トールドアーマー「トランディ」

 AREA3
 「模擬戦」



「ふあぁ‥あ、寝た寝た‥‥」
「おはようさん。良い夢でも見れたかい、リック?」

 今朝のアーリーの言い方は、少し皮肉めいた言い方だった。グリーデン家で客人用にと指示された豪勢な洗面台で、リックは先に来ていたアーリーの隣で顔を洗い始める。何かを洗い落とそうとするかのようにばしゃばしゃとやかましく、やがてがばっと上げたその顔は、やっぱり不機嫌だった。ひとしきり部屋の環境に文句を述べた後、彼は夢の内容を話し始めた。

「信じられないくらいに良い夢さ。見せられないのが残念だ‥‥」
「へえぇ、メアリーかサラかジェーンか、それともアスカに慰謝料でも請求されたかい? それとも刺されそうになったとか」
「似たようなもんだな‥‥。たまらんよ、あいつらとき‥‥」

 リックはゆっくりと横を向いた。その表情は、アーリーのにこやかな笑顔とは実に対照的だった。

「‥‥何で知ってる?」
「さあてね。ま、過去の清算はしっかりとな。セルセアの時の礼だ、ミアには黙っててやるから」

 笑顔で「ぽん」と、肩なんか叩かれたリックの表情は実に愉快だった。楽しそうに笑いながら伸びをした後、アーリーはフィリス達の待つ食堂へと足を運んでいた。



「朝か‥‥」

 そう呟いたワグナー司令官の表情は苦渋に満ちている。アウターワールド監視施設のまわりに着陸した軍の輸送ヘリからはTAの搬出作業が続いており、その配置は次第に完了しつつあった。作戦司令室を兼ねる移動要塞「シグナス」の、メインデッキのスクリーンに投影された1体のキラードールはすでに2時間は動いていない。シグナス到着までに倒されたバウンティハンター、並びに軍のTAも合わせて二桁に上る。いっさいの攻撃が効果を上げられないまま、「奴」はビクトリーロードの境界線付近で突然進行を止めていた。二首のシルエットを見ながら、隣の副官、川野中将が呟いた。

「なんなんでしょうね‥‥。キラードールがビクトリーロードに入らない訳って」
「さあな‥‥。それが解れば、バウンティハンターどもに高い金を支払う必要もなくなるんだがね。奴の戦闘データを見たい。スクリーンに映してくれないか。」
「解りました」

 うなずいた副官の指示を受け、オペレーターがパネルを操作する。大写しだったキラードールの画面が小さく縮小し、その開いたスペースにそのワイヤーフレームオブジェクトが展開、多くの犠牲を元に得られた敵の戦闘データがそこにマーキングされてゆく。彼が知っているキラードールとはまるで違う。伏せたお椀のような体から、人型の上半身と二つの蛇が生えていた。顔にあたる位置は、やはりノッペラボウだった。

「問題はこの、雷球を吐き出す二首の大蛇か‥‥。まるでヒドラだな」

 モニターの一部に記録映像が流れる。暗闇の中、蛇の頭がホバージャンプからバルカンを連射するTAに向けられ、それが口を開いた。バルカンは「何か」に弾かれて当たっていない。収束されるエネルギーはやがて直径3mは有ろうかという雷球に変わり、それが上空のTAに放たれる。弾道が変化する。吸い込まれるようにTAへと激突したそれは、そのTAを一撃で四散させた。

「追尾性を持つ高圧プラズマエネルギーの固まりか。下手に移動速度が遅い分、やっかいだな」
「射出間隔は約10秒刻み。充填に5秒、冷却に5秒といった所ですか。追尾対象は熱源‥‥要はエネルギーに反応するらしいですね。二首が同時に射出する事例は確認されていません。もっともその方が面倒ですが」
「それで間隔は5秒に縮まる。デコイを使うにしてもこの間隔ではな」
「おまけに外殻は堅く、対レーザーコーティングまでされてます。そして‥‥」
「マグネティックシールドを搭載し、そのパワーはこの『シグナス』と同レベル。見た目以上の機動力を持っている為、シグナスの主砲も当たらない。シグナスを捨てる覚悟で挑まんと、奴には勝てんな‥‥」
「酒樽とかで気を引ければ、楽なんですがねぇ‥‥」

