AREA4
 「ディナー」



「まったくお前、もう少し世間体ってものを身につけたらどーだ?」
「作業着でお呼ばれされようとしてたお兄ちゃんが言わないでよ。そーゆーこと」

 「フォレスト」自身は2DK程度の居住スペースを持つトランスポーターである。その洗面台で、兄妹はあまり慣れない身だしなみというものに精を出していた。服装もラディットが洗ってくれたばかりの衣服に着替え、とりあえずこれで、一応みれる格好になったと言って良かった。外ではライズの周りで食事の用意がされている。盗賊の脅威が去った後、彼らはポーターが悠々停車できるような渓谷に陣を構えた。彼らを迎えるために、今から簡単な野外バイキングをやるのだそうだ。

「うーこんな事なら一着ドレスでも持ってれば良かった‥‥」
「こんな荒野で何するつもりだお前は。都市のレストランじゃねーんだぞ?」
「だって向こうは社長令嬢なんだよ? 下手なカッコで行ったらはずかしーじゃない」
「庶民は庶民の暮らしを守ればいーの。背伸びしたって自分が変わる訳じゃ無いんだ」
「そんな上昇志向の無い生き方なんてつまんないっ!」

 そんな話をしながら外に出てみる。既に日はくれて、代わりに明るい月が夜空の覇権を謳歌していた。留守番のラディットに手を振りながら、月を見上げて、アーリー達は巨大な「ライズ」の方に歩き出した。背後でフォレストの電灯が落ちる。「暗くて怖い」という感情のないラディットには最小限の照明しか必要無いので、省電のため、彼らはいつもこうしていた。

「あ! フィリスさーん!!」

 簡単にライトアップされた仮設のパーティー会場に、フィリスの姿を見つけたミアが喜んで手を振った。向こうも小さく手を振るが、さっきとは違いどこかうれしそうだった。アーリーが分からないのはこの辺である。既にもう、ミアとフィリスは旧知の友人のように親しくなっていた。

「これを才能と言うのだろうか‥‥」
「何が?」

 ミアの疑問は軽く流したまま、こうしてライズの人員18名、フォレストの人員2名によるささやかな宴が始まった。しかしその頃である。場の雰囲気とは裏腹に、剣呑な表情で双眼鏡を手にした一人の人物が、渓谷の崖の縁から彼らを覗き込んでいた。彼の視線はスコープ越しに写る一人の少女に向けられる。彼の手や足には、幾つか生傷が見えていた。ビーグルが転倒した時に出来たものだった。

「奴の妹か‥‥」

 彼の脳裏に、キザな依頼人の嘲りが蘇った。裂けたプライドの痛みが今、彼の心に理不尽な復讐心を燃え上がらせていた。


「くっはぁあ! こういうのってひっさしぶりー!!」

 ジョッキに注がれたフェイクビール(ノンアルコールなビール)を一気に煽りながら、気分だけは酔っぱらったミアが反対の手に持った串焼きにかぶりついた。満願の笑みを漏らしながらコックが焼いてくれる2本目に手を伸ばす。辺りの人々にやたら愛想を振りまきながら己のペースに巻き込んでゆき、既に「酒場のアイドル」のような扱いを受けていた。遠慮という文字と別居しているミアを見ながら、アーリーは小皿に盛られたパスタをひゅるひゅると巻いて、能面のような表情で口に運んでいる。ミアがドレスを持っていなかったことを、今ほど良かったと思ったことはなかった。

「明るくて、いい妹さんですね。みんな楽しそう‥‥」

 傍らにやってきたフィリスが、微笑みながらそう話しかけてきた。少しアルコールは入っているようで、ほんのり頬が色づいていた。幾らか饒舌になっているのはそのせいだろう。

「明るきゃいいってもんでもありませんけど‥‥。今日はありがとうございます。久しぶりですよ。こんなおいしいものを食べたのは」
「良かった。シェフにそう伝えておきます。でもこちらこそ、今日は本当にありがとうございました。クルー達も驚いていましたよ? ダイナモで、あんな動きが出来るのかって」
「ああ、あれはミアの腕ですよ。あいつのモーションプログラムがあるから、俺なんかが優勝できるんです。それに向こうもビーグルだけだったしね。まともなTAがいたら、ああはいかない。」
「‥‥そうなんですか?」
「ええ。‥‥あまり、御存じないんですね。TAのこと」

