友好短信2024・1~7
トップページはこちら
長野県日中友好協会のホームページへようこそ

 福井県日中友好協会の皆さんと友好活動の意見交換会(7/4)

 福井県日中友好協会の玉村和夫会長一行20名が長野県日中友好協会を7月4日訪問され、熱心に日中友好について語り合い親睦を深めました。日中友好サロンとして継続的に実施してきた研修バスツアーで今年で15回目、2014年には満蒙開拓平和記念館を訪問し、飯田日中友好協会との交流も行ったそうです。

 西堀正司会長らに迎えられた一行は、展示室などを参観した後、教室でロの字型で対面で向かい合いながら意見交換会に臨みました。

 西堀会長は一行を熱烈歓迎したのち「長野県と福井は北陸新幹線の延伸によって大変近くなり、また永平寺は道元禅師開祖の曹洞宗の本山として親しみを感じている。長野県日中友好協会は1956年設立されて以来60余年にわたり活動を続けてきた。満州開拓団を3万人あまり送り出し、敗戦時の悲惨な逃避行で半数が犠牲になった。負の歴史の反省に立って官民一体となって友好交流に取り組んできた。河北省との友好県省提携など中国との結びつきも強い。福井県は日本海をはさんで中国に対面している。環日本海経済圏の重要な位置にあり今後ますますの活躍を期待したい」とあいさつしました。

 玉村会長は、「酒井会長の後を継いで、数日前に会長に就任したばかり。日中関係が変化する中で最盛期に1000人を数えた中国研修生受け入れ大きく減少した。新たな活動を模索していきたい。コロナ明けを迎えて交流が再開された。新しい中国ファンを作っていきたい。今日は長野県日中の活動を紹介いただき学んで帰りたい」とあいさつしました。

 意見交換会では、日頃感じている、高齢化などの組織問題、財政問題、活動の取り組み等を紹介しあい、質問も次々と飛び出しました。高齢化と会員の減少は共通の悩みですが、世代交代の大切な転換点にあたることを自覚しながら、若い世代に働きかけ、「日中友好は最大の安全保障」を銘記し、アジアと世界の平和のために貢献している協会の使命を自覚して頑張っていきたいなどが語られましt。

 意見交換会には、布施正幸副会長、中澤保範事務局長、塩入靖事務局次長、松原京子女性委員会事務局長が参加しました。1時から3時までの予定も足早に過ぎ、名残を惜しみながら、お互いの健闘を約束してお別れしました。
 中国伝媒大学・中央編訳出版社代表団来県、文化書籍を贈呈(7/2~3)

 長野ラジオ孔子学堂の協定を結んでいる中国伝媒大学の橋渡しで、このほど中国中央編訳出版社から240冊の中国文化書籍が贈られました。7月2~3日 中国伝媒大学・中央編訳出版社代表団一行が来県し、7月2日長野市内の犀北館ホテルで贈呈式が行われました。中国側から郗衛東出版社社長、李懐亮伝媒大学人類運命共同体研究院長ら5名、伝媒大学から長野に派遣されている夏丹教授、県日中友好協会から西堀正司会長、布施正幸副会長、中澤保範事務局長、戸井田静男孔子学堂事務局長、米山達雄長野市日中副理事長、長野孔子学堂中国語教師らが出席しました。

 西堀会長は、一行を熱烈歓迎したのち、「中国の伝統文化や現代中国の人類運命共同体理論などを紹介した書籍を多数いただき感謝したい。今後活学活用していきたい。世界は分断・戦乱の様相を深めているが、1954年のバンドン会議の際打ち出された”平和共存の5原則”( 領土保全および主権の相互不干渉,相互不侵略,内政不干渉,平等互恵,平和的共存をうたう)は今も大切な国際関係を律する柱だ。いただいた本の中に習近平主席の”人類運命共同体の構築について”があるが、5原則を発展させたものではないかと思う。第3次世界大戦を防ぐうえで大切な役割を果たすよう期待したい。今後とも有益な書を世界各国語に翻訳し紹介していただきたい」と述べました。

 郗社長は「1993年に出版社が設立されて以来、世界各国との交流を進め相互理解の一翼を担ってきた。英、仏、独、スペイン、露、日など7か国語に中国の文献を翻訳紹介したり、各国の文学や文化を中国語に翻訳紹介してきた。東京大学などとの交流も進めている。長野県の皆さんの中国理解に役立てていただければ幸い」とあいさつしました。李院長は「伝媒大学と長野県日中友好協会は孔子学堂協定を結んで以来友好的に熱心に中国語と中国文化の普及に努め成果を上げてきた。この度の中国書籍の贈呈が理解促進に役立つことを願っている」と語りました。また人類運命共同体の考えのもとに世界平和に貢献していきたいと述べました。

 双方が除幕すると赤い布に覆われていた「中国の本棚」の大きな額があらわれました。また席上、中国国際中文教育基金会からの「孔子学堂受権書」が李院長から西堀会長に手渡されました。

 引き続いて、歓迎会が開催され、和やかな交流が進みました。一行は翌日戸井田事務局長、夏丹さん、範為為講師の案内で小布施町の岩松院、北斎館、小布施温泉、そして善光寺などを参観しました。
 河北省囲碁代表団を迎えて囲碁対局(7/1~2)

 河北省囲碁代表団(董克清・河北省体育発展交流センター主任一行20名)を迎えて7月1日長野県講堂において日本棋院長野県本部(山根敏郎本部長)のアマチュア囲碁棋士同士の対局が行われました。双方6段から3段までの14組の棋士は、真剣な表情で盤面に向かい2局をさしました。2局とも、5勝9敗の試合結果でした。 竹内仁本部長代行(81)は「囲碁は年齢や性別、国籍に関係なく対局でき楽しめるのが魅力。河北省の棋士は強く良い刺激になった」と話していました。

 意見交換会の席上、河北省囲碁協会の趙余宏秘書長は「長野県に17年ぶりに訪問でき感動している。コロナも明け新たな交流がスタートできた。今後できれば1年おきに相互に訪問し対局交流など進めていきたい」と述べました。これに対し、竹内氏は「高齢化など困難はあるが、県国際交流課や日中友好協会などの協力をいただきながら、訪中団の派遣も検討していきたい。高校生のオンライン対局も有意義と思う」などと応じていました。

 対局後、長野市内の油やにおいて、県、囲碁関係者、県日中友好協会関係者らが出席して、歓迎交流会が行われました。山根本部長は、熱烈歓迎の意を表し、今後の囲碁交流の発展に期待しました。一行は、翌日、地獄谷野猿公苑や軽井沢を訪れ、長野の印象を刻んで東京へ向かいました。

 長野県と河北省の囲碁交流は、両県省の友好関係を踏まえて、2004年に県囲碁代表団(山根)団長一行11名)が石家荘市と保定市を訪れ交流したのを皮切りに、2005年河北省囲碁代表団12名の受け入れ、2006年訪中団派遣、2007年河北省団受け入れが行われました。また2022年には、国交正常化50周年を記念し、オンラインで伊那北高校囲碁部員と河北省石家荘市の中高生対局が行われています。囲碁は、中国が生んだ素晴らしい知的スポーツで今後の交流成果が期待されます。
  小諸市日中設立35周年を経て、明年度は中国藤村文学賞式典(6/28)

 小諸市日中友好協会は6月28日、菱野温泉常盤館で令和6年度定期総会を開催しました。30名の来賓会員が出席し35年の歩みを振り返り、コロナ明け交流再開のタイミングを生かして友好交流活動を再開させていくこと、特に来年度にめぐってくる第11回中国藤村文学賞授賞式(於いて南京大学)参加の訪中団派遣の準備等を決めました。

 笹本常夫会長は「小諸市日中は2月に設立35周年記念講演会・祝賀会を開催し日中平和友好を誓った。今、世界は激動しており不安定さを増している。日清戦争・台湾統治から130年、そして明年は敗戦から80周年を迎える。約半世紀にわたる日中戦争の悲惨さを忘れることなく、平和を大切にしていきたい。平和は人々の努力によって守ることができる。日中の若者同士の交流が大切と思う。明年は3年に一度の藤村文学賞交流の年にあたる。成功に向けてともに頑張っていきたい」とあいさつしました。

 来賓として市長代理で、柳沢学総務部長が「藤村文学賞訪中団を協力して準備していきたい。両国間にはぎくしゃくがあるが、両国民の利益のために、民間レベルの交流を進めることが大切であり、協会の活躍を期待している」と述べました。県日中の布施正幸副会長は、「小諸市日中が、藤村文学賞交流という素晴らしい事業を市、議会のご支援の下、長年にわたって実施し、35年を歩んでこられたことに敬意を表したい。昨年コロナ禍が平穏化し交流が再開され、長野県内でも8月の知事訪中、中学生卓球交流大会開催、10・12月の大学生高校生訪中、1・3月の北京・河北省アルペンジュニア選手団の受け入れなどが行われた。世界的な激動、分断、不安定化が進む中で、日中関係を破綻させないことは、アジアと世界の平和繁栄に不可欠。本年は戦後79年、日中国交正常化正常化52年、中国建国75周年にあたる。日中共同声明と平和友好条約の原則を銘記し、隣国中国との不再戦、平和友好を大切にして建設的安定的な友好協力関係を築いていきたい。友好協会は、日本の前途にとって重要な社会的使命を負っていることを自覚して地方民間交流に力をいれていきましょう」と述べ、小諸市日中の活躍に期待しました。

