トールドアーマー「トランディ」

 AREA4
 「Z−Ark」




 トランディの前方に、人型をした物体が落下する。轟音と共に着地したその物体に、アーリーは目を見開いた。

「な‥‥んだってえ?!」

 トランディの目の前にいるその巨人は、アーリーが知っているキラードールとは随分違う印象を持っていた。全体が細く流線型で、どこか女性的なフォルムを持ち、緩やかに立ち上がり始めたその様にはぎこちなさがない。だが相手のエネルギーウエーブはトランディのコンソールでレッドサインを出し続け、持ち上げたその顔にはモールドが無く、機械は間違いなくそれがキラードールだと告げている。夢を見ているような気がした。ひどく悪い夢を。ここはトリエスタで、自分は今、ラグナスのテストエリアで‥‥?

『お兄ちゃん、逃げて!!』

 ミアの悲鳴に、アーリーは我に返った。

 キラードールが走り出したのだ。迫り来るキラードールに、アーリーは反射的にガードモードをセレクトする。キラードールの繰り出した右の腕にアーリーの精神が集中し、彼は反射的にそれをトランディの左腕ではね除けた。そこからパターン2につなぐ。右のナックルショットが装填、敵の頭部めがけてそれが打ち込まれる‥‥。パターンではそうなっていたはずだった。

「動かない?! ‥‥あ!」

 打撃系のパターンをロックしたままだったのだ。すぐさま解除しようと手を伸ばした瞬間、重い衝撃が彼を襲う。腹部ジョイントを蹴りつけられた衝撃で、トランディは50m以上後方にはね飛ばされた。姿勢制御のパターンも間に合わない。観客席めがけて叩きつけられようとするトランディを、だがホバリングで素早く移動したトランゼスが受け止めた。その衝撃と共に通信機から叱咤の声が流れる。ノイズ混じりの、それは女性の声だった。

『アーリー何やってんの! だらしないな!!』
「だ、打撃系をロックしたままだったんだ、すまない!」

 パイロットが女性であることに一瞬戸惑いを覚えながらも、アーリーはすぐさまパターンロックを解除した。戦闘姿勢を構え、トランゼスの前に立つ。キラードールはトランディの方を向いていた。だが「彼女」はまるで、彼を誘うかのように動かなかった。

『アーリー! キラードールをこれ以上先にいかせるな!! トリエスタの中心地区に入り込まれたら、どこまで被害が広がるか分からんぞ!』
「解ってますよ! そのためのTAでしょ!!」

 エドワードの呼びかけに大声で答え返す。彼は無理矢理状況を納得した。後方では観客、そしてフィリスやミアの避難もまだ終わってはいないのだ。キラードールはなんとしてもここで仕留めなくてはならない。現れた理由についてはその後である。彼は通信機のスイッチを押した。

「トランゼスのパイロット、君も速く逃げるんだ! 幾らトランディの量産機だからって、素人が勝てる相手じゃないんだよ!!」
『誰が素人だって?!』

 突然トランゼスがトランディを横に押しのけた。バランスを崩して左に転びそうになり、慌てて体制を立て直す。トランゼスは一歩前に出るとそのまま戦闘姿勢を取った。驚くアーリーに通信機から再び罵声が浴びせられる。彼はようやく気がついた。

『あたしはこれでも「ガルトスの閃光」だよ?! 通り名が伊達じゃないってこと、この場で見せてあげるさ!!』
「グ‥‥、グレナディア? 何で君がトランゼスに?!」

 通信機から自分の名を呼ぶその声が、ひどく耳にくすぐったかった。相変わらず不器用な自分にため息をつきつつ、彼女はモニターに映るその敵を睨み付けた。始めてみるキラードールは随分ふざけた格好をしている。トランゼスを相手と認めたのか、敵は緩やかに前に出た。トランディが以前にキラードールと戦い、勝ったことは聞いている。トランゼスに武装が無い事はかえって幸いだ。その方がTGらしくて、本気になれる。

「アーリーはまあ見てな! これは、あたしの獲物だ!!」

 トランディには、止めようと動く暇すら与えられなかった。スラスター全開で、トランゼスとそのキラードールはテストエリアの中央で、激突した。



 轟音が再びシグナスを揺らし、装甲版はすでに穴だらけになっていた。ビクトリーロードの荒野で続く戦闘は軍の戦力を着実にそぎ落としてゆく。シグナスのジェネレーターは出力が低下し、思うように移動すら出来ない。展開するTA部隊もすでに10機を切り、集まっていたバウンティハンターのTAはもう殆どいなくなっていた。彼らが守らねばならないのは自分であって都市ではない。手に余る相手は軍に任せるのが、バウンティハンター流の長生きの知恵だった。