 副官のつぶやきに、彼はふと微笑んだ。

「いい手だが、その前にスサノオを呼ぶ必要が有るな」



「また軍の輸送ヘリだ‥‥。何かあったかな?」
「ちょっとリック、運転中なんだから余所見しないでってば!!」
「へいへい」

 上空を飛んでゆくエルファ統合軍の輸送ヘリを見たのは、すでに2回目になる。グリーデン家を出たのはちょうど通勤ラッシュの始まる時間帯だが、殆どはバスなどの交通機関を使用するために道路はそう混んではいない。オートパイロットを作動させているために寝ていても目的地につれていってくれるが、流石に後部座席の人間にとってはドライバーが余所見をしているというのは不安この上なかった。ミアの抗議に首をすくめたリックは、後ろのエドワードに意見を求めた。

「トリエスタに駐留している軍ってのは、どのくらいの規模でしたっけ?」
「TAが確か30機程度の中規模なものだ。何故かね?」
「さっき飛んでいった3機編隊の輸送ヘリにTAが乗ってるとして、ヘリひとつに2機のTA、一機のヘリに武装などは載せているとしても、8体以上が動いてる訳でしょ? トリエスタのまわりで」
「うむ‥‥」
「ニュース回してみれば? なんかやってるかも」

 ミアの提案を実行してみた結果、得られた情報は「本日は快晴に恵まれていおります。道路の流れは順調です」という事だった。

「‥‥やってないね」
「まあいい。軍になら何人か知り合いもいる。セカンドファクトリーについてから調べておこう。それよりも今日の予定だが‥‥」

 そう言えば昨夜も飛んでいたことをアーリーとフィリスは思い出したが、流石に言う気にはなれなかった。淡々とした口調で、エドワードは室内の人々に話し始める。現在アーリー、リック、エドワード、そしてミアとフィリスら5人を乗せたビーグルは、一路ラグナス:セカンド:ファクトリーへと向かっていた。午後の1時から行われる「トランゼス発表会」の用意と、そのデモンストレーションの為だ。後方には他のクルーを乗せたビーグルも3台連なっている。発表会では、トランディもオリジナルとして展示されることになっていた。

「発表会の最後には余興として、トランディとトランゼスとの模擬戦が行われる。アーリー、模擬戦では十分手を抜くようにな。打撃系の攻撃パターンはシステムでロックして、相手にあまり傷をつけんように。トランゼスには勝っても負けてもかまわんが、極力『良い勝負』をするように心がけてくれ。これもデモンストレーションのうちだからな」
「‥‥良い勝負、ですか」
「そうだ。トランゼスのテストパイロットは、まだ乗り始めて一週間程度の素人だ。全力を出すような相手でも無かろう?」
「‥‥また長谷川さんに怒られるな」
「今日の試合は単なる見せ物だよ。それに素人相手に全力を出すプロの方が、よほど意地が悪いと思うがね」

 アーリーは思わず、不機嫌に考え込んでしまった。

「‥‥だったら相手もプロを呼べばいいでしょうに」

 エドワードが意味ありげに笑っていたが、前部座席のアーリーには見えなかった。



「うむ‥‥。おそらく敵は、こちらの動きと会わせて襲撃するつもりだろう。軍も配置を完了している。このために君を呼んだ訳だが‥‥、無理は、せんようにな」
『わかっている。到着は少し遅れそうだ。Z−ARKは壊してしまうかもしれんが‥‥。仕留めるさ』
「済まないなバード‥‥。頼む」