 総会では、23年度の活動報告、決算報告、24年度の活動方針、予算等を承認しました。続いて第2部の祝賀懇親会が和やかに行われました。藤村文学賞にご尽力いただいている山下千鶴子教育長、市会議員の皆さんも出席いただき有意義な会となりました。前会長の佐々木治夫先生も元気な姿を見せていただきました。
 日中スキー交流委員会総会開く (6/27)        

長野県日中スキー交流委員会(北野貴裕会長)は、6月27日、犀北館ホテルにおいて24年度総会を開き、23年度の活動報告・決算報告を承認し、24年度の活動方針などを決定しました。総会には県(スポーツ課・国際交流課)をはじめ県スキー連盟、県日中友好協会、飯山・白馬・野沢温泉の行政・スキークラブ関係者が出席しました。

藍葉裕之県スキー連盟会長代理は、「コロナ禍が平穏化し、対面交流が再開され、昨年夏には知事訪中団とともに北京や河北省を訪問しスキー関係者と今後の日中スキー交流を話し合ってきた。1月には長野県スノーボード訓練隊が河北省張家口市崇礼区のオリンピックハーフパイプコースで訓練してきた。引き続いて1.3月には北京市と河北省のアルペンジュニア選手団を野沢温泉スキー場に迎えて、訓練交流を行った。長野五輪と北京冬季五輪のレガシーを大切に、今後のスキー交流を進めていきたい。今後の活動の柱についてもご議論いただきたい」とあいさつしました。

井澤克行県観光スポーツ部スポーツ振興課長、稲玉稔県国際交流課長、西堀正司県日中友好協会会長、江沢岸生飯山市長がそれぞれの立場から「県や関係自治体、スキー連盟や日中友好協会関係者の努力によって45年にわたって日中スキー交流が行われてきた。コロナ禍による中断はあったが日中スキー交流は貴重な財産だ。阿部知事訪中の成果も踏まえ、北京や河北省とのスキー交流発展とインバウンドの拡大などにも期待したい。28年の国民スポーツ大会スキー競技大会は飯山で行われるのでジャンプ台の改修なども計画されており、3つのレベルのジャンプ台は中国訓練隊受け入れにも対応できる。協力願いたい」などと述べました。

本年度の計画として、中国、河北省、北京市のスキー選手団の受け入れ、北京冬季オリンピック施設を利用した県スノーボード強化合宿訓練隊派遣、アルペンやクロスカントリーチームの吉林省への強化合宿訓練隊派遣など中国側の要望とすり合わせて、可能な範囲で実施していくこと、45年に及ぶ日中スキー交流の歩みの編集準備-などをあげています。

 議事終了後の懇談会では、河野博明連盟顧問から「1980年のレークプラシッド冬季五輪に初参加となった中国スキーナショナルチームメンバーが野沢温泉スキー場で用具を整え訓練したことが長野県と中国とのスキー交流のスタートだった。その後中国スキー協会からの要請で、半日労働半日訓練のスキー研修生の受け入れが継続され、総勢142名に達した。1982年からはスキー用具を送る運動も開始され、累計13万台余りに達した。1990年代以降は訓練集中型の訓練隊受入れとなった。1998年の長野冬季五輪招致に中国側も大いに協力してくれた。それから24年にして2022年の北京冬季五輪が成功裡に開催された。関係者一同にとっても共通の喜びであった。中国の新華社通信などが長野県を訪れ、北京冬季五輪成功は長野県の支援協力の賜物と大々的に紹介したことも銘記しておきたい」などの回顧があり、今後の委員会の方向性として、日中スキー交流の開拓者、片桐匡元県スキー連盟会長の”アジアのスキー振興”を大きな目標として、競技スキーレベルの向上とスキー愛好者の裾野を広げインバウンドの拡大にも結び付けていくこと、日中韓冬季五輪開催地の連携の可能性を研究していくこと、ジャンプ台などの維持管理と有効活用のために県や関係自治体の連携の必要性などが語り合われました。

  日中経済交流促進協議会の24年度総会開く(6/12
  
 長野県日中経済交流促進協議会は、6月12日、長野市内の犀北館ホテルで第48回定期総会を開き新年度の事業方針などを決めました。


 総会で、夏目潔会長は、「国際情勢は激動している。米中対立もアメリカの大統領選の行方によりさらに激化する可能性も指摘されている。中国のIT、EV分野の”補助金”などが欧米から問題視されるなど、デカップリングの傾向が出てきており日中関係も影響を受けている。一方、昨年からコロナ禍が平穏化する中で阿部知事の訪中など交流が再開された。様々な問題はあるが、民間交流・経済交流を基礎に相互信頼関係をはぐくんでいきたい。本総会には日本河北総商会の代表も出席いただいており、当会にご入会いただけることとなった。ご協力いただきながら、河北省とも、経済交流の促進に努めていきたい」とあいさつしました。

 木下育夫・県産業労働部産業政策課長、金子繁三・県日中友好協会副会長が来賓としてあいさつし協議会の活躍に期待しました。

 2023年度の事業報告と決算を承認した後、河北省はじめとした中国との経済交流の促進、県友好訪中団派遣協力、講演会の開催、中国建国75周年記念事業への協力、観光客誘致協力などの24年度の事業計画・予算・役員改選などを決めました。

 総会終了後、郭旭傑中国大使館経済参事官が「中国事情と日中経済交流の課題」と題して記念講演しました。ーー中日両国は一衣帯水の隣国で、日本にとって中国は最大の貿易相手国。サプライチェーンなど深い関係を持っている。昨年11月の習近平・岸田会談、5月の日中韓首脳会談の折の李強・岸田会談では戦略的互恵関係を再確認した。協力の潜在力は大きい。来日前中国で30年にわたりマクロ経済を管理している発展委員会で勤務してきた。日本の経済界の皆さんも日中経済交流を大切に思っていることを承知している。長野県の優れた特徴を生かして精密機械、グリーン関連など交流を発展させていただきたい。多くの皆様に大きな変化を遂げている新しい中国を見に来ていただきたい、などと語りました。

 最後に、祝賀パーティーがおこなわれ交流懇親を深めました。東京から参加いただいた日本河北総商会の魏紫峰会長や葛欣常務副会長は、「長野県と河北省は親戚のように親しい間柄。私たちも協力して両県省の発展に貢献していきたい。」と述べました。経済交流や友好交流談議に花が咲きました。
 中国の端午節に<と餃子の手作り交流昼食会>(6/8)

 長野ラジオ孔子学堂は6月8日、中国の伝統行事端午節(旧暦5月5日:今年は6月10日)に合わせて『粽(ちまき)と餃子の手作り昼食会』を開催しました。33名が参加して粽と餃子作りに挑戦しました。夏丹・長野孔子学堂中国側責任者はじめ日ごろ中国語の老師として活躍されている先生方が、粽や餃子づくりのリーダーとなって、丁寧に指導いただき、30余名分6百個ほどの餃子と粽を作りました。 

餃子づくりは大分ポピュラーになってきましたが、小麦粉をこねて皮作りからの挑戦は初体験の人が多く、なかなかコツがいりました。粽は、笹の葉で三角錐を作りもち米と具を入れてひもでしっかり縛って、最後蒸して出来上がり。苦労して完成させた「作品」は美味しさもひとしおでした。

昼食交流会では、漢語橋中国語コンクールに出場する片桐菜々美さん(高2)が弁論発表と中国舞踊を熱演し大きな拍手が寄せられました。(片桐さんは6月15日の全国コンクールで3位入賞しました!)またメンバーによる二胡やフルス(ひょうたん笛)の演奏や中国語カラオケを楽しみ、楽しい一時を過ごしました。

 飯田日中友好協会定期総会、訪中団派遣と帰国者2世3世支援交流に力(6/1)

 飯田日中友好協会は6月1日、阿智村の満蒙開拓平和記念館ホールにおいて第62回2024年度定期総会を役員会員、来賓など40数名が出席し開きました。

 清水可晴会長は「昨年創立60周年を迎え記念誌の発刊、天竜村平岡での強制連行中国殉難者慰霊祭等記念事業に取り組み平和友好を再確認した。満蒙開拓平和記念館も開館10周年を迎え「1946展」を開催し好評だった。長年ご苦労いただいた役員に感謝し、新しい役員に加わっていただき新しいスタイルの活動にも取り組んでいきたい。新年度は9月に大連・瀋陽に訪中団を派遣するとともに、帰国者支援活動を1世から2・3世へと広げて行きたい。記念館の語り部活動、自治体パートナー働きかけなどに協力していきたい。日中間のぎくしゃくなど困難があるが、”前事不忘、後事之師”を胸に民間としての友好活動を進めていきたい」とあいさつしました。

 来賓として、佐藤健飯田市長、熊谷秀樹阿智村村長、唐木飯田福祉事務所長、川上信彦・武村直子・早川大地の各県会議員などが出席しました。布施正幸県日中副会長は、来賓あいさつの中で、高波謙二会長逝去を受けて、西堀正司新会長の体制がスタートしたことを報告したのち、「飯田日中の先達の皆さんが開拓団送出と悲惨な体験への深い思いと、強制連行殉難烈士慰霊事業の取り組みを出発点に協会を設立し以来、日中不再戦、平和友好の道を60年の長きにわたり、歩み続けてきた。満蒙開拓平和記念館は開館から10年平和のメッセージを発し続けてきた。先輩の思いを受け継ぎ友好に努力されている皆様に心より敬意を表したい。コロナが平穏化し、昨年から交流が再開され、河北省との友好40周年に際して知事を団長とする訪中団も成果を上げた。卓球交流大会や大学生高校生訪中交流、スキー選手団受け入れ交流などが行われた。米中対立が激化する中で日中関係は困難な時期を迎えているが、全国友好協会設立に尽力された内山完造先生と魯迅の戦時下にあっても途切れることのなっかた友情を思い起こし、「日中友好は最大の安全保障」の言葉を銘記してともに地方民間交流・日中友好を進めていきましょう」とあいさつしました。

