トールドアーマー「トランディ」

 AREA4
 「やってきた男」




 4階建ての、ベッド数は100を切る中規模な「セルセア西区第2病院」の玄関に現れたエドワードを、ビーグルの中からローワンが出迎えた。日はすでに暮れ、駐車場の周りには電灯がともる。うっすらと照らされたエドワードの表情は、あまり上機嫌なものとは言えなかった。

「他の方は?」
「後から来る‥‥。傷の方は軽傷だ。問題は無い」
「警察のほうには釘をさしておきました。放っておいても無事にライズまで届けてくれるとは思いますが、‥‥いいんですか?」
「フィリス様のご命令だ。先に帰れとな‥‥!」

 殆ど独り言のようなつぶやきをもらすエドワードに、ローワンは肩をすくめつつビーグルを発進させた。前を向きながら、ローワンは呟いた。

「ご自身で彼女を『サテライト』のリーダーにしたのでしょ? いつまでも隠し通せるとは思えませんが?」
「‥‥フィリス様を巻き込む訳にはいかんのだ。単なる広告塔であれば、終わりまでなにも知らないでいられる‥‥」
「無理ですよ。命に関わるくらい巻き込まれているのに。」

 わざと言ったのだ。ローワンはエドワードの怒気に身構えたが、エドワードは一瞬顔を上げ、それで押し黙った。親子の絆を取り戻したいという少女の‥‥今でも、エドワードにとってはフィリスはそうなのだ‥‥その思いを、今の自分は利用しているだけなのかもしれない。彼の手元にある「TGジャーナル」では先日のGF−Cトーナメントにおいて特集が組まれていた。大きく飾られた優勝マシン「トランディ」の写真とそのパイロット、そして「チームリーダー」フィリスの肖像。ミアがかつて「社長令嬢がチームリーダーやってるの?!」と叫んだとき、内心彼はほくそ笑んだものだった。だがそのために、フィリスは危険にさらされたのだ‥‥。

 沈黙がビーグルの室内を支配する。サイレンの鳴らないポリスビーグルとすれ違ったのは、その時だった。



「いやーすまないね、同僚の女の子達から頼まれちゃってさ。まさか君がアーリー:ラグフォードだったとは知らなかったんだよ」

 5枚くらいのサイン用紙をアーリーから受け取りながら、その大橋という三十代に成ろうという巡査は照れくさそうにそう笑った。アーリーがカフェテラスで襲われたとき、救急箱を貸してくれた警官である。アーリーを含めた4人のいる病室は6人部屋ではあるが、今は誰も使っていないのでただっぴろい。室内光に照らされた3人と警官一人の視線を浴びながら、アーリーは一人ベッドの上で冷や汗をかいていた。サインペンを返す。悪い気はしないものだが、字は少なくとも上手くなかった。

「うんうん、やっぱりなれたもんだ」

 余計な一言である。事実を知るミアは笑いをこらえるのに必死だった。

 TGジャーナル、並びにTGタイムズという二大TG情報誌にて大きく取り上げられてしまったアーリーは、結果、一時的に女性のファンを持ってしまったらしい。ネット上に設けられたラグナスのメインタウン、その中に作られたサテライトのタワー(『タウン』とは外部サーバーとの常時接続を持つ専用サーバーの事。タワーはその内部に造られた仮想サーバー。ちなみに個人のデータバンクはタワー内部に存在するものを『アパート』か『マンション』と呼ぶ。タウンと一時接続しかしていないクライアントのデータバンクは『マイホーム』と分類される)には時折アーリーへのファンレターが来ることがあった。電子メールでは返答するのも簡単で実感として受け取れないものがあったが、流石にサインという「実体」では重みが違う。電脳化が進めば進むほど、人は「実体」をより重要視するものなのかもしれない。

 ‥‥ちなみにフィリスへのファンレターはアーリーの10倍は届いている。フィリスがそれを知らないのは、年老いたフィルタ−が彼女の前に存在するからだ。

「そ、それで狙撃してきた男の事、何か解りましたか?」
「ああそう、それで僕が来たんだよ。車体のナンバーと持っていた免許証から持ち主が割り出せたんだ。名前は黒崎 茂、プログラマーで25歳、趣味はTVゲーム、一人暮らし、恋人なし。普段からおかしな狂言をする癖があって気味悪がられてはいたが、仕事はまじめで有能だった。休日は殆ど部屋の中で暮らしていたが、最近では外出することが多く、ビーグルはそのために数週間前に買った中古だ。何でも『世界平和の為に』とか呟いていたらしい。どうもどこかの怪しい団体に所属しているらしいが、詳細はまだ不明」
「‥‥うえ。」

