「たのしいドレミ」を使った幼児科の読譜指導システム


「丸譜」で譜が読めた

(教室の新聞「おたまじゃくし」第74号より引用)

●「丸譜」で譜が読めた

 教室の研究会の席上、ある先生から幼児の生徒が、以前と比べて楽譜をとてもすらすら読むようになった、という報告がありました。その子は譜がよく読めるようになったために、宿題に出した曲以外にも、毎回沢山の曲をみて来るようにまでなった、とのことでした。教室の研究会では、幼児の指導の中でも最も難しい、読譜の指導に取り組んで来ました。そして「丸譜」と私達が呼んでいる、独自の指導システムを創案しました。先の講師のお話は、この「丸譜」システムで育った幼児の結果の報告でした。 幼児の読譜指導はこれまでにも、カードを使ったり、音符を大きくしたみたり、五線の数を減らしてみたり、色々工夫はされてきました。しかし、これくらいの工夫では、幼児は楽譜を読めるようになりません。それでは、このような幼児の読譜指導の難しさは、どこから来るのでしょうか。どれは、幼児のものの見方の「特異性」によるのです。幼児のこの特異なものの見方の仕組みを知らないようでは、幼児の指導はその第一歩からつまづくしかありません。


●幼児は位置や大きさや数字の抽象的な意味が、本当には分かっていない

 例えば、幼稚園で、黒板の端に「右」「左」と書いて教えたとしましょう。そこで外に出て「右はどこ?」と聞くと、「黒板の中だよ。」といって、新米の先生をびっくりさせます。、また、10や15などを、01とか51などと書くことが多く見られたり(鏡文字)、写生をしていて、壁の右側にある窓を左側に書いたりもします。このことは幼児の思考には座標、基点、中心といった概念が、まだ未発達だということを示しています。 また、長さの順に並んだ10本の棒を見せて、これを記憶させた後で混ぜ合わせ、元の通りに並べ直すように求めると、大抵は大小、大小の順に並べるか、あるいは、大中小、大中小のようにしか並べられません。長さに極端な差がついていない限り、幼児はこのような細かい階段の系列を、判断する力はまだ持っていないのです。 あるいはまた、おはじきのようななものを数えられるようになった幼児に3番目はどれ、5番目はどれと聞いても、正しく答えられる訳ではありません。このような判断力ですから、同じ数のおはじきをくっつけて並べた後、離して並べると、こちらの方が数が多いと言ったりします。このようにたとえ百まで暗記している子であっても、まだ 数の概念が本当には分かっていないのです。


●幼児にいきなり五線譜上で音符を教えるのには無理がある

 このような限られた判断力しか持たない幼児に、抽象的な記号表記の集積である五線譜を、そのまま数えることに無理があることは、誰の目にも明らかだと思います。確かに多くの子どもは、ドレミまでは読めるようになります。しかしこれはドレミが特徴のある模様をしているから、区別ができているだけなのです。楽譜が持っている座標としての概念などは、全く分かってはいないのですから、ファという音から五線の中に入ると、幼児は途端に混乱し始めます。幼児の目には五本の線は単に沢山の線としか移っていませんし、順序の概念も未発達ですから、線と線に囲まれている音符は、どれもファでありラなのです。


●音符を理解するために必要な判断力を育てる

 このように、幼児には楽譜を読み取るために必要なさまざまな能力は、まだ育ってはいないといってよいでしょう。そこで、幼児の読譜指導をする際に欠かせない視点は、幼児の判断力がそこまで発達していない楽譜から始めるのではなく、幼児がそれまでの生活体験から、判断できるレベルを出発点として、その能力を楽譜を読み取るのに必要な能力へと高めていく《教育プログラム》を作り出すことです。


●「丸譜」は読譜に必要な力を育てる

 私達の幼児のための読譜指導システム「丸譜」は、この考え方に基づいて創案されました。この方法では、始めから五線の楽譜で音符を読み始めません。そのため結果を急ぐ人には、まどろっこしく見えるかも知れません、しかし、子どもの中では、確実に楽譜を読むための色々な力が育っているのです。始めから楽譜で教えていく方法は、子どもに一日もはやく算数の力をつけさせたいために、お菓子や積み木など具体的なものを使って数を数えたり、同じ種類別に分けたりする沢山の体験をさせないまま、数字だけを使って足し算や引き算をさせるのに似ています。子どもの能力の発達を無視したこのようなやり方では、本当の算数の力は育たないことは、幼児心理学の常識です。このように表面的な結果を急ぐところが、日本の教育風土にはあります。しかし、冒頭の先生の報告に自信を得た私達は、結論を急ぎ過ぎる過ちに陥ることなく、子どもの中に育っていく確かな力を、育てていきたいと思っております。



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