『チビクロこころ』

中学生高校生のための心理学入門

1999年4月10日第1刷発行
1999年4月25日第2刷発行
1999年7月 5日第3刷発行

(各章のはじまりの部分を紹介します。)
『毎日中学生新聞』(1999.3.26)で紹介されました。
『読売新聞』(1999.5.12)「こどもの本」で紹介されました。
「付録・大学で心理学を学ぶために」を改訂し、ウェブ公開しました。(2019.8.5)

特別付録(巻頭カラー)
絵本『チビクロひるね』縮刷版

目次

0章 はじめに・・・・・・・1

1章 心って不思議・・・・・18

2章 実験で試す・・・・・・35

3章 行動を調べる・・・・・57

4章 計算をして確かめる・・90

5章 心理学の分裂・・・・・133

付録 大学で心理学を学ぶために ―> 【加筆改訂版】(2019.8.5)
         ・・・・・175

特別付録(その2)ページの右隅にぱらぱらアニメが付いてます。

 
【あらすじ】

ママクロが作ったクロワッサンでおなかがいっぱいになったチビクロはお昼寝をすることにしました。

夢の中に昔どこかでであったことがあるようなトラがでてきました。

チビクロの夢の世界でトラのワッサンが大活躍。


0章 はじめに


心理学は難しくない:犬のチビクロと虎のワッサン登場

ボクの名前はチビクロです。えーっと、犬です、ワン。これからボクが、中学生や高校生のみなさんに心理学についてやさしく説明をしようと思います。
おーっと、ちょっとまてチビクロ。おまえを食べちゃうぞ、じゃなかった、おまえに心理学なんかわかるのかー?
おや、ワッサン。えーっと、みなさんにもご紹介します。トラのワッサンです。
えへ、よろしく、ガオーッ。
えっと、「犬のボクに心理学がわかるのか?」という質問ですが、もちろんボクは心理学者のモリ先生の代わりにしゃべっているのです。
そして、ワッサン、君は、この本では、読者のみなさんが疑問に思うことをみなさんに代わって質問する役をやってもらいます。
くそー、またおまえにいい役をとられたんだな。ま、しかたない、オレは質問役を務めることにしよう。じゃ、早速始めろよ。
はい、では始めます。エヘン。みなさんは、心理学が「心について研究する学問」であることを知っていると思います。
でも、心理学は学校では教えてもらえません。誰もが心を持っていて、その不思議さに気がついているのに、どうして学校では心理学を教えてくれないのでしょうか?ワッサン、君はどう思いますか?
ガオーッ、それは「心理学は難しい学問だから」じゃないのか?
はい、そう考えている人が多いでしょうね。でも、ほんとうにそうでしょうか?
・・・

中高生はもう大人と同じ理解力がある

心理学の「成果」と「歴史」

「研究する」ってどういうこと?

実験と観察の違い

きみも心理学の実験をしてみよう

と続きます。


1章 心って不思議


心とはなにか?

ワンワン、えーっと、チビクロです。では、いよいよ心理学の勉強を始めることにしましょう。ワッサン君、用意はいいかな。
ガオーッ、準備OK。
では、始めます。コホン。心理学の研究対象は人間の心です。喜んだり悲しんだり、悔しいと思ったり、誰かを好きになったり、と心はいろいろな働きをしています。
人間の誰もがこうした心を持っていることは確かなことですが、でも、心っていったいなんでしょう?心はどこにあるのでしょう?心を見たことがある人がいるのでしょうか?
心は見ることも触ることもできません。感じることができるだけです。何かうれしいことが起こったとき、うれしいと思う、まさにその時に「喜んでいる自分自身を感じる」こと、それ自体が心なのです。
おいおい、いきなり難しい話だな。このオレさまが「このオレさまの心」と思っているものが「心」って考えればいいんだろ。
ま、はじめはそれでいいことにしましょう。続きを聞いて下さい。心は、2千年以上も昔から研究されてきました。
紀元前4世紀に活躍した古代ギリシャの哲学者アリストテレス[384-322 B.C.]の『霊魂論』は世界最初の心理学の本であると言えるかもしれません。
おい、ちょっと待てよ。さっき、心理学は『ちびくろサンボ』と同じで、19世紀の終わり頃にできたって言ったばかりじゃないか?それが今度は「2千年以上も昔から研究されてきた」だと。さっきと話が違うじゃないか?
そうワッサン、いいところに気がついてくれましたね。今、まさにそのことを説明しようとしていたんです。
・・・

