AREA5
 「ダイナモ」



 辺りは静まり返っていた。発電器の微弱な振動音だけが奇妙に大きく聞こえる。心臓の鼓動が次第に大きくなる。ミアは盗賊の手に落ちてしまった。助け出す手段を探ろうとするアーリーの表情がいたく気に入ったらしく、その男は耳障りな笑い声を出しながらミアにナイフを見せびらかした。自分の顔をミアの顔に近づけつつ、目線はアーリーの方を向いている。歪んだ口元が、汚らしくその言葉を紡ぎだした。

「くへへ‥‥。そこのおめえ、名はなんて言うんだ?」
「‥‥アーリーだ」
「そうか、アーリーって言うのか‥‥。関係ねえのにしゃしゃり出てきやがって、おめえのせいだぜ? 見て見ろよこの顔‥‥。兄貴のTAに撃たれたからできたんだ。ひでえと思うだろ? なあ?」

 堅くなり身を引くミアに、そう詰め寄る男の目は剣呑な色を含んでいた。手に持ったナイフがひらひらと動き、次第にミアの顔に近づいてゆく。

「おまえ、あいつの妹なんだろ? 兄貴のしたことなんだ。償いなら、おまえがしたっていいよなぁ‥‥」

 アーリーの心臓が爆発しそうに高鳴った。フィリスもエドワードもリックも、クルー達のすべてもこの時動けなかった。男のナイフがミアの顔に迫る。ミアは耐えられないかのように、顔を歪ませた。

「‥‥おじさんの口、臭い」
「な?!」

 男のうろたえは一瞬だったが、それで十分だった。ミアは両手で掴んだ男の右手首をそのまま一気にひねると、その激痛でゆるんだ手の中からするりと抜け出してしまう。蛙の断末魔のように呻いた男が慌てて顔を上げた瞬間、目の前にあったのはミアのつま先だった。

 ‥‥景気のいい音と共に、男が地面に叩きつけられる。真っ赤に染まった鼻の辺りを両手で押さえながら転げ回る男の元から、ミアはさっさと走り出していた。あっけにとられる周りの盗賊達がようやく状況を理解したとき、彼らの足もとを、レーザーキャノンの閃光が数発瞬く。爆音はその後に鳴り響いた。

「動かないで頂けますか。撃ちますよ?」

 既に撃ってるぞ、という返答を返せる余裕はなさそうだった。明かりは消え、「無人だったはずの」フォレストに据え付けのキャノンが盗賊たちの方を向いている。全員が手を挙げるのを見ながら、アーリーは胸元のレシーバーを取り出した。

「ラディットご苦労。お手柄だよ」
「どうも」

 ミアが駆け寄ってくるが、表情にはあまり余裕がなかった。アーリーより先にフィリスがうれしそうに声をかける。ミアは苦笑いしていた。

「よかったぁ! すごいのねミアちゃんて! 怪我とかしてない?」
「んーん、全然だいじょぶ。‥‥それよりさ、ライズのおトイレってどこ?

 あまりに小声な一言に赤面するアーリーの隣で、フィリスは笑いながらミアを先導し、ライズの方に向かう。ライズのクルー数名が動き、アーリーも、ミアに鼻を砕かれた男に近寄ろうとする。何かの小さな落下音が聞こえたのは、そのときだった。

「‥‥‥わぷっ?!」

 盗賊とアーリー達の、ちょうど中間辺りで爆発したそれは、もうもうたる煙を辺りにまき散らしてアーリーの視界を遮った。どこからかHフライトシステムの駆動音が迫ってくる。それは2台いるようだった。

「逃げる気なら、さっさと乗れ!」

 煙幕でその声の主は見えない。盗賊達は煙の中、よたよたとした足取りでそのビーグルにたどり着き、煙を助けに姿を消していった。ようやく煙がはれた頃、ビーグルの駆動音は遙か遠くから聞こえている。点々とした鼻血の跡だけが、地面にいくつか残っていた。

「‥‥逃げましたな」
「らしいですね‥‥。ただのチンピラかと思ったが、なかなかどうして。」

 あんな正確な砲撃を行える人間が、十分な訓練を受けていないはずがない。ビーグルを持った仲間が居るということは、もう一度襲撃してくる可能性だってあり得る。呑気にパーティなどしている場合ではなさそうだった。

「パーティは終わりだ! 総員ライズに搭乗、警戒態勢のまま移動する! 急げ!!」

 エドワードがそう激を飛ばすと、酔いが醒めたかのようにクルー達は素早く動き始めた。まるで軍隊のようなその動きに目を細めたアーリーに、エドワードが向き直る。

「今回は、とんだことになってしまい残念ですな。この埋め合わせは、また」
「気にしないでください。そうご厄介にもなれませんよ」

 それでアーリーは、背を向けた。


「す、すまねぇな‥‥。助かったぜ‥‥」

 寿司詰めのビーグルの中で、鼻を血でぬらした男は並んで走るエアロバイクの乗員にそう声を掛けた。襲撃用のビーグルまで借りた依頼人に助けられるとは、全く彼の面目は丸つぶれである。口元に薄い笑みを浮かべながら、その青年は軽く手を振った。