 ジックスはそう呟いた後、通話を切った。1人しかいない支社長室には午前の日差しが差し込み、窓の向こうは平和な日常が今日も始まっている。手元の時計はすでに正午を迎えていた。今から会場に向かえば、フィリス達も食事は終わっている頃だろう。手元のディスプレイには伏せたお椀のようなシルエットが浮かんでいた。遙か500kmは離れた戦地から、「敵」がここを襲撃するには時間が合わなかった。

「だが、他に接近する物体も発見されてはいない‥‥。何を考えている?」

 見えない敵に、彼は薄く呟いた。



「へええー! これがトランゼスって言うんだあ‥‥」

 振り向いたミアが思わず感嘆の声を上げる。ラグナス:セカンド:ファクトリーにて、発表会の行われるホールの会場作りをクルー達と共に手伝っていたミアは、キャリアに固定されて入ってきたそのTAをしげしげと見上げた。少し離れた位置で固定されているトランディとは違い、色調は白と黄色で、頭部は丸く、単眼のカメラアイをゴーグルが覆っていた。トランディよりも地味だなぁと思っていると続々と付属のオプション機器が搬入される。ナックルショットは言うに及ばず、ハンドキャノン、レーザーライフル、シールド、開発中のプラズマセイバー(模型)、大型兵器運用を目的とした追加バックパック、それ用のレールキャノンにミサイルベイ、マガジンラックバインダー等々。物騒なそれらがTW(トールドワーカー)によって並べられる様を見て、ミアは少し顔をしかめた。

「なんだか武器ばっかり‥‥。つまんないの」
「じゃあ花柄の日傘でも欲しかった? それともフリルのスカートとか」
「きゃはは、だったら楽しい‥‥って、誰‥‥、あれえ?!」

 振り向いたそこに立っていた女性は、驚くミアに楽しそうな笑みを浮かべていた。



「止まって止まってー!! ここから先は現在立入禁止だ、引き返してくれ!!」

 接近してきたビーグルに、その兵士はライトスティックを振りながら停止を促した。ビクトリーロードの外周付近はアウターワールドと大差ない荒野が続いているが、安全な分、よく一般市民が観光気分で入り込む。通常ならこの辺りも許可できるが、今はその先でキラードールが陣取っているのだ。緩やかにビーグルは停車して、そのドアが開いた。

 兵士は思わず、息を呑んでしまった。ウエーブのかかった見事なプラチナブロンドに均整の取れた挑発的なプロポーション、そしてどこか幼さの残る魅惑的な瞳と官能的な唇。現れた女性は立ちすくむその兵士に微笑むと、不思議そうに辺りを見回した。彼ののどの奥がごくり、と情けない音を立てた。

「ごめんなさい。でもこの辺、前は来ても良かった場所じゃありませんか?」
「あ、ああ、いや、そうなんだが‥‥。今は、非常時でね。軍が、演習をやっているんだよ」
「あら、それじゃあ駄目ですね‥‥。残念だわ、この辺りの景色、とても好きだったのに」

 顎に手を添えながら、瞳を流して問いかける。完全にのぼせ上がったその兵士に「お仕事ご苦労様」と愛想を振りまいてから、彼女は再びビーグルに乗り込んだ。兵士は運転席に男が乗っている事に気がついて、急に寂しくなる。男も十分ハンサムだったからだ。

 転身してゆくビーグルを眺めながら、兵士はため息をついた。男は顔じゃないと良く言うが、ありゃたぶん、嘘だ。

「‥‥軍は『パウエル』に苦労してるみたいね。あんな所まで検問があるなんて」
「そうでなければ困るよ。作戦に支障が出る」
「たかが一体のTAごときに? 随分臆病になったものね、スティア?」

 ビーグルの中で、ハンドルを握るスティアはその嫌味に薄い笑みを浮かべた。

「どんな場合でも過小評価はしない主義でね。それに今回はそれだけじゃない。市場への影響も十分考慮に入れる必要がある。叩きのめせば良いというものではないよ」
「そうねぇ、これで失敗したら3度目ですものね? 幾らアモス様の弟だからっていって、知恵者の方々が無能をいつまでも放っておくとは思えないし」
「‥‥よし、ここだ」

