バスティン・ピアノ・ベイシックスの
加線音学習プログラムの研究


バスティン・ピアノ・ベイシックスでは、加線の各音の指導は、下記の分析に見るように、実にさまざまな方法で導入されています。その限りにおいては、このテキストの中で加線を指導しようとする教育的意図があるように思えます。

ただ、そのように多様な加線音の学習の手順をとったのは、そのやり方が加線の学習により効果があるという、教育的配慮があったからではないようです。そうではなく、たまたまそこの場所までには、その加線の音を指導していなかったので、場当たり的にそこで指摘しただけといった感があります。

個々の加線音の学習する順序にしても、次の一覧表をご覧になれば分かるとおり、体系的で合理的な順序を踏むことなく、ランダムに導入されています。また、新しい加線音導入後の学習教材の用意にしても、多くの加線音は学習する教材がほとんど用意されていなかったり、あるいは大変長い間隔をおいてわずかな音が用意されているといった状態です。

このような加線の学習プログラムでは、普通の能力の子どもたちが、このテキストだけで加線の読譜に習熟することは難しいでしょう。バスティンのこのシリーズには、楽典を扱う「セオリー」や、楽曲集の「パーフォーマンス」がありますが、メインテキストの加線指導の不備を補うようには書かれていません。そのことを考えると、バスティンをお使いの先生方は、子どもたちが能率的そして確実に加線を学べるように、何らかの方法で加線の指導を補完する必要があるでしょう。

なお、この研究では、加線音が最初に説明されるレベル1と、残りの加線音の説明がすべて出てくるレベル2に限って扱っています。

(下の表の加線の各音は、バスティン・ピアノ・ベイシックスで導入される順序で解説しています。)

新しい加線音 ヘ音譜表:上第2間「レ」
 導入楽譜

(レベル1:26頁)
導入法の解説 Gメージャーの5ポジションの配置を説明する楽譜に、未習のへ音譜表の上第2間「レ」の音があったので、「新しい音」と指示することで導入している。このように5ポジションの説明の中で、新しい加線音が導入されるのは、この音のみである。
学習機会 へ音譜表の上第2間「レ」の音は、上の譜例によって最初の説明がされた後、その頁の簡単な8小節の曲「山のぼり」を第1曲として、その後8頁にわたっておかれた曲の中で多数使われている。具体的には2曲目の「だいすきなサッカー」では12音。次の「リズムにのって」では7音。1曲おいて4曲目の「おまつり」では15音もの音が使われている。
しかし、新しく学習した加線の音が、実際の曲の中でこれほど多く使われているのは、この「レ」の音だけで、後の加線の音に関しては、実際の曲の中で習う数は大変に限られており、中にはレベル2のテキストの中では、ト音譜表:下第3間「ソ」のように、たった1音しか習うチャンスのない加線の音もある。
新しい加線音 ト音譜表:下第2間「シ」
 導入楽譜

(レベル2:12頁)
導入法の解説 レベル1のへ音譜表上第1間「レ」の導入法と同様に、12頁の冒頭に特別のスペースを設けて、上のようなシの音の説明がある。同じ頁に4小節と8小節のこのシの音を含む簡単な曲が用意されている。
学習機会 ただし、次ページの曲で同音を含む「おぼろ月夜」を学習した後は、7頁にわたってこの音は出てこない。次に同音の譜読みができるのは8頁後におかれた「メリーアン」で、この曲には2音使われている。その後は2曲間をおいて「海兵隊」で2音、その次の「クンバヤ」で1音使われているが、その後は26頁から最後の53頁まで、この音は一切使われていない。
新しい加線音 へ音譜表:下第2間の「レ」
導入楽譜

(レベル2:15頁) 
導入法の解説 上記の楽譜は、レベル2:15頁に載っている「深い海の中で」と題された曲の最下段である。へ音譜表下第2間の「レ」の音は、この段の第1小節の左手にたまたま書かれた音を指して、「新しい音」と指示され、これが始めて習う音であることを知るようになっている。
しかし、実はバスティン・ピアノ・ベイシックスでは、ここまでに下第1間のファの音も、下第1線のミの音の指導も行われていない。このような順序で加線の音が導入されるのは、これがメインテキストであることを考えると、体系的な加線学習の配慮に欠けているように思える。
学習機会 へ音譜表の下第2間のレの音は、15頁の「深い海の中で」の最下段・第1小節に出てくる下第2間の音を「新しい音」と指示して説明している。この後この下第2間の音が出てくるのはP31の「タランテラ」の最下段・最後の左手の音のみ。
新しい加線音 へ音譜表:上第2線「ミ」、下第1間「ファ」
導入楽譜

