トールドアーマー「トランディ」
AREA5
「D−モード」
「モードをマニュアルにして‥‥‥、ええと、それでパスワードを入れなくてもいいようにするには、この数を4にして‥‥‥!」
「おにいちゃん、がんばって‥‥‥」
リサが心配そうなまなざしでクレイの横顔を見つめている。都心からはずいぶんと離れたこの渓谷は、それでもアウターワールドからは50km以上離れたビクトリーロードの内部にあった。その岩影に隠れるように停車し、まるで動く気配を見せない青いトランスポーターの内部で、置いてきぼりにされた二人の子供は必死になってそれを動かそうと努力している。バード:アルバテルという彼らの父親は、出てゆく直前にそのコントロールをパスワードでロックしてしまったのだ。
「‥‥‥おにいちゃん! もう始まってるよぉ!!」
泣きそうなリサが見ていたバウンティハンター専用のネットタウン、その掲示板には、リアルタイムに現在のキラードールの出現地域、状況などのデータが表示されている。「ヒドラ」と仮称されたキラードールの出現地域も衛星を通じてネットに送られ、それは危険度に「Ex.S」がつけられていた。見る間に上がる賞金は倒されたTAの数に比例し、挑戦したバウンティハンターの死亡リストが増えてゆく。以前は単に難易度としか意識していなかったそれに、まだ父親の名前はない。コンソールにかじりついていたクレイが、泣きそうな顔で悲鳴を上げた。
「だめだ! やっぱりパスワードわかんないと‥‥‥!」
「お父さんやられちゃうよぉ!! リサそんなのやだぁぁ!!」
「そんなことあるもんか!! とにかく、8桁の数字‥‥‥!」
クレイが父親の生年月日を入力し、あっけなく弾かれてしまう。次いで自分やリサ、故人である母親の生年月日、それらの逆、単純な数値の繰り返し、はたまたサイコロを持ち出しての完全なランダムも数回入力してみたが、コンピューターの態度は一切変わらなかった。一番強い父親が、自分たちを置いてゆくなど考えもしなかった。それほどの敵が相手だったということに、七歳の妹と十歳の兄は、ただただ焦るばかりだった。何度めかのエラー音が無情に鳴り響く。クレイは手のひらをキーボードに叩きつけた。
◆
「フィリス様、こちらです、お早く!!」
エドワードの声はぼんやりとしか聞こえず、フィリスの視線は2体のTAに注がれていた。殆どの人々はすでに避難し、ここにはサテライトのクルー達だけが残り、その行方を見守っている。フィリスはどうして良いか分からなかった。アーリーとグレナディアは共に自分と関わりのある人間で、その人々がいま、自分達を逃がすためにTAで戦っている。キラードールの赤く発光する鞭がトランディを打ちつけた。装甲がえぐれ、内部のフレームが露出し、トランディは衝撃でよろけたところを再び打ちつけられた。閃光がトランディの右肩にきらめき、姿勢制御スラスターが破壊される。だがトランディは下がらなかった。サテライトの数名はグレネードキャノンを背負い射撃体勢を取っている。だがキラードールは移動しながらトランディと交戦中なのだ。キャノンを外しながら、リックは舌打ちした。
「くそ!! こう動かれちゃ‥‥!」
「お兄ちゃん、がんばってよぉ!!」
『ミアも早く逃げろって! エドワードさん何やってるんです! フィリスさんを早く、安全な所に!!』
「そんなのやだよ! また私だけ逃げるなんて、そんなのやだよ!!」
レシーバーに叫び返すミアの声に、フィリスはびくりとした。エドワードが肩をつかみ、避難路につれていこうとする。その前で、ミアはまだ逃げることが出来なかった。
「ねえ誰か、誰か何とかしてよ! お兄ちゃんを助けてよぉ!!」
「ミアちゃん‥‥」
ミアの悲痛な叫びがフィリスの心をふるわせる。トランディは鞭に打たれながらも後退せず、キラードールを押しとどめていた。何も出来ない自分が彼を雇い、自分らを守らせ、危険な目に合わせている。体の震えは止まらない。フィリスは自問していた。昨日の夜、自分がアーリーに言った言葉を思い出した。
―――私は今、何が出来るのだろう?