 聞いていないかのように、スティアはゆっくりとビーグルを停車させた。トリエスタのちょうど西に位置する場所である。小高い、山と山の途切れたその荒野からはトリエスタの街が小さく見え、「パウエル」配置の地点からも十分遠い。不機嫌な表情でビーグルを降りた彼女に、反対側に降りたスティアは声を掛けた。

「レイシー・ミュアー。この作戦は難しいものではないが、君に掛かる負担はとても大きい。相手はたかがTAではあるが、十分気を付けてな」
「‥‥誰に言ってるのよ」
「ふ‥‥、その意気だ」

 そう言って、スティアはビーグルに乗り込んだ。忌々しげな視線を送るレイシーに、ふと顔を向ける。少しくだけた笑い方だった。

「君の言うことは正しいよ。3回目ともなれば臆病にもなる。だから君に任せたんだ」

 やがてスティアを載せたビーグルはトリエスタの方角に向かって走り出した。小さくなるその影をしばらく眺めてから、レイシーは手に持ったアタッシュケース(?)を地面に開く。中央に大きなルビーのような宝石が配置され、そのまわりを複雑な電子機器が覆っていた。もう一度振り向いたとき、すでにビーグルは見えなくなっていた。

「‥‥プライドのない男。少しは反論してみたらどうなのよ」

 呟きつつ、レイシーは腕の時計に目をやった。「時間」まで、あと少しだった。



 午後の1時から始まったトランゼスの発表会には多くの来客が詰めかけ、そのホールの中はちょっとした熱気に包まれていた。各地方、特にビクトリーロードの狭い地域においては「強いTA」を常備する事は街の安全はおろか、発展にすらつながる。エルファ統合軍ではまかないきれないそれらの街には独立した自衛組織、あるいはバウンティハンター達の組合があり、招待された彼らはトランゼスに多くの関心を寄せていた。流れるトランゼスのプロモーション映像、そしてトランディの戦闘記録。彼らは熱心にそれらを観察し、その実力をはかろうとしていた。

「‥‥このように、ラグナスの新しいTA『トランゼス』は高い汎用性を持ち、いかなる状況にも対処できる抜群の運用性を持っています。先日行われましたガルトスでのTGにおいても、試作機であるあちらの『トランディ』は相手TAの暴走というアクシデントに見舞われながらも、見事優勝するという快挙を成し遂げました。その高い運動性と戦闘能力はこのトランゼスにも受け継がれております。また‥‥」

 飾られたトランゼスの足下では、水着姿の美しいコンパニオンの女性が、にこやかな笑顔で集まった観客達にその優秀性を説明している。会場にはラグナスの主要TAも並べられ、そこにはダイナモの姿も見えた。TGチーム「サテライト」のブースではいつ作ったのかチームロゴのバッチやボールペンなどが記念品として置かれており、ミアは現地の女性スタッフ3名と共に、やってくるお客にそれらを手渡す業務に就いていた。時折受ける技術的な質問は全てミアに回されたが、彼女は全てきっちり答えてみせた。仕事の内容はさして面白くはないが、僅かでも役に立てる自分に、ミアは嬉しくなった。後ろではラディットが、他のサポートロボットと共にゴミやプロモーションボードなどの片づけをしていた。

「ミアちゃんがいてくれて助かるわぁ。モーションプログラムの互換性とか言われても、あたし達じゃもうお手上げだもんね〜」
「ホーント。アーリーさんと二人だけでTGやってたってのも伊達じゃないわ」
「やっぱりこれからは、女もキャリアの時代かなぁ。いつまでも愛想だけじゃ、置いて行かれちゃいそう」
「‥‥えへへ♪」