(レベル2:18頁)
導入法の解説 上の譜例に見るように、ここで習う二つの加線音は、「方向転回」と題された和音の転回形を新しく習う楽譜の中で、たまたま未習の加線音が使われてしまっているので、それを「新しい音 E」「新しい音 F」と指摘する形で行われている。これはまた、これまでの2例とは全く違った加線音の導入になっているが、場当たり的導入の感を免れないように思う。
学習機会 上第2線「ミ」の音を含む曲は、上記の導入譜例の後7頁にわたって出てこない。この音を含む曲が次に出てくるのは、8頁後のト長調カデンツが最初である。その後次の頁の「マクドナルドおじさんのロック」の左手和音に2音出てきた後、16頁にわたって全く使わなくなった後、イ長調のカデンツの左手に使われている。
下第1間「ファ」については、上の譜例の後18頁目の「ルーマニアン・ラプソディ」に2音出てくる以外、このテキストには出てこない。
新しい加線音 ト音譜表:下第2線「ラ」、下第3間「ソ」
導入楽譜

(レベル2:31頁)
導入法の解説 ト音譜表:下第2線「ラ」、下第3間「ソ」の2音は、31頁の冒頭に、特別のスペースを設けて上記の譜例を掲載し導入している。加線の音の紹介のためだけに、特別な楽譜を用意するという点では、ト音譜表:下第2間「シ」のケースと似ている。
学習機会 例えば「ラ」に関して言えば、上記の譜例を使ってこの音が紹介された頁の「タランテラ」で、1音のみ使われている以外は、43頁に1音、47頁に1音出て来るのみである。
「ソ」については、同頁の「タランテラ」で1音出てくる以外は、このテキストでは一切出てこない。「タランテラ」で、たまたま未習の加線音、ソラシが使われてしまったので、その場しのぎ的にこれらの音の解説をしたような編集の仕方である。
新しい加線音 ヘ音譜表:下第2線「ド」
導入楽譜

(レベル2:33頁)
導入法の解説 上の楽譜はレベル2の33頁に載っている「船出」の最下段の楽譜である。この段の最後の小節、4拍目の左手の音が、たまたまそれまでに習っていない音なので、「新しい音」と指示することで、これが新しく覚える必要がある新しい加線の音としている。
学習機会 上記の楽譜を使って導入された後、この音を実際の曲の中で学習できるのは、53頁の最後の曲までの中で、たったの2音である。
新しい加線音 ヘ音譜表:上第3間「ファ」
導入楽譜 次のヘ音譜表:下第1線「ミ」同様、この音の正式な導入楽譜が見あたらない。この音が最初に使われているのが、44頁におかれているイ長調カデンツの左手だが、これが最初の音なのだから、バスティンの方式に従えば、これまでのようにこの音を「新しい音」と指示するべきだったのだろう。
学習機会 次ページの「ロックのリズムで」と題された、カデンツを分散和音にしただけの簡単な曲の左手の和音で、いくつか使われている。
新しい加線音 ヘ音譜表:下第1線「ミ」
導入楽譜 この音を多数使った曲「蒸気機関車」(50頁)があるのに、この音を正式に導入し指導する個所が見あたらない。他の音については、「新しい音」という指示くらいはあるのだから、どこかにそのような指示があるのではないかと何回も見直してみたのだが、見つけることができなかった。加線の音を学習対象のひとつとして編集されているのであれば、見つけるのに困難を感じるような編集は、あまり望ましいことではないと思う。しかし、私の見落としということもあるといけないので、これをご覧になった方で、この音の最初の指導個所を見つけられた方は、ご連絡をいただきたい。
学習機会 上記「蒸気機関車」の左手に多数使われているが、単なる1小節の同一音型の繰り返しとして使われているので、実践的な読譜練習にはならないだろう。

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