「バウンティハンターの、腰抜けどもが‥‥!」

 吐き捨てたワグナーの前で、再び雷球が激突する。そのダメージは第1格納庫を突き抜け、ついにジェネレーターシステムに到達してしまった。警告メッセージが幾つか上がる。目に見えて、シグナスの動きが鈍くなった。

「く‥‥! 被害は?!」
「シールド出力、50%に低下! HFSにも異常発生!」
「プラズマエネルギー増大! また来ます!!」

 悲鳴じみたその声と共に大蛇の右側がエネルギーを収束させ、やがて雷球を吐き出した。このシールド出力では丸裸と同じである。次を食らえばただでは済まない。迫り来るプラズマエネルギーの輝きに、彼は思わず腕で顔を覆った。

 だが、放たれたその雷球はシグナスに到達する前に、突然レールキャノンの射出音と共に四散した。「ヒドラ」が上空を見上げる。気が付いたオペレーターがそれをカメラでとらえたとき、上空に見えた影はまるで弾丸のようなスピードで舞い降りてきた。長い大鎌を持った赤い小型のTAが、シグナスを守るかのように立ちはだかる。ワグナーはすぐに気が付いた。

「バード、貴様か?!」
『話は後だ。奴の注意は俺が引きつける。砲手に今度は外すなと言え』

 ワグナー指令の喜びの混じった怒鳴り声に答えながら、バードは赤いZ−ARKの中でスティックを動かし、アクセルを踏み込んだ。背面のバックパックが火を放ち、8m弱のZ−ARKがヒドラへと飛ぶ。再び収束し放たれた雷球がZ−ARKに吸い込まれようとしたが、バードは軽くスティックを動かして各スラスターを制御し、それを「空中で」交わしてしまった。航空機用の大出力エンジンを背後に取り付け、その推進力を各部のスラスターで制御する。そのために極限まで装甲を薄くし軽量化を図っているのである。多大なる犠牲の元に生み出されるZ−ARKの空中機動力は、驚異的な対空時間と空中での瞬間的な回避行動すら可能にする。Z−ARKは空を飛ぶTAなのだ。

「これが効くとは思えんが‥‥!」

 急接近と共に持っていた大鎌がうなりを上げて発光する。高周波振動体で作られたその大鎌が振り下ろされ、シールドの消えた敵の外殻にめり込んだ。瞬間にヒドラのシールドが再生、Z−ARKはそのエネルギーの壁に弾かれてしまった。空中に投げ出されるZ−ARKに再び雷球が襲いかかる。Z−ARKの姿勢制御システムは右肩のレールキャノンと左肩のウエポンラックバインダーをバランサー代わりに振り回して回転を止め、バードのスティックの動きはそのままZ−ARKをのけぞらせた。空中で一回転して雷球を避けたZ−ARKはそのまま上昇、上空からレールキャノンの雨を降らせる。着弾し爆発が起こるが直撃は期待できない。バードは舌打ちした。

「凄い‥‥! 誰です、あれ?!」

 川野中将が感嘆の声を漏らした。空中で再び雷球を回避し、キャノンを撃ち込む。軍、並びにバウンティハンター達が束になってなしえなかった事を、あの赤いTAは今1機で行っているのだ。ワグナーがまるで、ライバルを見るような顔で微笑んだ。

「聞いたことはないか? あれがバード:アルバテルさ」
「あれが‥‥、『復讐の赤き鳥』と呼ばれた?!」
「ふふふ‥‥。どうやらスサノオは、来てくれたらしいな」

 Z−ARKはヒドラの背後に着地した。地に足を着けたまま、左肩のウエポンラックバインダーが後方に解放され、そこから4発のマイクロミサイルがヒドラに向かい放たれた。同じバインダーの前半分がふたを開け、そこにあったマガジンカートリッジを左手で取り出すと右のレールキャノンに差し込む。敵が自分の方を向いた時、降り注いだミサイルが周囲を爆風で取り囲んだ。爆炎の中から飛来した雷球がZ−ARKの足下を吹き飛ばしたが、その前にZ−ARKは再び舞い上がり、上空で滞空した。レールキャノンを乱射する。閃光はヒドラの周囲を取り囲んだ。