 23年度の活動報告、同決算報告、女性委員会と青年委員会の活動・決算報告が承認され、24年度の活動方針、同予算、役員改選が提案採択されました。役員改選では長年、理事長を務められた小林勝人さんが副会長に、新理事長に三石高亜樹さんが就任しました。また記念館の活動報告が寺沢秀文館長より行われました。

 第2部の講演とパネルディスカッションでは「中国帰国者2・3世のこれまでの歩み」をテーマにまず、元熊本保健科学大学の伊吹唯講師が<帰国者の世代間の違いについて理解を深める>ことを目的に話をされたのち、パネラーとして帰国者2世の宮島栄二さんと3世の古俣優華さんが加わりそれぞれの生い立ちを紹介し、中国と日本での生活を語りました。第3部の昼食交流会では打ち解けた懇談が行われました。
 須坂市日中友好協会定期総会、四平市との友好30周年訪中団派遣へ(5/26)

須坂市日中好協会2024年度定期総会は、5月26日、旭ヶ丘ふれあいプラザにおいて開催されました。

 開会に先立ち、事務局長から長野県日中友好協会第7代会長に西堀正司氏が就任されたとの報告があり、参加者一同から祝意の拍手が起こりました。

冒頭の会長挨拶で、三木会長は先に紹介があった、西堀正司氏の長野県日中友好協会会長就任に触れ、西堀さんは、民間人の立場でこれまで様々な日中友好に携わってこられた。長年の地道な活動や真摯な活動によって中国要人とも深い関係を築いてこられたと祝意を表しました。さらに、今年は友好都市四平市との友好都市締結30周年を迎え、8月には、中学生を伴って四平市を訪問する予定で準備を進めている。一層の友好関係を築いてまいりたい、と挨拶しました。

来賓の長野県日中友好協会大月理事長からは、理事長として日中友好活動の状況を考えたとき、非常に難しい局面がある。4年近くコロナによって日中友好活動が中断され、会員の減少、財政力の低下等困難な状況にある。こうした時期に西堀新会長就任ということで、私も大変嬉しく思っている。尊敬できるリーダーの下で、全国的にも素晴らしいと言われている長野県の日中友好交流活動を、しっかりと前へ進めていきたい。日中友好運動は、単なる国際親善や国際交流ではなく、平和を守り、平和を将来に向けて紡いでいく重要な活動であると思っている。ぜひ引き続き皆さんのご支援、ご協力をお願いしたいとの挨拶がありました。

 2023年度活動報告、決算報告、2024年度活動方針、予算などすべての議事について提案どおり可決成立し、新年度のスタートを切りました。

第二部として、新たに県日中会長に就任された、(公社)日中友好協会西堀専務理事の「最新中国事情」と題する講演を行っていただきました。(須坂市日中事務局長 山崎始)

 中日友好協会から祝賀メッセージ届く、西堀新会長の就任を祝う(5/吉日)

 この度、中日友好協会より、西堀正司会長の就任を祝って賀信(祝賀メッセージ)が届きました。ここに紹介させていただきます。内容は下記の通り。

 
                 祝賀メッセージ

 長野県日中友好協会
 会長 西堀正司 先生

 この度、先生が長野県日中友好協会会長にご当選されましたこと、心よりお祝い申し上げます。

 先生は青年時代から日中友好運動に身を投じ、日中友好協会の発展と私たち両協会間の交流と協力を促進するため、多大なご努力を払われました。

 長野県日中友好協会は歴代会長と先生のご指導の下、長きにわたり、日中友好事業にご尽力され、長野県の対中友好交流と協力を推し進め、両国民の相互理解と友情を増進するため積極的なご貢献をなされました。それに対し、衷心より敬意を表します。

 長年来、長野県日中友好協会と当協会は緊密に交流し、深い友情を結びました。先生の長野県日中友好協会会長ご当選を契機に、双方の協力を一層強化しともに中日両国民間友好を促進していく所存です。長野県日中友好協会が先生のご指導の下、中日関係の改善と発展のため、中日世代友好のため、より大きな貢献をなされていくことを心より期待しております。

 最後に、先生の益々のご健勝と、長野県日中友好協会の益々のご発展をお祈り申し上げます。

         中日友好協会
         2024年5月吉日
 第62回県日中友好協会定期大会を開催
西堀正司氏を新会長に選出、地方民間交流の再活性化に尽力(5/22)


   長野県日中友好協会は、5月22日長野市内のホテル犀北館で第62回2024年度定期大会を開きました。定期大会には県内各地から110人が出席しました。
 
 定期大会では、コロナ禍の平穏化に伴い再開された交流の成果を踏まえ、中国建国75周年を記念しての訪中団を10月に派遣すること、地方民間交流を再活性化させ友好関係の発展、相互信頼関係の回復を図るなどの新年度の活動方針を決定しました。また昨年10月逝去された高波謙二氏の後任の会長に西堀正司会長代行を選出しました。来賓として、阿部守一知事や楊宇中国大使館公使らが出席され激励をいただきました。

◇第1部定期大会の概況

 松本華恵県青年委員長の司会で大会がスタート。布施正幸副会長が開会を宣言したのち、高波会長はじめこの1年間に物故された皆様に黙祷を捧げました。

 
 西堀会長代行があいさつし、日ごろの協力に感謝を表した後、「国際情勢が激動し各地で戦争が起こっている中、日中関係の悪化をくい止め日中平和友好条約の精神と原則にのっとり平和友好を目指していきたい。日中両国は同じ天の下にある隣国であり、県内にも1万人近い中国関係の皆さんが生活している。友好協会は民間の立場から、日中関係を改善発展させ新しい友好関係を作っていくために、県民の皆さんとともに熱意をもって一層の努力を傾けていきたい」と述べました。

 阿部知事は、定期大会の盛会に祝意を表した後、「昨年は河北省との友好40周年にあたり、友好協会の皆様とともに、河北省や北京を訪問させていただき、中国の皆様方と、しっかり友好交流関係を深めていこうと確認をさせていただいた。私は県知事として、皆様方に築いていただいた、強固な友好交流の基盤の上に立って、内政面では、外国人の方々、中国の皆様にとって暮らしやすい県に、対外的には、世界共通の課題を世界の国々、地域と協力しながら対応していきたい。世界で紛争が起きているが、外交努力とともに市民レベルの交流が極めて重要だと思っている。世界は深刻な気候変動に見舞われており、もはや紛争を起こしている場合ではなく、力を合わせてこの問題に取り組んでいくべきと思う。皆様方と力を合わせて、日本と中国が、よりしっかりとした信頼関係で結ばれた関係になるよう取り組んでいきたい」とあいさつしました。続いて来賓紹介と祝電披露が行われました。

 議長に原山武文(飯綱)・池田真理子(飯田)の両氏、大会運営委員に宮沢信代(長)・宮崎常夫・清水清利・牛山好子・矢島庄一の各氏、大会書記に佐野修一・山崎始の両氏、議事録署名人に米山達雄・松原京子の両氏、役員選考委員に福島信行(長)・金子繁三・小林隆利・小林勝人の各氏を選出し、宮沢運営委員長の大会成立報告を受けて議事に入りました。

2023年度の活動報告(中澤保範事務局長)、決算報告(吉岡弘海会計理事)、会計監査報告(小柳邦義監事)を承認した後、2024年度の活動方針(大月良則理事長+寺沢秀文満蒙開拓記念館長)、予算(土屋博財政委員長)を採択しました。

 活動報告では、コロナ禍の平穏化のもとで交流が再開され、昨年5月には呉江浩大使を迎え、8月には河北省との友好県省40周年を記念し、知事はじめ各界の代表者と県協会代表60名の大型代表団を編成し、北京市、河北省などを訪問し今後の友好交流を方向付ける大成功の訪問となった。また、河北省など5友好都市から中学生卓球選手団を招いて卓球交流大会を開催し友好を深めた。10月、12月には河北省と雲南省へ大学生、高校生計50名を派遣し、1月、3月には、北京市と河北省からアルペンスキージュニア選手団各14名を受け入れた。将来の日中友好交流を担う青少年交流は、両国の善隣友好の絆をより強固なものとし、日中関係を支える基盤となることを確認しました。

 
本年度の活動方針では前年の成果を踏まえ、交流を更に進め、中国建国75周年記念友好訪中団の派遣や河北省・北京市などとの交流、スキー交流、青年学生の相互交流を実施し、日中平和友好条約の原点を再確認して日中不再戦、平和友好の使命を果たし世界の平和繁栄に貢献していくこととしました。

 役員改選では、福島役員選考委員長が、会長選考委員会や理事会の論議を踏まえ、西堀正司会長代行を新会長に選任すること、併せて名誉会長の阿部守一知事をはじめとした役員の留任を提案し承認されました。(風間辰一県日中議連会長・大日方貞一信濃教育会会長・若林透県医師会会は役職指名で変更、監事は3名のうち高田忍氏新任)

