トールドアーマー「トランディ」

 AREA2
 「ことづて」




「ふに? だれー?」

 不機嫌な表情でキーボードを打っていたミアは、端末室の扉がノックされる音でその手を止めた。控えめに顔を出したのはフィリスである。手にはなにやら、マニュアルのような物を持っていた。

「おじゃま‥‥かな? なら、後でもいいんだけど‥‥」
「んーかまわないよ。そろそろ止めようかと思ってたし。はー、やっぱもうすこし、基礎から勉強しておけば良かったなぁ‥‥」

 カンと経験のみだったミアにとって、トランディの複雑な最新技術はその用語だけでも呪文の羅列に思えていた。キーボードを軽く叩くと半分も理解していないシュミレーションプログラムがセーブされ、終了する。散乱した「トランディ」の技術資料をミアがあらかた片づけ終わると、フィリスがコーヒーを差し出してくれた。大会二日目、現在クルーの多くは「トランディ」の整備で忙しい。第2試合は明日と決まったのだ。だから彼女ら二人に、今のところお呼びはかからなかった。

「‥‥あたしも早く、なんかお手伝いできるようになりたいなぁ‥‥」
「そんなこと‥‥。ミアちゃん、十分役にたってるじゃない。トランディのプログラムとか‥‥」
「あれはだって、ダイナモのデータ写しただけだもん。コンバートはローワンさんがやってくれたんだし、ダイナモは、もう居ないし‥‥」

 少し悲しそうに目を細める。両腕、コックピット、ジェネレーターまでもが大破。スクラップより酷い状態に変わり果てたダイナモを、ジャンク業者に手渡したのが先週である。2年間彼女の全てを費やしたダイナモは、結局薄っぺらな1枚のディスクになってしまった。その時フィリスの胸の中ですすり泣いたミアが、でもフィリスにはとても、羨ましかった。

 そう言う物を、彼女は持っていなかったから。

「‥‥それよりフィリスさん、何か用があったんじゃないの?」
「あ、うん。ちょっと教えて欲しくて‥‥。TAの脱出装置とかって、どの辺に書いてあるか解るかな。なんか、よくわからなくて‥‥」
「なんで?」
「‥‥やっぱりパイロットの安全とかくらい、少し知っておいた方がいいでしょ? 一応リーダーなんだし‥‥」
「フィリスさんまじめ〜。気にしなくていーのにぃ。どれどれ?」

 のぞき込んだミアが、ふと顔をしかめる。TAが登場して早5年、戦争終結後も散発的に出没するキラードールに対抗する兵器として登場したTAだったが、その汎用性の高さから今では建築、土木用にも使用され始めている。フィリスが持っているのはその類の、「安全な場所で使われる」汎用人型重機の技術読本だった。脱出装置について考慮されているはずがない。

「これTW(トールドワーカー)の本だよ?」
「違うの?」
「全然違うよー。TAの脱出装置って言ったらそれこそ一冊の本になるくらいだもん。あーそういえば、トランディのそう言うのって私もまだ、よく知らないかも‥‥」
「せっかく買って来たのに‥‥」
「あ、ねえじゃあさ、一緒に買いに行こ? 他の人たち、どうせ忙しいんだしさ。」
「いいの?」

 この類の情報など、クルーの誰かに聞けば懇切丁寧にいらないことまで教えてくれる内容である。ミアにとっては息抜きがしたかっただけだし、フィリスにとってはこんな事で他のクルーの手を煩わせたく無かった。「支社長令嬢」という肩書き故に彼女はチームリーダーをやっている。結局自分はまだ、お飾り以上の存在では無いのだ。同意を得た二人の女性はお供にラディットを連れて、ガルトスの市街地に出かけることになった。

「治安が良いとはいえ、不慣れな土地でございます。あまり遅くなりませぬよう‥‥」

 心配そうなエドワードは、こっそりとラディットに外出中の事を報告するよう命じたが、ラディットの返答はこうだった。

「乙女の秘密を詮索するのは野暮だそうですが」
「誰がそんなことを?」
「ミアが」

 こうしてエドワードは敗北した。


 仕事柄、TAの素性はあまり詮索しないのがグレナディアの主義だったが、今度ばかりは気になって仕方なかった。どんなTAでも乗りこなす自信こそあれ、向こうのパイロットスキルは対等かそれ以上。互角に渡り合うにはどうしても、TA自体の性能をあてにする以外には無い。この町でもっとも蔵書数の多い「NAKAGAWA」という書店に足を運んでいたグレナディアは、普段閑散としている技術系の書棚に珍しく人影を、それも女性を二人発見する。高さ2mはあろうかという書棚の上の方に、その目的の本があるらしかった。

「脚立くらいおいてないのかこの店は!!」
「ちょ、ちょっとミアちゃん、そんなに飛び上がったりしたら危ないよ。店員さんに‥‥」
「ほら、あんまり騒ぐと目を付けられるよ。これ?」

 飛びつこうとしたその本を、その皮グローブをはめた腕は難なく取り出してしまった。隣から現れたグレナディアはその身長故に若干見下ろしげになる。「TAセーフティマニュアル」という本を少女に手渡すが、年上の女性の方は警戒させてしまったらしい。いつも「表情がきつい」と言われている彼女だったが、年下の少女の方は、全く物怖じしなかった。

