AREA3
 「夕焼け」



「俺を、パイロットに‥‥ですか? ラグナスが?!」

 夕暮れ時の静かな時間の中、アーリーは思わず素っ頓狂な声を上げた。傍らにいたミアも困惑しているようで、ただでさえ大きい目を思いっきり見開いていた。ダイナモから降りてミアに夕食の確認をした後、アーリー達に近寄ってきたのは一人の女性と、老年の執事と言った人物だった。一言二言感謝のお礼などを述べた後、執事風の人物が切り出したのである。「ラグナスのワークスチームで、パイロットをしてみないか?」と。

「な‥‥なんで、俺なんです? 救ったお礼で任せてもらえる仕事とも、思えませんが‥‥?」

 貰った1枚の名刺がちらちらと目に留まる。ラグナス重工業エルファ星統括支店TGワークスチーム「サテライト」、チームリーダー補佐役「エドワード:スタンリー」。ひときわ目に付く「ラグナス重工業」のロゴを見つめてから、アーリーは目の前にいる老年の人物を見つめ返した。ラグナスといえば、このエルファでは1、2を争うTA開発企業である。世界を一つちがえた所にあると信じて疑わなかった。そのワークスチームが今、目の前にいるのだ。

「お礼で、というわけではございません。これは元々支社長直々の通達でございましてな。理由は当方も先ほどまで解りかねましたが、あなた様の腕前、確かなものとお見受けいたしました。問題は無いものと存じ上げます」
「実は、ガルトスの街であなた方にお会いした上で、このお話をさせていただくつもりだったんです。次のTGにもエントリーしてらっしゃるでしょ? その試合を見てからと思っていたんですが‥‥」

 名刺をくれた老人の隣に立っていた女性が、綺麗な微笑みを浮かべながらそう話しかけてきた。育ちの良さそうな物腰で、言葉遣いもどことなく優雅であり、しかし意志の強さも感じさせる。どこかぎこちない様子も、女性に疎いアーリーには全く解らなかった。

「申し遅れました。私はフィリス:グリーデンと申します。サテライトの、一応チームリーダーを任されております。どうぞよろしく」

 ごくごく自然に見える仕草で、白い手袋をした右手がアーリーに差し出される。もう少しで汗と埃にまみれた皮グローブで握手しそうになったが、すんでで気がついた。乱暴にはぎ取ったグローブを左腕で抱えながら、アーリーは少し遠慮がちに握手で答える。握るのが怖いほど華奢な感じが、いっそうこの場の不自然さを際だたせていた。

「あのー、ラグナスのワークスチームって仰いましたけど‥‥。ラグナスって、TGはやらないんじゃ無かったんですか? 確か先月号の「TGジャーナル」のインタビューでも、支社長さんだったかな、そう言っていたみたいだったし‥‥」

 傍らにいたミアが、少し後ろから遠慮がちに尋ねてみた。アーリーもその記事は読んでいる。自分たちが使っている「ダイナモ」だってラグナス社製であり、このメーカーには幾らか特別な感情はあった。2年前の機種であるにも関わらず、ダイナモは現在でも通用する高いポテンシャルを秘めた名機である。アーリー達のようなTFは言うに及ばず、キラードールと戦う「バウンティハンター」達からの人気も根強い。だがユーザーの盛り上がりとは裏腹に、ラグナスの首脳部はTGへの参加をいっさい拒否していたのだ。

「ラグナスとしては、その方針は今も変わってはいないんです。ただ、やはりユーザーの声を無視する訳には行かないと、今回父‥じゃなくて、支社長の方から通達があり、支社独自のチームを結成することになったんです。GF−Cクラスなら、テスト機のデータ収集としても意味があると‥‥」
「テスト機?」
「ええ。現在この『ライズ』に搭載されているTAは、まだ一般公開されていない開発中のTAなんです。パイロットが決まり次第モーションプログラムをする予定ですので、今はまともには動かせられないそうですが‥‥」
「へえ‥‥。じゃあ、自分はそのテストパイロットでもある、と」
「そういう事に‥‥なります。細かい契約内容は、‥‥また後ほど‥‥」

 隠している、と言うよりは、細かく知らないといった感じの言い方だった。隣のエドワードが助け船を出そうとしたとき、先に口を出したのはミアの方だった。

「あのーそれよりもぉ、いまフィリスさん、『』って、言いませんでした?」
「え‥‥と、あの、はい‥‥」
「じゃあ社長令嬢がチームリーダーやってるの? ここって?!」

 フィリスの頬が何か悪いことをしてしまったかのように急に上気したため、ミアの顔は獲物を見つけた猫のように輝いた。詰め寄ったミアの視線に耐えきれずに目をそらしながら、フィリスはじりじりと後ずさりし始める。額には脂汗が浮かんでいた。

「だ、だからって訳じゃないんですよ? お父様に、あの、いけって‥‥」
「うわぁ、お父様って言うんだぁ! ねえねえじゃあさ、やっぱり大きな家にすんでて朝食で半熟たまごとか食べたりするの? 召使いの人とか大勢いてさ、『お嬢様』とか言われちゃったりして、そんで年老いた執事が付き添ってて‥‥‥あー! だからエドワードさん、そんなカッコしてるんだぁ、いやーんすごーい!! かんどー!! じゃあさ、お家にはリジェームとかの高級車とか‥‥」

 真っ赤になってうろたえるフィリスに問答無用の質問攻撃を浴びせながら、一人はしゃぎまくるミアの声が黄昏た荒野に響きわたった。そのちょっとした騒ぎに、ライズの外装を修理していたクルー達も顔を向ける。その好奇の視線に耐えつつも、気を取り直したエドワードがアーリーに話しかけた。

「‥‥それで、パイロットの件ですが‥‥」
「あの‥‥すいません。少し考えさせて頂けますか。なにぶん、突然な話ですし‥‥」
「内容が内容ですので、そう急かしは致しませんよ。さしあたっては今夜、お礼としてディナーに御招待したいと存じます。お受けくださいますか?」
「え、ええ。ありがとうごさいます。それじゃ、おじゃまさせていただきますよ」
「あーんフィリスさん、そんなに恥ずかしがらなくたっていーじゃなーい!」

 ミアのはしゃぎまくる声とフィリスの聞き取れないくらい弱気な返答をBGMに、エドワードとにこやかに握手しながら、アーリーはこの時、ふと痛切に感じていた。

 ‥‥穴があったら、入りたいな〜。

AREA3 Final。



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