 続いて、大会スローガン(塚田壮一・長野市日中理事)と大会宣言(橋本孝子県女性委員)が提案され採択されました。

 議事終了後、女性委員会のリードで、全員で「永遠の友情を」を斉唱し友好を誓いました。足立正則・副会長の閉会あいさつで第1部は終了しました。


 ◇第2部祝賀パーティー

 金子繁三副会長の開会あいさつに続いて、西堀正司新会長があいさつしました。「コロナ禍の中断を経て昨年交流が再開された。本年は中国建国75周年、友好協会は74周年になる。当時の日中関係は東西冷戦のさなかで、今とは比較にならない困難な情勢だった。現在、政府間には冷たい風も吹いているが我々民間は恐れない。困難があれば、一層頑張って、地方民間交流を進める決意だ。組織の拡充、県民ぐるみの運動を展開し友好関係を作っていきたい」と力強くあいさつし、協力を呼びかけました。

 楊宇公使は長野県日中友好協会の日頃の活躍をたたえ、西堀新会長のもと県協会のさらなる発展に期待したのち「昨年の呉大使の長野県訪問、知事を団長とする河北省友好訪問、雲南省への学生訪中団派遣など成果をあげた。日中両国の互恵協力を発展させるために、リスクをコントロールして、関係発展をともに目指していきたい。友好の信念を持ち、友好の力を結集し、特に若い世代が積極的に力強いエネルギーを注ぐことを期待している。官民協力して更に成果を上げられることを願っています」と激励しました。
 
 清水裕之県企画振興部長、若林健太(代)・井出庸生(代)・中川宏昌(代)衆議院議員、小林東一郎、荒井武志、埋橋茂人、中川博司、勝山秀夫県議から祝辞をいただきました。王昌勝県華僑総会会長の音頭で乾杯し懇親会に入りました。高山賢人さんの二胡の演奏に聞き入りながら和やかな懇親交流となりました。中村英雄県商工会連合会専務理事の音頭で協会の活躍を祈って三本締め、足立副会長の閉会のあいさつですべての日程が終了しました

 来賓として前記各氏のほか、劉丙鑫2等書記官、季国昕アタッシュエ、夏丹中国伝媒大学長野孔子学堂責任者、稲玉稔県国際交流課長、小池綾菜国際交流課係長、古澤暁美長野市国際室長、山田晃飯山市教育長、大日方貞一信濃教育会会長、保谷芳宏県経営者協会総務部長、鈴木幸一県中小企業団体中央会事務局長、井出英治県信用保証協会常務理事、平井博長野大学理事長、酒井康成松本歯科大学対外交流室主幹、藍葉裕之県スキー連盟副会長、河野政巳県スキー連盟専務理事、岡村重信ヒューマン・パワープラニング代表、寺沢秀文満蒙開拓平和記念館館長、茂木博県人民中国読者会会長らが出席しました。 また祝電が多数寄せられました。
 第27期日中連続市民講座⑥「新たなステージを迎える日中ビジネス」 (4/20)

 第27期第6回日中関係を考える連続市民講座が4月20日、日中友好センター教室において開かれ、松本大学大学院教授で中国経済や地域中小企業の研究が専門の兼村智也先生が「新たなステージを迎える日中ビジネス」と題して講演しました。講座には約20人が出席し熱心に聴講しました。

 兼村先生は、次のように述べました。

①長野県の中国進出企業数の推移は、2022年6月で180社(香港除く)でピーク時2012年に比べ32.1%減となっている。その理由は、人件費の高騰や環境規制強化などにより「輸出基地」としての優位性が低下、国家安全に関わる戦略物資の輸出規制、データ管理の強化、ゼロコロナ政策の後遺症、生産拠点の移設・分散、取引先の動きと連動しての撤退などがある。

②今後1~2年の事業展開の方向性は、拡大が45.5%のなか、中国は27.7%で初めて3割を下回る。ASEANが中国を上回っている。八十二銀行は香港支店を廃止してシンガポールを支店に昇格。(香港情勢の変化を踏まえた動き)

③中国自動車産業のEV化の進展に伴い、日経メーカーの販売台数が伸び悩み→県内自動車部品関連メーカは中国依存を減らしている。残存者利益を求めるメーカーや、日本からの外注先として位置付けるメーカーも(信頼できる中国人幹部に経営を移管)。

④まとめ:政治的+経済的影響で長野県進出企業の業績は低下。中国でビジネスを継続する企業は経営を信頼できる中国人に任せ、かつ切り離し可能な分業体制を構築して対応している。

 講演終了後、対中貿易が依然として対米貿易を上回っている現状(日中貿易は日米貿易の1.3倍)について、中国市場の魅力について、中国から見た日本などについて質問や意見が活発にだされました。

 第27期講座はこれで終了し、来期は11月からスタートする予定です。ご協力ありがとうございました。

 2024年度長野ラジオ孔子学堂中国語講座がスタート(4/3・4・5)

 2024年度長野ラジオ孔子学堂中国語講座がスタートしました。4月3日、4日、5日開講式が開かれました。

 入門、初級、中級、上級のそれぞれ昼の部・夜の部が開設されています。コロナ禍も平穏化し、対面授業を主として進めていくことになります。

 開講式では、安芸洋一学堂長、布施正幸・夏丹執行理事が「中国語は友好の懸け橋。中国語を学び中国の文化を理解し、友好交流に役立てていってください。HSK中国語検定や中国語スピーチコンテスト、中国文化講座などの参加機会もあるので、レベルアップを目指して頑張ってください」 とあいさつ。 受け持ちの範為為、顧淑鳳、呉劭昱、姚海玲老師(先生)から一緒に楽しく学んでいきましょうと激励されました。

 戸井田靜男事務局長から、講座運営や孔子学堂の実施事業の紹介などが行われ、受講生の皆さんはそれぞれの教室に分かれて早速授業が行われました。
 第27期日中連続市民講座⑤「墨子の非攻論」(3/23)

 第27期第5回日中関係を考える連続市民講座が3月23日、日中友好センター教室において開かれ、早坂俊廣信州大学人文学部教授が「中国古代の思想家・墨子の<非攻>論」と題して講演しました。講座には20人が出席し熱心に聴講しました。

 早坂先生は、世界各地で戦乱が拡大し、危惧される現代において、2400年前の春秋戦国時代に、<非攻><兼愛>を説き活躍した思想家墨子の思想に新たな光が当てられているとして、半藤一利氏の『墨子よみがえる ”非戦”への奮闘努力のために』(平凡社)、森三樹三郎訳の『墨子』(ちくま学芸文庫)、魯迅の『非攻』(光文社古典新訳文庫)、酒見賢一の『墨攻』(新潮文庫)、湯浅邦弘の『諸子百家 儒家・墨家・道家・法家・兵家』(中公新書)等を紹介しながら講義しました。

◇はじめに:半藤氏は『墨子よみがえる』の中で「平和な世界にせねばならないと悪戦苦闘した人が墨子」であり、墨子は「兼愛」という「普遍的人類愛」を説いた。愛の普遍を求めるならば当然平和を求める(国際的徹底平和主義)。兼愛の根拠として主宰者としての天を認めた等と述べている。---これらについて、原典に立ち返って検討してみたい。

◇墨子の<非攻>論:「もし1人を殺せば不義といい100人を殺せば100の死罪を犯したと非難する。しかし今、他国を責めるという大きな不義を働く者がいても、これを非難せず、かえってこれを誉めて正義という。まことに不義の何たるかを知らぬといわねばならない。」(森三樹三郎訳の『墨子』)

◇墨子の<兼愛>論:天下の害の生じる根本は互いに愛し合わぬところから生ずる。諸侯が相愛すれば野に戦うこともなく、人と人が相愛すれば害しあうこともなくなる。天下の禍難や争奪怨恨を生じさせないようにできるのは、相愛するという道があるのみである。(『墨子』)

◇墨子の<天志>論:天は義を欲し、不義を憎む。天下の万民をひきいて義に努力することが、とりもなおさず自分が天の欲することをすることである。天が義を欲し不義を憎むことを知る理由は、天下のものすべて、義あるときには生き、義なきときは死し、義あるときは富、義なきときは貧しく、義あるときは治まり義なきときは乱れるからである。天の意思に従うとは、兼ねて相愛し、交ごも相利すことであり、その結果として必ず天の賞を得るのである。大国でありながら、小国を攻めることなく、大家でありながら小家を奪うことなく、強者でありながら弱者をおびやかさず貴き身分にありながら賤人におごらず、智謀を持ちながら愚者を欺くことがなければ、必ず上は天を利し、中は鬼神を利し、下は人を利する。(『墨子』)

◇以上の墨子の原典を踏まえて半藤氏の墨子評価を検討してみたい。

◇「平和な世界にせねばならないと悪戦苦闘した人が墨子」という理解は正しいが、悪戦苦闘は平和それ自体の希求というよりは「天の志」に合致した生き方を追求した結果である。「兼愛」という「普遍的人類愛」については、「自分を愛するように他人も愛する」ことが「天下の利」をもたらすと考えただけである。「国際的徹底平和主義」については墨子の主張はあくまで、<非攻>であり、大国が小国を侵略することを「不義」だと強く非難したが、防衛能力の保持・行使は否定していない。また「天」や「神」が「兼愛の根拠」であることに間違いはないが、現代的な意味でとらえるべきではない。(魯迅の『非攻』、酒見賢一の『墨攻』)

◇「すべての人が兼愛を実践していけば結果として博愛・平等愛の世界が実現するが、それは結果であり、最初から万人を平等に愛せよとは言っていない。墨子は「倶に天をいただく」者同士の相互尊重を説いた。それは単純な理想論から発せられたものではなく、「そうすることが結果として天下全体に幸福と利益をもたらすのだ」(兼相愛、交相利)という現実的でしたたかな読みが根底にあった。(湯浅邦弘の『諸子百家 儒家・墨家・道家・法家・兵家』)