心と身体:心身二元論

他人の心はわからない

独我論

と続きます。


2章 実験で試す


科学と客観性

ワンワン、えーっと、チビクロです。心理学の勉強を続けます。ワッサン君、用意はいいかな。
ガオーッ、今度こそ、心理学なんだろうな。
はい、大丈夫、今度こそ心理学の話です。前にお話ししたように、心理学の研究対象は人間の心です。
しかし、心について研究しようと思っても、心は見ることも触ることもできませんし、いったい心が何なのかもわからないのでは、科学的な研究はできません。心について研究しようとする試みは2千年以上も前から始まっていたのに、心理学という学問ができて、科学的に心理学が研究されるようになったのは、今から百年少し前の19世紀の終わりになってからだったのです。
それは、もう何度も聞いたよ。早く、先へ進めってんだ。
では、科学的に研究するとはどういうことなのでしょうか?
げっ、オレに質問?「科学的」?「科学的」って急に言われてもなあ。そう、オレのイメージでは、な。白衣を着て、試験管を振ったり・・・
ありゃ、また白衣ですかあ。確かに科学者にはそんなイメージがありますが、白衣を着ることと科学とは関係ありません。科学的であることの条件はいろいろありますが、中でも一番重要な点は、客観性といわれる性質でしょう。
「キャッカンセイ」?そりゃなんだ?
客観性というのは、やさしく言うと「誰が見ても同じに見える」「誰がやっても同じになる」ということです。
・・・

実験心理学の父ヴント

心理学と実験

実験による科学的な研究

歴史的方法と民族心理学

と続きます。


3章 行動を調べる


内観法の問題点

おーい、ワッサン。オシッコ終わったかい?始めるぞー。
ガオーッ、あー、スッキリした。よし、心理学の勉強を始めよう。
さて、前の章でワッサンも言っていたように、「見えるとか見えない」とかについて厳密に調べる心理学も必要でしょうが、でも、やっぱり「なぜ、人を好きになるのか?」とか「やる気がでないのはどうしてか?」とかについても知りたいですよね。
そうそう、それでこそ心理学だぜ。待ってました。よっ。
でも、どうやったら「なぜ、特定の人を好きになるのか」が研究できるでしょうか?
ワッサン、君もそうだと思いますが、誰でもお母さんを好きですよね。ちょっと怒ることもあるけど、「でもやっぱりお母さんは好き」って思うでしょ?「じゃ、なぜ君は君のお母さんが好きなのか?」って聞かれたらなんて答えますか?
うーむ。
とても答えるのが難しい質問ですよね。では、心理学者だったらこの問題にどう取り組むでしょうか?
さあ、それはぜひ聞きたいもんだな。いよいよ心理学者のお手並み拝見、と。
実は、心理学者にだってこの問題は難問なんです。
前にも書いたように、心理学者でも他の人の心がわかるわけではないのですから、自分の心について考えてみる以外に方法はないわけです。
おいおい、なんだか頼りない話だな。大丈夫なのか?
・・・

