長野市日中友好協会だより
長野市日中友好協会

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 第16回日中友好マレットゴルフ大会楽しく熱戦(11/3)

 第16回長野市日中友好マレットゴルフ大会が11月3日(土)、長野市犀川第二運動場マレットゴルフ場で開催され、協会員のほか県国際交流員の李妮さんや中国帰国者など24人が参加して交流親睦の熱戦が繰り広げられました。

当日は快晴に恵まれ、9時半のプレー開始時には絶好のプレー日和となりました。6組に分かれて、アウト、インの両コースから一斉にスタートし、約2時間和気あいあいとプレーを楽しみました。 まさに人生勉強、力まずに淡々とスティックを振るベテランに励まされ18ホールを回りました。

 ちなみにマレットゴルフの中国語は槌高尓夫(chui gao'erfu)だそうです。マレット=木槌とゴルフを組み合わせた造語のようです。

上位入賞者は次のとおりです。(敬称略)

(男子)優勝 窪田国男、準優勝 布施正幸、1位 村松建華、(女子)優勝 窪田玉枝、準優勝 野村真智、1位 宇土真琴

 中国帰国者のつどい 諏訪ガラスの里と霧ヶ峰バスツアー(10/28)

長野市と市日中友好協会、市帰国者の会で構成される長野市中国帰国者三者連絡会の主催による平成30年度長野市帰国者のつどい(バスツアー)が10月28日おこなわれました。今年は諏訪を訪れ、SUWAガラスの里や霧ヶ峰の自然を楽しみました。当日は90名の参加者がバス2台に分乗しての賑やかな交流会となりました。

朝7時頃長野市を出発し、途中松代PAで2台のバスが合流して開会式が行われました。まず長野市生活支援課の上田哲夫課長が「長野市は市日中友好協会や帰国者の会と連携して帰国者の生活支援に取り組んでおり、その一環として帰国者のつどいを毎年実施している。楽しい交流会となるようご協力をお願いしたい」とあいさつしました。続いて三者連絡会の金子繁三会長(市日中理事長)が「晴れ渡った秋空のもと、大勢の帰国者の皆さんに参加いただいた。安倍首相訪中も実現し日中関係も明るさを増している。充実した1日となるようにしてほしい」とあいさつしました。 また、来賓として参加した布施正幸県日中帰国者交流センター次長が「センターで学んでいる帰国者の皆さんはじめ大勢の皆さんが元気に参加され喜ばしい。三者連絡会の皆さんのご尽力に感謝したい。帰国者の皆さんが安心して幸せな生活が送れるよう、今後とも関係機関と連携して頑張っていきたい。日中関係が良くなっている中で両国の架け橋として帰国者の皆さんの活躍に期待したい」と述べました。

バスの中では、中国語の会話が飛び交い交流を深めていました。途中諏訪湖SAに立ち寄った後、第1目的地の諏訪湖畔のSUWAガラスの里に到着しました。1億円のクリスタルの大きな球が展示されていたり、様々なガラスの製品が展示販売されていて帰国者の皆さんもでショッピングを楽しんでいました。館内のレストランでバイキング形式のパン昼食を済ませ、周囲を散策。ちょうど湖畔をめぐるハーフマラソンをカメラに収め湖畔の秋を楽しみました。茅野市を経由してビーナスラインを進み、霧ヶ峰を目指しました。快晴のこの日霧ヶ峰から見渡す四方の山々は絶景でした。南方には八ヶ岳がくっきりと見え、そして富士山が目に飛び込んできます。何枚も写真に収めました。「幸せの鐘」を突き、グライダーの離陸と滑空風景をまじかに見ることができました。霧ヶ峰自然保護センターで霧ヶ峰の自然条件など詳しく解説いただきみんなで記念撮影しました。霧ヶ峰の霧が多い由来は、諏訪湖の上を渡る偏西風が湿気を含んだ状態で山にぶつかり霧を発生させるメカニズムだそうです。最後に柳沢春生市帰国者の会会長から「来年もまた元気で会いましょう」とのあいさつがありました。

参加したみなさんは秋の雄大な景色を存分に楽しまれた様子で、楽しく有意義な交流会となりました。

 木曽で強制連行中国殉難烈士の慰霊祭、平和を誓う(10/15)

 太平洋戦争末期に中国から木曽谷に強制連行され、過酷な発電所建設工事で亡くなった中国人182人の慰霊祭が10月15日、木曽町三岳の大島橋脇にある「中国人慰霊碑」の前で行われました。

 中国大使館の張亜強参事官はじめ県木曽地域振興局長、関西電力㈱木曽水力センター所長、木曽郡内の町村長や木曽町三岳の皆さん、長野市日中友好協会はじめ県内の日中友好協会会員や勤労動員された旧制中学の関係者など80人が出席しました。

 慰霊祭は日中平和友好条約40周年と長野県と河北省との友好県省締結35周年を記念して開催されました。主催者を代表して、県日中友好協会の高波謙二会長と慰霊碑維持管理委員長の原久仁男木曽町長があいさつし殉難者を追悼し、平和を誓いました。追悼のあいさつに立った張参事官は「節目の年に戦争の教訓をくみとり、先輩たちが切り開いた友好関係が続くよう努力したい」と述べました。続いて木曽仏教会会長の小島宗徳大泉寺住職らによる慰霊法要が行われ、参列者が一人一人菊の花を祭壇に手向け冥福を祈りました。長野市滞在中の石家庄市語学研修生の王丹琳さんと邢雅林さんも往時をしのびながら手を合わせていました。

 第2部の慰霊斉事は三岳交流促進センターに場所を移して行われました。席上、西堀正司県日中友好協会理事長が特別報告を行い、戦後、強制連行殉難烈士の遺骨収集、慰霊事業が半田孝海善光寺大勧進大僧正らによって進められ、友好協会の設立につながったことや慰霊碑の題字を中国仏教会会長の趙樸初先生に揮ごういただいた経緯などを紹介し、また瀬戸普木曽郡町村会会長(王滝村長)は来賓の立場を離れて、導水管工事跡を見るにつけきわめて厳しいものであったことを実感したことなどを紹介しました。さらに池上一巳さんも勤労動員された旧制中学時代の体験を語りました。また高波会長から慰霊碑周辺のの清掃管理を長年にわたり行い守ってきた三岳の老人クラブ支部長の上條靖男さんに感謝状が贈られました。

 慰霊祭に出席した、中国国際国際放送局長野ラジオ孔子学堂責任者の謝宏宇さんは、「慰霊碑が地域の皆さんに温かく守られ平和の願いを発信していることに感動しました」と語っていました。

(資料)戦争末期、国内の労働力不足を補うために、中国の河北省などから、多数の若者が強制連行され水力発電所工事や炭鉱などで劣悪な条件下酷使された。県内の木曽川水系や天竜川の発電所建設工事現場にも2,130名あまりが連行され内240名あまりが悲惨な死を遂げた。県日中友好協会の初代会長半田孝海・善光寺大勧進大僧正はじめ先達の皆さんは戦後いち早く殉難者の遺骨収集慰霊事業に取り組んだ。1964年には天竜村平岡ダムの脇に、1983年には木曽町(三岳村)御岳発電所近くにそれぞれ中国殉難烈士慰霊碑が建立された。犠牲者名簿の中で出身地がはっきりしている死者のうち約7割が河北省出身であることから、木曽の慰霊碑は河北省との友好提携に先立って同年10月県民の浄財を集めて建立された。五周年ごとに慰霊祭が、協会はじめ地元市町村、仏教会、勤労動員された旧制中学生など多くの関係者が寄って営まれてきた。9/22には天龍村平岡の慰霊碑前でも慰霊祭が行われました。太平洋戦争末期に中国から木曽谷に強制連行され、過酷な発電所建設工事で亡くなった中国人182人の慰霊祭が10月15日、木曽町三岳の大島橋脇にある「中国人慰霊碑」の前で行われました。
 大型人形劇「三国志」長野公演、熱気あふれる(10/12)

 日中平和友好条約締結40周年を記念して大型人形劇「三国志」総集編の長野公演が10月12日、長野市のホクト文化ホール(県民文化会館)で行われました。県日中友好協会と長野市日中友好協会、SBC信越放送が主催。1メートルを超える大型人形をたくみに操り、迫力ある演技で家族連れ800人を魅了しました。

 公演は2幕構成で、第1幕では、劉備玄徳が諸葛孔明を軍師として招いた「三顧の礼」から「赤壁の戦い」までを上演。第2幕は関羽が討ち取られる「甘露寺の変」から「出師の表」孔明の死までが脚本家ジェームス三木氏の見事なタッチの台本にそって展開されていました。

 人形美術家の川本喜八郎氏が製作した大型人形の躍動感ある動きを観客は真剣な表情で見入り、弁士の軽妙でユニークな語りに笑い声も起き物語にどんどんと引き込まれていきました。

 公演終了後、人形が観客席を回ると、身近に人形を見てその精巧な作りに感嘆の声が上がりました。希望者はバックステージツアーに参加、人形に触れたり、人形の繊細な動きの仕組みを説明され、感心しきりでした。ロビーでは孔明の人形と記念撮影、三国志ファンに取り囲まれ、熱気にあふれていました。公演成功のために、市日中役員、女性委員会メンバーが協力して受付、会場案内、駐車場整理にはげみました。
石家庄市副市長一行を迎えて歓迎交流(9/17~19)

  孟祥紅石家庄市副市長を団長とする石家庄市友好視察団(一行10名)が9月17日から19日まで3日間長野市を訪れました。

 一行は予め要望があった7つのテーマについて長野市が用意したスケジュールで視察しました。

 ①ゴミの分別について(直富商事)、②建物建設時の管理・警備について(ゴミ焼却施設建設現場) 、③桜の管理と緑化について(松代城跡)、④日本庭園と文化について(真田邸、山寺常山邸庭園)、⑤下水処理施設について(アクアパル千曲)、⑥自然園について(戸隠森林植物園~戸隠奥社参道) 、⑦日本語学科について(長野県立大学)など盛りだくさんの内容でしたが、市の担当者の案内で熱心に視察しました。

 18日夜は長野市日中友好協会の主催で歓迎会を開催しました。石家庄市からの3名の語学研修生も参加し総勢33名の楽しい歓迎交流会になりました。

 孟副市長をはじめ石家庄市の皆さん、市日中友好協会の会員ともに積極的に話しかけ、研修生も進んで通訳してくれたこともあり話が弾んで大変良い交流ができ理解を深めることができました。

 長野で2018日中友好都市中学生卓球大会、石家庄市などから選手団招き卓球交流 (8/19)

 2018長野県日中友好都市中学生卓球交流大会が8月19日(日)に、長野市戸隠の長野吉田高校戸隠分校体育館でおこなわれました。 日中の友好都市が合同チームを結成し、他の日中友好都市チームと卓球の団体戦を行うという方式で、昨年北京市で開催された 「日中友好都市中学生卓球交流大会」の長野県版です。

チームは、日中双方の都市の中学生の選手と役員によって構成。選手は中国選手男女各1名、日本選手男女各1名の4名で、他の友好都市チームと対戦する団体戦です。長野県・河北省チーム、長野市・石家荘市チーム、松本市・廊坊市チーム、須坂市・四平市チーム、上田市・寧波市チーム、飯山市・深圳市福田区チームの6友好都市から8チームが参加しました

 団体戦の個々の試合は、中国選手と日本選手が対戦する4シングルスと、日中の男女で構成される混合ダブルスの5試合が行われました。ダブルスの試合をするにあたり、ローテーションを決めたり、サービスのサインを決めたり、打つコースを決めたりなど、数多くのコミュニケーションが必要となってきます。

言葉は通じなくても、卓球のルールは両国とも共通です。身振り手振りで、コミュニケ―ションを取って熱心な試合が展開されました。午前中は8チームがA、Bの2リーグに分かれ予選リーグを行い、午後は、決勝トーナメントが行われました。予定の時間を大幅に超過しての熱戦が繰り広げられました。石家庄市・長野市チームが寧波市・上田市チームに競り勝ち優勝を手にしました。優秀な選手団を派遣してくれた寧波市、石家庄市はじめ中国側に感謝したいと思います。

 また、この試合に先立ち、中国の選手は、長野県内の各友好都市を訪問し、地元の中学生と交流試合など行い、友好都市間の友好を深めました。この大会を通して、さらに日中友好の輪が広がっていくことを大いに期待しています。

 長野びんずる「日中友好連」で参加(8/4)

 第48回長野びんずる祭りが8月4日長野市の中心街でおこなわれ、長野市日中友好協会は「日中友好連」を組んで40人で参加しました。

 昭和通りから長野大通りに向かいました。日中友好の提燈を先頭に、友好協会会員と帰国者が黄色い友好法被をまとって熱心に汗だくになりながら、踊りました。

 初参加の帰国者は「本当に楽しかった。来年もまた参加したいです」と喜んでいました。
  中国留学生迎え信州で第28次ホームステイ(7/24~26)

 県日中友好協会は(公財)日中友好会館・後楽寮が派遣する中国留学生19人を7月24日から26日まで飯山・中野・長野・千曲・小諸・佐久・安曇野・北アルプスなど8地区協会で受け入れました。2泊3日のホームステイで本年で28年目になります。

 24日長野駅に降り立った10名の留学生は、関係地区の皆さんの出迎えをうけました。長野オリンピック・エンブレムの前で、対面歓迎式を行い受入れホスト家庭の皆さんとお互いに紹介しあい全員で記念撮影した後、各地に出発して行きました。

 留学生の皆さんは、地区協会主催の歓迎交流会や市表敬懇談・施設参観、地域の名所などの参観、ホスト家庭での語らいなど有意義な3日間を過ごし、楽しい思い出をいっぱいにして再び長野駅に集合しました。

 長野も暑い日が続いていますが、野尻湖や志賀高原、地獄谷の猿、斑尾高原、中山新平記念館、善光寺など訪れた感想を語る皆さんの顔は晴れ晴れとしていました。受入れホスト家庭の皆さんと涙を流しながら名残を惜しんでお別れし、2時27分発の新幹線あさまに乗り込みました。

 長野市日中では、会員の峰村洋さんが早稲田大学留学生の閻萍さんと東京理科大学留学生の解暁華さんを受け入れました。長野市の芸術館や市議会、善光寺や野尻湖、斑尾高原まで幅広く案内し交流を深めました。2人とも明るく積極的な方で、大変喜んでいただきました。
  石家庄市中学生が長野へ、歓迎会やホームステイを体験(7/9~11)

 石家庄市の中学生16名が7月9日から11日来長し、北部中学での交流、直富商事視察、茶臼山動物園参観、浴衣着付けと琴の体験、加藤市長表敬など様々な体験をしました。長野市日中友好協会では歓迎会やホームステイでの受け入れも行い中学生の皆さんとの友好を深めることができました。

 7月9日、長野駅前のメトロポリタンホテルで石家庄市中学生友好訪日団(団長/車国利・市教育局調研員)の歓迎会がおこなわれました。長野に滞在中の石家庄市からの語学研修生3名を含め総計48名が参加してにぎやかに開かれました。

 金子繁三市日中理事長の開会あいさつに続いて、山根敏郎会長が「熱烈歓迎!20年後の中国を担うのは皆さんです。頑張ってください」と激励しました。車団長は、熱烈歓迎に感謝した後、日本と長野のいろいろなことを体験し、友好をはぐくんでいきたいと述べました。記念品交換が行われ、団側からは、生徒さんたち手作りの切り絵の絵葉書や、中国画が出席者全員に贈られました。

 交流会に入ると生徒たちからは孔子の教えの発表、舞踊、フルス(瓢箪笛)の演奏等が披露されました。何れも素晴らしいものでした。日本側は黄色い法被を着て炭坑節を披露。最後には皆で大きな輪になって踊り楽しく交流しました。その後生徒たちは6班に別れホームステイ体験に向かいました。

 10日は市主催のお別れ夕食会が開かれました。生徒たちからは2日間の感想等の発表がおこなわれました。長野に良い印象を持ったようです。

 その後各家庭に戻り2日目の夜を過ごした後、11日朝、朝食後

  日中友好の節目、積極的な交流をー長野市日中友好協会総会(4/22)

 長野市日中友好協会(山根敏郎会長)は4月22日、ホテル信濃路において48名が出席し、2018年度の定期総会を開きました。今年は日中平和友好条約締結40周年や県と河北省のの友好提携35周年の節目の年にあたり記念事業や交流活動を進めていくことを決定しました。また市協会は設立40周年を迎えるため、来年3月に記念式典を開き記念誌を編纂することとしました。

 活動方針では、県日中友好協会が催す交流事業などに積極的に協力、参加する事業計画を承認。7月の中国留学生ホームステイ、8月の日中友好都市中学生卓球交流大会、9月の平和友好条約40周年講演と祝賀のつどいなどに協力参加するほか、長野市が受け入れる石家庄市語学研修生との交流、石家庄市中学生訪日団歓迎に取り組むこととしました。役員改選では山根敏郎会長等を再選し、新事務局長に米山達雄氏を選出しました。

 市協会設立40周年を踏まえ「引き続き日中両国の架け橋として経済、文化、人的交流などの各分野で積極的に交流を推し進める」との総会宣言を採択しました。

 第2部の総会記念講演では、西堀正司県日中友好協会理事長が、「中国の最新事情と今後の日中関係」と題して中国の新しい動きを紹介するとともに、日中友好関係発展の好機を活かして友好交流を進めていこうと呼びかけました。

 第3部の祝賀パーティーには加藤久雄長野市長も出席し、石家庄市との交流を柱に協会とともに歩んでいきたいと激励あいさつをいただきました。
長沼公民館と共催で「中国の伝統文化を楽しむ会」を開催(1/28)

長沼公民館が主催し、県・長野市日中友好協会女性委員会が共催として協力した「中国の伝統文化を楽しむ会」が1月28日(日)に長沼公民館で開催されました。

これは、東京オリンピック・パラリンピックホストタウン事業として中国を応援する公民館事業の第一弾として行われたもので、この日を皮切りに今後も様々なイベントが計画されています。

当日は、地元の皆さんや県と市女性委員会のメンバーなど約80人が参加しました。第一部の「中国の伝統音楽芸能を楽しむ会」では、初めに長沼公民館の宮沢館長が「このイベントを契機に中国との新たな縁づくりを進めたい」とあいさつしました。

続いて地元グループの皆さんが太極拳のように体を動かしながらラケットで砂の入った球を操る「太極柔力球」を披露。太極拳では参加者も一緒に動きを体験しました。

また、中国帰国者の野村洪才さんによる二胡の演奏や桜井純子さんや島津美智子さん、帰国者の窪田国男さんによる「フルス」の演奏も行われ、参加者は中国民族楽器の奏でる音色にうっとりしていました。

第2部の「中国の料理を楽しむ会」では、中国茶や帰国者の皆さんらが作った餃子、カボチャを原料とした南瓜餅などを囲みながら楽しく交流しました。また、孔子学堂中国側責任者の王秀閣さんから中国茶の種類と効能についての説明や県国際交流員の李妮さんによる南瓜餅の話などもあり、大変興味深いものでした。

参加者の一人は「中国の伝統文化を見たり聞いたりするのは初めてでいい体験だった。こうした交流が広まればいい」と話していました。

ワールドフェスタin長野2017に参加(11/12)

