です。大人の大きな手にとっても、このような指使いは、スムースな手の移動ができないので、下に提案した指でひく方がいいのではないでしょうか。

このようにツェルニー100番には大人の大きな手を想定して指定された指使いが多いので、そのような指使いは無理して使わせることなく、適当な指使いを探してあげる必要があるでしょう。


第10小節の指使いも、大きな手でなければひけません。また、第3小節以上に指の広がりが苦しいだけでなく、腕のローリングが使えない堅苦しい指使いですから、大きな手の生徒にとっても、あまり望ましい指使いとはいえません。よりスムースな指運びのために、以下の指使いを参考にして下さい。なお、この指使いは、第12、14小節も同様です。


19番 ハ長調

左手の45の指を12と一緒に押さえる和音は、指の弱い小さな子どもには大変ひきにくいアコードです。その中でもこの曲の9小節目に見られるような、5で黒鍵を取り、3度の広がりで4を取るような形では、多くの子どもは4の指が浮いてしまったり、そのために他の指の形までくずれたりして、汚い響きの和音をひきがちです。このような例で4の指をきれいに出せる子どもは、大変指に恵まれた少数派です。普通の子どもたちの場合は、ここではもっとひきやすい5321の指使いを使いましょう。この方がしっかりひけるだけでなく、その前の#ド、ミ、ラで使っている3の指を、そのままミの音に置いてひくことができるので、その点でもひきやすいといえるでしょう。


24番 ト長調

第6小節の左手のEとAは41でひくようになっています。確かに、その前の小節の高い位置から降りて取ること。また、次にFISとCの音を取ることの流れを考えると、一見合理的な指使いに思えます。しかし、小さな指の子どもたちには、この指使いで取ることは大変難しいようです。また、大きな手の子どもにしても、5を保ったままにして、開いて4を取ることは、決してひきやすくはありません。ここは、31の指でひく方が、より実際的といえるでしょう。第22小節も同様。


34番 ハ長調

最後の第22小節の左手は、よほど柔軟な指と大きな手をもった子どもでないと、印刷された指使いでひくことは難しいでしょう。無理をしてこのままひいても、柔らかい音で収めたい最後のCEの重音が、きつい感じの音になってしまいます。ここは、赤で訂正した指使いでひかせた方が、うまくいくでしょう。ただ、レガートにひかなければいけませんので、最後のところで1から1の指は、鍵盤の表面を滑るようにレガートにひきましょう。


36番 ニ長調

7小節目左手の最初の和音は、532の指使いで取るように書かれていますが、これは大きな大人の手でもひきやすい指使いとはいえません。直前の小節の和音からの指の運びを考えても、521でとる方がはるかに優しいでしょう。


ただし、参考までに、似たような和音の進行であっても、次の例のように5の指を保持したまま、レガートな和音の運びを実現したい場合は、赤で指示した指使いがお薦めできると思います。

モーツァルト:ソナタ ト長調 K.283 第1楽章

37番 ハ長調

第15小節の2拍目左手のGHFの和音を、541の指で取ることは、小さな手の子どもには大変難しい指使いです。また、大きな手の生徒であっても、手前の和音から跳躍してきて、即座に54の指をこの配置に開いてこの広い和音を構えることは、難しいといえるでしょう。

実は、二つ前の小節では、同じGHFのアコードが531と指定されています。この和音を取るには、この指使いの方が楽に、またしっかりとつかむことができるでしょう。よほどの事情がない限り、同じ和音は同じ指で取るようにして、指使いと音の配置に慣れる方がいいことを考えると、なおのことここは赤で訂正したように、531で取らせたいと思います。


38番 ト長調

8小節目左手の同音上の21の指替えは、かなり難しい指の操作です。第7、8小節の右手のメロディーの表情を考えると、第8小節の左手は、スタッカート、あるいはメゾスタッカートふうに、ひとつひとつの音を切ってひいた方が、音楽的にまとまります。そこで、左手の指使いは、そのような表情に合わせて赤で指定した指使いにする方が、はるかに楽にひくことができるでしょう。


39番 ハ長調

第22小節の右手、3度の重音はレガートでひくことが求められていますが、印刷されている指使いでレガートにひくことは、全く不可能です。GからFISのところで、ぷつっと音は切れてしまうでしょう。しかし、赤く訂正した指使いを使えば、きれいにレガートにひくことができます。

直前の第21小節の3度もレガートにひくことが求められていますが、この場合は8分音符の音価をできるだけ保った上で、瞬間的に横滑りしてとらえるようにひけば、ほとんどレガートふうにひくことができます。(テンポが遅い場合は、3の指を4の指の下をくぐらせるようにひくことで、完璧なレガートが可能ですが、軽快なテンポのこの曲では、そこまでする必要はないでしょう。)


42番 ニ長調

第17小節からの指使いも、最後の小節に至るまで柔軟で大きな手を想定した指使いです。確かに17小節目の左手を421の指でひき始めても、3小節の間はこの指使いでも問題なくひくことができます。しかし、4小節目の#GHFの和音を541でとろうとすると、途端にとてもひきにくい指の動きを強いられます。17小節目を421でひき始めると、19小節目は31の指使いになりますが、それにより手は左側へ寄せられた位置をとることになります。このように左に寄せられた位置から、いきなり右へ大きく跳躍してFをとることは、大変無理があると思います。その上#GHFの和音を541の指使いでとることも、指が器用でない子にはとてもとりづらい指使いです。

しかし、17小節目の和音を531で開始すれば、19小節目は42の指になり、31よりは次の#GHFの和音に近い手の構えでとることができます。そして、この#GHFの和音を531でとれば、541よりは容易につかむことができるでしょう。

さらに、次の21小節目の指使いは532が指定されていますが、これもよほど柔らかい指の子どもが、ようやくとることができるような指使いです。何とかこれをとることができる子どもも含めて、ここはもっと楽にとれる521を使う方が、スムーズに指を運ぶことができ、演奏がよほど楽になると思います。

同じことは23小節目にもいえます。32を使うことで上声部のレガートを実現したいと考えたのかも知れません。しかし、実際にはこの指使いでは、#FE#Fは同じ2の指がひくことになり、2の指は1にレガートにつなげる前に、Eをとるために一瞬早くキーを離れる必要がありますから、上声の#FG#Fをきれいなレガートでつなげることは至難です。もちろん、ここを赤で訂正したように31でとる場合も、同じ1の指が#FG#Fをひくことになり、完全なレガートでひくことはできません。しかし、こちらの方が#FからGは滑るようにとることができるし、Gから#Fに戻る巾も、オリジナルの指使いの2の指でEから#Fをとるより、よほど近い位置関係にあります。それだけよりレガートに近い演奏をすることができるでしょう。



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