安藤@慶応大さんのご回答(その4)(1997/3/8)

Date: Sat, 08 Mar 1997 13:37:32 +0900
From: Juko Ando
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To: kazmori@gipwc.shinshu-u.ac.jp
Subject: 行動遺伝学−返事4
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おそくなりました。安藤@慶應大です。

 守先生の再質問とそれに対する豊田先生の厳しくも的確な回答に感謝いたしま す。どんな研究調査にしても、サンプル数は常に悩みの種でしょう。とりわけ近 年の行動遺伝学では巨大サンプルがものをいい、それがあっての共分散構造分析 の有効利用です。そんななかで、MZ19組、DZ12組が本来のこの手法に見合うサン プル数を提供していないのは、豊田先生のご指摘の通り明らかであり、ぐうの音 も出ません。しかも私が共分散構造分析を、十分理解しないで用いている部分が あることも、正直に告白しなければなりません。

 ただ級内相関の相対的大きさと共分散構造分析で算出された遺伝率の大きさ が、ある程度食い違うことは、この領域の文献を読んでいるとよくあることなの で、ここでも「この程度のことはあり得るだろう」と、大して疑問に思わなかっ たことは確かです。たとえばたまたま私の手元にある、双生児が自分の家庭環境 の評定(FES)を行ったときの同環境双生児(MZT,DZT)と異環境双生児(MZA,DZA)の 相関と、共分散構造分析による遺伝率(h^2)の表をみてもそうです。

FES Scale MZA MZT DZA DZT h^2
( N of pairs) (74-84) (128-135)(185-192) (171-181)
Expressiveness .22 .45 .07 .25 .24
Conflict .35 .58 .18 .46 .32

Plomin,McClearn,Pedersen,Nesselroade, & Bergman(1988)