「‥‥ミアちゃん、今は避難しましょう。ここにいても、何もできないなら‥‥」
「フィリスさん‥‥そんな!!」
「アーリーさんは強い人よ。でも私達がここにいたら、きっと本気では戦えない。‥‥エドワード、トランディは強いTAなのでしょ?」
「‥‥キラードールにも、勝てる機体です」
「その言葉を信じます‥‥。サテライトの人を、全員待避させて下さい。それとグレナディアさんへ連絡を。話したいことがあるんです」
「は!」
「フィリスさん‥‥!」
見上げたフィリスの横顔は、何かの痛みを堪えているかのようだった。何度目かの衝撃音がミアを振り向かせる。トランディの破片が宙に舞っていた。
『ミア、急いで!!』
アーリーの声に、ミアは理解した。兄の足かせでしかない自分が、どうしようも無く悲しかった。
「‥‥よし、動く! 立ち上がれ!!」
コンソールにグリーンサインが表示され、トランゼスはようやく衝撃から機体のシステムを復活させていた。幾つかの計器が死んだコックピット、そのモニターには避難を始めたチーム「サテライト」の様子が映っている。トランゼスの動きは幾分ぎこちなさが残り、不規則な振動も気になった。だがモニターの前方ではトランディが戦っているのだ。赤く発光する鞭はトランディを、少しずつ確実に破壊しているように見えた。
「アーリー‥‥!」
自分があの時油断などしなければ、きっとこんな思いをすることも無かったのだ。一歩前に出ようとしたとき通信が入る。それはフィリスからのものだった。
『グレナディアさん、今は後退して下さい。下がったら‥‥』
最後まで聞かずに通信を切った後、彼女はトランディの映るモニターを見つめた。
◆
シグナスから遠く離れたその地点で、「落ち武者」の大鉈は轟音と共に地面をえぐり、Z−ARKはそれを交わして飛び退いた。大鎌を振り上げ、そのまま鉈を掴むその腕に打ち下ろす。甲高い音が鳴り響き、Z−ARKの大鎌は「落ち武者」のその手首ごと鉈をそぎ落としていた。
だがぼとりと落ちる大鉈のことなど瞬間的に忘れたように、「落ち武者」は手首のないその腕を振り回した。バックパックが火を放ち、天空へと飛び上がったZ−ARKは上空からレールキャノンの照準を合わせる。ターゲットがロックONする前に、目標は大地を蹴って脇に跳ねとんだ。モニター上から瞬間的に消える目標をセンサーがとらえ、左の方向を指示する。回避行動は間に合わなかった。衝撃と共に、「落ち武者」から放たれた閃光がバックパックをかすめて左のエンジンを破壊し、左肩ごとウエポンラックバインダーをえぐり取っていた。
「く‥‥!」
仮面を上げ、口から煙を噴いている「落ち武者」の前で、Z−ARKはバランスを崩して失速し、落ちていった。姿勢制御システムがスラスターを制御しつつ体勢を立て直し、やがて襲ってきた墜落の衝撃はE−TRONが各部のリニアホールドを制御して分散させる。だが50m以上の高さから落とされたダメージは、4年間の実戦テストを繰り返したE−TRONをもってしても吸収しきれるものではない。着地し立ち上がろうとしたとき、鈍い音と共にZ−ARKの右足から黒い液体が流れ始めた。マッスルシリンダーの一本が折れてしまったのだ。出力が急激に下がり始め、Z−ARKは片膝を付いた。
「鉈に気を取られすぎたか‥‥。キャノンは」
弾奏には後、一掃射分6発のプラズマ光熱弾しか残っていない。かわりのカートリッジは破壊された。動けなければ大鎌も使えず、キャノンで仕留められなければ勝機は無い。迫り来るその巨人はZ−ARKに誘導されてここまでついてきたのだ。彼は目標を破壊するまで攻撃は止めないのだろう。移動速度の落ちたシグナスでは追いつけず、残った6機のTAは三機がヘリで市に向かい、残りの2機は共に戦い破壊された。この場に足止めできたとしてもシグナス到着まであと3分程度。接近されるには十分すぎるほどの時間だった。
「お前の元へいけるかもしれんな、エレナ‥‥」
呟いて、Z−ARKはレールキャノンを動かした。正確に「落ち武者」を狙い、しかしまだトリガーは引かない。やがて接近してきた「落ち武者」の仮面が上に上がってゆく。収束しだしたその光に向けて、彼はトリガーを静かに引いた。
◆
「くそおぉ!!」
爆音と共に打ち降ろされる鞭を交わしながら、アーリーは雄叫びを上げていた。鞭の動きは目では見えない。トランディを右に倒し、しゃがませ、左に跳ねる。全てが勘をたよりの曲芸である。トランディはそのたびごとに何処かがはじけ、飛び散る外装の破片がコンソールに見えた。傷だらけになりながらも、メインフレームもジェネレーターもまだダメージはない。アーリーは一生分の運を使い果たしている気がした。
「そうでないなら、俺は機械に遊ばれてるってわけだ、‥‥‥くっ!!」
左の地面を打ち付けたその鞭を交わしながら、アーリーは薄く笑みを浮かべていた。キラードールは自分しか相手にしておらず、鞭の動きは楽しげで、自分はそれに滑稽なダンスを踊らされている。しだいにアーリーの心に何かが芽生えつつあった。ふだんあまり感じた事のない、あるいは感じないようにしていたその感情は、やがてアーリーの心を支配し始める。自分が見えなくなっていき、心が熱くなった。自分には勝てる相手では無いのかもしれない。だとしても。
‥‥それが何だというのだ。
トランディは打ち降ろされたその鞭を交わしていた。モニターとコンソールを見すえ、スティックを動かし、セレクターを操る。次第に表情の無くなるアーリーは、そんなことを気にもしなくなっていた。
「‥‥交わされた?!」
地面を打ちつけたその鞭を、アントワネットは再び宙に舞い上がらせた。弧を作り、打ち下ろす。だがそれすらも当たらない。レイシーの心が冷え始めた。最初は手加減していた、だから傷も浅かったのだ。楽しんでいたはずが、いつの間にか余裕が無くなっている。手加減はもうしていないのに!
