【第4回】
ピアノ教師としての原点を見る
「夏目先生のエッセイ集」というタイトルのもとに、私がこれまでに書いた文章の中からいくつかのエッセイを取り上げ掲載してきました。このようにして私の古い記事をたどっているうちに、現在の仕事を始めてから書いた最も古い文章のひとつを探し出しました。これは大学卒業後3年間奉職した飯田女子短期大学の職を辞して、現在の仕事を始めた直後に書いた文章ですが、今回はこれを掲載させていただくことにしました。
これは、私が現在も続けている私の生徒たちによるコンサート「ピアノ・サロン」の第3回目の会のご案内のために書いた文章です。このころはこのピアノ・サロンを、年に2回開催していましたので、このコンサートは昭和45年に開いた第1回目のピアノ・サロンの翌年、昭和46年の秋に書いた文章です。
この拙文を今読み返してみると、若気の至りでずいぶん気負ったことを書いたものだなと、今では恥ずかしいくらいです。しかし、「若いときはそのくらいでないと。」といえなくもないですね。そのようにちょっと生意気なところはあるものの、それでもこの記事には、私のこれまでの音楽教育活動の原点を見る思いがします。歳とともに少しずつものの見方が変化してきたものの、やはりその土台には、私がこのころ思い描いた理想が、今でも心の奥深くに根を張っているように思います。
現在の私の生徒や親御さんは、私が自分のホームページを開設していなければ、まだ駆け出しだった私の若い頃の考えや気負った意気込みなどは、見ることも知ることもないでしょう。インターネットはその意味で、私と生徒の関係に新しい視野を与えてくれているように思えます。
なお、ここで飯田市の名誉のためにいっておきますが、今では飯田市の音楽活動は、当時とは比べものにならないほどレベルの高いコンサートが盛んに行われてます。当時教えた私の生徒たちも、そのような活動の一翼を担っているようで、大変うれしく思っています。
(昭和46年11月の第3回ピアノ・サロンに寄せて)
御存知のようにここ飯田では、これといったクラシックコンサートが行われることは、全くといってよい程ありません。その上町の音楽教室がこれを埋め合わせるには、まだまだ余りにも力不足といった感を禁じ得ません。弾くことを楽しみ、聞くことを楽しむという意味からは、文字通りおけいこ的段階にとどまっているといえるからです。
言うまでもなく音楽をする目標は、このような段階にあるとは思えません。それはもっともっと深い内容のものであり、表現であるはずです。たとえ子どもの演奏ではあっても、またそれが趣味としてやっているものであっても、堅実な技術に支えられた多彩な表現は、それなりにひとつの完成された演奏といえるのではないでしょうか。それでこそ音楽を学ぶことの深い意味が子どもなりにも切実に体得されていくものと考えます。
そのような高い目標に立って、いくらかでもそれを実現していくことが私共精琴堂音楽教室に課せられた重大な使命ではないかと深く感じております。今年から地域の実情に密着した研究活動を始めたことも、内容の充実した発展の可能性を秘めた発表会にするべく新しい試みを行っていることも、この目標達成のためのささやかな第一歩と思っているわけです。
そしてその活動の最先端を担うものとして、春秋二回のピアノ・サロンを開くことを計画いたしました。演奏者は4,5名にしぼって、内容の充実したものにしていきたいと思っております。そしてこれが出演者のためのものであると同時に、あるいはそれ以上にお聞きになられる皆様のものになるようにしていこうと思っています。プログラムも時代の感覚を反映した新鮮な曲目を多く取り上げていくつもりです。勿論演奏については皆様に充分御満足いただける立派なものにしていこうと努力致しております。将来このピアノ・サロンを飯田のクラシック音楽を提供する最も重要なコンサートにしたい気持ちで臨んでおりますが、同時にこれがひとつの刺激となって、クラシック音楽の大きな気運がもちあがってくればこれにまさる喜びはありません。
(注: 当時私は長野へ移ってそこに本拠を起き活動を始めましたが、飯田市内の楽器店「精琴堂楽器店」の音楽教室主任としても活動していました。)
参考までに第1回ピアノ・サロンのプログラムをご覧ください。湯山昭さんの「日曜日のソナチネ」は第1回ピアノサロンを開催した昭和45年の6月に出版されたばかりの曲集でした。その当時の私は、ブルグミュラーやソナチネを中心にした発表会の曲目に飽きたらず、新しく出版される楽譜に常に目を向け、自分のコンサートに積極的に取り入れていました。当時としてはそれは大変に斬新な企画でした。
第1回 ピアノ・サロン
日時: | 昭和45年12月6日(日)午後2時 |
会場: | 追手町小学校 3階音楽室 |
プログラム
工藤美穂 | 湯山 昭 | 「こどもの国」より いいことがありそう |
ハチャトウリヤン | 「少年時代の画集」より バースデイ・パーティー エチュード | |
小西優子 | 湯山 昭 | 「木曜日のソナチネ」より 第2楽章 アンダンテ 第3楽章 ロンドーヴィーヴォ |
後藤洋江 | 湯山 昭 | 水曜日のソナチネ 第1楽章 アレグロ 第2楽章 アンダンテ 第3楽章 プレスト・コン・フォーコ |
小林久美 | ドビュッシー | アラベスク第2番 アレグレット・スケルツアンド |
ベートーヴェン | 「ピアノ・ソナタ第5番」より 第3楽章 プレスティッシモ |
【挿話】
隔世の感
3年間で350円が600円に!?
ところで、私がその当時購入した湯山昭の「こどもの国」は、昭和46年の版で350円でした(上記のコンサートで使った楽譜は紛失したようです。もしかしたらもっと安かったかも)。それがたった3年後の昭和49年の版になると、600円に値上がりしていました(現在は1300円)。高度経済成長で収入が年々増加していった時世では、これだけ値上げしても問題にならなかったのでしょうね。ひょんなところから、感慨深く時代の移りゆきを回顧させられたことでした。