11月12日(日)に長野市主催の国際交流イベント「おぉ!地球人 ワールドフェスタIN長野2017」がもんぜんぷら座で開催され、当協会も参加して活動状況のアピールや中国文化の紹介などを行いました。

当日は、700人を超える参加者で大変な盛況でしたが、当協会のブースでは、今年行われた緑化協力訪中や日中友好都市中学生卓球交歓大会の写真などを展示して日頃の活動状況を紹介するとともに、中国国際放送局の王秀閣さんと県国際交流員の李妮さんが参加者に「ジャスミン茶」や「黒茶」「くこ茶」などの中国茶のサービスを行い、一緒に提供したナツメやサンザシのお菓子とマッチしてとてもおいしいと大変好評でした。

また、今年誕生したシャンシャンにあやかって、パンダのぬいぐるみをいくつか展示しましたが、小さな子供が何回も触りたがるなど、相変わらずのパンダ人気が伺えました。

ステージでは、幸福龍さんほか敦煌二胡教室4人のみなさんによる二胡演奏が行われ、聞き入っていた参加者も中国大地の悠久の響きに満足している様子でした。また演奏に続いて当日参加した協会員全員で「ふるさと」を日本語と中国語で熱唱しました。

なお、当日は石家庄市からの語学研修生の馬丹さんと孫琪さんによる三味線の演奏と日本語で長野に来てからの活動状況の発表があり、二人とも多少緊張した様子でしたが、日頃の練習や勉強の成果が良く出ていて好評を博していました。

最後に、語学研修生二人を含めて全員で写真を撮りましたが、楽しい中にも日頃の当協会の活動をよくアピールすることができ、大変充実したフェスタとなりました。

中国帰国者のつどい 伊那路をバスツアー(10/22)

長野市と市日中友好協会、市帰国者の会で構成される長野市中国帰国者三者連絡会の主催による平成29年度長野市帰国者のつどいが10月22日実施されました。

今年は久々の南信地域として駒ケ根市の養命酒駒ケ根工場と伊那市のかんてんぱぱガーデンを訪れました。

当日はあいにくの雨となりましたが、82名の参加者がバス2台に分乗しての賑やかな交流会となりました。

朝8時頃長野市を出発し、途中松代PAで2台のバスが合流してここで開会式を行う予定でしたが、激しい雨のため開会式は駒ケ根に着いてからとされました。

10時過ぎには養命酒の駒ケ根工場に到着し、早速開会式が行われました。まず長野市生活支援課の上田哲夫課長が「長野市は市日中友好協会や帰国者の会と連携して帰国者の生活支援に取り組んでおり、その一環として帰国者のつどいを毎年実施している。楽しい交流会となるようよろしくお願いしたい」とあいさつしました。

続いて三者連絡会の金子繁三理事長が「大勢の帰国者の皆さんに参加いただいてありがとうございます。今年は久々の南信地域ということで昨年の安曇野に引き続いて伊那路を訪れた。充実した1日となるようにしてほしい」とあいさつしました。

また、来賓として出席した布施正幸県日中帰国者交流センター次長が「センターで学んだ帰国者1世の方が2世3世の皆さんとともに元気に参加されとことは大変嬉しい。帰国者の皆さんが安心して幸せな生活が送れるよう、今後とも関係機関と連携して頑張っていきたい」と述べました。

開会式の後、工場の担当者からビデオによる全体の紹介をしていただき、また養命酒の試飲をした後、製造ラインの案内をしていただきましたが、とても興味深いものでした。

見学終了後はショッピングを楽しんでから、駒ケ根インター近くの「ビアンデさくら亭」に移動し、昼食をとりました。

午後は、伊那市のかんてんぱぱガーデンを訪れましたが、大勢の観光客の皆さんに交じって、ショッピングなどを楽しんだ後、バスに分乗して帰路につきました。

かんてんぱぱガーデンで行う予定だった閉会式は、雨が降り続いていたため行わず、途中バスの中で柳沢春生会長から「来年もまた元気で会いましょう」とのあいさつがありました。

あいにくの天候でしたが、参加者の皆さんは皆元気にこのつどいを大いに楽しまれた様子で、大変有意義な交流会となりました。

 中国映画祭『唐山大地震』に感動(10/21)

日中国交正常化45周年を記念した中国映画祭が10月21日(日)開催され、『唐山大地震』が14時と18時の2回にわたって長野市若里文化ホールで上映されました。

この映画は、1976年に河北省唐山市を襲った唐山大地震をテーマに、離れ離れになった母子が32年後の四川大地震の救援活動で再会する家族の絆を描いた感動的な作品で、当日訪れた約300人の観客の多くの方が、上映後「本当に素晴らしい映画で感動しました。」と胸を熱くしていた姿が印象的でした。

また、映画は地震発生の1976年に毛沢東主席が死去してからの中国の変貌ぶりの様相が見事に描かれていて、現代中国を理解する上でも大変興味深いものでした。

今後もできるだけこのような機会を設け、中国映画の魅力や素晴らしさを発信していきたいと思います。

第15回日中友好マレットゴルフ大会楽しくプレー(10/14)

 15回目を迎えた日中友好マレットゴルフ大会が10月14日(土)、長野市犀川第二運動場マレットゴルフ場で開催され、協会員のほか県国際交流員の李妮さんや中国帰国者など23人が参加して熱戦が繰り広げられました。

当日は朝から厚い雲に覆われ時折霧雨が降るなど天候が心配されましたが、9時半のプレー開始時には雨もあがって絶好のプレー日和となりました。6組に分かれて、アウト、インの両コースから一斉にスタートしましたが、約2時間和気あいあいとそれぞれプレーを楽しみました。

上位入賞者は次のとおりです。(敬称略)

男子優勝 中村啓、女子優勝 窪田玉枝、男子準優勝 田中康正、

女子準優勝 若月幸子、1位 池田充、2位 吉岡弘海、3位 金子繁三

 日中国交正常化45周年記念・中国映画祭
   「唐山大地震とうざんだいじしん

 長野市日中友好協会では、日中国交正常化45周年を記念して、中国映画祭を開催します。上映されるのは、「唐山大地震」(とうざんだいじしん)です。母と子の深い絆に涙せずにいられない感動作です。唐山大地震は時代背景としては文化大革命の時代でした。それから30数年改革開放、経済発展の道をひた走る中国社会の大きな変化も随所に感じられる必見の映画です。

 ****  ***
 1976年7月26日に河北省で実際に起こった20世紀最大の震災「唐山大地震」により、心に傷を負った少女と娘を助けられなかったとの罪悪感を背負いながら生きる母親の32年間を見つめた、心揺さぶられる物語。

 中国のスピルバーグと評されるフォン・シャオガン(馮小剛)監督が震災によって離れ離れになっても、決して引き裂くことのできない家族の絆、そしていかなる状況においても希望をもって生きようとする人間のたくましさと心の再生を描いた感動のドラマです。お誘い合ってご覧ください。

日 時:10月21日(土)①14:00~16:15 ②18:00~20:15
場 所:長野市若里市民文化ホール(TEL026-223-2223)
入場料:大人1000円、高校生以下:500円、帰国者・留学生800円(予定)

主 催:長野市日中友好協会(TEL026-224-6517)
後 援:長野市・長野県日中友好協会・長野ラジオ孔子学堂・信濃毎日新聞社・週刊長野新聞社・長野市民新聞社他

 お団子づくりと月餅で一足早いお月見交流会 (9/9)

  長野市日中友好協会女性委員会は東京オリンピック・パラリンピックホストタウン事業として、9月9日、長野市の柳原公民館で、「お団子づくりと重陽節交流会」を開催しました。

  吉岡尋子女性委員長の「お月見にちなんで日本のお団子と中国の月餅を味わいながら楽しく交流しましょう」とのあいさつに続いて、調理室で早速お団子づくりに取りかかりました。女性陣を主体に男性もこねる作業をお手伝いして、やがておいしそうなみたらし団子とゴマ団子が4つずつの大皿に盛り分けられました。月餅や焼きそば、飲み物も配られて交流懇親会の準備が整ったところで、メイン会場での交流会が始まりました。

  県国際交流員で北京冬季オリンピックスキー競技会場となる中国河北省張家口出身の李妮さんに「中国の5節句について」講演いただきました。3月3日の桃の節句や5月5日の端午の節句、7月7日の七夕は日本でも有名ですが、菊をめでる重陽節など中国の伝統文化が日本に深い影響を与えていることが理解できました。ちなみに重陽節は旧暦の9月9日(新暦では10月28日)を指しており、お月見は中秋節(10月4日)に名月を楽しむとのことで、だいぶ早めの会となったねと屈託なく笑いながら、手作りのお月さままで用意して、交流懇親会に入っていきました。

 日本や中国も都会化が進み季節感が薄れ、伝統行事が行われなくなりつつある昨今、ススキを飾り、家族円満を象徴するお団子や月餅でお祝いすることが出来、日本と中国の伝統文化の共通点を認識する意義ある会となりました。

 また、市日中理事の荒井綏さんの参加している太極拳グループの演武も披露され、好評を博しました。参加者が自己紹介とそれぞれの思いを語りあい楽しい交流会となりました。

市女性委員会では今後も友好親善を深め、東京オリンピック・パラリンピックホストタウン事業を支援する活動を続けていきます。ご関心のある方、志を同じくする方の参加を広くお待ちしております。

石家庄市中学生一行16名を歓迎交流(8/21)

 河北省石家庄市の第44中学友好訪日団一行16名(団長:曹玉興・石家庄市外事弁公室調査研究員はじめ付添3名、中学生13名)が、8月21日から23日友好都市の長野市を訪れました。21日に市内のホテルメトロポリタン長野で長野市日中友好協会が開いた歓迎会には46名が出席しました。山根敏郎会長及び金子繁三理事長が一行を歓迎し、「日中国交正常化45周年の節目の年に当たり、交流を更に盛んにして友好を深めましょう。」とあいさつしました。曹団長は、「暖かい歓迎に感謝します。これからも友好交流の輪が広がることを期待します」と述べました。

 各テーブルでは、筆談や片言の中国語などで話題に花が咲きました。生徒たちが見事な合唱や可愛らしい踊りを披露すると大きな拍手。協会員も黄色の友好ハッピを生徒ともども羽織って炭坑節を踊り、交流は大いに盛り上がりました。

また、今年は新たに生徒たちのホームステイが実施され、歓迎会終了後は、生徒13名が7組のホストファミリーの家で、それぞれ日本の生の家庭を体験しました。生徒たちは一様に貴重で楽しい体験だったと喜んでいました。

 歓迎会に先立ち、一行はもんぜんぷら座で琴や尺八の演奏体験をしたり、着付けてもらった浴衣姿で善光寺を参拝。翌日は篠ノ井西中学中学を訪問し交流したほか茶臼山公園などを訪問、最終日には戸隠神社などをを訪ねたりしました。

 日中国交正常化45周年記念・日中友好都市中学生卓球交歓大会、67チームが参加し北京で開催
長野市・石家庄市チーム準優勝、石家庄市で熱烈歓迎受ける (8/1~8)

日中国交正常化45周年を記念し、日中両国の中学生による卓球交歓大会が8月1日より8日まで中国北京市において開催されました。この大会は卓球交歓大会を通じて、両国の友好都市間の交流と友好関係を構築し、スポーツ界の交流発展を促進するために行われており、5年ごとに開催されています。

県下からは6チームが参加し、県チームが河北省と、長野市が石家庄市と、松本市が廊坊市と、須坂市が四平市と、上田市が寧波市と、飯山市が深釧市福田区とそれぞれ友好都市で合同チームを組んで大会に出場しました。

最初の3日間(飯山市は相手の都合により後の3日間)はそれぞれの友好都市を訪問し友好を深めると同時に、日中双方の選手役員が合同練習を行ってお互い心を一つにして試合に臨みました。

1日目、長野市チームは友好都市の石家庄市に行き、ホテル内の宴会場において石家庄市外事弁公室の欒主任以下職員皆さんの熱烈歓迎を受け、双方の選手役員団が参加し、盛大な歓迎会をやっていただき感謝の念で一杯でありました。石家庄市の皆さんとは5月にも緑化事業で訪れた折にお会いしており会は大変に盛り上がり、緊密な交流ができ友好を一層深めることが出来ました。

2日目は、練習を行いました。隣の正定県にある卓球訓練基地に向かいました。国家の訓練基地となっており規模はものすごく大きく卓球台も40台ほど置かれていてびっくりしました。又、そこには併設して卓球の実験学校や卓球博物館も設置されています。練習は長野県チームと一緒に行いました。中国選手は体も大きく体格面、卓球の技術においてレベルはかなり高く感じられました。日中選手が和やかにしかも真剣に練習。言葉の違いを乗り越えて、本当に溶け込んだ交流ができ試合に臨む体制ができました。

3日目には高速鉄道にて北京に向かい、宿舎の北京会議センターに入りました。全国の選手役員が一堂に会して4日目からの大会に臨む準備をしました。

4日目は北京オリンピック記念体育館で、開幕式が行われ全国67チームの選手、役員並びに日中双方の来賓が出席し盛大に行われました。午後には練習を行い明日からの本番に備えて選手のみなさんは真剣な練習を行ないました。

5日目には、いよいよ試合が始まり、参加67チームが4つのブロックに分かれて予選が行われました。各ブロック4から5チームがリーグ戦で試合を行い、勝ち抜いた2チームが準々決勝に進むことになります。長野市チームは3戦し全勝したため第1位となり、第2位の東京都目黒区チームとともに準々決勝に進むことになりました。

6日目は、準々決勝と、準決勝、決勝が行われましたが、予選で敗れた約半数のチームは市内参観となりました。準々決勝と準決勝、決勝は4ブロクごとにトーナメント方式で行われました。

長野市・石家庄市チームは準々決勝では岐阜県・杭州市チームと当たり4勝1敗で勝ち、準決勝では福岡県・広州市チームと当たり3勝2敗で決勝戦に進むことができました。決勝戦では強豪の長崎県・上海市と当り2勝3敗で惜しくも敗退しましたが日中双方の選手はよく頑張ったと思います。健闘をたたえたいと思います。試合終了後表彰式が行われましたが、戦い終えて皆さんさわやかな友好大会にふさわしい和やかなムードの中で大会の幕を閉じることができました。

7日目は、全員で万里の長城を視察し雄大な景色と共に悠久の歴史の重みを感じながらに帰路につきました。夜は記念宴会が盛大に開催され、会場の中は熱気に溢れあちこちで友好を深め名残惜しそうな姿が見られ印象的でした。皆さん大変満足そうでした。

8日目は帰国。早朝ホテルをバスで出発し北京空港から帰国の途につきました。この8日間はハードスケジュールでしたが、天候に恵まれ何よりも事故や病気になる者もなく帰れたことは良かったと思っております。

最後に、今回の訪中に当たり、ご支援、応援いただきました自治体の皆様、卓球協会の皆様、日中友好協会の皆様、ご家族の皆様等関係の皆様方に心から感謝申し上げたいと思います。
(長野市日中友好協会理事長 金子繁三)

  長野びんずる「日中友好連」で参加(8/5)

 第47回長野びんずる祭りが8月5日長野市の中心街でおこなわれ、長野市日中友好協会は「日中友好連」を組んで50人で参加しました。

 1万2千人の踊り手とともに昭和通りから新田町交差点に向かいました。日中友好の提燈を先頭に、友好協会会員と帰国者、実習生などが黄色い友好法被をまとってシャモジを打ち鳴らしながら熱心に汗だくになりながら、踊りました。

 「びんずる祭りはストレス解消にもなり毎年楽しみにしています」と喜んでいました。
国交正常化45周年記念・長野県日中友好訪中団、北京、河北訪問(5/23~28)
<河北省で心温まる歓迎、山根会長が栄誉証書をいただく>

長野県日中友好協会は日中国交正常化45周を記念して5月23日から28日、山根敏郎副会長(長野市日中友好協会会長)を団長とする長野県日中友好協会訪中団を派遣しました。訪中団には15名が参加し、北京、河北省などを友好訪問し、熱烈歓迎を受け、思い出深い友好の旅となりました。

<中国国際放送局を訪問、インタビューを受ける>
 5月24日午前、中国国際放送局に到着すると、長野となじみの深い劉非さんと王小燕さんがにこやかに出迎えてくれました。お二人にご案内いただき、立派に成長した長野中国語学ぶ会が苗木を贈呈した友誼の桜をバックに記念撮影し、日本語部のオフィスを参観させていただきました。皆様の熱心な仕事ぶりを垣間見ることができました。続いて、王丹丹部長のあたたかい歓迎ごあいさつをいただきました。小燕さんのインタビューには皆さん緊張しながらも一生懸命答えていました。(CRIのホームページで団の貴局訪問の記事を見、ネットラジオでインタビューの番組を聞くことができます。立派に編集されていて、団員の皆さんも大喜びです。)

<中日友好協会の袁敏道秘書長と再会、歓迎昼食会>
 続いて中日友好協会を表敬訪問し、袁敏道秘書長と再会、昼食会のおもてなしをいただきました。長野訪問の思い出話しに花が咲き、日中友好のこれからについて語り合うことができました。袁秘書長は孫平化先生と長野県を訪問されて以来長野県との友情を大切にしていただいておられ、長野県にも大勢の友人がいます。昨年9月には、唐家璇会長とともに長野を訪問され、友好座談会や歓迎交流会に参加されました。国交正常化45周年にあたり日中友好都市中学生卓球交歓大会の成功や、秋の阿部知事を団長とする日中友好県民の翼派遣受け入れにご協力いただきたいとお願いしました。緑化協力と冬季オリンピック支援交流についても意見交換することができました。日中関係が厳しさの中に明るさも見えてきた中で、今後とも協力連携して地方民間交流を進めていきたいと固い握手をしてお別れしました。

<河北省で心温まる歓迎、山根会長が栄誉証書をいただく>
 北京西駅から15:23初の高速鉄道G521に乗って、河北省の省都石家庄市に向かいます。1時間25分余りで時間通り到着。河北省では省政府外事弁公室主任で、省人民対外友好協会会長の劉暁軍先生、省外弁アジアアフリカ処の梁国輝処長らから心のこもった歓迎を受けました。
 
 劉先生は、会見の中で、「昨年は、長野県日中友好協会の60周年をともに祝いました。河北省と長野県は友好提携以来大きな成果を収め人民対外友好協会から表彰されました。重要な成果は長野県日中友好協会の皆様の努力のたまものであり河北省人民は忘れません。易県での緑化協力の際は私も参加しよく覚えています。張家口で冬季オリンピックが開かれますが、スキー板の贈呈やスキー競技の開催にあたっての長野県の支援を忘れません。また多くの農業、工業、環境、医学などの研修生がお世話になり、私も松本の信大に留学中大変お世話になりました。先ごろ一帯一路国際協力サミットフォーラムが開かれ二階先生も参加されました。素晴らしいチャンスが訪れると思います。2022年の冬季オリンピックに対し、阿部知事は張慶偉省長に長野オリンピックの経験をもとに協力支援を約束されました。最近習近平主席は新たに「雄安新区」を建設する構想を発表しました。世界の一流レベルで建設される新区です。新区は河北省内に建設されるので、河北省にとって千載一隅のチャンスです。30年余りの交流の中でたくさんの成果をあげました。さらに多くの成果をあげられるよう希望しています」とあいさつされました。続いて劉先生から山根敏郎団長に長年の友好交流への貢献に対し栄誉証書を授与いただきました。
 山根団長は栄誉証書をいただいたことに感動し、「齢まもなく90歳になるが、これを励みに、生涯日中友好に尽くしたい」と述べあたたかい歓迎に謝意を表しました。2000年から緑化協力に励んできたことをこのような形で評価いただいたことは、本人も望外の喜びであり、県協会にとっても光栄なことでした。長年の友人の皆様と親しく交流でき良い思い出となりました。「北国の春」「ふるさと」「大海啊、故郷(海はふるさと)」をお礼に歌った団員と一緒に劉先生も加わっていただき歓迎会は大変盛り上がりました。
 また、翌日には、山根団長が長野市日中友好協会の会長ということで欒建英石家庄市の外事弁公室主任が歓迎宴を開催していただきました。昨年、石家庄市長さんや中学生訪日団、語学研修生を迎えて開かれた歓迎会の情景ががよみがえり、思い出深いものとなりました。