 ◎なぜ墨家は滅び、儒家は継続発展したのか、なぜ危機の時代に墨家はよみがえるのか、現代中国では墨家はどう受け止められているか、墨家の思想は反覇権主義といってよいか、など参加者から多くの質問や意見が出されました。

 中国帰国者援護市町村担当者研修会、満蒙開拓平和記念館で開く(3/21)

 長野県健康福祉部地域福祉課と長野県日中友好協会中国帰国者交流センターは中国帰国者援護に係る市町村担当者研修会を3月21日、満蒙開拓平和記念館で開きました。県・市町村・友好協会の帰国者支援に携わる25人の担当者が参加しました

 はじめに、三沢亜紀事務局長さんの案内で記念館を参観、開拓団と中国残留孤児の歴史背景について展示資料に基づき説明を受けました。開拓団の悲惨な逃避行を克明に描いた三石忠勇さん(82歳=佐久市、黒台信濃村開拓団当時14歳)の素描展が開催されており 強い印象を受けました。

 参観後、セミナーハウスにて講演会が行われました。オンラインで参加した県地域福祉課の百瀬志津子課長補佐兼自立支援・援護係長に代わって、宮坂祥真主事と県日中友好協会の布施正幸副会長があいさつし県内の各市町村で帰国者援護の第一線で活躍されている担当者の日ごろの活動に感謝しました。

布施副会長は、帰国者日本語教室の運営協力に感謝した後、「“前事不忘、後事之師”と刻まれた「平和」の記念碑が記念館の一角に建てられているが、日中不再戦・平和友好は帰国者の皆さんの心からの願いだ。1世の皆さんが高齢化し介護が課題となり、2世の皆さんも定年を迎える年代に入っている。幸せな老後を送れるよう協会も担当者の皆さんとともに力を尽くしていきたい。また3世4世の皆さんがかかえている教育現場での問題にも目をむけ、歴史を知って自分のルーツに誇りをもって生きていける環境を作っていきたい。中国語も忘れることなく帰国者の皆さんが日中友好の架け橋として活躍されることを願っている」などとあいさつしました。

 三沢亜紀事務局長が「満蒙開拓と中国残留邦人について」と題して講演しました。三沢事務局長は広島出身で記念館の立ち上げからその後の運営に情熱を傾けて携わってきました。広島の平和教育の体験をベースに国策の被害者であると同時に侵略の加害者でもあった満蒙開拓団の歴史に真摯に取り組んできた実践に裏付けられた講演は感動を与えました。講演の概略は下記の通りです。(文責編集部)

――私は広島生まれ、広島原爆の地にあって平和学習の中で育った。飯田の人とご縁がありこちらにやって来た。当初、飯田下伊那には戦争の傷跡が残っていないように見えた。開拓団を長野県が全国で最も多く送り出し、中でも飯田下伊那地域が県内で最も多く、悲惨な逃避行で大勢が犠牲になったことを知って自分も何かしなければと思うようになった。

この歴史を長野県でも知らない人が増えている。開拓団は当事者にとって向き合いにくい不都合な歴史でもある。当事者が語れない「満州」。送り出された側、送り出した側にとって語りたくない不都合な事情がある。しかし、不都合な歴史、加害の歴史に向き合っていく必要があると思う。原爆や大空襲など被害の歴史を語り継ぐだけでなく、加害の歴史も語り継いでいくことが、平和にとって大切と思う。

1931年の満州事変から「満州国」建国・開拓団送出と続いていくが、政府は500万人満州への移民計画を策定し、「20町歩の地主になれる」と宣伝し、開拓団を送り出した村には国の補助金を出すなどの方策を講じ、国策を推し進めた。①農村経済の立て直し、過剰人口対策、②満州の実効支配、対ソ防衛、③戦争協力のどの目的があった。結果として開拓団は27万人だったが、長野県は全国ダントツ1位の3.3万人を送り出した。青少年義勇軍として子供たちも大勢送り出した。教育会もこれに協力した。

昭和20年8月9日、ソ連の侵攻が始まった。働き手の男たちは現地徴兵されていて、開拓団には老人と女子供しか残されていなかった。しかも、関東軍は密かに大連ー新京ー図門を結ぶ三角地帯以北は放棄し軍を撤退させる作戦を実行していた。何も知らされず取り残された開拓団の人々は悲惨な逃避行で大勢がなくなった。引き続いての厳冬の収容所で死亡者が相次いだ。長野県関係者も半数がなくなっている。三石忠勇さんの絵が記念館に飾られているが極限状態が象徴的に描かれていて胸に響く。

1946年から53年に「満州」からの引き揚げが行われたが、この時諸事情で帰国できなかった人々が残留孤児・残留婦人と言われる。

山本慈照・長岳寺住職は自らも開拓団の教師として家族とともに渡満し、その後シベリア抑留され家族が行方知れずとなった体験者で、「日中友好手をつなぐ会」を立ち上げ、残留孤児の肉親捜しに全力を傾けた方だ。映画「望郷の鐘」の主人公で「中国残留孤児の父」とよばれる。

歴史を学ぶことによってふたたび悲惨な戦争を繰り返さない、平和のメッセージを発信し続けていきたい。――

 講演終了後、宮坂主事から「中国残留邦人等の概況及び支援策について」などの報告が行われました。

 河北省張家口からアルペンジュニア選手、野沢温泉スキー場訓練・交流(3/10~16)

 2022年の北京冬季オリンピックのスキー競技開催地の河北省張家口市からルペンジュニア選手団一行14名が3月10日から16日まで、県日中スキー交流委員会の招きで来県しました。選手は中学1年から高校2年にあたる10名(いづれも張家口市宣化区第2中学学生)及び役員・コーチなどで、野沢温泉スキー場で野沢温泉スキークラブの指導の下、トレーニングを重ねたほか、全国大会優勝経験を重ねている地元の飯山高校スキー部の皆さんとも交流しました。

 3月14日、一行は、県スキー連盟や、県日中友好協会役員とともに県庁を訪れ阿部守一知事を表敬訪問しました。

 阿部知事は一行を温かく歓迎し「長野県と河北省は友好提携以来40年にわたり青少年交流や産業交流などを通じて信頼関係を深めてきました。中でもスキー交流は県日中友好協会や県スキー連盟の尽力・協力のもと長きにわたってい継続され成果を上げてきた。冬季オリンピック開催経験のある、長野県と河北省は共通の基盤を有している。野沢温泉スキー場は優れた雪質、スキー指導者がいて条件に恵まれている。青少年同士が交流を通じ、友情をはぐくみ技術を向上させていってほしい。世界を目指し、また両県省の友好交流に貢献していただきたい」とあいさつし、健闘を祈りました。阿部知事は昨年8月河北省との友好県省締結40周年を記念し河北省を訪問し、スキー交流や青少年交流などで協力を継続していくことを約しています。

 蘇悦団長(張家口市体育総会秘書長)(36)は、親切な歓迎に感謝したのち「冬季オリンピックの開催地として共通点があり、親しみを感じています。河北省張家口市のスキーの発展のために私心のない大変なご支持をいただいたことに心より感謝したい。長年の交流を通じて強固な友好を築いてきました。今後とも青少年交流やスキー交流を継続発展させていきたい」と述べました。また、蘆成林コーチ(28)からは「条件に恵まれた野沢温泉スキー場で、河野博明先生はじめ皆様にご指導いただき大変勉強になりました」と感謝されました。

 張家口市宣化区第2中学はスキー選手養成の学校としても有名だそうです。また河北省のスキー人口は約100万人、張家口市のスキー人口は約10万人、スキー愛好者が増える中で、条件の良い長野県に観光スキーに訪れる方も増えるでしょうとの話も出ました。

 一行は、その後、市内のレストランで県日中スキー交流委員会主催の歓迎会に出席し、関係者から熱烈歓迎を受けました。

  第43回日中友好スキー交流会、5年ぶり50人が楽しく交流(2/25~26)

 長野県日中友好協会女性委員会と同青年委員会の主催により、2月25、26日の両日、山ノ内町の竜王スキーパーク(宿泊は楽奇温泉旅館)において、第43回日中スキー交流会が開かれました。中国大使館・帰国者・華僑華人・友好協会会員の皆さんなど50人が参加して5年ぶりの楽しいスキー交流会となりました。

 開会式は楽奇温泉旅館で行われ、石﨑琢哉実行委員長の司会で、宮沢信代女性委員長が開会を宣言、西堀正司県日中会長代行が、あいさつ。「コロナが明け、5年ぶりのスキー交流会が関係者のご協力によって開催できた。参加者が心を通わせ、ケガの無いよう日中友好の楽しいスキー交流会にしましょう」と呼びかけました。

 初級レベルの皆さんの指導に当たる、宮崎常夫・小林敏・三井正美・小坂秀人らの各氏が紹介され全員の記念撮影の後、直ちにホテルのバスでスキー場に向かいました。13:30から16:30、1日目のスキーやスノーボードの教室がおこなわれました。初心者もマンツーマンの指導でだんだんと直滑降やボーゲンのコツを覚え滑れるようになっていきました。

 夜の交流会では、西村源さんの司会で、松本華恵青年委員長が開会の辞を述べ、布施正幸県日中副会長がスワロースキー㈱(丸山哲社長)や、楽奇温泉旅館(小林潤子代表)の協力のもと5年ぶりに友人を迎えスキー交流会を開催できたことに感謝し、「中国大使館、帰国者、華僑華人の皆さんと顔を合わせて交流できることはうれしい。友情を深め日中の平和友好に貢献していきましょう」とあいさつしました。