「読まれ始めてるって言うの? このあたしが‥‥! 何なのよ、このTA?!」
フルパワーで打ちつけたバスターウィップがトランディのかわりに地面をえぐり、土煙を巻き起こす。一瞬見えなくなった視界の中を焦ってサーチした瞬間、現れたのはトランゼスだった。不意を付かれたその体当たりを受け、アントワネットは仰向けに倒れ込む。乗り上がったトランゼスは右の拳を振り上げた。
「さっきのお礼! これで終わらせてやる!!」
キラードールの、そのモールドのない仮面に拳が打ち下ろされる。だがそれが当たる直前に、仮面が上にはね上がった。すり鉢状の口が光り、放たれた閃光はトランゼスの拳を直撃し、粉砕する。光はそのままトランゼスの肩口を貫いた。爆発が起こり、機体が弾かれる。軽くなった加重からトランゼスをはね除けながら、立ち上がったアントワネットはバスターウィップを、振り向こうとしたトランゼスの首に巻き付けた。何かが溶ける嫌な音がする。アントワネットが手首を帰すとトランゼスのボディは前に引き寄せられ、頭部はその加重で切断されてしまった。モニターが消えた。
『グレナディア、ガード!!』
アーリーの声に、とっさに彼女はセレクターを操った。見えなくなったモニター越しに信じられない衝撃が彼女を襲う。コクピットをガードしたその左腕を、衝撃で変形させたキラードールのその蹴りは、トランゼスを後方へとはね飛ばしてしまったのだ。
『きゃああ!!』
「グレナディア!!」
アーリーの叫びもむなしく、トランゼスは人のいない観客席に叩きつけられ、それを破壊し、エリアの外に放り出された。アーリーの意識が一瞬そこに向けられたが、生まれたその隙をキラードールは見逃した。力無く放り出されたトランゼスに余裕のない笑みを送るレイシーは、自分が汗をかいていることに気付いていなかった。
「ほ‥‥ほら、ご覧なさい。あれがTAなのよ‥‥。本気を出したキラードールには手も足も出ない、人間の作った玩具‥‥」
トランディが緩やかに振り返り、彼女を‥‥正確にはアントワネットを‥‥睨み付けた。外装はぼろぼろで、各部のスラスターも殆ど機能しておらず、だがその双眼に輝く光は、まるで失わぬ力がみなぎっているかのようだった。彼女はびくりとして後ずさる。後方に一歩下がったキラードールに、アーリーはトランディをただ前に進めた。緩やかに近づいてくるトランディが、まるで「終末に現れたとされる鬼」のように見える。レイシーは自分が恐怖に駆られていることを、認めることが出来なかった。
「飼われた人間が、それが作ったTAが、アントワネットとまともに張り合うですって?! そんなことが、あってたまるもんですか!!」
レイシーの叫びと共に、バスターウィップが地を跳ねた。両断してやるつもりで打ち下ろしたそれを、トランディはボディをひねっただけで交わしてしまう。再度引き戻して打ち下ろし、跳ね上げて凪払ったそれも身を沈めて交わされた。何故当たらないのか理由が解らなかった。自分はシミュレーションで、唯一100%のスコアを叩き出した選ばれた戦士のはずでは無かったのか?