<内丘県で緑化協力>
 5月25日、韓隷東さんの案内で専用バスに乗り、高速道路で邢台市内丘県に向かいました。内丘県緑化協力地での記念植樹では、邢台市の馮智勇市外弁常務副主任や裴雅鋒市外弁副主任や県政府の皆さんが参加されて一緒に100本の側柏を植えました。活着と成長を祈ってたっぷりと水をくれました。近くのアンズ畑に案内され、熟したアンズをいただきました。王彪副県長主催の歓迎宴を催していただきました。内丘県での緑化協力は日中緑化交流基金の助成を得て実施されてきたもので、本年で5年目を迎えています。山根団長は、緑化協力の思いを語り、内丘県の発展を期待してあいさつしました。団員の山口昌昭千曲市日中友好協会理事長は裴さんたちの案内で友好交流を進めてきた巨鹿県を訪問しました。手厚い歓迎を受けたそうです。千曲市と巨鹿県の友好関係が前進していくことを願っております。

<張家口、冬季五輪スキー競技会場の整備進む>
 5月26日、石家庄市郊外の正定県にある石家庄国際空港から張家口に向かいました。12:15発のHU7123便で一時間ほどで張家口に到着。張家口市は人口約500万人河北省の西北、モンゴル高原から華北平原、北京に通じる要衝に位置しています。発展ぶりを随所で目にすることができました。特に、2022年の冬季オリンピックのスキー会場が同市崇礼区に決まって以降は一段と発展が加速しているとみられます。万里の長城の大境関を案内いただいた後、李宏副市長主催の歓迎会を開いていただきました。長野冬季オリンピックを開催した、長野県白馬などとの交流を深め、立派にオリンピックを成功させていきたいとあいさつ。昨年12月に来県された青少年オリンピック学校の校長さんとも今後の交流について意見交換することができました。
 5月27日には太舞滑雪場、万龍滑雪場などを参観させていただきました。太舞は新しいスキー場ですが準備が順調に進んでいる様子を実際に見ることができました。高速道路と崇礼区の中心市街地は一大変化を遂げています。数年後には高速鉄道も開通し北京とは1時間ほどで結ばれることになるそうです。オリンピックをチャンスとして、一大リゾート地を建設しているように見えました。

 一行は、孟祥龍さんの案内で高速道路を一路北京に向かいました。北京での最後の晩餐会には河北省外事弁公室の紀竑さんと国際放送局の劉非さんが同席してなごやかで有意義なひと時を過ごすことができました。

長野市協会第39回定期総会、国交正常化45周年友好交流推進を決定(5/20) 

 長野市日中友好協会は5月20日、市内のホテル信濃路において第39回定期総会を開催しました。総会には会員ら約40名が出席し、日中国交正常化45周年の節目の年として、県日中や長野市など関係機関と連携して友好交流を更に深めるための諸事業を推進するとした2017年度の活動方針などを決定しました。引き続き講演会を開催し、中国国際放送局長野孔子学堂中国側責任者の王秀閣さんに『実りある交流に向かって』と題して、これからの日中交流について示唆に富むお話をいただきました。また、講演会終了後、祝賀パーティを開催しました。

 総会は、松原京子副理事長の司会によりスタート。開会に先立ち、昨年総会以降逝去された諸先輩のご冥福を祈り黙祷した後、福澤宏夫副会長が開会あいさつを行いました。山根敏郎会長はあいさつで、「本年は国交正常化45周年の節目の年に当たるが、日中友好都市中学生卓球大会など多彩な交流事業が予定されている。私も来週、緑化交流で中国を訪れる。中国とは輝かしい歴史を刻んで友好交流を重ねてきたが、日中の親善こそが世界平和の基礎となる」と強調しました。

 西堀正司長野県日中友好協会理事長、三井経光長野市日中友好議員連盟会長からそれぞれ祝辞をいただきました。その他の来賓として市議会日中友好議連の宮崎治夫・小泉一真の両氏、須坂市日中友好協会理事長の小柳邦義氏、千曲市日中友好協会事務局長の小林修氏、伊那日中友好文化経済交流協会理事長の吉田明玉氏らに出席いただきました

 議長に西澤正夫・橋本孝子両氏、運営委員として田中康正(委員長)、佐野修一、宮下昌司の各氏、書記に長澤保、戸澤百子の両氏、議事録署名人に西澤孝俊、若月幸子の両氏を選出した後、田中運営委員長から総会成立報告が行われました。

 議事に入り、総会スローガンが佐野修一氏から提案され拍手で承認された後、2016年度活動報告が吉岡弘海事務局長から、2016年度一般会計決算報告・特別会計決算報告が峰村洋財政部長から、監査報告が竹内勲会計監事から報告され承認されました。

 引き続いて、2017年度活動方針・事業計画(案)が金子繁三理事長から、2017年度一般会計予算(案)、特別会計予算(案)が峰村洋財政部長から、それぞれ提案説明があり、いずれも原案どおり採択されました。新年度方針には、国交正常化45周年の記念事業として県日中友好協会が実施する緑化交流訪中・日中友好都市中学生卓球交歓大会・講演と祝賀のつどい等への参加、石家庄市語学研修生友好交流、中国留学生ホームステイの実施、びんずる祭り「日中友好連」、マレットゴルフ大会、帰国者支援交流、地球人ワールドフェスタへの参加、組織の強化などに取り組み、友好交流を深めていくことが盛り込まれています。

 更に金子繁三理事長から、山田隆氏、米山達雄氏、戸井田静男氏を新たに理事とする役員の選任(補充)が提案され承認されました。また山根会長から、5月末で退任する吉岡弘海事務局長の後任として、新たに山田隆氏が6月から事務局長として指名され承認されました。 最後に、若月幸子市日中女性委員会副委員長から総会宣言が提案され全員の拍手で採択されました。宮沢信代副会長の閉会あいさつで総会は無事終了しました。
 山根会長の長野市長感謝状受賞を祝って祝賀会開催(3/24)
  長野市日中友好協会は3月24日、ホテル信濃路において、山根敏郎会長が長野市長から国際交流と日中友好親善への貢献に対し感謝状を受賞したことを祝って祝賀会を開きました。高波謙二県日中友好協会会長や三井経光長野市議会日中友好議員連盟会長、戸谷昌秀長野市国際室室長はじめ長野市日中友好協会関係者ら50名が出席しました。

 最初に出席者全員で山根会長を囲んで記念撮影。発起人を代表して福沢宏夫長野市日中友好協会副会長が山根会長の受賞は協会全体の喜びであり、山根会長には今後とも会の先頭に立って協会を引っ張っていっていただきたいと述べました。

 続いて、高波県日中会長が緑化協力で毎年河北省に出かけ植林活動をを行ってきたことなどに触れ、今後とも県協会、全国協会の先頭に立つ中核的地区協会である長野市日中会長として元気にご活躍ご指導いただきたいとあいさつしました。倉田竜彦氏と三井議連会長の祝辞の後、吉岡尋子市日中女性委員長から花束が贈呈されると満場の拍手に包まれました。

 山根会長は謝辞の中で、大勢の皆さんの激励に感謝し今後とも一段と日中友好活動に励んでいきたいと述べました。懇親会では大正琴の演奏やフラダンスも披露され、にぎやかになごやかに大いに盛り上がりました。
 日中友好に貢献,、長野市が山根敏郎市協会長に感謝状(2/24)2017

 長野市は2月24日、市の国際交流を推進し、日中友好親善に貢献したとして、長野市日中友好協会長の山根敏郎さん(88)=長野市屋敷田=に感謝状を贈りました。河北省・石家荘市との友好都市締結35周年を記念した写真展も同日から3月2日まで、市役所第1庁舎1階の市民交流スペースで始まりました。

 協会は1979(昭和54)年設立で、会員は市内を中心に現在150人。山根さんは会長、副会長として、帰国した中国残留婦人・孤児や、中国からの留学生、研修生との交流に長年尽力し、石家荘市との交流事業や緑化協力事業も積極的に支援。市は「市の国際化推進に顕著な功績が認められる」として感謝状を贈ったものです。

 市役所で感謝状を渡した加藤久雄市長は「長年にわたりご活躍いただいた」と感謝。山根さんは取材に「私個人でなく協会が活発に交流していることに対する評価。市を活性化する一つの基礎になり、微力だが全力を挙げて今まで以上に励みたい」と話していました。

 写真展では両市のこれまでの交流の歴史を年表で振り返り、友好都市締結35周年記念で2016年度に相互に派遣した市長ら訪問団の交流風景を紹介。石家荘市の語学研修生が長野市にホームスティし、市日中友好協会の会員らとリンゴ狩りや芋掘り体験を楽しむ写真も紹介されています。
 中国伝統芸術の夕べ長野公演好評でした(11/17)2016

 長野県日中友好協会創立60周年と長野市・石家庄市友好都市締結35周年を記念して中国伝統芸術の夕べ長野公演が11月17日、長野市芸術館で行われました。600人ほどの市民が来場し変面等中国の伝統芸術を楽しみました。

 華麗な舞を踊りながらの見事な書のステージに始まり、テノール歌唱と漢詩の詩吟、京劇「覇王別姫」の中の虞美人の剣舞、さらに中国民族楽器演奏は二胡・フルス・バーウー・擂琴・京胡など5種類の楽器によって5曲が演奏されました。そして注目を集めたのが18種類の面があっという間に変わる変面などバラエティーに富んだ2時間の舞台を楽しみました。

中国太陽芸術団団長の程波さんの軽妙な司会進行と出演者の見事な演技に大きな拍手が送られました。

 「変面を間近に見れて満足しました。わかりやすい解説と素晴らしい演技に感動しました」と語りながら帰って行く観客の皆さんを、スタッフも嬉しく見送りました。
  長野市の帰国者、80人で安曇野バスツアー(10/30)
 
 長野市と市日中友好協会、市帰国者の会で構成される長野市中国帰国者三者連絡会の主催により平成28年度長野市帰国者のつどいが10月30
日行われました。昨年の世界遺産冨岡製糸場参観に引き続き今年も要望に応えてのバスツアーで安曇野の大王わさび農場とガラス工房アートヒルズミュージアムなどを訪問しました。帰国者と友好協会役員、市生活支援課の皆さん等約80名が参加し、大型バス2台に分乗しての賑やかな見学交流会となりました。

 あたたかい日差しに恵まれたこの日、長野を8時前後に出発した2台のバスは松代PAで合流し、ここで開会式が行なわれました。

 長野市生活支援課の上田哲夫課長が「長野市は帰国者の会、日中友好協会とともに三者連絡会を設けて、帰国者の皆さんの生活支援事業に取り組んできましたが、その一環として毎年帰国者のつどいを開催しています。ここ数年はバスツアーで観光名所を訪れながら交流を深めてきました。今日1日楽しく交流を深めてください」とあいさつしました。

 続いて、三者連絡会会長の金子繁三長野市日中友好協会理事長は、「沢山の帰国者に参加いただき感謝します。一昨年の上越市水族博物館訪問、昨年の冨岡製糸場参観バスツアーに次いで今年は安曇野を訪問します。年配の方もいるので、無理しないで、楽しい1日を過ごしてください」とあいさつしました。

 布施正幸・県日中帰国者交流センター次長も「帰国者1世の皆さんが大勢の子や孫に囲まれて安心した老後を送れるよう地域の皆さんとともに頑張っていきたい。今年は開拓団送出のもとにもなった、満州事変から85周年にあたります。歴史を忘れず、平和を大切に守っていきたい。11月には天皇皇后両陛下が満蒙開拓平和記念館を訪問されるとの喜ばしいニュースが伝えられました。開拓団の悲劇に思いを致し平和を大切に考えておられる証と思います。日中両国の不再戦、平和友好を願う気持ちを強く持っている皆さんが今後とも元気に過ごし友好の懸け橋になっていただきたい」と述べました。

 バスは、順調に10時に大王わさび農場に到着すると、他の観光客とともに入場、わさび畑をバックに記念撮影の後、思い思いのルートで広いわさび畑を参観しました。

 説明によると、北アルプスからの湧水を利用した、日本最大規模のわさび園で、年間約120万人が訪れるそうです。もともとは雑草の生い茂る原野だったところを20年の歳月をかけ開墾完成させたもので、「大王」の名称は敷地内にある大王神社に由来します。この神社は民話に登場する八面大王の胴体が埋葬されているとされます。創設者の強い意志を支えるとともに、観光名所の柱にもなっているようでした。わさび田に引かれる湧水は一日12万トンで、水温は年間通して12℃。収穫は年間通して行われます。また、ここは黒澤明監督の映画『夢』のロケが行われたことでも知られ、水車小屋をバックに写真をパチリ。帰国者の皆さんも興味深げに参観していました。

 郊外の「ほりでーゆー四季の郷」で昼食の後、安曇野アートヒルズミュージアムを訪問しました。ガラス工房や様々なガラス工芸品が展示されていて、見ごたえのあるものでした。こちらも観光客でにぎわっていました。

 最後に安曇野スイス村でショッピングを楽しんだ後、閉会式を行い柳沢春生帰国者の会会長が「来年もまた計画していきたいと思っているのでご高齢の一世の皆さんも元気で会いましょう」あいさつ、2台のバスで家路につきました。

 一世の皆さんは70代半ば過ぎの方が多いですが、皆さん元気に2世3世4世に囲まれて楽しい一日だったと喜んでいました。
長野市長、友好協会一行、友好35周年で石家庄訪問、熱烈歓迎受ける(10/17~18)

長野市と石家庄市の友好都市締結35周年を記念し、10月16日から21日、加藤久雄長野市長を団長とする小林義直市議会議長、近藤守教育長らの市友好訪中団(17名)と、山根敏郎長野市日中友好協会長を団長とする北村正博長野商工会議所会頭、北澤忠美日本伝統文化交流会会長らの市民友好訪中団(21名)が訪中しました。5月には邢国輝石家庄市長を団長とする友好代表訪日団一行16名が来長し、その余韻が冷めやらぬ中の訪中で、石家庄では再会を喜び合いながら熱烈歓迎を受けました。一行は記念レセプション、記念写真展、「友好都市桜園」の開園式等に出席し長野市と石家庄市の友好都市締結35周年をともに祝い末永い友好を誓いました。

 16日早朝JR長野駅コンコースにて出発式の後、新幹線で上京、羽田空港から一路北京へ向い、北京市内ホテルで一泊しました。

 2日目は、高速鉄道で石家庄市へ移動。石家庄市は1968年から河北省の省都となり、省都としての歴史は浅いが、人口は1千万人を超えていて、郊外には隋の時代からの歴史ある城壁や寺院があり、市としても観光資源として活用を図っているとのこと。千年古刹の隆興寺などの国宝級重要文化財をゆっくりと見学できました。

市内観光を楽しんだ後、ホテルの一室に展示された友好都市締結35周年記念写真展を参観。締結の初年度から35年間の交流の歴史を思い出させる写真パネルがビッシリと飾られ、両市の歴代市長、歴代日中友好協会長などの懐かしい写真などを見ることができました。特に、石家庄市から「人民友好使者栄誉証書」を授与されている木下雅裕直富商事㈱会長の希望小学校支援などの交流状況も大きく掲示されていて感慨を新たにしました。

夕刻、記念レセプションが100名余の出席のもと盛大に開催されました。邢国輝市長の歓迎のあいさつなどの式典後、石家庄市外国語学校の生徒児童たちによる武術、ダンス、琵琶の演奏などが披露され、訪中団員側も「北国の春」「信濃の国」「長野市市歌」を歌い宴を盛り上げました。毎年長野市へ来ていた語学研修生たち18名も同席し、壇上で「ふるさと」を合唱、思い出を語り、旧交を温めることができ二重の喜びでした。

 3日目は、広大な植物園を視察。園内に設けられた「友好都市桜園」の開園式が開催され、寿命が長いシダレザクラの苗木が両市の代表者によって植えられ、両市の末永い交流を願いました。

午後には、観光交流会議が開催され、両市の誘客連携を図るため、長野市からは長野市の水、イチゴジャム、りんごジュースなどの試飲試食をしてもらい、善光寺をはじめ、四季折々の名所、特にスキー場の魅力をスクリーンでPR。石家庄市からも数多くの名所旧跡の紹介がなされました。

4日目は、5月に柳町中学校と交流の覚書を交わした第2中学校を訪問し、8月に来日した16名の生徒たちの歓迎を受けながら、各学年とも1,000名を擁するというマンモス校の校舎内で、熱心に学ぶ書道教室授業などを見学しました。

昼食は送別会として盛大に開催していただき、14:00過ぎ邢国輝市長一行のお見送りをいただきながら石家庄市を後にし、高速鉄道で北京へ戻りました。

5日目は、7時半過ぎにホテルを出発、まず天壇公園へ行き、引き続いて万里の長城の遊覧に行きました。ロープウェイを利用して上まで登ることができました。国内外の観光客で大変な混雑振りでした。夕食は北京名物の北京ダックに舌鼓を打ちながら、最後の夜を楽しみました。

最終日は、5:30ホテル発、バスの中で朝食、8時前に搭乗し、9時前のフライトで、予定どおり12:30羽田空港に到着、空港ロビーで無事の帰国を祝って一締めして、東京から新幹線で帰郷しました。       ( 2016.11.7. 吉岡 記 )
 

第14回日中友好マレットゴルフ大会で楽しく交流(10/1)

第14回目を迎えた日中友好マレットゴルフ大会が10月1日、犀川第2運動場「飯綱コース」において開催されました。

秋雨前線の影響で前日夜半からの雨模様が心配でしたが、雨も上がり暑くもなく絶好のゴルフ日和の中、9時過ぎから福澤宏夫副会長のあいさつ、吉岡競技進行係からの競技進行説明の開会式の後、アウト・イン両コースの指定されたホールから8組同時にスタートでゲームが開始されました。

中国帰国者や研修生との混合チームでの大会は、中国国際放送局の王秀閣さん、石家庄市からの語学研修生3名、県国際交流員の李妮さん、河北省からの技術研修員の劉微さん・王暁攀さんのほか中国帰国者の池田充・照美夫妻、野村洪才・真智夫妻を含め25名の参加をいただき、和気藹々でのゲームを楽しみ、大いに親睦を深める機会となりました。