 大使館の5名を代表して劉丙鑫2等書記官が参加できたことに感謝し、日中友好を深め、スキーレベルの向上にチャレンジしたいとあいさつしました。王昌勝県華僑総会会長の音頭で乾杯、懇親会に入りました。女性委員会メンバーによるフラダンスや、、中国や日本の歌などが披露され、賑やかな懇親交流会となりました。じゃんけんゲームではたくさんの景品が用意されていました。中締めを、足立正則飯山日中会長が行い余韻冷めやらぬ中、一次会終了となりました。会場を移動してカラオケのど自慢交流が行われました。

 2日目もまずまずのスキー日和でした。自信をもって滑り降りる姿が目立つようになりました。スキー教室を終えて、昼食そして閉会式。松原京子さんの司会で、宮沢女性委員長が、スキー交流会が成功裏に無事、楽しく実施できたことに感謝。参加者代表の5名から感想発表がありました。「スキーを滑れるようになり、楽しい思い出になりました」 「来年もまた参加したい」とのうれしい感想が聞かれました。東京や横浜からの友人参加や飯山・中野・須坂・長野・上田・松本・飯田などから参加があり有意義な交流がで来ました。

 青年委員会と女性委員会のメンバーは多忙な中、準備に当たり、当日もピンクや黄緑のジャンバーを羽織って、受付、用具の手配、会の進行にと大活躍でした。
 第27期日中連続市民講座④「杜甫の自伝的長編詩を読む」(2/18)

 第27期第4回日中関係を考える連続市民講座が2月18日、日中友好センター教室において開かれ、中国文学専門で長野県立大学教授の谷口真由実先生が「杜甫の自伝的長編詩を読む」と題して講演しました。講座には20人が出席し熱心に聴講しました。

 谷口先生は、中国文学に見る自伝詩の歴史を紹介したのち、杜甫の自伝的作品を取り上げ解説しました。

◇唐代の詩人杜甫は多くの自伝詩を残しており、自伝詩人といわれている。その詩は3種に分類される。①すべての作品が自身の生活、経歴を反映している。②人生の節目ごとに作られた、時事を含めて回顧した長編詩=「詠懐古五百字」、「北征」、「秋日菱府詠懐一百韻」など。③晩年に一生を総括した、純粋に自伝的な作品=「壮遊」、「昔遊」など。

◇杜甫の晩年の自伝的な一連の詩は、いずれも安史の乱に始まる激動の時代を回顧する作品であり、自伝的な詩といえる。その中でも「壮遊」の詩は、世の中の転変に重心を置くのではなく、自分の変化を描いている点、自伝詩と呼ぶにふさわしい。(今回は省く)

◇今回は、安史の乱下における杜甫の自伝的な詩「北征」を取り上げて解説された。
 制作時期は、至徳2年(757年)、この時を起点に安史の乱勃発に遡って振り返り、事件や状況の刻々とした変化を回顧する場面が、作品の随所に織り込まれている。杜甫は、都での賊軍による軟禁状態からようやく脱出し、粛宗(玄宗の後継)のもとに駆け付け、その功により左拾遺の官を授けられた直後、宰相の房琯を弁護したために、皇帝の逆鱗に触れ、解職されて、帰省する。家族との再会は切望していたことであったが、このような形で暇を出されることは恥ずかしく、不満に感じてもいた。このように葛藤・煩悶の状況下で作られたのがこの「北征」詩である。この詩は五段落で構成されている。(1)旅立ちの経緯、目的が述べられる。併せて都を立ち去りがたい思いも描かれる。(2)帰省の途上目にした情景を詠じ、自然の恵みと同時に、白骨を見ては動乱の初期官軍の敗退、人々の死を回想する。(3)1年ぶりの家族との再会の喜びを描く。妻や子供たちが貧窮生活を送っていたことも詳細に表現されている。(4)現在の時局を述べる。官軍がウイグルの助けを得て禍を福に転じ賊軍を撃退してほしいと期待を述べる。(5)反乱勃発の当初を回顧し、陳将軍が、玄宗政治の過誤を正し楊家一族の処罰を要求したことへの賞賛を述べる。更に粛宗の中興により腐敗政治が刷新され唐王朝復興ができるであろうと期待を述べて結んでいる。
◎全体の構成を見て気づくのは、公的な存在としての杜甫のまなざしがとらえた、情景や思索に加えて、一人の人間としてのまなざしからとらえられた家族一人ひとりの動作の描写や情感が盛り込まれ、多元的な場面がおりなされていること。ーー更に詩文の主要な部分を紹介解説していただいた。

 第29回県日中友好都市交流会議、コロナ明け交流を再開(2/16)

 第29回県日中友好都市交流会議が2月16日、長野市の日中友好センターで4年ぶりに対面で開かれました。県、県協会及び関係自治体の国際交流担当者と日中友好協会役員19名が参加してそれぞれの友好都市交流の現状を報告し、意見交換を行いました。

 冒頭のあいさつで、稲玉稔・県国際交流課課長は「日頃の交流推進と協力に感謝したい。3年間のコロナ禍が明け、昨年夏には知事を団長とする訪中も実現した。河北省との交流継続を確認、北京市との交流協定締結などが行われた。情報交換を通じて、連携を深め、友好都市交流を進めていきたい」と述べました。

 また西堀正司・県日中友好協会会長代行は、日頃の日中友好のご尽力に敬意を表したのち、「コロナ禍による3年間の交流中断が昨年終わった。スタートを切って昨年4月に友好協会本部訪中団が派遣され、中日友好協会など中国側と話し合い新しい時代の交流関係を作っていくことで意見の一致を見た。地方民間交流と人事・経済分野の交流は重要な柱だ。意見交換を通じて地方民間交流を推進していきたい」とあいさつしました。

 参加者の自己紹介の後、担当者から報告が行われました。

◇県では、2023年度事業として①国際交流員による活動、②河北省との友好提携40周年記念しての8月知事を団長とした60名の友好訪中団派遣、河北省長、北京市長や中国対外友好協会、国家体育総局等の要人と会談し、青少年交流、冬季スポーツ交流、観光交流促進などを要請した。③ホストタウンNAGANO大学生国際交流リーダー育成事業(長野県・河北省大学連携交流(河北省の大学生受け入れ、河北大学へ研修員派遣、河北大学インターンシップ生受入れ)、河北省企業誘致プロモーション受け入れ、河北省及び北京市とのスキー交流を実施した。また5月に呉江浩大使来県を歓迎し、今後の交流について協力を約した。24年度は、①国際交流員による活動、②河北省との40周年記念 河北省代表団の受け入れと記念式典、北京市とのジュニアスキー選手団などの受け入れと青少年交流事業、大学生国際交流リーダー育成事業(養成講座・河北大学生との交流)、長野県・河北省大学連携交流事業(大学生受け入れ、研修員派遣各5名)、中国大学生インターンシップ生受け入れ事業などを予定している。

◇県日中友好協会では、23年度、日中平和友好条約45周年・河北省との友好40周年に当たりコロナ禍の平穏化を受けて、記念事業に取り組んだ。5月の定期大会に合わせて呉江浩大使の来県歓迎、8月の知事訪中同行と記念式典参加、友好都市から卓球選手を招いての日中友好都市卓球交流大会開催、9・10月の強制連行中国人殉難烈士慰霊祭(天龍村平岡・木曽町三岳)開催、10・11月の大学生・高校生50名の河北省・雲南省への派遣、11月の県女性委員会バスツアーで大使館訪問、1月の日中友好新春講演会と新年会開催、2月の日中スキー交流会開催、日中スキー交流の継続実施(県日中スキー交流委員会事業として県スノーボード訓練隊の河北省張家口への派遣、北京市・河北省からアルペンジュニア選手団受け入れなど実施)、中国語講座とスピーチコンテスト、第27期日中関係を考える連続市民講座、中国帰国者日本語教室と帰国者援護に係る市町村担当者研修会などに取り組んだ。24年度は河北省との友好40周年後半事業への協力、友好訪中団の派遣、記念講演と祝賀のつどいの開催、連続市民講座、中国語講座とスピーチコンテスト、帰国者支援交流などに取り組む。

◇長野市では23年度石家庄市中学生友好代表団12名受け入れ、長野市青少年友好交流団21名派遣、石家荘市語学研修生2名受け入れ、長野市語学研修生2名派遣、石家荘市友好視察団4名受け入れ、荻原市長トップセールス事業訪中派遣、日中友好都市中学生卓球交流大会開などに市日中友好協会などの協力を得て取り組んだ。24年度は石家庄市中学生友好代表団受け入れ、長野市中学生友好代表団派遣、石家荘市語学研修生受け入れ、長野市語学研修生派遣、石家荘市友好視察団(馬市長他)受け入れを予定。長野市日中友好協会としては、23年度日中友好マレット交流大会、ワールドフェスタin長野23、日中友好春節コンサートなどを実施した。

◇須坂市では、23年度、四平市との市長メッセージ交換、「日本と中国」須坂市版に「四平市の紹介」や新年メッセージを四平市から寄稿。日中友好都市中学生卓球交流大会は都合により不参加。24年度は友好都市30周年記念事業として相互に代表団を派遣(須坂市訪中団は8月実施)する予定。