「わーい♪ どーもありがと!」
「こんな本をほしがるなんて珍しいね。興味あるの?」
「っていうか、一応そういう仕事してるの。今TGやってるでしょ? そこに出場してるんだよ」
「へえ! じゃあご同業って訳だ。貴方も?」
「あ、あの、はい‥‥。」
「お姉さんも、そう言う仕事してるの?」
「あたしは、フリーのTFやってるんだけどね。昨日負けちゃって、今は失業中」
「そうなんだぁ‥‥。」
「ふふっ、その言い方だと、そっちは勝ったみたいね。どこのチーム?」
「うちはね、サテライトっていうの。昨日『ガルトスの閃光』が乗ったTAに勝ったんだよ♪」

 一瞬、グレナディアは心臓が止まるかと思った。

「‥‥そ‥‥うなんだ、良かったじゃん‥‥」
「なんだけど、私まだ見習いのぺーぺーで、仕事無いんだよね。お兄ちゃんはパイロットやってるのに、妹がぺーぺーじゃあ‥‥」
「ちょっとミアちゃん、そんなこと‥‥! すいません、初対面の人にこんな話‥‥」
「え? ああ、別に‥‥。それであなた、勉強しようっていうんだ。がんばってるね。‥‥じゃ、あたしはこれで。あなた達のチームがいいところまで行くの、期待してるよ?」
「ええ、有り難うございます。」
「じゃーねー」

 フィリスが頭を下げ、ミアが軽く手を振る。微笑みを浮かべて行こうとしたグレナディアだったが、ふと思いついたように、振り返った。

「ミアちゃんだっけ? お兄さんによろしく言っといてね。今度は本気でやってくれって。じゃ」

 なにを言われたか解らない二人を残し、彼女は小脇にTGタイムズを抱えてその書店を出ていった。スクープのひとつとして、エルファでは一流に分類されるTAメーカー「ユニックス」で開発中のマシンが「ガルトーラ」と呼ばれている事が載っていた。たぶんまた、試作機の実戦テストに抜擢されたのだ。不足無い性能に、グレナディアは薄い笑みを浮かべた。

「どういう意味かなぁ。今の‥‥?」
「さあ‥‥」
「ミア、発言をよろしいですか?」
「ん? なにラディット?」
「今の方、サングラスなどのために断定は出来ませんが、TFであると言うことと顔のパターンからして、『ガルトスの閃光』グレナディア:エルミーニャその人だと思われますが」
「えぇ?!」

 ミアとフィリスの驚きが、同時にその店内に響きわたった。



「待たせたね。あんたかい? ガルトーラに載せてくれるって言うのは」

 すでに倒産し、野ざらしにされたスクラップ工場跡地に、そのトランスポーターは停車していた。目の前に立つ背広姿の青年が、好意的な笑みを浮かべて頭を下げる。どこかしゃくに障る仕草であり、グレナディアは顔をしかめた。

「お初にお目に掛かります。『ガルトスの閃光』、グレナディア:エルミーニャ様でございますね? わたしめはスティア:レスターというものでございます。お見知りおきを」
「その呼び名は止めてくれ。グレナディアでいい。それより、あたしが乗るユニックスの試作機は、そのポーターの中なのかい?」
「おやおや、すでにご存じでしたか。ええ、ガルトーラはこの中です。明日のTGにはシードとしてエントリーしておりますが、なにぶん極秘でございますので、外装は換装しておりますがね。お見せする前に、この契約書の方にサインを‥‥」

 へりくだったように見えながら、その実見下ろす意識の営業は多い。不快ではあったが気にもとめず、彼女はさらりとサインした。「TAについて、いっさいの口外を厳禁とし、違反の場合は相応の違反金を支払う」という一文以外は通例的な物だ。男は満足げに微笑んだ後、手元のレシーバーに指示を出した。トランスポーターの後部ハッチがゆっくりと開き始める。グレナディアの心臓が高鳴った。

「勝てるかもしれないね‥‥。これなら‥‥」

 紫を基調としたカラーリングのそのマシンがどの程度の出来であるか、グレナディアにもおおよそは理解できる。両肩から背中に垂れた特徴的な放熱板(?)が翼竜の翼をイメージさせ、どこか悪意ある威圧感を覚えたが、少なくともトランディに対抗しうるTAである事は間違いなさそうだった。今日出会ったサテライトの少女達の事をふと思い出す。彼女らがあの優男に伝えてくれていることを、グレナディアは密かに期待した。



「盗難とは‥‥どういうことです?」
『まだユニックスからも正式な発表はないが、どうも試作のTAが盗まれたらしい。万が一と言うことも、あり得るな』
「まさか今回の大会に出てくると‥‥。そのTA、どれほどの出来なのです?」
『スパイからの報告では、今のトランディよりも上かもしれん。‥‥勝てるか?』
「パイロット次第と言うところでしょうか‥‥」

 通話中のエドワードはそこで、ふと不吉な予感に襲われた。今日、グレナディア:エルミーニャにコンタクトを試みた時、彼女は部屋に居なかったのだ。エドワードの部屋からは、下の格納庫の様子が見て取れる。フィリスとミアが、アーリーに駆け寄っていく所だった。

「‥‥『ガルトスの閃光』が?」
「ええ、今度は本気でやってくれ、と‥‥」
「今度は‥‥」

 もう一度出場してくる気がなければ、そんな言い方はしないだろう。結局アーリーのしたことは、いたずらに彼女のプライドを汚しただけでしかなかったのだ。けじめは付けなくてはならない。アーリーはトランディを仰ぎ見た。その巨人はただ、寡黙に明日を見つめているようだった。
AREA2 Final。



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