ゲーム終了後、それぞれに表彰とたくさんの賞品授与の後、金子繁三実行委員長から講評と優勝の感激の言葉を述べていただき、記念撮影をして大会を終了しました。

 大会上位表彰者(敬称略) :男子優勝/金子繁三 、女子優勝/劉微 、男子準優勝/田野口紘二、女子準優勝/王秀閣
 『日本人残留孤児と中国養父母展』(9/13~18)
1945年夏、日本の敗戦を旧満州で迎えた人たちは、ソ連軍の侵攻の中で逃げまどい、飢えと寒さで極限状態に追い込まれ、中国東北三省だけでも3,000人を超える幼い子供たちが中国人養父母に託され命をつなぎました。戦後70年余、侵略の恨みを越え日本人残留孤児を育てた中国の養父母の深い愛情を多くの市民の皆様に知っていただければと思います。お誘い合わせてお出かけください。
  9月 13日(火) ~ 18日(日) 10:00 ~ 17:00
  もんぜんぷら座3F 市民ギャラリー
 
 * 『満蒙開拓の歴史を学ぶつどい』(今回の展示会に併せ最終日に開催)
  講演と体験発表

   ○基調講演:演 題 「平和教育は満蒙開拓なしには語れない」
             -中国に由来する生徒たちを励まし育てる歴史教育-
        :講 師 飯島春光氏(長野市篠ノ井西中学校 教諭)
   ○体験発表:演 題 「養父母の恩を忘れず生きていきます」
        :講 師 石坂萬寿美さん(帰国残留孤児:塩尻市在住)
 日時: 9月 18日(日) 13:30 ~ 15:00 (13:00開場)
 場所: もんぜんぷら座3F 304号室 *入場料はいずれも無料  

 主催: 長野市日中友好協会・長野県日中友好協会
       〒380-0936長野市中御所岡田町166‐1   TEL 026‐224‐6517
 後援: 中国黒竜江省ハルピン市・日本残留孤児養父母連絡会・満蒙開拓平和記念館
   * なお、今回の展示は中国黒龍江省ハルピン市で活動している「日本孤児中国養父母連絡会」の協力を得て、
  同市内で常設展示されているものの一部を満蒙開拓平和記念館が借り受け、長野県日中友好協会が県内を
巡回して展示する運びとなったもので、写真付きパネル26枚は、中国語と日本語で解説が掲載されています。
 石家庄から中学生訪日団、友好協会も歓迎会(8/22)

 河北省石家庄市の第2中学友好訪日団一行16名が、8月22日から24日友好都市の長野市を訪れました。長野市内のホテルメトロポリタン長野で長野市日中友好協会が開いた歓迎会には40名が出席しました。金子繁三理事長が、一行を歓迎し、「友好提携35周年をともに祝い、青少年の交流を盛んにして友好を深めましょう」とあいさつしました。訪日団団長の孟碩・市外事弁公室副主任はあたたかい歓迎に感謝した後、「35周年記念で多くの長野市民の皆さんが今秋10月、石家庄を訪問されることを熱烈歓迎します」と述べました。

 各テーブルでは筆談や片言の中国語で交流が進みました。生徒たちが日本の歌「さくら」や中国の歌「茉莉花」などを合唱で見事に披露すると大きな拍手。協会員も「北国の春」を歌って歓迎、さらに黄色の友好ハッピを生徒ともども羽織って炭坑節を踊り、交流は大きく盛り上がりました。生徒たちは、訪問の感想を「山の景色が素晴らしい」「町が美しい」「人々が親切」などと話していました。

 歓迎会に先立ち、一行は柳町中学で交流会に出席し、もんぜんぷら座で琴や尺八、三味線の演奏を聞くなどしました。さらに着付けてもらった浴衣姿で善光寺を参拝。翌日は中条中学を訪問し授業参観、戸隠神社を訪ねたりしました。
 長野びんずる「日中友好連」で参加(8/6)

 第46回長野びんずる祭りが8月6日長野市の中心街でおこなわれ、長野市日中友好協会は「日中友好連」を組んで40人で参加しました。

 1万2千人の踊り手とともに長野中央通りかるかや山前交差点から昭和通りに向かい、方向転換して南に進みました。日中友好の提燈を先頭に、友好協会会員と帰国者、研修生などが黄色い友好法被をまとってシャモジを打ち鳴らしながら熱心に汗だくになりながら、元気いっぱい踊りました。

 河北省からの国際交流員の李妮さんや研修生の王暁攀さん、国際放送局の王秀閣さんも初めての体験で、「びんずる祭りを体験できて楽しかった。良い思い出になりました」と喜んでいました。
  中国留学生18人が信州で第26次ホームステイ(7/26~28)

 県日中友好協会は(公財)日中友好会館・後楽寮が派遣する中国留学生18人を7月26日から28日まで飯山・中野・長野・千曲・小諸・安曇野・大北・岡谷など8地区協会で受け入れました。2泊3日のホームステイで本年で26年目になります。

 26日長野駅に降り立った10名の留学生は、関係地区の皆さんの出迎えをうけました。長野オリンピック・エンブレムの前で、対面歓迎式を行い受入れホスト家庭の皆さんとお互いに紹介しあい全員で記念撮影した後、各地に出発して行きました。

 留学生の皆さんは、地区協会主催の歓迎交流会や市町村長表敬懇談、地域の名所や施設などの参観、ホスト家庭での語らいなど有意義な3日間を過ごし、楽しい思い出をいっぱいにして再び長野駅に集合しました。受入れホスト家庭の皆さんと名残を惜しんで新幹線に乗り込みました。
長野市日中第38回定期大会開催、石家庄との友好35周年記念事業取り組み決定(5/24) 

 長野市日中友好協会は5月24日、市内のホテル信濃路において第38回定期総会を開催しました。総会には会員ら50名が出席し、長野市と石家庄市友好提携35周年記念事業などを柱とした、2016年度の活動方針などを決定しました。続いて開かれた、記念祝賀パーティーは石家庄市代表団の歓迎会を兼ねて開催され、90名の盛会となりました。(別項参照)

 総会は、松原京子副理事長の司会によりスタート。開会に先立ち、昨年総会以降逝去された諸先輩のご冥福を祈り黙祷。清水えい子副会長の開会あいさつに続いて、山根敏郎会長が「38回目の総会を迎えるが、輝かしい歴史を刻んで友好交流を重ねてきた。中国には過去大変ご迷惑をかけた反省を原点に、これからも積極的に交流を重ねて行きたい。県都長野市の日中友好協会が、全国日中を牽引している長野県日中を背負っているとの気概を持って頑張ってまいりたい」とあいさつしました。

 西堀正司長野県日中友好協会理事長、岡田荘史長野市日中友好議員連盟会長、樽井悦郎須坂市日中友好協会副会長からそれぞれ祝辞をいただきました。その他の来賓として千曲市日中友好協会理事長の山口昌昭氏、市議会日中友好議連の若林祥・野々村博美・黒沢清一・滝沢真一・生出光・勝山秀夫・小泉一真各氏、県国際交流員の李妮さんらに出席いただきました。

 議長に竹内勲・宮沢信代両氏、運営委員として田中康正(委員長)、三島とよ子、中山安正の各氏、書記に長澤保、戸澤百子の両氏、議事録署名人に西澤正夫、若月幸子の両氏を選出した後、田中運営委員長から総会成立報告が行われました。

 議事に入り、総会スローガンが西澤正夫渉外部長から提案され拍手で承認された後、2015年度活動報告が吉岡弘海事務局長から、2015年度一般会計決算報告・特別会計決算報告が峰村洋財政部長から、監査報告が篠原重夫会計監事から、報告され承認されました。

 引き続いて、2016年度活動方針・事業計画(案)を金子繁三理事長から、2016年度一般会計予算(案)、特別会計予算(案)を峰村洋財政部長から、それぞれ提案説明があり、いずれも原案どおり採択されました。新年度方針には石家庄との友好35周年記念訪日団の歓迎、記念訪中団の派遣、石家庄語学研修生歓迎交流、中国留学生ホームステイの実施、びんずる祭り「日中友好連」、マレットゴルフ大会、帰国者支援交流、地球人ワールドフェスタへの参加、県60周年記念事業への協力、組織の強化などに取り組み友好交流を深めていくことが盛り込まれています。

 更に規約改正について金子繁三理事長から提案され承認されました。また福澤宏夫役員選考委員長から山根会長はじめとした新年度役員(任期2年)が提案され拍手で了承されました。最後に、若月幸子市日中女性委員会副委員長から総会宣言が、提案され全員の拍手で採択されました。太田淳子副会長の閉会あいさつ で総会は無事終了しました。

 なお、会場では出席者に熊本地震被災者救援募金協力が呼びかけられました。

    友好提携35周年を記念して石家庄市長一行が来長、友情深める(5/22~25)

 長野市・石家庄市友好都市締結35周年を記念して、長野市の招聘により邢国輝石家庄市長を団長とする友好代表訪日団一行が5月22日来日来長しました。

一行は市長以下、孟勝林政府秘書長、趙建林外事弁公室主任、趙俊芳旅行局局長、郎金国教育局局長の政府関係者はじめ、中学校校長、外国語学校長などの教育関係者、旅行会社社長など16名。長野駅に到着した一行を、長野市日中友好協会メンバーは加藤久雄長野市長とともに大きな歓迎の横断幕と日中両国の小旗を持ってにぎやかに出迎え歓迎しました。

23日には、10:00から長野市市民交流センターにおいて歓迎式典が行われ、長野市の博愛保育園園児54人が元気にサクラサクラを歌ったり、鈴やカスタネットを響かせて歓迎しました。その後、善光寺門前の仲見世通りや、松代地区の文武学校を視察。18:30から市内ホテルで開催された記念レセプションでは、市議会議員や長野市日中友好協会はじめ各種団体代表の皆さんと懇談交流を深めました。

24日には、教育交流会議、観光交流会議を開催し、教育と観光についての覚書を交わし連携強化を確認しました。教育交流会議では里山修学旅行や語学教師の相互派遣の充実、柳町中学校と石家庄市第2中学校の「友好交流校」の覚書を交わしました。

続く観光交流会議では、長野市のウィンタースポーツを楽しめるスキー場やエムウェーブを紹介し、石家庄市からは由緒ある寺や仏像、雄大な景勝地を紹介して、それぞれに双方の観光PRを充実させていくことを約束しました。

長野市日中友好協会主催の歓迎会は24日ホテル信濃路で90名が参加して盛大に開催されました。

会場入口で山根敏郎会長以下全員が拍手で迎え、記念撮影をした後、9テーブルに分かれて着席いただき歓迎会が始りました。

双方の出席者紹介の後、山根敏郎会長が「朋有 自遠方来 不亦楽平」(ともあり遠方より来る、また楽しからずや)と論語の言葉を引用して、邢国輝市長一行を心を込めて熱烈に歓迎するとともに、秋には加藤長野市長とともに石家庄市を訪問して、更なる友情を深めたいとあいさつ。邢市長からは「友好協会の友人の皆さんと会うことができ喜びに堪えない。短い3日間でしたが観光・教育交流会議、文化・企業視察など35周年にふさわしい友好協力推進の旅となり、観光、教育、経済交流の基礎ができた。両市の青少年交流と友好交流を今後とも重視ししていきたい。108人の研修生派遣、50回以上の中学生の相互派遣などを通して、相互理解に貢献し友好の架け橋として期待されている。友好協会の一貫した友好の尽力に感謝している。石家庄市に是非お出かけください。1000万石家庄市民は熱烈に歓迎します」と情熱のこもったあいさつをいただきました。続いて、記念品の交換が行われました。

引き続き、来賓の加藤久雄長野市長、小林義直長野市議会議長、西堀正司県日中友好協会理事長から歓迎の祝辞をいただき、当協会の塚田佐名誉顧問の声高らかな乾杯の音頭により懇談交流となりました。

交流会では、琴伝流大正琴10名のメンバーにより、「世界に一つだけの花」「おどるポンポコリン&さんぽ」「月亮代表我的心」などが演奏される中、会場のいたるところで、なごやかな交流が繰り広げられました。市協会女性委員会の皆さんも大正琴の伴奏で「北国の春」を合唱し、更に邢市長を誘って「大海啊故郷」(海はふるさと)を熱唱しました。盛り上がった雰囲気の中、黄色の友好ハッピと豆絞りハチマキ姿に変身して、加藤市長も加わり、「炭坑節」の踊りの輪が広がって交流を楽しみました。アッと言う間に終宴の時刻を迎え、岡田荘史長野市日中友好議員連盟会長に一締めをしていただき、代表団の皆様と握手をしながら別れを惜しみお送りしました。  (吉岡弘海 記)

 新年のごあいさつ (1/1)2016
長野市日中友好協会会長
山 根 敏 郎

 2016年の新春明けましておめでとうございます。
 本年は、日中友好運動の大きな前進の年になりますし、又、必ず飛躍の年にしなければなりません。4月には、長野市日中がその中心となって、久しぶりの大訪中団を出発させましょう。河北省側の受入れ態勢は、私共と長い交流関係にある劉暁軍さん(信大経済学部卒で、奥さんは信大医学部卒)で、昨夏より石家庄市への直行便も出来ました。
 熱烈歓迎のあることは間違いありませんし、初めて訪中される人も必ず満足されると確信します。
 今年一年日中友好運動前進のためにがんばろう。加油!!

新年祝詞
中国石家庄市市長
邢  国 輝
 新年を迎えるにあたり、私は石家庄市民を代表し、長野市日中友好協会並びに各界の友人の皆様へ新年の祝福と挨拶を送ります。貴協会は中日友好の架け橋として、両市の友好交流促進に卓越した貢献をされたことに、心から敬意を表したいと存じます。
 わが市と長野市は一九八一年に友好都市を締結して以来、政府間相互訪問や民間交流を続けてきました。過去一年に、両市の間では一連の交流活動が行われました。その中で貴協会による支援や協力に心から感謝を申し上げたいと存じます。
 また、新しい一年に両市の友好団体が力を合わせ、協力を強め、より大きな成果を遂げることを期待しております。
 最後に、わが市訪日団や語学研修生への心遣いに改めて感謝を申し上げたいと存じます。
 長野市の益々の繁栄並びに市民の幸福と安泰を心からお祈り申し上げます。   
 中国・石家庄市語学研修生、長野市での生活体験に感謝(12/22)2015

 友好都市中国石家庄市から語学研修のために長野市に半年間滞在していた3人の皆さんが帰国に際し感想を寄せていただきました。ここに紹介します。

何 瑛(カエイ)
 カエイと申します。長野に来てからいろいろと交流ができ、本当に楽しいです。
 長野市国際室、日中友好協会の皆様に非常に感謝しています。日中友好協会の金子理事長の家を訪ねた時に、美味しい日本料理をたくさんごちそうになりました。中山さんは国宝松本城、野猿公苑へ案内してくれました。峰村さんのお宅ではお寿司を一緒に作って食べました。プレゼントもたくさんいただきました。
 田野口さん宅でのお孫さんとの楽しい食事や、吉岡さんとの鬼押出し園・軽井沢ショッピングプラザ見学など、皆様のおかげでいろいろな体験ができました。帰国後も、日本語を勉強し続けて、将来、日中友好の懸け橋になりたいと思っています。ありがとうございました。


王景晃(オウケイコウ)
 来日してから、本当にいろいろお世話になっています。ありがとうございます。
 研修のチャンスをいただいた長野市に心から感謝しています。国際室の皆様が研修内容から生活までいろいろと手配していただいて、安心して研修ができました。
 日中友好協会の皆さまのお陰様で、家庭訪問、松本城、ホームステイ、マレットゴルフなどの貴重な体験ができ、心から感謝しています。おやきも皆様と一緒に作って、美味しくいただきました。地獄谷野猿公苑で楽しそうに温泉に入っているサルを見ました。いろいろな活動に参加して、長野市の皆様の心の温かさ、やさしさに感動しました。感謝の気持ちを忘れず、今後も両市のため、日中友好のため、貢献できるように精一杯頑張ります。


鄺天辰(コウテンシン)
 最初の長野の印象は青空、きれいな街、フレンドリーな人々で、漫画の中の様子と一致していました。
 来日してから勉強になることがたくさんあります。まず環境保護です。町中にごみは見かけません。非常にきれいです。ごみを分類して処理しているから綺麗な景色をいつも楽しめると思います。
 次は、人に対する優しい思いです。バスは誰でも乗降しやすいように、床を低くして、子供や年寄りに便利を提供しています。それから日本人はとても友好的で、親切です。分からないことがあっても、聞くと親切に教えてくれます。色々なことを教えていただいた皆様に感謝しています。日中友好のためにもっと頑張りますので、よろしくお願いします。
 ワールドフェスタin長野に今年も参加(11/29)  2015

国際交流イベント「おぉ!地球人 ワールドフェスタ in 長野 2015」が11月29日長野市のもんぜんぷら座で開催されました。市民の国際感覚・国際理解の向上を目指し、今年で4回目となります。市内に活動拠点を置く団体等21の出展ブースと8つのステージ発表が行われ、多くの市民が訪れ、交流を楽しみました。

ステージ発表では、中国石家庄市からの3名の語学研修生(何瑛さん、王景澔さん、鄺天辰くん)が和服姿でそれぞれ一人ずつ「能」を舞い、3人一緒に三味線で「さくら」の曲を演奏し、更に一人ずつ研修中の思い出などを日本語で発表し視聴者の大きな拍手を浴びました。また、幸福龍さんほか敦煌二胡教室のみなさんによる二胡演奏も行われ、5曲目は長野市日中のメンバーもステージに上がり観客の皆さんと「ふるさと」を合唱しました。

幸運を招く赤い提灯や切り紙で飾り付けた長野市日中友好協会のブースには、協会の活動紹介展示のほか、「満蒙開拓団の悲劇を語り継ごう!」のコーナー、 中国茶のサービスコーナー、ミニ中国語教室を設けて来客者を迎えることとしました。激励に来場された山根会長、福澤副会長も黄色い日中友好のハッピ姿になり、ブース前で全員勢ぞろいの記念写真を撮り、定刻の11時いよいよ開会セレモニーで始まりました。

当協会ブースでは、王秀閣さん(中国国際放送局孔子学堂中国側責任者)のお手前による「黒茶」「白茶」「ジャスミン茶」など、中国茶のサービスが人気を呼び、それぞれの効能などを記したチラシを手に味わっていただきました。茶菓子の「ナツメ」「山査子」の提供も喜ばれました。また、応援に来てくれた県国際交流員(河北省から来県)の董彤さんと信州大学研究生の劉非さんによるミニ中国語コーナーにも多くの人が立ち寄っていただき好評でした。 満蒙開拓団の悲劇など綴った『活(いきる)』(宝興長野郷開拓団出身の大石文彦さん著)などの著書にも関心を寄せていただき、日中不再戦、平和友好をアピールすることもできました。

その他、アメリカ、ロシア、ベトナム、モンゴル、フィリピン、タイなど、それぞれのブースにも多くの皆さんの関心が集まっていました。

長野市国際室によれば、当日の来場者は688名で、長野市には11月現在、53ヶ国・地域の3491名の外国籍の方が暮らしています。国際交流の良い機会になったと喜ばれています。         (長野市日中友好協会 事務局長 吉岡 弘海)

