トールドアーマー「トランディ」
AREA4
「規定違反」
「隙が多すぎるんだよ、あんた!!」
轟音が、Aトーナメントのバトルエリアに響きわたる。背後に回り込んだトランディのナックルショットはまともに相手TAの頭部を吹き飛ばし、刹那、ホバープレートに試合終了を告げる表示が瞬たいた。「ダメージ20%オーバー! Winner トランディ!」‥‥その表示に歓声を上げる人々の中、トランディはいつものパターン121をスタートさせる。しかしその中で、アーリーの心は晴れなかった。
「ただいまを持ちまして、Aトーナメントの全試合を終了いたしました。代表チーム『サテライト』は、明日行われる最終決勝戦に出場いたします。皆様のご声援をよろしく御願いいたします‥‥。繰り返します、ただいまを持ちまして‥‥」
バトルエリア周辺に流れるアナウンスの中、降りてきたアーリーに駆け寄るフィリスやミアにすら、初戦の時のような和やかさがない。PRESSの人々を閉め出したチームエリアにおいて、交わされる内容は昨日からあまり変わっていなかった。整備士のマックスとトーマが、忌々しげにBトーナメントの方向を見つめていた。切り出したのはマックスだった。
「‥‥フェンリルも、さっきBトーナメントを制しましたよ。連中、なにを考えてるんでしょうね。盗み出したTAで優勝狙ったって、意味無いじゃないですか‥‥」
「犯罪者の心理なんか知りたくもないが、おおかた裏でトトカルチョでもやってるんだろうよ。どうしても勝ってもらっちゃまずいチームがいたって事だろ」
「‥‥うちですか」
「負ける気が無いところを見ると、そうらしいな。どうやら大穴だったらしい」
いまいましげなその会話を背中で聞きながら、エドワードは昇降姿勢のトランディを見上げた。グレナディアに付けられた傷以外は殆ど外傷が無く、これなら明日の決勝戦も十分戦えそうである。沈んだ表情のアーリーを前に、無理に笑おうとするフィリスがいる。彼女の引いてくれたくじが結局、この事態を有利に進めていた。
(ジックス様‥‥。これはエマ様の、導きなのかもしれませんぞ‥‥)
記憶に浮かぶ二人の女性。かつてエドワードの守る全てだった彼女らはもういない。理不尽な憎しみが、不敵な笑みとなってこぼれていた。
◆
「‥‥試合開始まで、後30分を切りました!! GF−Cトーナメント IN ガルトス最終日、いよいよ最終決勝戦が始まろうとしております! Aトーナメント代表チーム「サテライト」TAトランディと、Bトーナメント代表チーム「フェンリル」TAガルーダの一騎打ち、どうですか解説のワーナーさん、この取り合わせは?」
「そうですねぇ。トランディの方はラグナスのテスト機だそうですが、昨日までの試合ぶりはさすがラグナスのTAと言ったところでしょうか。ですがガルーダの方も、個人所有のTAとは思えない俊敏さが光ります。是非ワークスのような「力が全て」の理論を払拭するような戦い方をして欲しいものですね。」
「そう言えば、トランディのBIOSは新開発のものを搭載しているとか?」
「いやいや、BIOSの出来ではENIACの方が遙かに優秀ですよ。パイロットもそれほど素晴らしいスキルには見えませんし、今回の場合はTA自身の性能がその不備をカバーしていると言った方が正解でしょうねぇ。やはりなんといってもワークスですから」
「なるほど。なお今回の試合はコックピットへの直接攻撃以外は全て許される、相手が活動を停止するまで戦う「リアルファイト」ルールで行われます。果たして勝利の女神はどちらに微笑むのでしょう!」
どこかひっかかる言い方の解説を聞きながら、サテライトのクルー達はトランディの最終チェックを黙々と進めていた。「フェンリル」チームを向かいのエリアに眺めながら、アーリーもBIOSとモーションプログラムのコンディションチェックに入る。解説の嘘はあまり気にならなかった。パイロットスキルはともかくとして、処理能力においてE−TRONがENIACをしのいでいる事実は乗った人間にしか解らない。アーリーの役目はただ、この優秀な機体を持って勝つ事だけだった。
「安全装置のチェックをしますけど、いいですか?」
「ええ、御願いし‥‥フィリスさん? なんで貴方が?!」
コクピットに隣接させた作業台に現れたのは、他のクルーと同じ様な作業着に着替えたフィリスだった。片手に持った「TAセキュリティマニュアル」には多くの付箋が貼り付けられており、彼女はそれを開きながらアーリーが座るシート周りのチェックを始める。対応に困ったアーリーの前で、フィリスは照れくさそうに微笑んだ。
「ミアちゃんと一緒に、少し勉強したんです。今度は壊れるまで戦うんでしょ? リーダーとして、こういうところだけは自分の目で見ておきたいから‥‥」
「使わないと‥‥思いますよ。今日は負けません。‥‥絶対に勝ちますから」
アーリーの一言は己への戒めだったのだが、しかしフィリスはその言葉に表情をかげらせた。
「‥‥絶対っていう言葉、私嫌いなんです。絶対に勝てるなら、貴方もそんなに怖い顔、しないと思うし‥‥」
「‥‥‥‥」
「ただ、精一杯やってください。悔いを残さないように‥‥。彼女が憎い訳じゃないのでしょ? だったらなおさら。‥‥チェック終了しました。がんばってくださいね?」
言葉に詰まったアーリーの元から、フィリスは微笑みを残し、そう言って離れていった。精一杯やるという事が、何故か自分の意識になかったことに驚いた。むき出しの敵意のまま、自分はグレナディアと戦おうとしていたのだろうか?