内観から行動へ

行動と動物研究

なぜお母さんが好きなのか?ハーロウの実験

環境を重視する心理学

生まれつきか学習か

と続きます。


4章 計算をして確かめる


十人十色

さーて、ワッサン、次の章が始まりますよ。
よーし、待ってたぞ、早く始めろ。
はい、では、ワッサン、前の章の内容をまとめてください。
え、なんか、学校みたいになってきたな。オレは単なる「質問係」じゃなかったのか?
まあ、いい、まとめてやろう。つまりだ、目に見えない「心」を研究する代わりに、誰が見てもわかる「行動」を研究することによって、心理学は、科学的な学問の仲間入りをしようとしたわけだ。どうだ、これで。
はい、ワッサン、お見事です。そのとおりでした。
 しかし、心理学が物理学や化学などの科学の仲間入りをするためには、もう一つ解決しなければならない難問が残っていました。
えっ、まだ難問があるのかよ。いったい「何問」あるんだ、なんちゃって。
シラー。その難問とは、たとえ行動を研究することにしたとしても、「人によって、同じ行動をとるとはかぎらない」という人間特有の問題があることです。
 手を離せば、引力のために、物は必ず下に落ちます。塩酸と水酸化ナトリウムの溶液を混ぜれば、必ず食塩と水ができます。しかし、人間の場合には、好きな食べ物が目の前に出されても必ず食べるわけではありません。同じように教えても、全員が跳び箱を跳べるようになるわけでもありません。
オレは、12段だって跳べるぞ。でも、跳びたくない気分の場合もある。だいたい、あんなもの跳んで何になる。
そういえば、人間だけでなく、動物の場合もそうでしたね。同じ迷路に、同じようにエサを置いて、同じスタート地点からネズミを離しても、エサにたどりつくネズミとそうでないネズミがいます。
・・・

統計学の利用

「本当の能力」と成績は違う

能力と成績の関係を調べる

サイコロを転がした場合からわかること

ちょっと休憩

夢からさめて

記述統計学と推測統計学

仮説検証と統計的検定

心理学的研究方法の確立

と続きます。


5章 心理学の分裂


標準的な研究方法の限界

おい、チビクロ。前の章の終わり方がちょっと気になるんだが・・・なんか、「これでこの本はおしまい」って感じで、オレにも「ご苦労さま」とか言ったりして・・・
はい、ワッサン。そのとおりです。前の章がこの本のヤマ場で、第4章が終われば、もうこの本もほとんど終わったも同然です。
な、なんだとー!!まだ、心理学の話はほとんどしてないじゃないか?
最後までオレに「この本は心理学の本じゃなかったのか?」と言い続けさせるつもりか?あっ、確かに、もうほとんどページが残ってねえじゃないか! チビクロ、これはどういうことだー。
いいえ、ちゃんと心理学の話をしてきたんですよ。
第4章までに説明してきたこと、つまり、「行動」のような目に見えることを手がかりに、「実験」をしてデータを集め、その結果を「統計的に検定」して結論を出すという標準的な研究方法が確立するまでについてこそが、心理学の一番重要な部分なんです。この部分さえ、よく理解してもらえれば、もうあとはいろいろな心理学の本に読み進んで行くことができます。この本は「心理学入門」、つまり、「心理学の勉強のための入口」なんですから、これでいいんです。
うーん、でも、なんかダマされたような・・・
はい、ワッサンの気持ちはわかります。ですから、この章では、第4章まで説明をしてきた現代心理学の標準的な研究方法以外のいろいろな心理学について説明するつもりです。
 「実験」「行動」「統計」を組み合わせた研究方法は、科学としての心理学の標準的な研究方法ですが、実は、これだけが心理学の研究方法というわけではありません。この標準的な研究方法にも、たくさんの問題点があるからです。
ほら、そうだろう?もっと、なんというか、いわゆる人間味のある心理学らしい研究方法があるだろうが。
標準的な研究方法の、最も重大な問題点は、私たちが本当に知りたいと考えている心の問題の多くは、こうした標準的な研究方法ではなかなか調べようがないということです。
たとえば、学校で問題になっている「いじめ」について、標準的な研究方法でどんな研究が可能でしょうか?
そう、いじめとか、心の悩みとか、どうやってメストラを口説いたらいいかとか・・・オレはそれを知りたいよ。
・・・

いろいろな心理学

心理学の3分類

臨床心理学の方法:事例研究

コンピュータを使った研究方法

脳と心

脳のモデルを作る

と続きます。


付録 大学で心理学を学ぶために


 ここでは、大学で心理学を学ぼうと考えている人たちのために、いろいろな心理学が大学のどの学部で研究されているかや、その背景を説明します。さらには、もっと直接的には、どんな大学のどんな学部に進めばいいのかも紹介したいと思います。