長野市の帰国者、世界遺産・富岡製糸場とこんにゃくパークを見学交流(10/25)2015
 
 長野市と市日中友好協会、市帰国者の会で構成される長野市中国帰国者三者連絡会の主催により平成27年度長野市帰国者のつどいが10月27日行われました。昨年の上越市水族博物館訪問に引き続き今年も要望に応えてのバスツアーで世界遺産冨岡製糸場とこんにゃくパークを訪問しました。帰国者65名と友好協会役員、市生活支援課の皆さんが参加し、市のバス2台に分乗しての80名の賑やかな見学交流会となりました。

 あたたかい日差しに恵まれたこの日、長野を8時前後に出発した2台のバスは松代PAで合流し、ここで開会式が行なわれました。

 三者連絡会副会長の柳沢春生・市帰国者の会会長は、「沢山の帰国者に参加いただき感謝します。年配の方もいるので、無理しないで、楽しい1日を過ごしてください」とあいさつしました。布施正幸・県日中帰国者交流センター次長も「帰国者1世の皆さんが大勢の子や孫に囲まれて安心した老後を送れるよう地域の皆さんとともに頑張っていきたい。日中両国の不再戦、平和友好を願う気持ちを誰よりも持っている皆さんが友好の懸け橋になっていただきたい」と述べました。

 バスは、予定通り11時に富岡製糸場に到着すると、参観者が門前列を成していて大盛況でした。「木骨レンガ造」の広大な建物がしっかり保存され、東置繭場跡には富岡製糸の歩みをわかりやすくパネル展示してありました。繰糸所は工場の心臓部だったところですが、28年前まで動いていた機械が整然とその場所に保存されていました。

 富岡製糸場は明治5年(1872)に日本初の官営の近代的大規模製糸工場としてスタートしました。以後民営払い下げとなり最終的に長野県とかかわりの深い片倉工業㈱が取得し昭和62年(1987)操業停止まで続いたもので、その後富岡市に寄贈され国指定重要文化財となりました。昨年念願かなって世界遺産に指定されました。帰国者の皆さんも興味深げに参観していました。

 市内の藤乃屋で昼食の後、群馬県の特産こんにゃくのテーマパーク「こんにゃくパーク」を訪問しました。大変大きな施設ですが、こちらも大勢の観光客でにぎわっていました。まず入口で記念撮影、そして工場を2階から案内コースに沿って参観しました。続いてこんにゃくのバイキング料理を味わい、最後に両手がふさがるほどのこんにゃく製品を買い込みショッピングを楽しみました。

 一世の皆さんは70代半ば過ぎの方が多いですが、皆さん元気に2世3世4世に囲まれて楽しい一日だったと喜んでいました。
第13回日中友好マレットゴルフ、研修生や帰国者と楽しく交流(10/17)2015
 
 長野市日中友好協会が主催して、第13回日中友好マレットゴルフ大会が10月17日、犀川河川敷第2運動場で開かれました。好天に恵まれ、中国研修生や帰国者ら35名が参加し、8班に別れて和やかに行われました。

 石家庄市語学研修生の何瑛さん、王景澔さん、鄺天辰さんや河北省環境技術研修生付翠軽さん、賈鵬英さん、中国国際放送局日本語部の王秀閣さん、劉非さんもゲスト参加しました。マレット初体験の方も多かったですが、ベテランの方の指導よろしく、だんだんとコツをつかんで楽しみながら健闘しました。

 マレットゴルフのルールはゴルフに似ていますが、力んで強打するとラインを超えて罰打が加わりパーを超えてしまいます。あせらず落ち着いたプレーが要求されます。「正に人生勉強ですね」とは、参加者の感想でした。

 優勝は男子:吉岡弘海さん、女子:剣持明子さん、準優勝は男子:北澤久さん、女子:賈鵬英さんでした。参加賞も全員にわたり、記念写真に納まりました。
  丹羽宇一郎・前中国大使招き、日中友好協会創立65周年記念の講演会を開催(10/9)2015

 長野県日中友好協会・県日中経済交流促進協議会・県日中学術交流委員会は10月9日、戦後70年、日中友好協会創立65周年にあたり講演と記念のつどいを長野市内のホテル犀北館で開きました。講演会には、180名が出席。尖閣問題のさなか中国大使として厳しい日中関係の最前線にあって両国関係の破滅を避けるため全力を傾注された、丹羽宇一郎先生(日中友好協会全国会長)が、「戦後70年、中国の行方と日中関係の今後」と題して記念講演しました。その後、先生を囲んでパネルディスカッションがおこなわれました。「厳しい日中関係を打開し新たな扉を開くために」、ともに考え前向きに民間交流を進めていこうとする熱意あふれる有意義な1日となりました。

 夏目潔・県日中経済交流促進協議会会長の開会のあいさつに続き、高波謙二・県日中友好協会会長が主催者を代表して「日中友好協会は65年前、日中戦争の深い反省の上に、両国の不再戦、平和友好を誓って国民の期待を担って誕生した。全国でもっとも多くの満蒙開拓団を送り出した長野県は負の歴史を肝に銘じ教訓として友好関係を築く決意をした。粘り強く民間・地方の交流を続け、友好に資していきたい。大使在任中、中国全土を自分の目で視察され、政府高官はもとより、庶民の方とも交流を深め現場主義を貫かれた丹羽先生から得がたい体験に裏打ちされた貴重なお話をお聞きし、今後の糧としていきたい」とあいさつしました。

丹羽先生は冒頭、習近平主席とも大使在任中9回あったことがあり習氏が「日中は引越しのできない間柄で、仲良く付き合っていく以外に道はない」と言っていたことを紹介しました。「日中双方の世論調査では、嫌中や日本人が怖いなどの数字が8割を超えるなど、政府間だけでなく民間でも厳しい。交流の機会を増やし誤解を解いていく必要がある。同じ人間としてお互いに信頼しあったら日中間でも過去の歴史を乗り越えて偏見をなくしていくことができる」と強調し、日中間の全ての紛争を平和的手段で解決し、武力や武力による威嚇に訴えないと定めた1972年の日中共同声明に触れ、「声明の精神を両国が遵守するよう努力するべきだ」と訴えました。

 また9月の米中首脳会談に触れ日本人が大きくなった中国を理解すべきだと述べました。日本で余り報道されていないが、米中首脳会談では安全保障や経済連携などが広範に議論され、両国は2016年を「米中観光年」にすることで合意したことを紹介。さらに「オバマ大統領は2020年までに米国人学生100万人強に中国語を学ばせると宣言した。日本が尖閣問題でごちゃごちゃやっている間に、中国は日本を必要とせず米国と関係を深めるようになってしまう」と指摘しました。

 先生は、日本の戦争責任や、日中国交正常化のために先人が払った努力が忘れ去られつつあるとも懸念。「国交正常化移行の40年余りで10億ドルだった日中の貿易額が3300億ドルまでになったのは両国が平和だったからだ。戦争に近づくようなことはやるべきでない」と強調しました。

 最後に中国の習近平体制に触れ、「習氏は自信を持って国政にあたっており中国経済は崩壊しない。当面中国共産党の1党独裁体制以外ありえないが、21世紀半ばの建国100周年に向けた長期構想を持ちさまざまな課題を解決しようとしている。ちなみに2017年は習体制2期目になるが、日中国交正常化45周年にもなる。大使のとき40周年記念行事600件もが、中止になり本当に悔しかった。45周年は是非成功させたい」と講演を締めくくりました。

 講演後、丹羽先生を囲んで上條宏之・県日中学術交流委員会副会長(県短期大学学長)、山根敏郎・長野市日中友好協会会長をパネラーに、西堀正司・県日中理事長がコーディネーター役をつとめ、パネルディスカッションが行われました。

 県内各地から集まった聴衆は熱心に耳をかたむけ、時代の変化や国際環境の変化を踏まえ日中が真剣に向かい合い相手を理解し、両国関係を改善し、関係を深めていく必要性を心に刻みました。「まず一歩踏み出すこと」を信条とする先生の情熱に大いに刺激を受けたと感想を語っていました。

 第2部の祝賀パーティーでは、相澤孝夫・副会長(松本日中会長)の開会あいさつに続き、高波会長が「”隣人同士仲良く付き合っていきたい。その為にもてる力を発揮したい”との丹羽先生の信念に貫かれた講演に感動した。日中関係が徐々に明るさを取り戻しつつある中で、集いの成果を踏まえて民間交流を進めていきたい」と語りました。中島恵理県副知事、井出庸生代議士、若林健太参議院議員からの祝辞に続いて、村石正郎・県議会日中友好促進議員連盟会長の乾杯の音頭で懇親会に入りました。小松裕・代議士(代)、小坂憲次・参議院議員(代)、今井正子・高島陽子県会議員、朱丹陽・王秀閣・中国国際放送局長野孔子学堂担当、董彤・県国際交流員、王昌勝・県華僑総会会長、塚田佐・元長野市長らから祝辞をいただきました。また、小林勝人・飯田日中理事長から満蒙開拓平和記念館の現状報告がされました。また女性委員会メンバーなどから日本と中国の歌が披露され、和やかな交流がおこなわれました。

 岡本宜樹・日本銀行松本支店長、滝沢英一・県国際課課長補佐、銭坂丈夫・上田市秘書課、柳澤直樹・山ノ内町副町長、岡村重信・県経営者協会事務局長、西村昌二・県中小企業団体中央会参事、中村英雄・県商工会連合会専務理事、荒井英彦・県信用保証協会会長、奥村明子・ジェトロ長野所長、高木幸一郎・JA全農県本部長、北村智・JA長野中央会地域農政部長部長、後藤正幸・信濃教育会会長、嶋田力夫・長野学園理事長、手塚久雄・信州大学国際交流課長、井口弥寿彦・信濃毎日新聞社総務局長、小沢吉則・長野経済研究所調査部長、桜井啓司・県武術太極拳連盟会長、など各界来賓が出席しました。

 中国昆劇長野公演、伝統芸術の舞台に感動(9/22)2015

 日中友好協会創立65周年を記念して、中国昆劇名作精選長野特別公演が9月22日、ホクト文化ホール(県民文化会館)において行われ、1000人近い市民が来場し昆劇のライブの舞台を楽しみました。

 第1部は現代昆曲の最高峰と称される珠玉の舞台「琵琶夢」。後漢末の美しき歴史的才女、蔡文姫の物語で日本にもなじみの深い王昭君も夢の中に登場するなど歴史に思いを馳せることができました。第2部の「牡丹亭」は昆劇の最高傑作とされ、雅やかな歌と舞踊で綴る永遠のラブストーリーです。かつて歌舞伎の坂東玉三郎さんが日中合同公演で主役を演じたこともありました。舞台の両袖に日本語字幕が設置され、観客は主人公の演じる世界に引き込まれていきました。終演のカーテンコールでは鳴り止まぬ大きな拍手につつまれました。

 中国北方昆曲劇院は600年余りの歴史を有する昆劇の伝統を受け継ぐために、58年前に設立された劇院で多くの優秀な伝統的演目を整理継承するとともに、歴史的題材と現代的な題材を応用しながら新作を発表し多くの優秀な人材を輩出してきました。

 今回の公演は、東京、横浜、長野の3箇所で実施されました。長野では、県日中友好協会、長野市日中友好協会、長野朝日放送の共催で、関係友好団体の幅広い協力を得て実現できました。高波謙二県日中友好協会会長は「文化の交流は政治のギクシャクを超えて相互理解を深めることができます。これを機に一層友好と文化交流の増進に努めたい」と語っていました。
長野びんずる「日中友好連」で参加(8/1)2015

 第45回長野びんずる祭りが8月1日長野市の中心街でおこなわれ、長野市日中友好協会は「日中友好連」を組んで50人で参加しました。

 1万2千人の踊り手とともに長野大通り南千歳町北交差点から長野駅に向かい、方向転換して昭和通へ進みました。日中友好の提燈を先頭に、友好協会会員と帰国者、実習生などが黄色い友好法被をまとってシャモジを打ち鳴らしながら熱心に踊りました。

 汗だくになりながら、元気いっぱい、エネルギーを発散させて踊りました。

 河北省からの国際交流員の董彤さんや研修生の付さん賈さん、国際放送局の朱丹陽さんも初めての体験で、「夏祭りを体験できて楽しかった。良い思い出になりました」と喜んでいました。
2015年緑化協力・南京城壁修復20周年記念訪中に参加して(5/12~16) 2015

戦後70年・㈳日中友好協会65周年の節目を迎え、長野県日中友好協会も恒例の緑化協力事業に併せての南京城壁修復20周年記念事業に私も参加させていただきました。久しぶりの訪中でしたが、山根敏郎団長さん以下16名の皆さんとご一緒に、紀竑さんはじめ中国の皆様のお心遣いをいただき、楽しい旅となりました。

初日は、9:30名古屋の中部国際空港から青島経由で北京空港に14:20到着。空港には中国に帰国されていた紀竑さんが出迎えに来てくださり、北京市内から石家庄市まで同伴してご案内していただきました。

北京から石家庄市までは高速鉄道で1時間半、1等車乗車記念のお菓子のプレゼントに思わずニッコリ。夕刻からは河北省友好協会の熱烈歓迎を受けました。外事弁公室の楊全社主任さんやおなじみの梁国輝・亜洲処処長さんと楽しいひとときを過ごしました。

2日目、昨年千曲市へ視察に來日された邢台市人民政府外事弁公室の裴雅鋒副主任さんと今年の3月帰国された前長野県国際交流員の白建飛さんのガイドで、邢台市博物館にて発展ぶりを示す展示物に驚嘆したのち、バスにて巨鹿県を訪問。冷やされたスイカを頂戴してから、クコ、杏、スイカズラなどの広大な果樹園を視察。ゆっくりと昼食の接待を受け、再びバスにて邢台市内丘大行山の植樹会場へ向かい、暑い陽差しのもと植樹作業を終了して、中日友好記念林の看板をバックに記念撮影。

夕刻からは、邢台市人民政府の熱烈歓迎宴を開催していただきました。

3日目は、中国国内で流行の中年女性の「広場ダンス」にしばらく見入ったのち、訪中団仲間の斉藤憲さんのお勧めで、暦の元祖と呼ばれる中国の代表的天文・水利・数学の科学者「郭守敬」記念館を参観しました。複雑なものを簡潔化するのが「科学」、単純なものを複雑にするのが「芸術」だとか。

12:25 石家庄空港から南京へ向かい16:30着。夕食時間まで総面積3000haにも及ぶ広大な孫文の陵墓である「中山陵」を見学し、レストランでの夕食で疲れを癒しました。

4日目、いよいよ南京城壁修復20周年記念行事が9:00から行われました。会場の2階席まで溢れる400名余の出席者の中、両国友好協会・地元の江蘇省友好協会・中国の大学生・日本の大学生などの代表者が「歴史を忘れず、平和を守り、友好を深め、未来を創ろう」のスローガンのもと、それぞれメッセージを発し式典を閉じ、侵華日軍南京大虐殺遭難同胞の御霊に献花を行なった後、南京虐殺記念館内をゆっくりと説明を聞きながら見学し、痛ましい過去の出来事を反省しつつ合掌せざるを得ませんでした。

小雨の降る中、夕刻からのレセプションの前に、長江大橋や南京城壁も眺められる市内の高台「閲江楼」まで足を伸ばし、遠望を記念写真に収めました。

18:00からの記念レセプションは、式典会場と同じ場所に設営され、長野県のテーブル席には、以前に長野にも来られた人民中国雑誌社の皆さん3人も同席し胚を酌み交わし、アトラクションでは大学生たちの歌舞が続いたのち、長野県からは女性陣を中心に合唱で「大海啊故郷」(海はふるさと)を披露し、大きな拍手をいただいて会場が盛り上がり、参加者全員で日中友好推進を確認しあいました。

最終日は、早朝6:15にホテルを出発し、7:00発の高速鉄道で南京駅から上海へ1時間40分、バスの中から上海市内を眺めがら上海空港へ。12:10発の中国東方航空便で名古屋空港15:05着。16:00頃名古屋からタクシーに分乗して帰路につきました。お疲れ様でした。
(長野市日中友好協会 吉岡 尋子記)

石家庄市賛皇県孤山村直富希望小学校 第8回訪日団 来県(4/30)2015

河北省石家庄市にある直富希望小学校の第8回訪日団一行6人が4月27日来日し、28日に直富商事の本社・修理工場などを見学したのち、午後には、芋井小学校を訪問しました。同小の全児童20人と交流会を行い、好きな食べ物や課目、将来の夢などについて話したり、ゲームを楽しんだりしました。

希望小学校の子どもたちは「中国の小学校では、昼は家に戻り食事をして昼寝し、午後2時半から6時半まで学校で勉強する」と説明。同小1期生の郭安起君は「日本の大学に留学して、将来は直富商事のような会社を中国につくりたい」と話しました。一行は芋井小近くにあり、樹齢約1200年とされるエドヒガンザクラ「神代桜」も訪れました。同行した学区総校長の曹磊さんは「全校で440人いる希望小と比べると、芋井小は教師と児童が家族のような雰囲気の中で教育が行われており、素晴らしい」と話していました。

30日には日中友好協会を表敬訪問し、長野の感想について「車がブーブー鳴らさず静かに走っている。ゴミが落ちていなくてキレイ。日本の人たちは礼儀正しい」など、また、将来は「数学が好きだから教師になりたい」、「好きな英語を生かして海外留学し、作家になりたい」などの夢も話してくれました。

この希望小学校は、2004年9月、直富商事会長の木下雅裕氏が私費を寄付して設立。毎年、教師や子どもたちを日本へ招待しています。

長野市日中友好協会総会、関係改善推進の宣言を採択 (4/26)2015                

 長野市日中友好協会は4月26日、2015年度の定期総会をホテル信濃路で50人余りが出席して開催。戦後70年の節目に「日中友好の絆を世界平和のために、民間レベルでさらに推進する」との総会宣言を採択しました。中国人留学生等のホームスティ支援など、本年度の活動方針と事業計画も決めました。

 安倍晋三首相と習近平国家主席が22日インドネシアで首脳会談を行うなど、関係改善の兆しも見られる中、山根敏郎会長はあいさつで「日本では相変わらず嫌中感情があるが、発展を続ける中国と真剣に付き合っていく必要がある。緑化協力や諸交流を通じて中国民衆との交流を盛んにし、閉塞感を乗り越え、両国関係が前進する年にしたい」と強調しました。

 記念講演では日本語月刊誌を発刊する人民中国雑誌社東京支局の于文支局長(32)が「世代友好-知識と経験を若者の力に」と題して講演し、出席者に感銘を与えました。

 ―2度目の赴日だが10年前赴任したときと比べ嫌中・反中感情が蔓延しており対中報道も中国が世界を飲み込む得体の知れない怪物と言わんばかりとなっていて驚いた。誤解や嫌悪は無視よりはましだと思うが、日本人の対中情報がかなり偏った情報に縛られているように感じられる。一方、在日中国人や来日観光客がSNS(会員制交流サイト)で日本の魅力を紹介し、中国では若者の日本への関心が高まっているとして、「政治状況とは別に関係改善は進むだろう」と話しました。

 また中国青年の特徴として、意見をはっきり言う、夢を実現するために努力する、チームワークは下手、英語とインターネットやスマホがうまい、情報を次々と得ようとするなどを上げ、日中の若者世代が交流を進め互いの理解を深めて欲しいと期待しました。