スタンバイの表示がコンソールに伝達される。コクピットハッチが閉じられると、人々の歓声もやがて聞こえなくなる。計器のシグナルを含んだ静寂の中、モニターには紫色のTA、ガルトーラだけが映っていた。
「精一杯‥‥か」
心がどこか、研ぎ澄まされていくような気がする。トランディに乗ってから忘れていた思いを、かつてダイナモで戦っていた時の心を、彼は今、思い出そうとしていた。
◆
「試合開始、5分前です。それぞれのTAは規定の場所に移動してください‥‥」
アナウンスが晴天に恵まれたバトルエリアに静かに流れる。規定位置で戦闘姿勢をとるトランディとガルトーラの上空で、ホバープレートに「Ready?」の表示が点灯する。アーリーの指先が、スティックを静かに揺らめかせた。表示が変化する。
「GO!」
2体のTAが地を蹴ったのは、殆ど同時だった。トランディの右ストレートがうなりをあげてガルトーラに打ち込まれたが、それは姿勢制御スラスターで急制動をかけたガルトーラには当たらなかった。バックステップで交わし、バーニアが全開になる。急接近するガルトーラをホバリングで左に交わしたトランディが振り向いたとき、そこにガルトーラはいなかった。
「上か!!」
コンソールに上向きの矢印が点滅するより先に、アーリーはアクセルを踏み込んだ。トランディが跳ねとんだその場所に、ガルトーラが落下する。地面を打ち付けた衝撃で一瞬鈍った機体制御を、アーリーは見逃さなかった。アクセルを踏み込む。
パターン18。
ホバリングから、トランディのナックルショットが装填される。通常なら必勝の間合いとパターンだったそれを、しかしガルトーラは‥‥グレナディアは瞬間、避けずに逆に飛び込んだ。打ち込まれるナックルショットを肩口で交わし、変わりにガルトーラの肘が、鈍い音と共にトランディの腹部にめり込む。ガルトーラの機動性はトランディのそれを上回っているのだ。この大会で初めて感じる衝撃にアーリーは笑みを浮かべた。火花を散らすジョイントにかまわず、アーリーは瞬間に次のパターンを選択した。その間合いには見覚えがある。グレナディアの心が冷えた。
パターン25。
「何度も‥‥その手は!!」
パターン25のモーションは、刹那のうちにガルトーラの腕を掴んで背負い投げようとする。捕まれたその腕をふりほどくにはガルトーラのパワーでは足りなかった。機体が宙に舞った瞬間、グレナディアはバーニアを解放して右下腕のジョイントに「イジェクト」信号を発信した。軽い破裂音の後、右下腕を失いつつもガルトーラは前方に放り投げられる。姿勢制御が働いて着地した安堵の一瞬、目の前にはトランディがいた。
「こっちが本命!?」
「その通り!!」
トランディは、パターン25をフェイントにしたのだ。ガルトーラを放り投げた瞬間、加重が抜けるのを待ってトランディはパターン18をスタートさせていた。「グレナディアなら、今度は絶対に脱出する」‥‥そう確信していたがためにバランスも崩してはいない。アーリーはためらわなかった。装填されたナックルショットがガルトーラに打ち込まれる。その左肩を、直撃した。
ガルトーラの中で発せられた悲鳴は外に漏れなかったが、観客はその一撃で試合の行方を悟っていた。肩口からはじき飛ばされる「ガルーダ」の左腕。地面に倒れる「ガルーダ」へと向けられたトランディのナックルショット。轟音がその勝負を決めていた。ガルトーラの腰部のジョイントに打ち込まれたそれは、火花を散らし、それを完全に破壊していた。根本から引きちぎられた左腕が、しばらくして地面に落ちて大きな音を立てた。再び見える青い空。それはどこか、遠くまで広がっているような気がした。
「また負けちゃった‥‥。はは。やっぱり強いんだよ、アーリーがさ‥‥」
