トールドアーマー「トランディ」
AREA5
「グレナディア」
「アーリーさん!! なにが起こったんですか?!」
『解らない! けど、ガルトーラのジェネレーターが暴走してるんだ、このままじゃ爆発する! グレナディアが‥‥!』
「そんな‥‥!」
『くっそぉ! アームがはずれない!!』
驚くフィリスの耳元で、アーリーの叫びがこだまする。ここまでやるとは思わなかった。エドワードは自分の甘さを呪いながら整備士の二人に指示を出した。フィリスの耳元に、トランディの通信機から流れるグレナディアのつぶやきが聞こえる。
『開かない‥‥開かないよ、いやだよこんなの‥‥!』
「あきらめないで!! ‥‥フィリスさん、ガルトーラの脱出装置が利かないんだ! 外部から開ける方法は?!」
「アーリーさん?!」
ガルトーラは、トランディのコックピットハッチをも抱え込んでいる。通信と共に、アーリーは何とか開くトランディの上部ハッチから這い出した。取り付いたガルトーラのメインカメラがアーリーを見据え、あざけるように瞬く。そのコックピット付近に這いよったとき、内部のカウントダウンは30秒を切っていた。
「どこだ‥‥? あるはずだきっと!!」
『‥‥アーリーさん、コクピットハッチの右下! ユニックスのシステムなら‥‥!』
「あった! 強制解放レバー!」
コックピットハッチの右下の影に、それは無傷で残っていた。めいっぱいに引き絞る。何かのジョイントが、はずれた音がした。
「‥‥え?」
警告で真っ赤に染まったそのコックピットの上部装甲板が、何かの音を立てて動いた。涙にぬれたグレナディアの顔を日の光が照らす。見上げたそこに男がいた。彼は彼女へと手を差し伸べていた。
「グレナディア、早く!!」
呆然とした意識のまま、彼女はその手を受け取った。思ったよりも強い力が彼女を引っぱりあげたあと、グレナディアは自分が、男の胸で抱かれている事に気がついた。アーリーが立ち上がる。トランディの上部ハッチは開いたままだった。
『アーリー、今からガルトーラのアームを吹き飛ばす。腕は引き剥がせ! トランディなら出来るはずだ!』
「エドワードさん? ‥‥了解!!」
見下ろした少し向こうに、マックスとトーマが背負ったグレネードキャノンで狙いを付けているのが見える。地続きになったガルトーラから二人はトランディに乗り移り、上部ハッチから中に滑り込むとハッチを閉めた。中が広いとは、とても言えなかった。
「ちょっと狭いけど、我慢してくださいね。すぐに済みます」
照れくさそうに笑いながら、彼はトランディのスティックを握る。アーリーの胸に抱きついた格好になっている自分が恥ずかしかった。少し上目に見上げると、前を向いたままのアーリーの顔がある。胸の鼓動が止まらなかった。
「エドワードさん、やってくれ!!」
返答を待たずに、キャノンの発射音が鳴り響く。トランディの両脇をくわえていたアームの根本付近に着弾したその2発のエネルギーは悪意あるそれを吹き飛ばし、トランディを引きつけていた圧力が半減する。トランディの目が輝いた。
爆音が、見守る観客の前で鳴り響いた。零距離からコックピットを直撃したトランディのナックルショットはそのままガルトーラを引き剥がし、吹き飛ばす。ひびの入ったコンソールのカウントダウンが終了したその2秒後、ガルトーラの背面腰部に設置されたジェネレーターが赤い火の玉に変わった。瞬間にシャドゥが掛かったトランディのメインカメラ越しに、閃光と衝撃がアーリー達に襲いかかった。
「アーリーさん!!」
「お兄ちゃん!!」
フィリスやミアの、クルー達の叫びはバトルエリアの中央で起こった爆風にかき消される。やがて安堵感がこみ上げた。燃え上がる残骸の前で、炎に彩られたトランディが立っている。熱に焼けた装甲は所々黒ずんでおり、それはまるで強者の勲章のようにみえていた。
◆
「じゃあ、あたしはこれで‥‥。悪かったね、変なことに巻き込んじゃって」
はにかむその顔が、前に出会ったときよりも少し柔和になっているようにフィリスには思えた。事情聴取に応じたグレナディアは結局罪に問われることはなく、すぐに解放された。大会終了後、チーム「フェンリル」は規定違反に問われるはずだったが、そのチーム自身が大会終了後姿を消している。登録されたその情報が全て偽りだったと現地の新聞は報じていたが、何故かそれが、それ以上追求されることはなかった。ガルーダという機体がユニックスから盗み出されたという事実も、結局公表されることはなかった。
「これから、どうするんです?」
アーリーが訪ねた質問に、少し目をそらしながら微笑むグレナディア。フィリスやミアとも、‥‥アーリーとも分かれる事は少し抵抗があったが、望みはかなわないのは解っている。彼女はこの町で生まれた。この町が、彼女の生きる場所なのだ。
「フリーのTFは続けるつもり。アーリーには負けたけど、他の男に負けた訳じゃないからね。『ガルトスの閃光』としての、意地があるから」
「じゃあまたいつか、当たるかもしれないね‥‥」
ミアがどこか、残念そうに言う。「グレナディアをサテライトに」と、一番働きかけたのはミアだったが、結局それは実現しなかった。トランディは一機しかないのだ。この機体は、パイロットが二人で使うことは出来なかった。
「その方がいいんだよ。‥‥アーリー、今度は負けないからね? それまでは負けないで欲しいな」
「勝負は時の運だけどね‥‥。俺はただ、『精一杯』やるだけさ」
フィリスにそう笑うアーリーに、どこか寂しさを覚えるグレナディア。微笑みで自分の心を隠したあと、彼女は向こうへ振りむいた。
「じゃあ‥‥」
グレナディアに答え、手を振るサテライトのクルー達。彼女は夕日の中、自分の部屋へと歩き出した。
◆
「だれだい、あんた‥‥?」
安アパートの一角にある部屋の中で、グレナディアはシャワー後のバスローブ姿のまま、何故か寂しさを紛らわすために買ってきたウォッカを飲んでいた。酔いの回った口調で受話器に答えたとき、聞き知らぬ男の声が流れた。若くはなかった。
「え? あたしをパイロットに‥‥って、あんただれ‥‥、ええ?!」
受話器の向こうにグレナディアの声を聞きながら、彼は豪奢なビルの一室で話し始めた。手元にある二人の女性の写真を眺めながら、彼は話を続けていた。
AREA5 Final。
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