◇松本市では、23年度廊坊市から選手団を受入れ交流と日中友好都市中学生卓球交流大会に参加。24年度は中高生のオンライン交流、それぞれ8名がそれぞれの都市を紹介し、ディスカッション交流を予定。

◇上田市では、23年度、寧波市と市長メッセージを相互に交換。選手団受け入れ交流と日中友好都市中学生卓球交流大会参加。24年度は「寧波市国際友好都市少年絵画コンテスト」へ作品応募。新年の市長メッセージ相互交換。翌年の友好提携30周年記念事業の準備。

◇飯山市では、23年度は深圳市福田区から選手団を受入れ交流、日中友好都市中学生卓球交流大会に参加。福田区国際友好公園建設への参与。飯山市を象徴するオブジェ設置として「唱歌朧月夜の歌碑」設置を依頼。24年度は、未定。

◇伊那市では、長らく北京市通州区の交流が途絶えているが、民間交流等を通じて関係を修復していきたい。(伊那日中友好協会)

◇山ノ内町では23年度、8月町長と観光商工課職員が密雲区政府を表敬訪問。図書の交換。24年度は密雲区代表団5名受入れ予定。図書の交換。

◇泰阜村では5年前に20周年記念事業を行って以来交流がとどこおってているが、方正県との関係を大切にして、帰国者支援などに取り組んでいきたい。

 コロナ禍が平穏化し交流が再開され、日中友好都市中学生卓球交流大会などが実施され、友好都市からの受け入れなどの動きがみられました。3年間のブランクによる損失は大きく、再び動き出すエネルギーは多くを要するが、地方民間交流が平和に大きく貢献することを自覚してお互いに頑張っていきましょう--と確認し散会となりました。
中国帰国者の体験発表‣講演と春節コンサート(2/12)

 長野県と県日中友好協会中国帰国者交流センターは2月12日、「第12回中国帰国者への理解を深める県民の集い」を長野市若里文化ホールで開きました。帰国者の体験報告と「満州移民」と残留日本人の歴史を教育実践の場で生徒たちに教えてきた飯島春光先生の講演が行われ、70人が熱心に聞き入りました。第2部では日中友好春節コンサート会場に移動して400人の皆さんとともに二胡の演奏を楽しく鑑賞しました。コロナ禍で5年ぶりの再開となった方もいて手を取り合って喜んでいる姿が見受けられました。

 主催者を代表して手塚靖彦・県健康福祉部地域福祉課長と西堀正司・県日中友好協会会長代行があいさつしました。

 手塚課長は、帰国者の皆さんが言葉や生活習慣の困難を克服して努力されてきたことににエールを送った後、開拓団のたどった悲惨な歴史を語り継いでいくことの重要性を語り、帰国者の皆さんが穏やかで安心した生活を送っていただくためにともに努力していきたいと語りました

 西堀会長代行は「全国一満州開拓団を送り出し多くの犠牲を出した長野県には5000人余りの中国帰国者の皆さんが暮らしている。開拓団の悲劇と帰国者支援問題は長野県と県民にとって忘れてはならない歴史。日中国交正常化から52年を経過したが、日本と中国は再び戦争せず、末永く仲良く付き合っていくことを約束した。本日は帰国者の皆さんの歩んだ歴史と現状への理解を深め、支援交流にともに励んでいきたい 。日中の懸け橋として帰国者の皆さんのご活躍を祈ります」と述べました。

 体験発表で中村みどりさん(72)=松本市=は、「残留孤児の主人は中国人養父母に育てられ、内モンゴルに暮らしていたが、紹介されて一緒になった。貧しい中で懸命に生きてきたが、日本の厚生省から手紙が届き、日本に帰ることとなった。希望をもって来日したが言葉もわからず今後に不安を感じ、中国での生活が懐かしく思いだされた。喬木の帰国者自立研修センターで徐々に日本の生活に慣れ、日本人の親切を感じることができた。松本に定着し、日本語教室に通いこの間、日中友好協会やナルクの皆さんに支えられ、陽だまり活動などに参加し、日本が好きになった。1世が亡くなっても配偶者の生活が困らない制度もできて安心している。いまは本当に幸せです」と振り返りました。

 特別講演として、「歴史と体験を伝えていこう-中国残留日本人の孫たちと学んできた満州開拓団・戦争」と題して飯島先生がわかりやすく講演されました。飯島先生は1990年代後半から中国帰国生徒が急増した時期に、篠ノ井西中学で18年間教鞭をとり、「満州移民」に焦点を当てた学年ぐるみの平和学習に取り組み、生徒たちに家族(祖父母、曾祖父母)の戦争体験聞き取り、発表することを通じて、身近にこの問題を感じ取れる指導を行って、帰国子女に対する激しい虐め、”荒れた学校”を克服していきました。
 「長野県が全国最多の満州開拓団を送り出した事実を信濃毎日新聞の調査によれば、18~20代の46.4%が知らない。中国帰国者の日本での生活のご苦労やその理由も知らないという現状がある中で、今、3世・4世世代(中高生世代)は日本語が達者で、中国語が話せない。先生方は生徒の家庭の歴史を知らない。どういう歴史を背負っているか知り、自分の歴史に自信をもって生きていってほしい」と強調された先生の言葉が心に残りました。

 続いて、日中友好春節コンサート会場で高山賢人さんの二胡を中心に、高久史子さんのピアノ、山田和矢さんのドラムが加わり、息の合った演奏を楽しく鑑賞しました。
高山さんは、幼少より音楽に囲まれた家庭で育ち、小学校時代に二胡の魅力に惹かれ独学で学び始め、中学生の時に人前で演奏を披露、音楽を届ける喜びと感動を見つけ奏者としての道を歩み始めたそうです。ジャンルにとらわれない自由で心に染み入る凛とした音色は大きな反響を呼び、各地でのイベントやコンサート、TV・ラジオなどに数多く出演しています。当日は、「光明行」、「夜来香」、「蘇州夜曲」、「月亮代表我心」、「北京有個金太陽」などのほか、「花~すべての人の心に花を」、「Libertango」も披露され、最後は、おなじみの「賽馬」で締めくくられました。会場の皆さんと一緒に帰国者の皆さんも楽しいひと時を過ごしました。春節コンサートは、長野県日中友好協会と長野市日中友好協会の共催で開かれました。
 

 北京市アルペンジュニア選手が野沢温泉でスキー訓練(1/28~2/2)

  北京市アルペンジュニア選手団一行15名が1月28日から2月2日まで、県日中スキー交流委員会の招きで来県しました。選手は小学6年から高校1年にあたる12名及び役員・コーチなどで、野沢温泉スキー場でトレーニングを重ねたほか、地元のスキークラブや中学生と交流しました。

 1月31日、一行は、県スキー連盟や、県日中友好協会役員とともに県庁を訪れ阿部知事を表敬。知事は一行を温かく歓迎し、「青少年がお互いに顔の見える交流をして、友情をはぐくみ技術を向上させていくことが両国の友好につながる」とあいさつし、健闘を祈りました。馬越団長(北京市雪上運動協会代表)(50)は豊かな自然やスキー場の先進的な施設、コーチの専門性とスタッフのフレンドリーさが印象に残ったとし、「交流を続け、新たな歴史を作っていきたい」と述べました。

 阿部知事は昨年8月北京市を訪問し、冬季スポーツや青少年交流などで協力する覚書を締結しています。

 一行は、市内のレストランで県日中スキー交流委員会主催の歓迎会に出席し、関係者から熱烈歓迎を受けました。

 第27期日中関係を考える連続市民講座③「日中関係の現状と課題」(1/27)

 第27期第3回日中関係を考える連続市民講座が1月27日、日中友好センター教室において開かれ、公社日中友好協会全国本部専務理事の西堀正司氏が「日中関係の現状と課題」と題して講演しました。

 西堀氏は長野県と河北省の友好県省40周年を記念し、昨夏阿部守一知事らと訪中した際のエピソードを報告。洪水の現場対応から戻った北京市長と阿部知事の会談で「防災・減災対策の話し合いを協力してやろうとの話になった。河北省との間では40年の成果を生かして交流を継続発展させていくことで合意した」と明かしました。「1979年から続く中国とのスキー交流も1998年の長野オリンピック招致の際の中国の協力の支援につながり、2022年の北京冬季オリンピック実現に大きく貢献したと中国側から感謝された」と述べました。

 参加者からの「日中の不協和音を埋めるのに何が有効か」との質問に、西堀氏は「世論が中国に対して冷めている。友好を喚起するには地方民間運動やマスコミや学校教育の役割が大きい」と強調。「県内にも9千人の中国人が暮らしている。直接あって交流するのが一番の近道」と訴えました。

 
 

2024年日中友好新春講演会・新年会を開催(1/23)

 長野県日中友好協会・県日中経済交流促進協議会・県日中学術交流委員会は1月23日、2024年日中友好新春講演会・新年会を長野市内のホテル犀北館で開きました。友好協会会員や各団体関係者ら100余名が出席。新年会はコロナ禍の平穏化に伴い、4年ぶりの開催となり、和気あいあいの雰囲気の中、日中の友好交流の推進を誓い合いました。
 西堀正司・県日中友好協会会長代行は、「日中友好の立場で体制の違いを乗り越え、協力してアジアや世界の平和への貢献と緊張緩和を目指していきたい。地方民間交流の推進の年としたい」とあいさつ。来賓の阿部守一知事は、県と河北省の友好提携40周年に合わせて昨年夏に同省を訪れたことに触れ「顔の見えるしっかりとした信頼関係の構築が大切なことを実感した。今後とも皆さんとともに地方交流を継続推進していきたい」と述べました。また、若林健太・篠原孝・井出庸生(代)・中川宏昌(代)の各代議士、平井利博長野大学理事長、山本格日銀松本支店長、経済界、労働界、県国際交流課長、県産業政策課長、山ノ内町・松川村・白馬村の代表、王昌勝県華僑総会会長、夏丹長野孔子学堂中国側責任者ら各界来賓が出席し日中平和友好の重要性を語り、新年の友好交流発展に期待しました。