 帰国者への理解を深めるつどい・体験発表と春節交流会(2/22)2015

 県と県日中友好協会中国帰国者交流センターは2月22日、「第7回中国帰国者への理解を深める県民の集い」を長野市内のホテル犀北館で開きました。旧満州(現中国東北部)に渡り、敗戦時の混乱で取り残された体験を持つ帰国者らが体験を発表、あわせて満蒙開拓平和記念館の報告も行われ、250人余りが聞き入りました。第2部では東京中国歌舞団による歌と民族楽器演奏を堪能し、第3部の春節交流会では餅つきやくじ引き抽選会、歌や踊りの披露、ヤンコー踊りなどを楽しみました。

 第1部では主催者を代表して小口由美・県地域福祉課長と井出正一・県日中友好協会会長(元厚生大臣)があいさつし、「長野県は全国一満州開拓団を送り出し多くの犠牲を出した。日中国交正常化以来、長野県に永住帰国した1世は約400名で、その家族合わせると4200人の中国帰国者の皆さんが県内で暮らしている。2008年には新帰国者支援法が施行され、更に昨年10月からは1世の配偶者支援の態勢ができた。一方帰国者1世の高齢化が進み、引きこもり防止や介護、2世の就労などの課題もある。帰国者の皆さんが、地域や県民の皆さんの理解を得て、平穏で幸せな生活を送ることができるように国、県、市町村、関係者が連携して支援活動に取り組んで行きたい。満蒙開拓平和記念館も一昨年春オープン以来、5万5千人余りの参観者が訪れて全国的な関心を集めていてよろこばしい。尖閣問題で厳しい状況が続いてきた日中関係も昨年11月に3年ぶりに両国首脳会談が実現し明るさが見えてきた。帰国者の皆さんには平和の尊さを身にしみて感じておられる。友好の架け橋としても活躍願いたい。春節にあたり楽しく交流し理解を深めましょう」などと語りました。

 体験発表で大石文彦さん(73)=長野市=は、「3歳のとき終戦間近の1945(昭和20)年5月に宝興長野郷開拓団として家族と一緒に旧満州の延寿県宝興に渡った。戦争末期で廃業に追い込まれた長野市内の商工業者を無理やり説得して組織された開拓団だった。母が妊娠していたが強引に送り出されることとなった。慣れない農作業、落ち着くゆとりもなく敗戦、冷静な団長の判断で、逃避行での被害は最低限に抑えられたが、産声を上げた赤ちゃん(弟)は、冷たい雨に打たれて3日で死んでしまった。現地の人に助けられ自分は母とともにその後7年中国に滞在。さまざまな困難も体験したが1952年7月帰国できた」と振り返えりました。その上で、「日本は戦争で多くの人の命を失い、中国の人々に取り返しのつかないことをした。もうあんな悲劇を繰り返してはいけない」と強調しました。大石さんは自らの体験を『活(いきる)-戦中戦後中日でで活き抜いた少年の物語』(信毎書籍出版)としてこのほど出版しました。

 伊澤玲子さん(35)=上田市=は、帰国者2世の立場から「日本での出会い」と題して体験を語りました。「中国にいた小学生の頃、自分が日本人であることを恥ずかしいと感じていたが日本に来て日本人と接することで日本の悪いイメージが覆り日本人であることに自信を持てるようになった。お互いに悪い部分をクローズアップするのでなく自分の目で見て感じて互いの国を知ることが大事」と語りました。

 特別報告として、飯田日中友好協会理事長の小林勝人さんが一昨年春阿智村に開館した「満蒙開拓平和記念館」について映像を使って展示内容や参観者の動向など説明、これからも開拓団の悲劇を若い世代に伝える平和教育の基地としての役割を果たしていきたいと語りました。また昨年記念館スタッフが中国東北を訪問した際に、ハルピンで残留孤児養父母の会の責任者と出会い記念展示や活動を知ることができたことなどを紹介しました。

 第2部の東京中国歌舞団の公演では、陽二蓮さんの歌の世界と劉錦程団長の揚琴演奏を楽しみました。会場は春節の華やかな雰囲気に包まれました。最後に陽さんのリードで「北国の春」と「大海啊、故郷(海はふるさと)」を歌いました。

 第3部の春節交流会では長野市日中女性委員会の皆さんが友好の黄色のハッピ姿で、交流会を進行し・盛り上げに大活躍でした。アトラクションとして臼と杵を使って、帰国者の皆さんが次々と餅つきを体験しました。抽選会も行われくじを引き当てた人たちが羊のぬいぐるみや切絵のカレンダーなどの景品を受け取って喜んでいました。松本、飯田、上田、長野の日本語教室に通う帰国者の皆さんが「早春賦」「ふるさと」「ソーラン節」「長野賛歌」などを一生懸命歌い大きな拍手を受けました。最後に中国の東北地方に伝わるヤンコー踊りを会場いっぱいににぎやかに踊りました。参加した帰国者の皆さんは「中国の春節を祝いながらみんなと集まれるこの会を毎年楽しみにしている」と語っていました。

 飯田下伊那、伊南、松本、佐久、上田、千曲、長野、中野、飯山などからおおぜいの帰国者や支援者、市民のみなさんが参加しました。中澤敏正県地域福祉課長補佐、宮川あゆみ同係主査、小林佑一郎元中国帰国者定着促進センター所長、田中幸廣長野市厚生課長、朱丹陽中国国際放送局孔子学堂担当者、森田恒雄・中沢道保・福沢宏夫・清水えい子県日中副会長、西沢毅県日中帰国者留学生委員長、金子繁三長野市日中理事長、布施正幸帰国者交流センター次長らも出席し帰国者を激励し交流しました。

 映画「望郷の鐘」、信州から平和のメッセージ(12/6)2014

 「中国残留孤児の父」と呼ばれた故・山本慈照さんの半生を描いた映画「望郷の鐘-満蒙開拓団の落日」が完成し、12月6日から長野・松本・飯田市で先行上映されています。

長岳寺住職だった山本さんは1945年5月、旧満州に教員として渡り、8月の敗戦後、シベリアに抑留され1947年に帰国。妻と子供1人が逃避行中に死亡したことを知らされます。「日中友好手をつなぐ会」をつくり、中国残留孤児らの肉親探しや帰国に尽力しました。

この夏、ゆかりの阿智村のロケには多くの村民が出演し、子役の小学生たちも大活躍しました。

山田火砂子監督は「二度と戦争を起こしてはいけない。子どもたちに見てもらい、歴史の真実を知って欲しい」。原作者の和田登さんは「25年前に出版した時は話題にもならなかった。今回は時代への怒りから反響を呼んでいる」。作家の井出孫六さんは信濃毎日新聞の夕刊コラムに「国策という名の落とし穴」の一文を寄せました。

明年は敗戦から70周年。信州から発信された映画は、平和の“のろし”として全国に広がることでしょう。(松原京子)

☆12月6日長野ロキシーでの上映後に監督の山田火砂子さん、女優の磯村みどりさんが舞台あいさつを行いました。山田監督は東京大空襲など自身の戦争体験を話しつつ「他の作品を先延ばしにしてこの映画を作り上げた。満州での事実を今の教育に入れて欲しい。この作品で戦争は嫌だということを子供たちに伝えたい」と熱く語りました。磯村さんは「映画を観たら自分だけで納得せず、若い人や子供たちに伝えてほしい。それが私たちの役割だと思う」と力を込めました。また磯村さんは自身も気に入っているという中国人役・マーメイのセリフを披露。迫真の表現力に、会場は温かい拍手に包まれていました。
☆上映館:長野ロキシー(TEL026-232-3016)、飯田センゲキシネマ、飯田トキワ劇場、松本シネマライツ 
おお!地球人ワールドフェスタIN長野、市日中も参加、石家荘研修生など活躍(11/16)2014

 国際交流イベント「おお!地球人ワールドフェスタIN長野2014」が11月16日長野市のもんぜんぷら座で開かれました。市民の国際感覚を更に深める狙いで長野市国際室が各国際交流団体に参加を呼びかけたもので3回目となります。市内に活動拠点を置く団体や個人を中心に14の出展と9つのステージ発表が行われ、演奏や展示、料理の提供などを通じて各国の文化等を紹介しました。多くの市民が訪れ、交流を深めました。

 ステージ発表では中国石家荘市からの語学研修生も和服姿で研修体験発表を日本語で行い、更に練習してきた三味線演奏と能を披露して、来客の大きな拍手を浴びました。また敦煌二胡教室の演奏なども行われ、長野市日中のメンバーもステージにのぼり「ふるさと」を中国語と日本語で歌いました。

 展示コーナーでは、長野市日中友好協会がこのほど完成し12月に封切りとなる映画「望郷の鐘」の紹介と長野市日中友好協会の活動紹介展示を行い、「満蒙開拓団の悲劇を語り継ごう-日中不再戦・平和友好のために-」をアピールしました。黄色い日中友好のハッピ姿で中国茶のサービスや中国語ミニ講座も喜ばれました。また、帰国者の池田さんの作った本場の味の肉まんも好評でした。

 アメリカやロシア、モンゴル、韓国、フィリピン、タイ、ベトナムなどのブースも関心を集めていました。

 長野市国際室によると、長野市には11月現在、48カ国・地域の3445人の外国籍の方が暮らしています。国際交流の良い機会になったと喜ばれています。  
長野市の帰国者、上越水族館とマリンドリーム能生を見学交流(10/26)2014
 
 長野市と市日中友好協会、市帰国者の会で構成される長野市中国帰国者三者連絡会の主催により平成26年度長野市帰国者のつどいが10月26日行われました。昨年の満蒙開拓平和記念館訪問に引き続き、今年も要望に応えてのバスツアーで上越市水族博物館とマリンドリーム能生を訪問しました。帰国者60数名と友好協会役員、市厚生課の皆さんが参加し、市のバス3台に分乗しての80名の賑やかな見学交流会となりました。

 あたたかい日差しに恵まれたこの日、長野を8時前後に出発した3台のバスは妙高SAで合流し、ここで開会式が行なわれました。三者連絡会会長の金子繁三・市日中理事長は、帰国者の皆さんの日ごろの活躍をたたえ、楽しい1日を過ごしてくださいとあいさつしました。

 上越の水族館では、大きな水槽の中をゆったりと泳ぎまわるエイなどが人気を集めていました。糸魚川の「膳処くろひめ」で昼食をとり、マリンドーム能生で取り立ての海の幸などのショッピングを楽しみました。最後に船をバックに全員で記念撮影。楽しい思い出を胸に帰長しました。

 一世の皆さんは70代半ば過ぎの方が多いですが、皆さん元気に2世3世に囲まれて楽しい一日だったと喜んでいました。
第12回日中友好マレットゴルフ、研修生・帰国者と楽しく交流(10/18)2014
 
 長野市日中友好協会が主催して、第12回日中友好マレットゴルフが10月18日、犀川河川敷第2運動場で開かれました。好天に恵まれ、中国研修生や帰国者ら23名が参加し友好第一、試合第二で6班に別れて和やかに行われました。

 石家庄市からの研修生の王芳さん、杜剣男さん、袁源さんや中国国際放送局の朱丹陽さんはマレット初体験でしたが、やがてコツをつかんで健闘しました。帰国者の池田充さん夫妻は、男女それぞれ優勝しました。参加賞も全員にわたり、記念写真に納まりました。
中国太陽芸術団長野公演好評でした(10/21)2014

 中国建国65周年を記念して中国太陽芸術団長野公演が10月21日、長野ホクト文化ホールで行われました。800人ほどの市民が来場しました。

 中国紫禁城を舞台に雑技や京劇の立ち回り、変面、民族楽器演奏などを取り入れ、スリルとバラエティーに富んだ2時間の舞台を楽しみました。

中国歌劇舞劇院、北京京劇院、上海雑技団など中国を代表する芸術団体から来日したメンバーが中心に出演し、見事な演技に大きな拍手が送られました。

「わかりやすく素晴らしい演技に感動しました」と語りながら帰って行く観客の皆さんを、実行委員会スタッフも嬉しく見送りました。

 一衣帯水の隣国・中国とは歴史的にも経済的に切っても切れない間柄にあります。日中友好と日中文化交流増進の一助となったと関係者一同確認しあいました。今回の取り組みは、長野市日中友好協会が長野県日中友好協会、SBC信越放送と共催で行われました。
石家荘市の中学生20名余が長野を友好訪問(8/27)

 長野市の友好都市、河北省の省都石家荘市の中学生ら23人が8月27日、長野市を訪れ、もんぜんぷら座でお茶や浴衣の着付けなど日本の伝統文化を体験したり、長野市日中友好協会の主催の歓迎会に出席するなど交流を深めました。

 訪問団は石家荘市第42中学校の1年生20人と教師らで24日に来日し、東京ディズニーランドなどを見学したのち、長野市入りしました。早速、市役所を表敬訪問し黒田和彦副市長を訪ね、記念品を交換した後、もんぜんぷら座に移動。国際交流コーナーで茶道や折り紙のほか、浴衣や振り袖の気付を体験しました。周羽嬋さん(13)は「着物は少しきついがとてもきれい。折り紙も面白く、帰国したら小さい子供たちに教えてあげたい」と話していました。

 訪問団はその後ホテルJALシティ長野で開かれた長野市日中友好協会主催の歓迎会に出席し、山根敏郎会長らの熱烈歓迎を受けました。歓迎会には友好協会員ら20名が出席したほか、長野市滞在中の石家荘市語学研修生3名も参加しました。

 山根会長は「朋友あり遠方より来る、また楽しからずや」と中国語で語り、「ともに友好を深めましょう」と呼びかけ大きな拍手を浴びました。団長の楊昱(よういく)副校長は「この度の訪問を通じて長野市への理解を深めることができました。友好の永遠なることを祈ります」とあいさつ。

 記念品交換の後の懇親交流では女性会員の友好ハッピを着ての炭坑節に石家荘市の中学生も踊りの輪に加わり会場は熱気につつまれました。続いて、訪問団側から、ギター伴奏つきで、北京オリンピックのテーマソング「あなたと私」や「小さなりんご」が披露され、その熱唱ぶりに惜しみない拍手が送られました。

 各テーブルでは筆談を交えての交流に花が咲きました。中国語の話せる会員が「海は故郷」を口ずさむとたちまち日中両国の大合唱になりました。あっという間に2時間が流れ、お別れの時が来てしまいました。「旅愁」のメロディーで中学生たちが歌ってくれた「送別」はいつまでも心に響きました。

 一行は29日まで長野市に滞在し、裾花中学校の生徒との交流や、直富商事参観など有意義な思い出を刻みました。石家荘市の訪問団が長野市を訪れるのは2011年度以来、3年ぶりのことでした。11月には長野市から中学生訪中団が派遣される予定です。
長野びんずる「日中友好連」で参加(8/2)

 第44回長野びんずる祭りが8月2日長野市の中心街でおこなわれ、長野市日中友好協会は「日中友好連」を組んで40人で参加しました。

 1万2千人の踊り手とともに中央通りのもんぜんぷら座前から長野駅に向かって進みました。日中友好の提燈を先頭に、友好協会会員と帰国者、実習生などが黄色い友好法被をまとってシャモジを打ち鳴らしながら熱心に踊りました。

 汗だくになりながら、元気いっぱい、エネルギーを発散させて踊りました。

 「楽しかった。良い思い出になりました」と皆さんの感想でした。
後楽寮の中国留学生25人が信州で第24次ホームステイ(7/23~25)

 県日中友好協会は(公財)日中友好会館・後楽寮が派遣する中国留学生25人を7月23日から25日まで2泊3日のホームステイで受け入れました。本年で24年目になります。飯山・中野・長野・千曲・小諸・佐久・大北・安曇野・富士見・伊南など10地区協会が協力しました。

 23日長野駅に降り立った11名の留学生は、山根敏郎県日中副会長や返町健長野市国際室長はじめ関係地区の皆さんの出迎えをうけました。長野オリンピック・エンブレムの前で、対面歓迎式を行い受入れホスト家庭の皆さんとお互いに紹介しあいました。東京大学で日中交流史を学んでいる楊建華さん(48歳)は、日本の習慣などを直接体験できるのを楽しみにしていますと語っていました。全員で記念撮影した後、各地に出発して行きました。

 留学生の皆さんは、地区協会主催の歓迎交流会や市町村長表敬懇談、地域の名所や施設などの参観、ホスト家庭での語らいなど有意義な3日間を過ごし、楽しい思い出をいっぱいにして再び長野駅に集合しました。受入れホスト家庭の皆さんと名残を惜しんで何度も握手し、一緒に写真に納まっている姿は、ほほえましいものです。

 日中友好会館は日中両国政府が共同で運営している公益財団法人で、後楽寮はその付属施設です。寮生の大半は中国の国費留学生。県協会では、ホームステイで受け入れると共に、女性委員会や地区協会が後楽寮を友好訪問し交流してきました。来県した留学生とは帰国後も文通や訪中時の再会など交流が続いています。

新体制でスタート、民間交流推進 第36回定期総会(6/15)2014

 長野市日中友好協会第36回定期総会は6月15日ホテル信濃路で、塚田佐氏、鷲澤正一氏、加藤久雄氏の3代の長野市長以下大勢の来賓のご列席のもと盛大に開催することができました。

 山根敏郎会長からは、長野市との友好都市である中国石家荘市との絆は歴代市長さんのご尽力によって太く結ばれ、長野市日中友好協会の存在は中国にも強い印象を与え続けられ、現在の両国関係の難局を克服・改善を希求しつつ、民間交流の推進、内には事業活動の強化、財政・組織の強化推進に向けて、これからもみんなで頑張りましょうと力強い決意表明のあいさつがあり、新年度がスタートしました。

 なお、先に急逝された故北島良一前理事長に代わって新しい理事長に金子繁三氏が選任され、また、事務局長も吉岡に交代しました。
(長野市日中友好協会 事務局長 吉岡弘海)

石家荘市からの友好の使者・レッサーパンダが人気者(5/9)2010

 長野市茶臼山動物園に「レッサーパンダの森」が完成し、長野市内外の子供たち、市民の人気を集めています。

 長野市と河北省石家荘市の友好都市提携を記念して1985年3月に動物交換をした折、石家荘市から贈られた1ツガイのレッサーパンダはその後元気に子宝に恵まれ、子供たちに愛されてきました。

 茶臼山動物園ではさまざまな工夫を凝らしてより自然に近いレッサーパンダを見てもらおうと「レッサーパンダの森」を作り、このほど公開しました。木登りの得意なレッサーパンダは、高い樹の上を軽快に動き回っていました。

 パンダをバックに子供の写真を撮るお父さん・お母さんも本当に楽しそうでした。連休明けの日曜日でしたが、園内は家族連れで大変にぎわっていました。テレビでも取り上げられ、全国的な話題になっています。元気に活躍してほしいですね。

≪資料≫長野市茶臼山動物園「レッサーパンダの部屋」から

レッサーパンダの部屋


茶臼山動物園のレッサーパンダは、長野市の友好都市である中華人民共和国・石家庄市からチンパンジーとの動物交換として、昭和60年3月19日オス1頭・メス1頭の計2頭が来園しました。
オスは誼誼(イーイ)、メスは花花(ホアホア)といい、来園時の推定年齢は、オスが5~6歳、メスは2~3歳でした。動物園では、一般から愛称を募集し、「イーイ」は「タケオ」、「ホアホア」は「ハナチャン」として親しまれてきましたが、イーイは平成2年10月9日、ホアホアは平成12年10月8日に亡くなりました。