心臓の鼓動が収まらない。興奮が奇妙な熱気をもって彼女を支配している。負けた悔しさも今はなく、あこがれにも似た感情で彼女はモニターに映る蒼いTAを眺めていた。トランディ腹部のジョイントは火花を散らし、まるで今にも砕けそうな様子すらある。あの一撃が本当に決まっていたら、自分は勝っていたかもしれなかった。迫りくるトランディのプレッシャーに瞬間たじろいだ、それが自分とアーリーとの差のように思えてならなかった。
「勝てたのか‥‥。けど‥‥」
フィリスのあの一言がなければ、たぶん自分は負けていたのだと思う。グレナディアの強さは本物だった。ただフィリスの言葉があったからこそ、「負ける」ことを恐れなかった。それが今の自分をもたらしているように思えてならなかった。歓声が場内を埋め尽くしてゆく。新しい勝利者に、人々は狂喜した。
「Winner トランディ−!! GF−Cトーナメント IN ガルトスの勝利者は、チームサテライト所属、TAトランディに決定しましたー!!」
興奮したアナウンサーの声と場内の熱気が、スティア:レスターをいらだたせていた。結局これで、彼にとっては2度目の失敗と言うことになる。トランディがガルトーラに歩み寄り手をさしのべるのを待って、彼は手元のスイッチをONにした。「フェンリル」のクルーはすでに殆ど姿を消している。ガルトーラを回収する準備は、されていなかった。
◆
「聞こえるか? グレナディア:エルミーニャ。アーリーだ。大丈夫か?」
突然聞こえてきたその通信に、グレナディアは頬が紅潮するのを感じていた。映像通信が装備されていないことに感謝しながら、少しためらいつつも通信回線を開く。自分の声が少し、裏返っているような気がした。
「こ‥‥こっちは、別に大丈夫‥‥。ありがと。本気で戦ってくれて‥‥」
「まぐれで勝ったようなものだけどね‥‥。ほんとに強いよ、貴方は‥‥。それより! 早くそのTAから降りるんだ。その機体は盗難されたものなんだから!」
「‥‥え? だってこれ、ユニックスの‥‥」
「盗まれたんだ、そのユニックスから! 貴方のいたチームはまともじゃない! 犯罪の片棒を担ぐ必要なんか無いんだよ!」
「そんな‥‥!」
グレナディアがスティックを動かした、その時だった。
アーリーには一瞬、2匹の蛇が口を開けたように見えた。その瞬間、思わぬ衝撃がトランディを襲う。ガルトーラの胸部から背中へと続いていた「放熱板」がせり上がり、まるで口を開けた蛇のようにトランディの両腕に食らい付いたのだ。腕の装甲板がきしみ、歪み始める。信じられないパワーがその肩口から生えたアームに掛かっていた。
「なんだ! なにをしたんだ?!」
「し、知らないよ私!! こんな装備なんか‥‥、あたし、なにもしてないのに?!」
ガルトーラの両眼が赤く点灯する。背面に設置された放熱口から赤い炎が吹き出し始め、異常な回転音がコックピットに響き始めた。コンソールに「警告」が表示される。グレナディアは目を見開いた。
「ジェネレーターが‥‥」
「ジェネレーターが? どうした?!」
すでに会場を後にしたビーグルの中で、スティアは流れる風の流れを感じていた。会場で何か騒ぎが起こったらしい。彼はひとりごちた。
「ガルトーラのジェネレーターは、発熱が少し高からね‥‥。至近距離なら、逃げるすべはあるまい‥‥‥」
「暴走してるんだ! コントロールも利かない!!」
「脱出するんだ!早く!!!」
「‥‥そんな! 作動しない、作動しないんだよ!!」
驚愕するフィリスとミアの前で、ガルトーラの上半身がグレナディアのコントロールを離れ、トランディにとりついた。背後の放熱口の光が次第に危険な色を帯びる。ガルトーラのコンソールに表示がカウントダウンする。爆発まで、後60秒を切っていた。
AREA4 Final。
NEXT AREA 「グレナディア」 掲載予定日11/30(30日中にあげられたらラッキー(;_;))
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