「そんな‥‥、こんなの、嘘よ、そうに決まってる!!」
踏み込んだトランディにアントワネットが鞭を振り下ろそうとする。だがその瞬間、その青いTAはすでに目の前に移動していた。ひっと呻いたレイシーの時間が急にゆっくりになる。トランディの右腕が振りかざされ、その腕のナックルショットが音を立てて装填し、レイシーがフェイスキャノンを放とうとトリガーを押す前に、その青いTAの目が輝いた。後はどうなったか解らない。ただ、自分が悲鳴を上げたことだけは覚えていた。
爆音と閃光を伴って、トランディの右のナックルショットがキラードールの仮面をフルパワーで殴りつけていた。仮面はひしゃげ、内部の粒子砲を破壊し、後頭部から爆炎を放ちながら「彼女」は地面に叩きつけられた。身をよじり、跳ね上がり、そして仰向けに倒れ込んだ「彼女」の中で、レイシーは気を失った。動かなくなったキラードールを眼下に見つめるアーリーの心は、やがて元に戻り始める。目の前で倒れるキラードールを、今自分は殴りつけたのだ。
「見たか‥‥。この‥‥!」
そう呟いたアーリーではあったが、正直何故倒せたのか、自分には良く分からなかった。全身の筋肉は苦役から解放され、押し寄せる疲労はアーリーに大きな息を吐き出させる。トランゼスが倒された時から、相手の強さや危険さはどうでも良くなっていた。結局理不尽なものが許せなかった、その怒りだけで彼はトランディを操っていたのだ。
「‥‥そうだ、グレナディアは?!」
振り向いたトランディのコックピットに、嬉しそうなミアの通信が聞こえてくる。フィリスとグレナディアの声もその後ろの方から小さく聞こえ、彼女達も元気そうに何か話していた。アーリーは思わず顔をほころばせる。自分がトランディに乗っていることに、この機体が強力なものだったことに、彼は始めて「良かった」と思った。
◆
閃光が放たれる直前に、連続して着弾した6発のプラズマ光熱弾がその内部で爆発し、「落ち武者」の頭部は自らの充足したエネルギーと共に爆発した。レールキャノンには「0」の表示が上がり、すでに無用の長物と化している。動けないZ−ARKは大鎌を構えて敵の動きを待った。頭部を無くしたその人型はまるで驚いたかのように立ちつくし、だがすぐにZ−ARKの方を向いた。痛みを感じている様子は、全くなかった。
「頭が無くなっただけか‥‥」
頭のない「落ち武者」が、正確にZ−ARKの方に歩いてくる。何とか動く右腕一本では大鎌のダメージもたかがしれていた。もっともクレイやリサの事はジックスに話を付けてある。最後の獲物は十分に強力で、殺された妻へのたむけとしても申し分はない。両手でZ−ARKを掴もうと近寄るキラードールに向けて、Z−ARKは大鎌を振り上げた。殺された妻の涙が、不意に脳裏を横切った。
大きな影がZ−ARKを覆う。見上げた巨体の胸元に、突然ぼこりと穴があいた。
その穴は直径10Cm程度で、しばらくすると低い破裂音と共に煙がその穴から吹き出した。見上げるZ−ARKの前で穴の辺りを手のない腕でまさぐりながら、次第に動きが鈍くなる。停止したまま、その巨体はZ−ARKの左側に轟音と共に倒れ込んだ。巨体の向こうに小さく青いトランスポーターが見える。据え付けの大型レールキャノンが、こちらの方を向いていた。
『あたったぁ!! ねえお兄ちゃん、当たったよ?!』
『あったりまえだい! それよりお父さん! 大丈夫?!』
聞こえる子供達の声は喜びに満ちていた。やがて遠くからシグナスも近づいてくる。クレイとリサは、バードの設定したパスワードを解除したのだ。戦争でキラードールに殺された最愛の妻「エレナ」の命日を、彼らはパスワードに入力したのだ。
「無免許のくせに、まったく無茶をする‥‥。後で叱ってやらないとな」
バードは久しぶりに微笑んでいた。自分はまだ、妻の元には行けないらしい。子供達を見捨てようとした自分を、エレナはもしかしたら、怒ったのかもしれない。
◆
「何であんな無茶をしたんです?! 通信も無視して‥‥‥!」
詰め寄るフィリスに顔をしかめながら、ばつが悪そうにグレナディアは横を向いた。右腕と頭部を亡くし、瓦礫の上に倒れ込むトランゼスのコックピットに駆けつけたミアとフィリスは、そこでグレナディアの無事を確認したのだ。安堵感がこみ上げるフィリスは反動が出たらしい。開口一発目のフィリスの叱咤に、グレナディアはむっとした。