大学の学部と文系・理系
 大学には学問領域を大きくグループ分けして作られた学部という組織があります。たとえば、私が所属している信州大学には、人文学部・理学部・経済学部・医学部・教育学部・工学部・農学部・繊維学部の8つの学部があります。同じ大学の学部でも、学部が違うと研究内容も大きく違いますし、先生も学生もある学部から別の学部へ移籍するようなことはほとんどありません。同じ大学の学生として一緒に活動するのはクラブやサークル活動だけといってもいいくらいです。そこで、大学を選ぶ際には学部の選択まできちんと考える必要があります。
 さて、日本ではよく学問分野を文系・理系とに分けることがあります。文科系と理科(理数)系ということもあります。一番わかりやすい例は、文系は国語・社会、理系は数学・理科という学校で習う教科による分類でしょう。そこで、中学校くらいから国語や社会科が得意な生徒は「文系が強い」とか「文系に向いている」とか言われ、また、数学や理科が得意な生徒は「あの子は理数系だな」などと言われるようになります。よけいなことですが、女の子は文系に向いていて、男の子は理系に向いているというような誤解が広く行き渡っているようです。しかし、特にそうしたことが証明されているわけではありません。それでも、世の中にそうした思いこみが一度できあがってしまうと、知らず知らずのうちに人々がそれに従うようになって、結果的に文系の学部に女子学生が多くなり、理系の学部には男子学生ばかりということになり、そのことがそうした思いこみをさらに強いものにしてしまうということになります。こうした理由のない思いこみを偏見とかステレオタイプとか言います。最近はこうした偏見がなくなってきて、理系の学部にも女子学生が増えてきたそうです。
 文系と理系の違いは文学と科学の違いとも言えます。では、文学と科学とはどう違うのでしょうか?科学の特徴は物事を分析的に調べるということです。「分析する」とは結局のところ「細かく分けること」です。たとえば、機械の仕組みを調べるときに、分解して部品に分け、それぞれの部品を調べます。部品はさらに細かい部品に分けられますが、これ以上分解できなくなると、今度は部品の材質が調べられます。化学的な構造がわかれば、化学的に分解することができますから、分子にまで分解ができます。分子はさらに原子に、原子は陽子と中性子と電子にとどこまでも分解していくわけです。分解すればするほど、小さくて単純なものになりますから、その性質を厳密に調べることができるようになります。
 科学的な方法は優れているようですが、難点もあります。人間の心のように分解しようにもどう分解したらいいのかわからないものは研究できないことになるからです。無理に分解すると壊れてしまうものも分解できません。
 それでは分解できないものはどうやって研究すればいいでしょう?私たちはいろいろなことを知っていますが、そのすべてを分析的に知ったわけではありません。直感的にわかったことやいろいろなことを総合的に考慮してわかったこともあります。人間のこうした優れた直感力や総合力を使う方法が文学的な方法です。一人ひとりの直感力や総合力には限界があっても、何人もでアイディアを出し合ったり、話し合いをしたりすることによって限界を超えることも可能でしょう。
 そこで、文学的な方法では、本を読んだり話し合いをしたりすることが主たる研究方法になります。たくさんの人々の意見やアイディアを読んだり聞いたりするためには、日本語だけでなく外国語で書かれたたくさんの本を読みこなす力が必要です。さらには、そうしたことを通してわかった自分なりの考えを他の人々に知ってもらうためには、自分の考えたことを的確に文章に表現してする力がなければなりません。つまり、文系の研究者には優れた直感力・総合力・思考力などに加えて「言葉の能力」が重視されるわけです。
・・・

文系・理系と基礎的・応用的との組み合わせ

日本における心理学と学部の対応

日本の大学で心理学が教育学部で研究されている理由

どの大学のどの学部に入ればいいか

心理学を活用した職業を目指す人に

心理学を楽しむ

と続きます。