 ミアにしてみれば趣味と実益を兼ねているだけだが、とにかく褒められると言うのは気分の良いものである。はにかんでふと辺りを見回すと、会場ではエドワードをつれたフィリスが、やってくるお客の中でも重要な方々に挨拶して回っていた。振る舞いが上品で、会話の仕方も嫌味がない。フィリスが間違いなく素敵な女性である事が、ミアには何となく嬉しかった。これで売っている商品が「兵器」じゃなければ、もっと良いのに。

「あ、そういえばさ、あの機体‥‥トランゼスっていうんだっけ、あのテストパイロットも、女性だって言うんでしょ?」
「あ! 聞いた聞いた!! 何でもフリーのTFやってた人なんだってね! 男顔負けの腕前だって言うんでしょ? 憧れちゃうなー!」
「模擬戦この後だっけ? もしかして、アーリーさんにも勝っちゃたりして!」

 一転して、ミアの頬につつーっと冷や汗がこぼれ落ちた。あり得ない話ではない。アーリーはたぶんまだ、相手が素人だと思っているのだから。

(教えとかなくていいかな〜‥‥。「黙ってて」って言われたけど‥‥)

 ふと時計を見る。時間ももう、無さそうだった。



 体内のシグナルが、ある時間に向けてカウントダウンしている。「彼」は彼の創造主に明示された時を静かに待っていた。障害達も動く気配が無く、またそのエネルギー反応にしても低くて問題ではない。ひとつだけ、巨大な質量を持つ固まりだけが彼を上回る反応を持っていたが、動きは鈍く、時間さえ掛ければ倒せる存在だった。カウントダウンがやがてゼロに近づいていく。彼は緩やかに眠りから眼を覚ました。

「‥‥! 『ヒドラ』、動きます! エネルギー反応上昇!!」
「総員戦闘態勢!! 主砲、スタンバイ急げ!」
「ヒドラ、移動を開始‥‥そんな?! ビクトリーロードに入ってくる!!」
「何だとぉ?!」

 シグナスのブリッジにワグナー指令官の声が響きわたる。モニターにズームアップされた敵の姿はビクトリーロードとアウターワールドの境界線を越え、まっすぐにシグナスを目指していた。シグナスのマグネティックシールドが展開、TA部隊は三機編隊ごとに散開して取り囲む。「ヒドラ」の口から射出された雷球がシグナスに吸い込まれ、激突する。巨大な爆発はマグネティックシールドを突き抜け、外部第一装甲板に穴を開けた。シグナスが揺れた。

「く‥‥! だがシグナスを狙ってくるなら好都合だ。TA部隊、展開急げ! 奴の砲撃と同時に一斉攻撃! その一瞬だけシールドは消える!! バウンティハンター共には仕留めた奴に三倍の賞金が出ると言ってやれ、なんとしてもトリエスタに奴を入れるな!!」
「ワグナー司令!!」
「何だ?!」

 傍らのオペレーターがレシーバーを耳に当てながら振り返っていた。目を見開いたその表情に、心が冷える。

「都市部から入電です‥‥。キラードールがもう一体、トリエスタの西、50km付近に出現しました‥‥!!」
「な‥‥んだとぉ?」

 そこは完全にビクトリーロードの中ではないか。駐留していた兵力の殆どはここに集結させてしまった。今都市に入り込まれたら‥‥!

「く‥‥! バウンティハンター共にその情報は伝えろ!! 第2小隊、シグナスが足止めをする。お前達はヘリで都市に戻れ! 至急だ‥‥うわっ!!」

 シグナスが再び揺れた。シールドの消滅時間が短すぎて散開したTA達の攻撃も当たらない。シグナスの主砲なら奴のシールドも貫通できるが、当たらなければ意味がない。彼は唇をかみしめた。TAがまた破壊される。まるで悪夢を見ているようだった。



