トールドアーマー「トランディ」

 AREA5
 「流れる血」




 アーリー達が第2病院からポリスビーグルで出てゆくのを確認した後、ローワンはポリスビーグルにつけた発信器の信号を眺めていた。まっすぐライズのあるターミナルへ向かっている。気づかれない距離を取って後ろから付いていく事を決めたエドワードは外で煙草を吸っていたが、不意におかしな事に気が付いた。ポリスビーグルがまたやってきて、病院に入っていくのだ。

「‥‥どういうことだ?」
「どうしました?」
「警察のビーグルだ。また来た‥‥」

 気が付くのに時間は必要なかった。エドワードは急いでビーグルに乗り込むとローワンに指示を出す。うなりをあげてビーグルが転身した。マップに光る赤い光点。距離は約、1キロメートルだった。



「‥‥どういう、事だいそりゃ?」

 ビーグルの室内気温が、急に下がったような空気が漂った。大橋巡査の声音が幾分重くなり、リックの言葉を待つ。リックは口元に笑みを浮かべていた。

「貴方自身で言ったでしょ? 出来過ぎてるってね。貴方が『コンフィディンス:バーン』を担当していて、その管轄内でアーリー達が銃を持った薬の常習者に狙われる。そして次に狙ってきたのは同じく薬の常習者で、保護しにきたのは貴方だった」
「なにが言いたい?」
「別に‥‥。ただもし仮に警察内部に『敵』がいて、そして「彼」が薬に近い位置にいたらどうするだろうと思ってね。俺ならたぶん押収した薬の幾つかを拝借して、適当な人間に『薬』を与えて「催眠状態になって目的を意識に定着させている最中に」吹き込むだろうな。『この写真を見るんだ。この男を殺せば、君の望みは叶うだろう』ってね」
「僕を疑ってるのか? はっはっは! なにを言うかと思えば‥‥」
「疑っちゃいないさ。あくまで仮定の話でね。そして銃を渡し、近くで見張りながら事の成り行きを見守る。失敗したらすぐに駆けつけ、犯人を保護すればいい。そしてもう一人にも同じように吹き込み、今度は不自然さを避けて自分の管轄よりも離れた地点で狙わせる。薬の効果を使えば、そう難しい計画じゃなさそうだな」
「‥‥推測でしかないな。だいたい君らを狙って何の得がある?」
「貴方が自分で言っていたじゃないか。『TAに秘密があるんじゃないか』ってね。隠している機密情報を貴方は知りたがった。何故だ? 襲われたのはアーリーなのに」
「そりゃ、聞いたんだよ。後ろの彼がいなくなると、あのTAは動かせなくなるらしいじゃないか」

 アーリーの表情に険しさが増すその横で、ミアとフィリスは息を呑んだ。彼女らにとっての「機密」とは、まさにそれのことだったのだ。リックは微笑んだ。

「その情報を、「貴方が知っている」ってこと自体が不自然なんだよ。口が滑ったね、『敵』のエージェントさん?」

 大橋巡査が拳銃を引き抜くよりも先に、リックの裏拳が彼の顔面に激突した。引き抜こうとした銃を奪い取り、巡査に向ける。鼻を押さえつつ、彼はリックを睨み付けた。リックはいつも通りに笑っていた。

「さて、ビーグルを止めてもらおうかな。ああ、渋滞とかは気にしなくていいよ。幸い夜だから、後ろのビーグルも居ないからね。警察のやっかいになるつもりはないんだ」
「ふ‥‥、ふふ‥‥。言うことを素直に聞くと‥‥」

 ビーグルの室内に、銃声が響きわたった。耳を押さえるミアの前で、巡査は右腕を押さえて苦悶のうめき声を上げる。一瞬、道の防護壁に据えられたライトの明かりが室内を照らしたとき、フィリスは見てしまった。そこから血があふれているのを。

「リック‥‥!」
「説教は後にしてください。自分は道徳には疎い人間なんですよ。アーリー、こいつを縛るもの、何かないかい?」
「そんな都合良く‥‥。しょうがないな。」

 リックと同じような冷静さで、アーリーは自分の包帯をとき始めた。信じられないと言う顔のフィリスを前に、まだ治りきっているはずのない傷口を露わにしながら、彼はフィリスの顔は見ないようにして大橋巡査に手を伸ばした。彼の左腕が、ドアのロックをまさぐっている。包帯をといていたぶん、気付くのが遅れてしまった。

 突風のような風が室内に流れ込んだ瞬間、大橋巡査は一瞬ひるんだリックとアーリーの手を放れ、扉の開いたビーグルの外に体を出した。片手で体を支えながら、振り向いたその顔は笑っている。どこか壊れてしまった人間の笑い方だった。

「ははは‥‥。どうせいずれ、お前達劣等種は駆逐される運命にある。盟約の時は近い‥‥。ははは! 偉大なるキャナリー! 我はいま、御身の御元に‥‥」

 防護壁のライトがすれ違った瞬間、何かの破裂音が車外で聞こえる。リックの顔から笑いは消えていた。大橋巡査の体を支えていた左腕が力を失い、車体からゆっくりとはずれてゆく。風圧に負けた体が横に流れた。目を見張る人々の前で、大橋巡査の体は車外に投げ出されてゆく。ライトが再び室内を照らした。窓の外に見えたその体に、あるべき「頭」が見えなかった。

 時速80Kmで疾走するビーグルから放り出されたその体は、数回アスファルトで激しくバウンドし、その後停止した。奇妙にねじくれ、ひしゃげた死体に頭はなく、そこから新鮮な血液が流れ落ちる。すぎてゆくビーグルを追いかけているのか。血は、その方向に流れていた。



「リック! このビーグル、加速しているぞ?!」
「コントロールが‥‥!」
「‥‥まさか!?」
「あのやろう‥‥! 最初から、心中するつもりだったんだ!」

 血で汚れた運転席で、リックは目の前で死んでいった男に毒ついた。マニュアルへの切り替えはシステムに拒否され、代わりにスピードメーターだけは徐々に上がり続ける。制限時速は80kmだという標識が見えた。HSLは、そのスピードで曲がりきれるように作られているのである。だがメーターは、すでに100kmを超えようとしていた。

AREA5 Final。



NEXT AREA「見えない心」 掲載予定日12/24 (すでに開き直っている森宮)

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