新年会に先立って、(公財)日中友好会館中国代表理事の黄星原氏が「日中関係の歴史・現状と課題」と題して記念講演しました。国交正常化以来の日中関係の推移を振り返りながら、“日中対立と対話の併存時代”にあって、コロナ禍で途絶えた日中交流の早期再開などを訴えました。黄先生は、日本大使館勤務や中南米などの大使を歴任され、中国人民外交学会副会長兼秘書長を務められるなど、国際的視野にったって日中関係を論ずるなど活躍しています。中国の現状に理解を深め、日中両国が今後、相互信頼を深め協力提携しアジアと世界の平和と繁栄に貢献していくにはどうしたらよいかをともに考える良い機会となりました。

講演の要旨は次の通り。


<日中関係の歴史・現状と課題> 

 

一、 一、日中関係は3つの段階に分けて推移して来た。 

⑴  (1)第一段階は1972年から1992年「日中友好の時代」:三千人の青年大交流、「国際的なバランス感覚」を持った政治家の存在。 
 ⑵  第二段階は1992年から2019年「日中摩擦とすり合い時代」:5年連続して小泉純一郎首相の靖国神社参拝、2010年の釣魚島(尖閣諸島)海域での中国漁船衝突事件、2012年同島国有化問題、領有権問題を巡る日中摩擦、マスコミにおける中国関連の報道の偏より、「一辺倒」政策に執念
 ⑶  第三段階2019から現在「日中対立対話併存時代」 

◎日中共同声明や平和友好条約などの四つの政治文書は日中関係発展の異なる段階において長期的かつ安定した中日関係発展の必要性、重要性、基本原則を全面的かつ深く述べ二国間関係を発展させるための具体的かつ重要な戦略を提示していた。 

二、 厳しい日中関係の現状

 (1) 従来の三大障害:台湾問題、領土問題と歴史認識問題。
 ⑵   新たな三大障害1.対立関係との位置づけ。2.経済切り離し。3.核処理水の問題。 
 ⑶   その背景に、①世界観の問題。②中国観の問題。③日中関係観の問題。 
 ⑷  中国の外交政策の中で、日本の重要性は変わっていない。 
 ⑸  日本の外交政策の中に、中国をどう位置づけるか。 

 三、 現在の日中関係は五つの課題に直面している。

 ⑴   激動する世界はさまざまな紛争が絡み合っている。
 ⑵   朝鮮半島が韓国政府の「一辺倒」政策により再び緊張状態になる。   
 ⑶  経済貿易の発展が日中両国の「政冷経寒」を防ぐ。 
 ⑷  コロナ禍で途絶えた日中間の交流を早期に再開する。 
 ⑸  環境づくりはどうすればいいか。   

四、 日中関係の未来に向けて改善への提言 

 ⑴   方向が未来を決めることを理解すること。
 ⑵  ウィンウィンを堅持して経済協力を推進すること。 
 ⑶  人的交流を深化させること。  
 ⑷  きちんと危機を管理すること。 
 


 年頭祝辞-日中共同声明等を守り、日中の平和友好、交流を推進しよう! 

           長野県日中友好協会 会長代行 西堀正司

あけましておめでとうございます。過ぐる1年は世界的な不安を強める事案が多くありました。ウクライナ戦争、ガザ戦争、地球温暖化、米中対立等々です。

一方で、3年間にわたった、「新型コロナ」の流行が終り、新しい時代の新しい行動を考えた1年間でもありました。4月に友好協会全国本部は、民間団体として最初の訪中団を派遣し、中日友好協会など中国側と交流再開につき諸課題を話し合いました。

3年間は日中民間交流にとって、困難な期間でした。対面交流が中断を余儀なくされ、人事交流、文化スポーツ交流は大きな打撃を受けました。このような中でしたが、日本と中国の関係者は経済貿易などで最大の努力を行い、オンラインでの交流などで困難を克服してきました。会員の皆様もたくさんの努力を行っていただきました。

昨年は日中平和友好条約45周年、長野県と河北省友好県省40周年の節目の年でした。7、8月には県知事、県会議長はじめ各界の代表者による訪中団と県協会代表団が合同で60名の大型代表団を編成し、北京市、河北省などを訪問しました。今後の友好交流を方向付ける大成功の訪中でした。また8月には、河北省など5友好都市から中学生卓球選手団を招いて卓球交流大会を開催し友好を深めました。秋には2度にわたり、大学生、高校生訪中団50名を派遣し、青少年交流の成果を上げました。

現在、日本と中国には課題も多くあります。国民感情も決して良好とは言えません。領土・領海問題や、台湾をめぐる一部政治家の不穏当な言動、福島原発処理水問題などです。日中平和友好条約では体制の違いを認め合ったうえで、紛争の平和的解決、覇権を求めないことなどを約束しています。県協会は、平和友好条約や、日中共同声明など両国で結ばれた4つの重要文書の原則と精神を守ることを柱として活動してきました。今後も、県や多くの皆さんとともに地方民間交流を推進していきます。

本年は、中国建国75周年の年です。14億の住む隣国中国の動向に関心を寄せ、友好交流を進めていきたいと思います。本年もどうぞよろしくお願いいいたします。

 
 
初春を迎えて
(1/1) 2024

長野県知事  阿部守一

  明けましておめでとうございます。

皆様には、健やかに新春をお迎えのこととお慶び申し上げます。

昨年は、コロナ禍の停滞感を吹き飛ばすかのように、世界各国との交流が再開されましたが、とりわけ日中両国の間では充実した交流を行うことができました。5月には呉江浩駐日中国大使を本県にお迎えし、8月には私にとって4年振り9度目となる中国訪問を貴会会員の皆様や県内関係者による約60名の訪問団で行いました。

友好提携40周年を記念して訪問した河北省では、王正譜省長はじめ省幹部の皆様、対外友好協会、産業界、本県留学経験者など多くの方々と交流することができました。また、北京市では殷勇市長とお会いして、両県市の友好協力に関する覚書を締結するとともに、冬季スポーツや経済面での交流、次代を担う青少年交流の重要性について未来志向の意見交換を行いました。

このほか、河北大学生と県内大学生の相互訪問交流や中国大学生のインターンシップ受入、貴会のご尽力により行われた日中友好都市中学生卓球大会や河北省・雲南省への青少年交流訪中団派遣など数多くの交流が行われました。関わられた皆様におかれましては、対面での交流がいかに重要かあらためて実感されたことと存じます。

こうして、中国の多くの友人と再会を喜び、親交を深めることができたのも、故高波謙二会長をはじめ先人の方々による交流の積み重ねがあってのことです。

本年におきましても、故高波会長の意志を引き継ぎ、貴会の皆様と共に中国との友好の絆をさらに深めていけるよう、精一杯取り組んでまいりますので、皆様のご支援・ご協力をお願い申し上げ、新年のご挨拶とさせていただきます。

 
新年あいさつ (1/1)
2024

                       中華人民共和国駐日本国

                       特命全権大使  呉江浩

  新年にあたり、中国駐日本大使館を代表しまして、長野県日中友好協会及び会員の方々にお祝い申し上げ、そして長期にわたって中日友好の信念を堅持し、対中交流と協力に取り組んできた各界のご友人の皆様に心より敬意と感謝を表します。

 過ぎ去った2023年を振り返り、中日両国は平和友好条約締結45周年という重要な一里塚を迎えました。双方は条約締結45周年記念をきっかけに、共に締約の初心を温め、平和友好の信念を堅持し、対話・意思疎通と交流を積極的に展開し、実務協力を推し進め、中日関係の全体的な安定と改善を推進してきました。習近平国家主席と岸田文雄総理は11月にサンフランシスコで再び会談を行い、両国指導者は戦略的互恵関係の包括的な推進を再確認し、当面の中日関係に極めて重要な政治的牽引を与えてくれました。中国側は日本側と共に、両国指導者の重要な共通認識を指針として、政治的基礎を守り、人的文化交流を深め、互恵協力を強め、妨害や障害を排除し、新時代の要請に相応しい建設的かつ安定的な中日関係の構築に共に取り組んでいきたい所存であります。

 現在、中日関係は改善と発展の重要な段階にあり、両国政府、民間、地方及び各界の方々が共に努力することは必要不可欠であります。私は昨年着任後初めてとなる地方訪問で長野県を訪問し、県内各界の皆様の友情に深い感銘を受けました。長野県と河北省友好県省締結40周年の節目に、阿部守一知事は河北省を成功裏に訪問され、一連の積極的な成果を収め、双方の交流と協力を新たな段階へと推し進めました。私たちは貴協会女性委員会と大使館女性職員との交流会を主催し、貴協会と大学生訪中団を実施することによって、新時代の中国に対する理解を深めたことを大変うれしく思います。長野県が友好の伝統を発揚し、より多くの豊富多彩な友好活動を行い、両国国民により幅広い参加を呼びかけ、新時代の中日民間友好の新たな一章を綴ることを心から願うところであります。

 末筆ながら、友人の皆様のご健勝ご多幸を心からお祈り申し上げ、新たな一年において中日関係のさらなる改善と発展を祈念申し上げます。