トールドアーマー「トランディ」

 AREA3
 「疑惑」



きゃあああ!!

 声と閃光が、同時にアーリーの後方で発せられる。振り向く前に衝撃がビーグルを襲い、アーリーの傷ついた右腕は自分の体を重石に側面の扉に叩きつけられた。声にならない呻きの横で、リックの全身が「危険」に反応する。ハンドルとパワー制御を「良い位置(これは勘だ)」に当てつつ、HFS(ホバーフライトシステム)のパワーバランスに反応しながら微調整をマニュアルで行い、失いつつあるコントロールを回復させようともがく。浮力と推進力を同時に得るためのバックHFS、その左の一機が消えていた。ミアはすぐ近くで起こった爆発で気を失い、彼女を抱きしめるフィリスは地面をこする振動で気を失う余裕すらなかった。火花を散らし、車体が揺れる。パーキングステーションへの入り口が見えた。リックは吠えた。

「このお!!」

 スピンしたがる車体に檄を入れつつ、ビーグルはそこに飛び込んでゆく。防御壁に車体を跳ね返されつつも、リックは残ったHFSを限界まで制御して車体を駐車場の端に停車させる、‥‥つもりだったが、減速しきれずにその壁面にぶつかってしまった。衝撃に反応し、社内のエアクッションが作動して乗客の頭部を守る。彼らを狙撃した男は「写真の男」を追いかけるためにオートパイロットを解除していたため、パーキングへ入るタイミングを逃してしまった。前方にもう車はいない。オートパイロットと連動した交通制御システムが、「事故発生」の事態に流れる車全てを停車させていたのである。

‥‥殺ったか?

 パーキングステーションを確認しようと後ろを振り向いたその3秒後、彼はハイスピードロードの防御壁に、激突した。



 穏和な父とおしゃべりな母、そしてミアが、日溜まりの中、家の前に立っていた。ミアはまだ幼く、自分を見つめて無邪気に微笑んでいる。母の声が聞こえた。

「だらしないわねぇ。そんなのでミアを守れるの? 貴方お兄ちゃんなんだから‥‥」

 気がつくと、自分は泥だらけだった。どこかで転んだのだ。父が笑っていた。

「お前はいつも前しか見ていないからな。足下をよく見てみろ。お前の不注意だよ」

 下を見ると、地面はぬかるんでいる。雨が降った後だったのだ。

「お兄ちゃん、あたし洋服が欲しいなっ」

 小さなミアが無邪気にそう笑って、自分の元に駈けてくる。地面がぬかるんでいることをミアに注意しようとしたその時、両親の後ろに巨大な人影が現れた。雨が降り出す。持っていた巨大な剣が振り下ろされ、両親の姿はそれで消えた。ミアが泣き出した。アーリーの叫びが、その暗黒の空間に響きわたった‥‥。



「‥‥お兄ちゃん、大丈夫なの‥‥?」

 頬に絆創膏を貼ったミアが、心配そうにアーリーの寝顔を見つめる。傍らのフィリスも腕などに擦り傷があったが、いずれも軽傷と言えた。口に人差し指を軽く当てる。

「しっ‥‥。腕の傷以外は軽傷だし、そんなに心配することもないわ。今はまだ、寝かせておきましょ?」
「そだね‥‥。でもよかったぁ、みんな無事で‥‥」
「本当に‥‥。ふふっ、リックさんにお礼言っておかなきゃね」
「なんのなんの。姫君を守るためなら傷のひとつやふたつ、どうって事ありませんよ」

 その声で二人が振り返ると、病室の扉を開けてそのリックが顔を出した。ひとつふたつどころか頭も含め四五カ所に包帯を巻かれてはいるが、どうもおおむね元気そうである。ミアにわざわざウインクまでしてみせる。ミアの感度では彼の自我と下半身は同一化しているように思えた。きっと別の女性にも、同じ事をしている男なのだ。

「それにしてもだらしないのはアーリーだな。眠り姫の御元に駆けつけるならともかく‥‥」
「‥‥けが人にそう言うこというなんて、サイテー」

 アーリーが低いうめき声を上げる。3人の視線がそこに集中した。

「‥‥、病室‥‥?」

 また、自分はこの天井を見上げているのだろうか。キラードールに襲われて、為すすべもなく倒されて‥‥。だがまだ、殺されてはいないようだ。辺りを見回す。知らない、だがよく知っている女性とミアの顔が目に入った。ミアは少し、大人びていないか?