「よおしTA部隊、ぼけっとするな!! 『ヒドラ』を取り囲んで一斉攻撃! 奴の動きを止めろ!! 主砲もう一度だ、スタンバイ急げ!!」

 上空のZ−ARKに注意を向けたヒドラを、8機のTAが2機ずつに分かれて取り囲む。ワグナー指令の指示に従い四方からバルカン、マイクロミサイル、レールキャノンなどを集中的に浴びせかけるが、それは強力なシールドの前には殆ど無力に等しかった。だがその衝撃は周囲に壁を作る。Z−ARKの存在とその爆風によって僅かに移動を止められた「ヒドラ」はその結果、始めてシグナスの主砲に捕まった。ヒドラが気付いたように反転する。シグナスの中で、すでに3度の砲撃をかわされた砲手は雄叫びと共にトリガーを引いた。鬼気迫るエネルギーの奔流は、その怪物「ヒドラ」に向けて正確に放たれる。閃光がきらめき、爆音が轟く。ヒドラが光に包まれたように見えた。



「グレナディア、待て!!」

 アーリーの叫びは完全に無視され、トランゼスは走り出した。うなりをあげて二体の巨人が激突する。ラグナスのテストエリア、さっきまでトランゼスとの模擬戦が行われようとしていた会場は一転して、まるでアウターワールドになってしまったかのようだった。キラードールの細い右腕から拳が繰り出され、「彼女」はそれをトランゼスに叩きつけようとする。だがグレナディアはそれをトランゼスの左手でうけとめた。そのパワーはトランゼスの体を軸にし右腕に伝わる。逆らわず、彼女は敵のパワーが上乗せされた右腕を、キラードールの胸部に叩きつけた。一瞬の出来事だった。

 大抵のTAには手に簡易的な保護具が付いている。殴り合いなどの過度の衝撃から繊細な指先の機構を守るためだが、十分な硬度と衝撃吸収力があれば当然武器としても使える。トランゼスのそれはまるで凶器のようだった。自分自身の突進力と拳へ掛けた加重をそのまま左胸部に返された「彼女」は、金属がひしゃげる音と共に50m程度後方にはね飛ばされてしまう。倒れ込む「彼女」の前で、トランゼスのメインフレームは腕に返ってくるその衝撃をE−TRONの制御の元、リニアホールドの微調整で上手く各部に分散し、機体へのダメージを最小限にくい止めた。グレナディアが笑みを浮かべた。

「ナックルショットでも付けてりゃ、今ので終わってただろうにね‥‥。観客もいないんだ、サービスする必要も無いんだけどな」
『‥‥‥お見事』
「ありがと♪ これ終わったら、ちゃんと戦ってもらうからね、アーリー?」

 思わず声を失ったアーリーの通信に、グレナディアは笑い出しそうになった。キラードールがこうもあっけなく倒れ込んだのもおかしかった。警戒音がコックピットに鳴り響き、ターゲットがロックONする。倒れた女性型のキラードールが再び動き出したのだ。

「流石に腐ってもキラードールってことね。丈夫さだけは‥‥?」

 様子がおかしかった。「彼女」の右胸部には保護具の後が付いており、その外殻にはひびが入っていた。何かをこらえるかのように緩やかに立ち上がる「彼女」は、ゆっくりとトランゼスに顔を向ける。モールドのないその顔に、グレナディアは剣呑なものを覚えた。それはTF(トールドファイター)としての勘のようなものだった。

「怒った‥‥の?」
『誰が?』

 アーリーの疑問と共に後方のトランディも顔を向ける。キラードールは無人機のはずであり、どんなにダメージを受けようとも機体が動く限り前進してくるゾンビのような存在、というのがTA乗りの間では一般的な認識だった。恐怖ではあるが、単純であるが故に付け入る所は多い。それが性能に劣るTAがキラードールに勝てる、最大の要素だった。嫌な予感がした。今の感覚はTGの時と同じだったからだ。

 突然、そのキラードールが視界から姿を消した。あまりに突然だったためにグレナディアの対処が遅れ、コンソールに上向き矢印が点滅する。慌てて後退したトランゼスの直前に「彼女」は着地した。トランゼスのモニターカメラを睨めつける。刹那の瞬間、「彼女の」膝がトランゼスの腹部にめり込み、そして回し蹴りがトランゼスをはじき飛ばした。コンソールにダメージが計上される前に、コックピットに火花が瞬く。彼女の悲鳴が、通信機越しにアーリーの心を打ちつけた。

