第6巻第8号             2001/3/1
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Kyoshinken Review, or Knowledge of Results

学問の発展は
互いに批判しあうことで
なされるものである。

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不定期発行・発行責任者:信州大学教育学部・ 守 一雄
kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/krhp-j.html


目次


【『教心研』第48巻第4号掲載論文批評】

(その2)

第48巻第4号のこれ以前の論文は前号をご覧下さい。
◎外山美樹(mtoyama@human.tsukuba.ac.jp)・桜井茂男(ssakurai@human.tsukuba.ac.jp):
自己認知と精神的健康の関係
 
個人における自己認知の歪みと、集団における歪みとの差と精神的な健康度との関連を見つけだした好研究。
自己認知の歪みには「うぬぼれ」的なものと「謙遜」的なものとがある。また、個人に見られる自己認知の歪みが集団に共通していると、集団全体では「幻想(illusion)」となる。大多数の人が「自分は平均以上に誠実なほうだ」と考えているようなことがこれにあたり、これは「ポジティブ・イリュージョン」と呼ばれるという。ポジティブ・イリュージョンは精神的健康と関連が深い。一方、謙遜の文化である日本では、これに加えて「ネガティブ・イリュージョン」も存在するという。この研究の面白さは、ネガティブ・イリュージョンが起こっている集団内では、平均的な認知をしている人も精神的に健康であるのに対し、ポジティブ・イリュージョンが起こっているような場合には、自分が平均的だと認知しているような人は精神的に不健康な部類になってしまうということを見いだしたことである。

◎平井美佳(ZXF07432@nifty.ne.jp):
問題解決場面における自己と他者の調整
【KRベスト論文賞】
 
対人関係ジレンマ課題の分析に発話思考法・プロトコル分析法を使ったところがすばらしい。お見事!
自己の利益と他者の利益が相いれない対人ジレンマ状況において、人はどう考えて行動するのかを調べた研究である。従来は仮想場面を提示しての質問紙調査がなされることが多かったが、この研究の特徴は、仮想場面で発話思考をさせ、それを録音して文字化してプロトコル分析を行ったことにある。この方法は手間はかかるが、やはりそれだけのことをした甲斐があった。ジレンマの深刻度が増すほど、他者よりも自己を優先させがちになること、他者が友人の場合よりも、家族の場合の方が自己を優先させがちになることが確認された。図表による結果の提示もわかりやすく、記述も明快である。

○金子一史(kaneko97@psy.educa.nagoya-u.ac.jp):
青年期心性としての自己関連づけ
いろいろな既存の尺度と相関がある新しい尺度がまたできた。
「自己関連づけ」というのは、「友だちが内緒話をしていると、自分の悪口を言われているのではないかと気になる」というような被害妄想的な思考をいうという。それを測る尺度を作って、高校生から大学生までの発達的変化を知ることがこの研究の目的とされる。この『KR』では同じコメントを何度も繰り返しているのだが、「もう尺度作りはいいから、尺度を活用したその先の研究をしてもらいたい」ものだ。

○小松孝至(komatsu@cc.osaka-kyoiku.ac.jp):
幼稚園での経験に関する母子の会話に対する母親の意義付けと働きかけの認知
 
幼稚園児と母親との会話について経験的に普通に知られていること以上の特別な発見はなかった。
「本研究は、一時点での質問紙調査のみ行ったため、実際の会話のダイナミズムが捉えられなかった。今後、実際の会話場面を何らかの方法で捉えることも必要とされるだろう。」と著者自身が論文の最後に書いているとおりである。ま、これで論文1本分業績が稼げればもうけものだ。

◎植木理恵(ueki@yb3.so-net.ne.jp):
学習障害児に対する動機づけ介入と計算スキルの教授
--相互モデリングによる個別学習指導を通して--
 
NHK教育テレビの寸劇のようでちょっとできすぎの感があるが、「実践研究」のお手本だと思う。
『教育心理学研究』の前号から掲載されるようになった[実践研究]の実質的な第1号論文である。(前号掲載の市川理事長論文は「別格」だから。)「編集規定」には「教育実践の改善を直接に目指した具体的な提言を行う教育心理学的研究」と規定されている。わかりやすく言えば「今までと違うこんなやり方をしたらうまくいったよ」という報告なんだと思う。この論文は基本的に「事例報告」である。(クイズ:本文中に1カ所CoとClとが入れ違っているところがある。どーこだ?)

○有川誠(arikawa@fukuoka-edu.ac.jp)・丸野俊一:
原理に対する理解及び操作体験が工具操作能力の改善に及ぼす効果
 
好研究だが、「実践研究」なんだから3群に分けずに全員を「原理説明+体験」群としてほしかった。
中学校の技術科の授業で「釘抜きの使い方をどう教えるか」についての、いかにも「教育実践」的な研究なのだが、中学校教諭だった有川先生は従来の『教育心理学研究』的研究を志向して、どっちつかずの中途半端な研究にしてしまった。釘抜きの使い方の教え方として、「操作観察」群・「原理説明」群・「原理説明+体験」群の3群に分け、比較実証を試みている。これで3群に有意差が見られれば、従来の[実証論文]としても遜色のないものになったのだが、差が見られなかったので[実践研究]としたようである。編集委員会も悪い。せっかく[実践研究]という新しいカテゴリーを新設して、その特徴づけをすべき大事な時期に、こんなどっちつかずの論文を掲載してはいけない。