 ミアが顔をしかめる。部屋の中で一人、ぼんやりとした表情でくらぁくゲームでもしながら『この世界は間違っている』などと呟くような男を想像したのだ。たぶんに偏見に満ちた見方ではあるが、隣のフィリスもいくらか同意は出来たらしい。リックが不意に顔を上げる。険しい表情に、ミアはどきりとした。

「‥‥ずいぶん詳しい情報もってますね。数時間前の事だというのに、まるで以前から知っていたようだ」
「知っていたんだよ。何故だと思う?」
「貴方のご担当、例の『コンフィディンス:バーン』だって言うつもりなんじゃありませんか?」
「そう言う事。なかなか刑事向きだね、君は」

 4人全員の背中に、冷たい悪寒が走り抜けた。



「まあ担当と言っても、本部から派遣されている刑事の手伝いをするくらいだがね。自分の管轄する地域でこんな事件が起こるとは、まったくの予想外だったよ」

 夜のHSL(ハイスピードロード)でポリスビーグルを運転しながら、大橋巡査は室内の4人にそう語りかけた。リックが助手席に座った為、アーリー達は後部座席に押し込められている。真ん中のミアが小柄だったことは幸運だった。

「黒崎という男は、数日前から薬をやっていたらしい。なにぶん確証がないんで捕まえるわけには行かなかったんだが、要注意人物のリストには入っていたんだ。君たちを狙ったキャノンをどこから調達したのか、調査はこれからだろうけどね」
「大変ですな、警察というのも」

 リックが慣れた言い方で同情する。大滝巡査は微笑んだ。

「全くだよ。市民も最近は非協力的かつ批判的でね、一体誰が守ってやっていると思っているんだか‥‥」
「批判的なのはマスコミの一部でしょ? 少なくとも僕らみたいな一般人は、あてにしていますよ」
「だが、得てして人は情報に惑わされやすい。マスコミに簡単に踊らされる‥‥操られるものだよ。卑下た人種が垂れ流す情報に惑わされ、性は乱れ、薬は流行る。割を食うのは僕ら警察だ。全く因果な仕事だな」
「何故続けているんです?」
「小さい頃からの憧れだったからね。子供の目には表面しか見えない。警察官はとても、格好よく見えたものだった‥‥」
「子供は真実しか見ていないものですよ。それは変わらない。ねえミアちゃん?」
「何であたしに聞くの?」
「一番可愛いから」
「‥‥ようはガキっぽく見えるって事ね」

 前にいるロリコン野郎の首を絞めたそうなミアの代わりをしようかと、アーリーはこの時真剣に考えていた。

「それはともかく、こっちは命を狙われた身です。警察の保護は有り難いと思っていますよ。もっとも狙われた理由については心当たりありませんがね。なあアーリー?」
「え? あ、ああ‥‥」
「えー? だってさっき‥‥」

 意を唱えようとしたミアをつついて制止しながら、アーリーはフィリスにも視線を送る。リックの問いかけは不自然で、つまりアーリーの返答を制限するものだった。理由は解らない。だがリックの表情は、真剣だったのだ。

「そりゃおかしいよ。君らは同じ薬の中毒者に2度も襲われたんだぞ? 偶然にしちゃ、出来過ぎてると思わないか?」
「俺達はラグナスのTGチーム『サテライト』のメンバーで、今はホームタウンに帰る途中なんです。他になにがあるって言うんです?」
「それを聞きたいのはこっちだよ。何かあるんじゃないのかい? 聞けば君たちのTGチーム、いろいろとあったらしいじゃないか。TAを破壊されそうになったりとか」
「‥‥‥‥」
「もしかしてその件と、今回襲われた事も関係があるんじゃないのか? それとも隠し立てするような事でもあるのかい? そのTAについて‥‥」
「確かに偶然にしちゃ、出来すぎてる」
「だろ? 安全のためにも‥‥」

 リックの目が鋭く細まる。視線を横に移しながら、リックは語りかけた。

「事件現場に居合わせたのが『貴方だった』って言うことがね」

AREA4 Final。



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