「グレナディア!!」

 叩きつけられようとするトランゼスを、トランディが素早く受け止める。めまいのするような衝撃からようやく意識を回復したグレナディアがアーリーに礼を述べようとしたとき、モニターに映るキラードールの右腕から鞭のようなものが伸び始めた。伸びきり、赤く発光するそれを地面に打ちつけると、まるで爆発でもしたかのように地面がえぐれ、爆音が轟く。「彼女」は2体のTAを静かに見つめた。

「しゃくに障るわね‥‥、スティアの言うとおりだったってこと? まあいいわ、下等な連中とはいえ危険な猛獣なんだとしたら、調教の仕方も変えなくちゃね」

 ゴーグル越しに映る青いTAが前に出る。スティアの計画をことごとく失敗させたTAとそのパイロットだ。レイシーは楽しげな笑みを浮かべた。

「ふふふ‥‥。見てなさいスティア。バラバラに切り裂いて、二度と現れないようにしてあげるから」



「やったぁ!!」

 誰かの歓声が、シグナスのブリッジに響きわたった。喜びに沸き返る人々がスクリーンを凝視する。だが着地したZ−ARKの中で、バードはまだスティックを離さなかった。その2秒後、もうもうたる煙の中にひとつの影が見えていた。電磁ノイズから解放された探査システムが、きまじめに全てのエネルギー反応をスクリーンに映し出す。煙の中に「その」エネルギー反応はまだ存在していた。川野中将が後ずさった。

「そんな‥‥!」
「直撃を食らって‥‥、まだ生きているというのか‥‥?」

 ワグナー指令の声が震えた。ヒドラは確実に主砲の直撃をくらい、爆発したはずだ。仕留めたと思っていた興奮は絶望とも言える虚無感を引き起こし、指令も兵士達も、スクリーンを凝視したまましばらく動けなかった。やがて煙は晴れてゆく。

 無傷では無かった。外装はめくれ、二首のヒドラは根本を残し破壊されていた。緩やかに生き残った上半身が顔を上げる。両手を伸ばし、まるで太刀をふるうような姿勢を取ったそれに反応したのか、「刃渡り」が10mはあるような巨大な大鉈が、背後の移動システムから現れた。柄を掴むと共に重いジョイントがはずれ、ヒドラの上半身は立ち上がる。「彼」は従えていた大蛇を犠牲にし、そして鉈を受け取った後、従者を捨てたのだ。

「同時射出した雷球を、盾にしたというのか‥‥」

 側面にいたTAからの記録映像がスクリーンに流れ、ワグナー指令は目を見張った。シグナスの主砲が放たれる直前、二首の大蛇が「同時に」口を開いていた。放たれた対の雷球は干渉しあい、巨大な固まりに変化する。シグナスの主砲が当たったのはそれだったのだ。巨大な鉈を手に歩き出した巨人はどこか鳥のような歩き方をしていた。辺りを見回す。右手にいたTAが、もっとも近くに存在していた。

 それが緩やかに、横を向いた。

 跳躍は一瞬だった。重い振動と共に着地し、TAに向けて振り下ろされたその鉈は、掲げられ盾にしたレールキャノンごと、そのTAを一刀の元に両断した。事態に気がついた他のTAが慌ててバルカンを乱射する。外殻で跳ね返るバルカンを浴びながら、ゆっくりとふり向いた大鉈の一閃は、何の抵抗も許さないままに2機のTAを凪払った。次の目標は少し遠くにいる。だが束になった雑魚を軽視したが故に、自分はシールドと長距離雷撃砲を失ったのだ。

「TAは散開し、遠距離から集中砲撃! 各砲座は支援だ、奴はTAを狙ってる!」
『ワグナー、他のTAは下がらせろ。後は俺がやる』

 乾いた声がブリッジに流れ、バードの乗ったZ−ARKは大鎌を構えたまま前に進み出た。ヒドラから派生した巨人がそれに気がつき、緩やかに振り返る。大鉈を構えたその大きさはZ−ARKのゆうに倍はある。まるでそれは、血に飢えた落ち武者のようだった。

AREA4 Final。



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