 その一言で、フィリスは少し表情をかげらせてしまった。悲しげにうつむきながら、手に持ったオレンジジュースのコップを口に運ぶ。すこし意地悪な言い方だったかもしれない。アーリーはかなり後悔した。

「‥‥そうですよね。やっぱり、知ってなくちゃいけない‥‥」
「あ、あの、何で俺なんかをパイロットに選んだんです? ラグナスだったらもっと上手い人、幾らでも雇えるでしょ?」
「ハードの力に頼ったパイロットなど、ラグナスでは必要としていないのですよ」

 その声は、フィリスの少し後ろにいたエドワードのものだった。にこやかな顔はしているが、なぜか口調に棘があり、アーリーに警戒心を抱いているように感じられる。そんなに不遜な態度だったのだろうか。真実とはほど遠い内容を反省するアーリーの前で、彼は話を続けた。

「現在ライズに搭載しているTAは実戦経験のないテスト機です。ソフトウェアからして、全て今までとは違う。そうした機種で勝つ戦いをして貰わなくてはなりません。勝てばいいと言うものではない。ダイナモで優勝するくらい、出来なくてはならない」
「かいかぶりです。運が良かっただけですよ」
「運と機体性能だけで勝てるほど、TGは簡単なゲームなのですかな?」

 アーリーも、これには言葉に詰まってしまった。前回の優勝決定戦では、相手はフルチューンされたTA「ウォルフレン」だった。単純に倍近い性能差の前で、だが彼はダイナモの左腕を犠牲にして、相手の懐に飛び込んだ。右腕のナックルショットが装填される。次の瞬間、相手のカメラアイは金属がひしゃげる音と共に粉砕されていた。アナウンサーの興奮した声が、その場内に響きわたった。

「機体性能差だけで、勝てると思うな!!」

 そのときそう叫んだのは、ほかならぬアーリーだった。

「‥‥ま、まあ何にせよ、ちょっと一存ではね。ミアはどこに行ったかな?」
「そ、そうですね‥‥あれ? さっきまで向こうにいたと思ったのに‥‥」
「ああ、彼女ならトイレに行くって言ってましたよ。ついてってやろうかと言ったら断られちまいましたが」

 そういって笑ったのはリックである。酒場の酒乱親父と大差ない言動に、一発殴ってやろうかと思ったアーリーだったが、そのとき胸元のレシーバーが着信振動を始める。いやな予感がした。それはラディットからの連絡だった。

「アーリー。フォレスト周囲に不信な動体反応が複数現れました。ミアの発信位置に接近中。急いで‥‥間に合わない! 接触します!」

 驚いて、フォレストの方に視線を向ける。真っ暗なフォレストの周りで人影が動くのが見えた。刹那、ミアの悲鳴が聞こえる。人々のざわめきが、その一瞬で、凍り付いた。レーザーライフルの銃声と閃光が、月の美しい夜空に吸い込まれた。

「さあ‥‥て、うごくなよぉ? これから、面白いショーが始まるんだからな‥‥」
「‥‥お、お兄ちゃん‥‥!」

 ライズの照明が届くところに、その二人は現れた。ミアは傷だらけの男の手に捕らえられ、首筋にはナイフが突きつけられている。彼の神経質そうな顔立ちは傷のせいで悪く際だち、ほとんど狂的な印象すら持っていた。やがて周りから複数の男も姿を現す。数は多くないが、手に持ったレーザーライフルが剣呑さに拍車をかけていた。


「ふふ‥‥。全くやることなすこと、卑下た人種だな。あしらいやすくていいが‥‥」

 ノクトビジョンを覗き込みながら、渓谷の上で一人の人物がそうつぶやいていた。彼の視線はやがて、巨大なライズに向けられる。見えない脅威に目を細め、彼は自らのビーグルに乗り込んだ。

AREA4 Final。



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