「なあに気にするな。君らの役目はこれで終わりだ」

 言葉の意味を問い直す前に、エアロバイクはビーグルから離れていった。やがて乗員の一人が声を掛ける。声音は震えていた。

「大将‥‥。このビーグル、ハンドルがきかねぇ‥‥」
「なにぃ?!」

 パニックの起きかけたビーグルのレーダーが、前方に障害物の反応を知らせる。直進コースならすり抜けるはずのその物体は、そのビーグルの進路上に向け、移動していた。

「キ‥‥!!」

 彼がすべての言葉を紡ぎ出す時間は、もう無かった。


 ライズのワイドエリア:ノクトビジョンがその閃光を捕らえたとき、後方を走るフォレストのアーリーは、既にダイナモのライディング準備を進めていた。ついさっき、逃げていったビーグルに接近する物体があるとライズの女性オペレーターが伝えてきたのである。TAを警戒したアーリーだったが、状況は遙かに悪い方向へと進行していた。

「キラードールだって?! 間違いないんですか?!」
『この独特なエネルギーウエーブを、間違いっこありません! 現在後方約1.5Km! このままでは、後5分程度で追いつかれます!!』

 オペレーターの声は悲鳴に近い。キラードールの出現頻度0%エリアは通称「ビクトリーロード」と呼ばれ、エルファの重要な交易路になっていた。その安全神話に毒つきながら、アーリーは薄暗いダイナモのコックピットに滑り込む。一難去って、また一難である。ジェネレーターのスイッチを灯すと各コンソールが瞬き始め、メインパネルに「ENIAC BIOS」の文字が浮かび上がる。機体のコンディションチェックで左腕のエラーをキャンセルした後、最後にモーションプログラムがメモリに流れ込むと各関節のリニア:ホールドが作動し、一瞬機体が痙攣する。ラディットが機体のロックを解除するのを待って、アーリーはダイナモを立ち上がらせた。

『お兄ちゃん!! なにする気?!』
「決まってんだろ? やっつけてくる」

 何か言おうとするミアからの通信をOFFにしながら、彼はレーダーに目を向けた。既にダイナモのレーダーにも機影が映る。歴戦のバウンティーハンターでも、数人がかりで死人が出る相手が迫りつつあった。幸運にもミアは今、ライズにいた。ライズを逃がすためには結局誰かが足止めをしなくてはならないだろう。幸い敵は戦友達の仇だ。怒りの感情に、アーリーは身を委ねた。

「アーリー、準備よろしいですか?」
「俺が降りたらすぐに逃げろよ? ミアが悲しむ」
「ミアに怒られるのは私です。勘弁してください」

 思わずアーリーが吹き出した瞬間、メインカメラが移動物体を捕らえる。画面上のターゲットスコープが、ホバージャンプを繰り返しつつ接近する物体を正確に追尾していた。傍らの距離計測レーダーが猛然としたスピードでカウントダウンする。ハイビームにセットされたフォレストのバックライトで、「奴」は次第にその姿を露わにしていった。ノッペラボウの仮面を付けた巨人。それは、かつて戦場で見た悪魔そのものだった。

「出るぞ!!」

 両肩のライトが光を放ち、ダイナモが舞い上がった。キラードールの落下地点を読んで着地しつつキャノンを乱射、右腕のナックルショットを装填するが、キャノンの直撃は敵の外殻で弾かれて大したダメージになっていない。キラードールは100m程度前方に着地し、装飾の無い頭をあげる。両腕についた突起物が鈍い音を立てて反転し、それが戦闘態勢をとる前に、アーリーはダイナモのアクセルを踏み込んだ。

「先手必勝ぉ!!」

 ホバリングで急接近しつつ、敵の腹部に向けて右腕のナックルショットを打ち込む。甲高い爆音と共に直撃した腹部の、硬質の樹脂のようなもので出来た外殻にはヒビが入り、敵は前のめりになったまま数十mの距離を押し戻された。ダイナモの計器が過剰な反動に悲鳴を上げ、右腕のマッスルシリンダーに火花が瞬く。整備不良がたたり稼働率が50%に落ちた警告音と共に、だが前方の敵は、ゆっくりと、その頭を上げていた。

 背筋が、凍り付いた。

 アーリーがダイナモを左に倒した瞬間、恐ろしい衝撃と共に残った右腕が宙に待う。ダイナモのカメラアイをのぞき込む仮面がコンソールに映った刹那、横殴りのもう一撃が右からアーリーを襲った。両腕を無くし、受け身も取れないままにダイナモは地面に叩きつけられる。あまりの衝撃に、気を失いかけた。額から流れる血が視界を奪っていた。もっともカメラアイは、既に機能していなかったが。

「う‥‥?」

 奇妙な静寂の中で、朦朧とした意識で血糊を拭ったとき、コックピットハッチには隙間が出来ていた。その隙間から、敵の仮面が見える。ダイナモはキラードールの両腕で抱えられていたのだ。ハッチをのぞき込むその仮面が上に上がる。その下から、奇妙な円形をした、すり鉢状の口‥‥がむき出しになった。光が収束してゆく。それは熱を持ち始めていた。

「う‥‥、うわあぁ!!」

 高周波を伴って、放たれた幅のある閃光がダイナモのコックピットを直撃する。メインコンソールが貫かれ、コントロールを失った各部のリニアホールドへ一瞬無軌道な信号が流れると、まるで痙攣のように機体が振動した。その動きを遠目に見ながら、フィリスは声無く立ちすくむ。ジェネレーターが爆発した。ダイナモが力無く地面に崩れ落ちる様を、スクリーンは無慈悲に、映し出していた。

AREA5 Final。



FINAL AREA 「トランディ」 掲載予定日11/08

タイトルページに戻る 小説ページに戻る <AREA4 AREA6