※MZT-DZTの値はExpressivenessの方が大きいのに、h^2はConflictの方が大きい

 こういうのは、前回の返答にも書いたように、単に級内相関の大きさだけでな く、それぞれのサンプルごとの分散や共分散の相対的大きさや、サンプル数の違 いによる誤差範囲の中で、許容可能な解として算出されるのではないかと理解し ているのですが、どうなのでしょうか。
 ちなみに共分散構造分析を用いた分析を論文に発表する場合、いったいどこま での統計量や途中のモデル選択のプロセスを載せるべきなのか、迷うところで す。行動遺伝学の論文や文献を見ても、まだ書き方は統一されていません。拙論 文での分析はあくまで補助的なものと位置づけていたので、これまでに見た論文 の中の最低限のものに準じて書きました。
 後日談ですが、実は同じ実験の英語学力面についての結果(私が『日経サイエ ンス』誌に紹介したもの)をJournal of Educational Psychologyに投稿したと ころ、とにかくサンプルが少ないということで、あっさりrejectされてしまいま した。アメリカではとりわけサンプル数は絶対だという話を聞いたことがあるの で、いまはヨーロッパの方の雑誌に分析方法を変えて投稿しようかと思っていま す。
 とにかくサンプル数はなんとかせねばということで、正直言って、この実験後 の(これはある意味で今後も続くでしょうが)私の研究活動の一つの目的が、た だサンプル数を増やすことそれ自体(そのための子どもが集まりそうな「タダ 塾」イベントを企画すること)に終始してしまったことは事実です。本末転倒の ようですが、実験的統制の精度や肝心の従属変数となる指標の精度を犠牲にして もです。それでも最大MZおよそ60組、DZ30組弱でした(中1から高3までの学年 をプールして。まだ論文にはなっていませんが)。もちろん教育的な実験教室に よらないただのアンケート調査なら、もうちょっと簡単にサンプル数も増やせま しょうが、やりたいのはあくまでも「自分の手で教授学習場面を作る」ことなの です。この90組の実験では、数学をグループ学習と個別学習で比較しました (こうした試みが、ある意味で無謀だとは自分でもわかっていますが、バカがで きるのも若いうち(?)。それに8日間、集中して双子ばかり100組近くと接 するのは、原体験としてものすごく大きなものでした。そして何よりも驚くべき 事は、そうしたラフな条件統制下で、ラフな心理指標をとっても(たとえばグル ープ学習と個別学習のどっちが好きか、どっちがリラックスできるかなど)、や はり二卵性より一卵性の方が類似しているという現象が数多く見いだされるとい う点でした)。
 しかしながら、出発点に立ち返って、@教授学習の成果に遺伝の影響があるこ と、そしてA教授法と遺伝的適性との間に交互作用があるという事を示すことを そもそもの目的と考えたとき、このサンプルでの得た結論そのものが妥当性を欠 くとまでは思いません。@については多くの従属変数でr(MZ)>r(DZ)であること が示されていますし、個別の動機づけ尺度の細かな違い(ex.「プリント活動と ゲーム活動の動機づけへの遺伝的影響力の違い」のようなレベル)を問題にして いるわけではありません。Aについては、19組38人のサンプルの重回帰分析を元 にしています。これは確かにサンプルも小さいこともあり、十分な有意水準に達 してはいませんので、「可能性」として指摘しました(半ば泣き言ですが、30組 を越える双生児の統制実験は、統制実験としてはGesell以来の心理学史上の最大 規模なんだぞー!Gesellなんか、たった一組の双生児だけであそこまで言ってよ かったのかなぁ。なお双生児統制法の歴史的展望については、紀要論文(安藤 (1994))でまとめました)。
 なおこれは豊田先生へご質問なのですが、@共分散構造分析で算出された分散 の大きさに、記述統計量としての意味はないのか。単に記述統計量を、たとえば aやcの大きさを知りたいという時に、共分散構造分析を使ってはいけないのか。 A共分散構造分析では、model fittingに関する統計量(chi^2やAIC)が算出され るわけですが、サンプル数が小さくても、それでfitしているのなら、とりあえ ずいいのではないか。
 非共有環境と誤差の問題について。守先生のご不満は、数理的な点もさること ながら、ひょっとしたら具体的な環境要因が特定されないで、ただ分散の大きさ だけを問題にしている点もあるのではないでしょうか。これまでの行動遺伝学に 対する一般の心理学者(だけでなくふつうの人々も)の不満は、共有環境にせよ 非共有環境にせよ、それがそもそも具体的には何なのかについての情報がないこ とだと思います(遺伝何%、環境何%に何の意味があるのかという批判など)。 最近の研究では、仲間や教師やコミュニティの影響を特定する研究が出てきまし た(もっともこれらの研究の一つの「売り」は、そうした「環境」要因が実は遺 伝の影響を受けているというところにあるのですが)。私の『発達心理学研究』 論文も「読書行動」という固有領域での親の働きかけなどについて検討を意図し ていました。行動遺伝学による環境の研究は、これからもっと活発になると思い ます。
 最後に遺伝と環境の相関について。親と双子で同一の指標について測定値が得 られていれば、相関の大きさを推定することはできます(つまり単純な遺伝率か ら推定される以上に親子がある指標で似ていれば、そのぶん親子間で相関がある と考える)。しかし環境のどの側面でどのような種類の相関があるのかまで推定 したいとき、最も強力なのは別々に育った一卵性双生児のデータです。つまり 別々に育った一卵性双生児間で、環境指標に相関があれば、それは誘導的 (reactive or evocative)相関あるいは能動的(active)相関があることになりま す。また養子研究も同様に強力で、実の親子間で養子の親子間以上に、ある環境 指標と行動指標との相関が高ければ、そこには受動的(passive)な相関がある可 能性があります。
 またついでに遺伝と環境の交互作用について。これは昨年の学会でもコロラド の行動遺伝学研究所長のDeFries氏と直接に話しあったのですが、交互作用は字 面上の定義は「異なる環境で異なる遺伝子型が異なる表現型を示す」ということ ですが、semanticに多義性があり、研究者によって何を交互作用と見なすか、相 関とどう違うかは意見が分かれるところだということでした。
 いずれにせよ、環境の機能を遺伝との関係で明らかにしていくことが、今後の 行動遺伝学の一つの大きな研究動向になると思います。そのときにどのような環 境指標と行動指標をどのような方法で測定して研究の俎上に載せていくかという ことが、いわゆる遺伝学者にはできない、心理学者の面目躍如たる場となるはず です。できればわが国からも、この領域に直接関心を持ち、寄与のできる研究者 が増えてきてくれればと願っています。できれば自分でオリジナルの双生児サン プルを獲得して(多くの方から、行動遺伝学は双生児という特殊なサンプルでし か研究できないのが欠点、という声を聞くのですが、これは単なるいいわけに過 ぎません。現に米欧豪いずれの国でも、それどころかわが国でも阪大医学部の早 川和生先生も、それぞれの事情の元で、相当苦労して双生児(twin registry)や 養子のサンプルを得ているのですから)。

以上