 その人型をした物体は、空を駆けた。両肩、両足、背面に設置されたスラスターの推進力を全開にし、約1kmを1ジャンプで到達する。再びジャンプするその前方には軍の戦闘ヘリ「キラービー」2機がいた。バルカン、ミサイルを乱射するそれらに向け、右腕の下から長い鞭のようなものが伸び、赤く発光する。それが空中を切り裂いたとき、ヘリは二つに割れていた。着地した背後で爆発するそれらの方をちらりと振り向き、それから再びジャンプする。流線型のフォルムはどこか女性をイメージさせた。顔に当たる部分にはモールドがない。それはキラードールと呼ばれる「無人の遺跡兵器」の特徴だった。

「なめてくれるわね。『アントワネット』がその程度で止められると思っているの?」

 「その」内部で、レイシーは冷酷に呟いた。ゴーグルを通して見る映像はキラードールの視点であり、人があまりにも小さく見える。目標地点まで、あと20kmほど。そこでは今、こざかしいTAの発表会が行われているはずだった。

「ふふふ‥‥。キラードールに勝てるTAですって? 身の程ってものを、教えてあげなくちゃね」

 「アントワネット」が空に舞う。遙か前方に位置するそれは、「ラグナス:セカンド:ファクトリー」の技術開発/生産施設だった。



「えーそれではこれより、GF−Cクラス優勝実績のある『トランディ』と、新鋭機『トランゼス』との模擬戦を執り行います。如何にトランゼスが優れているか、是非皆様の目でお確かめ下さい。それではそれぞれのTAは、規定のポジションに移動して下さい‥‥」

 ややのんびりとした口調のアナウンスの後、アーリーは面白く無さそうにトランディを起動させ、中央の規定位置に機体を移動させた。ホールから少し離れた運用テスト場のまわりには仮設の観客席が設けられ、多くの人々がまじまじと眺めているのがモニター越しによく解る。少し遅れて移動してくるトランゼスも規定位置に到着し、2台のTAはそれぞれ戦闘姿勢をとった。エドワードの言うとおりに打撃系のパターンをロックすると、パターンの半分以上が「Notting」に変わってしまう。そう言えばダイナモの時から、武器と言えばナックルショットしか使ってこなかったような気がした。

「これじゃ幾ら向こうが素人だって、勝てるかどうか‥‥。手を抜く必要なんか、無さそうだ」

 そう言えばまだ、相手のパイロットと面識が無かったなぁと今になって思いながら、彼は対面するトランゼスを見つめた。「精一杯やって下さいね」という、フィリスの言葉がふと思い出される。彼女が安全装置のチェックをしてくれなかったのは、寂しいと言えば寂しかった。


「‥‥まあ、ご覧下さい。双方ともE−TRONを搭載しております。キラードールにも勝てたBIOSは、伊達ではありません」

 ジックスは特別観客席にいた。窓辺に立ち、その説明をしている。椅子に腰掛ける人々はどこか尊大さのようなものを持ち、値踏みするような視線でトランディとトランゼスを眺めていた。彼らにとって「キラードールがビクトリーロードに出現した」「この機体がそのキラードールに勝った」という情報は、自らの地位安泰のためにもとても無視できないものだった。だが突然、室内のインターフォンが着信音を発し始める。取り上げたジックスの表情が険しくなった。


 「‥‥あれ? やらないのか?」

 戦闘姿勢をとったまま、さっきから数分が経過してしまった。いつまで経ってもカウントダウンすら始まらない。アーリーは客席の方にカメラを向けた。おかしい。皆一様に慌てている‥‥?

『‥‥お兄ちゃん、聞こえる?!』
「ああ、ミアか、どうした?」
『のんびりしてる場合じゃないのよ! キラードールが今‥‥!!』

 キラードール?!

「キラードールが?! どうした!!」
『来たぁ!!』

 ミアの悲鳴と共に、突然トランディのレーダーシステムが起動、警戒音と共に敵影の位置を表示し始める。機体を反射的に振り向かせたその前方に、そのキラードールは轟音と共に、着地した。
 
AREA3 Final。



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