ホアホアは、性格もおとなしく、のんびり屋、何事にも動じない肝っ玉かあさんでした。初めての出産もなんなくこなし、飼育係にパンダの子育てを教えてくれた優秀なお母さんパンダでした。平成12年10月に老衰で亡くなりましたが、当時は日本で一番長寿のパンダで長寿記録をもっていました。生涯10回の出産で15頭(オス6頭、メス9頭)の子供を産み、今でも全国各地の動物園でホアホアの血を受け継ぐパンダが生活しています。

2008年1月20日現在、8頭のレッサーパンダを飼育しています。
茶臼山動物園レッサーパンダの歴史を家系図で紹介しています。

レッサーパンダは、中国四川省、雲南省、ネパール、ミャンマーなどの標高2000~3000mの涼しい山林や竹林で木の上の生活をしています。気温は、夏で25℃以下、冬は0~10℃だといわれています。動物園でもエアコンを取り付け、特に夏は高温にならないよう気をつけています。
野生では、早朝や夕方に活動し、日中の暑いときは枝の上や木の洞の中で眠っているといわれています。動物園では、日中でも涼しければ採食したり歩き回ったりしています。
食べ物は、竹やササの葉、タケノコが大好きで、果実やたまに昆虫、鳥の卵、ヒナも食べます。動物園では、竹の葉を主食として与え、ほかにリンゴやペレット、牛乳などを与えています。

レッサーパンダの発情期は1月~3月の数日間で、5月~7月頃に木の洞の巣で、1~4頭(普通2頭)の子どもを出産します。動物園ではこの習性に合わせて、うす暗い部屋を用意し、中に巣箱を入れ出産に備えます。
子どもの体重は120g程度で生まれます。生まれてすぐは目も閉じており、ほとんど自力では動けません。20~25日で目が開きだんだん活発に動くようになります。体の色も始めは灰白色ですが、だんだん色が濃くなり、尾の輪や顔の模様が現れてきます。18ヵ月で体重5~6㎏に成長し成獣になります。寿命は15年程度です。
緑化協力・県日中友好訪中団、北京、河北、上海友人と交流を深める(5/26~6/1)2014

緑化協力・河北上海の旅=長野県日中友好協会訪中団(山根敏郎団長)は、5月26日から6月1日、北京、河北省の省都石家荘市や緑化協力地の邢台市の内丘県、そして邯鄲、上海を訪問しました。各地で古くからの友人や新しい友人の熱烈歓迎を受けました。
 
 北京到着2日目、5月27日は天気も快晴で青空が広がっていました。この日の最高気温は40度だったことをホテルのテレビで知りました。天安門広場は大勢の観光客が記念撮影していました。国家博物館は数年前に歴史博物館と革命博物館が全面的に改装されたものですが、古代史と近現代史に分けての展示は変わりません。鑑真和上の日本渡航展示を写真に収めました。故宮博物院は、かつてないほどの観光客で込み合っていました。壮大な太和殿をバックに記念撮影。迷子にならないようにと声かけながら神武門にたどり着くまで直線的に歩いても約1時間30分を要しました。午後中日友好協会を表敬訪問しました。関立彤秘書長や程海波交流部長と1時間余り熱心に語り合いました。日中関係が大変厳しい中で、民間交流・地方交流を進めていくことの重要性を強調されていたことに、深く同意します。先輩の皆さんが築いてこられた友好の架け橋を、私たちの世代は守り引き継いでいく使命があります。微力ながら粘り強く頑張っていきたいと決意を新たにしました。旧イタリア大使館だったオフィスの前で、全員で記念写真を撮りました。

 中日友好協会を辞し、北京西駅に向かいました。高速鉄道の安全検査を終えて待合室で改札を待ちます。広い待合室も人々でいっぱいでした。老人世代を除くとほとんどの人々がスマートフォンを片手に操作していました。携帯電話は中国では過去の遺物となりつつあるようです。G525次高速列車17:14発で北京を出発し河北省の省都石家荘に向かいました。18:33石家荘駅に到着。約300km1時間19分の旅でした。なつかしい河北省外事弁公室亜洲処の梁国輝処長や韓隷東さんらの出迎えを受け、再会を喜び合いました。ホテルでは語学研修で石家荘市から長野市に来ていた4名の皆さんとも再会できました。

 翌日5月28日は韓さんらの案内で新楽市の河北美術学院を参観しました。規模が壮大で、大きな志を持った注目すべき美術大学でした。園内には中国風の関帝廟や孔子廟なども設置され学生たちの美的感覚を涵養する環境に心がけていました。また新築中の校舎は西洋風の城を模したものでした。環境芸術・動画(アニメ)・工業設計・服装・書法などの各学部があり、8000人ほどが学んでいると聞きました。夜は、王占明河北省外事弁公室副主任・省友好協会副会長主催の歓迎宴が開かれました。日中関係は依然として厳しい状況を脱していませんが、地方・民間同士は協力して友好交流を進めていきましょうと語り合いました。杯を重ね、共に「北国の春」や中国の歌「大海啊故郷(海はふるさと)」を歌い楽しく交流しました。

5月29日は任剛・亜洲処副処長と韓さんが同行で邢台市の内丘県に向かいました。県の入口で出迎え案内の車が待っていて、緑化協力プロジェクトの現地まで誘導してくれました。現地には緑化計画を示す看板が立てられており、太行山脈に連なる丘陵地帯で赤土の乾操荒地を3年計画、6年計画で緑化しようというものです。本年は2期目に入っています。40株ほどの刺槐(ニセアカシア)を龍興洲・市外事弁公室主任や盧振江・副県長さんらと共に記念植樹し、順調に生育するよう水もたっぷりくれました。会場を県中心地のホテルに移して宋華章常務副県長らが歓迎の昼食会を開いてくれました。山根団長も熱烈歓迎に感謝し、「緑化プロジェクトの成功と内丘県が大きく発展して行くことを祈ります。長野にも是非おいでください」」とあいさつしました。歓迎に感謝してみんなで北国の春を歌いました。

 一行はその後河北省南部の邯鄲に向かいました。邯鄲は「邯鄲一炊の夢」で日本にもよく知られた趙の都だったところです。秦の始皇帝が生まれた地でもあり、鄧小平が太行山中の渉県で抗日戦争を指導したところでもあります。古代から近現代に至る歴史を思いながら邯鄲の趙都賓館に到着すると、市外事弁公室の張暁中主任や薛梅安副主任、そして懐かしい潘書生さんが出迎えてくれました。潘書生さんは20余年にわたり長野県と邯鄲との交流に携わってきた方で、長野県に国際交流員として滞在した経験もあります。武安市との交流や、渉県への希望小学校贈呈等で橋渡し役を果たしていただきお世話になった方です。邯鄲でも心温まる歓迎宴を開いていただきました。

 5月30日はゆっくり邯鄲の市内参観です。20年ぶりの邯鄲はすっかり姿を変え大きく発展していました。叢台公園では退職者の皆さんが元気に楽しくダンスを踊っていました。一緒に踊りの輪に加わることができ楽しい思い出になりました。これからもっと交流が深まることを願い邯鄲の一層の発展を祈りながら、邯鄲空港を飛び立ちました。親切に案内していただいた、任さん・韓さん、そして潘さんとの握手のぬくもりを思い出しながら、上海に向かいました。1時間近く遅れてMU5658便は上海浦東空港に到着しました。

 5月31日、豫園と魯迅記念館、現在最高の森ビル等を参観しました。豫園は日本の浅草とよく言われますが、豫園周辺の繁華街は活気に満ちていました。豫園はコンパクトな面積の中に贅と工夫を凝らした庭園が魅力的でした。久しぶりに訪れた魯迅記念館は展示に変化は見られましたが、「横眉冷対千夫指、俯首甘為孺子之牛」(眉を横たえて冷ややかに千夫の指に対し、首を垂れて甘んじて孺子の牛とならん)と言った魯迅精神はしっかり展示されていました。内山書店の在りし日の姿が館内に再現され、内山完造と魯迅が改造社の社長とともに語り合う写真も展示されていました。内山先生は新中国誕生後、日中友好協会を創立した方で、全国を行脚して、日中両国民の友好を説かれました。「中国がどのような国になろうと、日本人民は中国人民と永遠に友好的に付き合っていかなければならない」けだし名言だと思います。2人の大先輩から力をいただいて記念館を後にしました。続いて浦東開発区の新たな観光名所になっている森ビルに向かいました。森ビルは高さ492m、展望台474mまで登れます。観光客が列を成して直行エレベータ前に並んでいました。今のところ完成ビルとしては1番高いそうですが、すでに近くに建設中の上海中心大厦(上海センター)に抜かれていました。本年完工予定で完成すると東京スカイツリーを抜くことになるそうです。対岸の黄浦江公園から見た浦東の風景は未来都市の様相を呈しており、一方振り向くとイギリス租界当時の重厚なヨーロッパ風の建物群が広がっています。公園は観光スポットになっており男女のアベックはじめ大勢の観光客でにぎわっていました。

 上海の友好協会と長野県日中友好協会は30余年の交流の歴史を持っています。本年2月忙しい日程を割いて上海市友好協会の汪小樹常務副会長一行が長野県を訪問されました。このたび折角の機会でありましたので表敬をお願いしましたら、望外にも歓迎昼食会に招待されることとなりました。あたたかい心遣いに、一同感激しました。長野訪問のときの思い出や、民間交流をお互いに協力して進めていくことを語り合いました。感謝の歌声が響いたのは言うまでもありません。しっかり握手し再会を約してお暇しました。上海は、引き続き素晴らしい発展の中にありました。私たちの憧れの地でもあります。中国の模範としてバランスの取れた一層素晴らしい都市となるよう願っています。

 6月1日、7日間の訪中はあっという間に終わり、帰国日となりました。日中関係が厳しいときだからこそ、中国との相互訪問の機会を増やし国民同士の相互理解と相互信頼を深める努力を強めるべきだとの思いを抱きながら、私たちは、機上の人となりました

石家荘の賛皇県孤山村直富希望小学校から教師児童4名が長野へ(4/14~17)2014

 長野市と友好都市提携している石家荘市の賛皇県孤山村直富希望小学校の教師児童が4月14日から17日長野を訪れ、市内の小学校訪問など交流を深めました。一行は王凱江、張書敏両教師と曹氷然さん、于敏茹さん(6年生)の4名で希望小学校を寄贈した直富商事(株)の招きで来日したものです。

 4月14日新幹線で長野駅に到着した一行は木下雅裕・同社会長(長野市日中副会長)らの出迎えを受けました。長野はちょうど桜が見ごろを迎え、雪山をバックにした景色に一行は感激。夜の歓迎会で、布施県日中事務局長は、一行を歓迎するとともに、木下会長の長年にわたる希望小学校支援の取り組みを讃えました。王団長は熱烈な歓迎に感謝し、希望小学に学ぶ400名の児童たちの思いを託した感謝の健康長寿を祈る寄せ書きを木下会長に贈呈しました。

 一行は翌15日には、早朝長野卸売市場を参観し、直江津の海と上越水族館を訪れました。16日には長野市立七二会小学校を訪問しました。授業参観や縄跳びなどを通じて児童たちと交流しました。立派な校舎に今年の新入生は5名との紹介に驚いていました。直富商事の工場も参観し、リサイクル事業の大切さを理解できたと語っていました。

 17日、日中友好協会を表敬した時の一行の感想は、「自然がきれいで人々が親切であたたかい。長野は素晴らしい」でした。長野市国際室を表敬の後、東京に向かいましたが、長野の思い出は皆さんの胸に刻まれたことでしょう。
第7期長野ラジオ孔子学堂中国語講座がスタートしました(4/8~)

  長野ラジオ孔子学堂の第7期中国語講座がスタートしました。入門・初級・中級・上級(昼・夜)の各クラスに80名が受講を申しこみ、4月8日から逐次始まりました。中国語の講師はベテランの桜井純子さん、王秋菊さん、鄭頴さん、顧淑鳳さん、孫麗波さん、そして中国国際放送局日本語部の朱丹陽さんです。継続して学んでいるおなじみの方もいれば、新しい受講生もいます。会社員、自営、団体職員、主婦、退職された方、学生、高校生など立場はそれぞれですが皆さん熱心に学習に打ち込んでいます。

 4月8日(火)には入門講座(昼・夜の部)の開講式が行われ、受講生を前に桜井講師、朱丹陽講師が歓迎のあいさつをし激励しました。早速中国語の発音の特徴を説明した後、発生訓練などを行いました。皆さん真剣に口を大きく動かしながら先生の発音についていきます。壁には「歓迎新同学」(ようこそ新入生の皆さん)のポスターや四声や母音、子音表が張られています。

 9日(水)は昼・上級、夜・初級で鄭講師と顧講師が担当しています。新しいテキストを開きながら新鮮な気持ちで、新学期スタートです。昼の上級は、顔なじみの皆さんが多く中国語会話同好会といった雰囲気で会話を楽しんでいました。

 10日(木)は昼・初級、夜・上級で、孫講師と朱講師担当です。新入生も迎えて賑やかな雰囲気で始まりました。熱心で活発な授業風景です。

 11日(金)は昼・夜とも中級の部で王講師が担当しています。中国語の自己紹介、新入生も真剣な眼差しでした。中国語の歌も交えてほっと一息、再び真剣な声が響きました。

 孔子学堂中国側責任者でもある朱丹陽さんは、「中国語の発音の特徴をしっかり身につけて、中国語らしい発音に心がけ、またHSK中国語検定試験に挑むなど目的を持って学習すれば、必ず進歩できます」と語っていました。

 清水謙一事務局長は、「実務的に中国語を役立てようとする人も、また気楽に中国語会話を楽しもうとする人も、受け入れることのできる8教室を開設しています。授業に関心のある方は気楽に教室をのぞいてみてください。4~5月のうちは申込み受け付けます」と述べていました。5月12日には新入生歓迎夕食交流会を予定しています。
春節にちなみ帰国者への理解を深めるつどい・体験発表と交流会(2/11)

 県と県日中友好協会は2月11日、「第6回中国帰国者への理解を深める県民の集い」を長野市内のホテル・サンパルテ山王で開きました。旧満州(現中国東北部)に渡り、敗戦時の混乱で取り残された中国残留孤児らが体験を発表、あわせて昨年4月開館した満蒙開拓平和記念館の報告も行われ、220人が聞き入りました。第2部では東京中国歌舞団による歌と民族楽器演奏を堪能し、第3部の春節交流会では餅つきやくじ引き抽選会、歌や踊りの披露、最後にヤンコー踊りを楽しみました。

 第1部では主催者を代表して小口由美・県地域福祉課長と井出正一・県日中友好協会会長(元厚生大臣)があいさつし、「長野県は全国一満州開拓団を送り出し多くの犠牲を出した。日中国交正常化以来、長野県に永住帰国した1世は約400名で、その家族合わせると4300人の中国帰国者の皆さんが県内で暮らしている。2008年には新帰国者支援法が施行され、更に本年秋からは1世の配偶者支援の態勢ができた。一方帰国者1世の高齢化が進み、引きこもり防止や介護、2世の就労などの課題もある。帰国者の皆さんが、地域や県民の皆さんの理解を得て、平穏で幸せな生活を送ることができるように国、県、市町村、関係者が連携して支援活動に取り組んで行きたい。満蒙開拓平和記念館も昨春オープン以来、2万5千人余りの参観者が訪れて全国的な関心を集めていてよろこばしい。日中関係は尖閣問題で引き続き大変厳しい状況にあるが、帰国者の皆さんには友好の架け橋としても活躍願いたい。春節にあたり楽しく交流し理解を深めましょう」と語りました。

 体験発表で岩本くにをさん(81)=下伊那郡松川町=は、「9歳のとき1941(昭和16)年に泰阜村開拓団の一員として家族と一緒に旧満州の大八浪に渡ったが、敗戦前後に両親、兄姉を相次いで亡くし、逃避行の末に妹とも生き別れてしまった。一時は死のうと思ったが親切な中国人に助けられた」と振り返えりました。その上で、「日本は戦争で多くの人の命を失い、中国はじめ世界の人々に取り返しのつかないことをした。もう二度と戦争をしてはいけない」と強調しました。

 石坂万寿美さん(70)=松本市=は、中国残留孤児にとって配偶者は養父母と同じように孤児を守ってくれた恩人であることを紹介し、「2008年施行された新援護法で生活が安定し幸せを感じている。しかし孤児がなくなった場合、残された配偶者が無年金になってしまう問題点があり、これを、解決するため国会に請願署名を提出する運動をおこした。県日中友好協会はじめ多くの県民の皆さんの協力をいただき全国10万人署名を達成でき、昨年末の国会で配偶者支援法が衆参両院を通過し成立した。心から感謝申し上げます」と語りました。

 池田愛子さん(30)=長野市=は、帰国者2世の妻の立場から発表しました。「来日以来言葉に苦労したが日本語教室で日常会話を学び生活にもなれ、子供も生まれた。子育てに一段落したら簿記と日本語1級検定にチャレンジし働きたいと思う」と前向きに生きていく決意を語りました。

 特別報告として、飯田日中友好協会事務局長の小林勝人さんが昨春阿智村に開館した「満蒙開拓平和記念館」について映像を使って説明。歴史展示や体験証言・山本慈照氏ゆかりの展示などが若い世代にも写真や資料・映像で実感できるよう工夫をこを凝らして展示されている。また記念館脇に「鎮魂の碑」とともに「平和友好の碑」が建てられ、その台座には、周恩来総理ゆかりの「前事不忘、後事之師」の文字が刻まれていることなどを紹介しました。地元の中学生らが平和学習で訪れている様子も紹介し「平和の尊さを長野から日本、そして世界へと伝えていきたい」と語りました。

 第2部の東京中国歌舞団の公演では、陽二蓮さんの歌の世界と劉錦程団長の揚琴、黄恬さんの中国笛の演奏を楽しみました。会場は春節の華やかな雰囲気に包まれました。最後に陽さんのリードで「北国の春」と「ふるさと」を歌いました。

 第3部の春節交流会では長野市日中女性委員会の皆さんが友好の黄色のハッピ姿で、交流会の進行・盛り上げに大活躍でした。アトラクションとして臼と杵を使って、帰国者の皆さんが次々と餅つきを体験しました。抽選会も行われくじを引き当てた人たちが景品を受け取って喜んでいました。飯田、長野、上田、松本、伊南、飯山の日本語教室に通う帰国者の皆さんが「北国の春」「富士山」「星影のワルツ」「ふるさと」などを一生懸命歌い大きな拍手を受けました。長野教室に通う皆さんは練習してきた踊りを披露し、また池田充さん作詞の「我愛你長野」を発表して大きな拍手を浴びていました。最後に中国の東北地方に伝わるヤンコー踊りを会場いっぱいににぎやかに踊りました。参加した帰国者の皆さんは「大変楽しい春節のつどいだった。来年も参加したい」と語っていました。