「‥‥! 大丈夫なのかミア?! フィリスさんも?」
「みんな無事。最後はお兄ちゃんだけよ」
「リックも無事か‥‥」
「残念そうに言ってないか?」
「まあ、すこしな」

 笑いあう男二人を、不思議そうに観察する女性二人。そのうちの一人が声を掛けた。

「それより具合はどうですか? 傷は、痛みます?」
「大丈夫です。それより、あのビーグルは?」
「防護壁に激突して、そのままお亡くなりだとさ。いまは身元の確認をしてるところだそうだが、ミンチ肉から割り出すのは難しいだろうな」
「‥‥止めてよそーゆーいいかた」

 ミアの言にフィリスも同意らしい。女性陣二人から拒否の視線を浴びてしまったリックは、それでもにこやかに笑っていた。廊下に足音が聞こえる。大きく、早かった。

「フィリス様!! ご無事ですか?!」

 息を切らしたエドワードの姿が、そこにあった。



 アーリーを診療した医師が「いずれも軽傷。腕の傷も激しく動かさなければ大丈夫」と太鼓判を押し、おまけで「応急手当をなさった方のおかげですな」と付け加えて病室を出ていった後、さっきから言いたいことを我慢していたエドワードの口が堰を切った。

「全くアーリー、貴様がついていながらなんとふがいない!! フィリス様にもしもの事があれば‥‥!!」
「エドワード、もう止めて。みんな助かったんだし‥‥」
「そうですよ。それに今回狙われたのはアーリーだ。他はとばっちりですよ」

 どうしても一言加えなくてはいられない性分らしい。リックを横目でにらみながら、しかしエドワードは今の一言で表情をかげらせた。リックの発言はそこで終わったが、アーリーがその後を引き継く。さっき聞いた父親の言葉が、脳裏を横切った。足下はどうなっているのだろう?

「エドワードさん。あなたなら解りませんか? いまなにが起こってるか」
「‥‥どういう、事ですかな?」
「この前のグレナディアの時も、貴方は「ユニックスから盗み出された」という事までご存じだった。どこでつかんだんです? あの情報」
「‥‥‥‥」
「ガルトーラのあのアームにしても、最初からトランディの両腕を狙ったような動きだった。ガルトーラのVPE(TAのジェネレーター。ヴァーチャルパーペチュアルエンジンの略)だって、意図的に暴走させなきゃあんな爆発はするもんじゃない。あれは明らかに、「トランディを破壊するつもりで」作られたマシンだったんだ。‥‥もしかしてご存じだったんじゃないですか? 自分達を狙う奴がいるってこと」
「考えすぎだよ。全ては偶然にすぎん。君たちは契約を遂行していれば、それでいいんだ」
「なら深くは聞きませんが‥‥。ですがもし『敵』がいるのだとしたら、彼らはどうやら手段を選ばない相手です。見えない敵を相手に出来るほど、俺は強運じゃない」

 緊迫した空気が張りつめ、にらみ合いは続いた。目をそらしたのはエドワードだった。

「‥‥。私は、ライズに帰ります。フィリス様は‥‥」
「‥‥先に、帰ってください。命令です」
「は‥‥」

 エドワードはそう言って、病室の戸を静かに閉めた。

AREA3 Final。



NEXT AREA 「やってきた男」 掲載予定日12/21 (予定は未定〜〜(T_T))

タイトルページに戻る 小説ページに戻る <AREA2 AREA4