「別に、無茶をしたつもりなんか無いよ。トランゼス壊しちゃったのは悪かった。しょーが無いじゃないキラードールだったんだから! 何だったら契約料から‥‥‥」
「そう言う問題じゃ無いでしょう?! あのままもし大怪我でもしてたら、どうするんですか!」
「あのね、あたしを誰だと思ってんの? 怪我のひとつやふたつ、勲章みたいなものよ。あんたみたいにうろたえて、何も出来ないお嬢様とは違うのよ?」
「う、うろたえてなんか‥‥‥! 私だって、考えて‥‥‥!」
「へーえ、あたしに下がれって言った人が? アーリーだけ危険な目にあわせて守ってもらおうなんて、随分虫のいい話ねぇ?」
わなわなわなわなっ。
「‥‥無茶してやられてなおさら心配かけるような人に、そんなこと言われたくありません」
「‥‥‥何だって?」
ぴくぴくぴくぴくっ。
「‥‥うん、じゃあ。‥‥ねーねー、もう止めようよ〜〜」
後ろで無意味な睨めっこを始めた二人に顔をしかめながら、ミアは通話を切って振り向いた。やがて重い歩行音が近づいてくると、二人の女性は何事もなかったかのようにトランディに顔を向ける。トランゼスの破壊した客席から、のぞき込んだトランディを嬉しそうに見上げた二人はそこで気がついた。再び顔を見合わせた二人の間に、ミアは一瞬、電気が走ったような気がした。
「‥‥‥ところで、なぜ貴方がトランゼスのパイロットをしてるんです?」
「アーリーとおんなじよ。貴方のお父さんに直接電話もらって、二つ返事で引き受けたって訳。こんな事になるとは思ってなかったけどね」
「お父様に? そうなんですかエドワード?」
「は‥‥。実は契約時の条件でしてな、トランゼスとの模擬戦が終わるまで、サテライト側には一切公表しないようにと‥‥」
「流石に一週間程度しか時間は無かったんだけど、アーリーともう一度、馴れ合い抜きの勝負がしたかったからさ。ちょうどいい機会だと思ったんだけどね」
モニター越しの会話は、トランディの集音システムで聞くことが出来る。次第にアーリーは不機嫌になってきた。モニターの一部を拡大した映像にはエドワードが映っている。グレナディアをどう見れば素人になるのか聞いて見たい所だったが、どうせ返答は決まっている。トランゼスはまだ、出来たばかりのマシンなのだ。
「俺に何か恨みでもあるのか、あのおっさんは?!」
毒ついた台詞は全ての通信をオフにしてあるために外部には漏れない。つい下品な口調になってしまったアーリーがふとコンソールに目を移したとき、見慣れない表示が点滅しているのが目に入った。画面中央下に小さく「Dモード」と表示されているそれは、さっきまでは映っていなかったはずである。やがてその脇に何かの数値がカウントダウンを始めた。10000からカウントダウンされ始めたそれは、毎秒20程度のスピードで、急速に数を減らしていた。
「何だ‥‥、これ?」
安堵感のこみ上げるテストエリア周辺では、サテライトのクルー達によってトランゼスの回収作業が行われようとしていた。キラードールは流石に軍の到着を待ってから行う事になっている。トランゼスの残った左腕は蹴られた衝撃で大きく歪み、指先はもう動かない。ジェネレーターも出力は低下して、それでもトランゼスはまだ動くことは出来た。観客席は仮設だったために硬度は低く、逆にそれがクッションになってトランゼスを守ったのである。トランゼスに乗り込んだグレナディアはハッチを開いたままトランゼスを立ち上がらせた。見ていたエドワードのレシーバーが着信振動を始めたのは、その時だった。
「ああ、ローワンか、どうした?」
『エドワードさん、トランディの『Dモード』が共鳴しています。オリジナルだとしたら‥‥、こいつ、接近中なんですよ!』
「馬鹿な!」
エドワードが辺りを見回したとき、その閃光はテストエリアの上空に、突然出現した。人々が目を見張るその前で、それは次第に大きくなり、やがて人の形を作り始める。光の中から現れたその巨人は全高12m前後、モールドのないその顔に、人々は息を呑んだ。
AREA5 Final。
NEXT AREA 「ルーン・ザ・フォーチュン」 掲載予定日 未定(でも、たぶん2−3日中には上がるかも(^^;))
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