丹羽宇一郎前中国大使、長野で講演「日中交流の努力を!!」(11/30)2013

 長野市日中友好協会と憲法9条署名を進める会は丹羽宇一郎前駐中国大使を講師に迎え、11月30日、長野ホテル犀北館において講演会を開きました。「日中問題の本質と真実-日本と中国の真の友好発展のために」の演題で講演、200名余が出席し熱心に耳を傾けました。

丹羽氏は、日本と中国の真の友好発展のために何が必要なのか熱く語られ、「日本人も中国人も互いの国を知らず、知人も少ない」日本側に戦前の蔑視観を底流とした偏見が残っていること、中国側に日中戦争での被害者意識がトラウマになって消えていないことなどが背景にあり、これを克服して真の友好を実現するには、できるだけ多くの日本人が中国人と接し互いに等身大の理解をしていくことが必要だと力説されました。

 又昨年9月の尖閣諸島国有化以降、日中首脳会談が開かれていないことについて「国交が続いているのに話をしていない。こんなことはあってはならない」と指摘。日中国交正常化から40年以上が経過していることを踏まえ「両国首脳は歴史の重みを感じて一刻も早く大局に立ち、大人の解決をはかるべきだ]と注文しました。「日中の友好・発展のため尖閣問題の対立を“中断”し、青少年、地方自治体、経済の三つの交流を進めるよう努力しよう」との訴えには、会場から大きな拍手が寄せられました。

 ◇丹羽氏は、中国大使在任中、尖閣「国有化」問題に直面し、日中関係悪化を憂えて提言を行いましたが、当時の政府の受け入れるところとなりませんでした。結果として日中関係は極めて困難な状況に陥り今日にいたっていいます。当事者としての貴重な体験をお聞きすることができました。
おお!地球人ワールドフェスタIN長野、市日中も参加、石家荘研修生など活躍(11/17)2013

 国際交流イベント「おお!地球人ワールドフェスタIN長野2013」が11月17日長野市のもんぜんぷら座で開かれました。1998年の長野オリンピック開催で高まった市民の国際感覚を更に深める狙いで長野市国際室が各国際交流団体に参加を呼びかけたものです。市内に活動拠点を置く団体や個人を中心に22の出展者がステージ発表や展示、料理の提供などを通じて各国の文化等を紹介しました。多くの市民が訪れ、交流を深めました。

 ステージ発表では内モンゴル自治区出身のリガスチントさん(53)がモンゴルの風景が映し出される前で伸びやかな馬頭琴の演奏を奏でました。また中国石家荘市からの語学研修生も和服姿で練習してきた三味線を披露、観客の大きな拍手を浴びました。

 展示コーナーでは、長野市日中友好協会が阿智村に4月にオープンした、満蒙開拓平和記念館にちなんで満蒙開拓の歴史を紹介するパネル展示を行いました。また、帰国者の池田さんの作った本場の味の肉まんも好評でした。

 アメリカやロシア、フィリピン、ベトナム、インドネシア、ブータンなどのブースも関心を集めていました。最後の打ち上げは昨年に続いて日中のヤンコー踊りで、会場を練り歩きました。

 長野市国際室によると、長野市には11月現在、48カ国・地域の3400人余りの外国籍の方が暮らしています。国際交流の良い機会になったと喜ばれています。   (写真)市日中女性委員会メンバーと加藤久雄市長
長野市中国帰国者のつどい-楽しく温泉で交流(10/28)2012

 長野市や市日中友好協会などで構成される長野市中国帰国者三者連絡会は10月28日、長野市の松代温泉・松代荘で恒例の中国帰国者のつどいを開きました。帰国者や日中友好協会・長野市及び地域の区長・民生委員など関係者80人が出席しました。

 主催者を代表して三者連絡会会長の北島良一・市日中理事長が「日ごろ帰国者の皆さんが困難を乗り越えて活躍していることに敬意を表します。1日ゆっくりと交流し、くつろいでください」とあいさつしました。

 市議会日中友好議員連盟の小林義和、池田清、倉野立人の各副会長から励ましのあいさつをいただいた後、御園流しらゆり会(御園幸扇家元)の見事な日本舞踊を堪能しました。

 第2部懇親会では、帰国者を代表して柳沢春生・市帰国者の会会長が「市や日中友好協会、地域の皆さんの支援をいただき帰国者が安心して生活を送ることが出来、感謝しています。今後ともご支援をお願いします」とお礼の言葉を述べました。県日中帰国者交流センターの布施正幸次長が「40年前、田中首相と周恩来総理が握手を交わして日中の戦争状態に終止符を打ち国交正常化を実現したからこそ、残留邦人の皆さんが帰国できるようになった。日中両国は決して再び戦争してはならない。平和友好を誓って乾杯しましょう」と述べ乾杯、懇親に入りました。

 親しく懇談する姿がいたるところで見受けられました。カラオケを楽しんだ後、武田信玄ゆかりの温泉につかりました。
日中友好マレットゴルフ大会-帰国者や研修生と共に交流(10/13)2012

 長野市日中友好協会は10月13日、犀川第2運動場マレットゴルフコースで第10回日中友好マレットゴルフ大会を開きました。大会には石家荘市からの語学研修生や中国帰国者も参加し、ルール説明を受けた後、33人が6班に分かれて「熱戦」を繰り広げました。

 初体験の研修生にはベテランの会員が一生懸命指導。まさに「友好第一、試合第二」でほほえましい光景が見受けられました。スティックを大きな球の芯に当てるにはなかなかコツがいりますが、次第に慣れて、球の転がる勢いも良くなっていきます。コースは一見簡単に見えても、障害や曲がり角があったりで、OBに苦しむ姿も。まさに人生勉強ですねェー。

 2時間ほどで全員試合を終え、たくさん用意された賞と景品を受け取りました。お弁当を食べながら、試合の健闘を讃えあい反省しながらの楽しい交流会となりました。
長野びんずる「日中友好連」50名で参加(8/4)2012

 第42回長野びんずる祭りが8月4日長野市の中心街でおこなわれ、長野市日中友好協会は「日中友好連」を組んで50人で参加、1万2千人の踊り手とともに中央通りを進みました。日中友好の提燈を先頭に、友好協会会員や帰国者、実習生など黄色い友好法被をまとってシャモジを打ち鳴らしながら熱心に踊りました。

 汗だくになりながらも、元気いっぱい、エネルギーを発散させて「本当に楽しかった」と皆さんの感想でした。
中国杭州雑技団が長野と佐久で公演、大好評でした(7/20・24)2012

 日中国交正常化40周年を記念して、長野と佐久で中国杭州雑技団公演がおこなわれました。

 長野公演は7月20日、長野ホクト文化会館で行われました。1000人ほどの市民が来場し、華やかでアクロバティックな舞台に見入りました。国際的な賞を獲得した超絶の離れ技とまばゆいばかりの華麗な演技があいまって見る人の心を揺さぶり感動を与えてくれました。世代を越えてファンタスティック・ドリームの世界に引き込まれ、ため息と、大きな拍手が起きていました。「素晴らしい演技で本当に感動しました」と感動を語りながら帰って行く観客の皆さんを、実行委員会スタッフも嬉しく見送りました。

 佐久公演は7月24日佐久コスモ文化ホールで行われ、800人ほどの市民が熱演に見入りました。開演に先立って、井出正一会長が公演を通じて日中文化交流と相互理解が深まるよう期待しますとあいさつしました。

 今回の取り組みは、日中友好協会とSBC信越放送が共催で行われました。テレビコマーシャルを見て申し込んできた方もおおぜいいました。
友好30周年記念し石家荘市代表団が来長(11/26~28)2011

 長野市との友好都市締結30周年を記念して、河北省・石家家荘市の王大軍副市長一行8人が11月26日、長野市を訪れました。

 代表団はJR長野駅コンコーンスでの歓迎式典に出席。経済団体との懇談や企業、善光寺、茶臼山動物園などを見学。27日はホテル国際21で長野市日中友好協会が歓迎会を開きました。

 これまで石家荘市を20回以上訪問している山根敏郎会長は「訪問を重ねるたびに友好の気持ちが高まり、石家荘市は第2の故郷。その繁栄はわが喜びとなりました」とあいさつ。フラダンスや女性会員たちの中国語のコーラスが披露されました。

 これに対し王団長は「北京オリンピックの聖火リレーでは長野の皆様にお世話になりました。今後もあらゆる分野で交流を図りましょう」と述べました。

 1981年に友好都市になった石家荘市は人口約1000万人の大都市。長野市側は来年4月、訪中団を派遣する予定です。
長野市日中友好協会が第33回定期総会(5/14)2011

 長野市日中友好協会は5月14日長野市内のホテル信濃路にて2011年度の定期総会を開きました。総会には会員来賓ら70名が出席しました。

 山根敏郎会長は「長野市と石家荘市が友好提携して30周年を迎えた。30年前の中国は貧しかったが、その後経済発展を遂げ中国は大きく変わった。日中両国間には緊張関係が存在するが、両国は平和友好の道を歩むべきで協会は相互信頼と友好の大切さを市民にアピールし、30周年を大いに盛り上げて行きたい。四川大地震に見舞われ3年で見事復興した中国を手本に、わが国も決してひるまず前進して行きたい」とあいさつしました。

 来賓として、湯原政敏・長野市企画政策部長、西堀正司・県日中理事長、塚田佐・前長野市長らが祝辞を述べました。

 新年度の方針として石家荘市との友好都市提携30周年記念事業に取り組むこと、魅力ある協会作りに努めることなどを決定しました。

 元全日本スキー連盟専務理事で県スキー連盟顧問の丸山庄司氏が「長野県の中国とのスキー交流」と題して記念講演しました。1980年のレークプラッシドで開かれた冬季オリンピックに初参加することになった中国スキー選手団を野沢温泉スキー場に受入れ訓練したことがきっかけとなり以後30年にわたり、白馬、野沢、飯山、山ノ内、菅平などとのスキー交流がすすめられてきたこと、1983年からはスキー用具を中国に贈る取り組みを進め13万台のスキー板を送ってきたことなどを振り返り、中国の最新スキー事情を紹介、アジアのスキーの振興レベルアップに日中韓が協力して取り組んで行きたいと述べました。また、瀋陽体育学院客員教授に招聘されスキー技術の講演と講習を行った状況などを紹介しました。
帰国者への理解を深めるつどい・体験発表と春節交流会(2/11)2011

 県と県日中友好協会は2月11日、「中国帰国者への理解を深める県民の集い」を長野市内のホテル・サンパルテ山王で開きました。旧満州(現中国東北部)に渡り、敗戦時の混乱で取り残された中国残留孤児や帰国者2世の4人が体験を発表、200人が聞き入りました。引き続き、第2部では京劇と変面のショーや二胡演奏を堪能し、第3部の春節交流会では餅つきを皮切りに大正琴の演奏、くじ引き抽選会、歌やヤンコー踊りを楽しみました。

 第1部では主催者を代表して吉川篤明・県地域福祉課長と井出正一・県日中友好協会会長があいさつし、「長野県は全国一満州開拓団を送り出し多くの犠牲を出した。現在4300人の中国帰国者の皆さんが県内に暮らしている。帰国者1世の高齢化が進み、生活習慣への対応や就労、教育などの課題もある。帰国者の皆さんが、言葉や習慣の壁などさまざまな困難を乗り越えてきたことに思いをいたし、地域や県民の皆さんの理解を得て、平穏で幸せな生活を送ることができるように国、県、市町村、関係者が連携して支援活動に取り組んで行きたい」と語りました。

 体験発表で井原澄子さん(74)=飯田市=は、1945年3月、当時8歳のとき家族8人で旧満州に渡ったが落ち着く間もなく、ソ連軍の侵攻に遭遇、約1ヶ月間山中を逃げ回った後、父はシベリヤに連行され、祖父や母とは死別、兄弟姉妹は現地の中国人家庭に引き取られその後結婚、1994年永住帰国するまで50年間異国で暮らし、その間「いつになったら日本人としての暮らしができるのか、祈るばかりだった」と話し、最後に、「悲劇を繰り返さないためにも日本と中国が平和であってほしい」と訴えました。
 残留孤児の蔵本芳恵さん(65)=長野市=は、「18年前に夫と息子3人で帰国し、日本語の壁や困難を乗り越え働いてきた。退職後は国の生活支援給付金を得て、安定した生活が送れるようになった。現在日本語を勉強し、家族も孫を含めて10人となり幸せに暮らしている。社会に恩返ししたい」と話しました。
 母親の出身地の駒ヶ根市で暮らす帰国2世の小池向華さん(57)は来日後に日本語を学び、就労や自動車免許を取得した苦労を振り返り「最初は生活のため仕方なく学んだが、今は日本語に興味がある」と語りました。
 小学5年生の池田慧子さん(11)は小学校で先生の指導を得ながら勉強に励んでいる様子を元気に発表しました。

 第2部の中国太陽芸術団の公演では、程波団長がかつてNHKのテレビドラマ「大地の子」に中国政府代表団の仰団長役で出演したことなどを紹介しながら、軽妙な司会で会場を沸かせました。京劇俳優の劉妍さんは煌びやかな衣装を身にまとい「覇王別姫」のなかの虞美人の剣舞を披露し会場の雰囲気を盛り上げました。二胡奏者の于雪源さんは中国と日本の名曲を演奏、アンコールに応えて「北国の春」の調べに乗ってテノール歌手でもある程波団長が歌いだすと会場は手拍子に包まれました。最後に劉妍さんが再び登場して秘伝といわれている「変面」を観客のすぐ目の前で披露、瞬間的に15の面に変わる高度な芸に拍手が鳴り止みませんでした。

 第3部の春節交流会ではアトラクションとして臼と杵を使って、帰国者の皆さんが次々と餅つきを体験しました。懇親会に入って、大正琴の生演奏をバックに会場のいたるところで交流が行なわれました。抽選会も行われくじを引き当てた人たちがたくさんの景品を受け取ってにっこり。長野、松本、上田、飯田や伊南の日本語教室に通う帰国者の皆さんが「北国の春」や「星影のワルツ」「故郷の空」などを一生懸命歌い大きな拍手を受けました。最後に中国の東北地方に伝わるヤンコー踊りを会場いっぱいににぎやかに踊りました。

 飯田下伊那、伊南、松本、上田、飯山、長野などからおおぜいの帰国者や支援者、市民のみなさんが参加しました。戸井田一成長野市保健福祉部長、西堀正司県日中帰国者交流センター所長、小林佑一郎元帰国者定着促進センター所長、長谷部孝長野市厚生課長、阿部智史県地域福祉課係長、北島良一長野市日中理事長、北沢久県日中帰国者留学生委員長らも出席し帰国者にエールを送り、交流しました。長野市日中女性委員会の皆さんは友好の黄色のハッピ姿で、交流会の進行・盛り上げに大活躍でした。

中国高校生訪日団、交流し友情育む(6/10~13)2010

 「21世紀東アジア青少年大交流計画」の一環で6月10日から13日、中国高校生訪日団第2陣の一行49名が長野県を訪れました。河北省教育庁国際処の董郁倩さん(29歳)を団長に高校生42名、随行7名で構成されており、生徒は石家荘市第2中及び第9中、滄州市第2中、石油天然気管道局中(中国では中学が初級=中学と高級=高校に分かれている)などいずれも河北省内の優秀高校の皆さん。県日中友好協会が県・県教育委員会とともに受け入れました。

 長野駅頭で友好協会会員から横断幕で迎えられた一行は市内のホテルで早速、歓迎交流会に出席しました。山根敏郎県日中副会長や久保田篤県観光部長らが「親戚の長野県にようこそ」と熱烈歓迎のあいさつ。董団長も「我が家に帰ったようなあたたかさを感じました。長野県の素晴らしさを体感して帰りたい」。生徒代表の張旭彤さん(高2)も「長野訪問を通じて日本を知りたい。一緒に平和な世界を作りましょう」と語りました。続いて県国際課の糊倉さんから長野県が映像を交えて紹介されました。

 一行はこの日午後、みすずコーポレーションを参観、大連にも進出している企業だけあって、説明案内していただいた執行役員の田中雅美さんは流暢な中国語で生徒たちの拍手を受けていました。中国市場での販売も展望して、凍り豆腐や稲荷などの製品のアンケートを兼ねての試食は好評でした。

 続いて、石家荘市から1985年贈られた人気者のレサーパンダが活躍している茶臼山動物園では、須田哲園長さんが丁寧に案内してくれました。緑に囲まれた山腹にキリンやライオン、サルや象が気持ちよさそうに動き回っており、一番奥のレサーパンダの森には12頭ものかわいらしいレサーパンダが活発に動き回ってみんなを歓迎してくれました。特に、全国でも1匹だけという飼育員になついたパンダにじかに触ってみんな大喜びでした。

 一日の疲れを上山田温泉の宿で癒した一行は翌11日午前中戸隠の自然を満喫しました。神話伝説に耳を傾け、合格祈願の神様でもある中社を参拝、続いて戸隠流忍法館でからくり屋敷に感嘆の声を上げ、戸隠そば博物館「とんくるりん」でそば打ち体験をしました。自分たちで打ったそばはおいしかったですか?おいしいそば粉、冷たい清水。戸隠そばは日本一ですよ。

 午後はいよいよ高校生交流。長野南高校に到着すると、生徒会役員25人がソーラン節を踊って出迎えてくれました。歓迎会では茶鍋和統校長の歓迎あいさつに続いて、生徒会長の松本真美さん(17)が勉強や部活動に力を入れていることを紹介しました。ソーラン節の感想を尋ねると、中国の生徒たちからいっせいに「ハオ(良い)」の声が上がりました。

 2年生の保坂ひふみさん(16)は日本舞踊を披露。中国側も10人で合唱を発表したほか、1年の劉暁さん(16)が雲南省に伝わるひょうたん笛(フールースー)を演奏して盛り上げました。その後、3グループに分かれて茶道や折り紙の体験、弓道部の練習の見学をしました。

 松本さんは「言葉は通じないが、身振りや手振りで分かり合える。中国の高校生は積極的で、自分たちから交流したいという気持ちが伝わってきた」。中国の2年王夢琦さん(17)は「日本の礼について言葉では知っていたが、今回の訪日でよく分かった。みんな優しく、熱意があった」と話していました。別れのときがやってくると高校生同士、肩を抱き合いながら別れを惜しんでいました。

 一行は、この日は憧れと緊張のホームステイです。夕方、次々とホスト家庭の皆さんが迎えにやって来ました。長野市日中の風間俊宣・三井汎・寺島利光・榎田昭一・西沢正夫・瀧本清英・竹内勲・長澤保・本藤英松さん、須坂日中の荒井寿夫・永井毅・弓田忍・土屋貞夫・山崎始さん、小布施町日中の桜井英樹・島田一郎さん、千曲市日中の山岸和枝・高橋堅治・島田孝子・山口昌昭さんらのあたたかい笑顔に接して高校生たちも笑顔をうかべて「ニイハオ」。思い思いの歓迎と交流の24時間を過ごして翌日ホテルに集合したときはすっかり家族の一員のようなうちとけた雰囲気になっていました。涙を浮かべて手を握り合って写真に納まり分かれがたい雰囲気が漂っていました。董団長は高校生が大変お世話になり、素晴らしい体験ができたことに心からの感謝を述べていました。高校生からいただいた感想文に「日本が大好きになりました」と書かれていたのが本当にうれしく思いました。